話しは、A氏がスポーツ800ビギナーで、1号車でもってバリバリに走りはじめた頃に遡ります。
社会人5年生にも拘わらず、「パラノイア初期症状」に罹り、いろいろなオーナー方との出会いが楽しくって、週末を待ちこがれていた文字通り「おバカ」を絵に描いたような時期でした。
この頃は、御大TAKE氏が主催する「TSOC千葉」の名簿の末尾にA氏は名前を連ねておりました。(構成車種はスポーツ800に留まらず多種多様で、住所も広範囲に渡っておりました。)
御大TAKE氏は、毎月自身で作成発行するクラブの会報と会員名簿を、新来者に都度手渡されておりました。
A氏もその例の漏れず、名簿とそれまで発行されていた会報のバックナンバーを頂き、ハードウェアの面だけではなく、ソウフトウェアの面でも大きく影響を受けました。
特にメンタルの点での影響が大きく、この「スポーツ800の泥沼」にA氏がいつの間にか両足を捉えられてしまっていたのでした。
さて、今回の主役の「KA君」がおりました。歳はA氏とほぼ同い年。
今となっては彼と知り合った経緯が思い出せないのですが、彼の印象は、角の立った印象を受けました。
初対面にも拘わらず、物怖じする気配を微塵にも感じさせない態度で積極的に会話に参加し、普段のメンテナンスは整備工場に任せていること等を話され、A氏とはちょっと毛色の変わった人間ぐらいしか思っていませんでした。
ちょっと毛色の変わった彼よりも、彼のスポーツ800にはちょっと毛色の変わった特徴が気になっていました。以前他で見覚えのあった彼の車、こちらから問いかける前に彼の口からスポーツ800の入手経路が明らかにされ目を見開かされました。
何と!それはA氏が「フロンテクーペ」を買った中古車センターと同じところでした。
彼はお買い上げでの引き取りで、店側で進めるフロンテクーペにを物色し見ているときA氏の脇を通ってのお帰りのとき、チラっと見たスポーツ800がそれだったのです。
その時KA君のスポーツ800は黄色だったのが、初対面の月一回行われているツーリングに現れたときはオレンジ色だった。
このとき彼が言うには「黄色は飽きたから」だそうです。
彼はA氏と同一自治体内に住所があったので、A氏の紹介という形で共にそのツーリングに初参加しました。
それはそれは楽しい時間を過ごし、これから先も更に楽しい事がKA氏にも増えて行くであろうとA氏は思もいました。
それから暫くして、HA氏の用事にお供して、今は実家の新潟に帰られたレストア直後の「CSP311シルビア」オーナーのOG氏のところによったときのこと、会話の中にKA君名前が挙がった途端OG氏の目が険しくなり「そいつ連れてこい!」といきなり声を荒げて言うではありませんか。
いきさつが全然理解できないA氏に、OG氏はそれ以上語らず話題が他に移ったこともあり、同行のHA氏もその点には触れず、その件はそれで終わりました。
OG氏の原因不明の立腹の件をすっかり頭の中から忘れ去られた春のとても良い天気のある日。
A氏の勤務先である小企業の事務所に、経営者とA氏を含めた3人で勤務中にKA君が現れた。
彼は「近くを通ったので」との型通りの挨拶をして入ってきました。A氏の勤務先は規模が大きくない事もあって割合フレンドリーなところがあったので、抵抗無くKA君を向かい入れました。
KA君、A氏との挨拶もそこそこに、入り口近くで受付けと事務をこなすおじいさんに「最近お疲れになりませんか?」と年輩者を労る口調で尋ねました。
そのおじいさんが「うん、疲れるねー」と返事を返すと、間を置かず「ちょっと待ってて、すぐ戻るから」と言って表に出ていった。
何か忘れ物でも取りに言ったぐらいしか思っていなかったA氏は、やりかけの仕事に戻ろうかと考えているところに彼がバカでかいアタッシュケース見たいなカバンを提げて戻ってきた。
彼はその大きなカバンを事務所の床で拡げベンチみたいな物をこしらえ、壁にあるコンセントにケーブルを差しベンチの脇のスイッチを入れた。
先程のおじいさんに向かってKA君「これなら疲れが取れるので、ここに寝て見て下さい」とのたまわり出した。そう、彼はベッド型マッサージ機のセールスマンだったのです。
目の前の光景が信じられず呆気にとられ、なすがまま見ているしかなかったA氏に助け船を出してくれたのが、事務所の奥まったところから一部始終見ていた社長でした。
社長は「君は何をしに来たのか、友人に会いに来たのではないのか?そうでなければ仕事の邪魔だから帰ってくれ」と、語気を強めてこの件を手早く収拾して頂いたのです。
当のKA君、社長からの叱責に素直に従い、装置を片づけ「失礼致しました」と社長とおじいさんに謝罪を述べ、事務所からの出がけに「ごめんね」とA氏に声をけた彼の顔に悪びれた様子など無く、逆にニヤついていたことをA氏は今でもハッキリと覚えている。
彼が帰った後、社長ら二人に深くお詫びを言ったが、社長からは「若気の至りとはいうが、友人を良く選ぶことだよ」と一言いわれた。
その日の晩、自宅に戻ると後面のな家族の者から「車の友達という人から勤務先を教えてくれと尋ねられたので教えてあげた」と聞かされ、事はA氏一人の困り事では無さそうなので、早々に御大TAKE氏に事の顛末を告げ他のですが、御大かは意外な返事が返ってきた。
「KA君は君のところにも行ったのか・・・・・」と言うことは、他にも行っていると言うことを仄めかしていることになります。
同様の苦情がかなり前から御大TAKE氏の耳に届いていて、その週末の晩に、いつものミーティングが行われるファミレスで集まることになっていたとのことでしが、そのミーティングはA氏には知らされないことになっていたそうです。
その理由が明かされたのは、そのミーティングの時でした。
ミーティングの席には名簿に記載されていたメンバーのうち、半数の20名近くが集まっておりましたが、皆からのA氏に注がれる視線がいつもとは違う厳しい雰囲気がありました。
冒頭、御大TAKE氏が「KA君は、会員名簿に載っているメンバーの職場を廻って営業していたらしく、多くの苦情が寄せられていた」申され、A氏が思っていた以上に事がかなり深刻な様子になっていたことに驚かされました。
会員名簿に記載されているのは住所だけですが、彼は家族から勤務先を聞き出して職場を尋ね歩き、本人が不在の時は「本人の友人で」と前置きして営業していたそうです。
最悪な事に彼KA氏、本人がいるときにはA氏の名前を度々出して会員を廻っていたそうで、A氏と面識のないメンバーの間では、A氏の評判はすこぶる悪く、KA君と同類の加害者側の「悪人」にいつの間にか仕立て挙げられており、前述のOG氏が怒りまくっていた理由がここにあったワケです。
そう言った「悪人」に今回のミーティングが知らされないのは当たり前ですから、「知らぬが仏」とは良く言ったもので、このままKA君の「悪事」の被害に遭っていなければ、いわれのない「濡れ衣」をかなり長い間着させられていたことでしょう。
ここで御大TAKE氏は、A氏も被害者であることが伝えられ、知らない間に貼られていた「悪人」のラベルが剥がされることになりました。
このミーティングにおいてKA君は除名と決まり、除名した旨を本人には伝えず、彼には連絡を取らないことで彼との関係を絶つ事になりました。
その決定が下されて半年が経った頃の秋の晩、御大TAKE氏から電話を頂きました。
「実は今日、警察から電話が私宛にあって、『KA氏と言う者が運転するスポーツ800がC市で死亡事故を起こしたが、運転者に心当たりは無いか』との問い合わせがあった」と言うではありませんか。
御大TAKE氏は今までのいきさつを考えて「心当たりは無い」と返したそうです。しかし何故に警察が御大TAKE氏に問い合わせたかというと、某公務員をなされている御大TAKE氏は、立場上暴走族とは一線を引いて貰うため「TSOC千葉」の活動を県警に届け、会員名簿を資料として提出していたとのことでした。
運良く、その名簿には除名となったKA君の名前は載せていなかったそうです。
その話しから更に一月くらい経ったある日曜日、KA君がA氏の前に現れました。
彼は深い緑色のメタリックに白い屋根と言う毛色の変わったツートンカラーが真新しく仕上げられたスポーツ800でした。
A氏が知らないフリをして「どうしたの?」尋ねると、彼は笑いながら「この間の夜、婆さんを跳ねちゃって殺しちゃった。年寄りだったから家族にたんまり金が入って喜んでるだろう」と言う始末。A氏は呆れ果てて、開いた口が塞がりませんでした。
話しは更に進み、ある日曜日。HA氏のところにいつものように何人かで集まっているところにKA君のスポーツ800が現れた。
この日を境に再びよそよそしい雰囲気が漂うのかと思っただけで気が重くなりました。
が、しかし、運手席から現れたのがKA君ではなく、彼のスポーツ800のメンテを引き受けている会社のAB氏でした。
その時AB氏が言うには、KA君からスポーツ800を預かったとのこと。最近連絡がないのでやってきたとのことでした。
ここに、KA君のとばっちりを受けた人物が居たことを忘れておりました。
先に述べたように、AB氏はKA君のスポーツ800のメンテを引き受けておりましたが、彼が除名になり、死亡事故を起こしてからというもの、KA君と関わりのあるAB氏にも連絡はしないようになっていたのでした。
このときまでA氏を初めとするメンバーは、AB氏の事を良く知らなかったので、そのようにしておりました。
そうとは知らないAB氏が現れたことにより事情が変わり、これまでのいきさつの顛末をAB氏に話しました。
話しを最後まで真剣に聞いていたAB氏は今までの事情を理解していただき、「それで、最近連絡が来ない理由が判った」と申されました。
逆にAB氏の口から語られるKA君の話しに、A氏がそれまで疑問に思っていたことの答えを含んでおりました。
AB氏自身KA君の仕事の噂が他から届いていたとのこと、KA君はスポーツ800を出汁に使っていろいろとやっていたらしく、更に運転が乱暴でスポーツカーを操るには相応しくなく、古い車という認識が欠けていたとのこと。
その一例がボディカラーの変更でした。彼は事故を起こす度に「縁起が悪い」と言って再塗装を繰り返していたそうです。
A氏が一番初めに見たときの「黄色(レモンイエロー)」は、何処ぞで刺さって「オレンジ色」に変えたとのこと、更に死亡事故を起こして「ローバー・ミニの感じ」を出したくて「深緑メタ/白」のツートンにしたのだが、最近交差点で曲がりそこね、角のパーキングに止まっていた車に乗り上げ、「縁起が悪い」と言って修理を兼ね、再度塗り替えようと言い出したので、AB氏は彼をスポーツ800の世界から遠ざける意味も含め、暫く預かる事になったそうです。(まあ、A氏同様免消になったのでしょう)
それから「深緑メタ/白」のスポーツ800は、1年程AB氏の管理するところとなり、すこぶる快調に走っていたのですが、オーナーのKA君、ようやく他の車を見つけたらしく、AB氏に買い取りを迫ったのですが、ボディがガタガタのボロボロだったのでアッサリ断ったのでした。
「深緑メタ/白」のスポーツ800ですっかり「泥沼」に浸ってしまったAB氏は暫く経ってから、ご本人の意向に適ったスポーツ800を見つけて現在に至っております。
さて、「不幸な運命」を辿ったこのスポーツ800はその後、杳として行方が知られておりませんが・・・・