夏のおわりに 日々通信 いまを生きる 第221号(2006.8.31)

 

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夏のおわりに

        8
月もおわりだ。
       
今年の夏も過ぎて行く。
       
去年は60周年ということで、8・15をしのび、日本の戦争について考
       
える番組がマスメディアで盛んだった。
       
戦争問題とはこれでお別れのつもりなのかと思ったが、今年もまた、そ
       
れはつづいた。

       
とくにNHKスペシャルは次のような番組を連続的に放映した。

        8
7日(月) 「硫黄島 玉砕戦〜 生還者 61年目の証言〜」
        8
11日(金) 「満蒙開拓団はこうして送られた 〜眠っていた関東軍
       
将校の資料〜」
        8
13日(日) 「日中戦争 〜なぜ戦争は拡大したのか〜」
        8
14日(月) 「日中は歴史にどう向きあえばいいのか」

       
これらは、戦争の悲惨さを生々しい映像で描き、戦争の本質に迫るすぐ
       
れた番組だった。

        8
6日(日) 「調査報告・劣化ウラン弾 〜米軍関係者の告発〜」
        7
30日(日) 同時3点ドキュメント 第6回「イラク それぞれの闘
       
い」
       
も、現代の戦争の本質に迫り、深く考えさせるものだった。
       
関係者の努力に感謝したい。

       
小泉首相が8・15に靖国を参拝して、これを若い世代の多数が肯定し
       
ている。イラク戦争前には考えられなかったことだ。日本は改憲と戦争
       
の方向にはげしく動いている。この動きがあの戦争について、日本の戦
       
争責任について、あらためて考えようという動きを呼び起こしている。
       
この相拮抗する時代の潮流がこれらの作品を生んだのだろう。

       
アメリカのイラク戦争がアメリカと戦争に対する日本人の考え方を大き
       
く変えた。イラク戦争は誰が見ても無法な戦争だ。しかし、米国は強大
       
だから、その無法な戦争犯罪は追及されない。日本の戦争は無法だった
       
かも知れない。しかし、勝っていれば、戦争犯罪を問われるようなこと
       
はなかったのだ。勝つか敗けるか、それがすべてだ。こんな考えが若者
       
のあいだに強まっているような気がする。

       
それは金がすべてだ豪語した堀江貴文ライブドア元社長を歓迎した時代
       
の動向と共通するものがある。すべては金であり力であるのだ。ひたす
       
らアメリカを讃美し、アメリカに追随してきた日本の若者、若者に限ら
       
ない、日本の国民の多数がこのように無頼漢的な金力と権力万能主義に
       
陥るのは当然だ。

       
林房雄が『大東亜戦争肯定論』を書いたころ、丸谷才一が「年の残り」
       
という作品で、「何故が悪い」という言葉を連発する評論家のことを書
       
いていた。
       
「人を殺して何故悪い」「ものを盗んで何故悪い」「猫を殺して何故悪
       
い」……というのである。当然、「侵略戦争、何故悪い」ということに
       
なる。

       
核の拡散防止ということで、核大国のアメリカがイランや朝鮮(北)の
       
核開発を、核の力を背景に脅迫している。
       
イランや朝鮮(北)は当然の権利として核開発をやめようとしない。そ
       
して、核兵器こそ持っていないが、核開発の先進国の日本は、アメリカ
       
の尻馬に乗って、核開発をやめなければ経済制裁するぞといい、「邪
       
悪」な金正日政権を打倒し、朝鮮人民を解放すべきだという「正義の言
       
葉」も強まっている。

       
かつての日本も「東洋の平和」「アジアの解放」「暴支膺懲」「共存共
       
栄の大東亜共栄圏」などという美しい言葉をかかげて、朝鮮半島を通路
       
にして中国に攻め入り、何千万のアジア人民を殺傷したのだった。思え
       
ば、「正義の戦争」でない戦争は一つもない。

       
日露戦争後まもなく、石川啄木は「いっさいの美しき理想は皆虚偽であ
       
る!」(「時代閉塞の現状」)と言った。「我々の理想はもはや『善』
       
や『美』に対する空想であるわけはない。いっさいの空想を峻拒して、
       
そこに残るただ一つの真実――「必要」! これじつに我々が未来に向
       
って求むべきいっさいである。我々は今最も厳密に、大胆に、自由に
       
「今日」を研究して、そこに我々自身にとっての「明日」の必要を発見
       
しなければならぬ。必要は最も確実なる理想である。」

       
正義と人道、自由と民主主義の旗の下に世界を支配しようとしたアメリ
       
カの「理想主義」は破綻した。強大な軍事力によって「邪悪な」勢力を
       
粉砕し、世界の平和を実現しようとするのは世界と自国の破滅を招く道
       
であった。この破滅の危機をいかにして脱却するか。「明日」を生きる
       
ために何が必要か。中東の戦争はアメリカを打ち砕き、アメリカは方向
       
の転換を余儀なくされている。「神の国」イスラエルも、その「正義」
       
のためのレバノン攻撃に失敗した。軍事力によって「理想」と「平和」
       
を実現する企ては破綻した。

       
自民党の小泉さんが総裁をやめて、次期総裁の選挙があるというので、
       
新聞もテレビもその評判でもちきりだ。安倍さんが圧倒的な支持を得て
       
次期総裁に就任するらしい。それがわかっているなら、そんなに騒ぎ立
       
てる必要はないと思われるが、総裁選挙のお祭騒ぎで、安倍さん人気を
       
盛り立てようというのだろう。

       
その安倍さんが「美しい国へ」という本を出して、大分売れているよう
       
だ。私は金を出して安倍さん人気に少しでも力を添えるのが忌ま忌まし
       
いから買って読むのはやめにした。安倍さんの所説というのはこれまで
       
いろいろな形で伝えられている。私の信頼する五十嵐仁さんの詳しい批
       
評も、インターネットで読むことができる。
       
http://sp.mt.tama.hosei.ac.jp/users/igajin/abe0607.htm

       
安倍さんはどんな<美しい国>を夢見ているのだろうか。安倍さんの基
       
本的な政策は「憲法改定」と「教育改革」だという。それが<美しい国
       
>をつくることになるのか。<美しい言葉>で国民を欺瞞するものでな
       
ければ幸いだ。

       
この夏は山陰旅行に参加して、大山や城崎を訪れ、志賀直哉のことを思
       
った。「暗夜行路」の最後の部分は1937年、蘆溝橋事件の直前に書かれ
       
た。このころ、ジイドに関心を持ち、国際反ファシズム文化運動に関心
       
をもっていた。謙作が病気で無力になり、そこから自然の大きさに感動
       
し、生命に目覚めていったことを、あらためて思い出した。「城崎に
       
て」も死の恐怖に襲われて、そこから小さなものの生命をつよく感じる
       
のだったと思う。

       
大国主命や素盞鳴尊の神話には朝鮮との古代以来の交流のあとが刻み込
       
まれているのだろう。去年、韓国を旅行して、新羅焼に出雲を思った。
       
元来は一つの文化圏に属しているのである。日中韓(朝)が相互に交流
       
し合って、それぞれに個性を発揮しながら、東アジア共同体を成立させ
       
る日はいつ来るだろう。

       
この夏は歩きまわることが多く、いくらか疲れた。
       
これまでになく体力の減退を感じさせられた。
       
耳も目も弱って、老化が進んだ。
       
しかし、インターネットのおかげで皆さんと交流し、新しい情報にも触
       
れられる。
       
所詮、限りある身ではあるが、最後のコースの一日一日を、ささやかな
       
思いをつづって過ごしたい。

       
残暑はきびしいけれど、空の様子などはもう秋だ。
       
秋になれば、元気も出るでしょう。
       
皆さんもお元気でお過ごしください。