「あれっ・・・メグル、出かけるの・・・?」
宿屋の玄関で、私は彼女− 雪野麻衣子 −に呼び止められた。
「うん。・・・ちょっと、用事・・・・・。」
高鳴る動揺を悟られないようにしながら、私は曖昧な返事を返す。
「用事?もうこんなに暗いのに?危ないよぉ・・・。」
心配してくれるのは嬉しい。
でも、私は行かなくちゃいけない。
先程見たあの、白い翼。きっと・・・彼に違いない。
「大丈夫。すぐに戻るから・・・。それより、明日でしょ?
D・Hの決勝戦。ユキノちゃん達はしっかり休息取らなきゃ!」
ね。と、笑いかけると、彼女は一瞬だけ眉を顰め、
「休憩取んなきゃいけないのはメグルだって一緒だからね。」
軽い溜息をつき、部屋へと帰った。
「・・・。すぐ、戻るから・・・。」
彼を説得できたら・・・・・。
そして、私は扉を開けた。
ヤウディムの街の夜は暗い。
元々治安が悪いというのもあるが。
何だか今日は一段と暗い・・・。
流石に一人で来るのは不用心、とも感じたけど。
これからする事は私じゃなきゃ意味が無い。
レイジ君やユキノちゃんには出来ない、私の仕事・・・。
やがて。目的の場所に着いた。
ここはヤウディムの街の中心。
この街の領主、グァンクーの石像が暗闇に聳え立つ。
そして、そのふもとには赤いバンダナの少年が居た。
− 戸岐 航平。
明日のD・Hでレイジ君達と戦う相手。
・・・そして。
かつて、一緒に裏球を旅した私の仲間・・・。
「本当に・・・。」
私に気づいた戸岐君が先に口を開く。
「君は神出鬼没だねぇ、メグルさん・・・・・。」
「・・・・・。」
彼の飄々とした態度に少しだけ眉を顰める。
「おっと、説教ならもう勘弁してよ。」
うんざり、といった感じで、片手で私を遮る。
「明日だ。メグルさん。明日で決まるんだ。」
彼の口の端に、微かな笑みが見えた。
− 明日・・・・・
明日のD・Hで優勝した者には、その証として"ブレイブハート"
つまり、神竜石が与えられるという。
それが彼の手に渡るという事は、RI−ONの手に渡る事を意味する。
「あなたのお父さん、DDPの社長は神竜石を手に入れて間違った事をしようとしているのよ。」
今日こそ、あなたを説得してみせる。
「あなたは・・・騙されているの。早くしないと、取り返しの着かない事になるわ!!」
あなたには、私と同じ道を歩ませたくない・・・。
一時(いっとき)の沈黙の中、私は彼の答えを待つ。
良い答えが返ってくる事を信じて・・・。
「・・・。あ〜・・・めんどくさいなぁ・・・。」
気の抜けた返事に私の期待が裏切られる。
「この際、言っちゃおうかな。」
彼は上目遣いに私を見つめると、くすりと笑みを浮かべた。
「ゴメンね〜・・・俺さ、親父の言ってる事半分くらいしか判んねーし、
親父が神竜石を手に入れたら何が起こるのか、正直、想像できねーんだわ。」
「な・・・っ」
何・・・ですって・・・・・。
初めて聞いた彼の答えに、驚きと共に微かな怒りを覚える。
真実を理解しようとしない戸岐君と、
それを利用する父親・・・。
どちらも、私から見れば許せない・・・・・。
「それより。俺にとって一番大切なのは神竜石をゲットするまでの"プロセス"なのよ。」
私の胸中等いざ知らず、彼は淡々と喋り続ける。
「どうやったら親父の望む"エンディング"を迎えられるかってね・・・・・。」
どうして。
どうして・・・あなたはそこまでして父親にこだわるの・・・。
頭の中に浮かんだ言葉は、口に出す前に、消える羽目となった。
「これは親父が俺の為に用意してくれた"ゲーム"なんだ。
そして俺こそ。このゲームの主人公なんだよ。」
その一言に、私はハッ、とした。
かつての私も、"ゲーム"と言うその一言に甘んじて、過ちを犯した。
けど。今は違う。
これは、ゲームなんかじゃない。
本物の、現実。
それに気づいたから、私は今、ここに居る。
裏球を守る側の人間として、ここに居る。
彼は・・・それを判ってはくれないのだろうか・・・。
「ゲーム・・・ですって・・・。」
「そう。昔、俺はあんたに言ったはずだよ。これは"ゲーム"だ。って。」
− ドラドラの裏ゲームって興味無い? −
裏球に来るきっかけとなった彼の言葉が私の脳裏をよぎった。
「主人公は俺、ただ一人・・・。俺以外はただの"駒"みたいなもんでしょ♪」
その一言が、とても痛かった。
正確には "駒" という一言が・・・。
昔、まだ私が彼と一緒に行動していた頃。
あの時から、私もすでに駒の一つでしかなかったのだろうか・・・・・。
私は・・・あなたの事を、ずっと、仲間だと思っていたのに・・・。
「チームメイトは・・・仲間じゃないの・・・?」
昼間、彼の隣に居た二人と、かつての私の意味。
聞きたくない気もしたが、どうしても、聞かずにはいられなかった。
私の質問に対して、彼はほんの一瞬何かに反応したが
すぐに何事も無かったかの様にこう言った。
「まさかぁ〜・・・。あんな奴等が?氷室なんてただの格闘馬鹿じゃないっ。」
声を上げて嘲笑った彼を、私はキッ、と睨みつけた。
「・・・レイジ君が。大空レイジという少年が、必ずあなた達の
悪事を阻止するわ。・・・・・必ずっ・・・!!」
すると、彼は一瞬だけたじろぎ、私から視線を外した。
「・・・えらく信用してるんだ。・・・その、大空レイジ、って奴。」
「えっ・・・?」
一瞬だけ垣間見えた寂しげな顔。
それは、あの時の顔と一緒だった。
・・・・・忘れもしない。
戸岐君が、私の事を "裏切り者" と呼んだ時に見せた、あの表情・・・。
「怖い、怖い。それじゃぁ気をつけなくちゃね♪その大空レイジ君って子!
明日は負けないように頑張ろ〜っと!」
気づいた時にはすでにその表情は消え、
彼は、いつもの飄々とした様子で私の横を通り過ぎた。
「あ・・・・・ま、待って!」
不意に何かに駆られ、私は彼を呼び止めた。
その足が止まり、不思議そうな視線が向けられる。
「・・・なーに。まだ何か用でもあんの?」
改めて聞かれると、私は困ってしまった。
特に用事がある訳でもなく、ただ、反射的に・・・。
「用事・・・。・・・な、何で、そんな寂しそうな顔をしたの・・・?」
咄嗟に口から出た言葉は少々ぶしつけな質問だった。
何でそんな事を聞いたのか、と少し眉を顰めてると返事が返ってきた。
「寂しそう・・・?俺が・・・?」
再び私の方へと向き直り、怪訝そうに首を傾げる。
「そんなの。ある訳ねぇじゃん。俺は、寂しくなんか無い。」
腕を組みながら答えた彼の様子に、私は何か違和感を感じた。
「・・・・・嘘・・・。」
「えっ」
「戸岐君、嘘・・・ついてる。
だって、本当に寂しくないなら、あんな表情しないっ。
本当は・・・あなただって私たちと・・・・・」
「知った風な事言ってんじゃねぇよ・・・!」
静かで。それでいて、有無を言わさぬ声に思わず身を引く。
「俺は・・・自分の意志でRI−ONに居る。
今の俺の居場所はRI−ONだけ、親父だけだ・・・。」
自分を利用する父親。
彼自身、それを薄々感づいてるはずなのに。
何故、そこまでしてこだわるのか。
・・・私には、判らなかった。
「メグルさんは、俺の事何にも判っちゃいない。」
そう言って、彼は暗い空を仰いだ。
「・・・戸岐君だって、同じじゃない・・・。」
軽い反発から出た言葉はあながち嘘ではない。
今まで何度か説得を試みてきたのに、あなたの返事はいつも同じ。
− 仕方無いじゃん。お互いそーゆー道を選んだんだから −
本当の事を理解しようとせず、その言葉で逃げてきた。
「私は・・・あなたに傷ついて欲しくないから。
私と同じ道を歩ませたくないから、こうして話しているのに・・・。」
「知ってるよ。」
意外な返事に思わず眼を見開く。
「知ってるから、俺はこの道を選んだ。
・・・でもね。俺はあんたと同じ道は踏まない。」
伏せられた瞳からは何も読みとることは出来なかった。
「・・・。どうしても、その気持ちは変わらないの・・・?」
私はあなたを守りたい。
・・・大切な、あなただから。
傷つくと判っていて放ってなんか置けない。
「変わらないし。・・・それに、変えられない。」
呟かれた答えが、例えそうだとしても。
・・・私は、諦めない。何度でも説得してみせる。
最悪の事態が起こる、その時まで・・・。
「戸岐君。私は確かに、あなたの事を理解できないかもしれない。でも・・・」
一瞬だけ、詰まった言葉を、思い切って口に出す。
「・・・私は、いつだって、あなたが来るのを待っているわ。」
その心が父親から離れるのを、いつまでも待っている。
「・・・そ。相変わらず、甘ちゃんだよ・・・。メグルさんってば。」
溜息混じりにそう告げると、今度こそ彼は暗闇へと消えていった。
「信じてる。あなたが来てくれる事を・・・ずっと。」
いつかきっと、判ってくれる。
戸岐君がRI−ONから手を引く事を信じてる。
私と同じ過ちを繰り返しちゃいけない。
・・・それによって出来た傷は、決して、癒える事が無いから・・・。
裏球を守りたい。
そう言った時からすべては変わってしまったのだろうか。
彼の目指すものと、私の目指すもの。
交わる事の無い二つの気持ち・・・。
それでも、私は信じて待ち続ける。
・・・あなたを、誰よりも大切に想うから。
"この気持ちは・・・嘘じゃない"
To be continued.
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後書です。あのヤウディムの一件を、私風に解釈。
いえ、むしろこれはアレンジと呼ぶべき。(微妙)
敵対する戸岐とメグル。戸岐は裏切られた事に対して
頑なに敵対しようとし、皮肉にも、傷つけた事を知らずに
戸岐を想うメグルさん。端から見ればメグ戸岐だ。
気持ちのすれ違い・・・みたいのが書きたかったんですけどね。
文才が欲しいです。(苦笑)
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