君が代不起立呼びかけ『罰金』のナゼ 『東京新聞』特報(2006.6.1)

 

http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20060601/mng_____tokuho__000.shtml

 

 

保護者 妨害の印象ない、藤田さん冷静だった 

「立ちなさい」教頭らのほうが大声 

裁判官 「抗議許さん」に道、「無罪、勇気なかった?」 

違法性認められ都教委は評価も、「都教委の君が代強制通達守ろうとしているのでは」、「厳罰主義が横行、見せしめ」、処分不服教員裁判に影響も

 

 

君が代不起立呼びかけ『罰金』のナゼ

妨害の印象ない

 東京都立板橋高校の卒業式で一昨年、「君が代」斉唱の強制に反対し不起立を呼び掛けた元教諭の藤田勝久被告(65)が、威力業務妨害罪で罰金二十万円(求刑懲役八月)を科せられた三十日の東京地裁判決。有罪の前提として「教頭が止めたのに従わなかった」ことを“事実”としたが、法廷には「それは違う」という藤田さんの声が響いた。争点となったのは衆人環視での出来事だ。では、卒業式に参加した父母らは、何をどう見ていたのか。

 保護者席の一番前に座っていた女性Aさん(47)は二年前の卒業式を振り返る。「藤田さんが卒業式を妨害しようとしている印象は全く受けなかった。なぜ、こんなことが警察に通報されなければいけないのかと不思議に思った」という。

■式15分ほど前に藤田さんは退出

 まだ卒業生は入場していない。保護者席も埋まらず、父母らは雑談したり、手持ちぶさたにしていた。藤田さんは週刊誌のコピーを配って「国歌斉唱の際はできたら着席してほしい」と話し、開式の十五分ほど前には退出したという。コピーは日の丸・君が代強制について取り上げた「サンデー毎日」の記事だった。

 「事前にビラ配りの許可を学校側から受けているのかなと、ふと思ったが、読むことを強制するでもなく、何かを声高に主張していたのでもなかった」とAさん。

 別の保護者の女性Bさん(48)は、教頭が藤田さんに歩み寄る光景を見た。

 「藤田さんの方にツカツカと寄ってきた教頭は、はじめ先輩教師である藤田さんに対し、『先生、困ります』と丁寧に対応していた。しかし次第に興奮して『いいかげんにしろ』と声を荒らげ始めた」

 教頭に腕をつかまれた藤田さんは「触るな」と言いながら、手を振り払おうとしたが、結局、藤田さんの方がすぐに会場から出ていく感じで、外に連れ出されたと見えたという。

 OBとして出席していた男性Cさん(23)は「保護者席では、知り合い同士がおしゃべりしていて、この二人のやりとりは特に注目も引かず、場内がざわつくこともなかった」という。

 Cさんは、学校を出ていこうとする藤田さんの後を追った。「先生は『おれは言うだけは言ったから帰る』と話していた。そもそも強制的に排除する必要があったのか」

 Bさんは「卒業式という厳粛な場で、自分の主張をしようとする藤田さんの姿勢には疑問を感じた」と言う一方で、「頭から湯気を出して主張しているのではなく、あくまで冷静に正論を言おうとしていた」と感じた。

 こうした父母や卒業生らの一部の証言は、裁判でも弁護団側の証人として聞くことができた。しかし、判決では一連の証言を「信用性はない」として退け、藤田さんの制止に当たったとする教頭らの供述を「不自然な点がない」と認めた。

■表現内容まで立ち入る判決

 判決は、そのうえで校長や教頭らには卒業式を遂行する「業務」があるのだから、保護者に向かって「できれば起立しないで」と呼び掛けること自体が「威力(他人の自由意思を抑圧するもの)」であると、表現の内容にまで立ち入って判断した。

 前出のCさんは「威力や妨害と聞いて、むしろ卒業式の最中に卒業生に向かって大声で『立ちなさい』とどなった教頭や来賓の都議のことかと思った」と話すのだが。

■違法性認められ都教委は評価も

 三十日の判決後、東京都の中村正彦教育長は「(判決文は見ておらず)詳細は分からないが」と前置きし、「違法性が認められたことについては一定評価する」とコメント。都教委指導企画課の担当者は、翌日も「付け加えることは何もありません。あのコメントでやってます」と話した。

 藤田さんの支援者らが三十日開いた報告会では「有罪は政治判断だ」と判決を非難する声が上がった。

 弁護団のあいさつで、大迫恵美子弁護士は「刑事事件の裁判官に“秩序維持”という考え方が強まり、都教委の(日の丸・君が代を徹底させる二〇〇三年の)10・23通達も守ろうとしているのではないか。基本的には裁判官は“政治的”ということから身を遠ざけたがる。昔の裁判官であれば、国家主義が教育現場で子どもの心をむしばむのはいけないと考えたはずが、今はその姿から大きく変わってしまった」と警告した。

 判決について、ルポライターの鎌田慧さんは「裁判官の苦悶(くもん)の選択がうかがえる」と語る。

 鎌田氏は「推測だが」と前置きしたうえで「裁判官は無罪の案件だと思ったのだろう。だが、政府や都の考えを拒めず、微罪と断じた。無罪にする勇気まではなかった。裁判官は良心を示したつもりだろうが、市民感覚とはずれている。ただ、いまは裁判官ですらこうした重圧下に置かれる社会になった」と話す。

 一方、藤田さんについては「一つの状況下で発言したことが罪に問われた。住居侵入罪に問われた立川の反戦ビラ(二審逆転有罪、上告中)と同様に、為政者に対して声を上げることがタブーとされた。教育現場に限らず、今後は自衛隊観閲式などの前に批判のビラをまくことも難しくなる。裁判所は判決で、権利としての抗議行動を萎縮(いしゅく)させることを追認してしまった」と危機感を募らせる。

 「開式が二分遅れたという嫌疑を認めたとしても、その程度で、検察側は懲役八カ月を求刑した。その意味は大きい」と指摘するのは作家の吉田司氏。「お上に少し異議を唱えただけで、牢獄(ろうごく)行き。いわば牢獄国家。罰金という判決はそれに道筋を付けた」

 吉田氏は、今回の判決から見える日本社会の現状を「厳罰」「父性」「暗愚」の三つの言葉で表す。

 「法の濫用(らんよう)乱立というムチで、人々を従わせる厳罰主義が横行している。その支えは、高度成長期にあった人々の不満も抱え込む母性的とは対照的な父性的な論理の台頭。父性は『由(よ)らしむべし知らしむべからず(為政者の方針に従わせるだけで理由は知らせない)』を徹底しており、その結果として暗愚政治がまかり通っている」

 吉田氏は「警察や軍隊が台頭している。経済的な不安によっていら立っている国民を沈黙させるため、藤田さんも彼らの見せしめにされた一人だ」と説く。

 今回の判決は、都教委を相手取った日の丸や君が代に絡む他の人事問題や裁判にも影響を与えそうだ。

■処分不服教員 裁判に影響も

 藤田さんの事件以外にも、〇三年の10・23通達を基に処分され、東京都人事委員会に処分の不服を申し立て争っている教員らは合わせて二百二十四人。処分をしないことを事前に確認する通称「予防訴訟」の原告総数は四百一人。被処分者への再発防止研修の取り消しを求める訴訟、日の丸・君が代拒否を理由に再雇用を取り消されたり、再雇用を拒否された件を争う裁判、処分を受けた中学校や養護学校教員の個人での訴訟も続いている。

<メモ>板橋高校事件

 2004年3月、都立板橋高校の卒業式で来賓として出席していた同校元教諭、藤田勝久さんが「君が代」斉唱の強制に反対し、保護者に着席を呼び掛けて混乱を招いたなどとして威力業務妨害罪に問われた。弁護側は「威力業務妨害には当たらない。起訴は言論弾圧で、公訴権の乱用」と主張していた。東京地裁は30日、罰金20万円を言い渡した。弁護側は即日控訴した。

<デスクメモ>

 振り返ると母校の私立男子校の卒業式は味も素っ気もなかった。学校側のやる気もなし。教室に戻って担任は「皆、先生を乗り越えてくれ。教員っていうのは、それがうれしいんだ」。放任主義の言い訳に聞こえた。取材したある都立高の卒業式は違った。整然と式が進んだ。どちらかを選べるとしたら。 (学)