教育基本法「改正」案に反対する神奈川県大学人有志アピール(2006.11.14)

 

伊豆利彦のホームページ http://homepage2.nifty.com/tizu/index.htm

掲示板 http://www1.ezbbs.net/27/tiznif/ より

 

 

教育基本法「改正」案に反対する神奈川県大学人有志アピール

 

 現在、臨時国会で政府・与党提出の教育基本法「改正」案の審議がなされており、与党はこれを短時日のあいだに可決、成立させることをめざしている。

 

 しかし、この「改正」案は、心の自由、平和、社会的公正という、わたしたちが尊重しなければならない最も重要な原則を否定して戦争への道を開き、かつ、教育における格差を拡大しようとするものである。

 

 私たちは、米軍基地が沖縄に次いで多い神奈川県下で教え、あるいは生活する大学人として、これまで、平和を求め、米軍基地再編強化に反対するなど、発言を続けてきた。我々は、戦争に反対し平和を求める立場から、また、教育に携わる者としての立場から、「改正」案に反対し、廃案を求めるものである。

 

 以下、「改正」案の最も重要な問題点を示し、わたしたちが同案に反対する理由を述べる。

 

 

1 改正の理由はない

 そもそも教育基本法の改正を必要とする理由は示されていない。占領期に成立したなどの経緯は、同法自体が廃止される理由とはならない。また、昨今取りざたされている学校教育現場における問題は、教育基本法によるものではまったくない。教育現場の混乱と荒廃の大きな原因は、むしろ教育基本法の精神がないがしろにされてきたことにある。現行の教育基本法をいかすことによってこそ、そのような問題の克服に取り組むべきであると考える。十分な理由のない改正は許されない。

 

2 心の自由を奪う

 「改正」案は、第二条において「我が国と郷土を愛する」「態度」を法的に義務づけようとしている。これは、なにを愛するかは自分で決めるという、もっともたいせつな心の自由を奪うものであり、基本的人権である思想信条の自由・学問の自由を侵害するものである。このような「改正」がなされてしまえば、たとえば、学校現場における日の丸・君が代の強制のような事態が、さらに押し進められてしまうであろう。

 

 しかも、「改正」案が心の自由を奪おうとするのは小中高の学校においてだけではない。大学も、また家庭・地域社会も「教育」に協力することが義務づけられており、「改正」案のもとでは、心の自由を奪う作業に社会全体が巻き込まれてしまう。

 

 教育は個人の人格の尊厳と自由を最も根本的な前提として行われなければならないのであって、このことを否定する法案には断固反対せざるをえない。

 

3 平和主義の否定

 現行教育基本法が、日本国憲法の原則に則って「真理と平和を希求する人間の育成を期する」としているのに対して、「改正」案は、該当する部分から「平和」ということばを削除している。ここに端的に現れているように、「改正」案は、平和主義の原則を排除し、さきに挙げた愛国心の強制をてこに、戦争する国家・国民づくりを進めようとしているのである。これは、米軍再編強化と結びつきながら、日米が一体化して戦争をする体制を作る動きと連動している。

 

 平和を誠実に希求するわたしたちは、このような法を許すことはできない。

 

4 憲法違反

 前項で示したように、「改正」案は憲法の平和主義原則を排除し、また、2項に示したように憲法が定める基本的人権である思想信条の自由を奪うものであり、憲法の趣旨から逸脱しているばかりではなく、そもそも憲法に違反している。

 明白に憲法に違反した法案の成立は許されない。

 

5 差別

 現行の教育基本法は、憲法の原則に沿って、平等な権利を保障している。特に、第5条では男女平等のために共学を保障している。これを「改正」案は削除しており、男女平等原則をはっきりとは否定していないものの、著しく弱めようとしていることはあきらかである。

 

6 格差拡大

 前項において述べたように、現行の教育基本法は、平等に教育を受ける権利を保障しており、そのために、第3条において「ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会」を与えるとしている。これに対して改正案は各所の文言を変更して、能力に応じた教育の格差づけを志向する能力主義的な内容になっている。義務教育を9年とする規定を削除し、「教育振興基本計画」を導入するのも、能力による教育の差別を設け、競争原理を導入して学校間の格差を拡大しようとするものである。

 このことは、平等の原則を否定し、平等が保障されるべき教育において格差、差別を増大させることであり、許すことはできない。

 

7 教育の政治権力による統制

 現行の教育基本法は、教育における自由を保障するために、政治権力の介入を排除している。そのために、第10条では、「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである」として、教育の現場が政府等の政治権力から自由であることを保障している。これに対して、「改正」案は、「国民全体に対し直接に責任を負って」の部分を削除することによって換骨奪胎し、政治権力が教育現場に介入することを認めようとしている。さきに挙げた愛国心の強制などを、政治権力によって教育現場に押し付け、抵抗する教育者を排除しようとするものである。

 政治権力からの自由は心の自由・学問の自由を守るために不可欠なものであり、現行第10条の空文化や換骨奪胎は決して許されてはならない。

 

 以上のように、「改正」案は、新保守主義的な立場から、心の自由・学問の自由を奪って戦争に国民を動員しようとするものであり、新自由主義的な教育政策により格差を拡大・固定化しようとするものでもあって、到底容認できるものではない。わたしたちは、この「改正」案に反対し、その廃案を求めるとともに、県民、全国住民にこの法案への反対の声を挙げるよう呼びかけるものである。

 

2006119

 

神奈川県下在住在勤大学人有志(賛同受付中)

伊豆利彦(横浜市大名誉教授)・伊藤成彦(中央大学名誉教授)・今井清一(横浜市大名誉教授)・岡眞人(横浜市大教授)・木下芳子(横浜市大教授)・久保新一(関東学院大学教授)・倉持和雄(横浜市大学教授)・佐藤泉(青山学院大学助教授)・清水竹人(桜美林大学)・下山房雄(九大名誉教授・横国大元教授)・中西新太郎(横浜市大教授)・永岑三千輝(横浜市大教授)・西山暁義(共立女子大学講師)・二瓶敏(専修大学名誉教授)・原沢進(立教大学名誉教授)・安田八十五(関学院大学教授)・柳澤悠(千葉大学教授)・山根徹也(横浜市大助教授)・吉岡直人(横浜市大学教授)