吹き付ける風が耳元で唸りをあげていた。
バンダナで押さえている髪が強風に煽られる。
・・・少しだけ呼吸がし辛いが、そんな事はどうでもよかった。
「もーすぐだぜ、親父。」
前方に見えてきた森がいかにも、って感じだ。
「本物の神竜石は目の前だぜっ・・・!」
そう。
神竜石さえ手に入れば、俺が"勇者"だ。
だから。誰にも邪魔させない。
・・・・・絶対に。

その森は、神竜石を守るかの如く広がっていた。
そしてそれは。
本当に、守護者そのものだった。

− チガンドウジン −

森に埋もれていたその体は俺の龍なんか比じゃないくらいにでかい。
まさに" 森 "と言う龍。守護者にふさわしい体。
中々面白そうなイベントに、思わず口の端を軽く持ち上げた。
「去れ。」
不意に人の声がし、俺はその声の主を探した。
「ここは最も神竜に近い場所。人も龍も立ち入ってはならん聖域じゃ。」
声の主は見覚えのある人。
特徴的な帽子と長いローブ。裏球の一族の長、エンスイ。
確か、負傷したメグルさんを保護したのもあのばーさんだ。
「戸岐航平。RI−ONに神竜石は渡さん。
その四神竜の鍵を置いて立ち去れ!!」
冗談。そんな事したら俺が親父に怒られるっての。
「へ〜え。俺って結構有名人?残念だけど・・・」
右手に持った"鍵"に力がこもる。
「そんなデカブツ相手にすんの、俺やだからね〜。」
にっ、と笑うと俺は鍵を振り上げた。
途端、石に光が宿り、辺りの空気がざわついた。
あっという間に裏球中の龍が集まり、その翼がはためく。
あんま期待してなかったけど、これは中々の効力を発揮してくれた。
「さぁーてと・・・。」
充分な程集まった龍たちを見回し、俺は叫んだ。
「裏球のドラゴンの皆さ〜ん、やっちゃってくださ〜い♪」
無数の龍は容赦無く、敵をめがけて一斉に飛んでいった。
従順な傭兵達、そう呼ぶにふさわしい。
操られているとはいえ、恐れることなく立ち向かう姿は、
俺から見れば単なる駒にすぎないけど。
その時、
ばーさんが、動いた。
沢山の龍達の間をくぐり抜け、俺を見据えた眼付きはとても鋭く、
一瞬だけ、それにたじろぐ。
「・・・気にいらねぇーっ・・・。」
ボソリと呟くと、ナイトの翼を広げた。
− あんな奴、直接俺が・・・ −
高空へ舞い上がろうとした瞬間、
チガンドウジンの腕が大きく薙ぎ払われた。
向かっていった"従順な傭兵達"は突風の如く風に吹き飛ばされ、
轟音と共に多勢の龍が後ろへと流れる。
ライトナイツナイトも流されそうになったが、流石にそんなヤワじゃない。
何とか持ちこたえると体勢を整えた。
「うっわ。・・・まじかよ。」
ビリビリと震える空気が体中に伝わる。
「やっべぇ〜・・・。コイツつえぇ〜〜っ!」
見かけ倒しではない強さに驚きを隠せないでいると、
今度は眼下に広がる森から無数の" 何か "が伸びてきた。
それはよく見ると太い木の幹で、まるで命を持つかのように、
俺の逃げ道を閉ざしていった。
「これで邪魔者は入ってこれまい。お主も、一歩足りともここから出さんぞ。」
あのばーさん、最初からこれだけを狙ってたってか。
確かにこれじゃぁ、神竜石が取れても、この無数の木が絡み合って生まれた
この密室からは抜け出せない。
亀の甲より年の功。
そんな事を考えた自分に苦笑しつつ、口を開く。
「やめてよ〜。俺、神竜石持って帰らないと親父に嫌われるんだよ〜、勘弁してーっ。」
今度こそ、俺は親父に認めてもらえる。
今まで一度も褒めてくれる事の無かったあの人が、
今度こそ、きっと褒めてくれるに違いない。
対して、ばーさんは眉を顰めつつ口を開いた。
「神竜石がこの世界でどんな意味を持つ物なのか、お主は判っておるのか?」
「知ーらねっ。」
ぶっきらぼうに返した言葉に、ばーさんの眉間のしわも深くなる。
「それはただ単に、強大な力が安易に手に入る道具などでは無いのだぞ!」
「ったく・・・うるさいなぁ〜・・・・・。」
何だか説教じみてきた相手の言い分に、思わず「けっ」と吐き捨てる。
「あのね、ばーさん。勇者にとって大切なのはラスとアイテムを王様に
持って帰る事。でないとエンディング見してもらえないでしょ。」
「何じゃと・・・?」
ばーさんは一瞬驚いたが、その表情はすぐに消え、意外にも笑い出した。
「フ・・・ハハハハハ!!成る程、そういう訳か・・・・・。」
相手の行動に、今度は俺が面食らう。
しかし、馬鹿にされたと感じ、微弱な怒りを覚える。
「戸岐。お前は所詮、親の使いでこの世界に来た、ただのガキか。
・・・事の重大さを理解出来んのも無理はない・・・。」
それは、俺の考えを真っ向から否定する言葉だった。
" 親の使い " " ただのガキ " ・・・・・・・・・・
先程の微弱な怒りが、段々と大きくなるのを感じた。
「ただのガキ・・・?誰の事よ、それ・・・。
この世界は俺の親父が用意したゲームだっ!!」
言い換えれば、この裏球は俺の世界・・・
「俺はその主人公、神竜石を取りに来た、" 勇者 "だ!!」
これは、俺のゲーム。
あんたなんか、ゲームの住人の一人に過ぎないってのに・・・・・!
どんなに鋭く睨み付けても、ばーさんは臆する事無く言った。
「・・・お前の為に、命を張れる友が側に居るか?
そしてお前は、その友の為に命を張れるか・・・?」
・・・胸の奥底で、何かが静かに疼いた。
「・・・は。何、言ってんの。いー加減にしてよ、俺先急いでるから、後にしてくんないっ。」
静かに動き出した疼きは、俺の認めたくないもの。
・・・俺の、思い出したくないモノ・・・
「操り人形が。」
ばーさんの口の端に、微かな笑みが浮かぶ。
「お主は父親の造り出したゲームの世界だけの勇者にすぎん。」
先刻の疼きは、思い出したくない気持ちとは裏腹に、段々と脳裏に浮かぶ。
ばーさんの言葉は続く。
聞きたくない・・・その続きを・・・
「本物の勇者とは、大空レイジのように、人々に勇気を与える者の事だ・・・!!」

・・・頭の中が、一瞬、真っ暗になった。

俺は・・・勇者だ。
大空なんかじゃない・・・。
人に勇気を与える・・・
互いに、命を懸けられる存在・・・・・

「・・・。そーかなぁー・・・。」
複雑に絡み合う思考の末、俺が見たのは右肩を大きくえぐり取られたチガンドウジン 。
何が起こったかも判らないまま崩れる相手に、更に追い討ちをかける。
「・・・独りで何も出来ない奴が勇者なんて、おかしくない・・・?」
人は、如何なる時だって独りだ。
どんなに信頼していようと、どんなに大切に思っていても、
いつか・・・絶対に、人は独りになる。

− なのに・・・。

あいつは。
大空レイジは、俺に無い物を沢山持っている。
俺が失った物を持っている。
人は独りなのに、
あいつの周りには・・・・・

− 互いを守る存在が居る。だからあいつは強くなる・・・

「・・・違う・・・」
強く握った拳が、俺の意識を現実に引き戻す。
守る存在なんて無くても、俺は強い。
目の前の巨大な守護龍でさえ、この強さの前では無意味。
あの傷ついた龍こそが、その証・・・・・
「自分の力を証明する為に戦う者こそ、"勇者"なんだよ。」

− 死ね −

最期にそう呟き、俺は目の前の存在を葬った。

「・・・」
改めて我に返った俺が見たのは、破壊された森と、無残な亡骸。
別に人を殺めた事に後悔してる訳でもない。
これはゲームであり、俺は勇者だ。
無理矢理に。・・・ただ、今はそれだけを信じて。
でも。
言われた事はずっと頭から離れなかった。
くどい、しつこい・・・
次々と浮かぶ自己嫌悪。
それでも・・・俺は忘れられない。
忘れる事が出来ない・・・。
だって、俺がこんなに強くなれたのは・・・守る存在が居たから。
真っ向から否定したくても、実際、それを成し遂げてしまっているのだから皮肉な物だ。
「・・・ナイト・・・」
半ば独り言のように呟き、おもむろにしゃがみこむ。
「・・・お前のこの漆紅の翼も、俺の所為なのかな・・・。」
ライトナイツナイトの漆紅の翼は、記憶に焼き付いて離れない、
彼女の血と重なる。
あれは、己の力を過信するが為に起こった事故。
俺をかばう為に、彼女、メグルさんは血を流した・・・。
それが悔しいのと同時に哀しくて、俺は約束した。

− 今度何かあったら・・・次は俺が守ってあげるからね。・・・お姫サマっ・・・♪−

それは、本気だった。
何があっても、彼女を守れるくらい、強く・・・・・
でも。
肝心の強さを手に入れた頃には、あんたは既に、俺の側には居ない。
全部・・・あんたの所為だ。
守る物が無くなったから、自身の強さを誇示する為だけに、戦わざるをえなくなった。
所詮、人は・・・勇者は、唯独り。
メグルさん、あんたが気づかせた事なんだよ。
「ナイト。」
お前もいつか、俺の側を・・・
「・・・やーめた。」
気の抜けた声を出し、立ち上がる。
今はそんな事考えなくてもいい。
「邪魔者も居なくなったし、そろそろ神竜石取り行くか・・・。」
それ以上考えるのが・・・俺は、怖い・・・。
そう思うと、自分の弱さが見えた気がして、俺は眉を顰めた。

人は、誰かを守る為に強くなる。
それは他の誰より、俺自身が一番理解している。
でも、それを肯定したら、俺はこの先どうしたらいいのだろう。
得てしまった力の矛先は、一体何処に向ければいいのだろう。

" 切望した強さは、今は居ない君を守る為の物 "

メグルさんが居なくなった理由は判るけど、
それでも・・・納得できない俺が居る。
あの時の約束が果たせずに終わるのは、
きっと。俺ではなく、あんたの所為。
一種の復讐にも近い感情。
それを生み出したのは・・・・・


To be continued.

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後書です。ばーちゃんと航平との名勝負をアレンジ。
後半なんかオリジナルだし。(汗)
何と言うか、ダークスごめん。(爆)この時、おもいっきし
ダークス居るんだよね・・・;霜庵さんのおばか。
さて。私から見て、戸岐は「孤独な勇者」なんです。
で、その孤独感はメグルの所為だと、そういうんです。
我侭勝手は十分承知。でも、そうでないと自分で自分を
認められない・・・。脳内妄想激しすぎ。;
心の奥底ではきっとメグルさん愛!だと信じてるんですがね。(ぉぃ)
明るい戸岐メグ話がやりたいよぉーーーーーーーっ!!(叫)