沖縄密約 99年に認める発言 外務省元局長 米公文書発覚前に 『朝日新聞』2006年3月8日付(2006.3.20)

 

 72年の沖縄返還で米側が払うとされた土地の原状回復補償費400万ドルを日本が肩代わりする密約が結ばれていた問題で、外務省元アメリカ局長の吉野文六氏(87)が99年の時点で密約を認める発言をしていたことがわかった。非公表の政策研究大学院大学のオーラルヒストリー(聞き取り)プロジェクトの報告書に収められている。密約を裏付ける米公文書が初めて明らかになった00年以前に、吉野氏が自ら密約の存在を認めていたことになる。=社会面に証言の一問一答

 

 このプロジェクトは文科省の補助金をえて、戦後の日本を支えた政治家や官僚らの証言を記録したもの。

 吉野氏は返還で日本が支払う金額を大蔵省側から示された際、「はたと困った。一体、どうやって、そんなものを協定に盛り込むか」と考え、「それで、ひた隠しに隠そうという形になったわけです」と話している。

 また、交渉が最終段階にあった72年4月に、交渉過程を記録した外務省の機密電文が同省の女性事務官から毎日新聞記者に漏れる事件が起きたときには、捜査当局にこう話したという。

「これを公表するようなことがあれば、相手と交渉できなくなる。従って、国会に対しても否定する、うそを言うんだ」

 吉野氏は今年2月、朝日新聞などの取材に、政府関係者として初めて「密約があった」と証言。米公文書で密約の存在が裏づけられた00年に、当時の河野外相から密約を否定するよう要請されたことも明かしている。

 

「密約否定」要請 政府が否定

 

 72年の沖縄返還密約にからんで、吉野文六外務省元アメリカ局長(87)が河野洋平元外相から密約を否定するよう要請されたと証言した問題で、政府は7日、改めて事実関係を否定した。鈴木宗男衆院議員が朝日新聞の報道を受けて出した質問主意書に答えた。

 政府の答弁書は、吉野氏の発言については承知していないとした上で、河野元外相が密約を否定するよう「要請を行ったとは承知していない」と事実関係を否定した。やりとりを記録した文書記録は外務省にはないことも明らかにした。

 

 

(社会面)

沖縄密約問題 吉野文六・外務省元局長の証言 

費用負担「ひた隠しに隠そう」と、機密電報 政治家にも流れていた、 虚偽答弁 刑事局に「国会でもウソ」

 

外務省元アメリカ局長の吉野文六氏(87)が政策研究大学院大学の「オーラルヒストリー」プロジェクトで語った主な内容は次の通り。=3面参照

 

 ――71年からのアメリカ局長としての仕事は。

 沖縄協定の、まだ残っていた23の細目を決めて、国会に通すことが大きな役目だったんです。

 一番大きな問題をお話ししますと、その頃、沖縄は無償で返されるということで、我々もそう信じていたし、佐藤(栄作元首相)さんもそういう宣伝をしていた。

 一番大きなのは、VOA(ボイス・オブ・アメリカ)です。沖縄に放送局を設けて、世界中に電波を発信ないし中継ぎしていたわけです。

 問題は、施設を移転する費用とか、いろいろ費用がかかるわけです。それで、アメリカの財務省は「もう金は一切ださんから、日本が出せ」ということなんですね。

 ところが、日本は「沖縄は無償で返ってくる」ということを世間に言い放していますから、金を出すわけにはいかない。

ある日のこと、大蔵省とアメリカ大使館との間だったかが協議して、「これだけの金が要るんだ」と。そこで、はたと困った。一体、どうやって、そんなものを協定に盛り込むか。もちろん、国会を通さなかったら、金は出ませんからね。

 ――お金の話は、(米)財務省と大蔵省がやったわけですね。

 在京大使館は、僕らには初めは金の話をしなかったわけです。ところが、後になって、財務官との話が出てきて、我々に「ツケ」を見せてくれた。それで、我々は、ひた隠しに隠そうという形になったわけですね。

■    ■

 ところが、その交渉の内容が全部……。日本側のワシントン大使館に対する報告電報のようなものが、外部に流れていたわけですね。

それで、72年の3月ごろでしたかね。横路(孝弘)議員が「こういうことを、日本政府は陰でこそこそやっておって……」と。「お前は『一切、そういうことはありません。沖縄は無償で返ります』と言っていたが、これはどういうことだ」と、僕に質問するわけです。

 その前の年の11月か12月ごろの質問には、僕と条約局長が交互に立って「一切無償でやりますから、そういう裏取引は全くありません」というようなことを、はっきり言っていたわけです。

 そのとき私は「そんな電報はあるはずないし、そんなことは大体、交渉していない」と言ったわけです。

 そしたら、横路さんは僕の前で、その漏れていた電報文をずっと読み上げるわけです。「こういうことが、ちゃんと書いてあるじゃないか」と。だから、僕は「先生の持っている電報は本当の電報か、うその電報か分からない。ひとつ我々の書いた電報と照合しましょう』と言ったわけです。

 僕は急いで本省へ帰って、「本省で打った」と称する電報を見ました。起案者と課長ぐらいのサインがある。なるほど、横路さんの読んだ電報は、本当に外務省から漏れたものらしいと思いながら、それを僕は否定したわけです。

 その数時間後、人事課長から電話がかかってきて、「安川(壮)審議官が(自分の秘書が電文を流していたことがわかったため)『私は辞職します。本件について、責任を取らせてください』ということを言ってきた」と言うんです。

 その頃、毎日新聞に西山(太吉)という政治記者がいたわけです。なかなかよくできるなと思っていたんですが……。西山記者に情を通じて、彼女(審議官の秘書)が流していたわけです。

 僕は、(自民党の)二階堂(進)さんと竹下(登)さんに「困ったことが起きました」と相談に行ったんです。

 「吉野君、君は本当に世間知らずだね。外務省の電報なんぞは、前からこんなに来てるよ」と彼らは言うわけです(笑)。それで「まさか」と思ったんだけど、同じ手口でずっと流れていたわけです。

■    ■

 この問題の反省として、僕がいつも考えているのは、「沖縄を返せ」というときに、佐藤さんが「無償で返ってくる。こんないいことはない。」という説明をしたことがまず悪かったと思うんです。「無償で返す」と言っても、当時のアメリカですから、金には困っているわけです。あまりにもきれいごとをやろうとしたことが、根本問題だと思います。

 やはり基地の返還問題は、両方ともこの際とばかりに最大限のバーゲン(取引)をして、ことに当時のアメリカとしてはそういう気持ちになったのは、当たり前だと思いますね。日本の対米輸出がうんと増えて、ダンピング税がかかるようなときに、沖縄だけがきれいに返るということは、あまり想像できません。

 それでも、きれいに返ってくればいいんだけど、基地は続いたままであり、依然として日本の安全保障の問題があそこにあるわけですから、話はまた、そんなにきれいであるはずはないんです。

 ――西山記者の事件は。

 それまでは、新聞論調というのは全部、「外務省はけしからん」でした。ところが、事件が暴露されてから、新聞がガラッと変わっちやったわけですよね(笑)。それで僕も、その意味では助かったわけです。

 僕のところへ刑事局から「証言してくれ」と呼び出しが来るわけです。「交渉中のことは一切機密なんです。相手の国に対する信用の問題があって、もし、これを公表するようなことがあれば、相手と交渉できなくなる。従って、これはあくまでも機密です。従って、国会に対しても否定する、うそを言うんだ」と返事をしました。

 ――ただ、相手が国会であったということ'

 強く否定しすぎちゃったんですね。その辺をうまくごまかして、「交渉内容だから話せません」とか何とか言っていればいいんだけどね。「そんなことは一切ありません」と否定した。そこら辺がちょっと疑問です。