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    殺すな!!

 駒澤大学仏教学部助教授    熊本 英人 

 世界中の核兵器を使用不能にすることができるそうだ。ハワイ大学の菅原寛孝教授によると、素粒子ニュートリノの強力なビームを地球(地面)に向けて照射すれば、地球上のすべての核兵器が無力化されてしまうらしい。詳しい理屈は私にはよく理解できないが、理論的には実現可能という。核分裂を利用しない兵器には役に立たないのであろうが、それにしても十分魅力的な学説である。人間の理性を信じるかどうかは別にして、人と人とが殺し合うための道具は少しでもなくしたほうがいい。

 まだ見ぬ間に「戦(いくさ)には行きたくない」という言葉を遺して戦死した父を持つ故石川力山駒澤大学教授は、その言葉こそ、人が人を傷つけ傷つけられることを率直に否定する真理であると信じ、仏教と、平和、人権といった社会的使命にかかわる研究を精力的に続け、その志半ばにして急逝した。

 実は、この菅原教授の父と、僧侶でもあった故石川教授の師匠とは同一人物である。東北の小さな曹洞宗の寺の禅僧のもとから、人類の危機を真剣に考える二人が生まれ出たことは、決して偶然ではないだろう。

 長い歴史の中で仏教者は必ずしも平和を祈ってはこなかった。七十年前の日本で宗教的情操教育の必要性が言われた時も平和のためではなかった。軍靴の響きが聞こえてくる今こそ、平和ボケと呼ばれようとも、いかなる目的であれ人が人を殺すことがあってはならないと説くのが仏陀の教えと信じて行動したい。

『駒澤大学学園通信』第258号、2004.7.10.