「おば様の赤ちゃん」一



「ずいぶん大きなおばさんだなあ〜」
秋夫は先ほどから気にはなっていたのだが、じっと見るわけにもいかず、チラチラと盗み見るように見ていたのであった。秋夫は今春からとある私立中高一貫校の中学1年生。高校では募集しないので、中学入試がこの学校に入るためのラストチャンスなのである。憧れの大学の付属校なので人気が高い。知らなかったのであるが、この学校にはなんと50mの公式プールがあり、新1年生の水泳能力を見るテストが近々あるというのである。ところが秋夫は喘息の持病があり、そのため小学校の体育はほとんど見学していたので、水泳はまるっきりできないのである。勉強は頑張っているのに金槌では、恥をかく。で、母親に内緒で市営のプールに来ているのである。なんとかテストまでには泳げるようになりたい。クロールのイメージを頭に描きつつ、泳ぎだした。
バシャバシャバシャ。
もう自己流のでたらめ泳法である。
「痛!」
突然の女性の声に驚いて泳ぐのを中止し、立ち上がった。目の前にかの大柄なおばさんが立っているではないか!
「危ないわよ、坊や。前を見て泳がないと」
「あっ、ごめんなさい。ぶつかってしまいましたか?」
「まあ、たいしたことないけど。ここは初めてなの?」
「いえ、2回目です」
「一人できてるの?」
「はい」
「一人で来るなんて、そんなに泳ぐのが好きなの?」
「いえ、泳げないものでなんとか泳げるようになりたいと」
「あら、偉いわね。うちの子なんて小学6年生にもなるのに、全然泳げないのよ。坊やは何年生?」
「あの−、中学1年生です」
「あら、中学生なの。小柄なのね〜。なら、うちの子にもその立派な根性を教えて欲しいものだわ。これも何かの縁。おばさんが手伝ってあげる」
「えっ、でも〜」
「いいの、いいの。さあ、手を出して。引っ張っててあげるから、顔を水につけて」
「あっ、はい」



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