ホノルルの原点はこんな事からです 2  


自己申告レース。
10kmを自分の申告したタイムにより近く走った人が優勝!
これならば人とのハンデイーは全くなく、誰もが優勝のチャンスがあるわけだ。
そう…私にも優勝のチャンスはあるというわけだ。にんまり。
綺麗なトロフイーが用意され、数々の商品が並べられ始めていた。
(ふーん!なかなか凄いんだ!) さて、にんまりした割には、私は私の申告タイムで早くもつまづいた。
駒沢公園ジョギングコースは私にもホームグラウンドである。走るために駒沢に引っ越してきたほどだったから。だけど走ってもいつも2周だけだった。
健康の為にはそれぐらいで充分だと思っていた。それまでの私は走る事を日課としてきた少しばかりの自負があったのです。
それでもここの中に入ればそんなのは自負でも何でもなく2周なんて、ただのウオーミングアップに過ぎないという事がよーくわかって自負がショックに変わったのでした。
10km走った事のない人がどうやってタイムを割り出そう!
一周2,14kmに一体何分かかっているんだろうか?確か昔、測った時に13分ほどで走ったような気がするが、それすらもはっきり覚えていなかった。
「え〜い!65分!」
勢いに駆られて勝手なタイムが口をついで飛び出した。
根拠など全くなかった。
だって割り出そうにも簡単に計算など出来ないからだ。単純に掛け算というはずもないし。
すると先の自称おばあちゃん達が
「そんな訳ないわよ!60分にしときなさい!」
「そうよ!そうよ!若いんだから」
…と、のたまわれた。
(決してもう…若くはないんですが…)
「あぁ??はあ…あっ!じゃあ…はい!!」
若いといわれて「はい!」と返事をしていた私がいた。青木先生はさすがで
「えっ!60分!おっ!すごい!」
とだけ言って私に、にやりと笑ったのでした。
私は後になってこの青木先生の言った言葉の奥深い意味が解るのでしたが、この時の私といえばまだまだそんな事が解る筈などありゃしません。はい!
60分!そう言われれば、そんなタイムで走れそうな気がしてきたのでした。
レースに参加したのは総勢25人、女性は8〜9人ぐらいだったでしょうか。

駒沢公園の南口に美川憲一邸があるのですが、(ちょっと余談でした)そこの前のコースをスタート。丁度4周と3ぶんの2ほどで10kmになるのです。皆が最初に集合した場所の地面に「ゴール」と大きく書かれてあり、そのラインのところまででした。
総勢25人に混じって新参者の私はスタートを切ったのでした。
本当に2周までは順調にいつもと変わらぬペースで走れた。とにかく私は青木先生を目標になるべく付いていこうと思った。が。そんな事は無謀だと言うことが解るまでには時間はかかりませんでした。
3周目。
早々と足の長い男の人が周回遅れの私を追いぬいていった。この駒沢を走っている人は他にも多かった。私に声を掛けていってくれたので
「ああー駒沢JCの人なんだ!ええっ!もう…すでに一周廻ってきたの!」と思ったのでした。
それからというもの、声掛け追いぬき人はどんどんと増えていき、さっそうとランパンの女性ランナーにもエールを送られ追い越されてしまいました。
それは風のように速く、すらりと伸びた足が綺麗で全く無駄のない美しいフオームの人でした。後から解ったことですがフルのベストが3時間17分で国内の国際レースへの資格に、後2分と迫っている市村さんという若き女性でした。
4周目。
私は改めてじぶんが未踏の距離を踏んでいるんだなと実感したのでした。
それまではなんとか遅いなりにも走れていたのだったが、突然足が前に進まなくなってしまった。なにーーこれ!!うっそーー!
5周目。
に突入した途端。それまで私の後ろをずーっと走っていたおばあちゃんには見えないおばあちゃん達が「がんばってよーー!!」と軽く言い放ち、追いぬいていった。
追いぬいた途端に又二人はおしゃべりを続け出していた。
(なんで走りながらしゃべれるの?…で、なんでそんなに速いの?)
「ああーーっ!待ってーー!おばあちゃんといわれた人達ぃ〜!!」

心の声もむなしくどんどんとそのおしゃべり声は遠ざかっていった。確かに若いとは言ってもその自称おばあちゃんたちの体型はいわゆるランナーとは、はるかに程遠い。
本当に可愛いお孫さんを連れてよく公園なんかにきている人達とほとんど代わりない体型である。
私だって一応は中・高と陸上部でならした実績の持ち主である。JACなどどいうアクション養成所のようなところで過酷な訓練を受けて来た経歴だってある。
なのに。なのに。軽々とおばあちゃん達に優しい声を掛けられ、追いすがることさえ出来なく完全に離されてしまっているのだ。
(マラソンって過去のキャリアとか実績とか、はたまた体型とか年齢とかって…そんなもんは、このさい全く関係ないんだ!)
遠ざかっていく背中を見ながら…酸素が廻らなくなっている頭でもそんなことを発見したのだった。はい!

本当に5周目はきつかった。踏み出す1歩は10cmぐらいになったような気がする。
かつて今まで私の全人生の中においてもこんなに身体が動かなくなっていく経験をした事がなかった。始めて味わう苦しさだった。
自己申告レースどころではなかった。ちゃんとゴールできるかどうかの問題になっていた。
駒沢JCの人達の中で、もはや私より後ろの人など誰一人としていなかった。考えて見ればそんなことは当たり前のことだった。死にそうだった。かつて味わった事のない苦しみにもがきながらも私は最後の200m、ポプラ並木の直線に入った。
すでにとうに走り終えた全員の人達が温かくゴールの所で待っていてくれるのが見えた。
急に元気が少し出た。
(こんな時ってなんでまた俄然と走れるんだろうか?私にもまだこんな余力があったのかしら?あったのだったらちゃんと走れよ!)
というか…カッコ悪い走りをやはり誰にも見せたくないという私に残された少しばかりの意地なのか…

ぶつぶつ自問自答しながら、私はかつてないほどのスピードで最後の30mほどを掛けぬけたような覚えがある。皆が笑顔の大拍手で温かく私を迎えてくれた。嬉しくて大きく手を広げ、10kmのゴールラインをしっかりと踏んだのでした

タイムは……
みんなが「よく頑張ったわね!」と口々に声を掛けてくれた。
「よく走れたわねえ!やった!やった!」
青木先生は自分の事のように喜んでくれた。
「タイムは65分ジャスト!」
感極まっている私の耳に私のタイムが飛び込んできた。
65分?なんと65分!
訂正する前の私の出した自己申告タイムだった。
「ええっーーー!!!」
苦しさも忘れて私はビックリした。先の年配おばあちゃんランナーが言った。
「ごめんねーー!私がよけいな事を言わなきゃドンピシャ優勝だったわね!」

私は60分でも65分でもよかった。
優勝はたった一秒差の男性でした。ベスト5の人達のほとんどが10秒以内という素晴らしいレースでした。この時私は、「走るランナーとは身体の中に正確な体内時計を持っているんだ!」と初めて感心したのでした。
私といえば5分差。当然ながら25人中25位。タイムももちろんダントツのビリ、でした。

だけど、私は嬉しかった。65分でも25位でも嬉しかった。
この時の事が本当に走る事の原動力になっていった気がします。苦しさを超えて走る事の素晴らしさ。そして皆で走る事の素晴らしさ。初めて10kmが走れた素晴らしさ。いろんな素晴らしさが私の身体中を駆け巡りました。
さすがに足がパンパンになり体は宙を浮いているような感じで、どうやって家まで帰って行ったのか記憶がほとんどないのですが、この日のことは一生忘れないです。
夢の実現は確実に「勇気と自信」を私に与えてくれたのでした。

…が次への夢の実現はそう簡単にはいかないのでした。


エッちゃんコーナー 2