1995年2月放送

「ショートストーリー・・・」

by ”Heart of Mine”


 窓からふりそそぐ西陽は、レースのカーテンをオレンジ色に染め、部屋深く
まで射し込んできていた。ふっと外を見れば西側の空は燃えるような緋色なの
に、反対側の東側の空は深い青色をしている。日が沈む前のわずかな時間だけ
のこの自然のコントラストが、私はたまらなく好きだった。無性に空を抱きし
めたくなって、ベランダに出てみた。春を告げる甘い風に吹かれていると、ふ
いに、心の奥の熱い痛みにも似た記憶がよみがえってくるのを感じた。FMラ
ジオからは、この空を知ってか知らずかボビー・コールドウェルの夕陽のよう
な歌声が流れてきていた。
 私は彼を愛していた。煙草を吸うしぐさも、音楽を聴く彼の姿も、優しいキ
スも、彼の匂いまでも、すべてを、すべてを、本当に愛していた。ではなぜ終
わらせてしまったのだろう。なぜ別れなければならなかったのだろう。このま
ま溶けてしまいたいような太陽に照らされ、私はシルエットになっていく富士
山を見つめていた。
 物理的距離が、ふたりの気持ちまでも引き離してしまったのだろうか。うう
ん、違う。確かに絶対ないとは言い切れないかもしれないけれど、私たちふた
りの終わりを決定づけるほど致命的な理由とはなり得なかったはずだ。

 そう、私たちは自分自身に負けてしまったのだった。最後まで相手を信じて
愛しぬく強さがなかったのだ。お互いを嫌いになったわけではない。距離が遠
いからといって、近くのそばにいる誰かに心を奪われてしまったのでもない。
きっとふたりともくたくたに疲れきってしまっていたのだろう。
 会いたいときに会えない、電話をしてもいない。お互いが仕事を持っていれ
ば、当然と言えば当然なのかもしれないけれど、”どこにいるんだろう、何を
しているんだろう、この間そういえばなんだかよそよそしかったかもしれない、
マサカ・・・。”
 こんなストレスや不安が積もり積もって、でもすぐに解決するにはふたりの
距離があまりに遠くて、どうしようもないくらいどうしようもなくて・・・。
彼を愛しているはずなのに、彼を愛していたはずなのに、いつのまにか猜疑心
の塊になってもう彼のことを信じたくても信じられなくなっていた。彼にして
も同じだったと思う。
 ここまで来てしまうと、後はお決まりのパターンだった。相手を傷つけ合う
ことでしかお互いの存在を確認できなかった。会いたくて会いたくてたまらな
いのに、会えば会ったでふたりともぼろぼろになるだけだった。
 どちらから言い出したわけでもなかった別れー。でも、彼にも私にももはや
それ以外に選ぶ道はなくなっていた。わたしももうこれ以上あんなに愛した彼
を傷つけたくなかったし、私自身もきずつきたくなかった。
 さよならのキスは、あまりに純粋だった。ふたりの愛のきれいな部分だけが
その瞬間、凝縮し結晶化してしまったのではないかという錯覚を覚えたくらい・・・。
そんなキスでさえ、お互いが負ってきた傷を完全にいやすことはできないと知っ
たとき、私は新ためて、私の、彼の、心に刺さったとげの深さを思った。
 私たちはやはり、距離に負けたのではなかった。今また、ひとりで思う。自
分自身の弱さに打ち勝つことができなかったのだった。距離を持ち出せば言い
訳になる。いくらふたりの距離が遠くても、お互いの心の距離を近くにたもっ
ていられる強さがどちらか一方にでもあれば、そうしたら私たちふたり、今頃
どうしていただろう・・・?
 ふと風の冷たさを感じ、西の空を見ると、もうすでに太陽は山の向こうにか
くれてしまっていた。太陽の沈んだあたりの空はいつまでも、永遠に続くかの
ようにオレンジ色だった。その様子が、別れをとうに告げたはずなのに今でも
彼のことを忘れられないでいる自分を見ているようで、悲しかった。


                       DAS ENDE

最後にかかった曲「おやすみ」(by 谷山浩子)
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