9条変えれば平和国家に幕 評論家 立花隆さん 【試される憲法】 『東京新聞』(2007.5.3)

 

 

9条変えれば平和国家に幕 評論家 立花隆さん 【試される憲法】 『東京新聞』(2007.5.3)

 

 最近の米メディアは、安倍晋三首相への警戒感を隠していない。訪米直前の週刊誌ニューズウィーク」(英語版、4月30日号)は、「軍国主義者」のイメージで首相を取り上げている。

 防衛大の卒業式で演説する首相の写真には「ナショナリスト」というタイトルがあり、キャプションで「タフガイ安倍はこう言っている。『自衛しか許してくれない憲法はもう変えるべき時に来ている』」と発言を紹介している。

 日本が今、米国でどんなイメージで見られているのか、日本のメディアは伝えない。

 「従軍慰安婦」が米議会で問題になったのも、唐突に出てきたわけではなく、安倍内閣の閣僚や自民党の有力議員が「核武装」を言い出したころから警戒感が急に強まり、その流れの中で噴出したのです。

 安倍首相は、戦後レジーム(体制)の否定と憲法改正を最優先の政治課題とする立場を堂々と表明しているが、私の見方はまったく逆です。

 明治憲法体制は運用開始から五十六年目にして大破たんし、国家を滅亡させた。それに対し、戦後の憲法体制は多少の不具合はあっても、長期にわたって安定的に機能してきた。

 これだけ平和で民主的で平等な社会が長期間続き、経済的にも大成功を収めたことは、数干年に及ぶ日本の歴史で初めてのことです。最も成功した戦後体制を非難し、破壊しようとするのは愚者だけがすることです。

 近現代史を学んでいない日本人は、侵略されたアジア諸国が日本に抱く感情が分からない。日中戦争では、従軍した兵の数も相手に与えた損害も太平洋戦争よりはるかに大きいのに、基本的な知識すらない。中国の国家アイデンティティーが抗日戦争で確立されたことも知らないから、靖国参拝問題で中国側が強く反発する理由が理解できず感惰的になる。政治家も多くはこのレベルです。

 戦争が続いた戦前は、日本側にたくさんの戦死者が出た一方、外国人を殺りくしまくった時代でした。戦後「普通の国」でない道を選んだ日本は六十年余り、戦争で一滴の血も流していない。

 憲法は見事に機能してきた。九条が変えられた後だったら、自衛隊はイラクで米軍とともに戦闘していたでしょう。死者も出さず、イラク人も殺さずに済んだのは憲法の歯止めがあったから。九条を捨てれば、米国の大義なき戦争のために血を流すことになる。九条にこそ、国家の誇りとアイデンティティーがある。

 

 たちばな・たかし 1940年、長崎生まれ。東大卒。評論家・ジャーナリスト。東大大学院情報学環特任教授。立教大特任教授。「田中角栄研究」「宇宙からの帰還」「東大生はバカになったか」「滅びゆく国家」など著書多数。66歳。