景政と神社



本ホームページに掲載しているもののほか全国各地に鎌倉権五郎景政 (かまくらごんごろうかげまさ)にまつわる神社などがある。

神奈川県鎌倉市を中心に、近隣には、御霊神社が数多くある。

・ 藤沢市村岡(平良文勧進)
・ 鎌倉市梶原(梶原景時勧進)
・ 鎌倉市坂ノ下(大庭景継勧進)
・ 横浜市戸塚汲沢
・ 藤沢市川名
・ 横須賀市田浦
・ 横浜市戸塚区長尾台(長尾為景勧進)
・ 横浜市戸塚区田谷
・ 横浜市戸塚区原宿
・ 横浜市戸塚区深谷
・ 藤沢市葛原
・ 鎌倉市玉縄
・ 横須賀市衣笠
・ 葉山町長柄長江義景勧進)
・ 平塚市田村(三浦義村勧進)
・ 藤沢市大庭
・ 横浜市戸塚区俣野(俣野景久勧進)


・ 清池八幡神社(山形県天童市清池)

寛治6年(1062年)、鎌倉権五郎景政が創建。本殿の背後には、目を射られた景政が矢を抜き取り、目を洗ったと伝える御手洗池がある。

・ 新山神社・鎌倉権五郎景政の名を刻んだ板碑(宮城県東松島市矢本大塩)

鎌倉権五郎景政が寛治五年(1091)に桓武天皇の第五女(大宅内親王)を祀るために社殿を造営したと伝える。 そこには鎌倉権五郎景政の名を刻んだ板碑がある。

・ 力石(宮城県栗原市高清水善光寺愛宕山公園内)

源義家の臣鎌倉権五郎景政が石を投げて勇気付けたという伝説がある。

・ 羽黒神社(宮城県大崎市松山千石)

後三年の役に際し、源義家の部将鎌倉権五郎景政が戦勝を祈願して勧請したといわれている。 社殿前に権五郎景政手植の大杉の碑がある。

・ 羽鳥神社(福島県岩瀬郡天栄村羽鳥)

羽鳥鎮守御霊神社は鎌倉権五郎景政を祭っている。

・ 豊景神社(福島県郡山市富久山町)

祭神は豊斟淳命(とよくむぬのみこと)と鎌倉権五朗景政。 永保3年(1083年)源頼家は当地が毒蛇の禍で凶作に苦しんでいるのを知り、鎌倉権五朗景政に命じて退治させた。 感謝の念から天養元年(1144年)に景政の御霊を合祀し、御霊宮とした。

・ 多田野本神社(福島県逢瀬町多田野)

景政はこの地の盗賊を滅ぼす。その後この地は権五郎景政の子孫が支配することになり、 姓を「ただの」と改め館を築いた。多田野本神社は権五郎景政を御霊として祀り、御霊櫃峠の名の由来となっている。

・ 御霊神社(福島県いわき市仁井田町)

祭神は鎌倉権五郎景政。植田城主梶原美濃守が祖霊を祀った。

・ 吉原西光寺(茨城県阿見町下吉原)

開基は鎌倉権五郎景政で桂村にあった寺院が景政敗残の時の兵火で焼かれ吉原に移転したともいわれている。

・ 五良神社(栃木県鹿沼市)

村井城跡の南に五良神社があり、祭神は鎌倉権五郎景政といわれている。

・ 御霊神社(栃木県栃木県芳賀郡益子町大沢)

梶原平蔵景時が領地であるこの地に先祖である鎌倉権五郎景政の霊を合祀した。

・ 五郎神社(群馬県伊勢崎市平和町)

鎌倉権五郎景政を主祭神とする。社伝によると、広瀬川が昔利根川の本流だった頃、上流から一本の朱塗りの矢が流れてきた。 村人が拾って家に持ち帰ったところ、その夜夢枕に、風おれ烏帽子に狩衣の、片目の武士が立って、自分は鎌倉権五郎である。 お前の拾った矢は自分の仮の姿である。その矢を大切に祭るようにと言うと片目の武士は姿を消したという。

・ 権五郎堂(群馬県伊勢崎市東本町)

華蔵寺の住職が原因不明の病気になった。ある夜、熱にうなされていた住職の枕元に大男が現れ 「俺は鎌倉権五郎だ。供養を受けないので浮かばれない。供養してくれたなら住職の病気は治る。」といった。 そこで華蔵寺に墓を建て供養したら住職は快方に向かった。

・ 五霊神社(高崎市貝沢)

祭神は鎌倉権五郎景政。和田義盛の孫和田小太郎正信が寛元元年(720年前)祖先の地、相模国三浦 から熊野二宮の両社と共にこの地に勧請した。

・ 五良神社(千葉県佐倉市)

祭神は鎌倉権五郎景政。

・ 宝境寺(神奈川県鎌倉市)

今は廃寺。地蔵堂に景政の守り本尊である矢柄地蔵があった。地蔵も焼失していまはない。

・ 景政塔(神奈川県鎌倉市)

景政塔は景政の墓といわれている。江戸時代まであったがいまはない。

・ 深谷目薬師(神奈川県横浜市戸塚区深谷町)

専念寺に、景政の祈願所。景政が心を込めて祈ったところ合戦で受けた目の傷が癒えたという。己の守護佛である深谷目薬師(薬師如来)がある。

・ 目洗薬師(神奈川県横浜市西区)

海東山洪福寺の本尊薬師如来は、鎌倉権五郎景政の守り本尊と伝えられ、目洗薬師と言われている。

・ 善福寺(神奈川県平塚市広川)

創建は、鎌倉権五郎景政の開基とされる。

・ 阿弥陀仏(神奈川県平塚市広川)

八幡宮本尊。恵心作。鎌倉権五郎景政の守護佛。

・ 両面地蔵尊(神奈川県横須賀市久比里)

宗円寺にある。失明した鎌倉権五郎景政が盲目の身にもかかわらず両面地蔵を手探りで彫り上げたと伝えられる。 説明文には、景政を失明した武将としているが、景政は全盲でない。

・ 御霊神社(神奈川県津久井郡藤野町佐野川)

鎌倉時代景政の一族、楢島伊予守がこの地に居住した際、祀った。影政の目を射た矢が玉蜀黍(トウモロコシ)の茎で作られていたことから、 この神社の氏子は玉蜀黍を栽培しないという。

・ 杉山神社(神奈川県横浜市北区新吉田町)、御霊社(神奈川県横浜市戸塚区田谷町)、三島神社(神奈川県横浜市戸塚区深谷町)、 五霊神社(神奈川県横浜市戸塚区汲谷町)、神明社(神奈川県横浜市栄区公田町)、御霊神社(神奈川県横浜市泉区中田北町)、 御霊神社(茅ヶ崎市南湖)、上秦野神社(秦野市菖蒲)などがある。

・ うらみ池(長野県下伊那郡上郷村)

雲彩寺にある清水のいもりは左の眼が潰れているという。うらみのわけはわからない。 権五郎景政はしばらくこの寺にいたという。

・ 青坂神社(岐阜県関ヶ原町今須)

鎌倉権五郎景政を祭神とする。 景政の7世の孫が今須城主長江重景。

・ 鎌倉権五郎景政之塚(三重県鈴鹿市矢橋町)

大日堂跡の前にある。池には片目の鯉や亀がいて、水は眼病に効き目があったと伝えられている。

・ 鎌倉神社(景政神社)(香川県善通寺市善通寺町)

香川氏が祖先鎌倉権五郎影政を氏神として此の地に祀った。

・ 若宮神社(京都府綾部市)

鎌倉権五郎景政公を祀る。この地は梶原氏の領地であったという。景政がこの地に来て虫獣の害を取り 除いたという。

・ 吉利神社(鹿児島県日置市吉利)

祭神は鎌倉權五郎景政をはじめ、8座の神である。

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