謝金事件 「銭ゲバ教授と“イメルダ夫人”」 横浜市大医学部「女医」 怒りの内部告発 告発者を左遷して問題教授は「おとがめなし」。もう黙っていられない。 『週刊文春2008年5月29日号』(2008.5.29)

 

 

謝金事件 「銭ゲバ教授と“イメルダ夫人”」 横浜市大医学部「女医」 怒りの内部告発 告発者を左遷して問題教授は「おとがめなし」。もう黙っていられない。 『週刊文春2008年5月29日号』(2008.5.29)

 

「白い巨塔」は健在だった。博士号で三十万円、仲人で五十万円――"お礼"と称する理不尽なお金を集めてきた問題教授は内部告発を受けたが、結果は告発者のほうが医局からトバされた……。もはや自浄能力を失った大学病院の暗部を怒りを込めて再び告発する!

 

 

 「博士号を取ると先輩や医局長から、『教授にお礼をしておかないと、後の処遇が悪くなるぞ』と言われるんです。渡し方には"作法"のようなものがあり、菓子折りと一緒に封筒や風呂敷で包んだお金を、それとわかるようにして渡すんです。すると教授は記念品として船の模型や盾をくれる。謝礼を渡さなかった人には、医局長などが『教授が怒っていたぞ』と注意していました」(横浜市立大学附属病院の医局員)

 昨年十一月、横浜市立大学大学院の医学部長だった嶋田紘(ひろし)教授(消化器病態外科学)が、博士号を取得した大学院生から謝礼金を受け取っている、との内部告発が横浜市大コンプライアンス推進委員会(以下、コンプラ委)に通報された。いわゆる"謝金事件"のスタートである。

 《嶋田教授は医学部長というポストにありながら、公然と医局員や大学院生から不公正で不明朗なお金を"お礼"と称して差し出させています。その他、目に余る行動を教授、上司という立場を利用して行い、教室員は奴隷のごとき扱いを受けています》

 そう告発したのは嶋田教授の医局に所属する女性医師だった。

 だが、その女性医師は医局から関連病院に出され、嶋田教授は届座っている。

 「なぜ私が退職届けを書かなければならないのか」

 大学の理不尽な仕打ちに、内部告発した女性医師が、小誌に重い口を開いた。

 「私が告発した動機は、医局が教授のいいように私物化されていて、何ら自浄作用が働かないからです。謝礼金の問題はあくまでも一部にすぎません。医局や大学の体質が変わらない限り、同じようなことが繰り返されるだけではないでしょうか」

 彼女が告発した謝金事件と、嶋田教授による医局の私物化とは何か。

 

家族は「ロイヤルファミリー」

 

 その後の調査で、嶋田教授は〇四年から〇六年の三年間で三百万円の謝礼を受け取っていたことが判明している。相場は一人三十万円。医局関係者によると「昔からの慣例」であり、嶋田教授の就任以来の総額は一千万円を下らないとみられる。

 嶋田教授は、受け取った金は「すべて教室員の研究または研修支援のために使用した」と弁明しているが、領収書は残っていない。

 「手元に残っていたのは、現金数百万円と、医局でも一部しか存在を知らなかった"裏口座"の百数十万円でした。コンプラ委が調査を始めた後、教授は医局員を使って謝礼を返却しだして、その際には『キミの奥さんにも言わないでくれ』と口止め工作までしています」(横浜支局記者)

 誰からいくらもらったのか記録していなかったために、十万円払った医局員に三十万円を返却した例もあったという。

 調査の結果、嶋田教授の他にも謝礼を受け取っていた教員が十五名もいることが判明したが、嶋田教授は受け取っていた額が突出していただけでなく、研究指導以外でも、医局員から多額の謝礼を受け取る"銭ゲバ"ぶりを発揮していた。

 「医局員が結婚するとき、教授夫妻を仲人に立てるのが慣例で、お礼の相場は五十万円なんです。まず、結婚が決まると、教授夫妻に食事会に呼ばれて、奥様から『詳しいことは前の人に聞いてくださいね』と言われます。それで先輩に尋ねると、お礼以外に、お車代や奥様の着付け代なども支払うことを教わるんです。謝礼を渡すために控え室を用意しておくことも忘れてはいけません」(別の医局員)

 嶋田教授を仲人に立てなかった医局員の結婚式では、教授は三十分ほどで退席し、「お車代」が少なかったことを親戚に怒鳴り散らして帰ったこともあるという。

 嶋田教授本人だけでなく、医局員たちは教授の家族にも頭を悩ませていた。

 〇四年十二月、「第十九回国際消化器外科会議」がパシフィコ横浜で開催された。日本では二十二年ぶりに開かれたこともあって、開会式には皇太子殿下がお言葉を述べられるという栄えある舞台。会議の準備に張り切っていたのは、会長を務めた嶋田教授だけではなかった。

 「学会の事前打ち合わせ会には、夫人が後ろの席にデンと控えていました。医局員の説明がもたついたりしていると、後ろから夫人が『あなた、何言っているのか分からないわよ』などと指示を出していました。まるで医局員は"嶋田家の使用人"のような扱いなんです。また、開会式などの司会は、なぜか教授の長女が担当していました。アメリカ留学をしていて英語ができるからなんでしょうが、学会で娘が司会なんて聞いたことがない。最後のパーティーでは、家族で壇上に上っていました。だから、教授の家族を『ロイヤルファミリー』、奥様のことを『イメルダ夫人』と呼んでいる医局員もいました」(ベテラン医局員)

 また、教授夫人は医局員の夫人を呼び出して、会議開催中に教授夫妻が泊まる部屋の下見をしていた。

「ベッドを押して、『うちの主人は腰が悪いから、もっと硬いベッドにしてください。娘が泊まる部屋のお風呂には、バラを浮かべてちょうだい』などと細かく指示していたそうです。そもそも教授は横浜市内に住んでいるので、なぜホテルに宿泊するのかもよくわかりません。他にも医局員の妻たちを動員して、海外参加者の夫人たちを鎌倉観光に連れて行ったり、なぜか会場内にお茶をたてるブースが設けられたり、なにかと派手な会議でした」(前出・医局関係者)

 企業などから寄付を集めて、会議開催には約二億円かかったという。医局員たちも毎月の医局費を一万円多く支払わされた。

 これでは、医局を"私物化"していると言われても仕方ないだろう。

 謝金事件はコンプラ委の調査が進まず、ついに神奈川県警が捜査に入った。教員や医局員を任意で事情聴取していたのである。

 「二月九日からの三連休で警察は集中的に事情聴取しました。忙しい医局員が相手なので、大学の一室を借りて医局員を呼び込んでいました」(大学関係者)

 県警の捜査が進む中、なんと嶋田教授は二月の学長選に立候補。所信表明演説で、次のようにブチ上げた。

 「大学への通報は一部の教室員と大学上層部の一部を巻き込んで仕組まれた私への罠かもしれない。身の潔白を証明するために学長選に立候補した」

 さすがに落選したが、県警の捜査も、博士号に対する便宜供与が認められず、事実上終了し、周囲は嶋田教授の"復権"を感じはじめた。

 そして四月。不正を告発した女性医師が四月から本人の希望ではない病院へ異動させられるという人事が発令され、一方の嶋田教授は事実上の"おとがめなし"となったのである。

 告発者の女性医師は、こう憤る。

 「一月上旬、市内病院の乳腺外科への異動を内示されましたが、乳腺外科は私の専門ではありません。何度も大学側に相談しましたが、『医局人事には口を出せない』と言うばかりで、退職届けを出さざるを得ませんでした」

 大学のコンプライアンス推進規程には、内部通報者が「いかなる不利益な取扱も被ることがないよう、必要な措置を講ずる」とあるが、大学は何の措置もとらなかった。

 一方の嶋田教授。医学部教授という教育と医療に携わる者として、一段と高い倫理性が求められることは言うまでもない。ましてや、横浜市大の職員は、「みなし公務員」である。大学側は一応、四月から嶋田教授を学部、大学院での講義や指導から外す措置をとった。だが、嶋田教授は平然とそれを無視し、大学側にもそれをとがめる様子がない。

「嶋田教授は四月から来た大学院生のポリクリ(病棟実習)や、オペ前のプレゼン実習での点数付けなど、指導にあたっています。これは重大な違反ですが、医局では誰も逆らえません。また、告発した女性医師に同情的だった助教授への報復なのか、四月からの診療担当表から助教授の名前が削除されていました」(前出・医局員)

 なぜ、こんなことがまかり通るのか。それは長年にわたる嶋田教授の"恐怖政治"が背景にあると、ある医局関係者は語る。

 「以前、県外の病院に派遣した医局員を嶋田教授が大学に呼び戻そうとしたときのことです。その病院では人手が足りなかったので、その医局員は自分から残留を願い出たんです。病院長も直々に嶋田教授にお願いした。にもかかわらず、嶋田教授は激怒して、総医局会で『アイツは括弧付き人事だ』と言い放っていました。括弧付き人事とは医局名簿で名前を括弧で囲んで、退局者として扱うということです」(前出・ベテラン医局員)

 また、嶋田教授の横暴ぶりに反抗したことから、「日本全国どの施設に移籍しようとしても、必ずどこへも行けないように話を回す」と恫喝された医局員も存在する。

 

最初から骨抜きだった処分

 

 「嶋田教授は『常に患者さんのために』と指導しているのですが、それは言葉だけ。末期癌で緩和治療を始めた患者さんの前で『治療のしようもないのに、いつまでも置いとくな』と言うこともありました」(前出・医局関係者)

 実は、嶋田教授が不祥事で新聞沙汰になったのは、これが初めてではない。〇一年三月、嶋田教授の研究チームが理化学研究所と共同で大腸癌の遺伝子研究を進めていたとき、患者の同意を得ずに採取したサンプルを使った実験データで学会発表していたことが発覚したのだ。

 「嶋田教授は当時、『同意のないサンプルを使っていたとは知らなかった』と言っていましたが、それは違います。チームの研究員が『同意のとれていないサンプルのデータは使わないでください』と言ってきたのに、『実験をやり直してたら間に合わないから、使え』と最終的に指示したのは嶋田教授です。研究としてはすごく良いデータが出ていたので、それを発表したかったのでしょう。問題が発覚してから、チームリーダーだった二人の助手を坪び出して、『おれは知らなかったよな』と口裏合わせをしていたそうです」(中堅医局員)

 結局、嶋田教授とチームリーダーの計三人が戒告処分を受けたが、最後まで嶋田教授は「知らなかった」で押し通した。このようなパワー・ハラスメントを放置してきた大学側は、今回も告発した女性医師を守ることなく、異動させた。

 小誌の取材に大学側はこう回答した。

 「通報者の保護は制度の趣旨に従い、個人が特定されることのないよう実践してきたと考えています。なお、医局人事には地域医療機関への人材供給という視点もあり、全体調整の中で決定されるもので、今年度の人事も、このような趣旨で行なわれたものと理解しております」

 また、嶋田教授の"処分破り"については、「臨床現場での指導行為は禁止しておりません」

 と回答。つまり処分は最初から骨抜きなのだ。

 嶋田教授のパワ・ハラを大学に申し立てていた医局員も複数いたのに、大学側からはナシの礫(つぶて)だった。

 四月の不可解な人事の後、マスコミでこの問題が大きく取り上げられたことで、横浜市大では、元名古屋高検検事長の宗像紀夫弁護士を委員長とする「学位審査等に係る対策委員会」を立ち上げ、現在、調査が進められている。

 嶋田教授は小誌の取材に対し、代理人を通じて「ノーコメント」と回答した。

 「白い巨塔」の暗部は明るみに出るのか。

 

(写真説明) 宗像・元特捜部長に期待が集まる 記者会見で謝金問題の質問に答えるキャンパス管理部長

(写真説明) 「白い巨塔」横浜市大医学部附属病院

(写真説明) 嶋田教授(附属病院のホームページより)