空中庭園の降臨 解説

★表紙折り返しより★
 古来、遺跡荒し(トレジャー・ハンター)たちが追い求めてきた、浮遊城”空中庭園”の秘宝。しかし、真に貴重なのは、古の超技術。大空を自由に移動できる飛行システムと強力な破壊兵器の数々なのだ。
 その浮遊城の主”オーバー・ロード”が狂気に走る! 風の門から六門世界の外へ飛び去ろうとする浮遊城を阻止しなければ、エレメンタル・バランスの均衡が破れ、大陸が崩壊してしまう!
 入れ墨の召喚術師イエルは、魔剣ひとふりをたずさえ、大地の裂け目へと向かう空中庭園に乗り込む。しかし、術を封印され、モンスターを召喚できない彼に勝機はあるのか? 待ち受けるのは古代のトラップ群。危うい冒険行は、イエル自らの悲しい過去を清算する旅でもあった。
 人気沸騰! モンスター・コレクションTCGの六門世界を舞台に、秘術が炸裂する冒険ファンタジー第3弾!

 ……このあおりだけ見ると、モロにラ○ュタですな。ちなみに知らない人も多いかもしれませんが、ここの文章って担当編集さんが書かれてます。さすがに著者自ら「人気沸騰」なんてよう書きません(笑)。

●登場人物(いない人物は、前巻の解説を参照)
イエル・チェトケル(男/29歳/召喚術師)
 ついにすべての召喚術を封じられてしまった、不遇の主人公。
 そしてこの巻で、いよいよ主人公の座すら危ぶまれ始める。なにせイエルのまともなカットは、表紙以外にないのだ。哀れ。
 代わりに、魔剣を手に入れて、剣士としての方向で能力を見せ始める。

ウェンディ・ディムズベル(女/18歳/神官戦士)
 本編ヒロイン。
 前巻では主人公そっちのけの活躍をした彼女だが、今回はやや脇役か。しかしイエルよりは目立っていること、間違いなしである。

エルリク(男/12歳/召喚術師見習い?)
 聖エルド教会の孤児院で暮らすやんちゃな少年。
 親の敵を打つために召喚術を身につけようと、イエルに弟子入りする。
 今回新キャラであるサラスとともに、まるで主人公のように活躍する。無口なイエルとどんくさいウェンディだけでは不安だと思って出したキャラだったが、想像以上に話を動かしやすい存在となった。

ティツィアーノ・デルピエロ(男/32歳/無法召喚士)
 イエルのライバルであり、昔からの知り合いでもあるもぐりの召喚術師。
 前回は共同戦線を張ったデルピエロであるが、今回はイエルと敵対することになる。友情や義理よりも、自分を優先するのが無法召喚士流だからだ。
 空中庭園の秘宝を狙って、イエルと相対する。

サラス(男/?歳/???)
 空から降ってきた少年。
 記憶を失っているが、しかし空中庭園を目指していたことだけは覚えていた。
 彼の導きに従い、イエルたちは空中庭園を目指す。
 ……デザイン・ラフまであったのに、まともなカットがないのは、個人的に残念であった。せっかくの美少年なのに。

アーシェラ・レチェドウ(女/19歳/パトロン)
 タージケントの街でも屈指の実力を持つ、レチェドウ一族の一人娘。
 典型的な東方美人であり、一人娘ということもあって高飛車でわがままで高慢。しかし過去にイエルに命を助けられたことがあり、以来密かに想いを寄せている。その態度は、そうしたことの反動もあるのだろう。
 現在はイエルの後援者(パトロン)として、仕事を依頼したりしている(実は「戦慄の破壊神」の書き下ろし短編の話、彼女の依頼である。気づいてた?)。召喚術を封印されてからも、彼女だけは契約を破棄しなかった。
 ……北沢お気に入りのキャラの一人であり、意外と人気も高かった。やはり気の強いキャラはいい。

ファルクス・ハルトデセルト(男/27歳/聖エルド教会所属召喚術師)
 サザンの教皇庁が派遣した、聖エルド教会に所属する召喚術師。
 美青年であり、高潔かつ清廉潔白な聖エルドの司祭。空中庭園を調査しており、その旅程でタージケントへとやってきた。
 しかしその実は極めて野心的な精神の持ち主であり、聖だけでなく魔の存在まで使役できる。
 イエルのかつての恋人ルシアの弟であり、イエルやデルピエロには極めて強い恨みを抱いている。あらゆる面でエリートだが、それが災いする場面も。
 ……全シリーズ通しても、こいつが一番影が薄いかもしれん。まあ著者としても、その程度の扱いだったわけだが……哀れな奴め。

狂王ウルガン(男/?歳/???)
 かつては東方の小国の、有能な魔法建築技師だった人物。しかし空中庭園建設の最中に最愛の息子を失い、その力を恐れた王に命を狙われたことで、狂える空の王となった。
 召喚術師としても魔術師としても、相当な力を持っていたらしく、空中庭園の主として、永遠の命を持つに至った。だがその一方で精神は妄執に取り憑かれ、狂える存在となってしまった。
 ……いろいろとこの頃設定が2転3転しており、実はウルガンくんの設定も、ややこしいことになっていたりする……。

●舞台
 
おなじみタージケントより冒険は始まるが、今回はかなりあちらこちらへと旅をする。
 目的地である空中庭園は、六門世界の東方のどこかに隠れていると考えられており、イエルたちはその手がかりを求めてさまようこととなる。タージケントの近くに浮かぶ浮遊岩遺跡、滅びた最果ての街ルシカンなど、いかにもモーングロシア地方らしい場所ばかりだ。
 そしてついに姿を現した空中庭園へと、一行は挑んでゆく。罠と魔物が満載された、危険な迷宮であると、知りながら。

●北沢の雑感(ここよりネタバレあり)

○またしても記憶が曖昧なスタート
 どういう経緯で企画が進んだか、すでに記憶が曖昧だが……モンコレ自体が極めて好調なこともあって、検討するまでもなく第3巻の執筆は決定していた。
 まさしく順風満帆。売り上げ好調の、まさにモンコレ黄金期であった。
 が、なぜ「空中庭園」というテーマが選ばれたかは、北沢はよく知らない。実はゲームの内容やタイトルの決定に北沢が関与することは、まずない。仕事のしかたとしては、共同製作というよりは下請けっぽい印象が北沢の中にある原因が、おそらくここにあるのだろう。
 そんなわけで、当初「空中庭園の罠」というタイトルで、開発コード「テレイン(地形)&トラップ(罠)・コレクション」通称T&Tコレクションとして開発が開始された。

○料理しにくいテーマ
 ゲームとして、空中庭園という題材は新鮮かつおもしろいテーマだ。
 だが、しかしである。
 それを小説にするとなると、突然難しくなる。なにせ空中庭園ものとしては、巨匠宮崎駿氏の「天空の城ラピュタ」という名作が存在するからだ。
 ナウシカ以来の宮崎ファンとしては、はっきりって扱いづらいことこの上ないテーマである。反面、同じくラピュタ好きのデザイナー加藤ヒロノリは、ばんばんラピュタ・ネタをゲームに入れ込んでゆく。小説と違い、ゲームはそういうことをしても、オマージュとして許される雰囲気があるからだ。
 そんなわけで、北沢はますます苦悩するハメになる。
 しかも、以前執筆した「ドラゴン大陸興亡記」シリーズでも、空中庭園ならぬ空中要塞を物語のクライマックスに持ってきている。なんだかこれでは、空中要塞好きの幅の狭い作家と思われるんじゃあ……そんな恐怖心すら浮かんだ記憶がある。
 そこへ来て、セットのテーマも地形と罠が中心。モンコレをご存知の方ならば想像してみてほしい。いかにモンコレの地形が、小説として描きにくいかを。
 「恋はあせらず」とか「正義は勝つ」とか、そんな地形、どうやって小説化せいっちゅうねん! 思わずカードリストを見て叫んだものだ。しかしその中でも、「足音」と「鼓動」などといった地形の描写に挑み、それなりにうまくいったと思っている。

○ストーリーの骨子
 第3巻に入り、少しイエルの過去についての話にしようかと考えたのが、この巻のストーリー・コンセプトだった。
 そうして登場したのが、かつての恋人ルシアと、パトロンのアーシェラというキャラクターである(一応ファルクスもそうか)。
 さらに前回が少女漫画テイストな展開を主軸としたので、今回は「少年萌え」で女性読者獲得を狙った部分もある。謎の少年サラスが、それだ。
 だがいきなり暴露してしまうと、実はちょっと失敗している。それはイエルの過去という話の展開と、サラスとエルリクの友情という部分が、ストーリーとしてあまりうまく融合していないからだ。その結果、個人的にはラストへの展開が強引かつバタバタしたと反省している。
 だがサラスとエルリクの関係はわりとうまくいったと思っているし、イエルの過去(ルシアがかつての恋人で、実はエルリクの母親であるということ)もそれなりに見せられたという実感もあった。

○衝撃のプロット崩壊
 基本的に、モンコレ・ノベルはすべて、原案である安田のチェックが入る。というか、ストーリーのコンセプトは二人で相談して作っているのだが……今回ほどそれが裏目に出た作品も稀かもしれない。
 実は狂王ウルガンの設定について、お互いに認識の違いがあり、北沢が原稿を完成させた時点でそのことが発覚。一気にプロットが崩壊した。
 後半1/4ぐらい、書き直した記憶がある……。
 実は北沢は、ウルガンを本当の王様だと思っていたのだ。古代帝国崩壊後、そのテクノロジーを復活させて空中庭園を建造し、世界を支配しようとした狂える王だと。
 だが、実はそうではなかった。
 なんとウルガンは、建築技師だったのだ! あれぇ?
 北沢の”狂王”という言葉から感じていたイメージが、一気に崩壊。それと同時に、様々な設定も崩壊。いまでもボスの「話は悪ないんやけどな。設定が違うんや」と言われたときの衝撃は、忘れがたいものがある。

○実は意外に新しい、空中庭園?
 これまた後付の設定で「おいおい」ってことになった部分なのだが……実は空中庭園、その存在はかなり新しい。
 空中庭園ガイドブック(富士見ドラゴンブックス刊)によると、空中庭園の脅威をどうにかしようと、聖エルド教会が動いたという記述がある。がしかし、聖エルドがサザンに社を建立したのは、イエルの時代から100〜200年ほど前。ってことは、最高でも過去200年以内に建造されたことになる。
 う〜ん……まあサラスも「100年以上のときを生きた……」とコメントしていることから考えても、そんなもんなんだろう。読者の中には、ウルガンは古代帝国(魔法帝国オーリリア)の時代の人物だと思っている人も多いようだけど、実は違うのよねー。
 でもせめて、1000年ぐらい前の存在にはしたかった……。

○イエルの魔剣悲話
 召喚術を完全に封じられてしまったイエルは、読者や関係者の間からも、主人公引退説がささやかれていた。それどころか、編集関係の人間(担当だったかどうかは覚えていない)に「引退させて、ウェンディ主役で行きましょう」とか言われた記憶もある。幻覚かもしれんが。
 しかし、北沢はイエルを降板させるつもりはなかった。元来、彼はサザンの闘技場で剣闘士奴隷として戦い抜いた男。剣だけでも主役を張れると考えていたのだ。ラフェロウもいるしね。
 そこで、パワーアップ計画として、魔剣の類を持たそうと考えていた。しかし、モンコレにはちょうどいい魔剣がない。まさか黄金の剣とか持たせるわけにもいかんし。
 そこで、モンスターの能力に注目したわけだ。すると空中庭園にはスルトなるステキな奴がいた。その特殊能力名は、「魔剣レーヴァテイン」。この魔剣を持っていることにして、いざとなればこの特殊能力で……とか考えていたら、ホーリィの手記でボルカノが奪ってやがんの。
 考えることは同じやね、誰も。
 しかもボスの六門世界第3巻にて、スルトは登場するからという理由で完全に禁じ手となってしまった(しかしこの六門3の後半には、北沢大ハマリのネタがひとつある。ガルガンチュア・ガーゴイルが登場するのだが、「先に殴れ」と告げるのだ! それってT&Tのガーゴイルやん!)。
 まあ、その結果、北沢は強引に「アザゼル」という新登場のデーモンを魔剣に封じているという設定を作り、イエルに持たせたわけである。そんなわけで、これ以降のイエルの能力は、実はアザゼルに準拠している(攻めるときだけ強い。火ともう一つ何でも呪文を使える)。
 しかしこの剣、伊藤勢さんの「魔獣使いの少女」の中に登場する伝説の召喚術師の石像(もちろんイエルだ。伊藤さんのこういう演出って、すっごくニクイぜ)も持っており、意外とイエルのビジュアルを象徴するアイテムとなった。
 人生、なにがどうなるかわからないものだ。

○がんばる新キャラたち
 しかし設定面での苦労はあったものの、アーシェラとサラスは、北沢にとって印象深いキャラクターとなった。
 特に気の強い、でも芯はちょっと弱いのよ、という女性キャラは大好きなので、アーシェラはかなり好きである。
 イエルにパトロンがいるという設定は、初めから考えていた。しかし具体的にどんなキャラかまでは考えておらず、今回の登場に合わせて設定したわけだが……「戦慄の破壊神」のオマケ短編でのエピソードによって、アーシェラ像はほぼ固まっていた。
 ちなみに彼女のサザンかぶれは、イエルの影響である。少しでもサザンという都会から流れてきたイエルと価値観を共有しようという健気さの表れなのだが、かわいいと思わない? 思わないか。
 加えて彼女、いずれ部族間の政略結婚に使われる宿命なので、いまのうちにわがままを言っておこうとしているだけで、立場は理解している賢い女性である。高飛車なのも高慢なのもわがままなのも、すべて計算。きっと、結婚したらよい妻になるはずだ。もっとも旦那がダメ野郎なら、その限りではないけれど。
 そして、サラス。女性読者へのウケ狙いもあったのだが、元々男の子の友情ものには弱いので、割と素直に描けたキャラである(少年漫画育ちなのよ、北沢は)。
 ちなみにラストのサラスが消えていくシーンは、思いのほか、うまく泣かしへと繋げられたと思っているが……どうだろう? なお、サラスが「空中庭園の呪いに縛られている」と言っているが、これは彼の正体であるナインテイルの特殊能力「九尾の呪い」を表現しているのだ(本陣に9レベル存在しないと、ナインテイルは破棄される)。ちゃんと最終戦、合計レベル9で戦っているでしょ?(FガーディアンL6、HデルヴィスL2、深淵L1)。
 ここまで考えて小説書いているんだけど……気づいてもらった試しがない。いいんですよ、好きでやってるだけだから。
 ぐすん。

○その他、いろいろ
 風の街ルシカンの描写など、結構個人的に気に入っているシーンは多い。そしてもちろん、あの街にいた王様は、ベルゼブブである。メジャーな名前の悪魔なので、直接描写は避けたのだが……短編集であっけなく登場していてちょっとショックだった。
 実は空中庭園に移ってからのシーンも、地形カードを並べてウルガンの本陣を目指すよう描写していたりする。そうした苦労を、ゲームをやっている人は類推しながら読んでくれると、すげーうれしいんだけど……TCGの場合、小説の読者とゲーム・ユーザーがあまり一致してないみたいで、ちょっと悲しい。他の作品でもこうした仕掛けは満載なので、いろいろ考えてほしいと思う今日この頃であった。

○とりあえず、まとめ
 スケジュール的にも、社員旅行(なんとラスベガスへ行った!)と重なったりで、かなりキツイ執筆だった。がまあ、いまから思えば、かなり重要なエピソードの詰まった1冊となったようだ。
 イエルたちのキャラクターの関係もほぼ安定し、シリーズとしての安定感もこのあたりから手応えとして感じていた。しかもうれしいことに、この頃から小説全体が売れ始め、部数がじわりじわりと伸び始めている。最近の小説業界では3巻目までが勝負と言われるが、それをうまく乗り切れたのだろう。
 そして物語は、次の「黄金樹の守護者」へと続くのだった。

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