【抜粋】インタビュー チャルマーズ・ジョンソン 『「映画 日本国憲法」読本』より(2006.5.12)

 

『「映画 日本国憲法」読本』 (有)フォイル、2005年4月発行

http://www.foiltokyo.com/book/text/kenpou.html 

『「映画 日本国憲法」 DVD』 シグロ、2005年製作

http://www.cine.co.jp/kenpo/index.html 

 

 

チャルマーズ・ジョンソン Chalmers Johnson

1931年、フェニックス生まれ。アジア政治学者、元カリフォルニア大学バークレイ校・同大学サンディエゴ校教授。元CIA顧問。東アジア圏における米国の帝国主義的政策は必ず報復を受けると分析した著書『アメリカ帝国への報復』(集英社、原題『BLOWBACK』)は9・11のテロを予告したと話題になる。ほかに『アメリカ帝国の悲劇』(文藝春秋)など。94年に「日本政策研究所」(JPRI)を設立、現所長。

 

インタビュアー:ジャン・ユンカーマン  John Junkerman  (『映画 日本国憲法』 監督)

1952年、米国ミルウォーキー生まれ。画家の丸木位里・俊夫妻を取材した『Hellfire劫火』(1988)は米国アカデミー賞記録映画部門ノミネート。9.11のテロ後にノーム・チョムスキーにインタビューした『チョムスキー9.11』(2002)は世界十数カ国で翻訳・上映され、劇場でのロングラン公開が続いている。他に、与那国のカジキ捕りの老漁師を描いた『老人と海』(1990)、エミー賞受賞作「夢窓〜庭との語らい」(1992)、ミシシッピー川沿いに旅をしながら、地元のミュージシャンとの交流や彼らの音楽活動を記録した「The Mississippi:River of Song」(1999)など。現在も日米両国を拠点に活動を続ける。

 

 

【抜粋】インタビュー チャルマーズ・ジョンソン 『「映画 日本国憲法」読本』より

 

 

――あなたはかつてタカ派の論客として知られていました。現在のあなたは反軍事主義者ですが、まずはどうして考え方を変えられたのかを教えていただけますか。

 

 複雑な話です。私は1953年に、海兵隊として初めて日本を訪れました。そのときに日本語を学び始め、大学に戻ってからは中国語も勉強しました。冷戦期間中はずっと、ソビエト連邦が真の脅威だと信じていました。そして、著書『アメリカ帝国の悲劇』でもあきらかにしたように、1967年から73年まではCIAのコンサルタントを務めていました。

 ベトナム戦争に関する私の姿勢は間違っていました。じつを言えば、私はあの戦争が本格化する前、1962年に一度だけベトナムを訪問したことがあります。そのとき、これは内戦であり、アメリカは介入しないほうがいいと確信しました。そういう趣旨の論文も書いたのですよ。しかし、アメリカが介入したあとは、多くのアメリカ人がいまでも犯しがちな間違いを犯してしまいました。介入したからには負けるわけにはいかないと考えてしまったのです。

 あの頃(ころ)はベトナム戦争のほかにもいろいろなことが起こっていました。当時、私はカリフォルニア大学バークレー校で教鞭(きょうべん)を取っていましたが、ベトナム問題よりも公民権運動に関心をもち、深く関わっていました。そのため、公民権条例などを作ったリンドン・ジョンソンの支持者になりました。そして、ジョンソンを支持する以上は、ベトナム戦争も支持すべきだと考えるようになりました。

 しかし、そうした考えを変えさせるできごとが二つ起こりました。

 一つは1991年のソ連崩壊です。私はそれまで、冷戦が消滅すれば、アメリカの基地や軍産複合体を正当化する理由も消滅すると考えていました。世界はもっと平和になるはずだし、アメリカ軍は大幅に縮小されるはずでした。アメリカの歴史を見るかぎり、そう予測するのが妥当だったと思います。

 ところが、アメリカ政府は、すぐさまソ連の代わりとなる新たな敵を探し始めたのです。軍隊とペンタゴンの存在を正当化する論理的根拠が必要だったのでしょう。

 私は、国際問題の専門家として、冷戦の陰には私たちが考えていたよりも深い何かが存在していたのではないかと自問するようになりました。第2次大戦から続くアメリカの帝国主義プロジェクト――大英帝国に取って代わろうというプロジェクト――が潜在し、冷戦もその隠れ蓑(みの)にすぎなかったのではないかと疑うようになったのです。そして、そうした見方が正しいという結論に至ったのです。

 もう一つのできごとは、沖縄で起こりました。1996年2月、私は当時の大田昌秀知事の招きで、沖縄を訪問しました。前年の9月に、3人のアメリカ兵が12歳の少女をレイプするという事件が起きており、その件について話し合うのが目的でした。事件は、日米安保条約が調印されて以来、最大のデモに発展していました。

 96年の訪問のとき、あの小さな島に38ものアメリカ軍基地がひしめき合い、第3海兵隊師団から目と鼻の先に130万人もの住民が暮らしている状況にショックを受けました。

 おもしろいことに、当時の在日アメリカ軍の司令官はリチャード・マイヤーズでした。現在の統合参謀本部議長です。そしてマイヤーズ司令官は、問題のレイプ事件に関して、最近、イラクで起こったアブグレイブ刑務所の囚人拷問事件のときと同じコメントを出しました。

 「あくまでも3人の不良分子がしでかした事件であり、アメリカ軍の兵士がみんなそうだというわけではない」

 しかし、軍の横暴に抗議する沖縄女性の会や、沖縄県警、ライト・パターソン空軍基地(オハイオ州デイトン)に隣接する『デイリーニューズ』紙の有能なふたりの記者、そして私自身の調査によれば、沖縄ではアメリカ兵による性暴力事件がかなり頻繁に軍法会議にかけられています。軍法会議で審議されるということは、被害者の女性が証言台に立つという意味でも重要なのですが、そういうケースがこの50年間にわたり毎月2件は起こっており、いまも同じペースで起こり続けているのです。

 あきらかに、マイヤーズの発言は間違っていました。しかし私は最初、沖縄が特殊なのだろうと考えました。沖縄は本土から少々離れた海上にあり、東京で悠々と暮らすジャーナリストたちが頻繁に訪れるわけでもない。アメリカ軍はベトナム戦争の教訓から報道規制に長(た)けている。結局、沖縄では何があっても報道されにくい特殊な場所なのだろう――。

 ところが、世界中にちらばったほかの700以上の基地について調査を進めるうちに、だんだんわかってきたのです。沖縄はけっして例外ではない。残念なことに、沖縄で起こることは、どこでも起こっている――。その驚きが、私を世界中の基地研究へと導いたのです。軍事基地帝国の研究へ。

 

――アメリカが帝国ということですか。

 

 そうです。疑問の余地もありません。ペンタゴンの「基地構成報告書」によれば――これはアメリカが保有する世界中の不動産の年次調査報告書ですが――すべての大陸の132か国にまたがって700以上のアメリカ軍基地があります。日本には91か所、韓国には101か所。

 この場合の単位は、ヨーロッパの帝国主義の時代の伝統的な「植民地」ではなく、「軍事基地」の数です。しかしいずれにしても、それらが帝国を形成しているのです。表面的には見えない帝国を形成しています。

 アメリカでは1973年に徴兵制が廃止され、軍隊が職業化されました。このことが、アメリカの軍国主義化に拍車をかけました。軍産複合体が急成長を遂げ、巨大な富を生み出しています。いいえ、ほんとうは富など生んでいないのに、雇用が増え、富も生んでいるように見えてしまうのです。

 アメリカが帝国だというのは疑いもない事実ですよ。アメリカはつい最近まで、この事実を否定していました。しかし、いわゆるネオコンたちは、特にペンタゴン内において、わが国が「現代のローマ帝国」だと言い始めました。いまのアメリカは世界に立ちはだかる巨人であり、友人も、国連も、国際法も必要としない。武力で世界を支配できるのだと。現代の政治史においてはもっとも恐ろしいできごとです。

 事実、アメリカは真の帝国として長い歴史をもっています。米西戦争において初めてフィリピンを植民地化し、グアムとプエルトリコも獲得しました。フロリダ州が観光産業への悪影響を恐れて反対しなければ、キューバも手に入れていたかもしれません。モンロー主義の時代には、ヨーロッパ諸国からの干渉を退けてラテンアメリカに経済帝国を形成しました。

 

――アメリカ国民のなかには、アメリカが軍事社会だったという考えに抵抗を感じる人が多いでしょう。しかし、日本やヨーロッパから見ると、アメリカとほかの世界の間には大きなズレがあります。

 

 その意味で、私の著書『アメリカ帝国の悲劇』の副題は、大きな意味をもっています。「軍国主義、秘密主義、そして共和国の終焉(しゅうえん)」ですが、なかでも秘密主義は圧倒的に重要です。

 2003年の1年間で、ペンタゴンは1400万件の軍事情報を機密扱いに類別しました。前年には1100万件、さらにその前年は800万件でした。国家機密ではありませんよ。官僚の利益を守り、「軍産複合体」を守るための機密です。

 アメリカの国民はそんな事実を知りません。単純に言って、情報不足です。故意に情報不足にされているのです。アメリカは兵士やその扶養家族、請け負い業者、スパイなどを50万人以上も世界中の基地に配置しています。そしてアメリカ経済は、彼らの活動によってますます膨張していきます。

 私たちは、第2次世界大戦や朝鮮戦争、ベトナム戦争の頃と同じように、アメリカ軍が市民軍であるかのように装ってきました。しかし現実は違います。1973年以降、アメリカの軍隊は職業化する一方です。

 同時に、政府の非軍事部門予算からの軍事支出がたいへんな勢いで伸びています。今日、アメリカの外交関連支出は93%がペンタゴンに牛耳られており、国務省がコントロールできるのはわずか7%にすぎません。

 本来、外交官や大使が行うべき業務を、かなりの程度までペンタゴンが代行しているのです。今日のアメリカの外交政策は、地域ごとに軍司令官が決定しています。大使はみな彼らに報告を上げ、彼らが本来の命令系統を飛び越して大統領や国防長官に報告し、外交政策が組み立てられています。

 アメリカ人の多くは、世界の人々が自分の国を音楽やポップ文化やハリウッド映画を通してながめていると信じています。しかし実際には、世界はわが国を、特殊部隊の武装した兵士を通じてながめているのです。彼らの目には、アメリカが軍隊を通して世界とつき合っているように見えるに違いありません。

 マーシャル・プランに見られるように、アメリカは外交手段として対外援助を利用する道を開拓してきました。フルブライト・プログラムのように、アメリカの大学に各国から留学生を受け入れる制度も創設しました。ある時期、外交に強く頼っていたことも確かです。しかし現在、アメリカ外交を統括する地位にあるコリン・パウエルは、元四つ星の軍司令官です。アメリカの歴史上、国務長官を務めた元軍司令官はほかにふたりしかいませんでした。第2次世界大戦後のジョージ・マーシャルと、レーガン政権時代のアレクサンダー・ヘイグです。

 私はパウエルを尊敬しています。しかし彼は外交の何たるかをわかっていないと思います。いまのアメリカ政府を見ていればわかります。まさに「軍国主義」なのです。かつてジョージ・ワシントンは退任演説で、軍部が暴走する危険性を説きました。ドワイト・アイゼンハワーも退任演説において「軍産複合体」という言葉を初めて使い、不当で目に見えない権力が市民の自由を脅かす恐ろしさについて警告しました。まったく同じ意味において、いまの政府は軍国主義的です。

 

――アメリカの帝国主義的政策について、アメリカ自身は「民主主義を広めるためだ」とずっと昔から言っている、とあなたは著書のなかで述べていらっしゃいます。

 

 少なくともウッドロー・ウイルソンの時代まで遡(さかのぼ)る話です。じつに異常なことですが、それは第3インターナショナルが世界を共産化しようとしたのと同じくらい野心的な帝国主義的プロジェクトだったのです。最近にまで、あまり真剣に研究されてこなかっただけです。

 将来の歴史家たちはこう言うでしょう。アメリカが犯した最大の誤りは、1991年にソ連が崩壊したとき、それを冷戦の勝利と結論づけたことだと。そして、ソ連が敗北したのはアメリカの力が勝っていたためと考えたことだと。でも、いまでは誰(だれ)だって知っていますよ。ソ連の崩壊はアメリカとは何の関係もありませんでした。内部の圧力によって崩壊したのです。その力は、現在のアメリカを襲っている力と似ています。経済イデオロギーを必要以上に押しつける機関、改革能力の欠如、帝国主義的な拡大路線などがそうです。

 アメリカは、冷戦に勝利したという間違った結論を出してしまいました。アメリカはソ連ほどひどく敗北しなかっただけです。わが国は常に彼らよりも裕福でした。だから競争に残れただけです。

 冷戦終了後、アメリカは新たに、きわめて傲慢(ごうまん)で不遜(ふそん)な政策を取り始めました。善悪を無視した傲慢さで、やりたい放題に。世界はアメリカに追従する、世界はアメリカの一極支配の下にあり、アメリカこそが唯一の超大国なのだと過信して。

 このまま行けば、過去のナチス・ドイツや、帝国主義日本や、毛沢東の中国、ボリシェビキのロシアなどと同様の狂気に至るでしょう。それらの国々に起こったことがアメリカにも起こるのではないかと、私は危倶(きぐ)しています。

 

――それがイラク戦争に結びつくわけですね。

 

 そのとおりです。イラク戦争において決定的な問題は、戦争を始める前にアメリカが「予防戦争」という名目を打ち出したことです。これは侵略を意味する美辞にすぎません。1941年12月7日に日本がアメリカの真珠湾に対して行ったことと同じです。どう考えても違法です。先制攻撃とは、自国が攻撃されそうなとき、戦争が不可避な状況にあって先に攻撃することを指しており、これは国際法でも合法とされています。しかし、戦争防止のための戦争は合法ではありません。

 アメリカの憲法起草者のなかでもっとも重要な人物のひとりに、ジェームズ・マディソンがいます。彼は憲法批准後に有名な言葉を残しています。

「この憲法において一番重要な条項は、参戦決定権が、選出された代表者集団のみに与えられることだ」と。参戦決定権は絶対に個人に与えられるべきではないという意味です。

 ところが、2002年10月、アメリカの議会はその権限を単独の個人に与える法案を可決してしまいました。好きなときにいつでも戦争を始められる権限を、たったひとりに与えてしまったのです。その人物の一存で。核兵器の使用も含めてです。

 議会が可決したのは、大統領や副大統領が流した間違った情報のせいでした。サダム・フセインのイラクから、巨大で危険かつ深刻な脅威が迫っているという情報です。そして可決の6か月後、大統領は、アメリカをただの一度も攻撃したことのない国に宣戦布告しました。戦争の正当性は完全に失われました。

 だからこんなことになったのですよ。いまのイラクでは、相手が外国人と見れば簡単に攻撃してしまうような愛国主義的抵抗活動が繰り広げられています。外国人は誰であれ、自国の資源を盗みにきたように見えてしまうのです。

 アメリカ建国以来228年の歴史において、イラク戦争はおそらく、アメリカの外交政策をもっとも大きく脅かしたできごとだと思います。軍隊の名誉を貶(おとし)めてしまったのは深刻な問題です。さらに、アメリカは自らテロのような手段を用い、国際法を無視する国だとして、他国からのけ者にされるようになってしまいました。

 私が生きてきた間だけでも、世界はさまざまな帝国の崩壊を目の当たりにしてきました。「千年帝国」ドイツは12年しか続きませんでした。大日本帝国も、フランス帝国も、大英帝国も、オランダ帝国も、ソ連帝国も崩壊しました。ソ連は1989年に革命が起こってからわずか3年間で崩壊しました。

 アメリカが衰亡するであろうことは明白だと思います。拡大主義が常軌を逸している上、政府は経済史上最大の財政赤字と貿易赤字を抱え、破産寸前です。

 年間の軍事支出は7500億ドル(約90兆円)にも達しています。しかし、その巨大な軍事支出は、我々が支払っているわけではありません。それを勘定書につけ、中国や日本がドル入手と引き換えに払ってくれるのを待っているだけです。もし彼らがドルよりユーロを手に入れたいと思えば、アメリカは一瞬にしてコスタリカのようになってしまうでしょう。

 

――小泉首相は日本の自衛隊の地位を高めるためにイラクに送りました。しかし、選ぶ戦争を間違えてしまいましたね。

 

小泉は、日本の歴代首相のなかでも、もっとも愚かなひとりにランクされるでしょう。

 それまでの日本は、同盟関係を維持しながら、自国の利益にならないことを避ける点で長けていました。『ロサンゼルス・タイムズ』紙にも書きましたが、イギリスのブレア首相がアメリカのプードル犬だとすれば、小泉はアメリカのコッカスパニエル犬です。彼は国民の反対意見に無関心でした。民主主義に意味があるとすれば、国民の世論は重要なはずです。しかし民主主義政権が、国民の声に耳を向けていないのです。

 イラク戦争に関して民主主義が初めて勝利したのは、スペインのサパテロ首相誕生です。スペイン国民はブッシュのイラク戦争をよく思っていなかったので、ホセ・サパテロを首相に選出しました。その翌日、彼はスペイン軍のイラクからの撤退を決めました。

スペインで起こったことが、ブレアのイギリスでも、ベルルスコー二のイタリアでも、小泉の日本でも、そして何よりもアメリカで繰り返されるべきです。その可能性は十分にあると思います。こう言うのも変ですが、今日の自由社会のリーダーは、フランスのジャック・シラクです。私は、シラクが正しい選択をしたと評価しています。

 イラクの問題がもち上がり、アメリカ政府が不遜で異常な傲慢さに陥ったとき、アメリカ国民は反対の声を上げました。開戦前に、ジョージ・ブッシュと彼が行おうとしている戦争に対して、ものすごいデモを行って抗議の意思を示したわけでしょう。しかし政府は国民の声を無視しました。

 アメリカは、この戦争を正当化し、擁護しようと努めてきました。しかし長期的には、それに迎合しなかった国が道徳的な優位に立つでしょう。日本にとっては痛手です。今後、改憲されるかどうかは別ですが、現段階で改憲は行われていません。したがって、日本において法の支配が偽りであることが強烈に示されたことになります。日本政府はこの最高の法律を遵守する義務に無関心だったように思えます。

 アメリカには、イラクをめぐって二つの選択肢しかありません。一つは手遅れになる前に撤退する道。もう一つはたたき出される道です。

 

――日本の参戦はあきらかに間違っていました。しかし小泉首相は、もっと大きな計画を進めるために、この状況を利用したかったのではないでしょうか。

 

 私には、日本が東アジアの発展について、ひどい読み違いをしているように思えます。日本は、ハードコアな冷戦の定義を引きずったアメリカとの同盟関係にしがみついています。今日の地球上でもっとも従順な追随者であり、自らがアメリカの衛星国にすぎないことを世界に向かって公然と示しています。日本の外交政策はワシントン中心に回っているのだと。

 日本のタカ派の人々は――岡崎久彦のような人々のことですが――中国や北朝鮮の脅威から国を守るためにはアメリカの力が必要だと言い続けています。しかし私は、とんでもない読み違いだと思います。

 最近、とても心配なことがあるのです。日本のマスコミは中国に対する民族差別的な姿勢を強めつつあるようです。1930年代の中国に関するプロパガンダと似ています。北朝鮮の場合もそうです。韓国が「北朝鮮の意向は理解している」と言い、北朝鮮が「アメリカ帝国の絶対的な力に対して抑止力をもとうとしているだけだ」と言うのなら、日本はそれを信じるべきでしょう。

 北朝鮮による日本人拉致(らち)事件が日本の世論に火をつけ、右傾化に貢献した事情はわかります。しかしそれは、世論の性格上そうなったにすぎません。我々に必要なのは、政治家のリーダーシップです。彼らは、北東アジアに平和が訪れている現実を見ようとしません。

現実を見れば、中国の革命は、決定的と言えるほど商業主義的な方向に進んでいます。中国人は、今日の世界で一番実利主義的な人々です。彼らの経済はいま、世界でもっとも成長しています。2003年の成長率は9.1%でした。

 冷戦期における日本の経済成長と違うのは、中国が外国からの直接投資を歓迎している点です。いまの中国は、アメリカ、イギリスに次いで、世界で3番目の海外投資受け入れ国となりました。

 韓国は、たいへん裕福な成功国です。今日、韓国の貿易相手の主流は、アメリカではなく中国です。したがってアメリカの軍国主義が介入さえしなければ、冷戦時代の遺物としての問題、つまり朝鮮半島の分断と台湾海峡の問題は最善の方向へ向かうはずです。

 1987年まで戒厳令下にあった台湾も、いまでは立派な民主主義国家になりました。中国本土も、それに続く可能性を示唆しています。そうした方向へのプレツシャーは日常的に感じますし、共産党内部の動向をながめていてもその可能性があると思います。

 それにしても、日本はわかっていませんね。アメリカはいくらでも気まぐれになれるのですよ。時がたてば、一夜にして東アジアにおける同盟相手を中国に切り替えるかもしれません。アメリカ経済は中国の製造産業にますます依存しつつあります。中国ではほかのどこと比べても、何でも安価に作ることができます。いまやアメリカにとって、きわめて大切な貿易相手国です。アメリカの太平洋地域における現在の貿易赤字は史上最大の数字に達しています。これまで貿易赤字の対象国といえば、決まって日本でした。ところが現在は中国です。対日貿易赤字は2番目です。

日本はアメリカ政府に気に入れられたいがため、憲法に反してまでイラクに軍隊を送りました。しかし、ジョージ・ブッシュばかり見ている間に、東アジアでほんとうに起こっているのは何か、自国にとってほんとうに利益になることは何かを見誤ってしまったと思います。アメリカ国内の状況も読み違えています。ジョージ・ブッシュがアメリカなのではない。彼とその取り巻き連中が、9・11の事件につけ込んで、アメリカ政府をハイジャックしているだけなのです。

 日本は永久に国連の常任理事国になれないでしょうね。日本の行動を見ていればわかります。誰も賛成票を入れないでしょう。なぜなら、日本が常任理事国に入ることは、すなわちアメリカに2票を投じることを意味するからです。誰が考えてもわかります。

 日本国民の世論がどこに向かっていくのかはわかりません。しかし、最新の世論調査では50%以上の国民が自衛隊のイラク派遣に反対しています。私はこのことに感銘を受けました。

 

――自衛隊の派遣に関しては、人々が「人道支援」という名目に満足しているという一面があります。政府は軍隊の派遣をとても巧みにカモフラージュしましたから。

 

 そうした欺聴(ぎまん)には懸念を覚えます。政府は、日本の報道陣が自衛隊と同じ地域に滞在して、自衛隊の動向を報道することを拒否しました。この事実一つを取ってもわかります。

 日本政府の姿勢に関して言えば、3人の日本人がイラクの活動家に拉致され、脅迫された際の対応ほど、世界に不愉快な印象を与えたことはありませんでした。日本政府は、3人が人道的支援活動を続けようとしたことを公に非難しました。コリン・パウェル国務長官は彼らの活動が「賞賛に値する」と発言しましたけれど。彼らは誠実な人たちであり、だからこそ生き延びることができたのでしょう。だからこそ釈放されたのでしょう。日本の傲慢な権威主義のおかげではありません。日本政府は普段自分たちの権威主義的な体質を世界に知られないよう腐心しています。しかし「国家に恥をかかせるとは何ごとだ、外務省の言うことになぜ従わない」と言わんばかりの態度はじつに傲慢でした。

 日本の人々だって気づき始めているのではないですか。政府がよけいなことをして世界の物笑いになっていることに。自衛隊の貢献など、取るに足らないものです。重要なことは何もやっていません。

 たぶん、自由民主党による隠れたオペレーションがあるのでしょう。ここで思い出すべきは、日本が長い間、クレメント・ゴットワルトのチェコスロバキア顔負けの一党独裁政権であり続けた事実です。

 自民党による一党独裁政権は、冷戦初期にアメリカによって作られた面が大きいのですよ。アメリカは、野党が政権を握って中立の方向に走るのを防ぐため、日本に重装備した政治制度を作ったのです。今日、この一党独裁政権が、アメリカと同様、時代錯誤的な方向に日本を導きつつあります。いまだに東アジアの諸問題を軍事的に定義づけようとしています。ありもしない武力攻撃の脅威を掲げてね。

 中国の成長も、中国における富の拡大も、中国のナショナリズムも、人民の支持によって実現していることは確かです。しかし中国にはわかっています。外国と戦争などすれば、すべては瞬時にして消え去ってしまいます。だから中国政府は、何が何でも戦争を避けようとするでしょう。

 ペンタゴンは繰り返し言ってきました。「アメリカに刃向かう方法は二つしかない」と。一つはいわゆる不均衡な武力での戦い、つまりテロ。もう一つは核兵器です。北朝鮮のみならず世界からながめて、サダム・フセインの弱点は大量破壊兵器をもたないことでした。彼がもしそれを所有していたなら、アメリカはもっと慎重になっていたことでしょう。北朝鮮はもっています。だからアメリカは北朝鮮に対して慎重なのです。

 世界の誰もが知っているように、もし北朝鮮が日本をミサイル攻撃などしたら、北朝鮮は瞬時にして、完全に破壊されるでしょう。しかし北朝鮮は、誰かを道連れにすると脅しています。彼らはこう脅迫しているのです。もしアメリカが我々に対して武器を行使するなら、我々だって黙ってはいない。ソウルを陥落させ、沖縄にあるアメリカ軍基地を破壊し、できるだけ多くの日本の都市を攻撃するぞ――。実際には一つも攻撃できないかもしれません。それはわかりません。しかし、彼らはそう脅迫しています。

 危険だと思うのは、日米両国が、勝者にあるまじき振る舞いをしていることです。北朝鮮はいまなお、冷戦の遺物である、時代遅れの、破綻(はたん)した共産主義体制にあります。しかし、アメリカの「帝国主義」に完全支配されることなく、世界の仲間入りを果たしたいと切望しています。我々は、そのジレンマから彼らが脱出する道を、もっと寛大な態度で提供すべきでした。それなのに、対立することで事態を悪化させてしまいました。

 アメリカの軍事政策と歩調を合わせ、誇大妄想狂のネオコンたちとうまくつき合おうとすれば、どういうことになるでしょう。ブッシュが差し出すリトマス試験紙はどんな色をしているでしょう。「イラク問題で私を支持するのか、しないのか」、それだけです。ブッシュはその答えを小泉に迫りました。そして小泉は、小さなコッカスパニエルのように、非合法で無意味な選択をしてしまいました。イラク派兵を決断することで、イスラム社会の怒りを、長期にわたる怒りを買ってしまったのです。ほかに例を見ないほどバカげた選択でした。

 これまでの日本はもっとうまくやってきました。同盟関係はうまく保ったまま、奇妙な理屈をつけてやりたくないことを避けてきました。「自衛隊を派遣するには時期尚早だ」とか「適切な名目がなどと言い出したり、憲法を引き合いに出したりしてね。日本はそういう術には長けていたはずなのに、今回ばかりは大きな間違いを犯しました。単にアメリカの政策の延長上に存在するにすぎないことを暴露してしまいました。

 

――憲法"改正"を主張する人々の多くは、日本が「普通の国」になるべきだと言っています。

 

 問題を読み違えているのです。普通か、普通じゃないかの問題ではありません。憲法第9条を維持するのか、しないのかという問題です。

 要するに、こういうことなのですよ。日本は第2次世界大戦中の侵略行為に関して謝罪しなかったとして、いまだに批判されています。少なくとも日本は、戦後にドイツが行ったような謝罪を行っていません。

 しかし私が考えるに、この点で日本は誤解されています。ドイツはあの戦争において、国境を接する国々を犠牲にしてきました。だから戦後、そうした国々との関係を修復するほか道がありませんでした。しかし日本が犠牲にしたのは、海を隔てた国々です。直接、国境を接しているわけではありません。

 私が初めて来日したのは1953年、この問題がまだ熱く議論されている頃でした。そのときから感じていることですが、日本は謝罪したのです。憲法第9条こそが謝罪だったのです。東アジア諸国へ向けられた次のような宣言だったのです。

「今後、あなた方が、1930年代から40年代に起こったような日本の軍事行為の再発を恐れる必要はありません。なぜなら、日本は公式に、そして法的にも、武力行使を放棄したからです。自衛の最終段階における行使を除いて」

 これこそ謝罪だったと思います。名誉ある謝罪でした。しかし不幸にも、アメリカとの同盟関係のせいで、その謝罪はしばしば蝕(むしば)まれてきました。日本が東アジア前線における「不沈空母」となり、衛星構造の一極を成すことをアメリカ軍が望んだからです。

憲法第9条を破棄することは、謝罪を破棄することにほかなりません。そうなれば、中国でも、東南アジアの華僑(かきょう)社会でも、朝鮮半島でも、「日本はほんとうに謝罪したのか、戦争犯罪の重さをほんとうに理解する気があるのか」という問題が再燃するでしよう。

 私の博士論文は、戦時中の中国北部における反共産ゲリラ活動に関するものでした。論文を書くため、1960年代には日本の防衛庁の戦史室で研究したこともあります。

 日本の元軍人たちは、シンガポールやガダルカナルでの戦闘についてなら、私のような外国人にも抵抗なく話してくれました。ところが、私が中国について研究したがっていると知ると、とたんに態度が変わりました。危険な話題だったのです。彼らは戦犯に処せられていました。

 ベトナム戦争後になって、彼らの多くが私に手紙をくれました。こんなことが書いてありましたよ。

「これであなたにもわかったでしょう。我々だけが野蛮な畜生だったわけではない。我々は愚かだった。しかしそれは、あなた方アメリカ人も同じです。中国にいたとき、我々にはゲリラと村民の区別がつかなかった。あなた方もベトナムでそうだった。我々もあなた方も、そのせいでひどい結果を招いてしまいました」

 いま、東アジアには大きな疑念が潜んでいます。台湾独立をめざす民主進歩党の陳水扁(チンスイヘン)らは、日本の協力者や指導者に煽(あお)られているのではないか。事態を混乱させるのが好きで、尖閣(せんかく)諸島のことばかり問題にし、中国本土の政治状況を考えれば不可能なことを知りながら台湾独立を後押ししている日本人がいるのではないか。中国人は戦争を望んでいません。望んではいないけれども、今日のような中国ナショナリズムがあるかぎり、台湾の独立宣言を見逃すことはできないでしょう。そんなことになれば、中国政府の存続が危うくなることがわかっているからです。

 彼らも政府の存続をかけて、現在のような政策を取っているのです。アメリカもそのことは理解していると思います。日本もわかっているはずなのに、受け入れようとはしません。むしろ抵抗しようとしています。

 中国との戦争になれば、ベトナム戦争と同等の、あるいはそれ以上にひどい結果を招くでしょう。アメリカは破産し、中国は軍国化します。そして日本は、かつて自らが行った最悪の戦争犯罪の被害国とふたたび戦うことについて、意見が真っ二つにわかれ、内戦さながらの状態になるでしょう。

 

――今日、イラクに自治権が返還されました。日本に自治権が返還されたのは52年前のことになります。

 

 どちらもニセモノですよ。沖縄が日本に返還された以降も、沖縄に38ものアメリカ軍基地があるのがその証拠です。

 ジョン・フォスター・ダレスは、すばらしくインチキな理屈を考え出しました。彼は1945年から1972年まで、沖縄で陰の主権を握っていたのは日本だと言いましたが、とんでもない。沖縄はアメリカの陸軍中尉に支配されていました。ペンタゴンの植民地だったのです。

 心配なのは、イラクにおける主権返還が、沖縄のモデルどおりに進んでいるということです。アメリカはイラク国内に14の常駐軍事基地を建設すると言っています。イラク暫定政府は自分たちの希望を口にするたび、コリン・パウエルに「早まるな」などと反対されています。いまなおサダム・フセインを裁判にかけることができないのもそのためです。

 アメリカ政府は、どうとも取れる言い方をするのですよ。主権と言えば聞こえはいいけれど、その実体は、アメリカの軍事帝国主義というもっとも本質的なものを隠すためのプロパガンダにすぎません。

 周知のとおり、沖縄には反米感情が蔓延(まんえん)しています。当然のことです。現在の稲嶺知事はたいへん保守的で、沖縄においては反動的といえる体制を代表する人物です。しかし、その彼でさえ、アメリカの海軍中尉に向かって連日のように訴えていますし、最近、ラムズフェルド国防長官が沖縄を訪問した際にも次のように言いました。

「私たちは活火山のすぐ近くで暮らしているようなものです。火口の奥で溶岩の煮えたぎる音が聞こえます。この山がほんとうに噴火したら……。1970年に噴火したことがありました。95年の少女レイプ事件の際にも、50年代に沖縄の農地が非合法に押収されたときにも噴火しかけました。もし今度、ほんとうに噴火したら、ベルリンの壁が崩壊してソビエト帝国にもたらしたのと同じ結果が、あなた方の帝国にもふりかかるでしょう。そのことを理解すべきです」

 日本政府は理解していると思います。だから彼らは沖縄の人々を買収しようとしているのです。長い間、買収し続けてきました。日本政府としては、おもに経済的な理由から、安全保障条約がほしいのです。アメリカ市場に特恵的な条件でアクセスし続けるために。つまり、日本の保護貿易を大目に見てもらうために。

 沖縄は、日本が長い間、差別してきた植民地です。現在は、そこにアメリカの軍事基地が押しつけられています。まるでプエルトリコの日本版じゃないですか。

 皮肉なものですね。ジョージ・ブッシュやその取り巻きたちは、アメリカ軍の勇敢な行為を称えるとき、ドイツや日本のような「民主主義をまったく知らなかった国」に民主主義をもたらしたことを引き合いに出します。それが開戦を正当化する理由ともなっています。近代ドイツや近代日本の歴史を知らないのでしょう。たいへんな間違いです。情報不足と無知に基づいた見方です。日本には、マッカーサーがやってくるずっと前から民主主義の基礎がありました。

 しかし、日本の都道府県の一つである沖縄は、民主主義のかけらも得ることができませんでした。軍事支配が1972年まで20年あまりも続きました。ベトナム戦争と、これに関連して高まった反米運動の結果、ようやくアメリカは「主権」を日本に返しました。しかし、そんなものはニセモノです。「アメリカは沖縄に基地をとどめおく」という日米安保条約のもとでの返還でした。

 アメリカ軍基地はアメリカ領です。そこで何が起ころうと、日本政府には何全言えません。もしアメリカが沖縄に駐留する軍隊を北朝鮮に派兵すれば、日本が巻き込まれる可能性も十分あります。にもかかわらず、日本政府はアメリカ軍の動きに口出しできないのです。それらのすべてが、130万人の沖縄県民の犠牲の上に成り立っています。彼らは、アメリカの国外唯一の海兵隊基地と隣り合わせで生きることを強いられています。それも、あまり優秀とはいえない師団です。

 そもそも沖縄は、海兵隊の軍事訓練には向いていません。ラムズフェルド国防長官でさえ、2003年11月に宜野湾上空から普天間の海兵隊ヘリポートをながめながら、「こんなところじゃだめだ」と言いました。同盟相手を正当に認めているなら、ニューヨークのセントラルパークより大きな軍用ヘリポートを、大都市の真ん中にもってきたりはしないものです。結局、アメリカは沖縄県民を占領地の住民程度にしか見ていないのです。

 誰だって言いたくなるでしょう。日本政府はなぜ何の手も打たないのかと。

 大田昌秀元知事のコメントを紹介しましょう。本人はあまり喜ばないでしょうけれど。彼が知事だった頃、私は彼と夕食をともにしたことがあります。その席で、彼はこう言いました。

「ジョンソン教授、私はアメリカ人が嫌いですが、日本人は大嫌いです」

 私は答えました。

「なるほど。わかります。アメリカ人が嫌いな理由は、我々があまりにも長い間、あまりに大勢、駐留しているためですね。日本人が大嫌いな理由は、彼らが沖縄を裏切り、主権返還後も沖縄の利益を組織的に裏切り続けているからですね」

 

――日本が再軍備することなくほかの可能性を見つける。そんな選択肢はありますか。

 

 言うまでもありません。日本は「豊かなアジア」を誤解しています。ある意味で中国は、孫文の時代にそうであったように、日本に敬意を払い、日本から国家主導の資本主義を学び始めています。今日の中国人は「粛清の時代に毛沢東にだまされた。ほかの東アジア諸国がどんどん豊かになっていくことに気づかなかった」と感じています。

 東アジア諸国は、アメリカだけでなく、世界中の先進国と平和的な貿易を行うことで裕福になりました。徐々に自給自足の方向にも向かっています。たとえアメリカ合衆国がたったいま、消減したとしても、東アジアが困ることはありません。もちろん当面はかなり後退するでしょう。しかし、東アジア諸国間で貿易するだけでもやっていけるだけの富が、この地域にはあるのです。

 その意味で、中国を中心にいま起こっていることを、どのように受け止めるかが重要です。中国との関係をどのように調整し、ハイテク技術をいかにして生かすか。日本は慎重に考えるべきでしょう。

 日本に必要な労働力は中国本土にあります。日本政府はブレーキをかけたいようですが、日本企業は政府の方針に反してでも、中国への投資に大きな比重を移そうとしています。日本はこれまでも中国に投資してきましたが、おもに日本製品を中国市場で販売することが目的だったと思います。しかし他国の投資家たちは、たいへん高い技術をもった中国の労働者に低賃金で製造させ、先進工業国に逆輸入するメリットを得てきました。日本も徐々にこのことに気づき、逆輸入を始めました。

 中国は、あきらかにこうした動きを歓迎しています。中国と日本を分断するものはただ一つ、民族優位主義や歴史観です。中国は歴史を根にもち過ぎると日本人は言いますが、中国人に言わせれば、日本人は歴史の断片しか記憶していないという話になるのです。

 北朝鮮による日本人拉致事件に似ています。あの事件はもちろん憤慨すべき問題です。しかし日本が朝鮮半島について考えるとき、「拉致」という言葉以上に慎重になるべき言葉はないでしょう。この言葉を聞けば、韓国人や朝鮮人も、中国人も、インドネシアなど東南アジアの人々も、みな「従軍慰安婦」、つまり戦争中に前線で皇軍のために慰安婦をさせられた占領下の国の女性たちを思い出すからです。

 

――憲法について少し話をしましょう。

 

 憲法ですね。日本人は憲法に関して、アメリカ人とは違う捉(とら)え方をしているようです。その国の最高法規というよりは、理想宣言文と捉えているようです。日本人がこれまでただの一度も改憲しなかったのはそのためでしょう。モーゼの十戒のようなものですね。十戒を改定することはありませんから。

 日本人は自国の憲法にもっと誇りをもつべきです。日本国憲法は、言うまでもなくアメリカ占領軍が作成したものではありますが、1950年代の反戦運動などを経て、日本社会に深く根ざすようになりました。世界中の人が、日本憲法をすばらしい憲法だと考えているのですよ。

 軍事力をもつことこそが「普通の国」になることでしょうか。日本は勢力圏争いから距離を置くことで、たいへんなメリットを享受してきました。もしも、2隻ほどの空母と、核兵器と、巡航ミサイルと、軍需産業を備える国を「普通の国」と呼ぶならば、日本がそうなってもメリットはありません。

 第一、日本は軍事大国になどなれませんよ。再軍備に必要な労働力がありませんから。今日の私の発言のなかでは、これが一番いい話でしょう。

 

――でも、日本はすでに軍事大国になっているのではないですか。

 

 軍事支出の面ではそうですね。高度なハイテクな軍事力を保持していて、軍事費の点ではおそらく世界でも2位か3位に入るでしょう。

 前回、私がアメリカ議会で証言したとき、ひとりの上院議員が私に聞きました。

「日本はすでに再軍備していると私は見ています。しかし、いったい誰が監督しているのでしょうか」

「それはもっともむずかしい質問の一つです」と、私は答えました。

 日本には国防大臣がいません。一党独裁政権でもあります。世論を無視する点では悪名高い政府です。だから、「究極的には財務省だ」と答えるほかはありません。予算を削減できるという意味です。

 しかし日本の軍事活動は、まったくもって不透明ですね。アメリカ軍との協力に関する機密や準機密事項も多く、武器や戦略などのやり取りに関しては稀(まれ)にしか公開されません。しかもそれは、不注意によって情報が漏れるときだけです。1930年代の日本の軍国主義と、軍部が国民や議会に対して責任を負わないという固い信念をもっていたことを思い出させます。

 

――日本には、地獄へ導くモデルが2本あるということですね。帝国主義日本のモデルと、帝国主義アメリカのモデルと。

 

 そう思います。しかし日本の前には、豊かな東アジアの一員として生きる道も開けています。私が初めて東アジアを訪れた頃には想像もできなかった状況です。あの当時、台湾やシンガポールは、地球上でもっとも不快で、うんざりするような場所でした。悪い病気もはびこっていました。

 1953年に初めて私が訪れた頃の日本だって、似たようなものでしたよ。どんなに想像力をたくましくしても、この国で新しい形の資本主義が発展するとは思えませんでした。人々はたいへん熱心に働いていましたが、働き過ぎて疲れ果て、電車で座ることができたらすぐに居眠りを始めるほどでした。

 同じことがいま、世界最大の社会システムと世界最古の文明をもつ国、中国で再現されようとしています。中国は日本を尊敬し、高度成長期の日本のように国家主導の資本主義を打ち立てようとしています。

 日本は中国と協力関係を築くべきです。中国に対抗しようとしたり、対立したりすれば、日本は生き残れません。中国との対立は、アメリカの利益にもなりません。アメリカは気まぐれな国ですよ。日本がこのままの路線を取り続ければ、いずれわかります。ある日突然、アメリカは「我々は中国と歩調を合わせなければならない」と言って、日本を裏切るでしょう。それが国際社会における現実というものです。

 

――ここサンディエゴでフリーウェイを走り、膨大な数の自動車を見ていると、アメリカ帝国の利害関係は石油に拠(よ)っているというあなたの意見が、たいへん説得力をもって聞こえてきます。

 

 間違いありません。9・11のあと、アメリカはサウジアラビアから軍隊を引き揚げ、イスラエルにこう宣言すればよかったのです。

「我々は最終的にはあなた方を守る。イスラエルが破壊されるのを見過ごすつもりはない。しかし、パレスチナに対するシオニスト的な帝国主義を支持するつもりもない。あなた方がパレスチナ領からの入植者引き揚げを始めるまで、我々の防衛予算からの援助は保留する。それこそがイスラエルを脅かす癌(がん)だからだ」

 我々がほんとうにやるべきだったのは、あらゆる技術を駆使して、ただちに石油節約プロジェクトを始めることです。現在のアメリカは、化石燃料の最大の浪費国家です。シボレーのサバーバンは戦車並みに燃費の悪いことで知られますが、9・11後の1年間で売り上げが倍増しました。いまやアメリカのシンボルは、ばかばかしく大きくて重いSUV(オフロード車など)のラジオ・アンテナにアメリカ国旗を掲げてサンディエゴ・フリーウェイを走る、無作法な若者たちになってしまいました。

 アメリカは石油の帝国でもあるわけです。しかし、石油の浪費だけが問題なのではありません。石油資源を支配する者は世界を支配できるのです。ディック・チェイニー副大統領などはその最たる者でしょう。そう感じているのは、私だけではないはずです。

 アメリカ政府が国際関係において無能なのは言うまでもありませんが、ある意味ではやむを得ないことですよ。何しろ、みんな本来は石油会社の重役なのですから。コンドリーザ・ライスでさえ、大統領の国家安全保障担当補佐官になるまではシェブロンの重役でした。彼女の名前のついたスーパータンカーがあったほどです。

 したがって、彼らは石油については熟知しています。イラクの石油埋蔵量が世界第2位であることも詳細に知っています。サウジアラビアの政権が不安定であることも、そしてそれがおもにアメリカのせいだということも知っています。

 同時に彼らは、1979年にイランで起こったできごとが恐ろしくてならないのです。1953年以降、アメリカのCIAがイランの政治を操作し続けた結果、革命が起こり、シャーが追放されました。私は著書に『BLOWBACK(しっぺ返し)』(邦題は『アメリカ帝国への報復』)というタイトルをつけたことがありますが、ブローバックとはまさにこのことですよ。自分で自分の敵を創(つく)り出してしまうのです。アメリカは性懲りもなく同じことを繰り返しています。

 元財務長官のポール・オニールは、ブッシュ政権に関して「彼らの目的は何か」と聞かれたとき、こう答えました。

「彼らは大物の盗賊です。巨大な富を、きわめて短期間で手に入れようとしています」

 それが現状です。アメリカは資源を盗むためにイラクを侵略しました。イラクの人々にはわかっています。だからアメリカに抵抗しているのです。外国人が自国に押し入って盗みを始めれば、愛国者なら誰だってそうするでしょう。

 

――将来について楽観できると思いますか。

 

 いいえ。政治学者としては、あまり楽観していません。妻が私によく言います。

「お金が少しでもたまったらバンクーバーに家を買うべきだ」なんて講義を、これ以上、アメリカ国内でしないでほしいと。

 私はアメリカにとどまって、何とかやっていきます。もう72歳ですから。まだ若くて子どものいる人々なら、どこかほかの場所に移住するのもいいかもしれません。少なくとも、どの国のパスポートを取得できるか、調べてみるくらい悪くはないでしょう。

 そうですね、あまり楽観はしていません。一番恐ろしいのは、政治制度で問題を解決できないことです。共和党であれ、民主党であれ、どんな大統領でも現在の軍事システムが有する巨大な既得権益に抗(あらが)うことはできないでしょう。ペンタゴンや秘密情報機関や軍事産業の既得権益はそこまで膨張してしまいました。

 民衆の力だけが最後の望みです。1年前、世界中で1000万人もの人々がイラク戦争とジョージ・ブッシュに抗議し、ほんとうの民主主義を守るためにデモを行いました。今回、民主主義の初勝利はスペインでもたらされました。同じような勝利が、イギリスでも、イタリアでも、日本でも、アメリカでも見られれば、チャンスはあるかもしれません。

 

――日本のパスポートはどう評価されますか。

 

 あまり魅力的ではないですね。日本は今回、愚かにも国際性の欠如や異文化と共存する能力に欠けていることをさらけ出してしまいました。いまなら中国のほうが有利でしょう。彼らのほうがずっと、世界に適合する能力に長けていると思います。

 

2004年6月28日 カリフォルニア州サンディエゴにて