《国民の生命を軽んじる驚くべき幼児の政治が始まった》 敵地攻撃論再燃の背景 『東京新聞』特報(2006.7.12)

 

 

敵地攻撃論再燃の背景 対北強硬 自民総裁選に連動 戦略なき人気取り!? 「世論あおり現実化の危険も」 『東京新聞』特報(2006.7.12)

 

 北朝鮮の弾道ミサイル実験を受け、自民党さらに民主党の一部からも「敵地(先制)攻撃論」が再燃し始めた。「専守防衛」政策の根幹が覆される可能性がある。勇ましい発言の裏には、北朝鮮との綱引き、九月の総裁選など、思惑が入り乱れているようだが――。

 

 北朝鮮を想定した額賀防衛庁長官、麻生外相、武部自民党幹事長らの発言はいずれも「先制的自衛」、つまり「座して自滅すべきでない」という論理だ。実際には@敵基地の所在確認A敵の防空能力の無力化B十分な打撃力――が前提条件となる。現実味はあるのか。

 

「効果の裏付け 軍事的にない」

 

 「技術的には裏付けがない」と軍事評論家の神浦元彰氏はみる。例えば、所在確認だけでも「やぐらを立て、燃料を注入し、という段階を踏むのはテポドンだけ。ノドンなど他のミサイルはトレーラーなどに搭載し、隠されている。日米が駆使できる偵察衛星や偵察機のレーダーシステムだけでは把握できない」。

 加えて、神浦氏は韓国、在韓米軍も先制攻撃は許さないと強調する。「北朝鮮は休戦ライン沿いに化学、生物兵器を大量に配備している。年間生産量は化学兵器が四千五百トン、生物兵器が一トン。日本から先制攻撃があれば、これらが一気に朝鮮半島で暴発する」

では、なぜ、「敵地攻撃論」が浮上したのか。その理由を起訴休職外務事務官の佐藤優氏は「情報戦の一環」と説く。「情報戦には対外、防諜(ぼうちょう)、宣伝、謀略の四種類があり、日本は後者の二つを駆使している」

 佐藤氏によると、二〇〇二年九月の平壌宣言以後、小泉外交は「意図せずに」功を奏しているという。同宣言は、拉致問題の完全解決、核兵器やミサイル開発の凍結と引き換えに日本が北朝鮮に経済補償をする枠組み。従来は北朝鮮が「弱者の恫喝(どうかつ)」で日本側を譲歩させてきたが、いまは日本側がそれを一切はねつけ、攻勢に出ているという。

 「現在の北朝鮮は終戦直前、沖縄戦をしていた当時の日本と同じ。勝てる展望などなく、自暴自棄の一歩手前だ。その相手に、さらに圧力をかけ続けるというメッセージが今回の敵地攻撃論だ。北朝鮮はこれを深刻に受け止めるだろう。ただ、それが情報戦の戦略と意識して使われていない点が問題だ。つまり、逆にその議論に日本が自縄自縛されてしまう危険もある」

 どういう意味か。元参院議員の平野貞夫氏は「状況を冷静に把握し、国をどろ守るのかという戦略上の議論ではなく、目先の人気取り狙いでタカ派的な言説が振りまかれ、それが世論の感情論をあおって、現実になってしまう危険性。いまの状態は戦前を想起させる状況だ」と解説する。

 今回の敵地攻撃論は一九五六年、鳩山内閣での政府統一見解を踏襲しているとされる。しかし、平野氏は「鳩山内閣は戦後、タカ派的な政策をもっとも拡大させた政権だが、当時といまの状況には東アジア情勢の不安定さ、兵器性能の発達をとっても格段の違いがある。同様に論じるのは乱暴すぎる」と警戒する。

 さらに平野氏は「一連の強硬論は、自民党総裁選で(対北強硬論者の)安倍氏を応援する動きに連動している」と指摘する。

 

戦争を招く行為 幼児政治始まる

 

 そうした内政要因を政治評論家の森田実氏は「冗談じゃない。日本が先制攻撃を宣言すれば、相手も同じことをするのが道理。総裁選程度のことで、国民の生命がかかった火遊びをされてはかなわない」と憤る。

 森田氏は政治家の本懐は平和を守ることにあり、今回のような敵地攻撃論は一昔前ならタカ派内部ですら袋叩きになったと説く。

 「いまの動きは端的にいえば、戦争をやろうということ。そして、自称ハト派も世論の感情的な非難を恐れ、沈黙している。国民の生命を軽んじる驚くべき幼児の政治が始まった

 

(写真説明 北朝鮮のミサイル発射を受け、緊急会談を終えた(左から)米国のシーファー駐日大使、(1人おいて)麻生外相、(3人おいて)額賀防衛庁長官、安倍官房長官。この問題では安倍、麻生両氏の姿が目立つ=5日、首相官邸で)