作品2「風のたてがみ」
# 1995.10.01 脱稿
# 1995.11.11 放送
「風のたてがみ」
by 高井 力
幼いころから、私はこの町で育った。パパは名の知れた牧場主で、大金持ち
だった。パパはなんでも買ってくれた。お人形、ドレスに、指輪、ピアノ、素
敵な居心地のいい部屋。もうすぐ、私の15の誕生日。パパは今度は何を買って
くれるカナァ。そんなことを、牧場の隅の木陰に座りながら考えていた。牧場
ではカウ・ボーイたちが牛を追っている。
そのときだった。牧場の向こうの丘の上に、1頭の馬が現れた。恐いくらい
真っ白な毛並み。その毛並みが午後の太陽の光りを受けて、蒼白く光ったよう
な気がした。馬はこちらに歩いてくる。その上には、一人の男が乗っていた。
私はその馬と男とを、まるで夢の中の登場人物を見るように見つめた。男は私
の前に馬を止めると、私にこう聞いた。
「ここら辺に、宿はないかい。」
「宿はありませんけど、パパなら家に泊めてくれるかもしれないわ。家は広
いから。」
「それじゃ、案内してくれるかい」
「ええ」
彼は馬から降り、私と連れ立って歩いた。馬は私達の後をついてくる。私は、
少々驚いた。なにしろ、その馬は馬具をまったく付けず、したがって彼が手綱
を引いているわけでもないのだ。馬は、私達の後を勝手について来る。私は、
この馬に興味を持った。
「この馬、なんて名前なんですか」
「さぁ、知らないね。でもオレは『風』と呼んでいる。西部一早い馬さ。」
そのほかにも、私達はいろんな話をした。パパの持っている土地の外に出た
ことのない私にとって、その旅人の話は、目新しい事ばかりだった。
* 曲「Nothing contents to you」(by シンディ・ドーコナー)
その男は、しばらくの間、滞在する事になった。私は、滞在期間中は、ほと
んど彼と彼の馬、「風」とともに過ごした。彼は無口だったけど、私がせがめ
ばいろいろな話をしてくれたし、馬の乗り方から、銃の撃ち方まで、教えてく
れた。彼が私に貸してくれたスミス&ウェッソンの22口径は、私にとってはす
ごく重いものだった。彼愛用の、コルト・ピースメーカーはさらに重いという。
「肩に力が入り過ぎてる。それじゃ、銃の衝撃を逃がす事ができない。」
「じゃぁ、どうするの」
「そんなに肘を突っ張らずに....こんな感じかな。」
彼は、私の手に手を添えて、私の構え方をなをしてくれた。初めて銃を撃つ
という事よりも、かれの手の暖かみが、私の心を動揺させた。私は引き金を引
いた、
「キャーーーーーーー」
私は銃声とともに悲鳴を上げて、彼の腕の中に倒れ込んだ。
「大丈夫ですか ?」
「けがは.......無いみたい。」
10メートル離れて置かれた空き缶は、見事に吹き飛んでいた。
私の誕生日の夕方、私と「風」に乗った彼はいつものように家路をたどって
いた。私は、いままで与えられたものだけで満足していた。でも、今日はパパ
に告げるのだ、この人がほしいと。そのために何を失ってもかまわないと。そ
のときだった、私達の周りを一団の男たちが取り巻いた。その中には、パパと
保安官もいた。一瞬の出来事だった。彼が銃を抜くよりも早く、いくつもの銃
声が響いた。彼が「風」の上に倒れた。「風」が彼の死を告げるようにいなな
いた。私がはじめて自分から望んだものは、消え去った。涙を流す暇さえなか
った。
「エミリア。この男は悪党だったのだ....。男がほしければ、もっとお前に
ふさわしい男を見つけてやろう。」
パパはいつもパパの望むものしかくれない。でも、私がほんとに欲しいのは
そんなものではない。私は黙って銃を抜き、パパに向けた。「風」が黙って見
守っている。
「エミリア。ばかなまねはよせ。」
「ごめんね、パパ。もうあなたのくれるものなんて、何も欲しくないの。私
は、誕生日に自分で自分に自由をプレゼントすることに決めました。」
私は引き金を引いた。
* 曲「センチメンタル」(by デボラ・コックス)
その後は必死だった。動きずらいスカートを破り捨てて、「風」に飛び乗っ
た。待ち構えていたように「風」は全力で駆けはじめた。しがみついているの
がやっとだった。すぐに、男たちが追いかけてきたが、私と一人の男のなきが
らを乗せているにもかかわらず、「風」より速く走れる馬はいなかった。
翌朝、私は「風」が吹きかける鼻息で、目を醒ました。「風」は、私を急き
立てているようだ。じきに追っ手が来る。そのことが分かっているのだろう。
私は、ビスケットを2枚かじった後で、私の愛した人の埋葬にかかった。その
際、ちょっとためらわれたが、彼の服をはじめ、役に立ちそうなものはすべて
もらい受ける事にした。彼の銃、日記帳にペンとインク、携行食、水袋。彼の
服を着てみるとそれは実用的で暖かだった。「彼が守ってくれる。」ふとそん
なことを思って、彼の服を抱きしめた。その時、「風」が鼻面を押しつけてき
た。
「そっか...お前もいたね。」
私は「風」の首を抱いた。墓を掘るのは大変だったが、何とか人一人入れる
くらいの穴を掘った。彼をそこに寝かせると、私はナイフで自分の髪を切り、
彼の胸元に置いた。これからは、男として生きよう....。墓標を立てたいとこ
ろだが、そんなことをすれば、追手に道しるべを残す事になる。穴を埋め、跡
が分からないように土を踏み固めた。そして、辺りを見回せば、朝日の中に無
限とも思われる荒野が広がっていた。これからどこに行こうか -- それは自分
で決めなくてはならない。ぼくは自由なのだから。
ぼくは、「風」にまたがった。裸馬に乗るのは、大変なことだった。なんで、
昨日はあんなにすんなりと乗れたのだろう。それでもなんとかまたがると、
「風」は静かに走り出し、徐々に速度を上げた。「風」とぼくは一体となり、
思うがままに駆けて行く。たてがみをなびかせて。
* -- END -- 最後にかかった曲「風のたてがみ」(by 谷山浩子)
# Misty-night 初の西部劇。しかも谷山さんの曲がもとという作品。
# 一見やさしく見える世界から抜け出し、自由に荒野を駆ける....
# そんな「風のたてがみ」の雰囲気は、西部劇だなぁ....
# と思って書きました。
# 谷山さんは「曲と雰囲気も流れもぴったりですね。
# ついでに馬の名前が風で、だから風のたてがみというのもそのまんま(笑)」
# とコメントしてました。
## 最後の(笑)は「風が馬の名前っていうのは安易すぎるぞ」ということかも
## しれません。でも、ただでさえ長めのストーリーなのに、「風」について
## の話を入れる余地がなかったのです。
## ここで言い訳してもしょうがないけど...(^_^;)
# 「西部劇で少年・少女っぽいイメージは、歌を作った時からあったので
# うれしいです」というコメントもいただきました。
# ちょっと長めなのですが、どこもカットされず。全文が読まれました。
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