《教員組合が騒いでいる「任期制同意」なるものは、たんなる大学改革への同意を求めたものに過ぎない、という「甘い言葉」をささやく人がいる》 永岑三千輝氏『大学改革日誌』2006年2月10日付(2006.2.12)

 

http://eba-www.yokohama-cu.ac.jp/~kogiseminagamine/SaishinNisshi.htm

 

資料

横浜市 大学改革推進本部 最高経営責任者 松浦敬紀:(1)「任期制運用の基本的な考え方について」(3月15日付)、(2)同「任期の定めのある雇用契約への同意について」(同日付)、(3)当該個人の平成17年度年俸額推計表(省略)(2005.3.18)

 

 

210日 教員組合が騒いでいる「任期制同意」なるものは、たんなる大学改革への同意を求めたものに過ぎない、という「甘い言葉」[脚注1]をささやく人がいる。昨年3月の任期制同意に関する文書は、そのようなものだという[脚注2]

本当か?

しかし、そんな抽象的なことに同意をもとめられたのならば、どうしてそのような同意書に多くの教員(文科系の教員を中心に国際総合科学研究科・国際総合科学部の教員)が署名するのを拒否し、教員組合に預けたのであろうか? そんなにも多くの教員は愚かなのか?

記憶は薄れる。もしかしたら、私の記憶違いで、「改革に賛成してくださればいい」というようなあいまいな内容だったのかと、文書をひっくり返してみた。

タイトルからしてまぎれなく、「任期の定めのある雇用契約への同意について」とはっきり規定している。たしか就業規則で任期は3年とか5年などとなっている。同意を求める内容もかなり具体的な事項に踏み込んでいる。勤務時間のあり方も具体的に言及している。これらの部分が、同意書に署名した人々を拘束することは確実だろう(一体どこまでに同意したことになるのか、不安になるのは当然ではないか[脚注3])。その意味で、やはり多くの教員が危惧を抱く内容・文面である。「改革に同意すればいいのです」というような抽象的で、誰も否定できないような「甘い文面」では決してない、と私は考える。誤解なら、明確な文書で責任を持って、誤解を解いてもらいたい。

教育研究業績の評価システムが、大学らしいものとして整備されていない段階(それは、現在の審議システム・学則では経営審議会・理事長副理事長などの経営責任者に責任があると思われるが)で、昇格審査者に対して研究業績教育業績等の審査に合格した後も任期制に同意しないうちは昇任させない、という団体交渉での回答とあわさって、大変な怒り・不信感を増幅させているのである。

巷には、当局回答が「組合側の誤解だ」などという説も出てきたが(どうしてそのように当局の考えを知っているのだろう?)、それならば、当局は、明文を持って、きちんと不安を取り除き教員のプライドを傷つけないような回答文書に仕上げ、組合に提示すればいいであろう。

昨日は、代議員会があったという。そのひとつの論点に、「昇任審査基準を公開しないのはなぜか」という問題があったということである。130日に人事委員会(誰が委員会メンバー?学長が委員長であることは確実だが)で制定されたというルールなのだから、公開すべきである。

誰が該当者か、基準がはっきりしなければ応募しようがないではないか。コース長が恣意的に基準の内容を伝え、本来の該当者を排除してしまう可能性だってある。人事における公明性・公開性はどうなったのか?

法人サイドに都合のいい(法人に従順な人だけを昇任させる・法人の言うままの大学・・・法人責任者は誰が任命しているか?・・・大学の自治は?)人事制度だという疑いをもたれても仕方がないのではないか?

他方では、かなり問題の条項もあるかに噂されている。それを隠すためか?

一方で審査基準が厳しくなったという噂を耳にする。他方で、研究教育業績などなくても、当局の言うままに行動すれば褒章が与えられる規準となっているとも耳にする。

現物を見ないので、疑心暗鬼! 「過去5年間に論文一本も書いていなくてもいいんだって・・・」などと[脚注4]

いらざる噂の徘徊を防ぐ道は、早急な基準公開であろう。

かつては教授会で公然と昇任基準を議論していた。誰でもが基準を知り、その基準をクリアすべく、努力していた。

現在は、学長等の管理職(全員法人任命のはず)で構成する人事委員会が決定権を持ち、しかも、それをわれわれ一般教員には分からないようにしたままで、ことを進めている。

いつになったら基準は公開されるのか?

人事委員会が責任を持って決めたものならば、普通の教員にわかるように、なぜ公開しないのか?

ごく少数のちょくせつの該当者だけがわかっていいものではない。なぜか?

いまだ候補資格はなくても、何年かけて、どのような業績を積めばいいのか、たくさんの若手教員は知りたいだろう。それなくしては努力の仕様がないだろう。規則・基準の公開性は、大学の人心を安定させるためには不可欠である。かつては教授会規則・教授会人事規定などとして誰でも分かる形になっていた。

そして次に問題となるのは、審査を誰がやるかである。

審査員を誰が決めるのか?

それによって、結論は初めからわかってしまう場合さえあろう。

 

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[脚注1]どんなところが発信元・依頼源かは全体の流れからして想像できる気がするが、正々堂々ときちんと物事を解明し、不安を取り除く、法人サイドがやるべきことをきちんとやって、説明すべきだろう。

 

[脚注2]「署名したって、本来の契約書ではないのだから、契約条項を明確に規定した本契約書を見て同意できなければ、同意しなければいいのだ」と。

それが合理的法律解釈で、同意書への署名が普通の教員を拘束しないことが明確なら、当局はそれを明文化し、同意を求めるための説得材料とすべきだろう。

 

[脚注3]不安にならないのは、在職年数が3年未満の人びと、あるいは当局との関係が非常に密接で良好である人々、などであろう。

 

[脚注4]文科系・理科系によっても違うのだろうか、また理科系でも、理学部・工学部・医学部などではちがうのだろうが。