−犬山城−
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木曽川の南岸にそそりたつ城は、天文6年 (1537)現在の位置に天守が造営された日本 最古の城で桃山風の天守閣は白帝城として 親しまれて、昭和10年5月13日に国宝に指定 された。 天守閣は外観3層、内部4階、地下2階の構造 で最上階は展望台にもなっていて、東〜北東 にかけて木曽御岳、恵那山が、南には小牧山 広大な濃尾平野、西には伊吹山、岐阜城、 北には美濃の山々を一望できます。 |
この城は信長時代と秀吉時代の両方にちょこ っと顔を出しています。まず、信長の時には… 岐阜城攻略の足がかりの為、墨俣の砦作りを 柴田勝家等がとりかかるが、すぐに敵に見つ かってしまい失敗してばかり。これは犬山城の 城主、織田信清が美濃に内応した為で、この ようになにかと信長の美濃攻略に障害となっ ていた為、1564年、攻め落とされたのです。叛 旗を翻していた信清は武田信玄の元に逃れ、 信長は尾張を完全に統一することができたので す。 |
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秀吉の時代では…「小牧・長久手の戦」の時 に登場します(この戦いの詳しいお話は小牧 城のページを見てね)。最初、織田信雄側につ いていた大垣城主、池田恒興が秀吉側に寝 返る際に、手土産として家康方の城だった犬 山城を奪取し、堅守したそうな。 この城は尾張と三河の国境の近くにある為、 当時はなにかと重要なお城だったのですね。 |