書評 『さらば、公立大学法人 横浜市立大学』 全大教[he-forum 14260](神沼公三郎氏、北海道大学)より(2009.5.14)

 

2009年4月16日づけでこの「he-forum」に配信された「『意見広告の会』ニュース472」に、吉岡直人氏の著書「さらば、公立大学法人 横浜市立大学―『改革』という名の大学破壊―」(下田出版株式会社、2009年3月25日、2,100円[税込み])が紹介された。また、同「ニュース472」には、一楽重雄氏による同書の書評も掲載されている(一楽氏が不定期刊メールマガジンの『カメリア通信』第57号[2009年3月10日]に掲載した書評)。

 

吉岡氏は横浜市大の「改革」のなかで、少なからぬ人たちとともに大学の民主主義を求めて勇気に満ちた発言を繰り返し、その後ついに2008年3月、自己判断で同大を退職した。私は吉岡氏を存じ上げないので、大変に失礼ながらWebで検索してみたところ、吉岡氏のご専門は実験地震学、岩石力学である。一楽氏は横浜市大の「改革」に対してやはり勇気ある主張を重ね、今も同大で研究・教育に携わっている。

 

吉岡氏の労作のタイトルに惹かれ、また一楽氏の書評に共感を覚えて早速、同書を購入し、過日の連休のある日、時間にまかせて同書を読み始めた。ところが、読み進むうちに、途中で休憩するのももどかしいほど労作にひきこまれ、一気に読破した。おかげで連休中のいっとき、とても充実した時間を過ごすことができた。

 

それからすでに10日あまりたつのに、労作から受けたショックがいまだに脳裏に焼き付いて離れない。労作はそれほどに衝撃的な内容だった。全編を貫いて、「行政権力のあからさまな介入によって、大学内の民主主義」が「完膚無きまでに破壊し尽され」、「大学の自治」が「徹底的に蹂躙された」(まえがき)ありさまが赤裸々に語られている。労作の特徴をひと言で言えば、民主主義抑圧、新自由主義の中田横浜市政とその代理人の行政官僚(大学の事務職員)、それらに追随する研究者群などに吉岡氏は限りない怒りを覚えながらも、それでいて非常に多くの事実を冷静に、客観的に整理して、読む者に横浜市大の大学破壊の実態を余すところなく伝えているのである。

 

横浜市大の就業規則には、「懲戒の事由」に「法人の名誉又は信用を著しく傷つけた場合」と、さらに「法人に対する誹謗中傷等によって、法人の名誉を傷つけ」た場合が規定されている。専門家の見るところ、前者の事由もさることながら、後者はそれを拡大解釈すれば大学当局が教職員に対して何でもできるとのこと。そのため、これほどに詳しい事実を告発した労作を振り返って吉岡氏は、「私も在職中にこの本を出版していたら、懲戒解雇となったかもしれない」と述べている。

 

行政官僚と追随研究者が示したあっと驚く言動のうち、いま次の事例を紹介しておこう。2002年の大学戦略会議幹事会に出された「部外秘資料」には、次の項目を含めて多数の衝撃的な内容が書かれている。幹事会で大学総務部長がこれらを強調したという。

 

○教員は商品だ。商品が運営に口だして、商品の一部を運営のために時間を割くことは果たして教員のため、大学のためになるのか。

○意欲のない学生はキックアウトすればいい。

○横浜市から金をもらってこの大学が成り立っているという意識がない。

○(大学病院について)医療の安全が優先しすぎて、経営にたいする感覚が薄らいでいないか。

○定員を増やせば偏差値が下がる。定員を増やすのではなく、教員を半分にすればいい。

○事務局が設置者権限を持っている・・・。

○教員は横浜市に雇われているという意識がない。

 

さらにもう一つ。ある日、吉岡氏は何かの会合で少し酒が入ったあと、帰路の電車で、上記総務部長の側近といわれていた企画課長と一緒になった。企画課長も同じく少し酒が入っていた。吉岡氏が数日前の大学でのことを話題にするや、企画課長は「いつまでガタガタ言ってんだ、この野郎!」と罵声を浴びせてきた。「いくら酒が入っていたとは言えあまりのことに、私の酔いはすっかり覚めてしまった。しかしこれが横浜市で出世する役人の実態なのである。この件といい、(上記)総務部長の件といい、当時の大学を闊歩していた役人連中の雰囲気を最も如実に表していると言えよう。」(吉岡)

 

この総務部長が大学に着任したのは2001年4月である。横浜市大の民主主義否定はそのころ、あるいはその少し前から傾向が出始めていたが、2002年4月に中田市長が誕生するや、はっきりした形であらわれるようになり、2005年に公立大学法人に移行してますます強まった。そして、いまも続いているという。大学に対する自分の対応にかかわって白を黒と言いくるめる市長、行政官僚言いなりの学長、理不尽な任期制・年俸制・教員評価、不明朗な教員人事、秘密主義、医学部問題、・・・・・。実に多くのことが紹介されているが、個々の事例については全国の多くの人たちが実際に労作を購読し、吉岡氏の文章にじかに触れて理解されたらよいと思う。そのほうが、今日の大学問題を考える運動の広がりに結びつくし、また吉岡氏を励ますことにもなる。

 

これらの事例を述べたあとで吉岡氏は、「これでは大学という場で最も尊重されなければならない自由闊達な精神、個性豊かな精神、批判的な精神は死に絶えてしまう」と結んでいる。吉岡氏の描くこの基本的大学像が横浜市大では無惨に蹂躙され、大学の精神が破壊されたと判断したため、吉岡氏は自主的に退職の道を選択したのであろう。氏の専門分野の場合、大学退職は研究の最前線から距離を置くことを意味するのではないだろうか。いずれにしても、好きな研究からの離脱を選択した吉岡氏の無念さは察するに余りある。

 

横浜市大の経過は同大学に固有のものではない。全国の多くの大学で、横浜市大ほどではなくても、類似の事態が発生していると思われる。私の所属する大学でも、すぐにいくつかの事例を指折り数えることができる。そうした全国的情勢を踏まえると、横浜市大の経緯を詳細に、客観的にまとめて、独自の大学論を展開した労作の意義は非常に大きい。

 

繰り返しになるが、各位には労作をぜひ購読されるようおすすめしたい。冒頭に示した「『意見広告の会』ニュース472」によると、労作を求めるには次の方法がある。

 

*吉岡直人氏に直接、連絡する(吉岡直人<yoshi@hf.netyou.jp>)

*あるいは紀伊国屋本店、同横浜支店(そごう)の店頭、さらには紀伊国屋書店Book Webでも入手可能。