三分一所城(館)

拡大 三分一所(さんぶいっしょ)城(館)は、長江氏の分家三分一所氏の城。

月鑑の時代、長江氏は、小野城(桜ヶ森館)には長江月鑑、 矢本城には弟の景重が矢本筑前守景重として入った。 そして三分一所城には、弟の家景が三分一所を名乗って入った。

長江氏は、当初大崎氏の外様衆であったが、大崎氏の圧迫を受け、伊達氏に属した。 大崎氏との戦いで、人質となった月鑑は、伊達氏に対抗する 最上氏 に寝返るよう説得をうけ、開放される。

これを裏切りと読んだ伊達政宗は、偽の書簡を送り月鑑に政宗を討たせようする。 そして政宗を討ち取ることに失敗した月鑑を秋保温泉で討つ。地元の人の話では、 温泉に入っているところを襲ったとのことである。

こうして長江氏は断絶するが、三分一所氏は、この偽の書簡に惑わされず、政宗につく。 そのため、この事件後も、勢力をなくするが、生き延びて、現在にいたる。

電車では仙石線陸前小野駅下車。約2キロ。(以下車も同様) 国道45号線に出る。左に行くと成瀬川に架かる橋を渡って右折。川沿いに800メートルほど 行くと左に曲がる道がある。そこを左折。500メートルほど行くと、公民館がある。 公民館の裏、道路の右手に写真の石碑が建つ。

石碑の後ろは絶壁。その上に見張りの館があったという。城跡はその裏山。 城跡の山の持ち主に、城跡を案内していただいたが、竹やぶと杉の木で、とても歩ける状態ではない。 ナタをふるって切り開いて進む。一般の人は困難。場所もわからない。

高速では、三陸道「成瀬奥松島」ICで降りる。国道45号線を右折。ほんの少し行くと、 右に曲がる小さな道がある。そこを曲がる。

駐車場はないが、公民館ないし石碑の前に駐車可。

その他何もないが街中近いのでそこで。 県道150線の交差点がある。そこを右折。約1キロ行くと、小さな信号があって右手に小野小学校がある。

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