本末転倒 国家の介入不問 教基法改正で論議 「不当な介入」とは 『東京新聞』特報欄(2006.11.25)

 

 

本末転倒 国家の介入不問 教基法改正で論議 「不当な介入」とは 『東京新聞』特報欄(2006.11.25)

 

 教育基本法「改正」にからみ、国会で「不当な支配」論議が起きている。政府与党側は日教組の反戦教育や反「君が代・日の丸」を不当な支配とみているようだが、逆に君が代・日の丸を義務づけた東京都教委通達を「不当な支配」とした判決もある。「不当な支配」って、いったい何――。

 

 現行の教基法一〇条は「教育は不当な支配に服することなく」なされるべきだと規定し、政府の改正案もそこは削っていない。

 ただ、その意昧の解釈について、伊吹文明文部科学相は二十二日の参院教基法特別委で「国会で決められた法律と違うことを特定のグループ、団体が行う場合を『不当な支配」と言っている」と説明した。「国会で決められた法律」は「国旗・国歌法」、「特定のグループうんぬん」は君が代斉唱の強制に反対する団体を想定しているようだ。

 

 一九九九年の国旗・国歌法制定に際し、小渕恵三首相(当時、故人)は押しつけはしない旨を言明。日の丸・君が代を義務づけた東京都教委通達に違反しても罰しないよう教員らが求めた「予防訴訟」では、東京地裁がことし九月、通達を「不当な支配」と断じた。

 

 ともに押しつけを嫌がる人々に有利な材料だが、そこに「国会で決められた法律」とかいう線引きを持ち込んだあたりに、伊吹氏の真意がみてとれる。

 

 行政の命令指導 「支配ではない」

 

 政府の「改正」案には「教育は法律の定めるところにより行われる」との一文も追加され、行政から教育現場への命令や指導は「不当な支配ではない」との考えを打ち出している。命令・指導は「国会で決められた法律」ではないが、これは構わないらしい。

 

 しかし、上智大の田島泰彦教授(憲法)は「教基法一〇条は政権交代のたびに教育内容が変わる危険を防ぎ、教育専門家と子ども、父母が自治的な教育をするためにある。およそ、自民党は野党になった場合を想定していないのではないか」と首をひねる。

 

 「家永教科書裁判の第二次訴訟一審判決で『教科書検定制度じたいは違憲ではないが、記述に踏み込んだ検定は教基法一〇条の不当な支配にあたり違法」と判断された経緯がある。「不当な支配」が国家権力の介入を指しているのは明白だ」

 

 静岡大の笹沼弘志教授、(憲法)も不当な支配の名宛人(主語)は「国家を意味する」とし、教基法が教員、保護者、住民の教育自治を尊重する以上「そもそも構造的に教員組合は対象でない」と指摘。

 

 「特定の思想で支配する場合"不当な支配"に含まれる」が、日の丸・君が代強制に反対するのは「思想・良心の自由を求めるもので、これを"不当な支配"とするのは本末転倒」と解説する。

 

「盟友」米の国旗・国歌 学校での義務付けなし

 

 一方、文科省のホームページで「国旗・国歌」を検索すると、意外な資料が出てくる。「諸外国における国旗、国歌の取扱い」と題する資料で、(3)の項目に主要国の学校における扱いが列挙されている。

 

 それによれば「国歌の演奏・斉唱」が最も厳格なのは中国で「国家教育委員会(現教育部)の通知により、学校は、国旗掲揚の儀式及び慶賀の式典、スポーツ大会等において、国歌の斉唱を求められている」という。対照的なのは英・仏・イタリアなどで「学校行事において演奏されることはない」

 

 しばしば、安倍政権が「価値観を共有する同盟国」と紹介する米国はどうか。

 

 「連邦法により国旗掲揚中の国歌演奏に際しては、国旗に向かって起立することが規定されている」ものの「学校での義務付け規定は特にない」という。

 むしろ、同国では「国旗掲揚が生徒の内心の自由を侵す」としたバーネット事件連邦最高裁判決(四三年)が定着しており、安倍氏のいう「価値観の共有」とはほど遠いのが現実だ。

 

(写真説明) 22日の参院教育基本法特別委で答弁を求める安倍首相。右は伊吹文科相、後方左は塩崎官房長官=国会で

 

 

(参考資料)

(1)教育行政、「不当支配にあたらず」 国会審議で文科相 アサヒ・コム(2006.11.23)

http://www.asahi.com/politics/update/1122/010.html 

 

 伊吹文部科学相は22日の参院教育基本法特別委員会で、政府の教育基本法改正案が、教育は「不当な支配」に服することはないと規定していることについて「国会で決められた法律と違うことを、特定のグループ、団体が行う場合を『不当な支配』と言っている」と語った。一方、法律や政令、大臣告示などは「国民の意思として決められた」ことから、「不当な支配」にあたることはないとの考えを強調した。

 

 現行の教育基本法は「教育は、不当な支配に服することなく」と規定。政府の改正案も、この表現を踏襲しつつ、「法律の定めるところにより、行われるべきだ」との規定が追加された。

 

 これまで教職員組合などは「不当な支配」の規定を、教育行政による教育現場への「介入」を阻止する「盾」と位置づけてきた。また、9月の東京地裁判決では、国の学習指導要領に基づき国旗掲揚・国歌斉唱などを強要する都教委の通達や処分が「不当な支配」にあたると判断された。

 

 しかし、伊吹氏は、政府案の規定は、教育に対する「政治結社、イズム(主義)を持っている団体の介入を排除する」目的だと説明。むしろ、一部の政党や組合などによる「介入」を念頭に置いていることを示唆した。

 

 一方、安倍首相は、国旗・国歌について「学校のセレモニーを通じて敬意・尊重の気持ちを育てることは極めて重要だ」と強調。「政治的闘争の一環として国旗掲揚や国歌斉唱が行われないのは問題だ」と批判した。

 

 

(2)安倍首相「国旗国歌指導、徹底を」 教基法改正案 参院委で審議入り 『中日新聞』(2006.11.22)

http://www.chunichi.co.jp/00/sei/20061122/eve_____sei_____002.shtml 

 

 参院教育基本法特別委員会は22日午前、安倍晋三首相も出席して教育基本法改正案に対する総括質疑を行い、参院での実質審議を開始した。

 

 首相は答弁で、学校教育現場での国旗・国歌の対応について「先の大戦への反省の中で一部の国民が拒絶反応を持ち、そうした風潮が大きな影を落としたのも事実だ」とした上で「学校のセレモニーを通じて敬意、尊重の気持ちを育てることは極めて重要だ。政治闘争として国旗掲揚、国歌斉唱が行われていないなら問題だ」と述べ、国旗掲揚、国歌斉唱指導を徹底すべきだとの考えを強調した。

 

 首相は、現教育基本法について「学力向上に一定の役割を果たしたが、占領下に作られたのも事実」と指摘。「戦後60年の大きな変化の中で、新しい時代にふさわしいものに変える時期が来た」と述べ、改正案成立にあらためて意欲を示した。

 

 同改正案は1947年に制定された教育基本法を全面的に改める内容。前文や条文内に「公共の精神の尊重」や「我が国と郷土を愛する態度を養う」との表現で「愛国心」の理念が盛り込まれている。

 

 衆院では、教育基本法特別委員会で、先の通常国会と合わせ約106時間審議が行われた後、与党単独で16日に本会議で可決され、参院に送付された。これに反発した民主党など野党4党が審議を拒否していたが、この日から審議に復帰した。