『国のウソ いつまで』 沖縄返還 密約ない 「東京新聞」核心(2006.3.20)

 

http://www.tokyo-np.co.jp/00/kakushin/20060320/mng_____kakushin000.shtml

 

 

『国のウソ いつまで』

沖縄返還 密約ない

 一九七一年の沖縄返還協定をめぐり、土地の原状回復費四百万ドルを日本側が極秘に肩代わりする密約があったとされる問題で、交渉責任者だった外務省の吉野文六(ぶんろく)元アメリカ局長(87)が本紙の取材に対し、密約の存在をあらためて認めた。米国では既に密約を裏付ける公文書も発掘されているが、政府は今も「密約はない」と強弁を続ける。機密漏えいをそそのかしたとして逮捕・起訴され、有罪が確定した元毎日新聞記者の西山太吉氏(74)は「国のうそは、(ライブドアが)有価証券報告書にうそを書くこととはけたが違う」と告発する。政府はいつまで国民を欺くのか。
  (社会部・瀬口晴義、佐藤直子)

 ■外務省交渉責任者だった吉野文六氏

 「私のイニシャルのサインが米国のアーカイブ(国立公文書館)の中に出てきた。自分のものだと言わざるを得ない」

 吉野氏は、政府が「米側の資産を有償で引き継ぐ」という名目で支払った総額三億二千万ドルの中に、米軍が占有していた土地を元に戻すための原状回復補償費四百万ドルが含まれていたことを認めた。

 密約をめぐり激震が走ったのは、返還が実現する直前の七二年三月。

 極秘の公電三通のコピーを手に追及した社会党(当時)の横路孝弘衆院議員(現・衆院副議長)の“爆弾質問”は、佐藤内閣を窮地に追い込んだ。

 資料は毎日新聞政治部の記者だった西山氏が前年六月、外務省の女性職員から入手。資料をもとに密約疑惑を報じたが「公の場で現物を突き付けないと絶対に認めない」と考え、同僚記者を介してコピーを横路議員に渡していた。

 女性職員が国家公務員法(守秘義務)違反、西山氏も同法違反(機密漏えいのそそのかし)容疑で逮捕されると、メディアは「知る権利や取材の自由を守れ」とキャンペーンを展開した。

 しかし、起訴状に「情を通じて…」という表現が盛り込まれると、世論の風向きは一変。密約の有無や「知る権利」は男女問題にすりかわってしまった。

 西山氏は一審で無罪判決を受けたが、二審で懲役四月、執行猶予一年の逆転有罪判決を受け、最高裁で確定した。

 吉野氏は「四百万ドルは機密のごく一部。VOA(米国の政府系ラジオ局)の移転費用など協定に書かれていない負担は、すべてが密約といえる」と振り返る。

 泥沼化したベトナム戦争で経済的に疲弊していた米国と戦争特需で潤った日本−。そんな時代背景を指摘した吉野氏は「米議会は『なぜ沖縄をただで返すのか』と反発した。だから(日本政府は)早く協定をまとめようという流れだった。三億二千万ドルを協定に入れてくれと持ってきたのは大蔵省だった。大蔵大臣も外務大臣も(首相の)佐藤さんも認めているから、入れざるを得ないと。(佐藤栄作首相が国民にアピールしたように)沖縄は無償で返還されるという先入観が日本側にあったから、ああいうこと(密約)になったのだろう」と静かに語った。

 ■疑惑を最初に報じた西山太吉氏

 七六年に毎日新聞を退社した西山氏は郷里に戻り、六十歳まで親類の会社で働き、沈黙を守ってきた。

 米国で密約を裏付ける公文書が見つかったのを受け、昨年四月、「不当な起訴で名誉を傷つけられた」として、国に三千万円余の損害賠償と謝罪を求める訴訟を東京地裁に起こした。

 米側公文書には、米軍施設改良費六千五百万ドルも盛り込まれていることが明記されている。これも密約だった。西山氏は「現在の思いやり予算の原型。密約でまかれた種が、毒草のようにはびこりだしているのが現在の在日米軍の状況だ」と話す。

 「吉野氏は返還交渉の主役で、生きている唯一の証人だ。今も否定を続ける国の態度は、私だけでなく、主権者を見下している」と政府の姿勢を厳しく批判した。

 西山太吉氏の話 吉野氏が密約を認め、真実を明かしている背景には、米国での文書発見と昨年の私の提訴があると推察する。国会答弁でうそをついたことや、(私を裁いた刑事)裁判で偽証した記憶がよみがえったはずで、外務省という組織を離れて一市民となった今、自身の視点で真実を語っているのだと思う。吉野氏は沖縄返還交渉を進めた最高実務担当者。彼が密約を認めたというのは絶対で、これ以上の証言はない。だが、政府はまだ密約を否定し続けている。こんなうそがまかり通るのは法治国家ではない。

 (メモ)沖縄返還をめぐる密約 戦後、米国統治が続いていた沖縄は、1971年6月の返還協定の調印を経て、72年5月に日本に施政権が返還された。日本政府は米軍が造った施設などの資産を有償で引き継ぐ名目として、3億2000万ドルを支払うことで合意したと発表していた。しかし、破壊された田畑を元に戻すなど、本来、米国が支払うべき軍用地の復元費400万ドルを日本が肩代わりする「秘密合意」があったとする疑惑が、西山元記者によって報じられた。政府は一貫して否定し続けているが、2000年、02年と相次いで、密約を裏付ける米側の公文書が見つかっている。