『子は国のものじゃない』 教職員怒りの集結、 教基法改正案 参院委可決 国会前1000人反対の叫び 『東京新聞』(2006.12.15)

 

http://www.tokyo-np.co.jp/00/sya/20061215/mng_____sya_____006.shtml

 

 

『子は国のものじゃない』 教職員怒りの集結、 教基法改正案 参院委可決 国会前1000人反対の叫び 『東京新聞』(2006.12.15)

 

 「教育の憲法」とされる教育基本法の改正案が十四日夕、怒号が飛び交う中、参院教育基本法特別委員会で可決された。戦前の教育勅語体制への反省から生まれた基本法の六十年ぶりの改正。日本の教育が戦後最大の転換点を迎え、「我が国と郷土を愛する態度」の養成などが重視されるとあって、国会周辺に集まった多数の教職員からは反発の声が上がった。

 「民主国家の宝を捨てるのか」「子どもは国のものではない」。十四日午後六時すぎ、教育基本法改正案が参院特別委員会で可決されると、国会周辺に集まった千人近い教職員らが一斉に怒りの声を上げた。

 「戦前の教育を受けた者として見過ごすことはできない。憲法と教育基本法は戦後に築き上げた民主国家の宝。改正は改憲の前段になるのではないか」と東京都の元教員の男性(74)。嘱託教員の女性(64)も「これだけ反対の声があるのに、結論を急ぐ安倍首相の姿勢はまったく理解できない」と憤った。

 小六の子どもを持つ千葉県の主婦(50)は、テレビの国会中継を見て駆け付けた。「国が自分たちに都合のいい子どもだけを育てようとしているように感じる。家でじっとしていられなかった」

 会社を早退して駆けつけたという東京都の男性会社員(53)も「審議を見ているとあらかじめ答えが決まっていたようで、実のある議論と思えない」と不満を漏らした。

 この日は、参院特別委員会の審議開始に合わせ、朝から改正に反対する教職員らが議員会館前の歩道に集まった。「教育基本法の改悪に反対します」などと書いた横断幕を掲げ、シュプレヒコールを繰り返した。

 国会には普段と同じように社会見学の小学生が集団で訪問。抗議の様子に驚いた児童に、引率の教員が教育基本法の改正について説明する場面もあった。国による統制色が強まる改正の方向性に大分県の女性教員(40)は「国が何でも思い通りに動かせると思っていることが腹立たしい。子どもは国のものではない」。

 長崎県の小学校の男性教員(45)は「教育行政の在り方を問う国相手の訴訟は、今後連戦連敗になるだろう」と予測した。

 

    委員長に野党議員 詰め寄る中で採決

 

 「本法案に賛成の方の起立を求めます」。十四日夕、再開された参院教育基本法特別委員会。野党議員が委員長席に詰め寄る中、中曽根弘文委員長が声を張り上げた。激しい怒号の中、与党議員が起立し、教育基本法改正案が可決された。

 朝から始まった委員会には午前中、安倍晋三首相が出席。前日、調査結果が発表されたタウンミーティングのやらせ質問問題に質問は集中した。「やらせでつくられた法律だという汚名が残る」と近藤正道議員(社民・護憲連合)が質問したのに対し、安倍首相が「やらせでつくられたとは言い過ぎだ」と気色ばむ一幕もあった。

 正午すぎ、安倍首相が退席した後、中曽根委員長が「おはかりします。教育基本法案につきまして…」と口にしたところで突然、絶句。委員会はそのまま休憩に。

 夕方再開した審議の冒頭、委員長は審議を打ち切るか、もう一度与野党が協議する場を設けるか、で自身が迷ったことを明かした。

 

「能力主義顕著に」 教育関係者も懸念

 

 教育基本法の改正論議が本格化したのは二〇〇〇年。

 「教育改革国民会議」(首相の私的諮問機関)が「教育を変える17の提案」と題した報告の中に、「新しい時代にふさわしい教育基本法」の検討を盛り込んだ。

 当時、現役の中学校教員として国民会議に参加した河上亮一・日本教育大学院大学教授は「戦後社会を見つめ直さなければ、子どもたちの問題は解決しない。あらゆる観点から検討を始めなければという話になった」と振り返る。自民党の「結党以来の目標」(安倍晋三首相)である基本法の改正作業が始まった。

 文部科学省の中央教育審議会は〇三年三月、改正が「必要」とする答申を出す。ただ一人、臨時委員だった市川昭午・国立大学財務経営センター名誉教授が改正に異議を唱えた。「法律は人の行為を律するものであって心を律するものではない」との理由からだ。

 法改正により、教育がどう変わるのか。衆参両院の審議では、市川氏が抱く懸念は何ら解消していないという。

 その一つは、能力主義がいっそう顕著になることだ。「教育の目標に『能力を伸ばす』と明記ざれ、現行法で九年と定められている義務教育の年限が削除された。いずれ、小学校から中学校、中学校から高校への飛び級、飛び入学が可能になるのではないか」と市川氏はみる。

 今週に入り、委員会で参考人として意見を遊べた大学教授らも「疑問点が解消されていない」と相次いで徹底審議を求める声明を出した。教育関係者の懸念が高まる中、審議の幕切れは、野党の怒号の中での強行採決だった。

(早川由紀美)

 

(写真説明)教育基本法改正に反対し国会前で抗議する教職員ら=14日午後、東京・永田町で