靖国神社への天皇参拝 政治利用、懸念も 『東京新聞』特報(2006.2.2)

 

http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20060202/mng_____tokuho__000.shtml

 

 

靖国神社への天皇参拝

政治利用、懸念も

 「天皇陛下の参拝が一番」という、靖国神社参拝に関した麻生太郎外相の発言が波紋を広げている。外相の発言だけに、早速、中国、韓国などからは批判の声も上がったが、九月の自民党総裁選への影響も無視できないようだ。一方で、政治的問題に天皇を巻き込む恐れを指摘する声も。「麻生発言」が投げかけたものとは−。

 「今の状況で天皇陛下に参拝していただきたいと申し上げたことは全くない」。麻生氏は先月三十一日の記者会見で、天皇の靖国神社参拝を求める自身の発言の釈明に追われた。

 「政府代表はもちろん、陛下が国のために尊い命を投げ出した方に弔意を自然に表すにはどうすればいいのかという問題提起を行ったつもりだ」と、靖国参拝をめぐる“問題提起”だったことを強調した。

 問題発言が飛び出たのは二十八日の名古屋市での講演だ。小泉純一郎首相の靖国参拝問題に関連し、天皇参拝を求めた=発言要旨。

 だが、発言は波紋を広げ、国内のマスコミに批判的に取り上げられ、中国の国営通信・新華社も翌二十九日、「こともあろうに天皇参拝を鼓吹」との見出しで、麻生発言が右翼勢力の立場を代表すると批判した。

 そこで、冒頭の“釈明”となったわけだが、三十一日夜にも、民放の報道番組に出演し、“英霊の立場”からの発言だったと、火消しに努めた。

 麻生氏は、政調会長時代には「創氏改名は(朝鮮人が)名字をくれと言ったのがそもそもの始まり」と発言して物議を醸し、外相就任後の昨年十一月には、「靖国の話をするのは世界で中国と韓国だけ」と挑発的な発言もしている。

 ただ、天皇参拝をめぐっては、もちろん麻生発言が初めてではない。石原慎太郎都知事も一昨年八月、靖国参拝後に「ぜひ、天皇に私人として、一人の国民として、国民を代表して参拝していただきたい」と発言し、議論を呼んだ。

 ■“立場”いろいろ 決めつけできぬ

だが、今回の発言について、「唐突だ」と指摘するのは立命館大学法学部の赤沢史朗教授(近代日本政治史)だ。「麻生氏は公式参拝論者だが、さらに一段、ボルテージをあげたという感じがする。もともと公式参拝論は、天皇と首相の問題だったが、天皇の問題は後方に退いて争点にならず、宮内庁も火中のクリを拾う考えはない。外務大臣として、内外からの反発は予想されるのに、なぜ、ああした発言をしたのか。背景が分からない」と、この時期の発言をいぶかる。

 麻生氏が“英霊の立場”から天皇参拝を導いている点には「英霊の立場でもいろんな考えの人はいる。『天皇万歳』で亡くなった人ばかりではない。(麻生氏のように)決めつけることはできない」と指摘する。

 新右翼団体「一水会」代表の木村三浩氏は「A級戦犯合祀(ごうし)の問題などをクリアする必要があるが、本来なら陛下が参拝されることは問題ないと思う。ご親拝され、亡くなった方を慰霊することで、平和の尊さを訴える必要がある」とした上で、麻生氏の発言には、こうクギを刺す。

 「麻生氏の発言にはねじれがあって、小泉首相が中途半端なパフォーマンスで英霊を政治利用するのは、『いかがなものか』という趣旨での発言だと思う。だが、それを言うために(麻生氏が)陛下の名を利用するのは、いかがなものか」

 天皇の靖国参拝の歴史を振り返ると、昭和天皇は戦後八回にわたって参拝したが、一九七五年を最後に参拝を見送っている。

 理由については、七八年にA級戦犯が合祀されたこととの関連も指摘されるが、現天皇は八九年の即位後、一度も参拝していない。

 天皇参拝の「公私」の問題では、昭和天皇の参拝について、政府は昨年六月、「私人としての立場」とする答弁書をまとめている。

 玉ぐし料の支出についても「(生計費の)お手元金から支出されたと承知している」としたうえで、「国事に関する行為は憲法上に掲げられたものに限られており、神社への御参拝はこれに当たらない」と認定した。つまり、私人としての行為という見解だ。

 麻生発言は、参拝できない理由について、「公私」の話に踏み込むことが天皇参拝を難しくしているとの認識を示したとも受け止められた。

 これに対し、赤沢氏は、昭和天皇の側近の著書などから「昭和天皇は合祀に反対だったと思う。そして、七八年の合祀で行かなくなった」との立場だ。

 「公人中の公人である天皇に、そもそも私人としての立場が存在するのか」という指摘も以前からある。

 一方で、こうした発言で、天皇が政治利用されるのではないか、との懸念を抱く関係者もいる。

 石原都知事が「天皇参拝」に言及した際には、宮内庁の羽毛田信吾次長(現長官)が「陛下の動静が政治的意味合いを持つならば、慎重に考えなければならない」と述べている。

 ■宮内庁も発言に困惑するのでは

 こうした問題について、赤沢氏は「宮内庁は警戒すると思う」と指摘。一方、木村氏は「『天皇陛下を政治利用する発言』という人もいるが、むしろ、小泉首相は英霊を政治的に利用している。中国、韓国に屈しないというポーズを見せ、誠をささげていない。麻生氏には、そこにいら立ちがある」と話す。

 遺族や小泉首相の参拝を求める人たちの間には「陛下の靖国参拝は悲願であり、首相の参拝を定着させることで、陛下『ご親拝』の復活に道を開きたい」(遺族関係者)との思いが強いのも事実だ。

 皇室問題に詳しい京都産業大学の所功教授は「陛下の靖国神社親拝は七五年まで何の問題もなく行われてきたのだから、ぜひ再び実現してほしいというのが、遺族や崇敬者らの悲願」と説明する。だが、麻生発言には「純情だが、単純すぎる。現にある靖国神社と国立千鳥ケ淵戦没者墓苑への正しい理解を内外に広めるのが大切だ」と提言する。

 ところで、麻生氏は自民党総裁選候補にも名前が挙がっているが、影響はあるのだろうか。

 政治評論家の森田実氏は「麻生氏の祖父の吉田茂元首相は『天皇の臣』と言ってはばからなかった。麻生氏も小泉首相の靖国参拝を支持する立場から、『総理がダメなら』と天皇を持ち出して、総裁選での存在感をアピールしようとしたのだろうが、完全に裏目に出た」と話し、「麻生氏が総裁候補から外れるのは政治的には小さな問題だが、日本外交が孤立することは国益を損ない、大失点だ」と批判する。

 埼玉大教授の三輪隆氏(憲法学)は「靖国神社は宗教施設であり、天皇であれ、首相であれ、公的な立場にある者が参拝するのは憲法上問題がある」とあらためて指摘し、こう話した。

 「より重い権威を持ち出すことによって、首相じゃなくて、天皇が行くのだから、文句はないだろう、という発想こそ一番問題。宮内庁も困るだろう」

 ■外相の発言要旨

 靖国神社は東京都認可の宗教法人。国立でも何でもないから、靖国神社という一神社のやることに対して、国がああしろ、こうしろと言えない。

 少なくとも日本国首相が自分の国内で、ここは行っていいけど、こっち行っちゃいかんというようなことを外国から言われて、決めるのは絶対通るところではない。

 中国が言えば言うだけ、行かざるを得ないことになる。やめろ、やめろと言ったら行くんだから。たばこ吸うな吸うなと言えば吸いたくなるのと同じことだ。黙っているのが一番。

 祭られている英霊の方からしてみれば、天皇陛下のために万歳と言ったのであって、総理大臣万歳と言った人はゼロだ。天皇陛下の参拝なんだと思う。それが一番。

 天皇陛下の参拝がなんでできなくなったのかと言えば、公人、私人の話からだから、それをどうすれば解決できるかという話にすれば、答えはいくつか出てくる。そういった形にすべきだと思っている。