作品1「俺の街」
# 1995年7月31日脱稿。
# 1995年9月2日放送。
作: 高井 力

  昔の俺は、街をファインダー越しにしか見なかった。俺は街の一部ではなく、
傍観者にすぎなかった。街を傍観する事に飽きれば、他の街へ移る。そして、
また同じことをする。そんな暮らしを続けていた。駆け出しの写真家の暮らし
は楽ではない。多少、裏でケチな仕事もしなくてはならないし、楽しみといっ
たら、生きつけのバーで酒を飲むくらいだ。その日も、仲間というものを持た
ない俺は、一人で酒を飲んでいた。
  ふと、サングラスをかけた女が、俺の隣に座った。どこかで見た顔のような
気がする。
  「写真を見せて下さいな。ラルスさん。」
ラルスは俺が裏取り引きの時に使っている偽名だ。しかし、驚いた。俺が裏で
売買している写真は女が欲しがるようなものではない。少しためらったが、俺
はポケットから写真を取り出し、手渡した。その写真は、俺が住む近くのマン
ションの一室を隠し撮りしたものだ。そこに住む女の入浴シーンと着替えのシ
ーン。女は写真をしばらく見ていた。
  「よく撮れてるわ。でも、本物の方がきれいだと思いませんこと ?」
女はサングラスをはずした。その瞬間、俺はその場に凍りついた。この女は写
真の女だ。しばらく沈黙が続いた。その沈黙を最初に破ったのは女だった。
  「こんな写真、どうやって撮るのかしら ?  実は、私の主人が浮気してるら
しいんですの。その証拠写真なんて簡単に撮れるかしら ?  報酬は、もちろん
払いますわ。」
  俺はうなずいた。この仕事、受けるしかない。
  「じゃあ、来週、またここで会いましょう。」
  そう言ってバーを出てゆく女の横顔に、寂しさが色を添えていた。

* ここで曲がかかる、曲は  レイラ・ホワイトの 「If I can't love you」

  次の日から俺は、目的の男を尾行した。男は、周りのことをほとんど気にか
けずに歩いている。考え事をしているようだ。こちらとしては、これほど尾行
しやすい相手はいない。すぐに、密会の現場に行き当たった。夜の繁華街の一
角にハデな女が待っていた。2人は、しばらく連れ立って歩き、モーテルの入
り口までやってきた。2人がモーテルに入る瞬間、俺は高感度フィルムを入れ
たカメラを構えた。ファインダー越しに見る男の顔は、どこか寂びしげで、楽
しんでいるというふうではない。その顔が、バーであった女の寂びしげな横顔
と重なった。おれは、目をつぶってシャッターを切った。男の横顔の残像が、
しばらく俺の頭から離れなかった。「これは、単なる浮気ではない。」 そう
思った俺は、もう少し調べて見ることにした。

* 曲「Life and time」(by ジョージ・デューク)

  一週間後、写真を依頼した女は、バーで待っていた。俺は黙って写真を渡し
た。
  「やっぱり....。」
  女は、茫然として写真を眺めていた。証拠をつかんだ後どうしようかなんて
考えてなかったんだろう。もしかしたら、写真を見るまで「なにかの間違いで
あって欲しい」と考えていたのかもしれない。俺は、すかさず彼女に封筒を渡
した。
  「これは....? 」
  「なぁに、ちょっとしたオマケさ。あんたのご主人が、会社の金を横領した
という証拠物件。あの女から取り返して来た。これをネタに、写真の女は、あ
んたの主人を恐喝してたのさ。あんたの主人は好きであんな女と付き合ってた
んじゃない。
  ところであんた、少し前に、なにかで金に困ったことはなかったかい ?」
  女は黙っていた。半ば閉じられた目に涙がたまっている。俺は報酬も受け取
らずに店を出た。

  そう、その事件がきっかけで俺は探偵になったのさ。この街でね。傍観者だ
った俺は、その時初めて、街のことに首を突っ込んだ。そして、自分なりの街
とのかかわり方を見つけたってわけだ。俺は街の一部になった。今じゃ、この
街が好きだね。
  ところであんた、なにしに俺の所に来たんだい ?  話しがあるのは、俺じゃ
なくてあんただろう ?  話してみろよ、相談に乗るぜ。


* -- END -- ラストにかかった曲「猫が行く」(by 谷山浩子)
            (作者のリクエスト)

# [作者コメント]
#「猫が行く」の雰囲気ってなんか、ハード・ボイルドだと、思いませんか ?
# 谷山さんは、ストーリーにあってないと思われたようですが。
# 「最後の曲がこれなのは、私のせいじゃありません。
# でも、妙にはまってる気もする...」と笑っていました。
# このストーリーは、谷山さんが「ハード・ボイルドのショート・ストーリー
# なんてどうでしょう」としつこく言っていた時期があって、
# 「ならば書いてみよう」と思って書いたものです。
# 初のハード・ボイルド・ショート・ストーリーとなるはずでしたが、
# 実際には先を越されて、2作目のハード・ボイルドでした。
# 谷山さんは「SF系変な話や、耽美型少女小説や、
# さわやかなラブ・ストーリーが多いので、たまに大人っぽいストーリー
# がくるとうれしい」とコメントしていました。
# 石田ポン吉さんは「ラルスではなく日本名にして日本が舞台なのがよい」
# とコメントされていたそうです。


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