聖愛女子学園 (第5章:初めての失態)



14 お披露目


 窓から差し込まれてくる柔らかな晩秋の日ざしが、お昼の近づいたことをさりげなく伝えている。東北地方らしいカラッとした日ざしが、聖愛女子学園の校舎をあたたかく照りつける。その風景はどこにでもある、地方ののどかな学校のたたずまいと変わらない。
 しかし高等部の風紀指導室だけは、しめっぽく重苦しい空気に満たされていた。その理由は説明するまでもなかろう。18歳の年頃の女性にとって、あまりにも不似合いなオムツという衣装。そんな理不尽な恰好をさせられた由美のくやし涙が、指導室の空気を湿らせていたのである。彼女がこの部屋に連れてこられてから、いつのまにか50分近くがすぎようとしていた。
 だが由美も、いつまでも涙を流してばかりいられなかった。なぜなら、新たな羞恥が彼女を待ち受けていたからである。サエや風紀委員たちはオムツに加えて、さらにどんな辱めを由美に与えようというのか?。
 その口火をきったのは、風紀委員長の今井美雪だった。
「どう、由美ちゃん?。生まれ変わったような気分でしょう。さっ、いつまでもエンエンしてると、笑われちゃいまチュよ。」
わざと幼児をあやすような口調で、美雪はハンカチで由美の涙をやさしく拭う。両手をベビーミトンで覆われているため、自分の涙を拭うことさえできない由美は、くやしげに唇を噛みしめることしかできない。
「由美ちゃんはひとりじゃ、なんにもできないんだからね……。」
 由美のプライドをねちねちと言葉で逆なでしながら、美雪は彼女の目元にハンカチを当てると、かたわらの風紀委員たちにそっと目配せした。
「さっ、由美ちゃん。いつまでオムツ一丁でいるつもり。」
その言葉に、ハッとしてあたふたと脱がされたスカートを追い求める。美雪にそう声をかけられるまで、由美はスカートを穿くことすら忘れ、自分の姿に釘付けとなったままだったのだ。それほど、由美にとっておむつをあてられた恥ずかしさは、尋常ではなかったのである。
 だが、あるはずのスカートが見あたらない。
「あたしのスカート……、あたしのスカート……。」
由美は困惑しながら、キョロキョロあたりを見回す。
「だいじょうぶ。由美ちゃんのスカートはここにありますよ。」
ひとりの風紀委員の声がした。
「由美ちゃん、こんなお手てじゃスカートも穿けないでしょ。着せてあげる。」
結構です、と由美が叫ぼうとした時には、すでに頭にスカートがとおされていた。
「由美ちゃんはひとりでスカートも穿けないんだもん。」
風紀委員たちはからかうように口にすると、スカートの吊りバンドを由美の左右の肩に引っかけながら、頭上からストンと落とすように穿かしてしまった。背中で大きなバッテンをつくっている吊りバンドが、なんとも幼い感じをかもし出している。そのバンドも風紀委員たちの手で、手早くスカートの背後で留められてしまった。
 ふたたび中等部の制服である、紺色の吊りスカートを穿かされた由美。
だが、どうもおかしい。先ほどまで穿いていたものと、どこか穿き心地が違う。妙にスースーするのだ。
 下をのぞき込んだとたん、由美はわが目を疑った。なんと由美が穿かされたスカートは、大腿部がすっかり露わになるほどのミニ丈なのである。少し動いただけで、赤い靴下バンドがスソから見え隠れする。それだけならまだよいのだが、おむつまで今にもはみ出しそうなのだ。もしかがんだりしようものなら、後ろからオムツが丸見えになってしまうだろう。これは明らかに、先ほどまで由美が穿いていたスカートとは違うものだ。
「いやですっ、こんなスカート!。」
由美は思わず叫んでいた。
「あたしの……、あたしのスカート、返して下さい。」
だが美雪ら風紀委員たちは、由美のおろおろ声にも冷ややかな笑いを浮かべるだけだった。
「あらっ、意外だわね。由美ちゃんの私服チェックしたら、ミニスカートばっかしだったけど?。」
「そうそう、だから制服のスカートくらい高等部の生徒のように、ミニ穿かせてあげようかなって思ったのに…。」
美雪の声に続きサエまでもが、とぼけ顔でうそぶく。
 たしかに脚のラインには、由美も自信を持っていた。それゆえ彼女にとって、ミニスカートやキュロットスカートはお気に入りのファッションアイテムであった。スカートの裾から伸びる、大人っぽいバランスのとれたシルエットに、同性のクラスメイトまでもが溜め息をもらしたほどだ。
 だがなんと皮肉なことだろう。由美のお気に入りのファッションアイテムさえもが、強制的におむつをあてられた今、彼女に羞恥を与える道具となってしまうのだ。それを分かっていながら、美雪はなおも執拗に由美を責めなぶる。
「おゃれな由美ちゃんだもん。ミニくらい穿かしてあげるわ。」
「そっ、そんな!…。さっきまで穿いてたスカートは?…。」
「もう、しまっちゃったわ。だけど由美ちゃん、昨日はあんなダサいスカートいやだって、散々わめいてたじゃない。もう穿かなくていいのよ。」
「お願いです。さっきまでのスカートを返して……。」
由美の声はふたたび、涙声になっていた。だが、そんな由美の哀願をあざ笑うかのように、サエはゆっくりと首を横に振るだけだ。
「まっ、勝手な子ね。ひざ下スカートはカッコ悪いからいやだの、今度はミニはいやだの……。けれども今日から学校内と通学の時は、このスカートを着用してもらいますから。」
そう告げると美雪は指導室の扉を開け、外に出るよう由美をうながした。
「さっ、昼食の時間よ。食堂に行きましょう。ちょうど中学生たちが全員集まってるから、みんなの前でもう二度とオナニーしないと謝りなさい。そうしないと、だれも由美ちゃんと仲良くしてくれないどころか、口すらきいてもらえないよ。」
「あぁ…、まっ、待って……。待って下さい。」
由美はあわてて、助けを求めるかのようにサエの方を振り返る。だが、サエもにべもなく首を振りつづけるだけだ。
「さっ、行くのよ。」
サエのその言葉を合図に、由美は押されるように、部屋から連れ出された。

 高等部校舎の廊下はしんと静まり返っていた。まだ4時間目の授業が終わっていないのか、生徒はまだ教室の中のようだ。どこかの教室から、英文を唱和する女生徒たちの声が由美の耳にも届く。
 授業中だということが分かり、由美はほっと胸をなでおろした。これでせめて中等部の食堂に行くまでの間、自分のみっともない姿を同い歳の生徒たちにさらさずにすむ。それでなくても、足を前に進めるたびにまくれ上がるスカートのすそから、黄色いおむつカバーが見え隠れしそうなのである。とてもではないが、人前で歩けたものではない。
 それに加えて、何層にも厚く重ねられたオムツによって、どうしても足を閉じれないことにも由美は困惑した。厚いオムツ地が股間を割り開こうとするので、自然に不恰好なガニ股歩きになってしまう。
 18才もとうに過ぎた女性が中学生たちと同じ制服や、三つ編み髪を強制されるだけでも十分恥ずかしいのに、幼児のようにスカートの下にオムツをあてた姿などいったい誰が想像できようか。ガニ股歩きのまま風紀委員たちに連れて行かれる由美の姿は、ぶざま以外のなにものでもなかった。そこには昨日までの東京から来た、洗練された女性のイメージはすっかり封じ込まれてしまっていた。
 中等部の校舎に入り、食堂へ続く廊下の途中に階段があった。由美たちがその階段のあたりをさしかかったところで、階上から女生徒たちのざわめきが聞こえてくる。おりしも中等部では4時限目の授業が終わり、昼食に生徒たちが食堂へ向かおうとしているところだった。
 由美は思わず立ち止まった。無理もない。
とても自分のみっともない姿を、4才から6才も年下の中学生たちになぞ見られたくなかった。
「だれが止まれって言ったよ。」
風紀委員の美雪が由美の背中をこづく。
「あぁ、やっぱしイヤ…。こんな恰好、見られたくない……。」
「なに言ってるの。反省している姿をみんなに見てもらって許してもらわなくっちゃ……。」
「美雪さんの言うとおりですよ。まず同学年の児童たちと仲良くできているかどうか、それが更正カリキュラムを終了できるかどうかの大切なポイントよ。」
うつむく由美にサエが言い寄った。
就寝中にオナニーにふけっているところを中学生に知られてしまった以上、まず信頼を取り戻すことが先決であることは由美にも理解できた。
「やはりそのためには、由美さん自身の口から二度とオナニーをしないという反省の言葉を中学生の児童たちに伝えるしかないわ。さっ、行きましょ。それともいつまでも中学1年生のまま、卒業できなくていいのかしら?。」
いつまでも中学1年生のまま…、この言葉に由美はドキッとした。しかし更正カリキュラムを終えないかぎり、由美は高校3年生に戻れないのだ。
 サエにこう諭されると由美はうつむきながら、おむつのためガニ股開きになってしまう足を、いやいや食堂に進めるしかなかった。
(あぁ、だれも気付きませんように…。)
由美は息を殺して、自分の姿が中学生たちに気づかれないことをひたすら祈った。だが、これは無理な相談だった。ただでさえ由美は東京の高校に通っていた時も、クラスメイトの中では背の高い方だったのである。事実、モデルにもスカウトされそうになったこともあるスラっとした身体に、かつてのクラスメイトたちは羨望の眼差しを送ったものだ。それほど大人っぽい由美の身体が、中学生の中に混じって目立たぬはずがない。風紀委員たちに囲まれ、犯罪人のように連れられる由美の姿は、階段から降りてきた中学生たちの目にたちまちとまった。
「ねぇ、ちょっとあの子…。梓さんよ。」
「あぁ、けさ学園長に叱られてたオナニー娘ね。」
声をあげたのは中学2年生の女生徒たちだった。左右にたらしたお下げ髪を背中でひとつに結ぶヘアスタイルで2年生とわかる。中等部では三つ編み髪を普通に垂らせるのは3年生だけだ。、2年生は緑色のリボンで背中の真ん中で結び合わさねばならない。それだけでも幼く見えてしまうのに、さらに1年生はお下げ髪を耳元で、輪をつくるようにとめねばならないのである。これは、どの生徒が何年生であるかを、一目に区別できるようにするためのものだ。
 中学1年に編入させられた由美もこの校則に従わねばならなかった。そのため自慢のロングヘアを三つ編みにされた上に赤いリボンでとめられ、耳元で愛くるしくリングを結んでいる。しかも前髪は小学生のように眉の上でまっすぐ切り揃えられたため、ヘアスタイルだけ見ればとてもではないが18才の女性には見えない。
 そんな由美の姿に、2年生の女生徒たちのひそひそ声が見る間に広がっていった。
「みんなみんな、オナニーお嬢様よ。」
「やあねぇ。」
「淫乱…。」
「変態…。」
「聖愛の恥よ。」
口々に由美をののしる声が聞こえてくる。それも5才も年下の女子中学生たちからだ。
(あんな年下のこどもに言われるなんて……)
由美はくやしさに唇をかたく結び、うつむいたまま食堂に足を進めるしかなかった。だが、極端に短いスカートを履かされた由美の姿が、女生徒たちの目にとまらぬはずがない。
「ねぇ、あの子なんであんな短いスカート履いてんのかしら?。」
一人の女生徒の声に、大勢の視線がいっせいに由美の腰まわりにそそがれる。
「校則違反じゃないの?。」
「そうよ、あんなミニスカート…。」
「何様のつもりかしら。」
「でも風紀委員のおねえさま方といっしょよ。」
「なんか、わけありなのかしらねぇ。」
その言葉に由美はぎくりとした。死んでも自分がおむつをあてられているなぞ、5才も6才も年下の中学生たちに知られたくない。
由美は聞こえないふりをして、急いで食堂に足を運ぼうとした。だが股間に布おむつが厚めにあてられているため、思うように歩幅がのばせない。急ごうとすると、どうしても小走りにチマチマした歩き方になってしまうのだ。しかも股間のおむつのため、どうしても足が閉じられずガニ股ぎみになってしまう。
その姿はやっと歩行器から離れた幼児が、O脚のままパタパタと走りまわる様に似ていた。結果、皮肉なことに由美が急ごうとすればするほど、おかしな姿勢が目立ってしまうことになった。
「なんかへんよ、あの子…。」
「そういえば、お尻のところ妙にふくらんでない?。」
「歩き方もちょっとおかしいよね。」
どうやら幾人かの女生徒が、由美の不自然な姿勢に気づいたようだ。
(お願い…、あたしを見ないで。)
由美は心の中でひそかに祈った。だが生徒たちの追求は容赦なかった。次々と由美の衣装のおかしなところを発見しては、ひそひそ確認しあっている。
「それにあの手袋はなに?」
「そんなに寒いわけでもないのに……。」
中学生たちは、由美の両手首にはめられたヘビーミトンにも気づいたようだ。ピンク色の
このミトンは、由美がオナニーをした罰としてすべての指を使えないよう、彼女のしなやかな手先をすっぽりと包んでいた。
「ずいぶんカワイイ手袋ね。」
手の甲の部分にうさぎのアップリケがあしらわれた幼児向けのデザインに失笑が起きる。
由美は突き刺さるような女生徒たちの視線を背中に感じながらも、ようやく食堂にたどりついた。
 だが、これが由美にとって辱めのはじまりであった。食堂には由美が強制的に編入させられた中学1年生だけでなく3年生の生徒もすでに着席し、食事の号令がかかるのを待っていた。そこへ由美が風紀委員たちに連れられてきたため、さらに多くの視線が彼女に集まることになった。
 やはり生徒たちの目を引いたのは、まず由美の極端に短いスカートだった。中等部ではスカートの丈は膝小僧が見える長さ、と定められているため由美の姿はいやでも目立つ。
「キャハハハ……、見て、あの子!」
「まっ、どういうつもりかしら、中学1年生のくせにあんな短いスカート履いて…。」
入り口近くの席にいた女生徒たちから驚きの声がおこり、その声に皆の視線が由美の下半身にそそがれた。そして生徒たちのざわめきは奥の席にまで広がっていく。
(お願い…みんな見ないで……)
由美はうつむきながら、スカートを少しでも長く見せようと裾を引っぱろうとするが、吊りスカートを穿かされているため少しもずり下げられない。それどころか、赤い靴下バンドが見え隠れしそうなのだ。おむつをあてられているためタイツすら履けない由美は、かわりに厚ぼったい、綿の長靴下を履かされていた。肌色の長くつ下に赤い靴下バンドの取り合わせは、スカート裾から少し見え隠れしただけでも目立ってしまう。由美が長靴下を履かされていることに中学生たちが気づくまで、そんなに時間はかからなかった。
「ねえ、スカートの下から、なんか赤いのが見えてるよ。」
「なにかしら。」
「靴下止めよ、あれ…。」
「ホントだ。あの子、長靴下履いてるぅ…。」
「カワイい!」
6才も年下の中学生に『かわいい』と言われることほど由美にとって屈辱的なことはない。由美は顔を赤らめ、くやしさに唇を震わせる。だが女生徒たちの嘲笑はやむところをしらない。
「小学生みたい。」
「ほんとは高校3年なんでしょう。」
「どうしてタイツ履いてないのかしら。」
「それになによ、あの子供みたいな手袋…」
「おかしいわねぇ。」
うつむいて歩む由美の耳に、自分の姿を笑う女生徒とちの言葉が情け容赦なく飛びこんでくる。
 食堂の入り口から、由美のクラスである1年2組のテーブルまではわずか30メートル足らずであったが、席に着くまでの時間は彼女にとって、途方もなく長い時間に感じられた。だからようやく自分の席についた時は、女生徒たちがスカートの下のおむつに気づかなかったことに、由美は胸をなでおろした。
 だが安堵のひとときも、ほんのつかのまだったのだ。
「だれも座っていいなんて言ってないわ。」
風紀委員の美雪が脇をこづいた。
「そうよ、まずみんなの前で謝るのが先じゃないかしら。」
生活指導教官の岩松サエも冷ややかに同調する。
「でっ、でも……」
由美は当惑したようにかぶりを振った。
「あたし……私もう、じゅうぶんに反省しています。こんな恥ずかしい恰好でみんなの前になんて出られない……。」
「なに言ってるの。そもそもの原因はあなたが作ったのよ。あなたがオナニーさえしなければ、こんなことにはならなかったはずよ。」
それを言われると由美は返す言葉に窮してしまう。
「なんども言ってるでしょ。今あなたが一番しなければならないことは、あなたのクラスメイトや中等部のみんなへの信頼をとりもどすことなのよ。そのために必要なことは、あなた自身の口からふしだらな振る舞いをしたことを、みんなの前で詫びることじゃないかしら。」
「岩松先生のおっしゃるとおりよ。それに本当に反省の気持ちがあるのなら、素直な気持ちで謝ることくらい、簡単じゃないかしら。」
美雪も追い打ちをかけるようにたたみかける。
「だけど……。」
由美は当惑の表情をぬぐえなかった。無理もない。ただでさえいい大人が、中学生と同じ姿恰好をさせられているのだ。中学生の制服といってもどちらかというと小学生が着るような幼いデザインに、それだけでも十分すぎるほど恥ずかしい。しかも由美はスカートの下におむつまであてられているのだ。おまけにスカートは、いまにもおむつが見え隠れしそうなミニ丈である。幼児のようにおむつをあてられた姿など、なんとしてでも由美は5才も6才も年下の中学生たちになぞ知られたくなかった。
 だが次のサエの言葉で、由美のかたくなな抵抗も終わりを告げることになる。
「由美さん、あなたが今の姿が恥ずかしがるのはよくわかるわ。そりゃそうよね、高校も卒業間近のあなたが、子どものような恰好させられて、中学1年生のクラスで更正カリキュラムを受けているんですもの。でもそれは一時のことよ。それよりも、あなたがいつまでもカリキュラムを終えられないで、ずっと中学1年生のままでいることの方がもっと恥ずかしいことじゃないかしら。」
「そっ、そんなの…ぜったいにイヤです。」
由美は当惑しながら、大きく首を振る。冗談ではない。高校の卒業資格を取るために、いやいやこの学園に来たのだ。4ヶ月の辛抱だ、と言われて。
「じゃあ、早く謝ってしまいなさいよ。心から反省している態度をしめせば、うちの児童は皆いい子たちだから、許して仲良くしてくれねわ。」
「でも私……、いったいなんて言って謝ったらいいのか……。」
狼狽しながら首をふる由美に、サエたちはあきれたように溜め息をもらす。
「まっ、あんたって人は!。オナニーしたことをあれほど反省してるだの、もうしませんだの言ってるわりには、反省の言葉ひとつ言えないんですか。」
「いえ…、そうじゃないんです……。そうじゃなくて、みんなの前でそんな恥ずかしいこと……あたし……。」
由美の狼狽ぶりももっともである。いくら校則にそむいてオナニーをしてしまったことが悪い行為と認めはできても、それを全校生徒の前で自分の口から詫びるなぞ、屈辱以外のなにものでもないか。オナニーとは、女性がもっとも人に知られたくない行為なのである。ましてや年頃の女性が大勢の、それも自分よりはるかに年下の同性の前で、口にできることばではない。
 だがなんと残酷なことだろう。生活指導の岩松サエも、風紀委員の生徒たちも容赦はしなかった。サエたちにとっては、由美の抵抗は予期していたことであった。由美の抵抗を鼻で笑うかのように、サエは顔色一つ変えるまでもなく、平然と一枚の紙切れを手渡した。
「そう言うと思ってたわ。しょうがない子ね。
じゃあ、あなたが反省の言葉を言えるように紙に書いてきてあげたわ。これを読みなさい。それともいつまでも中学1年生のまま、聖愛女子学園に残りたいの?。」
「そっ、そんな……」
思わず口をついて出た由美の返事を待ちかねていたかのように美雪がうながした。
「さっ、早く。みんなあなたの謝罪の言葉を待ってるわ。」
耳打ちするようにささやくと、美雪はフロアに用意されたマイクスタンドの方へ出るよう、由美の背中をどんと押す。その勢いに由美ははんぱ放心状態のまま、のろのろとフロアに連れ出された。
 何列にも並んだ食堂のテーブル前のフロアには、一本のマイクが用意されていた。本来これは、中等部生徒が一同に会する昼食時に連絡事項を伝えるためのものである。まるで罪人のように前に連れ出された由美の姿に、中等部の女生徒たちからどよめきにも似た嘲笑がおこった。生徒たちは由美と岩松サエや風紀委員たちとのやりとりを、固唾をのんで見守っていたのである。
「静かになさい!。」
由美の学級担任である佐々木佳江が女生徒たちを怒鳴りつけた。佳江の剣幕に、食堂は水を打ったように静まり返った。
「それでは食事の前に1年2組の梓由美さんから皆さんへ、今朝の一件について謝罪の言葉を申し上げたいそうです。みんな静聴するように。」
今朝の修身の時間に、由美は全校生徒の前で山村学園長より昨晩の自慰行為についてきびしくとがめられた。しかもその後、由美が高等部の風紀指導室に連れて行かれたことは全校中のうわさになっていた。だから女生徒たちは、由美がいったいどんな罰を受けたのか気になっていたのである。どの女生徒たちも好奇の目で、由美の口からでる言葉を一言も聞き漏らすまいと耳をかたむけている。
「さっ、由美さん。どうぞお話なさい。」
佳江は由美の前にスタンドマイクを置いた。
由美の手にはミトンがはめられていたが、佳江は由美が読み上げられるように紙切れを両手にはさんでやった。
由美は羞恥で顔面蒼白だった。だが、由美はもうわかっていた。もはや自分から反省の言葉を口にしない限り、許しをもらえないことは明白であった。
 由美はふるえる手でメモを広げると、一呼吸おいて意を決して口を開いた。
 『ちゅ…中等部のみなさん、1年2組の梓由美です。皆さんもご存じのように、わたしは……。』
そこまで読み上げて、由美はゴクンと生唾を飲み込んだ。胸がバクバク高鳴っているのがわかる。
『わたしは…わたしは聖愛女子学園の一児童として、してはならぬことをしてしまいました。』
児童という言葉を口にさせられ、由美の顔面は気持ち火照ったようだった。
(私はもう大人なのに……)
恥ずかしさと同時にくやしさが込み上げてくる。しかし次に続く言葉を目にし、由美はますます顔面を紅潮させた。よく見ると、かなり困惑したような表情である。
 次の言葉がなかなか切り出せない由美に見かねて、今度はサエが由美の耳元でささやいた。
「早く読んでしまいなさい。どうせもう、みんなにも知れてしまったことなんだから。」
そのようにうながされると、由美はあきらめの表情を浮かべながらも、意を決したように口を開いた。
『……わ……私が、オ……オナニーという最もはしたないことをしてしまった原因は、私自身の気持ちの甘さにあります。私は自分を戒め、聖愛女子学園の規律を身につけるため、中等部の一年生に編入したはずでした。なのに私は、東京での自堕落な生活態度から抜けきれず、皆さんを裏切るような破廉恥な行為をしてしまいました。私の心の中には悪い大人の習慣が残っていたと反省しています。』
中等部の女生徒たちは、こんどは水を打ったように静まりかえり、由美の言葉に耳を傾けている。由美は一呼吸おいて、言葉を続けた。
『私は、今こそ悪い大人の心を捨てようと決心いたしました。そして今日からは聖愛女子学園での生活の中で、淑女として正しい大人に生まれ変わりるよう努力いたしたいと思います。そのために……』
 そこまで読み上げたところで、謝罪文は次のページへと続いていた。ミトンをはめられメモをめくれぬ由美のために、担任の佐々木佳江がめくってやったとたん、彼女の顔からみるみる血の気が引いていった。
「どうしたの、早く読みなさい。」
そのようにせかされても、今度ばかりは由美は読み続けることができなかった。
「なにやってるの、早く。」
サエも怪訝な表情をのぞかせる。だが由美は茫然とつったったまま、手にしたメモをこきざみに震わしたままだ。
「こっ、こんなこと私……、人前でなんか言えない…。」
由美はぽつりとつぶやいた。その声はほとんど涙声であった。
「なに言ってるの、今ここで反省している姿を見てもらって、みんなの許しをもらわなくちゃあ。」
「だけど、だけど……」
「じゃあ聞くけど、人前でも言えないような恥ずかしいことをしたのはいったい誰ですか。」
「…………」
「そら、なにも言えないでしょう。なのに反省の言葉も無いということね。そういうことね。」
 しかし念を押すような佳江の強い語気にもかかわらず、さすがに今度ばかりは由美に謝罪の言葉を続けさせることはできなかった。
「……う、……、けれど……わたし……、こっ……こんな……ヒっ、ひっく……」
由美は突然しゃっくりをあげ始めた。それでなくともたどたどしい由美の謝罪の言葉に聞き入っていた女生徒たちは、何事がおこったのかと隣どうし顔を見合わしている。
「こんな……はずかしいこと……、こんな……はずかしいこと……うっ、うっ、…うっっ……」
由美の口からは絞り出すような嗚咽がこぼれはじめた。そして謝罪の言葉を続けることもなく、由美はその場に泣き崩れてしまったのである。
 思いもかけぬ成り行きに、中等部の生徒たちはあっけにとられ、しばし沈黙が続いた。だがほどなくすると、その静けさは戸惑いのざわめきに変わった。無理もない。生徒たちの目から見れば、中学生の恰好をさせられているとはいえ、由美は自分たちよりはるか年上の女性なのだ。そんないい大人が中学生たちの前で、先生に叱られた子どものように涙しているのだ。それも尋常な泣き方ではない。
「あの子、どうしちゃったのかしら?」
食堂では私語を慎む、という規則も忘れ女生徒たちの間からは、由美をいぶかる声があちこちから漏れ聞こえる。生徒たちにしてみれば、どうして由美が急に泣き出してしまったのか、事情が見えないのだから無理はない。
もちろんその声は、由美の耳にも届いていた。だが、それでも由美の嗚咽は止まらなかった。
「……うぅ、……いやだ……もう、いや……」
全校生徒の前にもかかわらず臆面もなく涙する由美の姿からは、もはや大人の面影は消え去りかけていた。
 もはや誰の目から、由美にこれ以上謝罪文を読ませることは無理なように見えた。担任の佐々木佳江も困ったような表情を浮かべ、岩松サエと小声で何やら交わしている。しかし困惑顔の佳江とは対照的に、サエは妙に落ち着き払っていた。それはあたかも、こうなることを予想いていたかのようだ。泣き崩れる由美などまるで眼中にないような表情で、サエは今井美雪ら3人の風紀委員を手招きで呼び寄せると、何やら耳打ちした。
いったいサエは、美雪たちに何を命じたのだろう。
 なにかを告げられた美雪は我意を得たりといいような顔つきでにんまりと微笑むと、床に落ちていたメモ用紙を拾い上げた。これは先ほどまで由美が読み上げていた謝罪文が書かれていたものだ。美雪の動きに合わせて、美雪以外の3人の風紀委員たちが微笑みながら、うずくまったまま泣きじゃくる由美に背後から近寄る。そして彼女を左右からはさむと、なにやら耳元でささやいた。どうやら、なぐさめの言葉を由美にかけているようにも見える。
 やがて由美は風紀委員たちに抱えられながら、よろよろとゆっくり立ち上がった。
「さあさあ、いつまで泣いていると本当の中学生たちに笑われてしまいますよ。」
「はい、おはなをかんで…。」
一人の風紀委員が由美のきりっとした鼻すじにティッシュを当てがうと、鼻をかむように命じた。由美はいやいやしながらも、急に呼吸を妨げられたため、いやおうなしにチンとかんでしまった。その音はそばにたてられたマイクを通して、中等部の女生徒たちの耳にも届く。あまりのあどけない由美の仕草にかすかに笑いがおこった。由美も高等部の風紀委員たちも同い歳のはずなのに、だれの目にも由美の姿はお姉さんになぐさめられる幼児のような姿にしか写らなかった。
「さて、児童の皆さんは静粛に……。」
サエがおもむろに切り出した。生徒たちは再び静まりかえる。
「皆さんもご覧になったとおり、梓さんも相当反省しているようです。」
そこまで口にすると、サエは由美の方を向き直り話を続けた。
「梓さんは二度とオナニーをしない、という誓いの気持ちを聞いてもらって、また皆さんと仲良くなりたいんだそうです。そうですね、梓由美さん!」
更正カリキュラムはクラスメイトの過半数の信頼を得ないと終わらない、という担任の佐々木佳江の言葉を思い出した。
それゆえこのような尋ね方をされると、さすがの由美もイヤとは言えない。
「うっ、うっ……」
由美は嗚咽をこらえながら、小さくうなずくしかなかった。オナニーという最も人に知られたくない行為を、大勢の前であからさまに咎められるみじめさに、由美の目からふたたび涙がこぼれる。
 しかし、これもサエのもくろんだ誘導尋問であることに由美は気づかなかった。
「だけど謝罪文を読みながら、由美さんは自分が犯した罪の重さと恥ずかしさに、涙してしまったんですよね。そうですよね!。」
これも由美は黙ってうなづくしかない。由美はこれ以上、中学生たちの前で謝罪文を読むのだけは堪忍してほしかったのだ。
「あなたがご自分のはしたない行為を深く恥じて涙するのも、反省のあかしと先生たちは信じています。けれども梓由美さんは中等部1年2組での更正カリキュラムを終え、一日も早く高等部3年に戻らねばなりません。あなたもそれを希望していると思います。そうですね。」
こんどの問いかけは、先ほどより妙に柔らかかった。早く高等部にもどらないと卒業すらできないことは、由美にも痛いほどよくわかっているはずだ。だからサエも再確認するかのように、意地悪く問うたのである。当然、由美もだまってうなづくしかなかった。
「その為には、1年2組のおともだちに由美さんを信頼してもらえるようになるのが先決だということは、18才のあなたなら十分わかりますね。」
幼い恰好をさせられているだけで恥ずかしいのに、本当の自分の年齢を中学生の前で公表され、由美は顔を赤らめながら小さくうなづく。
「それにはやはり、由美さんから反省の気持ちをしめさねばなりません。しかし、こんなに泣かれては謝罪文も読めそうにありませんね。ではこうしましょう。あなたが今流している涙は、あなたの反省のあかしの一つと好意的に受け止めてあげましょう。けれども謝罪文は風紀委員の今井美雪さんに代読してもらいます。」
「………!」
由美が何かを叫ぼうとした。だがその前に、ひとりの風紀委員の手が由美の口をすばやくおさえる。同時に二人の風紀委員が由美の両腕を後ろ手にしぼりあげる。すばやい動きは運動神経のよい由美にさえ抵抗する時間を与えなかった。それどころか、腕を逆手にとられた痛みから身動きできないまま、由美は大勢の生徒たちの前で立たされた恰好となった。
「いっ、痛ぁーい!。」
由美の顔が苦痛にゆがむ。だが風紀委員たちは、掴んだ腕をゆるめようとはしなかった。逆手でとられているため、由美は腕をふりほどくどころか抵抗すらできない。その横を美雪が勝ち誇ったような笑みをかすかに浮かべ、通り過ぎていく。
「あぁ、今井さん、お願い……。読まないで。」
痛みをこらえ、哀れっぽく嘆願する由美であったが、今井美雪は耳を貸すそぶりすら見せない。
 そして美雪がマイクに歩み寄った時、由美の顔に絶望の表情が浮かんだ。
「中等部のみなさん。今、岩松先生からお話があったとおりです。梓由美さんに代わって、謝罪文の続きを代読します。。」
ゆっくりと中等部の女生徒たちを見渡しながら、美雪は告げた。獲物をねらう鷹のような美雪の目つきに、中等部の生徒たちは再び静まりかえる。風紀委員の美雪は女生徒たちから岩松サエとならんで恐れられていた。これまでも美雪に風紀指導室へ連れて行かれたクラスメイトを生徒たちはなんども見てきた。そしてどんな目にあったかも……。だから今回、由美がどんな懲罰を受けたのかも、生徒たちは興味しんしんだったのである。
 今や由美以外の誰もが、美雪の次の言葉を待ちかまえていた。そんな中、みんなの期待に応えるようにマイクを通した美雪の声が、静まりかえった生徒たちの耳に届く。
『代読します。……わたくし梓由美は悪い大人の習慣を絶つため、先ほど風紀指導室にて次の処置を受けました。まず二度とオナニーができないよう、私の悪い指をぶ厚い手袋でくるんでいただきました。』
生徒たちの中からクスクスと笑い声がおこる。美雪はもったいぶるかのように一呼吸おくと、続くくだりをさも強調するかのようにゆっくりと読み上げた。
『それから私のはしたないお股のところには、風紀委員のおねえさま方に分厚くおむつをあてていただきました。』
そこまで美雪が口にしたところで、女生徒たちの中から「えぇーっ、」という驚きの声が思わずわき起こった。同時に全校生徒の視線は美雪から由美の方に向けられた。
(ついに知られてしまった……)
由美は思わず、ミトンをはめられた両手で顔と耳を覆おうとした。だが両腕を逆手に捕らわれている状態では、それもかなわない。由美に許されたことは羞恥に顔赤らめ、うつむくことだけであった。
 一方、生徒たちの驚きの声はみるみる食堂中に広がり、次第にその声はキャハハハ……、という女学生特有の屈託のない笑い声に変わっていった。
「えぇっ、うっそー。おむつだってぇ…。」
「やだぁ、信じられない。」
「18才だというのに……。」
「まさかぁ……、本当なの?」
由美のプライドをズタズタに切り裂く言葉が、情け容赦なく耳に飛び込んでくる。
(あぁ、お願い……。これ以上、もう……。あたし……死んでしまいたい)
込み上げてくる羞恥に耐えきれず、由美はその場にしゃがみこもうとした。だがそんなささやかな由美の抵抗も、腕を背後にねじ上げられているため、妨げられてしまった。
 この場から逃げ出すこともできず、羞恥に身をよじる由美。そんなみじめな由美の姿を横目に、美雪の代読は無情に続いていった。
『おむつを当てていただいたのは、私が無意識に自分の性器をさわらないようにするためだけでなく、おむつを身につけることで大人のプライドを捨て去るためです。私は今、18才です。けれども中等部1年生に在籍する間は大人としての自分と決別し、子どもの時の純真な気持ちを取り戻せるよう努めます。そして東京での自堕落な生活を反省し、悪い大人の習慣を絶つことを誓います。中等部のみなさん、どうか梓由美をもう一度、聖愛女子学園の児童としてあたたかく迎えてください。そして私が中等部でのカリキュラムを終え、立派なおとなとなって高校3年に戻れるようご指導下さい。』
美雪がしゃべり終わったあと数秒間、食堂内は水をうったように静まりかえった。由美がおむつを当てられた理由を聞かされ、生徒たちは一瞬、言葉を失ったのである。美雪の代読が終わった今、中等部の女生徒の耳に聞こえてくるのは由美のすすり泣きだけであった。
 だが女生徒たちの驚きは、これでおしまいではなかったのだ。間髪を入れず、サエの声が食堂中に響き渡った。
「さぁ、由美さん。ご自分の反省している姿をみんなに見てもらいなさい。」
そう叫ぶと、サエは身動きできない由美の吊りスカートの裾をつかむと、なんということであろう…、いきなり上にめくり上げたのだ。あまりに突然のことに由美はなすすべがなかった。あっと思った時には、吊りスカートの両裾はサエの手で、すでに胸の当たりまで持ち上げられていたのである。同時に女生徒たちの目の前に、由美のヒップを大きく包むように当てられたおむつが現れた。
「あっ!!」という生徒たちのどよめき。
しかし誰よりも驚いたのは当人であろう。
 あまりに突然のことに、由美は自分が何をされているのか、一瞬理解できなかった。だが目の前まで持ち上げられたスカートの裾を目にして、由美は自分が今、どんな姿を中学生たちの前にさらしているのか、ようやくさとった。
「いっ、いやァァァぁぁ……!」
悲鳴にも似た由美の叫び声が食堂内に響く。
(これは夢ではないのか……)
由美はそう思いたかった。だがそれは紛れもなく現実であった。その証拠に、スカートをめくりあげられると同時に、東北の冷たい風がおむつにつつまれた由美の下腹部をスーとなでていくのを感じたからである。そして食堂内にいるすべての生徒たちの視線が、自分の下半身にくぎづけになっていることも……。
「いやァァァぁぁ!……いやァぁ!……」
由美はすっかり動転していた。そして無我夢中で風紀委員たちの手をふりほどこうと身をよじる。なんとかこの場から逃げ出したい一心からであろう。だが風紀委員たちに両腕を逆手にとられている上、美雪が背後から羽交い締めで押さえ込んだため、身動きすることすらままならない。
「いやっ、いやっ……!」
狂ったように泣き叫ぶ由美。
おむつを当てられた姿をさらけ出された恥ずかしさ、そして腕をとられた苦痛に顔をゆがめる彼女の耳に、サエの声が無情に響いた。
「みなさん、これが梓さんの反省している姿ですよ。」
再び女生徒たちの中からどよめきが起こる。
先ほどのどよめきは由美がおむつを当てていることを告げられたものの、それに対する猜疑心の入り混じったものであった。なぜなら生徒たちにとっては、18才にもなる女性が病気でもないのに、おむつをあてること自体が現実に理解できなかったのである。
 だが今度のどよめきは明らかに違っていた。生徒たちの目の前に、レモンイエローのふっくらしたおむつカバーに覆われた、なまめかしい由美の下半身がさらされたからである。中学生たちにとっては、それだけでも大きな驚きであったにちがいない。中学生たちにとってもおむつなど、はるかに遠い過去の衣装である。そんな幼児しか身につけることのないこの衣装を、よりによって自分たちより年上の、成熟した女性が身につけているのである。これが驚かずにいられるだろうか。
しかもおむつカバーには、チューリップ柄の花模様がかわいらしく散りばめられ、おまけに前当て部分にはクマの顔が描かれているではないか。このおむつが大人用のものではなく、幼児用のデザインのものであることは中学生でもわかった。
 あまりに奇異な由美の姿に、度肝を抜かれたような中等部の女生徒たちだったが、そのアンバランスな取り合わせにいつしか、どよめきは笑い声へと変わっていった。
「まっっ!!……」
「うっっ、ウッソー!!……」
この絶句にも近い驚きの声をかわぎりに、生徒たちのありとあらゆる驚きの声と笑いの渦が、由美を襲った。
「はっ、ハッハハ……」
「なにっ、あれ…。」
「きゃっ、ホントおむつしてる、あの子…。」
「やっだァ!」
「信じらんないよぉ!。」
「カワイすぎ〜。」
笑いの渦は最前列のテーブルから、奥のテーブルの生徒たちにまで、またたくまに広がっていった。
 今や食堂にいるすべての中等部の女生徒たちが、由美のおむつ姿を好気の眼差しで見つめている。中にはテーブルをドンドン叩きながら笑い転げる者までいるではないか。
(あぁ、みんなが私を見てるぅ…)
由美はこの場から消え入れたい思いだった。
できることなら舌を噛み切って死んでしまいたいくらいであった。だがそんな由美の気持ちとは裏腹に、女生徒たちの情け容赦ない嘲りの言葉は留まるところを知らない。その理由は、下腹部をおむつに包まれた由美の滑稽な姿のせいだけではなかったのだ。
 女生徒たちの目にさらに奇異に映ったのは、もっこり膨らんだおむつから伸びる由美の両脚だった。本当なら、モデルと見まがわんばかりの引き締まった由美の脚線美に、誰もが溜め息をついたことだろう。しかしスリムなはずの由美の脚線は、そこには無かった。
なぜなら彼女は、肌色のぶ厚い長靴下を履かされていたからである。
 聖愛女子学園の中等部では、校則により冬は学園指定のタイツをはかねばならない。それでなくても厚ぼったい肌色タイツは、中学生が履くにはどことなく幼児っぽかった。ところが由美が着用しているのは、同じ色の長靴下なのである。それもごていねいなことに、赤い靴下バンドで留められているため、なおのこと中学生よりも幼く見えてしまう。せっかくの由美の脚線美も、こんなダボッとした長靴下を履かされては台無しである。しかも股間に当てられたおむつ布のために、両脚はとじ合わせることもできず、みっともなくO脚に開いたままだ。
 まるで幼児のようなこの履きざまも、女生徒たちの失笑に一役かったのは間違いなかった。
「わかったよ。あの子が長靴下履いているわけ……。」
中等部2年の女生徒だろうか。ひときわ通るその声に、多くの女生徒の目はおむつだけでなく、の厚ぼったい長靴下にも注がれていた。
「あんなおむつしてたんじゃあ、タイツなんか履けないはずよ。」
「そうだったんだぁ。」
まわりの生徒たちも納得したようにうなづく。
 確かに幾重にも重ねられたおむつのせいで、由美の腰からヒップを包むおむつカバーは風船のように膨れていた。これではとてもではないが、タイツなど履ける状態ではない。大腿までの長靴下をあてがわれても、文句は言えなかった。
「それにしても、あの靴下留めはないよねぇ。」
「ほんと、ガキじゃあるまいし……。」
5才も年下の中学生にガキと言われ、由美は恥ずかしさに加え、惨めさももはや限界に達していた。
「岩松先生、おっ…お願いです。もう堪忍して下さい……もう堪忍……。」
由美はあまりの羞恥と惨めさに、今にも気を無くしてしまいそうであった。もはや抵抗する気力もなく、美雪ら3人の風紀委員たちに押さえつけられたまま、サエの手によってスカートを全校生徒の前でまくり上げられた由美。その時間は実際にはほんの数十秒ほどであったにちがいない。だが由美にとっては、とてつもなく長い時間に感じられた。
「堪忍して……堪忍して……」
目に涙をこぼれんばかりに溜め、うわごとのように繰り返す由美の姿に、岩松サエははじめて満足げに微笑んだ。そして胸のあたりまで持ち上げていた由美のスカート裾からやっと手を離す。ふたたび由美のおむつカバーは、ミニ丈のスカートによってかろうじて覆い隠された。
「さあ皆さん、見ていただけましたか。このように梓由美さんは本当におむつを当てて、オナニーしたことを反省しています。」
サエの言葉にざわついていた女生徒たちは、ふたたび静まりかえった。しんと静まりかえった中をサエの声のみが響きわたる。
「梓さんは、おむつを身につけることで大人の自分と決別し、今日から中学1年生からやり直そうと決心していることが、皆さんにもお分かりいただいたと思います。そうですよね!。」
強い語気に押され、生徒たちは思わずコクリとうなづく。サエはふたたび満足そうに生徒たちを見まわすと、話を続けた。
「では中等部のみなさん、今日からは梓さんともういちど、お友達になってあげて下さいね。それから梓さん、あなたは心から中等部1年生になりきって学園生活を送ること。みんなと仲良くなれない間は、更正カリキュラムは終わりませんからね。わかった?。」
更正カリキュラムが終わらないということは、いつまでも高等部3年に戻れるないことを意味していた。そして高等部3年に戻るまでは卒業はおろか、中等部1年生のまま留年せねばならないということも……。
 はたして、こんな理不尽なことが許されるものだろうか。だが、これが聖愛女子学園の教育なのだ。この学園ではこれまでも自力更生という建前のもと、この不条理な留年がまかり通ってきたのである。
 高校も卒業間近な年頃の女性が、卒業もできないばかりか中学1年生のまま留年……。これまで自由できままな人生を謳歌してきた由美にとっては、身の毛もよだつ話であった。
なんとしてでもこのような事態だけは避けねばならない。だいいちそんなことになったら、東京にもどれない。恋人の健也との新しい暮らしも、ご破算になってしまうではないか。由美は人生の歯車が狂いだしているような感覚におそわれた。
 由美が高等部3年にもどり、この学園を卒業するために残された道は、もはや一つしかなかった。それは、中等部1年のクラスでの更正カリキュラムを、一日も早く終えることであった。
 由美は目に涙を浮かべ、ようやくサエの問いかけに小さくうなずいた。その仕草にサエは満面の笑みを浮かべた。
「ようやく決心がついたようね、梓さん。
では席に戻ってよし!。」
サエのこの号令のような一言で、ようやく由美は解放された。


15 お食事

 ようやく昼食の席にもどることを許された由美。だが全校生徒に自分のおむつ姿を見られてしまった恥ずかしさで、席についた後もうつむいたままであった。食事の開始を告げる声も、由美にはまるで耳に入らないようだ。
「これから昼食に入ります。」
3年生による号令で、中等部の生徒たちはいっせいに昼食のカレーライスを食べ始めた。なにしろ、育ち盛りの中学生である。しかし由美はふさぎ込んだままだ。同じテーブルに座る1年2組の女生徒たちの半数は、そんな由美の仕草を戸惑いの表情で、残りの半数の生徒たちは面白半分でながめている。
 しかし、それは無理のないことだ。中学生たちにとってみれば、自分たちより6才も年上の女性が同じ中学生の制服を着せられ、中学1年生の仲間入りをさせられているのだから。それだけでも十分に滑稽なのに、由美はおまけにオムツまで当てられているのである。まるで童女のように。
 中学生たちにとってもおむつは遙か昔の思い出であろう。ましてや高校も卒業間近の由美にとって、オムツの着用は拷問のようなものであった。昼食のカレーライスが配られても、とてもではないが喉をとおらない。
 由美の食が進まないのにはもう一つ、理由があった。それは量の多さである。ダイエットを心掛けている彼女にとっては、目の前のカレーライスは普段の3倍近い量が盛られていた。見ただけでげんなりしてしまう量に、由美は思わずそっぽを向いてしまう。その時である。
「由美ちゃん、だめよ。しっかり食べなくちゃあ……。」
聞き覚えのある声が由美の背後から届いた。ハッとして振り返ると、声の主は保健委員の水野京香だった。由美と同い歳の高校3年生である。彼女は昨日、由美の身体検査にずっとつきそっていた。京香は昨日と雰囲気を少し変えて、ダンガリーシャツの袖をザクッと折り返し、モスグリーン系のチェック柄ミニと組み合わせていた。いかにも今風な着こなしである。吊りスカートに丸襟ブラウスという、中等部の制服を着せられている由美と対照的である。
「由美ちゃん、ずいぶん可愛くなったわね。更正カリキュラム受けることになったんだって?。」
京香は屈託のない笑顔で話しかけてきた。
(なんて白々しい子だろう。)
由美はムッとした表情で、なにも答えなかった。昨日は由美の大人っぽいファッションをさんざん褒めておいて、それはないだろう。
だが京香の表情を見る限り、決していやみで言っているわけではないようだ。京香の顔は、本当に由美の健康を心配しているかのごとく、真剣な表情なのである。
「昨日からぜんぜん食べてない、って保健の
相原先生がおっしゃってたものだから心配してたんだよ。」
「だけど、私……。とてもじゃないけど食べれない…。」
京香の白々しさにムッとしながらも、由美は重い口を開いた。
「そりゃ、いきなり中学1年生のクラスに入れられてショックなのわかるよ。でも相原先生に昨日も注意されたじゃない。由美ちゃんは学園生活の中で規則正しい食生活をしなけりゃ、ならないって。」
「そりゃ、そうだけど……。」
「きちんとした食生活をできてるかどうかも、更正カリキュラムの課題のひとつよ。それに由美ちゃんの便秘の原因も、不規則な食生活からだって昨日、言われたよね。」
いきなり大勢の中学生たちの前で、自分の便秘のことをあからさまにされ、由美は狼狽した。1年生たちのなかからクスクス、笑い声が漏れる。
(この子、なんていうことを……)
由美は顔を赤らめながら、うらめしそうに京香をにらみつけた。
そんな様子に見かねてか、今度は保険医の相原さゆりが由美に注意を与える。それはいつになく、きびしい口調であつた。
「由美さん、昨日までは大目に見ましたけどね。今日からは更正カリキュラム中の身ですよ。中等部の食事は、児童の栄養価も考えて献立を組んでいます。出された食事は残さずに食べるように…。お約束できますね。」
幼児をたしなめるような口調に、由美と同席していた中学生の中からふたたび失笑がわく。成人に近い女性にわざと子供扱いする言葉を用いることで、大人として認めてもらえない屈辱感を味あわせるのは、さゆりのお手のものだ。
「先生、許して下さい。あたし、こんなにたくさん、とても食べられない……。」
由美は困惑しながら答えた。だが、さゆりは冷たく首を振る。
「由美さん、昨日の身体検査の時にも話したけど、あなた少し痩せすぎよ。今日からはダイエットや、スリムになろうなんて大人が考えるようなことは、いっさい忘れてもらいますからね。」
「そっ、そんな……。」
あまりに女心を無視した、無神経なさゆりの言葉に、由美は思わず絶句した。
 スレンディなボディラインは由美の自慢のひとつだった。お気に入りのサーファールックに身を包みさっそうと街を歩く姿に幾人の男性が振り返ったことだろう。由美自身も高校を卒業したらモデルを目指してみようかと、心密かに思っていた。それゆえシェイプアップには人一倍、気をつかってきたつもりだ。悪魔の教官たちは、そんな由美のスリムな体をぶざまに太らせ、彼女の魅力も将来の夢も何もかもを台無しにしてしまおうというのだ。
「もう由美ちゃんは、中学1年生になったんですからね。更正カリキュラムが終わるまでには、ぷくぷく太った、健康優良児の由美ちゃんに生まれ変わってもらいますよ。わかったわね。」
「……ひっ、ひどすぎますぅ…。東京の友達に会えなくなるぅ……。」
由美は今にも泣き出しそうな、情けない表情になっていた。
「あらっ、東京のおともだちだって、コロコロした由美ちゃんの方がかわいい、って言ってくれるかもよ。ウフフッ……。」
「……そんな、イヤだぁ…イヤぁ……。」
由美は、ベビーミトンをはめられた両手を顔に押し当て、かぶりを振る。いったい年頃の女性にどこまで残酷な仕打ちを与えれば、彼女らは気が済むというのか?。
 だが次のさゆりの言葉は、由美をさらに動転させた。
「由美さん、ベヒーミトンとおむつは明日まではずれませんからね。ミトンしたままじゃあ、スプーンも持てないでしょう。保健委員の水野さん、食べさせてあげて。」
由美は耳を疑った。
「なっ、なんですって……!。わたしは赤ちゃんじゃありません。食事くらい自分でできます!。」
「あらあら、すごい剣幕ね。じゃあ、持ってごらんなさい。」
突き放すようなさゆりの言葉に、由美はあわててスプーンをつかもうとする。だがツルツルしたナイロン素材のミトンのせいか、スプーンは由美のミトンの間からスルリと抜け落ちるばかりだ。由美は焦った表情で何度も試みるが、結果は同じだった。あげくにスプーンをすべらせ、床に落っことしてしまう。
「あらあら、うちの中等部の児童たちだって、食事中にスプーンを落としたりしませんわ。」
冷ややかなさゆりの一言に、由美は唇を噛みしめる。
「やっぱし水野さんに食べさせてもらしかないわね。じゃあ水野さん、お願いするわ。」
「そんな……、この手袋をはずして下さい。」
「さっきも言ったでしょ。ミトンとおむつは明日まで着用してもらいます。オナニーした罰よ。」
「だけど、これじゃあ何もできません。スプーンも持てないし、鉛筆もにぎれません。着替えだって……。」
だが今度は、いつの間にもどって来たのか、担任の佐々木佳江の声が、由美の背後から届いた。
「ふふ…、その心配には及ばないわ。あなたの身のまわりの世話はクラスメイトたちにやってもらうから。」
由美は一瞬、キョトンとした表情になった。佳江の口にした意味がわからなかったのだ。
そんな由美の顔を楽しむかのように、佳江はわざとゆっくりした口調で続けた。
「つまり食事もお着替えもノートをとるのも、なにもかも1年2組のお友達に手伝ってもらいます。あしたまで由美ちゃんはひとりでは何にもできない赤ちゃんなのよ。」
「そっ、そんな……!。いったい、なんのために……。」
由美の声は可哀相なくらい震えていた。
「あらっ。まだ、わからないのかしら。由美ちゃんはこれから本当の幼児になるの。そうすることで一度、大人の気持ちをきれいに洗い流してもらいます。そしてもう一度、今度はオナニーなんかしない、うちの学園にふさわしい大人として生まれ変わるの。今日からは由美さんを徹底的に幼児として扱いますから。」
「ひっ、ひどい!……」
由美は涙をため、恨めしさと情けなさの入り交じった表情で佳江を見つめた。こども扱いされるのがなによりも嫌いな由美にとって、これは拷問に等しかった。それでなくても子供っぽい中等部の制服を着せられ、しかもおむつまで当てられているのである。
 だが保険医の相原さゆりの言葉で、由美のささやかな抵抗は微塵にも砕けてしまった。
「由美ちゃん、ちょっとの辛抱よ。更正カリキュラムさえ終えれば高校3年にもどれるんじゃない。頑張ってみなさい。」
そう告げると、さゆりは保健委員の水野京香にそっと目配せした。
「さっ、由美ちゃん。ごはんにしよう。」
さゆりの合図に気づいた京香はそう声をかけるや、いきなり由美の前に置かれたカレーライスを一さじすくって、由美の口元に運んだ。
「いっ、いやっ!」
つきつけられたスプーンに反射的に顔をそむける由美。だが背後からのびた佳江の指が由美の頬をつかむや、あごのつけねを左右から押し開く。
「あぅぅ……。」
痛みに耐えかね、由美の口元がおもわず半分ほど開かれたところに、スプーンが由美の華奢な口元に分け入っていく。
「ウッ」由美は吐き出すわけにもいかず、おもわずゴクリと飲み込んでしまった。
「だめじゃない。ちゃんと噛まなくちゃ。」
さゆりの叱責がとんだ時には、早くも二さじめが由美の口元に運ばれていた。
「やだ!……」
まるで母親にごはんを食べさせてもらう幼児のような屈辱的な扱いに、由美は顔を赤らめながらふたたび顔をそむける。その仕草のため、由美の口元にはカレーのルーがべっとり付着してしまった。
「あらあら、なんですか。こどもみたいに……。」
佳江はわざとおどけたような声をあげると、ハンカチで由美の口元をぬぐった。それはまだ食事もできない赤子に、ごはんを与える母親のそぶりとなんら変わりはなかった。
「キャハッ、かわいい。」
あまりの子供扱いに、由美の様子をながめていた中等部生徒たちの間から失笑がもれる。6才も年下の中学生にカワイイとからかわれ、由美の顔はますます赤く染まっていく。だが教官たちの辱めは、これで終わりではなかった。
 佳江の声に同調するかのように、さゆりが京香に命じた。
「これじゃあ、せっかくの可愛いブラウスも台無しじゃない。しょうがない子ね。仕方ないから京香さん、あれも用意してあげて。」
「はい。」
京香はとつぜん由美の食事を中断し、席を立った。
(あれって、いったいなんのことだろう。)
由美は混乱する頭のなかで考えた。しかしその謎が解けるまで、たいした時間はかからなかった。ほどなく手にピンク色のタオルのようなものを手にして、京香がもどってきた。
「さっ、これでこぼしても大丈夫だからね。」
京香は微笑むと、いきなり手にしたタオルのようなものをバサッと広げるや、背後から由美の首にまわした。なんとそれは、赤ん坊が食事を与えられる時にするよだれ掛けであった。しかもパステルカラーのタオル地には、何羽ものヒヨコの絵がプリントされているではないか。
 京香はよだれ掛けの紐を手早く由美の首に巻きつけた。あどけないデザインが、ますます中学生たちの笑いを誘う。しかもよく見ると、そのサイズは明らかに幼児用のものではなかった。愛らしいヒヨコのデザインなど、幼児ものであるのは確かだが、大きさに関しては妙に違和感があるのである。
 その理由は簡単であった。身長や体つきも十分に大人である由美にも合うよう、このよだれ掛けは幼児サイズを拡大して、保育科の女学生たちに作らせたものだった。
「いやぁ、水野さん。やめてェェ……!。」
由美はすっかり動転してしまった。だが、水野京香はまるで意にも止めない様子だ。その証拠に平然とした様子で、よだけ掛けのひもをどう結ぶか、いろいろ思案している。結局、由美の首の後で蝶々結びにすると、つぶやいた。
「うふっ…、よだれ掛けにはやっぱし蝶々結びよね……。」
なにか妙に自分のしたことに優越感を感じている様子だ。18才にもなる女性が涎掛けをされ、赤ん坊のように食事を与えられる姿は、実に異様な光景であった。
 涎掛けを着け終えると、京香はふたたびスプーンを手にし、由美の口元にカレーライスを運び始めた。
「さぁ、由美ちゃん。これでこぼしても平気だよぉ。いっぱい召し上がれ。」
そう言いながら、今度は先ほどよりたっぷりとカレーライスをよそう。
「水野さん、お願い。自分で食べさせて。」
由美は哀願するが、担任の佐々木佳江が
「はい、あーん。」
と再び由美の顎関節当たりに指をこじ入れようとする。由美は先ほどの痛みを思い出し、そうされる前にあわてて口を開く。
「そうそう。ごはんがお口に近づいたら、そうやって自分からお口を開けるのよ。」
まるで由美の言葉など耳に入らぬ様子だ。京香も京香で、由美にご飯を食べさせるのを楽しんでいるようにも見える。
「いっぱい食べないと、大きくなれないよぉ。」
なんて幼児に食べさせる母親のような言葉を由美に投げかけている。その言葉に、由美はますます大人から引き離されていく自分を感じた。
 由美はもはや抵抗する気力も失せ、まわりを中学1年生に囲まれながら、京香にカレーライスを与えられていた。
「由美ちゃんも少しは食べさせてもらえるの、おじょうずになったかしら。」
ひとしきり食べ終わったころを見はからって、保険医の相原さゆりが由美の背後から近づいてきた。よく見ると何かを手にしている。
「そりゃあ、もう、相原先生。由美ちゃんもだいぶお利口さんになったみたいですわ。それに京香ちゃんも食べさせるの、おじょうずね。」
佐々木佳江の言葉にさゆりは満足そうにうなづくと、
「そりゃ、よかったわ。でも京香ちゃんは高3だし、いつも中学1年の由美ちゃんに付き添ってもらうわけにもいなかいしねぇ。これからは、由美ちゃんのクラスメイトにも交替で由美ちゃんのお世話をしてもらいましょうね。」
さゆりはそういうと、由美のまわりを囲む中等部1年の女生徒たちに意味ありげな目線を送った。
「いっ、いやです。そんな…中学生なんかに……。」
由美は憤慨のあまり思わず叫んでしまった。
それは当然であろう。高校卒業も間近の女性が、6才も年下の中学生に赤子のように食事を与えられる姿なぞ、いったいだれが想像できようか。
 だが由美のその不用意な一言が、まわりの空気を一変させた。
「中学生なんかに…、ですって!。」
口火を切ったのはほかでもない、由美が編入させられた中等部1年のクラスメイトだった。
「今の言葉、聞いた?。」
「まっ、何様のつもりかしら。」
「あの子ったら、まだ高3のつもりみたい。」
他の生徒もつられて、口々にののしりの声をあげはじめる。
「あらあら、もう忘れちゃったかしら。今日から由美ちゃんは子供に戻ってやり直すんでしょう?。」
中1にしては大柄な女生徒が、たしなめるように由美を問いただす。
「だけど……だけど、こんなの恥ずかしすぎるわ。あたし赤ちゃんじゃない…。食事くらい、ひとりでさせてくれたって……。」
6才も年下の中学1年生にたしなめられた口惜しさに、由美の語気は少し荒くなった。しかしこれが、他の生徒たちの反感をますます買うことになる。
「あら、由美ちゃんはもう大人じゃないのよ。」
「そうよそうよ。おむつまで当てられてまだ大人のつもりかしら。」
「今日からは一人では何もできない赤ちゃんなのよ。」
他の女生徒も次々と非難の言葉を、由美に浴びせ始める。つい先ほどまでは生徒たちも由美に対し遠慮を感じていた。中学1年に編入させられたとはいえ、由美は6才も年上だからである。しかし風紀委員たちにおむつまであてられ、幼児のように涎掛けまでかけて食事を与えられている姿を下級生たちの前にさらしては、年上の風格など形なしである。どの中学生たちも次第に6才という歳の差を忘れ、由美に対する態度も大胆になっていった。
6才も年下の中学生に咎められる惨めさに、由美は唇を噛んだ。言葉づかいからして、自分を中学1年生かそれ以下にしか見ていないことがよくわかる。口惜しさのあまり、由美の語気も知らず知らず荒くなっていったその時である。
「梓さん、あなた本当に反省してるの?。」
その声は先ほどの大柄な中学1年生であった。
 語気の荒くなった由美に対して、1年2組の食事のテーブルには、険悪なムードが漂い始めていたのだ。その言葉に由美はハッとした。
(まずい……)
由美は焦った。クラスメイトの反感を買うと、更正カリキュラムの終了も認められなくなってしまう。だが、由美に救いの言葉を投げかけた少女がいた。それは梨花の声だった。昨日からなにかと由美の世話をやく中学1年生だった。もっとも中1といっても145センチほどの小柄な体格のため、到底中学生には見えない。中等部の制服自体がとても幼児っぽいデザインのため、まるで小学生のように見えてしまう。
 梨花の口から出たのは意外な言葉だった。
「由美ちゃん。ホントはクラスのおともだちに食べさせてもらえるの、うれしいんだよね。」
「えっ!……」
その言葉に由美は一瞬、言葉を失った。
(なに考えてるの、この子は……)
由美はあきれるというよりも、むしろ怒りが込み上げてきた。だが意外にも、この言葉が由美にとっては思わぬ助け船になったのである。
「そうだったんだぁ……。」
「ホントは由美ちゃん、恥ずかしくて、そう言えないんだよ。」
「そっか、そっか…」
梨花の言葉をきっかけに女生徒たちは、こんどは急にはしゃぎだした。なんとも単純なこども達である。
「由美ちゃん、よかったね。みんなに食べさせてもらえるんだよ。」
「まるで赤ちゃんみたい……」
女生徒たちは面白がって、由美を取り囲むように集まりだした。
(なにっ、この子たち……)
険悪になりかけたムードが雪解けし始めホッとした反面、おもわぬ成り行きに由美は狼狽した。
(この子たち、私に本当に食べさせようとしてるのかしら。冗談じゃない!…。)
由美はすがるような目で、担任の佐々木佳江の方を振り返った。なんとか女生徒たちを止めさせてほしかったのだ。だが佳江はそんな由美の表情にわざと気づかないかのように、
「それはいいことね。この機会に由美ちゃんもみんなと仲良くなれるしね。でもお昼のカレーは京香さんに食べさせてもらったわけだし……。」
佳江は思案深げに、由美のまわりのクラスメイトを見まわすと、
「そうだ。由美ちゃん、喉かわいたでしょ。じゃあ今日は梨花ちゃんに飲み物を与えてもらおうかな。」
そう口にするなり、背中に隠し持っていたプラスチック製の容器を中学1年生の梨花に手渡すではないか。その容器を見るや、由美は我が目を疑った。
「こっ、これは!……」
あとは言葉にならなかった。無理もない。佳江が手にしていたのは、なんと赤ん坊にミルクを与えるための哺乳瓶だったのだ。
「なっ…、なにを!……なにを考えているんですか!。」
由美はしどろどろになりながら、呻くように叫んだ。その顔面は蒼白だった。
 それは当然であろう。成人に近い若き女性が、赤ん坊のように哺乳瓶でミルクを与えられる姿など、だれが想像できよう。しかもミルクを与えるのは、由美よりはるか年下の中学生たちなのである。6才も年下の女生徒に幼児のように扱われるなど、由美のプライドが許さなかった。それでなくとも、おむつをあてられたことによって、彼女のプライドはすでにズタズタにされているのでにある。
「冗談じゃないわ。」
由美はそうつぶやきながら、無意識のうちに席を立ち上がろうとした。だが事態は由美の意にそぐわぬ方に展開していく。
「だめよ、由美ちゃん。」
おもわず立ち上がろうとする由美の肩を、担任の佳江が押しとどめる。
「由美ちゃんは今日から子供に戻るお約束じゃなかったの。クラスメイトたちはそのお手伝いをしてあげようとしているのよ。」
「だけど…、だけど…。」
後は言葉にならず、由美はただ首を振るばかりだ。あまりの不条理ななりゆきに、由美はどう抵抗してよいのかわからなかった。だが当惑する由美に引導を渡したのは、由美と同い歳の京香だった。
「佳江先生のおっしゃるとおりよ、由美ちゃん。それにこれは由美ちゃんがクラスの子と仲直りできる、いいチャンスじゃない。」
京香の言葉にも確かに一理あった。由美が中学生たちの信用を無くしたのもオナニーという、はしたない大人の行為をしてしまったからである。その戒めとして由美は大人を捨て、子どもの気持ちにもどってやり直すことを誓わされた。18才の由美が自ら中学1年生の女生徒たちの手でミルクを与えられれぱ、大人を捨て反省していることをアピールすることにもなる。そうすれば、オナニーをした由美を軽蔑する女生徒たちも、由美を信頼するようになるだろう。
「だからちょっと恥ずかしいかもしれないけど、今は我慢してミルク飲ませてもらいましょ。」
京香にこう諭されると、由美も嫌とは言えなくなってしまった。それでなくとも京香の話には妙な説得力があった。サエら教官が由美を子ども扱いするのには、苦痛と反発しか感じない由美であったが、京香に言われるとなんと表現したらよいのだろうか…、なんだか聞きわけのない幼児が母親に諭されているような、知らず知らずのうちにそんな気持ちにされてしまう。そして子ども扱いされることへの抵抗感が、つい薄らいでいくのだ。
「じゃあ梨花ちゃん、お願いね。」
京香の説得が終わるのを見計らったかのように、佳江は哺乳瓶を手にした梨花の背中を軽く押した。
「由美ちゃん、ホントに飲んでくれるかなぁ。」
不安そうな梨花に佳江は
「だいじょうぶよ。由美ちゃんは悪い大人の習慣を捨てて子どもに戻ろうとしているんだから。」
その佳江の言葉に勇気づけられ、梨花は哺乳瓶を由美の口元におずおずと近づけていく。
「あっ、いや……」
思わず顔をそむけようとする由美。だが京香の手のひらが、由美の頬をやさしく押しとどめる。
「さっ、由美ちゃん。素直にお口をあけて。」
京香の声が耳元に響いた瞬間、由美のセクシーな唇に黄色いゴムのキャップが分け入っていった。ほぼ同時になまあたたかいミルクが由美の口の中に注がれていく。
「あぅぅ……」
由美は思わず、むせそうになった。
「はい、ゴクン」
京香のかけ声に、由美はミルクを吐き出すわけにもいかず、懸命に飲み込まねばならなかった。
 由美がミルクを吐き出しそうになったのは、むせたからだけでなくその味にもあった。
由美がふだん口にしていた牛乳と異なり、そのミルクは妙に甘みがあり、ねっとりしているのだ。
「うふふ、なつかしいお味でしょう。これは赤ちゃん用の粉ミルクよ。」
佳江は笑いながら行った。
「いやっ……。」
思わず哺乳瓶から顔をそむけようとする由美を制しながら佳江が言った。
「おむつをした赤ちゃんには粉ミルクがいちばんよ。飲みやすいように体温と同じくらいにぬるくしてあげといたわ。」
赤ん坊には通常、母親の体温と同じくらいのミルクを与える。だが18才になる由美にとっては、ただ生ぬるく気持ち悪いだけだ。
「もうイヤ、堪忍して……。」
だが哺乳瓶からそむけようとする由美の顔は、京香の手でしっかり押さえられていた。
「由美ちゃん、そんなに手をやかせないの。いやいやしてると、本当にクラスメイトに嫌われたままよ。」
そう言われると、由美もむげに抵抗できなくなってしまう。その後も哺乳瓶からそそがれるミルクは、途絶えることなく由美の口のなかに送り込まれていく。その姿は母親にミルクを与えられている赤子となんら変わるところがなかった。
(やだぁ、私……哺乳瓶でミルクを飲まされてるぅ……それも中学生に……)
恥ずかしさとと情けなさに、由美の頭は朦朧となりつつあった。
(あぁ、夢であってほしい……、これは夢よね。)
だが、そんなささやかな由美の願いをあざ笑うかのように、間断なくミルクは口の中に注がれていく。その様子を女生徒たちは固唾を呑んで見つめている。他のクラスの生徒たちも遠巻きに、ミルクを与えられる由美の姿をながめてはクスクス笑っていた。
 もし由美が願ったように、これが夢であったとしたら、これほどの悪夢があるだろうか。
だが悪夢はまだまだ続いた。ミルクを半分ほどに減ったところで、いったん哺乳瓶が由美の口元から離れた。佳江が梨花の手を制したのである。
「梨花ちゃん、ミルクの与え方おじょうずね。」
佳江は梨花の愛くるしいお下げ頭を撫でながら、他の女生徒たちを見まわした。
「ほかに、由美ちゃんにミルク飲ませたい人!。」
「はーい、はーい。」
「あたしも由美ちゃんにミルク飲ませたいでーす。」
佳江の呼びかけに、女生徒たちの間から次々と喚声があがる。
(もう…いや……、どこまで恥ずかしい思いをさせたら…気がすむの……)
だが由美のそんな気持ちなどお構いなしに、佳江の声が耳元にひびく。
「じゃあ次は敏子さん、お願いね。」
敏子とよばれた子は、先ほど由美をののしった大柄な子だった。体格もがっしりした子なのだが、ふてぶしい顔つきからは中学1年生しい可愛らしさは微塵も感じられなかった。
それゆえ、校則の三つ編みもぜんぜん似合っていない。
「あたし、こんなの一度やってみたかったんだ。」
クラスメイトに話しかけながら、俊子はにやにやしている。そして哺乳瓶をつかむと敏子は躊躇することもなく、やにわに由美の口元に押し当てた。
「んもぉぅぅ……。」
形のいい由美の唇が歪む。
「ほら、かわいい赤ちゃん、いっぱいお飲みなさい。」
敏子は無邪気に由美の顔をのぞき込みながら話しかけた。声を発することもできず、由美はいやいやをするように頭を振ろうとするが、ふたたび京香の手で押さえられてしまった。それをいいことに、敏子は哺乳瓶を握りしめ、ミルクを由美の口の中に流しこもうとする。
「あふっ……、ゆっ、許して……。」
由美は咽せかえりそうになりながら、ふたたび哀願を繰り返す。だが敏子は由美の言葉などまったく耳に入らぬ様子で、
「由美ちゃんはもう高校3年生じゃないんだからね。」
と憎々しげに話しかけながら、哺乳瓶を由美の口にふくませている。どうやら敏子はクラスの中でも番長格らしい。
「由美ちゃんは悪い大人の習慣を忘れるために、一度赤ちゃんにもどるんだもんね。」
にやにや笑いながら、敏子はかわいげのない
笑顔を由美になげかけている。あまりにふてぶてしい敏子の態度に、由美の心の中は恥ずかしさよりも憎悪の方が大きく始めていた。
いくら敏子が番長だといっても所詮は中学1年生である。元暴走族の由美の相手ではない。
だが今の由美は中学生たちと喧嘩などできる状況ではなかった。とにかく一日も早く、中学1年のクラスでの更正カリキュラムを終え、高等部の3年復帰せねばならない。こんなガキっぽい制服にお下げ頭なぞ、18才もとうにすぎた由美にはとても絶えられるものではなかった。しかしその為には、中学生のクラスメイトたちと仲良くすることが必須条件なのだ。
 「いい子にしてないと、いつまでたってもあたし達と仲良くしてもらえないよーだ。」
敏子はそんな由美の立場、をよく分かっているらしく、ミルクを与えながら由美を辱める言葉を憎々しげに投げかけてくる。由美は口惜しさをこらえ、無言のままゴムキャップの吸い口を強く噛みしめた。
「ほらほら、そんなに噛んじゃダメでしょっ…。ミルクがお口の中に入っていかないよぉ。」
敏子は小ばかにしたように、羞恥で真っ赤に火照った由美をほっぺをつつくと、哺乳瓶の胴をさらに強く押さえた。その圧力でミルクが、より一層強く由美の口の中に流れこんでいく。
「あぅぅ…、あふあふ…。」
由美の顔に、思わず狼狽の表情が浮かんだ。
唇から思わずあふれ出たミルクが一筋、由美の頬を伝う。
「あらあらっ、ダメじょない。こぼしたりしちゃぁ…。」
「うふふ、まるで赤ちゃんね。」
担任である佳江の苦笑に、由美を取り囲む女生徒たちからどっと笑い声がおこった。恥ずかしさに顔を火照らせる由美。そんな由美の顔を、保健委員の京香がヨダレ掛けのすそでそっとぬぐった。同い歳の女性に顔についたミルクの後始末までされ、由美の羞恥心はますます高まっていく。
 結局、昼食の終わりを告げるチャイムが鳴り終わるまで、由美は哺乳瓶を口にあてがわれ、ミルクを与え続けられた。それも6才も年下の中学1年生たちに。もちろんその時の由美は、ミルクの中に自分を陥れる罠が仕掛けられていようとは、夢にも思わなかった。

16 悪夢の6時限目

 悪夢のような授乳から解放され1年2組の教室に戻った後も、由美はしばらくの間、放心状態だった。食堂から教室までどうやってもどったかすら記憶に無い。とにかく由美は一刻も早く、中等部の全生徒がいる食堂から逃げ出すことで頭が一杯だったのだ。
 しかし教室にもどってイスに座ると、今度は今朝からの恥ずかしい自分の姿が克明に思い返されていく。朝の朝礼にて全生徒の前で暴露されたオナニー、罰として当てがわれたオムツやミトン、食堂での全校生徒を前にしての謝罪、赤ちゃんのように与えらた昼食……。
(こんなことがいったい、いつまで続くんだろう……)
 由美はみじめさと恥ずかしさで、とてもクラスメイトたちと目を合わせることもできず、うつむいたままであった。かくいうクラスメイトだって、由美より6歳も年下の中学1年生なのだ。
 女生徒たちは由美を遠巻きにしながら、様子をうかがってはヒソヒソ雑談に興じている。ときおり耳に入ってくる言葉の断片から、生徒たちが自分のことを話題にしているのは由美にもわかっていた。
「あら、元気ないわね。」
冷ややかな教室の空気を突然破ったのは、担任の佐々木佳江であった。
「どう、だいぶ子どもの気分にもどれたんじゃない?。」
にこやかに由美の肩を軽くたたく。
「お下げ髪に中等部の制服、なかなかお似合いよ。」
「いや、恥ずかしい……。」
由美は小さくかぶりを振りながらま、口惜しさに唇を噛みしめる。もちろんこれも、由美くらいの年頃の女性が子供扱いされるのをもっともきらうのを知っていての発言だ。
 由美は中等部の校則に従い、自慢のロングヘアを三つ編みにされ、左右とも耳元でリングの形に結ばれていた。リングをとめる赤いリボンが、なんとも愛くるしい。おまけに前髪は眉毛のはるか上で一直線に切り揃えられ、それがより一層、由美を幼い印象に変えてしまっている。大人っぽい由美の顔立ちに、まるで似合っていないヘアスタイルだ。それに丸襟ブラウスに吊りスカートの制服にしても、とても18才を過ぎた女性の衣装ではない。
「うふふ…、おまけにオムツまであてられちゃったら、きれいなお姉様も台無しね。さしづめ牙を抜かれたライオンってとこかしら。」
由美の心を逆なでする言葉を、佳江はねちねちと続ける。
 確かに幼児っぽい中等部の制服も、おむつを当てられる恥ずかしさに比べれば、なんと些細なことであろう。しかも由美の穿かされた吊りスカートは、少し動いただけでオムツが見え隠れしそうなほどのミニ丈なのである。とても外など歩けたものではない。
「佐々木先生、お願いです。せめてオムツだけでも……、お願いです、はずして下さい。」
由美は佳江の言葉に絶えきれず、懇願する。
「由美さん、ご自分でもわかっているでしょ。オムツを当てられたわけは……。」
「もう二度とはしたないことはいたしません。だから……」
「さっきも言ったでしょ。いい子にしていれば明日の朝にははずしてあげるわ。」
「でもこんなの…、恥ずかしすぎます。いくらなんでも……。」
由美は情けなさでいっぱいであった。
「今日一日、あなたの生活態度を見させていただきます。そしてあなたが、本当に素直な中学1年生にもどっていると判断できたら、おむつもミトンもはずしてあげますから。」
「そんな…。明日までこんな恰好だなんて……。」
だが佳江は、しょげかえる由美など眼中にない様子だ。
「由美さん、それよりもオムツされたからって本当に使っちゃあだめよ。あくまであなたのオナニー防止と戒めのためですからね。おトイレに行きたい時ははずしてあげますから。」
からかうように告げると、佳江は教壇に向かった。さすが由美もその言葉の意味すると
ころに、戸惑いを隠せなかった。
「まっ、まさか……。」
18才も過ぎたうら若き女性が、どうして赤ん坊のようにオムツに排尿などできようか。そんな姿なぞ、想像すらできない。
「当たり前です。」
思いもよらぬ言葉に、由美はムッとしたようにつぶやいた。

 午後の授業は昨日と同じく、担任の佐々木佳江による国語の時間だった。もうすぐ高校を卒業する由美にとって、中学1年の授業などたわいもないものであった。それでなくても、由美は勉強はできる方なのだ。
(どうしてこんな幼稚な授業、受けなきゃならないの?。)
由美は惨めさを募らせていった。たわいもない授業であればあるほど、中学1年生の仲間入りをさせられる屈辱感が身にしみてくる。
 しかも佳江は、由美の手にはめられたミトンをはずそうとはしなかった。そして隣に座る梨花に、手の使えない由美に代わって、こまかく世話をやかせた。佳江は知っていたのだ。年頃の女性が年下の、それも中学1年生ほどの子どもに世話をされるのが、どれほど辱めを与えるものであるかを。
 そのため由美ができることは、ちっちゃなこどものように、ただじっと机の前に座っていることだった。教科書を開くことも梨花にしてもらわねばならない。鉛筆さえも梨花に持たせてもらわねば握れないのだ。中学1年生のクラスに入れられ、しかも幼児のように何もできない自分のふがいなさが、ますます由美をみじめな思いに駆りたてていく。

 そんな由美に変化のきざしが現れたのは、下校時刻も近づいた6時間目の終わり頃であった。由美の様子がどことなくおかしいのだ。妙にそわそわしているのである。厚ぼったい肌色の長靴下に包まれた両脚を、しきりにくねらしているのも不自然だ。大人っぽい雰囲気の由美らしからぬ、落ち着きのなさだ。
時おりうかがうような表情で、まわりを見まわしている。よくは分からないが、何かを我慢しているかのようにも見える。
 最初に由美の異変に気がついたのは隣の梨花だった。
「由美ちゃん、どうしたの。気分でも悪いの。」
梨花は小声でたずねた。
「ううん、なんでもない……。」
由美は小さくかぶりを振った。その時である。
「こらっ、そこの二人。何を話してる!。」
担任の佳江の怒号がとんだ。
「だめじゃないの、由美さん。本来ならあなたが中学生たちの模範にならなくてはならないのに……。」
佳江はいささかご機嫌ななめだった。そうでなくても昼食後のこの時間帯は、もっとも生徒の集中力が散漫になる頃だ。黒板を向いた時、ときおり背中側から聞こえてくる生徒の私語に、少し腹を立てていたところだった。
「すみません。」
由美は小さくなって答えた。18才にもなる女性が子供のように怒られている姿に、中学生たちからクスクス嘲笑がもれる。
「こんなことではいつまでたっても高校3年のクラスにもどれませんよ。」
その言葉に、今度はどっと笑いが起こる。由美は赤面したままだ。
「先ほどの品詞の説明をきいてましたか。では由美さん、この空白部分に適当な形容動詞を入れなさい。」
そう言いながら、佳江は黒板に書かれた文書を指さした。由美は困ったような表情でおずおずと立ち上がった。
「何をもたもたしているんですか。さっさと前に出てきなさい。」
佳江は少しヒステリックに怒鳴った。
「あっ、はい……」
言われるままに、由美は教壇の方へ足を進める。その時、由美の歩き方が妙に不自然であることに佳江は気づいた。なにか、股間に力をいれているような歩き方なのである。そのせいか、姿勢が気持ち前かがみになっているのが、佳江に不自然さを感じさせた理由かもしれない。
 だが佳江はそのことには気づかぬかのように、ミトンをはめられ不自由な由美の右手にチョークを持たせた。
「こんな問題、由美さんなら簡単でしょ。」
そういいながら、答えを黒板に書くよう促す。
だが、由美は黒板の方を向くそぶりをみせなかった。なにやら困った様子だ。
「あら、どうしたのかしら。答えがわからないのかな?。」
だが佳江のその問いかけにも、由美は恥ずかしそうに小さく首を振るばかりだ。
「返事は?…、だまってたんじゃわからないでしょ。」
いつのまにか教室の中はしんと静まりかえっていた。どの女生徒たちも何事が起こったのかと、二人のやりとりに耳をそばだてている。
 しばしの沈黙のあと、由美はやっと口を開いた。それは由美らしからぬ返事だった。
「あっ、あの……、おトイレに……。」
「えっ、なんですって?」
「お願いです。おトイレに……。」
由美は意を決したように、小さな声でつぶやくと顔を赤面させうつむいたままだ。だが佳江の態度は予想外のものだった。
「あら、おっしゃることがわからないわ。おトイレにって、なんのことかしら。」
佳江はわざとすっとぼけたように由美を見つめた。由美はますます困ったような表情になる。
「だから……、あの…おトイレに……」
「おトイレに、なんなのよ。」
はっきりしない由美の態度に、佳江の語気は心なしか荒くなっていた。
その勢いに押され、
「おトイレに行きたいんです。」
由美は消え入りそうな声で答えた。だが次の佳江の質問に、由美は耳を疑った。
「あら、わからないわねえ。授業中におトイレにいって何するのかしら。」
「なっ、何をって……。」
由美は思わず返答に声を詰まらせた。
「だから…、だから……」
ここで由美は一呼吸おいた。その先を口にするのは年頃の女性にはかなり抵抗がある。なぜ、こんなことまで言わされなきゃならないの……、由美は泣きたい気持ちだった。
「だから、おしっこを……。」
由美は顔を火照らせながら、蚊の鳴くような声で答えた。
「なに、聞こえないわ。」
「あの、ですからおしっこを……」
「えっ、おしっこをなんですって!。」
突然の佳江の大きな復唱に、由美は度肝を抜かれた。どっと笑いが起こる。
「由美さん、あなた中学1年生に編入したからと言っても18歳でしょ。最後まではっきりと言いなさい。」
佳江の叱責に由美は当惑しながらも、意を決したように小声で答える。
「すみません……、あの…おしっこにいきたいんです。」
年頃の女性が口にするのも疎ましい言葉を言わされ、由美の顔はますます赤らんだ。背後の女生徒たちから聞こえてくる嘲笑がますます大きくなる。
由美のこの返答に対して、佳江の反応は意外なものだった。
「ふーん、おちっこねぇ…。」
ちゃかすように言うと、佳江は顔に苦笑いを浮かべた。それはあたかも、なにか考えでもあるかのような笑いであった。
「由美さん、児童手帳持っているでしょう。」
「あっ、はい……。」
佳江は何を言うつもりなのだろう。
「では児童手帳の第9ページ、授業中の心得を開きなさい。」
由美は不安げな表情で、手帳をめくる。
「第7項のところを声を出して読みなさい。」
由美は悪い予感がした。朝の修身の時間にも大声で、恥ずかしくなるような心得をさんざん読まされたのを、思い出したからである。だが読むことを渋ったら、また何を言われるかわからない。
「さっさと読みなさい。」
佳江にせかされ、由美は仕方なく口を開いた。
「授業中の心得…、集中して先生の話を聞くこと。ひとつ、授業中は私語を慎むこと……。」
ごく当たり前の決まりごとを読み進むうち、由美の声が思わずとまった。
「どうしたの、続けなさい。」
高圧的な佳江の声に、教壇の横に立つ由美へ、生徒たちの注目が集まる。由美はおずおずと口を開いた。
「授業中の心得…、ひとつ、」
「声が小さい!。」
由美は顔を紅潮させ、おずおずと言い直さねばならなかった。
「ひとつ…、授業中は先生に命じられた時以外は勝手に席を立ったり、教室を出ることは許されない。排尿、排便、生理用ナプキンの交換は必ず休み時間、ないしは寮で済ましておくこと。」
声に出すことすらはばかられる言葉を口にさせられ、由美の脳裏に今朝ほどの悪夢がよみがえる。
 そこまで由美に読ませたところで、佳江は落ち着いた声で、
「わかりましたね、由美さん。病気の時以外は授業中、教室から出ることは許されませんよ。こんなこと、中学生でもわかることなのに。」
たしなめるように告げた。
 しかし、由美には切迫した事情があった。すでに尿意が限界にまで近づいていたのである。
「佐々木先生、すみませんでした。でも今度ばかりは……お願いです。どうかおトイレに行かせて下さい。」
「どうして5時間めが終わった時、トイレに行きたいと言わなかったんですか。おむつもミトンもはずしてあげるって言ったでしょうに。」
「その時はぜんぜん、トイレに行きたいなんて思わなかったんです。なのに、6時間目の途中から急に行きたくなって……。」
 確かに由美の言うことに嘘いつわりはなかった。5時限目が終わった時は尿意などみじんも感じなかったし、それゆえトイレのことなど頭の片隅にもなかったのである。それが6時間目がはじまってまもなく尿意を感じ始め、急激に強まっていったのである。由美にとってもまったく初めての体験だった。
(あぁ、私の体どうしちゃったんだろう。)
由美自身もあせりの気持ちを感じていた。だが尿意はどんどん強まるばかり。はじめのうちこそじっと我慢していられたが、授業の終わり頃はさかんに足や腰をもじもじさせるようになった。そして隣の梨花にまで気づかれてしまったわけである。もっともその時の由美には昼食時、哺乳瓶で与えられたミルクに利尿剤が混ぜられていたことなど、知るよしもなかった。
「困った子ね。それじゃあまるで小学生といっしょじゃないの。とにかくあと5分で6時間目も終わるんだから…。それくらい我慢でき
るでしょ。」
佳江はそこまで言いかけて、思い出したように付け加えた。
「由美さん、さっきも言ったけどオムツつけてるからって、まちがっても使わないでちょうだいよ。わかってるわね。」
そこまで言い置くと、まるで同意でも求めるかのように、生徒たちの方を見渡した。生徒の中から起こる笑い声に、由美はさらに顔を赤らめねばならなかった。
 しかし現実的な問題として、激しい尿意が迫ってきていた。つい先ほど、佳江に指名された時よりも、尿意はさらに強まったような気がする。授業が終わるまでトイレに行かせてもらえず、由美の顔に失望の表情が浮かんだ。そっと教室の隅の時計に目をやる。時計の針は6時限の終了まであと3分のところをさしていた。
(あと4分、がまんできるかしら。)
由美は泣きたい気持ちだったが、もはや我慢するしかない。
「いつまでボケッとつったってんの。さっさと黒板に答えを書きなさい。」
黒板の問題は中学1年生向けの、ごりありふれた文法の問題だった。高校3年の由美にとっては取るに足らないものだったが、今の彼女はとても問題を考えている余裕もなかった。
「どうしたの。こんなかんたんな問題、わかんないの。」
「いっ、いえ……。」
由美はあわてて解答を書こうとするが、ミトンをはめた手からチョークが無情にもこぼれ落ちる。
由美はあわてて拾おうと、しゃがみこんだとたん膀胱に鈍痛がはしった。腰まわりに幾重にも巻かれた布おむつが、お腹の上から彼女の膀胱を圧迫したのである。
「ひっ…。」
由美は思わず歯を食いしばっていた。由美の下腹部には、たくさんの布オムツがカバーの中にくるまれていた。だからしゃがむ姿勢をとると、ぶ厚いオムツが膀胱を自然に押すような恰好になってしまうのだ。
(由美、こんなところでおもらししたら最低よ。)
彼女は必死に自分へ言い聞かせながら、チョークをなんとか掴むと、いそいそと立ち上がった。しかし尿意をこらえようと股間に力を入れているせいか、ついへっぴり腰になってしまい、そのぶかっこうな姿がなんとも哀れさを誘う。
 何とか黒板と向かいあったものの、今の彼女は問題を読むこと自体が精一杯だった。
「ずいぶん、時間かかってるわねぇ。前後の文章がつながるような形容動詞を入れるだけなのに…。こんなことじゃ、放課後も居残りね。」
背後からクスクスと笑う声。
「あっ、待って下さい。わかります。」
由美は混乱する頭の中で必死に問題を考え、解答を書こうとする。だが彼女の膀胱はもうすでに限界近くに達していた。再び時計を見やると、授業終了を告げるチャイムが鳴る1分前だった。
(由美、あと1分よ。あなたは子どもじゃない、大人なのよ。)
懸命に言い聞かせながらも、由美のひたいには次第にあぶら汗が浮かびはじめていた。時おり、眉毛をピクピク震わしている様子からも、必死に尿意と闘っていることが分かる。
(あぁ、あたしの体どうしちゃったんだろう。前はこんなこと無かったのに……。)
言い知れぬ不安とともに、めくるめく尿意はなおも容赦なくおそいかかる。由美は両足をしきりにすり合わせながら、チョークを握りしめた。今度は落とすわけにはいかない。もし今度しゃがみ込んだら、本当にもらしてしまうかもしれない。そんな恐怖が脳裏をかすめた。いっぽう担任の佳江は、尿意にけなげに耐え忍ぶ由美の様子を、愉快そうに黙ってみつめている。
(お願い…、早くチャイム鳴って……。)
由美は祈るような気持ちだった。そして震える手でなんとか黒板に答えを書き終えた時、
カーン…、カーーン……、
教室中に透き通ったチャイムの音色が鳴り響いた。
(よかった。これでおトイレに行ける…。)
ようやく由美は安堵の気持ちにつつまれた。
だがこの安心感が、由美の張りつめた気持ちに思わぬ油断を与えてしまったのだろうか。
「あぅっ……。」
チャイムが鳴り終わるのと、押し殺したような由美の驚きの声が、女生徒たちの耳に届いたのはほぼ同時だった。思わずみんなが由美の方を見やると、チョークを持った彼女の手は、黒板の上で止まったままだ。いや、手だけでなく全身が凍りついたように動かない。生徒たちは顔を見合わせ、隣同士ささやきはじめた。由美の身にいったいなにが起こったのだろうか。
 しかし生徒たちが、由美の表情が先ほどと大きく変わっていることに気づくのに、そんなに時間はかからなかった。というのも、
由美の顔は真っ白なくらい青ざめ、まるで信じられないことに遭遇した時のような、言葉を変えれば、自分の理解の範囲を越えるようなことに出くわしたような、戸惑いの表情を見せていたからである。
「えぇっ…、うそ……。」
無意識のうちに由美はつぶやいていた。
 どうやら由美の体に、なにかしらの異変が起こったのは明らかであった。ただ由美は自分の身に今おこっている状況を、受け入れられないでいるようであった。
「う……うそ……、うそ……。」
うなされたように何度もつぶやきながら、由美はゆっくりと首を振った。だが由美の股間の感触が、現実に今、何が起こっているかを知らしめようとしていた。
 そう、股間に広がる生温かい感触。この瞬間、由美は認めねばならなかった。大人の女性して、最もしてはならぬことをしてしまったことを…。
(だめよ、由美…。あなたは大人よ。)
由美は自分の中枢神経に向かって、懸命に言い聞かせる。
(お願い!。止まって!……、お願いだから……。)
だがいったん堰を切った放水はとどまることなく、なおも勢いよく由美の体外に流れ出ようとしていた。そしてみるみる、布おむつに吸収されていく。生温かい感触が、股間部から下腹部にかけて放射状に広がっていく。そしておへそのあたりまで到達したころには、その生温かさは背後のほうにも浸食し始めていた。
「あっ、やだっ…、やだァ……。」
由美は全神経を集中させ、自分の体からの放出を食い止めようと試みた。だが忍耐という堤防をいったん乗り越えた激流は、もはや由美の意志でコントロールできるものではなかった。ぬるま湯のような生温かさはとどまることなく、前面からお尻の方にまで浸っていく。
(あぁぁ、あたし…なんてことを……。大人なのに……。)
由美の右手はチョークをもったまま、黒板の上で動かない。よく見ると、その手はこきざみに震えている。それは彼女が全身に力をこめて、この放水を止めようとしているからだろうか。それとも彼女の大人としての羞恥心が、震わしているのだろうか。
(これは夢……、悪い夢よ…。)
できることなら夢であってほしい。由美は小さくかぶりを振りながら願った。あたかも目の前の現実から、逃避しようとするがごどく。だが、いかに今の状況を否定しようとも、下半身を不気味に包む生温かな感触は絶えることなく、伝わってくる。しかも会陰部からお尻の割れ目まで分け入っていく生ぬるい液体の感覚は、強い違和感を与えると同時に、これが夢ではないことを彼女に知らしめる。
「由美さん、どうしたの?。」
いぶかしげにたずねる佳江の声も、今の彼女にとってはどこか遠くの方から聞こえてくるような感覚だった。あまりの事態に、明らかに由美の意識は遠のき始めていた。
(できることなら、このまま意識を失ってしまいたい。)
由美はそう願った。意識を無くせば、もう恥ずかしい思いも下級生たちの好奇の目も気にしないで済むではないか。
 だが佳江の声が、由美の意識を無理やり現実の世界に連れ戻してしまう。
「由美さん、気分でも悪いの?。手が震えてるけど…。」
方をさすりながら心配そうに声をかける佳江。だがその目は、どこか笑っていた。それもにこやかな笑いとかではなく、実は全ての真相を知った上で由美の置かれた状況を楽しんでいるかのような、そんな笑いなのである。
それもそのはずだった。哺乳瓶のミルクに利尿剤を混ぜたのは何を隠そう、担任の佐々木佳江だったからだ。
 だが今の由美は、そんなことに気づくような余裕などまったくない。今の由美はおかしてしまった失態について、いったいどう対処したらよいのか、そのことで頭が一杯だったからである。
「あっ、あの……わたし……わたし……。」
か細い声でそこまで口にした後は、とても声にならなかった。そう言ってる間もみじめな放水はまだ続いていた。由美がどう体に力を入れようと、いちど決壊した堤防はせき止めることはできない。そして留まることを知らない水流は、なおもオムツに吸い取られていく。
 下級生たちもいったい何事かと、由美を見つめている。黒板の方を向いたままの由美にも、女生徒たちの視線が矢のように背中へささっているのが感じられた。
(あぁ…中学生たちの前で、なんてことを……)
せめて由美にとって救いだったことと言えば、彼女にとっては屈辱以外の何ものでもない、オムツを当てられていたことだろう。オムツは彼女の大人としてのプライドを、ズタズタに切り裂かれてしまった。しかしこの羞恥の衣装は、その役割を立派に果たした。少なくとも由美の体内から排出される液体を受けとめ、それを直接周囲の目にさらすことも、衣服を汚すことも防いだからだ。
 だがこんなことは、由美にとって気休めにもならなかった。それはそうであろう。可愛らしいチューリップ柄のおむつカバーの中では、尿を吸収した布オムツが、ぐっしょりと由美の素肌にまとわりつき始めたからである。
(いやっ…、やだぁ……気持ち悪い……)
尿にまみれた布の感覚は、まるで巨大なナメクジが腰回りや股間を這いまわっているようなおぞましさを由美に与えた。なまぬるい、じめっとした感触が、いやでも由美のしでかしてしまったことを雄弁に物語っている。
(本当に……本当に……もらしてしまった……。)
この時はじめて、由美の表情は驚きから絶望へと変わっていったのかもしれない。
 しかしひとつ、予想外のことがあった。そのことが由美をさらに、絶望の崖っぷちへ追いやることになる。それは我慢に我慢を重ねたあげくに、由美の体内から排出された尿の量が、予想よりあまりに多すぎたことである。
尿を限界まで吸い込んだ布おむつは、由美に羞恥と不快感を与えただけでなく大きく膨張し、それをくるむオムツカバーまでもが、まるで風船のように膨らんでいる。そのことが何よりも雄弁に、由美の体になにが起きたかをまわりに伝えていた。前列に座っていた生徒たちが、いち早く彼女の異変に気づく。
「ねぇ、ちょっと……、あの子のお尻……。」
ささやく下級生の声が由美の耳にも届き、彼女はビクリとする。
「えっ、どうしたの。」
「あの子のお尻の形、なんかへんじゃない?。」
由美は黒板の方を向いたままの姿勢だった。さしづめ背中を中学生のクラスメイトに見せた状態ということになる。当初、由美は自分の後ろ姿がどんな風になっているかなど、想像もつかなかった。
「おむつしてるからよ。」
「でもさっきより、大きくなってるよ。」
この生徒たちのささやきと、下半身から実際に伝わってくる感触で、由美は当てられたオムツがぶざまにふくれて、ヒップラインがいびつになってしまっていることに初めて気づいた。
心配になり黒板に顔を向けたまま、目だけそっと下を見やる。すると、彼女の尿をしっかり吸収したオムツはその重みで、少しずつずり落ちてしまっているではないか。そのためスカートの裾からは、レモンイエローのおむつカバーがはみ出しかけている。あまりにみっともない姿に、由美はギョッとしてしまった。
「ねぇ、由美さん。あなた……。」
佳江がふたたび声をかけたころには、教室の中にいた大半のクラスメイトたちが由美の異変に気づいていた。
(いやっ、お願い……みんな見ないで……。)
由美はもう、消え入りたい思いだった。
 その時である。無情にも、一人の女生徒の素っ頓狂な叫び声が、由美の心を凍らせた。
「ねっ、見てっ!…。あの子の靴下!。」
その言葉に下級生たちの視線が、いっせいに由美の両脚にそそがれる。風紀委員たちの手により、由美は厚ぼったい綿の長靴下を履かされていた。
本来、中等部ではタイツ着用が校則で定められている。が、オムツを当てられた状態ではタイツが履けないため、由美は大腿までの長靴下を履かされていたのである。
 赤い靴下止めで留められた、幼児っぽい肌色の長くつ下。声をあげた女生徒が見たものは、その表面をすべり落ちる水滴だった。2つか3つほどの水滴が、スカートの中から長靴下をつたって、床へ垂れているではないか。水滴のとおったあとが、まるでミミズが這ったあとのすじのように、肌色の生地の上にくっきり残っている。しかも両脚ともだ。
 いくら年端もいかないこども達とはいえ、それが何を意味するかは分かったようだ。
「きゃっ、なにかしら……。」
「やだ、おしっこよ。」
またたくまに教室のあちらこちらから、ささやき声があがった。
「まさか……。」
「聞いた?、オシッコだってさ。」
「きったねぇ……。」
騒然とし始める教室。下級生たちのこのやりとりで、由美は自分の尿がオムツから漏れていることを悟った。
(見ないでっ!、見ないでっ!、)
心の中で叫ぶ由美。
 だが由美の心を逆なでするような、佳江の声が教室中に響いた。
「あらあら、由美ちゃん。あなたチッチしちゃったのかしら。」
佳江がわざと落ち着き払った声で、ゆっくりとたずねた。
こども扱いされるのがもっともきらいな由美の心を見透かしての幼児言葉が、ますます由美の惨めさを倍増させていく。だが今の由美には、佳江の言葉に嫌悪感を示す余裕なぞない。
「あっ…、あのぅ…あのぅ……。」
由美はしどろもどろだった。
「なんでも…、なんでもありません。」
そこまで口にするのが精一杯だった。
「なんでもないって…、あなた、おむつパンパンじゃない。」
そう言いと佳江はすばやく由美の背後から、オムツのすそに指をすべらせた。由美はアッと声をあげながら逃げようとしたが、佳江が由美の吊りスカートの肩ひもをつかんでいるため、のがれられない。へたに暴れても、おむつの裾から吸収しきれなかった尿が漏れ出てきそうで、動きようがないのだ。
「まぁ、びちょびちょ!」
佳江は大げさに驚く仕草を見せながら、指をオムツから引き抜く。
「由美ちゃん、やっぱしチッチしちゃったのねぇ。」
佳江は確かめるように、由美の顔をのぞき込む。
「…………。」
由美はうなだれ、小さく首をふるばかりだ。
その様は、まるで幼児がおもらしを隠していたのを母親にみつかり、問い詰められている姿となんら変わらなかった。
「だまってたってわかんないでしょっ。」
まるで母親がたしなめるように言うと、佳江は自分の指を由美の目の前に差し出した。指にはまぎれもなく、由美の体内から排出された羞恥の液体が光っていた。思わず顔をそむける由美。
「ほらっ、だんまりしてたって、オムツさんが『由美ちゃんはオモラシしちゃいました。』って言ってるよ。」
佳江は少しおどけたように、自分の湿った指を他の生徒たちにも見えるように高くかざした。そのしぐさに、女生徒たちから嘲笑がもれる。由美はただうつむくばかりだ。
「ほんとにもう。どうして授業が始まる前におトイレにいっとかなかったの。トイレの時はオムツもお手てのミトンもはずしてあげると言ったはずよ。」
「…………。」
由美は何も言えず、ただうつむくばかりだ。
「なんとか言いなさいよ。授業を中断しといて…、もう下校時刻だというのに。」
佳江の語気は少しばかり強くなった。
「ご……ごめんなさい……。」
由美はそこまで口にするのが、精一杯だった。
「ごめんなさい、じゃありません。あなたがオムツを当てられた理由はオナニーした罰と、悪い大人の気持ちを忘れるためなんですよ。なにも赤ちゃんみたいにおもらしする為のオムツじゃないんですよ。」
「だって……、だって……。」
そこまでつぶやくと、心の中で何かが切れたかように、由美は全身の力がスーと抜けていくのを感じた。黒板の上でとまったままのチョークが、ミトンをはめられた手からポロッとこぼれ落ちる。そして由美は黒板に突っ伏したまま、力尽きたようにうずくまってしまった。下級生たちは思わぬ展開に、再び沈黙したまま成り行きを見守っている。
「だって……、だって……。」
教室には押し殺したような由美の嗚咽だけが響いていた。
「だって……、おトイレに行きたいって言ったのに……。」
そのあとは言葉がつづかなかった。由美の目からはとめどもなく涙がこぼれた。それはトイレにさえ行かしてくれれば、こんな醜態をさらさずにすんだのに、という口惜しさの涙なのだろうか。それともいい歳をした大人が、下級生たちの前で醜態をさらしてしまった恥ずかしさの涙なのだろうか。
 いずれにしても昨日の朝、この学園を訪れた時の、大人っぽい由美の面影はここには微塵も無かった。かつては皮のジャンプスーツに身を包み、ロングヘアを風になびかせ、颯爽とバイクをとばしていた由美。そんなうら若き女性が今やオムツを汚し、一人ではなにもすることができない幼女のような姿にされてしまい、しかもその変わり果てた姿を、6才も年下の下級生の前にさらしているのである。これが本当に同じ女性なのだろうか。
(あたし……赤ちゃんじゃない……。あたし……赤ちゃんじゃない……)
由美は心の中で、自分に言い聞かせるかのように反芻していた。そうでもしなければ自分の置かれたあまりに惨めな境遇に、発狂してしまったかもしれない。いや、彼女にできることは、それしかなかったのである。

 しかしなんと残酷なことであろう。そんな由美のささやかな抵抗も、まもなく打ち砕かれようとは、彼女も想像できなかったにちがいない。そのきっかけは佳江の次の一言だった。
「いつまでもメソメソしてたってしょうがないでしょっ、いい歳して。まあまあ、こんなにぬらしちゃって…。」
吐き捨てるように言うと、佳江はやれやれといった表情で教室の隅のインターホンに向かった。聖愛女子学園ではどの教室にもインターホーンが備えられ、不意の出来事に備え職員室や保健室に連絡がとれるようになっている。
 佳江は受話器をとると、しきりに早口でしゃべりだした。好奇心の旺盛な女生徒たちも、佳江の言葉に耳をそばだてている。佳江が小声でしゃべっているため聞き取りづらかったが、由美のことでなにかを相談しているのはまちがいなかった。由美も自分のことをいったい誰に、どんなふうに相談しているのか、気が気でなかった。
『……えぇ、そういうわけなんですよ。では至急、よこして下さいね。』
佳江はそう告げると受話器を置いた。
 由美の耳にも佳江がインターホーンを切る間際の、この言葉だけなんとか聞きとれた。
(よこすって…?。誰かがこの教室にくるんだろうか?…。)
由美はわからなかった。それより由美には目の前の現実的な問題があった。汚してしまったオムツである。
(早くなんとかせねば……。)
由美は焦った。こんなみっともない姿を、高校卒業も間近の女性が、どうして人前でさらせよう。それにオムツのぐっしょりとした感触も、とても耐えられるものではない。だが手にミトンもはめられ、なすすべもない由美は、ただ途方にくれるしかなかった。
 その時である。突然、教室内のスピーカーから短いチャイム音とともに聞き慣れた声が流れた。校内放送である。声の主は由美にも覚えがある、保険医の相原さゆりであった。

《校内放送、校内放送…。高等部3年の保健委員、水野京香さん。至急、中等部1年2組に向かって下さい。繰り返します。保健委員の水野京香さん……。》

この放送で、由美は少し胸を撫で下ろした。
(よかった。水野さんが来てくれるんだ。)
もっとも由美は、ままごとのように自分の世話をやきたがる水野京香を好きにはなれなかった。そもそも由美は同性どうしでベタベタすること自体、大嫌いなのである。しかし今はそんなことを言っておれない。
(きっと水野さんが保健室に連れて行ってくれる。)
由美はほのかな期待を抱いた。とにかく一秒でも早く、自分のみっともない姿を下級生たちの目から遠ざけたい。その一心だったのである。
 しかし、校内放送はまだ終わってはいなかった。そして次の瞬間、由美の顔は再び絶望の色で染まった。放送は続けて、由美の予想もしなかったことを告げたのである。

《……なお保健委員とともにオムツ当番の者も至急、用意を整え中等部1年2組に向かうこと。繰り返します、失禁者発生につきオムツ当番の者も1年2組に……。》

なんということだろう。由美の心臓は再び凍りついた。放送が伝えているのは、まさしく自分のことではないか!。
(うそっっ!、うそでしょ!……)
茫然とする由美。名指しこそしていないが、これでは全校生徒に自分の失態を公表しているのと同じでははないか。担任の佳江が放送を指示したのは間違いなかった。
「先生……、ひっ、ひどい……。」
由美は恨めしげな目つきで、佳江をにらむ。
「あらあら、すごいお顔なこと。でもオモラシしちゃったんですもの。いつまでもこのまま、というわけにもいかないでしょ?。」
佳江は涼しげな顔のまま、ビクとも動じない。その態度に、由美の胸の中には暗雲が広がっていく。由美の不安を見透かしたかのように、なおも佳江は続けた。
「おむつ当番のことが気がかりなんでしょ。心配いらないわ。さっき風紀指導室にいた子よ。」
この言葉で由美は午前中、風紀指導室で受けたいまわしい出来事を思い出した。風紀委員たちに取り押さえられ、無理やり当てられたオムツ。その時、こまめに由美のおむつの世話をした子がいた。たしか腕に緑色の腕章をして、そしてその腕章には《おむつ当番》という見慣れない文字が…。
 おむつ当番……、そんな滑稽としか言いようのない当番が、はたして学校にあるだろうか。由美には理解できなかった。しかし現実に、聖愛女子学園ではこの当番が存在し、何人かの生徒がその当番を担当しているのだ。
「この学園は幼稚園から短大まであるでしょう。時どき幼稚園児や小学生がおもらししちゃうことがあるの。そういう子たちのために、
おむつを替えてあげたり、汚れたおむつを洗ってあげたりするのがおむつ当番なの。必要な時には布おむつを縫ったりもするのよ。」
これも聖愛女子学園の教育の一環だと誇らしげに語ったあと、佳江は一呼吸おいて皮肉っぽくつけ足した。
「もっとも18才を過ぎた児童で、おもらししちゃう子も珍しいけどね。」
こう言われると、由美も唇を噛みしめるしかない。こんな不始末をしでかした後、より一層、“児童”という言葉が身にしみる。この時の由美は、自分の失態が佳江たちによって仕組まれた罠によるものであるなど、知るよしもなかった。

 校内放送が終わると、にわかに教室の外の廊下が騒がしくなってきた。ちょうど下校時刻だったため、放送を聞きつけた他のクラスの中学生たちが、1年2組の前に集まりだしたのである。
「ねぇねぇ、さっきの放送聞いた?。」
「もちよ。いったい誰がおもらししちゃったのかしら。」
「あのオムツ姉さんじゃない?。」
「あぁ、高校3年から落第した子ね。」
外の声がいやでも由美の耳にも届く。どの言葉も由美のプライドを逆なでするものばかりだが、今はそれどころではない。
(お願い……、みんな行って!…、帰って!……。)
自分のこんな姿をどうして、これ以上大勢の人に見せられよう。ましてや中学生たちになんか…。
由美の不安が極限にまで達した時、
「失礼します!。」
よく通る声が教室の戸口から聞こえてきた。
「あっ、高等部のおねえさまだ。」
女生徒たちが口々に叫ぶ。この学園の中等部では、高等部の上級生をおねえさまと呼ぶよう躾けられている。
由美が黒板に突っ伏したままそっと振り返ると、そこには保健委員の水野京香の姿があった。先ほど由美におむつを当てた高橋久美子の姿も見える。久美子は大きな風呂敷包みをかかえていた。
京香は由美の姿を見るなり駆け寄った。
「由美ちゃん、たいへんだったわね。もうだいじょうぶよ。」
「水野さん、お願い。早く…早く保健室に……。」
由美はすがるように懇願する。だが担任の佳江が由美の言葉をさえぎった。
「京香さん、だめよ。由美ちゃんのオムツはここで交換して下さいね。」
「えぇっ、なんですって!……。」
由美は耳を疑った。
「そっ…、そんな……。いやっ!…ぜったいにいや!。」
由美は動転しながらよろよろと立ち上がると、自分から教室の外にでようとする。保健室にでも行くつもりなのだろうか。だが佳江に背後から、吊りスカートのバンドをつかまれてしまう。由美は中等部に編入ということで、制服まで中学生と同じ白い丸襟ブラウスに紺色の吊りスカートという、こどもっぽいスタイルだった。背中で大きなばってんを作っているバンドをひっぱられると由美は身動きできない。普通ならじゅうぶん振り切れるのだが、ぐじゅぐじゅとオムツがまとわりついているため、機敏に動けないのだ。
「動いちゃだめ!。ほら、おちっこがオムツから漏れてるわ。」
佳江はからかうように笑う。もちろん由美もそのことはわかっていた。先ほど下級生たちにも長靴下が濡れていることを指摘され、恥ずかしい思いをしたばかりである。
 我慢を重ねた後に体外に放出された尿の量は、おむつの許容量を超えてしまっていた。しかも風紀指導室でオムツを当てられてから、すでに3時間以上が経過している。その間に由美の太ももを締めていたオムツのすそ紐が、少しずつゆるんでしまった。そのため、吸収しきれなかった尿がじわじわとオムツのすそから漏れ出してしまったのである。
「まぁ、長靴下までびちょびちょ!、気持ち悪かったでしょう。」
京香も少し驚いた様子だ。もちろん、そんなことは京香に言われるまでもなく、由美自身わかっていることだ。実際に濡れたところが外気に冷やされ、べっちょりと由美の美しい脚のラインにまとわりついているのだから、気持ち悪いこときまわりない。しかも教室を出ようと少し暴れた拍子に、吸収されずにオムツカバーの中でたまっていた尿が、すそから染み出してしまった。新たに大腿に広がっていく生温かく湿っぽい感触に、由美はゾクッと鳥肌をたてる。あらたにオムツの裾から洩れ出た液体が美脚をつたい、ツツゥーと由美の足元に向かってすべり落ちていく。
「あらあら、おしっこ吸収しきれなかったみたいですね。少し多い目に布オムツあてといたんですけどね。」
京香より一級下の久美子が由美の正面に膝をつき、しゃがみこみながら観察している。その姿は、粗相してしまった幼児の母親がおむつのよごれ具合を確かめている仕草と、なんら変わりはなかった。まるでオモラシ幼児と同じ扱いに、由美は消え入りたい思いだった。
二人の様子を満足そうに見つめながら、佳江
は満足げに口を開いた。
「由美さん、聞いたでしょ。こんな状態ではとても保健室までなんて、連れて行けませんよ。お気の毒だけど、ここでオムツ交換するしかなさそうね。」
「そっ、そんな……。どうかそれだけは……恥ずかしすぎます。」
しかし佳江は、冷ややかだった。
「なに言ってるんですか。こんなにお洩らししといて…。足元を見てごらんなさい。」
そうは言われても自分の粗相した後など、とても見下ろす気になれない。だが佳江は由美の頭を上から押さえつけ、無理やり足元の方に向けさせた。そして由美の目に入ったものは……。
「あぁ……、いゃぁ……。」
由美は小さくかぶりをふったまま、今度は立ったまま再び黒板に顔を伏せてしまった。
 由美が正視できなかったのも無理はない。なにしろオムツから洩れた尿が、由美の予想していた以上の量だったからである。おかげで肌色の長くつ下の大部分が、まだらにシミだらけになっている。さらにみじめなのは足元だった。中等部の校則に従い、由美は長靴下の上に白い三つ折りソックスを、幼児っぽく重ね履きさせられていた。その白いソックスも由美の体内から排出された液体で、大部分が薄く黄色に染まってしまっている。同じく上履きとして履かされた、つま先を赤く塗られたバレーシューズまで、じっとりと湿り気をおびている。
「どうなの、こんなによごしといて…。それでもトコトコ歩いて保健室まで行こうというの?。」
佳江は追い打ちをかけるように、床を指さした。そこには由美が今しがた、保健室に向かおうと歩み出した跡が残されていた。濡れた靴形とともに。しかも靴形のまわりに、いくつかの水滴がおちているのも佳江は見逃さなかった。そして彼女はおどろくべき行動に出た。なんと、その水滴をなんの躊躇も無く、指先でぬぐうではないか。
「これがなんだかわかるでしょう。」
そう言いながら、湿った指先を黒板に顔を伏せる由美の鼻先まで持ってくる。
「やめてっ!、きたない!…。」
思わず顔をそむける由美。独特の鼻をつく匂いが、床を汚しているものが何であるかを如実に物語っている。
 いきなり自分の体の排泄物を目の前につきつけられ、由美はすっかり動転してしまった。
「由美さん、あなた今なんて言ったかしら。自分でもきたないと思うものを、保健室まで廊下にまき散らしながら行くつもり?。」
「すっ…、すみません……。」
だが佳江は容赦なかった。
「この床のおしっこだって、いったいどれが掃除すると思ってるの。」
「…………。」
そこまで問い詰められると、もう由美には返す言葉もなかった。
「さっ、由美ちゃん。」
京香の声が、黒板に顔を伏せたまま動かない由美の耳元で聞こえた。彼女の声は、トゲのある佳江の声とは対照的に、由美をやさしく包むような響きを持っていた。
「もう我慢しなくていいのよ。気持ち悪かったでしょう。おむつ替えよう。」
しかしそうは言われても、とても教室でのおむつ替えなど由美には納得できない。
「そっ、そんな!……、みんなの見てる前で……。」
「由美さん、わがままは許しません。もう集団下校しなければならない時間なんですよ。みんな、あなたのオムツ替えが済むのを待っているんです。」
この学園では、中等部の生徒は小学生のように集団下校しなければならない。ひとりの生徒の遅れは、全体の遅れにつながるのだ。これも団体行動の起立を叩きこむ、この学園独自の管理教育のひとつだった。
 ふたたび叱責の声を飛ばすと、佳江は京香たちにそっとウインクを送った。そのウインクが合図だったのだろうか。由美の背後でバサバサと何かが広げられる物音が聞こえてきた。振り返ると、おむつ当番の久美子が大きなビニールシートを広げているではないか。シートにはバンビやリスなど動物たちがカラフルに描かれている。
「こっ、これは……。」
驚いた表情の由美に、
「ベビーシートよ。かわいいでしょう。由美ちゃんのようなオモラシさんのために備えてあるのよ。」
京香はシートを広げる久美子を手伝いながら続けた。
「でもこれはね、由美ちゃんのような大きい子のための、特別サイズなの。さっ、横になって。」
京香は由美の肩に手を添え、シートのほうに導こうとする。
 由美は“オモラシさん”という言葉に強い羞恥を感じながらも、たまらず哀願を繰り返す。
「でも…でも…みんなの見てる前でなんて、恥ずかしすぎます。佐々木先生、お願いです。みんなを教室の外に出して下さい。」
「なに勝手なこと言ってるんですか。そもそもあなたがの休み時間にトイレに行っていれば、こんなことにならなかったんでしょ。」
そう言われてしまうと、由美も返す言葉がない。佳江は由美が言葉に詰まっている間に、一年生の林梨花に床を拭くように命じると、
さらに続けた。
「だいたい床にたらしたオシッコだって、掃除するのはあなたのクラスメイトですよ。6歳も年下の中学1年生におもらしの後始末までしてもらって、恥ずかしくないの?。」
佳江の語気は先ほどより強かった。
「お掃除なら私がします。私にさせて下さい。」
「ミトンした手で掃除なんかできるもんですか。オムツ替えがいやだったら、いつまでも濡れたオムツあててなさい。」
佳江はそう言い捨てると、京香たちに目配せした。それを受け、京香がそっと由美に声をかける。
「さぁ由美ちゃん。このまま駄々をこねても、ますますみんなに迷惑かかるだけだよ。」
「だけど……。」
「だいじょうぶ。由美ちゃんが恥ずかしい思いをしないように、手早く替えてあげるから。」
京香はやさしく微笑んだ。京香の言葉にはなんというか、独特の説得力がある。決して高圧さも意地の悪さも感じさせず、まるで母親がむずかる幼児を母性愛で包みこむような雰囲気を持っているのだ。気の強い由美も京香に説得されると、知らず知らずに彼女の言葉に従ってしまう。
「それに由美ちゃんがいやがってたら、いつまでも濡れたオムツしてなきゃいけないよ。」
たしかに濡れたオムツがベッチョリと肌に吸い付く不快感も、もはや限界に達していた。
このまま、かたくなにオムツの交換を拒否しつづけても、事態は好転しないであろう。東北の空気に触れだんだん冷たく、ぐっしょりと腰回りから股間までまとわりつくおぞましさに、由美は観念したように小さくうなづいた。これは彼女にとってつらい決断だった。
「由美ちゃん、ありがとう。由美ちゃんは本当にえらいな。」
 京香は笑顔で語りかけながら、由美をやさしくベビーシートに導いていく。
「はい、コロンとあおむけになって。」
京香はまず由美をベヒーシートの上にしゃがませると、お尻を床につかせて足をのばすように座らせた。由美の全体重がオムツに包まれたお尻にかかる。同時にグジュウゥゥゥ…というくぐもった音が、おむつカバーの中から聞こえてくる。由美の体重が尿をいっぱい吸い取ったオムツに乗っかったため、その圧力でたくさんの液体がおむつからしみ出してきたのだ。
「あぁ……いやァ…。」
おむつと肌のはざまで、オシッコが所在なげにうごめくおぞましさに、由美は顔をゆがめる。
「がまんしてね。ほんのちょっとの辛抱だから。」
京香は右手で由美の肩を抱きかかえながら、由美の体を仰向けに寝かしつける。同時に左手ですばやく、由美のスカート背部をたくし上げた。
「こうしないと、オムツはずした時スカートよごしちゃうからね。」
独り言のように話しかけながら、今度はサッとスカートの前すそを由美の胸のあたりまで跳ね上げる。
「あっ、ダメっ……。」
由美があわててスカートを押さえようとするが、時すでに遅しだった。由美のスカートが超ミニのため、簡単にまくられてしまう。すっかりオムツが丸見えになってしまった。
「ギャハハ、おむつよ、お・む・つ……。」
「ふふ、クマさんの前あてなんて……。」
「カワイすぎ〜!。」
由美のオムツ姿を嘲笑する声が聞こえてくる。その声にハッとして見まわすと、先ほどまでいすに座っていた女生徒たちが、いつのまにやら由美を取り囲んでいるではないか。中学生たちの目は、どれも好奇に満ちている。
「いやよ、いやっ、みんな見ないで!。」
由美は仰向けのまま叫んだ。いったいだれが生徒たちを由美のまわりに集めたのか。その疑問に答えるかのように、佳江の声が由美の耳元に届いた。
「オムツ替えは、一年生の児童たちにも見学してもらいます。いずれ高等部に入ったら、高橋さんのようにおむつ当番しなければなりませんからね。」
「そっ、そんな!…。いやです!。いやぁぁ!……。」
由美はすっかり動転し、両手でむき出しにされたオムツを覆い隠そうとした。
「由美ちゃん、邪魔でしょ。お手てはバンザイでちゅ。」
佳江は幼児をあやすように、ミトンをはめられた由美の両手をオムツから引き離すと、中学生たちに押さえるように命じた。由美の両手は頭の上で下級生たちに引っぱられ、身動きもままならない。
「佐々木先生、おむつの解錠をお願いします。」
久美子の声がした。
由美のおむつカバーは、腰ヒモといっしょに透明のピアノ線が紐とおしに巻かれていた。そしてこのピアノ線はおむつの前当てにも通され、おへその真上あたりで差込錠でしっかりロックされていたのだ。もちろん由美がオムツをはずせなくするためであるのは言うまでもない。
「はい、今はずしますからね。由美ちゃん、もしあばれたらオムツ替えは中止ですからね。一日中、オシッコまみれのオムツあてるはめになりますよ。わかった?。」
佐々木佳江の有無を言わさず語気に、由美は小さくうなづくしかなかった。

 カチッという音とともに、前当てに通されていた差込錠がはずされた。由美のおむつは淡いレモンイエロー地に、チューリップの細かな柄があしらわれた、可愛らしいデザインであった。そして前当て部分に描かれた大きなクマさんの顔が、よりいっそう幼児っぽさをかもし出している。前当ては左右4つずつ白いボタンのホックがならんでいた。その右ホックが京香の手で、左のホックが久美子の手で手早くはずされていった。
 パツン…、パツン…。教室にホックのはずれる乾いた音が響く。二人ともおむつ替えは慣れているようで、みるみる前当てがはがされていった。同時に下級生たちの目がおむつの中にそそがれる。
「あぁぁ、いやぁぁ……。」
由美はうなされたように首を左右に振りながら、あらがいをみせた。思わず前を押さえようと試みるが、ミトンをはめられた両手は下級生たちによって、しっかり押さえこまれている。
ホックのはずされた前当てが久美子の手で持ち上げられると同時に、東北の冷たい空気が由美の下腹部を包みこむ。思わずゾクッと全身に鳥肌をたてる由美。そしてそのまわりを取り囲む下級生の目には、幾重にも巻かれた布おむつが飛びこんできた。
「やだぁー、ほんもののオムツだ!。」
「こんな大きいの、はじめてェー!。」
由美を取り囲む下級生たちの押し殺したような驚嘆の声が、由美を羞恥のどん底に叩き込む。中学1年生の彼女たちにしてみれば、赤ん坊や老人ならまだしも、成人に近い大人がおむつをあてている光景など、初めての体験であろう。しかも目の前にいるのは、本来なら中学生たちが最もあこがれる年上の女性なのである。高校卒業も間近の、成熟した女性のおむつ姿なぞ、中学1年生たちにとっては奇異以外のなにものでもなかった。
「わぁ、すごーい!。おむつ、ほんとにビショビショだぁ。」
「信じらんなーい。」
情け容赦ないあざけりの言葉が、なおも由美をおそう。
(お願いっ、見ないで!…、みんな見ないで……。)
由美は心の中で叫び続けた。しかし彼女がいくら心の中で叫ぼうとも、下級生たちの好奇心をそらすのには何の役にもたたない。なぜなら前当てが取り除かれたのに続いて、今度は京香がおむつの横羽を左右に開いたため、カバーにおおわれ人目にふれることのなかった布おむつが、すっかりむき出しになってしまったからだ。
さらに由美を絶望の淵に追いつめるような佳江の声が、教室中に響いた。
「児童のみなさん、これが布オムツです。今は紙製のものが一般的で、布オムツはあまり見る機会がありませんから、よく見ておくように。」
この指示で生徒たちの視線はいやでも、由美にほどこされた布おむつに釘付けになる。
(あぁぁ…、なんて……いじわるなの……。)
由美は絶望の崖っぷちに追いつめられていく
 由美の布おむつは白いネル地に、水色でアヒルの親子が歩く図柄が細かくあしらわれたものだった。年齢にそぐわない可愛らしいデザインが、思わず女生徒たちの失笑を誘う。
おまけに布オムツからは、うっすらと白い湯気が立ちのぼっていた。おそらく、由美の体内であたためられたものが、東北の冷たい外気に触れたためであろう。ゆらーり、ゆらーりと立ちのぼる蒸気とともに、鼻をつまみたくなるような独特の匂いが、由美のまわりにただよい始める。その匂いが、由美のおむつを濡らしている正体がなんであるか、如実に物語っていた。
「まあまあ、こんなにグッショリ……。よくがまんできたわねぇ。」
そう口にしながらも、おむつ当番の久美子は表情ひとつ変えずに、そっと前当てを持ち上げた。その仕草はまるで、赤ちゃんのおむつを交換し慣れた母親のようでもあった。久美子や京香を見ているかぎり、ただよう異臭も、由美の体内から排出された液体にまみれたオムツを手にすることにも、なんの抵抗も感じていないようであった。
 だが、由美はそれどころではない。すべての下級生の視線が、自分の股間に集まっているのだ。少しでもオムツを隠そうと、思わず両脚をすり寄せようとする。
「だめだめ、由美ちゃん。足をあわせちゃあ……。」
京香があわてたように、由美の膝頭を押さえる。
「ちょっと恥ずかしいかもしれないけど、足はひろげててね。」
久美子はそう言うと、由美の左ひざ裏に手をかけた。この言葉に合わせるかのように、京香も由美の右ひざ裏に手をかける。
「そうそう、しばらくカエルさんのようにしててね。」
「あっ、ダメ!……。」
思わず由美は叫んだが、その時はもう遅かった。二人はいやがる由美の両膝を床につけたまま、すばやく左右に押し開く。由美は思わず抵抗を試みたが、膝関節の裏から押されては逆らいようがない。たちまち、ぶざまなガニ股スタイルにされてしまった。
「いい子ね、由美ちゃん。おむつ替えてもらう時は、いつもお脚はこのスタイルよ。おぼえててね。」
「いやぁ、いやぁ……。」
由美は懸命に足を閉じようとする。
「だめだめ由美ちゃん、お股をとじるとせっかくオムツさんがオシッコ吸いとってくれたのに、染み出しちゃうでしょ!。」
担任の佳江は軽く舌打ちしながら、厚ぼったい長靴下に包まれた由美の内ももをギュっとつねり上げた。
「痛あぁぁい!。」思わず叫ぶ由美。
「痛いのがいやだったら、脚はカエルさんにしてなさい。」
予想外の痛みに、渋々したがう由美。
 だが確かに佳江の言うことにも一里あった。なぜなら由美が股を閉じれば当然、股間にはさまれたオムツは圧迫され、せっかく吸収された尿を絞り出すようなあんばいになってしまう。オムツをよごしてしまった以上、脚をとじるなど、もってのほかであった。由美はみっともないガニ股スタイルのまま、じっとしているしかなかった。もはや、よごれたオムツを替えてくれるのは京香と久美子、この二人しかいないのだ。由美は絶望に近い敗北感のなかで、二人の手にゆだねられていった。
 久美子の手でいったん持ち上げられた前当てが、静かに股下へ下ろされていく。そしてぶざまに開かれた由美の股の間で、裏返しに広げられた。
「まぁっ、おむつカバーまでビチョビチョぉぉ……。」
下級生たちの中から驚きの声があがる。前当ての裏側は、白いビニール貼りの作りだったが、その表面は由美の体内から排出された液体によって、ぬめっとした光沢を帯びていた。
「やぁねえ。ここまで濡らしちゃって。」
「恥ずかしくないのかしら。」
容赦ない下級生たちの嘲りが、由美をさらに羞恥の崖っぷちへと追いつめていく。だが彼女の気持ちなどお構いなく、久美子たちはたんたんとオムツ替えをすすめていくのだった。
「また、ずいぶんオモラシしちゃったものねぇ。」
京香は驚きともつかないような溜め息をはきながら、布オムツをはずしにかかりだした。
「もうちょっと、おむつを厚く当てた方がいいみたいですね。」
久美子も相づちをうちながら、由美の股間を包むおむつに手をかける。おむつは由美の体から放出された液体をじゅうぶんに吸い取り、ぐっしょりと薄黄色に染まっていた。
「きっと由美ちゃん、ぎりぎりまでガマンしてたんじゃないかしら。そうよね、由美ちゃん?。」
京香が微笑みを浮かべ由美に問いかける。だが由美は目をとじたまま、小さく首を振るばかりだ。粗相した幼児が母親にやさしく諭されて恥じらうような仕草に、思わず
「うふっ、かわいい。」
そんなつぶやきが、由美を取り巻く下級生の中から洩れ聞こえてくる。その言葉がさらに、由美の羞恥に拍車をかける。6歳も年下の下級生にカワイイと言われる口惜しさに、思わず唇を噛みしめたその時だった。
「あんまり、ガマンすると体によくないのよ。」
京香は少したしなめるように声をかけながら、手早く股間を包むオムツのふちを持ち上げた。
「さっ、はずすわよ。」
言い終わるより前に、京香の手はオムツを由美の股下に引き下げていた。
「あっ!……、」
と由美が叫んだ時には、濡れたおむつはガニ股に開かれた大腿の間に、前当てに重なるように広げられていた。 間髪入れず久美子が、由美の腰に横からくるんでいたオムツを、左右にすばやく広げる。
 今や、おむつとおむつカバーは由美のお尻の下に敷かれたまま、T字の形に大きく広げられた恰好となってしまった。その上に吊りスカートをおへその上までまくり上げられ、両脚をカエルのようにみっともなく開かされ、仰向けに寝かされた由美の姿があった。今やすべてをさらけ出され、横たわるその様は、とても18歳をすぎた、うら若き女性の容姿ではなかった。かつては大勢の男性たちを魅了した自慢の脚線美も、厚ぼったい肌色の長靴下に白い三つ折りソックスの重ね履きのいでたちで、ガニ股に開かされては台無しである。脚を閉じたくても、股下にビッショリと濡れたおむつとおむつカバーが広げられていては、閉じることすらままならない。おまけに上履きとして履かされた幼児っぽいデザインのバンドバレーシューズ、大腿を飾る赤い靴下止めが、滑稽さを強調している。
「見て、あのかっこう!。クククぅぅ…。」
下級生たちの押し殺したような笑い。
「最低……。」
「あれでホントに18かしら。」
「1年2組の恥よ。」
「あたしだったら死んじゃうけど…。」
 あまりの奇異な姿に、再び下級生たちの中からヒソヒソと嘲笑がもれる。
(いやだぁぁ……。みんな見ないで……、お願い、見ないで……)
あまりの羞恥とみじめさに、由美の意識は混沌としだす。
 今や由美の女性の部分すべてが、中学生たちの前にむき出しにされていた。男性以上に同性に自分の恥ずかしい部分を見られるのは、由美にとって最もうとましいことであった。それも6歳も年下の、中学1年生たちにである。
 しかしなんと皮肉なことか。由美の女性自身をさりげなく飾る漆黒の翳り。唯一その部分だけが、彼女が18歳のうら若き女性であることを、かろうじて照明していた。決して見苦しくもなく、かといって淡くもなく、由美の成熟した肉体にほどよく彩りをそえる大人の証し。そのふっさりとした飾り毛は、由美の下半身にあてがわれたオムツや幼女のような衣装とは、あまりにもアンバランスな取り合わせだった。その奇妙なコントラストに、クラスの全ての視線が由美の女性の部分に注がれていた。
 しかし京香と久美子といえば、中学生たちのざわめきも耳に入らない様子で、たんたんとオムツ替えを進めている。
「おむつ交換の前に清潔にしとかないといけませんね。」
久美子はそう言いながら、尿で湿った由美の下腹部から腰回りを、タオルで丹念に拭きとりはじめた。その間に京香は、おおきな風呂敷包みから新しいおむつとおむつカバーを取り出しはじめた。
「さぁ、由美ちゃん。こんどはどんなオムツにしようか。」
京香は顔を由美に近づけながら、にこやかに問いかける。
「いろいろ用意してきたのよ。アヒルさんはもう飽きちゃったでしょ。こんどはチョウチョさんにしようか、それともお花模様がいいかな?。」
「おむつはいや……。もう、いや……」
「ダメダメ、由美ちゃんはオモラシさんなんだから。先生方がいいというまではオムツしてなくちゃ…。」
京香は軽く首を振ると、一組のおむつを仰向けに横たわる由美の顔まで近づけ、
「じゃあ、今度はチョウチョさんの模様にしようね。」
屈託のない笑顔で由美の顔を見つめた。由美は無言のまま、あきらめたように目をとじた。
(この子にはなにを言っても無駄だ…。)
由美には京香の精神構造が理解できなかった。京香のしゃべり方、ふるまい、何もかもがまるで、幼児がままごと遊びで母親かおねえさん役を楽しんでいるようにしか見えないのだ。
今はというと、自分で選んだおむつカバーの上に先ほどのチョウチョ柄おむつを楽しげに重ねている。
「水野先輩、おむつは先ほどより多めにお願いしますね。由美ちゃん、どうしてもぎりぎりまでガマンしちゃうみたいだし…。」
「最初のうちは仕方ないわよ。だいじょうぶ、3枚くらい厚めに重ねといたから。」
水野京香は1級下の久美子に相づちをうちながら、満足げに自分の用意したおむつに見入っていた。
「さて、できたっと……。でも交換の前におむつかぶれの予防もしとこうね。」
京香は思い出したようにつぶやくと、風呂敷包みの中に手をつっこみゴソゴソやっていたが、まもなく
「さぁ由美ちゃん、これをつけておけば安心だからね。」
と、小さな缶を取り出した。
「なんだかわかる?、ベビーパウダーよ。なつかしいでしょう。」
そう口にしながらパフを手にすると、京香はパタパタと由美の下腹部にまんべんなく、はたきはじめた。
少し冷やっとする、けれどもとてもやわらかいパフの感触。そして甘酸っぱく、ほんのりミルクくさい香り…。とうの昔に忘れていた感触と香りが由美の五感をくすぐる。一瞬、時計が逆の方向に廻っていくような錯覚…。「由美……、あか…ちゃん……じゃ……ない……。」
うなされるように、かすかな声でつぶやく由美。しかしこれが彼女にとって今できる、大人としてのプライドを守る唯一の抵抗であった。だがはかなくとも、抵抗を続ければ続けるほど、現実とのギャップは広まっていく。
夏のバカンス、湘南の砂浜でエキゾティックに日焼けした由美の肌。だが、せっかくの由美ご自慢の小麦色の肌も、ほどなくベビーパウダーの粉末によって、変わり果てた様相にされてしまった。
「これをたくさん塗っとくと、おむつかぶれにはなんないよ。」
京香はにこやかに説明しながら、パプにたっぷりとパウダーを擦りこむと、由美の下腹部から腰回りにかけて、パタパタとはたいていく。由美の健康的に日焼けした肌はベビーパウダーにより、みるみる白く塗り変えられていった。
「あらまぁ、ずいぶんベビーっぽくなったこと。」
佳江は満足そうに声をかけながら、にくにくしげに続けた。
「由美ちゃんの日焼けのあとステキね。きっとおしゃれなビキニの水着つけてたんでしょう。でもオモラシさんに小麦色の肌は必要ないわ。ビキニの水着もね。赤ちゃんのように真っ白い、すべすべお肌の方がお似合いよ。水野さん、よろしくね。」
その言葉を受け、水野京香は手にしたパフをさらにおへそのあたりまで、ポンポンとはたいていく。由美のセクシーなウエストラインにベビーパウダーの処置は、あまりにも不似合いな取り合わせであった。
 だが京香は手をゆるめることなく、由美を横に向かせると、こんどはヒップにかけてもパウダーをはためかせていく。かつて多くの男性を魅了した、由美の豊かなヒップライン……。だがそんな由美のチャームポイントも同性たちの手によって、ベビーパウダーを白く塗りたくられた幼児のお尻に変えられてしまった。おかげで、ふたたび仰向けに寝かされた時には、周囲の下級生から洩れる笑いも一段と大きくなっていた。クスクス笑う声に、由美はますます大人の世界から引き離されていく惨めさをつのらせる。だから、
「さぁ、新しいオムツをしましょうね。」
という久美子の声が聞こえた時は、由美は正直、ホッとした。
(あぁ、やっと恥ずかしい姿が隠せる…。)
あれほどいやだったオムツも、あててさえしまえば、女性としてもっとも恥ずかしい部分を、同性の目から隠すことができるではないか。今や由美にとって下級生たちの目をさえぎるものであれば、おむつでもなんでもよかった。それほど彼女にとって、自分の女性の証を同性にみられるのは耐え難いことであったのた。
 だがその安堵のひとときも、ほんのつかの間だった。
「さぁ、新しいおむつの前に、オマタの間もキレイキレイしときましょうね。」
久美子の声に由美の顔は再び蒼白となった。
いくら自分の失態か原因とはいえど、自分の敏感な部分を、しかも同性の手で触れられることなど、由美にとっては絶対に許し難いことであった。しかしパフを手にした京香の手が、由美の股間に近づこうとしているではないか。
「いやっ、いやぁ……。そ…それだけは……いやぁぁ!。」
由美はあわてて股をとじ、京香の手の侵入を防ごうとする。
「だめよ由美ちゃん、ここのところがいちばん汚れるんだから。」
だが京香のこの言葉もさすがに今回ばかりは説得力なく、由美は必死に抗いをみせる。無理もない。彼女にとって同性の手が女性自身に触れるなど、もってのほかであった。
 だが、その時である。担任の佳江の右手がふたたび由美の右太ももにのびた瞬間、
「いたぁぁぁ……!」
悲鳴にも近い由美の叫び声が、教室中に響きわたった。佳江がやわらかな内股を思いきり、つねりあげたのである。由美の視界に閃光が走った。
「由美さん、なに様のつもりですか。水野さんや高橋さんだって、好きこのんであなたのオムツ替えをしているんじゃないんですよ。」
「ヒッ、それは…わかっています。」
「だれがあなたのオシッコまみれの汚らしいオムツを手にしたり、体を拭いたりして楽しいものですか。」
「…………。」
由美は絶句した。そこまで問い詰められると、返す言葉がない。だが佳江は表情ひとつ変えず、京香と久美子の方を向き直った。
「水野さん、高橋さん。あなたたちの手を由美さんに見せてあげなさい。」
おもむろに差し出された二人の手を由美は直視できなかった。彼女らの両手は、由美の体内から漏れ出た液体でびっしょりだった。だが二人ともいやな顔ひとつせず、ぐちょぐちょなった由美のオムツやオムツカバーを手にとっている。
「由美さん、あなた自分のお友達におなじことをしてあげられるかしら?。」
「…………。」
由美は無言のまま、小さく首をふった。自分の体内から排出されたものでさえ、触れるのに大きな抵抗を感じるのに、ましてや他人の汚れたオムツなぞ、さわるだけでもおぞましい。はっきりいって由美は、京香たちが汚れたオムツを平然と素手でつかめることすら、不思議であった。
「そうでしょう。自分でもさわりたくない汚いオムツを、水野さんたちはあなたの体からはずしてくれて、オシッコまみれのところだってきれいにしてくれているんですよ。なんとも思わないのですか?。」
「ごっ、ごめんなさい。」
由美は蚊の鳴くような声で、そう答えるのが精一杯だった。
「だったらせめて、二人がケアしやすいようにしてあげるのが、由美さんのすべきことではないですか?。」
ここまで毅然と道理をとおされると、由美はもはや何も言い返すことができなかった。
「さっ、ひざを立てるのよ。」
少しでも股間を隠そうと両膝をすりあわせる由美に、佳江は両膝を立てるように命じた。
由美は抵抗を感じながらも、おずおずと三角の形に両膝を立てていく。だが由美が自分の意志でできるのもそこまでであった。次の佳江の言葉に由美は耳を疑った。
「そうそう、いい子ね。そのまま足元はそろえたまま、お股を開くのよ。」
「イヤぁ、それだけは……堪忍して……、」
由美はとまどいを隠せなかった。
「なに言ってるの。開かないと由美ちゃんのバッチイところ、ふきふきできないでしょ。」
「あぁぁん…、恥ずかしすぎます。」
由美は今にも泣き出しそうだった。
「由美ちゃん、もう一度痛い目にあいたいのかなぁ?。」
ふたたび佳江の指先が、今度は由美の左内ももの柔らかい肉をつまんだ。
「ヒッ…、いやっ、堪忍……。」
由美はつい先ほど、内股をつねりあげられた時の激痛を思い出し、あわてて許しを乞う。
「じゃあ、さっさと開きなさい。」
由美は目を閉じたまま、観念したように立て膝のまま両脚をゆっくりと開いていった。足元はそろえたままなので、両脚がちょうど菱形に開いた恰好となり、ぶざまなこときわまりない。それだけでなく由美の恥部までもが、下級生たちの前にさらけ出された姿となった。生徒たちは目を皿のようにして、由美の女性自身に見入っている。
「そうそう、ふきふきしてもらう時はいつもこのスタイルを忘れないように。」
佳江は憎々しげに由美の顔をいちべつすると、京香たちに目配せした。その合図に気づいたのか、京香はふたたびパフにベビーパウダーをたっぷり擦り込みはじめた。
「由美ちゃん、じっとしててね。」
そう声をかけるや、今や由美にとって唯一おとなの証でもある漆黒の繊毛とその周辺部に、パウダーをはたきつけていく。由美の艶のある繊毛はパウダーの粉末によって、まるで雪のついた小枝のように、白く飾られていった。
「ここのあたりがいちばんムレやすいのよねぇ。」
独り言のようにつぶやきながら、さらに京香の手は、だれも足を踏み入れたことのない由美の股間にのびていった。
「いやっ!」
由美は思わず身震いした。彼女にとって同性に自分の体に振れられるのは、もっとも耐え難いことであった。ましてや京香が振れたのは、由美にとって最も敏感な部分ではないか。だが京香の手は止まらない。
「だめだめ、おしっこの穴のまわりはきれいにしとかないと、かゆくなっちゃうよ。」
京香はそう言いながら、由美の柔らかそうな肉ひだの部分に丹念にパフをあてていく。
「あぁぁっ…、やめて……。」
首を小さくふりながら、由美は小さく喘いだ。
しかし皮肉なことに、ぬれたオムツに包まれしっとりと湿り気をおびていた由美の敏感な部分には、思いのほかパウダーがなじんだ。しかも京香はなんどもなんどもパフにパウダーをすくうと、執拗に柔肌へなでつけてゆく。そして花弁に付着した白い粉末を、今度は菊花の方に引きのばしていくではないか。
「ヒィィ…、いやぁ……いやぁぁ…。」
自分で触れるのさえ疎ましい会陰部にあてられたパフのおぞましい感触に、由美は鳥肌をたてた。
「あら由美ちゃんって、ずいぶん感じやすいのね。でもここのあたりがいちばんカブレやすいの。きちんと塗っときましょうね。」
いやがる由美の姿など気にならない様子で、京香の顔には少し謎めいた微笑が浮かんでいた。由美はおぞましさに耐える中で、京香の微笑に言葉では言いあらわせない不気味さをかすかに感じた。
 ほどなくして、由美の下腹部は京香たちの手によって、べっとりとベビーパウダーで塗り固められてしまった。すっかり幼い姿にかえられた下腹部に、白く雪化粧された漆黒の茂みがアンバランスに映える。
「あらら…、ずいぶんパウダーつかっちゃいましたねぇ。」
さんざん自分で塗りたくっておいて、京香は手にした缶をのぞき込みながら驚いた表情だ。
「そりゃ、そうよ。由美ちゃんは体はりっぱな大人なんだから。」
佳江は含み笑いを浮かべ、由美の表情を楽しげにうかがいながら、なおもつづける。
「おもらししたオチッコの量も、ベビーちゃんよりたくさんだしね。」
佳江の一言一言が由美の大人のプライドを、さらに引き裂いていく。オムツ替えされるベビーよろしく、両脚をみっともなく菱形に開いた姿のまま、由美は目にいっぱい涙をため、佳江の言葉に堪えるしかなかった。

「さぁ、由美ちゃん。よくがんばったわね。じゃあお待ちかね、新しいオムツよ。」
久美子の声が耳元で聞こえた時には、由美の心からはすでに抵抗する気力すら失せてしまったかのようだった。それを見てとったか、担任の佳江が数人の下級生たちに命じた。
「由美ちゃんの両手を離してあげて。もうジタバタすることもないでしょうから。」
おむつ替えをいやがる由美の両手は、下級生たちの手によって、赤ちゃんが万歳をするような恰好で押さえつけられていたのだ。
 ようやく両手を解放された由美は、ミトンをはめられた両手で、むき出しにされた秘部を無意識のうちに隠そうとする。ところがその両手を佳江がギュッとつかんだ。
「なにもあなたの恥ずかしいところを隠すために、両手を離してあげたんじゃないわ。おむつ替えを手伝ってもらうためよ。」
冷ややかに告げると、佳江は由美に仰向けに寝そべらせたまま、右手で右膝を、同じように左手で左膝を抱えるよう命じた。これから何をさせられるかわからぬまま、由美はおそるおそる佳江の指示に従う。
「フフフ…、だいぶお利口さんになったわね。」
佳江は満足げに笑みを浮かべると、仰向けに寝かされた由美の横に一組のおむつとおむつカバーのセットを用意させた。由美がベビーパウダーの処置をうけている間に、久美子が用意しておいたものである。
「下級生のみなさん、よく見ておくように。新しいおむつを交換するときは、このようにおむつカバーを裏返しに広げて、その上に布おむつをTの字になるようにセットしておきます。」
たくさんの好奇の視線が、由美にこれからあてられる布おむつにそそがれる。佳江はさらに続けた。
「あかちゃんなら仕方ありませんが、おむつを当てる相手が健康な若い女性なら、このように膝をかかえてもらいましょう。そして仰向けの姿勢のまま、かかえた膝を上に持ち上げてもらいます。」
ここまで続けたところで、佳江は由美に膝を持ち上げるよう目でうながした。思わず躊躇する由美。
「寝たきり老人じゃないんだから、自分で持ち上げなさい。それともまたツネられたいのかしら。」
佳江の指が由美のやわらかな内股をつまんだ。
「ヒィィッ、上げます、上げます。」
由美はあわてて膝をかかえたまま、両脚を少し持ち上げた。
「こんなんじゃ、おむつが敷き込めないでしょ。もっと高くよ!。」
少し苛ついたように佳江は由美の右足のふくらはぎをつかむと、そのまま上に押し上げた。待ちかまえていたように、京香が左足のふくらはぎを同時に持ち上げる。その勢いにたまらず、由美は両膝をかかえたまま後方宙返りするみたいに、お尻を天井に向けるようにコローンともんどりうった。由美の形のいい臀部が大勢の女生徒たちの前でむきだしになる。
「いやぁぁぁぁぁ!!。」
由美の絞り出すような悲鳴が教室中に響き渡る。あまりのなりゆきに、由美を取り囲む中学生たちも沈黙したまま、固唾を呑んで由美のあられもない姿を凝視している。
「やだぁぁぁ…やだぁぁ…こんなかっこうぅぅ!!。」
由美はわめきながら、元の姿勢に戻ろうと懸命にもがき体を起こそうとする。だが、佳江と京香の手がいったん持ち上げたふくらはぎをおさえつけているため、それすらままならない。そればかりか、二人はつかんだふくらはぎをそのまま左右に押し広げていく。たちまち由美は足の裏を天井に向けたまま、まるでトイレでしゃがんだような恰好にされてしまった。
「やめてっ…、やめてぇぇ!!……、恥ずかしいぃぃ!!……。」
抵抗しようにも力がはいらない姿勢のまま、
さきほどベビーパウダーで白く飾られた会陰部から、キュッとすぼまった菊花まで、だれにも見せたこともない由美のもっとも恥ずかしい部分がすべて、天井の方に向けてむき出しにされた。

《くるっている……。》

由美の脳裏の奥深くで、はじめてこの言葉が浮かんだ。
恋人の健也にさえ触れさせたことのない、それどころか自分で触れるのも疎ましい部分が
、大勢の同性たちの前で、それもはるか下級生の中学1年の女生徒たちの前で、すべてむき出しにされているのだ。こんなことがあるだろうか。いくら粗相したからといって、こんな姿を強要させる学校がはたしてあるだろうか。

《くるってる……、くるってる……》

この言葉を噛みしめながら、それでも由美は必死に元の姿勢に戻ろうと抵抗を続けた。それはどんなにみじめな幼児扱いを受けようとも、美しい女性でありたいという由美の本能がなせるものであった。18歳という若々しい女性にはあまりにも不似合いなオムツ。由美の抵抗は、このいまわしい衣装をあてがわれようとも、大人としてのプライドを最後まで守ろうとする闘いでもあった。
 だが、由美の最後の抵抗も次の瞬間、終止符を打たれた。
パシーン!
乾いた音が教室に響き渡った。同時に
「アヒィィィぃっっ。」
由美の悲鳴にも近い叫び声が、女生徒たちの耳に飛び込んでくる。それは佳江が由美の尻たぼを平手打ちした音だった。
パシーン、パシーン。
平手打ちは間髪いれず、容赦なく続いた。目から火花が散るような激痛に、由美の顔がゆがむ。
「由美さん、いい加減にしなさい。これがオムツを替えてもらう人の態度ですか!。」
佳江の怒号が飛ぶ。
「ごっ…、ゴメンなさい……。」
あまりの激痛に顔をゆがめながら、由美は懸命に許しを乞う。
「そもそもあなたがオナニーなんかしなければ、こんなことにならなかったんじゃあないの?。」
パシーン。再び平手打ちが飛ぶ。
「ウゥゥ…、ゆ……許して……。」
だが佳江は容赦しなかった。
「だれも好きであなたのよごれたオムツを替えてるんじゃないんですよ。それなのに手をわずらわすことばかしして…。」
パシーン、パシーン…。
「ヒィィっっ、いたぁーいっ!。」
「痛いのがいやだったら、ひざをかかえたまま脚を開きなさい。」
「ひぃ、あんまりです。恥ずかしすぎる……。」
「まだ懲りないみたいね。」
再び佳江が、利き腕を高く振り上げる。
「あぁ待って…、ひらきます。ひらきますぅ…。」
あまりの激痛に堪えきれず、由美はひざをかかえたまま、おずおずと股を開いた。それも秘部を天井の方に向けた、あられもない姿のままである。
「そうそう、ウンチする時のポーズといっしょよ。今日からウンチスタイル、と言われたらこの恰好をするように。わかった?!。」
「………」
若き女性が口にするだけでも恥ずかしい言葉をつきつけられ、由美の顔はもう真っ赤であった。それでなくても、膝を抱えての大股開きだけでも、年頃の女性にとって屈辱的ともいえる恰好である。とても返事などできるものではない。
 だがそんな由美の気持ちを逆なでするかのように、佳江はさらに追い打ちをかける。
「最初からこの恰好をしてりゃあ、オサルさんみたいにお尻を真っ赤っ赤に腫らさずにすんだのに。」
皮肉混じりにそう口にすると、佳江は由美の柔らかい、尻たぼをそっと撫で上げた。恋人の健也以外、誰にも見せたことすらない部分を同性に触れられ、由美の全身に鳥肌がたった。佳江の平手打ちのせいで、由美の引き締まったお尻は真っ赤に腫れあがっている。
「ふふふっ、イタズラしてママに折檻された幼児のお尻って感じね。」
佳江は愉快そうに微笑むと、同意を求めるかのように由美を取り囲む中学1年生たちを見廻した。それにつられ、プッと吹き出す生徒たち。「うぅぅ……、ひどすぎるぅ……。」
由美は目にいっぱい涙をため、唇をギュッと噛みしめた。そして口惜しさにうち震える心の中で、一つの確信が芽生えていった。

《くるってる……、この学校、くるってる……》

めくるめく羞恥で麻痺しかけた頭の中で、この言葉だけが明瞭に浮かび上がってきた。

「さっ、久美子さん。由美さんがウンチスタイルしている間におむつ、敷きこんでちょうだいな。」
佳江の命令に、無理やり膝をかかえさせられ浮いたお尻の下に、久美子はおむつカバーごと新しい布おむつを敷きこんだ。
「1年生のみなさん。おむつをあてる手順をちゃんと見て覚えておくように。」
佳江の下級生たちに注意を与える声が、由美の耳にいやがおうにも入ってくる。今や1年2組の女生徒たち全員が固唾を飲んで、由美のおむつ替えに注目している。
「さっ、由美ちゃん。お尻はおろしてもいいわ。でもお膝はかかえて広げたままよ。」
京香がまるでちっちゃい幼児にいい諭すように、由美に声を掛ける。
(あぁ、またオムツされるんだ…。赤ちゃんみたいに……。それもみんなが見ている前で……。)
もはや抵抗するすべなぞ無いことは由美にもわかっていた。ここでかたくなにオムツを拒否しても、ベビーパウダーにまみれた、みっともない下半身を大勢の下級生たちの前にさらす時間が増えるだけなのだ。あられもない姿を人目から隠すには、おむつをあてられるしかないのだ。由美は観念したように目を閉じた。
「ほーら、あたらしいオムツよ。」
京香は由美の両脚の間にのばされた布オムツを手に取ると、天井に向かっていったん引っぱり上げ、そのまま臀部から股間、おへそまで包むように当てていく。
「どう、こんどはチョウチョさんの模様にしてみたわ。」
京香はニコニコ顔で、いったん包もうとした布おむつを持ち上げて、由美におむつの柄を見せた。それは白地に青くチョウチョの柄が散りばめられた、愛らしいデザインであった。
「気に入ってもらえたかしら。」
「…………。」
由美はもう、返答する気力もなくそっぽをむいてしまった。その仕草がいかにも母親にちょっと反抗してみせる幼児のようで、より可愛らしさをつのらせる。もちろん由美にとっては、京香には何を言っても通じない、という諦めの気持ちからとった仕草のつもりだったのたが、それがかえってあどけなく映ってしまったようだ。
「由美さん、なんとか言ったらどうかしら。せっかくオムツの柄まで選んでもらったのに。」
佳江がちゃかすように声をかける。
「まぁまぁ佐々木先生、由美ちゃん嬉しいんでしょうけど、きっと恥ずかしくて口にだせないんですわ。」
久美子はそう言いながら、今度はT字に左右に広げたオムツ地を腹部にあてたオムツの上に折り重ねる。さらにその上に、股間に残されたオムツ地を再びおへそに向けて、幾重にもクロスするようにあてていく。
「ふつうはこうはしないんだけど、由美ちゃん、ついぎりぎりまでガマンしちゃうから、どうしてもオモラシの量が多いでしょう。おむつの枚数を増やしときましたわ。」
久美子は淡々と説明しながら、由美にオムツをあてがっていく。そして慣れた手つきで余ったおむつの切れ端を、おへそのあたりでクロスした横当ておむつの下に折り込んだ。
「うふふ、お相撲さんのまわしみたい。」
一人の中学生の陰口に、由美を取り囲む下級生たちの輪から笑いが立ちのぼる。だが中学生の言葉は素直な感想だったのかもしれない。由美のモデルとも見まがうばかりの、スリムなボディライン。それにオムツという取り合わせは、中学生の目から見ても奇異に映ったにちがいない。腰からヒップにかけてだけはオムツにぶ厚く包まれているため、彼女の大人っぽい魅力がもののみごとに台無しにされてしまっている。
「仕方ないのよ。由美ちゃん中学一年生に編入したといっても、体はりっぱな大人ですからね。みんなよりもチッチの量も多いんだから……。」
佳江の皮肉をこめた口調に、由美はなおのこと自分の情けない境遇を思い知らされる。
 久美子は続いて、おむつカバーの左右の横羽根も重ね合わせ、マジックで固定した。そして今度はおむつカバーの前当てを一度上に引っぱると、先に当てたおむつ地を押さえ込むように重ね合わせる。
 ここではじめて、これまで裏のゴムの部分しか見えなかったオムツの表側が、下級生たちの目に飛び込んできた。同時に生徒たちの中から喚声があがる。
「ちょっと、見て…。あのオムツカバー!。」
「キャツハッハッ、うそでしょ。」
「フフ、かわいすぎ〜。」
様々なからかいの言葉が、由美の耳に飛び込んでくる。
 現実から少しでも遠ざかろうと、かたくなに目を閉じていた由美だったが、生徒たちの笑い声に、おそるおそる自分があてられようとしているオムツをのぞき込む。そして由美は愕然とした。
「ヤッ、ヤダぁぁ!。」
前にも増して、由美の顔は惨めさと情けなさの入り交じった表情になった。しかし無理もなかった。由美にあてがわれた新しいオムツカバーはなんと、赤ちゃんのオシャブリの絵柄がカラフルに描かれたデザインだったのである。水色の背景に、大小色とりどりのオシャブリが、おむつカバーいっぱいに散りばめられている。あぁ…、佳江たちはいったいどこまで由美を幼児扱いすれば、気がすむのであろうか。
「いやっ、いやです。こんなオムツカバー……。」
「ごめんね。由美ちゃんの体に合うサイズ、今はこれしかないの。」
由美の態度に、久美子が少し狼狽しながら応えた。
「だけど、だけど…、恥ずかしすぎます。こんなの……。うぅぅ……。」
由美の顔はもう、半べそだった。
「由美さん、わがままは許しませんよ。そもそもあなたがオモラシなんかしなければ、こんなことにならなかったんじゃないの。それをなんですか。こんなデザインはいやだの、勝手ばかし言って…。下級生たちの前で恥ずかしくないんですか。」
佳江がきびしい態度で叱責する。ここまで言われると由美も反論できない。
だが佳江の剣幕はまだ続いた。
「そんなにいやならオムツしなくてもいいんですよ。いつまでもそうやって、下級生たちの前でスッポンポンでいてなさい。」
その言葉に由美はドキッとした。
「そっ、そんな…、あんまりです…。」
「それが嫌なら、きちんとオムツカバーあててもらうことね。」
佳江は冷ややかにそっぽを向いた。
「さっ、由美ちゃん。」
京香がやさしく、いったん起きあがりかけた由美の上半身を、ふたたびベビーシートの上に寝かしつける。
「早くオムツカバーして寮に帰ろう。いい子にしててね。」
「…………。」
由美はいやいやしながらも、やがて観念したように、無言のまま目を閉じた。
 それにこたえるかのように、京香はオムツカバーの前当てを引っぱりあげると、スナップボタンで横羽根と留め合わせていく。

パツン……、ポツン……、パツン……

スナップボタン特有の、はじけるような音が教室に響く。この音を聞くのは今日、二度目であった。だがこの音がよりいっそう、由美に敗北感をつのらせる。なぜなら一度目、風紀指導室で無理やりオムツを当てられた時には、まだオナニーをしたことへの懲罰という意味合いがあった。由美が自ら敏感な部分に手を触れられないよう、貞操帯のような用途でオムツがあてられた。
 しかし今は明らかに違う。オモラシという、大人の女性がもっともしてはならないことをしてしまったのだ。言葉を変えるなら、自らの失態によって、由美は幼児のようにオムツをあてられてしまったのだ。18歳にもなろうというのに…。もっとも由美の失態の本当の理由は、佳江が哺乳瓶のミルクに仕組んだ利尿剤のせいであった。だが混乱した由美の頭では、そのことに気づくのはとうてい無理であろう。彼女は自分の不注意でこのようなことになってしまったと思いこんでいた。そして今、彼女の脳裏にあるのは大きな敗北感だけだった。

 パツン……、ポッツン…、

スナップボタンの同じ数だけ乾いた音が聞こえたあと、久美子の手によって白い腰ヒモが、つづいて大腿のすそヒモが、まるでリボンのように可愛らしく蝶々結びにされた。最後に透明のピアノ線が腰廻りのヒモ通しに巻きつけられると、カチリという金属音とともに差込錠で固定される。このピアノ線は由美が自らの手でオムツをはずせないように、腰ヒモとともに巻かれたものだ。その強靱さは、鋏ですら切断できるものではない。これにより、由美の手が仮にベビーミトンで覆われてなくとも、彼女は自らの手でオムツをはずすことすらできないのだ。

 おむつの施錠を終えると、京香たちはまるで着せ替え人形のように、由美の両脚に新しい長靴下を履かせ始めた。許容量をこえた由美のオモラシはおむつから漏れだし、無理やり履かされた長靴下にまで広範囲のシミを作っていたのである。よごれた靴下を脱がされ、幼児のように新しいものを履かせてもらっている間も、由美はうるろな目で天井を見つめたままだった。
 厚ぼったい肌色の長くつ下は、18歳の女性が履くにはあまりにヤボったいだけでなく、水色のオムツカバーを一層、妙にきわだたせていた。
「はい、できあがり。」
仕上げに、長靴下に重ね履きさせた白いソックスを三つ折りに曲げると、京香はまんまるに膨れたオムツカバーをポンポンたたきながら、満足げな笑みを浮かべた。
「あらあら、由美ちゃんどうしたのかしら。急にダンマリさんになっちゃって。さっ、起きよう。」
うつろな眼差しのまま横たわる由美の肩に腕をまわすと、京香は彼女の体をやさしく抱き起こしていく。
 上半身を起こした由美の目に否応なしに飛びこんできたのは、新しいオムツに包まれた我が下半身だった。幼児のような履きざまの長靴下とあいまって、うら若き女性にとってあまりに不似合いなこれらの衣装は、さらに大きな敗北感を由美の心につのらせていく。
「由美ちゃん、よかったね。新しいおむつに替えてもらって。」
まるで幼児にいいさとす京香の言葉に無言のまま顔をそむけるのが、由美にできる精一杯の抵抗であった。だが抵抗もそれまでだった。色とりどりのオシャブリの柄がデザインされた、水色のおむつカバーを目にした時、なんとも言い表せない、やるせなさが堰を切ったように由美の胸に込み上げてきた。
「うっ、うっ…、うぅぅ…。」
同時に由美のくぐもったような嗚咽が、下級生たちの耳をかすめる。由美の異変にきづいたのだろうか…、つい先ほどまで、滑稽な由美の姿に喚声をあげていた女生徒たちも今は静まりかえり、時おりヒソヒソ言葉をかわす以外はじっと由美の様子を見守っている。
「うぅ…、ヒッ……、ヒック……。」
時々しゃくりあげながら、低く押し殺したような嗚咽だけが、晩秋の日ざしがふりそそぐ1年2組の教室にむなしく響いていた。だが今の由美の涙は、これまで彼女が見せた涙とは明らかに異なるものだった。
 更正カリキュラムという名目のもと、高校も卒業間近だというのに、由美は中等部1年へ編入させられてしまった。自分より6歳も年下の、中学1年生のクラスに入れられてしまったのである。そこでは授業から寮の生活にいたるまで、ほかの中学生とまったく同じに扱われた。中でも由美にとって耐え難かったのは、中等部の校則に従わねばならなかったことであろう。
 彼女の好きなスポーティな装いもお化粧もいっさい禁じられ、自慢のロングヘアは赤いリボンとともに幼い三つ編みに変えられてしまった。おしゃれな下着も取り上げられ、代わりに与えられたのは幼児っぽい下穿きと子どものような中等部の制服のみであった。そして由美の大人としてのプライドに、とどめをさすようなオムツ……。
 このみじめな衣替えにいったい何度、涙したことだろう。しかし、これら理不尽な子供扱いは、いづれも強制によるものだった。言葉を変えれば、大人の世界から無理やり引き離されたことへの、抗議の涙と言えよう。
 だが今、由美の流す涙は、これまでのものとは明らかに違う。なぜなら、佳江ら教官の仕組んだ罠とはいえ、オモラシという大人の女性として最もあってはならない失態をまねいてしまったからだ。しかも授業中の教室で…。そして大勢の下級生たちが見ている前で下半身をむき出しにされ、なすすべもなくオムツを替えられてしまった自分。今、由美が流している涙は、そんな不甲斐ない自分に対する憤りの表れだったのかもしれない。
「うぅ…、ヒッ……、ヒック……。」
肩をふるわせながら嗚咽する由美の心の中に、やり場のない自責の念がこみあげてくる。それとともに、ふたたびあの言葉が、由美の脳裏にふつふつと浮かび上がってきた。

《くるってる……、この学校、くるってる……》

この言葉がまるでエンドレステープのように、由美の心の中でこだましはじめた。やがてこの言葉は由美を、ある決心へと駆りたてていったのである。

17 決 心

 悪夢のようなオムツ替えからやっと解放された由美に、下校が許されたのは、それからまもなくのことであった。下校といっても聖愛女子学園の中等部では、クラスごとに集団下校しなければならない。これは表向きは、生徒に寄り道をさせないためとか、防犯上の為という理由になっている。だが実のところは、由美のような更正カリキュラム中の生徒が下校中に逃亡させないようにするのが、本当の目的であった。その証拠に由美たち1年2組の集団下校の列には、寮長の岩松サエが付き添っていた。もちろん由美を監視するためである。
 いい年頃の女性が中学生の制服を着せられ、小学生よろしく手をつないで下校するさまは、滑稽以外のなにものでもなかった。それでなくとも、由美の着せられている制服だけで、人目をひくには十分なのだ。
 中等部の冬服は、紺色のイートンの上着に白い丸襟のブラウスという組み合わせである。上着には左胸のところに布製の名札が縫いつけられ“1年2組 あずさ ゆみ”とひらがなで大書きされている。そして首まわりからは、ブラウスの大きな丸襟が、羽根のようにフワッと広がっている。まん丸い襟には、聖愛女子学園の校章である蓮のマークがあしらわれて、蝶々結びにされた赤いリボンタイがなんともかわいらしい。中学生向けというよりかは小学生が着るような制服を、成人に近い女性が着ているのである。おまけに制帽である、顎ヒモつきの赤いベレー帽までかぶらされては、人目をひかないわけがない。運の悪いことに、今日も通学路の途中にあるスーパーの前で、買い物帰りの主婦たちの目にとまってしまった。
「ちょっと、あの子!…。」
「まっ、かわいらしい。」
「でもずいぶん大きなお嬢ちゃんねぇ。」
主婦たちの好奇といぶかしげな視線の中を、由美はうつむきながら歩かねばならなかった。
“お嬢ちゃん”……

(あたし、こどもじゃない!…)

お嬢ちゃんという言葉に、由美はギュッと唇を噛みしめる。一番きらいな言葉だった。だが、由美のプライドを踏みにじる言葉は容赦なく続く。
「あの子、本当に中学生なのかしら。」
「でもあのヘアスタイルは、聖愛の中学1年生のものよ。」
「でもそうには見えないのよねぇ。」
主婦たちがそう言うのも無理はなかった。
由美の大人っぽい顔立ちに、ヘアスタイルがまったくマッチしていないのである。聖愛の中等部生徒は、髪を三つ編みにしなければならない。しかも前髪は、眉毛にかからないように切り揃えねばならないのである。由美もこの校則に従い、しとやかなワンレングスの髪をおさげに編まれてしまい、前髪は眉毛の3センチも上でまっすぐに切り揃えられてしまった。しかも1年生は、編んだお下げ髪を耳元でリングにして、赤いリボンでしばらなければならない。これはヘアスタイルで学年の区別がつくようにする為であるのは、学園周辺の住民も皆知っていた。だが、まるで童女のようなこの髪型が、由美の大人っぽい顔立ちと似合うわけがない。主婦たちが不思議がるのも、もっともであった。

(お願い、見ないで!……)

恥ずかしそうにうつむく由美。だが、いつまでも主婦たちの視線ばかりを気にしているわけにはいかなかった。
なぜなら由美は、股間も必死にとじ合わせていなければならなかったからである。無理やりあてられた布オムツが、彼女の太モモを押し開いてしまうのだ。だが常に股間を絞め続けているのは、並大抵のことではなかった。だんだん内股の筋肉が痛くなってくる。

(どうしよう……。脚がとじれない……)

由美の額に脂汗がにじみ出てきた。『由美ちゃんはオモラシの量が多いからね。』というオムツ当番の久美子の意見によって、由美の股間には大量のおむつがあてられた。そのため懸命にとじ合わせようとしても、ちょっと油断すると、すぐにぶざまなガニ股スタイルになってしまう。

(あぁ、いやだ…、いやだ……。こんなかっこう……。)

由美は泣き出したい気持ちだった。いや、心の中ではすでにもう、泣いていたかもしれない。しかもミニ丈の吊りスカートのすそから見え隠れしそうなオムツカバーも、気が気でない。
 そうこうしているうちに、集団下校の列は県立高校の前にさしかかった。昨日もこの高校の女生徒たちに、みっともない制服姿をさんざんからかわれたばかりだ。

(どうか、合いませんように……。)

由美は祈るような気持ちだった。だが、その期待は無惨にも打ち砕かれた。
「あっ、あの子よ。聖愛の落第生って!…。」
とつぜんの甲高い声。由美はギクリとした。声の主は聞き覚えのある由美と同い歳の、県立高校の3年生であった。
「えっ、あの背の高い子?…。」
「信じらんなーい。」
「ホントにあたしたちと同じ歳なの?」
会話の感じから、明らかに由美の噂が県立高校にも広まっているようだ。
「ホントよ。だってあたし昨日、あの子の口から聞いたんだもの。」
甲高い声の女生徒は自慢げだった。確かに昨日の下校時、声をかけてきた彼女たちに、由美は自分の年齢を無理やり告げさせられた。『聖愛の児童はだれにでも、きちんと挨拶できないといけないの。』という寮長の岩松サエの命令で。

(あぁ、お願い……。ついてこないで…。)

由美はその場で逃げ出したい思いだったが、集団下校の途中で、しかも1年生と手をつながされているため、それもままならない。6歳の年下の中学1年生と手をつなぐ由美の姿に、失笑がわいた。
「見てェ、かわいい。お手てなんかつないじゃって…、ウフフ……。」
「たしかあの子、由美っていうのよ。」
由美はドキリとした。昨日の下校途中、岩松サエとの会話で、女子高生たちは由美の名前を知っていたのだ。
 いつのまにか10人程の女子高生たちが、由美たち中等部の集団下校の列に近づいていた。先ほどから彼女たちに気づいていた寮長の岩松サエは、わざと下校の列から離れて、様子を面白そうにうかがっている。大人である自分がそばにいない方が、女子高生たちが遠慮無く由美に話しかけられることを知っているからだ。由美は胸をドキドキさせ、うつむいたままだ。
「由美ちゃん、こんにちは。」
声を掛けてきた甲高い声の女生徒が、どうやらリーダー格らしい。彼女たちの制服はタータンチェックのプリーツスカートに、エンブレムの入ったブレザーという流行のデザインであった。ライトブルーのカッターシャツが、トラッドの雰囲気をかもしだしている。彼女たちと同い歳なのに、幼い丸襟ブラウスに吊りスカート姿の由美は、恥ずかしさに顔も上げられない。
「かわいい制服でいいわね。」
クチャクチャとガムをかみながら、由美のスカートまわりから足元まで、無遠慮にながめ回している。どうやらこの女生徒たちは、県立高校の中でも不良グループらしい。

(お願い……、もう、向こうに行って…。話しかけないで……。)

由美は心の中で何度もつぶやいた。だが由美の気持ちをあざ笑うかのように、女子高生らは由美を好奇の目で観察している。そのうち、一人が素っ頓狂な声をあげた。
「あら、あの赤いのなにかしら。」
その指は由美の大腿を指していた。
「靴下バンドよ。この子、長靴下はいてるぅ。」
「ははっ、ダセェ〜!。」
「サイコー!」
おむつをあてられタイツすら履けない由美は、厚ぼったい肌色の長くつ下に、白い三つ折りソックスを重ね履きさせられていた。しかもミニ丈の吊りスカートを穿かされているため、なにかの拍子に靴下バンドが見えてしまうのである。それに加えて、黒いエナメルのストラップシューズが足元をより幼児っぽく演出している。県立高生たちの足元がポロの紺ハイソックスにローファーシューズとカジュアルな感覚なため、なおのこと由美の足元はヤボったく見えてしまう。
「ふふ、靴からソックスまで、まぁガキっぽいこと。」
「だけど、やけにスカートだけ短いわね。」
「あたしたちのより短いよ。」
由美の胸が急に高鳴った。みんなの視線が由美の太モモからヒップに移った。
「それにしてもこの子のお尻、妙に大きくない。」
「きのう会った時は、こんなにモッコリだったっけ?。」
女子高生たちの声に、由美といっしょに集団下校している中学生たちもニヤニヤしている。中学生たちは由美がオムツをあてられていることを知っているので、県立高生たちの会話がおかしくて仕方ないのだ。由美は懸命に股間を締め、脚が開かないように耐えた。おむつをしていることだけは悟られたくなかったのだ。
 その時である。なんということであろう。無情にも東北の地独特の冷たい秋風が、歩道を吹き抜けたのである。同時に黄色い銀杏の落ち葉とともに、由美のスカートのすそがふわっと舞いあがる。由美はあわてて、クラスメイトとつながされていた手をふりほどいてスカートを押さえたが、もう遅かった。水色のおむつカバーに、女子高生たちの目が釘付けになる。一瞬の沈黙のあと、高らかな笑いが街中の歩道に響きわたった。
「ギャッハッハッハ……。」
「みっ、見たぁ?。」
「なに、あれー、あの子の穿いてるの?。」
「おむつよ、おっ・むっ・つっ……」
「やだぁぁ…。」
「しんじらんなーい!。」
ありとあらゆる嘲りのことばが、由美の耳元にとびかう。由美といっしょに下校している下級生の中からすら、クスクス笑いが漏れる。由美は顔を真っ赤に染め、耳元でリングにされたお下げ髪までもが、羞恥に打ち震わせていた。

(もういやだ……もういやだ……死んでしまいたい……。)

由美はいっそうのこと、車道を通りかかった路線バスに飛び込んでしまいたいほどの衝動にかられた。それを押しとどめたのは岩松サエのひと声だった。
「由美さん、だれが手をつなぐのをやめていいと言いましたか!。」
「だって……、だって……、うぅぅ……。」
その後は由美は言葉にならなかった。由美の目からふたたび悔し涙がこぼれ落ちる。
「あらら、こんどはメソメソ由美ちゃんになっちゃって…。いつまでも泣いていると県立高校の生徒さんにまで笑われますよ。」
由美の狼狽ぶりを楽しそうに眺めながら、サエは女子高生たちの方を向き直ると、さも仕方ないといった様子で、
「この子、授業中にオモラシしちゃったのよ。まったくこまったもんだわ。」
苦笑しながら説明をはじめた。女子高生たちは驚きと好奇の眼差しで由美を見つめていたが、サエの説明を聞き終えるとキャッキャ笑いながら、ようやく去っていった。
落ち葉で秋の装いに化粧された歩道の上に、ふたたび静寂が戻った。だが由美の心の中は混沌としたままだった。

(もういやだ……あたし、もう…死んでしまいたい……。)

(由美、負けちゃだめ……。あなたは大人よ。)

もう一人の由美が、懸命に気持ちを奮い立たせようとする。しかし、もはや由美は限界であった。

(この学校にいたら、あたし…、ダメになってしまう……。)

(そのとおりよ、由美…。逃げるのよ。この学校、くるってる……。この学校くるってるわ……。)

(でも、そんなことしたら、卒業資格がもらえない……。)

(あんた、馬鹿じゃないの。こんな目にあってまで高校を卒業したいの?…。由美、あなたは大人なのよ。)

(でも、どうやって……。)

(それを考えるのよ。このままこの学校にいたら、見も心も大人から引き離されてしまうわ。)

(わかったわ。あたし、この学校から逃げる。逃げるしかないんだわ……。)


18 逃 走

 由美が寮に到着した頃には、すでに夕方が押しせまっていた。秋の東北は日が暮れるのも早い。聖愛女子学園の寮の庭には、秋独特の小麦色の日ざしがふりそそいでいた。そしてそのころには、由美は心の中に固く決めていた。なんとしても、この聖愛女子学園から逃げ出すのだ。
(卒業証書なんかいらない。高校中退だからなんだっていうの。あたしは自分の好きな人生を、好きな人と自由に生きるの。)
ようやく由美の心に、暴走族のメンバーだったころの闘争心がよみがえってきた。
(絶対に逃げてやる!。そして健也と東京で暮らそう。)

健也は由美の恋人である。ふとしたことから暴走族の乱闘騒ぎに巻きこまれ、今は少年院に入れられているが、来年春には出所し、由美とともに新たな生活をスタートさせる約束を取り交わした仲であった。由美がこの学園に編入を希望したのも、健也が少年院にいる間に、高校の卒業資格を取っておこうと思ったからである。由美もくだんの乱闘騒ぎで、東京の高校から退学処分を受けていた。

 だが寮の建物に入ると、逃げ出すことがそう容易ではないという現実に由美は直面させられる。
まず大部屋に戻ったとたん、由美はクラスメイトたちの手によって、体操着に着替えさせられた。中等部生徒は寮では体操着で過ごすのが規則だった。クラスメイトといっても6歳も年下の中学1年生である。手にベビーミトンをはめられた由美は、着替えすら下級生の手を借りなければならないのだ。
 首と袖口に、オレンジ色のラインがあしらわれた半袖の体操着には、“一年二組 あずさ ゆみ”と大書きされたゼッケンが縫いつけられている。それもごていねいに前と後、両方だ。おまけにオムツの上に穿かされたブルマーは、今にもはち切れんばかりに不恰好に膨れあがっている。だれが見ても、おむつをあてていることが一目瞭然だ。こんな姿で逃げ出しても目立ちすぎること、この上ない。まだ幼いデザインの中等部制服の方が幾分マシであろうが、ベビーミトンをはめられた手では着替えることもままならない。まず逃走にあたって着る服がないという問題があった。

 それに東京にどうやって戻るのか?。交通手段は?。列車に乗るにしても、財布も何もかも取り上げられている。無賃乗車というわけにもいかないだろう。
さらに逃げ出せたとして、いったいどこに身をよせればよいのか。恋人の健也が少年院から出てくるにはあと3ヶ月くらいかかる。その間、由美を置いてくれる友達がいるだろうか。バイク仲間も、今はほとんどが少年院に入っている。以前に由美が通っていた高校にも友達は大勢いるが、みんな親と住んでいるため、かくまってもらうわけにもいかないだろう。かといって、親元にもどったところで、たちまち連れ返されるに決まっている。現実的に、由美には逃げるための服もお金も身を寄せる場所すらないのである。

(あぁ、どうしたらいいんだろう。)

絶望的な気持ちなりかけた、その時である。

(そうだ、葉子がいる!。)

由美の心にひらめきが走った。
そうだ。村上葉子……、彼女なら私を助けてくれる。
 村上葉子は、由美が加わっていた暴走族のメンバーで、彼女より2歳年上だった。もっとも由美が暴走族に入った頃には『あたしももう歳だからなぁ。そろそろ引退すっかぁ…。』などとうそぶき、あまり皆とツルんで走ることはしなかったが、実のところは彼女の夢であったモデルの仕事に本腰を入れたいということもあったらしい。
 葉子はモデルを目指しているだけあって、その美貌とスタイルのよさは由美でさえ、うらやむほどであった。とはいえ、ひとたび路上にでれば、スピードに対する度胸、運転の勘の良さは男勝りで、まわりの男達も彼女には一目置いていた。バイクよりどちらかといえば車の方が好きで、いつも愛車のロードスターを乗り回していたのを由美も鮮明に覚えている。
 彼女は性格にいたっても、モデルにありがちなツンとしたところはまったくなく、由美にも気さくに接してくれた。2歳年上といっても由美はともだち感覚で、葉子の部屋によく泊まりにいったものだ。
両親もだれも葉子のことは知らないはずだ。それに葉子の住まいは横浜だから、東京の由美の実家からも離れている。身を寄せても見つかることはあり得ないはず。彼女なら事情を話せば、しばらく置いてくれるだろう。そして3ヶ月ほどすれば、健也も少年院から出てくるはずだ。そしたら健也の部屋に移り、二人の新しい生活を始めればいい。

(葉子ならあたしを助けてくれる。)

葉子の運転なら万が一、追いかけられても振り切ることぐらいわけないであろう。

(葉子に車でここまで来てもらおう。)

問題は彼女とどうやって連絡をとるかだ。手帳も何もかも取り上げられてはいたが、幸い由美は葉子の番号を覚えていた。たまたま葉子の携帯番号が、由美の誕生日の数字と似ていたからである。しかし携帯電話も取り上げられているため、連絡をとることもできない。寮には公衆電話すらなかった。生徒たちが勝手に外部と連絡をとるのは禁じられていたからである。
 さらに、どんな段取りで聖愛女子学園から逃げ出すかも考えねばならなかった。寮にもどってから夕食までの間は掃除の時間だった。由美は他の1年生たちに混じり掃除しながら、注意深く寮内を観察した。聖愛女子学園の寮の敷地は高いブロック塀に囲まれている。はたして逃げ道はあるのだろうか。由美は不安にかられた。
 それと時おり、腕章をつけた高等部の風紀委員が寮内を見廻っているのも、由美は気になった。どうやよ自分は監視されているようだ。もしかしたらサエらが、由美が逃亡しないように見晴らせているのかもしれない。そうなるとますます、寮から逃げにくくなる。
 そうこうしているうちに、夕食の時間が近づいてきた。由美は葉子と連絡をとるすべもなく、ただただ焦りの気持ちを強めていった。なにしろ寮内で電話が置いてあるのは、岩松サエのいる寮長室だけなのだ。寮自体が街はずれの小高い山の中腹にあるため、周りは林だけで公衆電話すら見あたらない。もしあったとしても、財布もカードも取り上げられていてはどうにもならない。結局なにもできぬまま、夕食の時間となってしまった。
 ベビーミトンをはめさせられているため、6歳も年下のクラスメイトに食事を与えられる恥ずかしい夕食を終え、由美は2階の大部屋からぼんやり外を眺めていた。時計の針は午後6時半を指していた。

(やっぱりこの学園から逃げ出すことは、できないのだろうか……)

焦燥感が少しずつ、絶望感に変わり始めようとしたその時である。一台の白いセダン型の乗用車がうなるようなエンジン音をあげ、すべるように寮の駐車場を出て行った。その車に由美は見覚えがあった。ほかでもない、寮長の岩松サエの車であった。今朝、寮から集団登校中の由美の横を走り抜けていった時も、サエが運転していたから間違いない。
 とっさに由美の脳裏になにかがひらめいた。由美はすばやく2階の階段ごしから、1階の食堂の中をのぞき込んだ。食堂ではさきほど夕食を終えた中等部と入れ違いに、高等部生徒の夕食が始まろうとしているところだった。この寮では食堂のスペースが狭いため、中等部と高等部で時間を20分ずらして、食事時間にあてているのだ。食堂内には先ほどまで寮内を見廻っていた風紀委員たちの姿もあった。

(チャンスは今しかない。)

由美は周りを見回すと、足音を忍ばせ、まるでネコのように素早く階段を駆け下りた。幸い中等部の生徒たちは娯楽室か庭に遊びに出たようで、玄関の当たりにはほとんど人影がなかった。玄関横に岩松サエがいつも詰めている寮長室がある。寮長室からは玄関の出入りが一目できるよう、ガラス窓が入っているが、今はカーテンがかかっていた。由美は周りをもう一度見廻すと、すばやくガラス窓の横の扉のノブをつかんだ。ベビーミトンをはめられているため、ノブはむなしく手の平の中でカラまわりしたが、由美が満身の力を込めノブをにぎりしめ、3回目にやっと扉を開けることに成功した。
 寮長室の室内灯はついたままだった。扉に鍵もかかっていなかったところからすると、サエは用足しに出かけただけかもしれない。すぐに戻ってくる可能性が多分にあった。
 部屋に入り、まず由美の目に飛び込んできたのは、何面ものディスプレイだった。画面には生徒たちが寝起きする大部屋の様子が映し出されて、数十秒単位で画面が切り替わっていた。昨夜、由美がオナニーしていた姿も監視カメラを通じ、ここでとらえていたに違いない。その証拠に、ディスプレイの横には大型のビデオ機器も設置されていた。寮から脱出するには監視カメラにも気をつけねばならぬことに、由美は気づいた。
 由美は卓上におかれた電話機を見つけると、すばやく駆け寄った。一刻も早く葉子に助けを求めなければならない。

(お願い…。電話にでて、葉子……)

由美は祈る気持ちで受話器をつかんだ。ベビーミトンのせいで危なく受話器を落っことしそうになりながらも、なんとか耳に当てるとツーという音が聞こえる。電話の音を聞くなんて何日ぶりだろう。外線の発信音であることを確認すると、由美は深呼吸をした。
(確か葉子は携帯しかもっていなかったはず。由美、おちつくのよ……。)
由美は震える指で、電話のダイヤルボタンを押す。幸いプッシャホンゆえ、ベビーミトンをされた指でもダイヤルすることはたやすかった。

(えーと、0、9、0、の**** ……)

葉子の携帯番号が、由美の誕生日の数字と似ていたのは不幸中の幸いだった。おかげで由美は葉子の番号を覚えていられたのだから。
だが、葉子は電話にでてくれるだろうか。
 ダイヤルし終わった後、呼び出し音が鳴り響いた。
1回……2回……3回……4回……、

(葉子……、お・願・い……、でてちょうだい…。)

由美は藁をもすがる思いで祈った。
5回……6回……
だがここで無情にも、感情のこもらない留守番電話の音声メッセージに切り替わってしまった。
『ただいま、出かけております。ピーとなりましたら20秒以内にご用件を……。』
由美の顔に落胆の表情があらわれた。
(葉子のバカ!。こんな大事な時に、なんで出てくんないのよ。)
 その瞬間である。
「はーい、もしもしぃー…。」
受話器の向こうから、ちょっとはすっぱな声が聞こえてきた。聞き慣れた葉子の声だ。由美はこの学園に来て初めて、安堵の溜め息をついた。
「葉子…、あたしよ、あたし…由美よ!。」
由美はドアの外をうかがいながら、声を殺してささやいた。
「なんだぁ、由美かぁ。どうしてたのよぉ。あんたさぁ、健也たちといっしょに少年院送りになったのかと思ってたら、不起訴になったっていうじゃん。だから会おうと思ったら、ホントに田舎の女子校いっちゃったっていうから、ビックラこいたわよぉ。」
暴走族の乱闘騒ぎで、卒業まであと4ヶ月のところで東京の高校を退学にされてしまった由美は、卒業資格をとるためにこの聖愛女子学園に来たのだった。4ヶ月在籍したら卒業できるから、と言われて。
「そうなのよ、だけど最悪なの。お願い、あたしを助けて……。」
「助けてって、あんた、急にどうしちゃったのよ。」
「今は説明している時間はないの。とにかく少年院より最悪のところなの。」
「だからいったじゃない。男好きのあんたが女子校なんて向かないってー。レズになっちゃうわよ。ハハッ…。」
受話器のむこうで葉子は脳天気に笑っている。由美のせっぱ詰まった状況がまったくわかっていないようだ。無理もない。
「そんなことをいってる場合じゃないの。あたし監禁されてるの。ひどい学校なの。」
「だけどあと4ヶ月たったら卒業できるんでしょ。だから女子校でも我慢するんだって、あんた言ってたじゃん。」
いっこうに由美の状況が呑み込めない葉子に、由美は苛立ちを感じ始めていた。
「葉子、よく聞いて!。もう我慢できる段階じゃないの。くわしい説明は後でするわ。今は一刻も早く逃げ出すしかないの。いい、今夜あたしを向かいに来て!。」
中学1年生にされてしまったなぞ、親友の葉子でもさすがに言えなかった。
「今夜って、由美……。」
由美の剣幕に、葉子もただならぬ雰囲気を感じたようだ。
「あたし、財布も服もなにもかも取り上げられてるの。場所をいうからしっかり覚えてちょうだい。」
「わかったわ。」
事情はよく分からぬが、財布も服も取り上げられて、という言葉にようやく葉子は由美がただならぬ状況にいることに気づき始めた。もっともその時の葉子には、おしゃれな由美が小学生のような制服を着せられ、おむつまであてられているなど知るよしもない。
「東北自動車道のKインターでおりて、K市に向かって走ってちょうだい。そしたら町の反対側の山の斜面にテレビの電波中継塔があるわ。夜でも照明が点滅しているから、すぐわかるはずよ。」
学校から寮に集団下校させられた際、寮のそばの電波中継塔が由美の目にとまっていた。ほかに高い建物などない地方都市ゆえ、この中継塔は非常に目立つ。しかも日暮れの早い東北のせいか、すでに飛行機の衝突防止用の照明が点滅していたのを由美は覚えていた。
(あそこまでなら、寮から全速力で走れば5分くらいのはず。それに土地勘のない葉子でもすぐに見つけられるだろう。)
由美は算段していた。それに、あの場所なら周りが林だし、気づかれにくいはずだ。
「午前2時ちょうどに、その下で待ってて。」
「由美救出大作戦かぁ。なんかワクワクしちゅうな。まっ、横浜からだから、Kインターまでかっとばせば、あたしの車なら3時間ね。」
こういう時、葉子のロードスターはじつに頼もしい。
「葉子、恩にきるわ。それから服を持ってきて。下着もよ。」
「えっ、下着まで…。」
それには葉子も意外だったようだ。だが由美にしても、おむつをあてられてるからとは、いくら親友の葉子でもとても言えない。幸い葉子も由美と同じくらいの身長だった。
「いいから、持ってきて。それからペンチも忘れないで。」
「ペンチ?。いったいなにすんのよ?。」
そこまで会話が続いたところで、外にヘッドライトが光るのが由美の視野に入った。寮長の岩松サエの車かもしれない。
「じゃあね、葉子。ぜったい来てよ。」
「ちょっ…、ちょっと待ってよ。」
「ヤバイのッ!、寮長が戻ってきたみたい。それからこのことは絶対、だれにも言っちゃあダメよ。ぜったいよ!。」
しっかり念を押すと、由美はあわてて受話器を置き、一目散に寮長室のドアノブをまわした。早く寮長室から抜け出さねば…。しかしベビーミトンを両手にはめられているため、焦れば焦るほどドアノブはまわらない。何回か試みてやっと寮長室の外に出てドアを閉めたのと同時に、玄関の扉が開いた。サエが帰ってきたのである。玄関前のホールで由美とサエは鉢合わせする恰好となった。
「そこでなにをしてるの。」
サエは由美をいぶかしげに見つめた。
「あっ、いえ……、鉛筆が足りなくなったので、いただこうかと思って……。」
由美はどぎまぎしながらも落ち着いて答えた。
「ふーん、そうなの。でもおかしいわねぇ。昨日、あなたのタンスの引き出しにそろえといたはずだけど。」
「ええ、そうなんですけど、学校に忘れてきてしまったみたいなんです。」
寮の生徒たちは衣類から学用品にいたるまで、必要なものは寮長室に申し出て支給してもらうことになっている。とくに中等部の生徒は衣類から日用品まで、私物はいっさい許されないのだ。
 由美はそのことをとっさに思いだし、なんとか言いつくろった。サエはまだ腑に落ちない表情を見せながらも、
「忘れ物はしないように…。」
と言い残し、由美に数本の鉛筆を手渡すと寮長室に消えていった。

 内心、冷や汗をかきながら1年2組の大部屋にもどった由美は、就寝時刻までの数時間をつとめて平静にふるまうようにした。石井美雪ら夕食を終えた高等部の風紀委員たちが、定期的に見回りにくるからである。あまり一人でばかりいると、怪しまれるおそれがあった。
 ちょうど大部屋では、中学生たちがトランプに興じていた。6歳も年下の女生徒たちと
トランプなどする気にはとてもなれなかったが、梨花に誘われたこともあり、由美はしぶしぶ中学生たちの輪に加わった。梨花は1年2組の生徒のなかでももっとも背が低く、そのあどけない顔つきは小学生と見まがうほどであった。しかし意外にも彼女は、てきぱきと由美の世話をやいている。手にベビーミトンをされた由美のために、カードをとってやったり、まるで梨花の方が由美の姉のように見えてしまう。あげく
「由美ちゃん、寝る前におトイレいっとかなくちゃあだめよ。」
などと、母親のように由美をたしなめている。
不思議なことに、他の中学生たちも今日の午前中とはうって変わって、由美に対してにこやかだ。きっとオムツをあてられ、オモラシまでしてしまった由美に、こども同士みたいな親近感がわいたのかもしれない。由美にとっては不本意な話であるが…。
 6歳も年下の中学1年生に子供のように扱われる屈辱に耐えながらも、由美はそっと天井の方をうかがっていた。そう…、天井の、あのいまわしい監視カメラを観察していたのである。昨晩、由美のオナニー姿をつぶさに捕らえ、翌日の修身の時間、大勢の下級生たちの前で大恥をかかせたこのカメラをかいくぐらねば、この寮からの脱出は不可能であろう。だが由美は一計をたてていたのである。

 そうこうしているうちに、就寝の時刻になった。就寝といっても中等部の就寝時刻は
午後10時である。ベビーミトンのために手の使えない由美は、下級生たちの手で体操着からパジャマに着替えさせられた。下級生に着せ替え人形のように扱われるのもつらかったが、これも今夜限りだ。

(絶対にこの学園から逃げ出してやる。)

由美はパジャマを着せられながら、心の中で何度も繰り返した。

(こんな狂った学校、まっぴらだわ。あたしは大人よ。)

 幸いなことにパジャマを着せられたおかげで、体操着姿の時よりオムツはいくぶん目立ちにくくなった。なにせ、体操着の時はオムツの上に穿かされたブルマーがパンパンに膨らんで、まるで胴切れバチのようなぶざまな姿だったからだ。とてもこんな恰好を葉子にも見られたくなかった。 
 部屋の明かりが消され、ほどなくすると、部屋のあちこちからスースーと女生徒たちの
かわいらしい寝息が聞こえてきた。だが由美は部屋のすみの監視カメラに、全神経を集中させていた。カメラの動きを知るためである。やがて由美は、カメラが一定時間ごとに方向を変えながら、部屋を監視していることに気づいた。壁の時計ではかってみると、一方向を30秒監視した後、方向を変えているようだ。
このパターンで、監視カメラは4方向を一巡していた。
(カメラに映らないように抜け出さねば…)
由美の胸がかすかに高鳴った。
(絶対にこの学園から逃げ出してやる。こんな狂った学校、まっぴらだわ。)
由美は何度も何度も、自分の心に言い聞かせながら、ひたすら決行の時間を待った。


 そして、いよいよその時がやってきた。
大部屋の時計の針は、深夜の1時50分を指していた。この時間ともなると、どの生徒たちもすっかり熟睡し、寝静まっている。
(葉子は本当にこちらに向かっているんだろうか。)
由美の胸に一瞬、不安がよぎった。
(あの葉子のことだもの。ぜったい助けてくれる。さぁ由美、いよいよだわ。)
ついに聖愛女子学園から脱出するのだ。由美は自分自身に言い聞かせると、監視カメラに注意しながら、そっとベットから降り立った。素足にピータイルの冷ややかな感触がじかに伝わってくる。
 まず由美は素足のまま、大部屋の隅にしつらえてある棚に向かった。そこには余分の毛布がいくつも積まれていた。これらの毛布は、ベットで寒がる生徒たちのために、自由に重ねて使えるためのものである。由美はその棚から毛布を3枚ほど抱えこむと、急いで自分のベットにもどった。そしてミトンをはめられ不自由な両手で、なんとか毛布を筒状に丸めると自分の布団をかぶせる。
 続いて由美は、ベッドの下に隠していた大きなインディアン人形を取り出した。この人形は、寮1階の娯楽室に置いてあったものだ。娯楽室には、いつまでも少女らしさを失わせないようにという方針で、たくさんのぬいぐるみや人形が置かれていて、小学生のみならず中学生の女生徒までもが人形遊びに興じていた。こどもっぽいことが大嫌いな由美は、そんな光景に辟易していたが、これが役に立つとは思わなかった。由美は髪を三つ編みにしたインディアンの少女の人形を見つけ、人目がない時を見計らって、こっそり自分のベッドの下に持ち込んでいたのだ。
 由美は人形を取り出すと、うつぶせにして頭だけ布団からでるようにベッドに寝かした。こうすれば、先に筒型にした毛布が体の代わりになり、あたかも由美がうつぶせで寝ているように見える。部屋自体が暗いから、カメラに映っても、しばらくはカムフラージュできるだろう。
 ちょうどその時、かすかな音をたてて監視カメラが由美のベッドの方向に向き始めた。
由美はすばやくベットから離れると、裸足のまま大部屋の戸口に向かい、そっと廊下に出た。夜中にトイレに行く生徒もいるので戸口に鍵はかかっていない。深夜の寮の廊下は不気味に静まりかえっていた。由美はヒタヒタと足音をたてないよう、階段を下りる。寮長室の前を通る時は胸が高鳴ったが、部屋は暗く閉じられていた。
 玄関には当然鍵がかかっているため、由美は反対に、廊下の一番奥の窓際に向かった。そこはちょうど寮の庭に面している。由美は注意深く窓の鍵の回転フックをはずしにかかった。ミトンをはめられた手で不自由ではあったが、2.3回こころみるうちに、なんとか指先へ引っかけてフックをはずすことに成功した。窓枠に手をかけ押してみると、窓は音も無くすべるように開いた。同時に冷たい、少し湿った空気が外から流れこんでくる。
東北のつきさすような真夜中の外気に、由美は思わず武者震いした。そして両手を窓枠のレールについて、乗り越えようとこころみた。ところが、いつもなら造作ないことなのに、オムツをあてられているため脚が思うように上がらない。脚が窓枠にひっかからないのだ。
(ちくしょう、オムツさえなければ……)
由美は心の中で舌打ちをしながら、最後のあがきのように、ジャンプするように床を蹴った。そして勢いあまって、そのまま窓の外に体ごと転げ落ち、1メートル半下の地面に尻餅をついてしまった。ふつうなら激痛はまぬがれないところだろう。ところが不幸中の幸いとでもいおうか、ぶ厚く当てられたオムツがクッション代わりになって、由美はかろうじて難を逃れることが出来た。
 建物の外には、ピンと張りつめた空気が流れ、うっすらと霧がかかっていた。パジャマ姿の由美はゾクツと身震いすると、まるで寒さを振り切らんとするがごとく、寮の庭を走り始めた。
(もうあとにはもどれない。)

由美は庭の隅にある焼却炉に向かって走った。夜露にぬれた芝生が由美の素足にチクチクつきささる。だが由美は全速力で走った。
(由美、逃げるのよ。ぜったいに逃げ切るのよ。)
と言い聞かせながら…。
 聖愛女子学園の寮は2メートルあまりの高い塀で囲まれている。運動神経のいい由美でも、さすがよじ登れるものではない。だが彼女は掃除の時間、庭の隅の焼却炉がちょうど塀に寄り添うように造られていることを発見した。焼却炉によじ登れば、そのまま塀を越えられるかもしれない。そして由美は今、それを実行しようとしていた。いや、それしか逃げる手だてはないのだ。
 焼却炉のところに走り着くと、由美は息切れしそうなのを堪えながら、今度はよじ登りにかかった。ミトンをはめられた手ではつかみどころがなく困難をきわめたが、由美は歯を食いしばりなんとか這い上がる。いつのまにか由美のパジャマは何カ所も裂け、うっすらと血がにじんでいたが、もはやそんなことは気にしていられない。
(逃げるんだ!)
ただ、その一心だった。
 ようやく焼却炉の上によじ登ると、由美は
そのまま外塀に飛びついた。
(もう少しよ、由美!)
自分自身をはげましながら、由美は満身の力をこめて左足を振り上げると、塀に脚をひっかけた。そのまま体をもちあげ何とか塀の上にまたがると、そのまま外側に飛び降りた。裸足のまま冷たい路面に飛び降りたため、足裏に激痛が走る。だが由美は顔をしかめたまま、テレビ中継塔に向かって猛然とダッシュし始めた。
(葉子、お願い…、待っててよ。)
由美は祈るような気持ちだった。時々うしろを振り返りながら、深夜の山道を由美はひた走る。林の中から時おり聞こえてくるフクロウの鳴き声が、深夜の山道にさらに不気味さを増す。

 由美は息を切らしつつも、ようやくテレビ中継塔のところにたどりついた。そしてゼイゼイ胸で呼吸しながら、おもむろにありを見廻す。だがそこには、人影も車もなかった。
聞こえてくるのは風に吹かれた木々のざわつく音ばかり。由美の胸にやり場のない絶望感が込み上げてきた。
「葉子のばか……、なんで来てくれないのよぉ……。」
全身から力が抜けていき、ガクッとひざを地面につきかけたその時であった。
ブォォォッ……
遠くの方から、低くうなるようなエンジン音音とともにヘッドライトが光った。とっさに由美の顔から血の気が引く。もしかしたら寮長の岩松サエたちが追いかけてきたのかもしれない。由美はあわてて木の影に身をひそめた。だが近づいてくるエンジン音に、由美の顔には次第に安堵の表情が浮かびはじめる。なぜなら、低く底鳴りするようなエンジン音、それはまぎれもなく、あの聞き慣れたロードスター特有のものだったからだ。
 1台の黄色のロードスターが中継塔の下に停まると同時に、由美は木の影から飛び出した。
「葉子…、葉子ね。」
由美が声をかけると同時に、車の中から人影が現れた。
「由美、遅くなってごめーん。」
懐かしい声が由美の耳に届く。村上葉子だった。

「東北の方って、やっばぁ寒いわねぇ。もうちょい厚着しとくんだったなぁ。」
葉子はネイビーのコットンブルゾンの襟をたてながら、由美の方に歩み寄った。ギンガムチェックがあざやかなサブリナパンツとの大胆な取り合わせはさすが、ファッションモデルだけのことはある。さりげなく巻きつけた花柄のスカーフも、葉子のほっそりした首にとてもマッチしている。
 金髪に染めたロングのセレブヘアは、毛先にシャギーも入り、強烈にサーファー系のイメージをかもし出していた。
「じつは早く着いてたのよお。だけどおなかすいちゃってさぁ。コンビニ探しにいってたら時間すぎちゃって…。」
こんなせっぱ詰まった時になんて脳天気な…。由美は呆れたが、ここで葉子の声はピタッと止まってしまった。間近で見る由美の姿に
ギョッとしてしまったのである。無理もない。
あちこち引き裂かれ、血までにじませているパジャマ姿の由美を目の当たりにしたのだから。
「由美、血だらけじゃない!。」
「あぁこれ?、見ればわかるでしょ。必死に逃げ出してきた証しよ。」
「それにどうしちゃったの?、この髪…。」
由美のヘアスタイルも葉子を唖然とさせるに十分であった。なぜなら葉子の頭には、美しくライトブラウンにカラーリングされた、ロングヘアの由美のイメージしかなかったからである。軽くソバージュのかかった彼女の髪が、疾走するバイクの風になびくその姿は、野性味すら感じさせたものだ。それが今や、前髪をまっすぐ切り揃えたお下げ髪に変わっている。あざやかにカラーリングされていたはずの栗色の髪は、やぼったく黒色に染め戻されてしまっているし、左右のお下げを耳元でリングにして、赤いリボンで留められている様は、どうみても幼女の髪型である。
「ハハハッ、かわいい…。」
葉子は思わず、ブーと吹き出してしまった。
洗練された葉子のサーファーヘアとあまりにも対照的すぎる。親友の葉子にまで笑われ、由美はムッとしながらも、
「あたしが逃げ出したくなるわけ、少しはわかったでしょう。とにかく話はあとよ。さっ、行くわよ。」
笑っている葉子をけしかけながら、車の方に向かった。幸いまわりが暗いせいか、オムツで異様にふくらんだ腰回りまでは、葉子も気づいていないようだ。いくら相手が親友の葉子とはいえ、オムツをしていることなど知られたくはない。由美は葉子が気づかぬうちに、車に乗ってしまいたかった。だがそんな由美の気持ちなど知ったか知らぬか、
「へぇー、この学校ってこんな頭させられるわけ。これじゃあ、まるでこどもじゃん。」
由美の顔とぜんぜん似合っていないヘアスタイルを見比べながら、葉子はあいかわらずケタケタ笑っている。
「寮長らが追いかけてくるかもよ。さっ、早く!。」
「えっ、マジっ?」
由美は今ひとつ危機感のない葉子をせき立てながら、車をUターンさせると助手席に乗り込んだ。
「事情はゆっくり話すわ。逃げるのよ。」
「よっしゃあ! まかしとき。」
葉子はスターターキーを勢いよくまわした。
二人を乗せたロードスターは聖愛女子学園の寮がたたずむ山の斜面を、いきおいよく駆け下りていった。

 しばらく走った後、由美はなんども後を振り返って追っ手が来ないことを確かめると、車をいったん停めさせた。
「葉子、ペンチはどこ?ペンチよ。」
止まるなり、由美はせかすようにたずねる。
「由美のシートの後ろよ。着替えもいっしょに置いてあるわ。でもペンチなんか何に使うつもりなの?。」
由美は運転する葉子の前に、ベビーミトンがはめられた右手を差し出した。
「これよ。葉子、悪いけどこのミトンに巻きつけてあるピアノ線、切ってちょうだい。」
「なに、こっ、これぇぇ!…、超かわいい。」
葉子がふたたび歓声をあげたのも無理はない。由美の手にはめられたピンク色のミトンは、手の甲のところに、うさぎのアップリケがあしらわれ、どう見ても乳児用のデザインだったからだ。
「由美ぃ、どうしちゃったのよ。こんな子供みたいな手袋しちゃって。」
まわりが暗いため、葉子は由美がミトンをはめていることにそれまで気づかなかったのだ。
「葉子、あたしが好きでこんな格好するとでも思う?。」
「まさかぁ。由美が子供っぽいのが一番きらいなのは知ってるわよ。だからビックリしたんじゃない。」
オナニーができないようにベビーミトンをはめられたなぞ、とても恥ずかしくて言えない。理由を知りたがる葉子をせかし、とにかくミトンの手首部分に巻かれたピアノ線をペンチで切断させると、由美はすぐさま車を発進させた。いつ、寮長らが追いかけてくるかもしれない。
「もう由美ったら、人づかいが荒いんだから……。」 
葉子はブツクサ言いながらも、この逃避行を楽しんでいる様子だ。だが由美は葉子のそんな愚痴すら耳に入らぬ様子で、車が動き出すやいなや、両手のミトンをむしり取るようにはずすと、次々と外へ投げ捨てた。ようやく彼女のほっそりした両手が、自由の身となったのだ。皮膚に直接ふれる外気がとても気持ちいい。
「いい、葉子。今からぜったい私の方を向かないでよ。」 
助手席のうしろに葉子に用意してもらった下着や衣服があることを確認すると、由美は葉子に念押しする。
「どうしたっていうのよ、由美?。」
事情を知らぬ葉子はとまどうばかりだ。
「いいからっ、葉子は前見て運転しててっ!。」
葉子は由美が横でなにをしているのか気になって仕方がなかったが、由美のあまりの剣幕に振り向かない方が無難と察したようだ。いくら親友の仲とはいえ、知られたくないことはあるだろう。聞きたいことは山ほどあったが、葉子はそう自分を納得させることにした。
 葉子が自分の方を見ていないことがわかると、由美はパジャマのズボンをシートに座ったまま、手早くずり降ろした。同時に彼女をこれまでさんざん苦しめた、淡い水色のオムツカバーが姿をあらわす。由美はペンチをにぎりしめると満身の力をこめ、腰回りのリボン通しに巻かれたピアノ線を断ち切った。
このピアノ線は由美が勝手にオムツをはずせないように、担任の佳江らの指示で装着させられたものだ。由美のくびれた腰回りにまかれ、差し込みロックでしっかり施錠されているため、到底はずすことはできない。
 プツンというにぶい音とともにピアノ線が切断されると、由美は腰ひも代わりに巻かれたピンク色のリボンをふりほどいた。そしてくるったようにオムツの前当てをつかむと、力まかせに一気に引き剥す。前当てはプチプチプチとホックのはずれる音とともに、べろーんとだらしなくたれ下がった。
「ちくしょう、こんのもの当てがいやがって……。」
由美はつぶやきながらオムツカバーを自分の身体から引きはがすと、そのまま疾走するロードスターから、引きちぎるようにかなぐり捨てた。
「ざまあみろ!」
由美は吐き捨てるように叫ぶと、今度はヒップから下腹部全体にへばりつく布オムツをつかんでは、つぎつぎと車外へ放り投げる。その様子は、自分の体に付着した不潔なものを
一秒でも早く取り除こうとしているかのようだった。
 ここまでくると、隣で運転する葉子も気が気でない。暗やみの中の運転だし、横目で様子をうかがうしかないので、由美がまさかオムツをしていたことには気づかなかったが、下半身があられもない姿になっているのを見て、さすがに動揺を隠せない。
「由美、どうしちゃったのよぉ!。」
いくら車の中とはいえ、すっぽんぽんはないだろう。しかもロードスターは屋根なしのスポーツカーである。外から丸見えなのだ。
「だいじょうぶよ、葉子。下着借りるよ。」
由美はシートの後ろに葉子が用意しておいたスキャンティを手に取ると、素早く脚をとおした。紫色の横ひもで結ぶスキャンティは大人っぽい由美が身につけると、いっそう艶めかしい。
「葉子、ずいぶんイロッぽいの持ってんじゃない。」
「まぁ、いちおうモデルだからね。それより早く服、着なさいよ。由美の好みじゃないかもしんないけど…。」
葉子は助手席シートの後ろにそろえた衣類を指さした。
「ありがとう、葉子。」
由美は続いて、葉子の洗いざらしのストレッチ・ジーンズに脚をとおす。葉子の方が由美より気持ち、ヒップサイズが上だったがストレッチタイプのため、由美のスリムな美脚ラインにピタッとフィットする。
「おっ、似合うじゃん。」
葉子の言葉に由美も少し気をよくしたようだ。なにせこの二日間、小学生のような吊りスカートに厚ぼったい肌色の長靴下を履かされていたのだ。どれだけみじめな思いをしたことか。今の由美は、やっと本来の自分に少し戻れたような気持ちだった。
 こうなると、次にやることは決まっていた。
ジーンズを身にまとうと、由美はふたたび取りつかれたように、生地があちこち裂けたパジャマの上着を引きちぎるように脱ぎ捨てた。ボタンがはじけ飛び、豊満な胸があらわれる。由美は満身の力を込め、ボロきれのようになったパジャマを車外に投げ捨てた。これでいまわしい聖愛女子学園の衣類は、すべて破棄したことになる。
 ほっと溜息をつくと、由美は葉子の用意したブラジャーに手を伸ばした。スキャンティとツインらしく、レース模様のライトパープルのブラが二日ぶりに由美の豊かな、けれども形の整った乳房を包みこむ。中学1年生に編入させられた由美は、この二日間、ブラジャーすらさせてもらえなかった。ブラジャーは大人の下着ということで、中学1年生は着用禁止なのである。
幸い、葉子は由美とヒップもバストも同じくらいだった。葉子のブラを身につけてもほとんど違和感はない。葉子の用意してくれたフェミニンな雰囲気ただようピンクのキャミソール、肩やひじの部分にスリットの入った黒い長袖カットソーも由美の好みだった。さすが親友の葉子だけあって、由美のツボを押さえている。
「由美のためにとびきりイロッぽいの持ってきたよ。あたしの勝負アイテムなんだから。」
「葉子、。恩に切るわ。」
横浜の元町でゲットしたという、バックプリント入りスタジアムジャンパーを羽織りながら由美はほほえんだ。葉子のファッションアイテムを身につけていくうち、ここ二日ほど忘れかけていた18歳の由美が戻ってきた。
「由美、カッコイイ!。」
葉子はハンドルを握りながら、軽くウインクした。その言葉に由美の顔からはじめて、安堵の表情が浮かぶ。ふだん、何気なく身につけていたファッションアイテムがこんなにいとおしく感じたことはなかった。
「由美、せっかくだから頭もなんとかしたら。」
葉子の言葉に由美はハッとした。まだ三つ編みヘアのままだった。しかも耳元でリングにして赤いリボンを可愛らしく結んでいる。どう見ても、成人に近い女性のヘアスタイルではない。由美はあわててリボンをはずし、あのいまわしい風紀委員たちの手で丹念に編み込まれた三つ編みを賢明にほどく。なんどもなんども髪をかき上げ、葉子から借りたブラシを髪にとおすうち、かつてのたおやかな由美のロングヘアが戻ってきた。カラーリングもソバージュも落とされていたが、東京に帰れば染め直そう。今度は思いっきり金髪にしてみようか。由美は新しいヘアスタイルに、あれこれ思いをめぐらしていた。
「それにしてもすごい学校ね、こんな髪型させるなんて。あたしなら泣いちゃう。」
「あたしだって泣きたかったよ。」
由美は吐き捨てるようにつぶやく。由美の脳裏に転校初日の保健室でのできことがフラッシュバックした。風紀委員たちによって、幼児っぽい中学生の制服を着せられたこと。お化粧もぜんぶおとされ、恥ずかしいお下げ髪にされたこと……。今思い出しただけても身の毛がよだつ。
「それに下着までぜんぶ取り上げるなんて…。由美、こんな学校やめて正解よ。」
「まったくだわ。もう少しで大人の世界から引き離されるところだったわ、フフッ…。」
由美は初めて心の底から微笑みながら、はるか向こうに遠ざかっていく、聖愛女子学園の寮をいつまでも振り返っていた。もう二度とこんなところに戻って来るまい、と固く心に誓いながら。

 しばらく葉子の部屋にかくまってもらうことを相談するうち、二人を乗せたロードスターは山の一本道をふもとまで降りてきた。このままK市の街中を抜け、国道に出れば東北道のKインターまでは、もう時間の問題だ。
まもなくロードスターはふもとに通ずる最後のカーブにさしかかった。ここを曲がれば街中である。
 ところがカーブをまわったところで、一台の白い乗用車が、道をふさぐように停車しているではないか。葉子はあわてて急ブレーキを踏んだ。
「なによ、こんなところで!……。」
思わず出かかった怒鳴り声を、葉子は寸でのところで押し止めた。白い乗用車の屋根の上に、赤色灯が点滅しているのが目に入ったからである。
「やばい、覆面パトだ。」
葉子がつぶやく。
「でも、なんで覆面がこんな山道に……。」
たしかに不自然ではあった。由美の脳裏に一瞬、不安がよぎる。このセダン型の白い車、どこか見覚えがあったのである。
(もしかしてこの車、寮長の車にどこか似てる…。いや、まさか、パトカーでもないのに赤色灯つけれるはずないわ。由美、ちょっと考え過ぎよ。)
由美は無理に自分を安心させようとした。
 たしかに車からは白いヘルメットに青いパトカー乗務員の制服に身を包んだ、二人の男性がこちらに向かってくる。懐中電灯を由美たちの方に向け照らしているため、ちょうど逆光となり顔をうかがい知ることはできないが、警官であることに間違いはないようだ。
 背の高い方の警官が、運転席の葉子に近づき声をかけた。
「すみませんね、こんな夜遅くに。近くで車の盗難があったもんでね。検問しているところなんですよ。」
男性にしては、その声は妙にハイトーンであった。葉子たちは無言のままドア越しに警官の姿を垣間見ようとするが、懐中電灯のまぶしさと警官が黒っぽいゴーフルをかけているため、顔の表情が読み取れない。だが制服の上からでも、警官の胸元がかすかに膨らんでいることに気づいた。
(婦人警官?……。)
二人は顔を見合わせた。警官はなおもつづけた。
「こんな深夜に若い女性が二人でドライブですか。」
「えっ、えぇ…。ちょっと気晴らしで……。」
葉子がおずおず答える。いくら運転ではかなう者なしの葉子でも、警官はにがてだ。つい先日も湾岸線で覆面パトカーにパッシングをしかけ、こっぴどく油をしぼられたばかりである。
「それにしてもずいぶん派手なスポーツカーですねぇ。ちょっと免許証を拝見。」
警官がドア越しに手を差しのべてきたその瞬間、由美はハッとした。
(おかしい!。こんな深夜に女性警官がパトカー乗務するはずなんかない。それにこの声……!。)
由美はとっさに葉子に耳打ちした。
「ダメッ、渡しちゃ!。こいつら警官じゃない!。」
「えっ、ほんと?!…。」
葉子は信じられない、といった様子だったが時すでに遅しであった。由美が気づいた時には、すでに二人の警官はロードスターの左右のドアに、はさむように立っていたのだ。そして彼らの手には、細長いスプレーの缶が握られているではないか。
「葉子、逃げるのよ!。」
由美が叫ぶのと、スプレー缶からなにかが噴霧されるのは同時だった。
「なにっ、これ!?……」
鼻をつくような刺激臭に咳き込む由美と葉子。シューという音とともに、二人に得体の知れない霧状のものが襲いかかる。
「葉子っ、車を……、車をバック……させて……。」
由美は必死で叫んだつもりだったが、ほとんど声になっていなかった。葉子の方を見ると、すでに意識を半ば無くし、その表情は朦朧としている。おそらく由美の声も聞こえていないようだ。
「葉…子…、しっ……しっかり……し…て……」
だが、すでに由美の意識自体も現実から遠のき始めていた。まわりの景色が湾曲したように波打ち、すりガラスからのぞいたようにぼやけている。由美は車外に飛び出そうとしたが、体の自由がまったくきかない。それどころか、どうしようもない脱力感が後から後から、由美の全身に覆いかぶさっていく。
「体が…、体が……、動…か…な…い……。)
そうつぶやきながら、由美はシートにもたれかかるように倒れこんだ。その視線の先には赤色灯を灯す白い覆面パトカー、そして二人の婦人警官の姿。
(こいつら、なにもの?……)
由美の素朴な疑問に答えるかのように、二人の婦人警官がゴーフルをはずす姿が、混沌とする由美の視野に映った。月夜のためおぼろげにしか見えなかったが、由美にも見覚えのその顔。それはまぎれもなく寮長の岩松サエ、そして保険医の相原さゆりに間違いなかった。
由美は愕然とした。
(まっ、まさか……。いったい、どういうこと?!……。)
だんだん薄れていく意識の中で、由美はなんどもなんども自問自答した。そしてそんな由美の姿をあざ笑うかのように、二人のニセ婦人警官たちは不気味な笑顔を浮かべていた。



(第6章に続く)

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