聖愛女子学園 (第4章:罠)


11 秘めごと


 町はずれにある聖愛女子学園の寮は、周りを高い塀で囲まれた、敷地の中にたたずんでいた。クリーム色の鉄筋コンクリートの建物は、そのまわりを芝生と木々で取り囲まれていた。小学校から高等部まで、五百人ほどの女生徒や児童がここで暮らしている、と由美は梨花から説明を受けた。
 寮の玄関をくぐると、保険医の相原さゆりが由美を出迎えた。さゆりは寮長のサエに代わって、由美が寮で生活する衣服や身の回り品を整えるために、一足先に寮に来ていたのである。
「由美ちゃん、わが学園寮にようこそ。はじめての通学は楽しかった?。」
「………。」
由美は佳江の問いかけに何も答えず、うつむき、ただ唇を噛みしめていた。さゆりは、由美が下校中にさんざん笑いものにされたことを知っていながら、わざとたずねたのである。
「あらあら、どうしちゃったのしら。急にダンマリさんになっちゃって…。まっ、いいか。さっそくお部屋にご案内するわ。」
 由美はサエやさゆりに導かれ、1年2組の中学生たちが寝起きする大部屋へ案内された。個室を与えられると思っていた由美は、大部屋に入れられると聞き、ひどくがっかりした。
「個室が与えられるのは高等部からです。中等部の児童は、クラスごとに分けられた大部屋で集団生活してもらいます。」
クラスメイトと生活を共にすることで、お互いの親愛の情を深められるのと、集団生活の規律を身につけるためだと説明されると、由美は納得せざるを得なかった。
「ここが、今日から由美ちゃんが生活するお部屋ですよ。」
サエは二階の階段を登りきって、右側の部屋のドアをあけた。中にとおされ由美はまず、その部屋の広さに圧倒された。中等部の1年2組のクラスからは、28人の生徒が寮から通学しているが、その全員がこの部屋で寝起きしているのだ。
 大部屋には薄紫色の絨毯が敷かれ、左右の壁と窓際に沿って、たくさんのベットが並んでいた。簡素なデザインの、木製のベッドだ。そしてベットの脇には、4段ほどの木製タンスが置かれていた。
 ベットとタンス、この二つが一人の生徒に与えられた、唯一のプライベートな生活エリアだった。
「お勉強は一階の自習室を利用して下さい。後で梨花ちゃん、案内してあげてね。」
サエは梨花にそう声をかけると、部屋の中央あたりに用意されたベットのひとつに、由美を案内した。
「これが由美ちゃんのベットとタンスよ。さっきも言ったけど、あなたが持ち込んだ私服や私物はすべて、預からせていただきましたからね。あなたに必要な衣類と身の回り品は、このタンスの中に入れてあります。中身を確かめておきなさい。」
 その言葉に、由美はおそるおそる、引き出しの一つに手をかけた。
 一番下の引き出しには、ぶかぶかしたズロースや女児っぽいデザインのスリップ、厚ぼったい肌色のタイツ、三つ折り用の白いソックスなど下着類がしまわれていた。二番目の引き出しには、何組かの丸襟ブラウスと吊りスカートなど通学の為の衣服だった。これらはいずれも、由美が着せられているのと全く同じものであった。
 確かにカリキュラム中は私服禁止ということは、先ほども告げられていたため、由美も、覚悟はしていた。しかし、おしゃれな服もお気に入りの下着類も、すべて取り上げられたのを実際に目の当たりにすると、由美は悲しげにつぶやいた。
「本当に、私の私服や下着、返していただけないんですか。」
由美はどうしても諦めきれない様子だった。
「何度も言ったでしょう。中等部の児童は、下着も衣服も学園指定のものしか着てはならない規則なの。」
「じゃあ、寮でもこの制服を着ていなくちゃならないんですか。」
「あら、だれがそんなこと言ったかしら。寮で着る服は、三段目の引き出しよ。」
サエは含み笑いを浮かべ、タンスの方へ目配せする。
 由美はおそるおそる引き出しを開けると、次の瞬間、言葉を失った。引き出しから出てきたのは、半袖の白い体操着だった。丸首の縁のところと袖口に、オレンジ色のラインがあしらわている。一見、平凡な学販用の体操着だったが、胸と背中の両面いっぱいに縫いつけられた大きなゼッケンが、由美の目を見開かされた。ゼッケン上部には校章の蓮のマークが刺繍され、その下には太マジックで
“一年二組”“梓由美”
と大書きされていた。
 さらに由美を驚かせたのは、シャツとセットになった紺色のブルマーだった。側面には、白い二本線が入っている。小学生のころからハーフパンツしか穿いたことのない由美にとって、この体操着はきわめて違和感のある穿きものだった。
 おそるおそる手にとって広げてみると、ハーフパンツとはぜんぜん違って、全体が丸っまっちく、ぶかぶかした造りなのに気づいた。たしか、由美の自宅近くの幼稚園児たちが、こんな体操着を着ていたことを思い出した。
「……こっ、これを着ろ、とおっしゃるんですか!。」
由美は狼狽しながら、叫んだ。
「そうよ。中等部児童は、寮にいる間は体操着を着用の決まりよ。」
「いっ、いやだぁっ。こんな、こどもの体操服……。」
由美は必死に許しを乞う。だが、サエは首を横に振るばかりだ。
「今から掃除の時間です。クラブ活動のない児童は、寮に帰ったら一日おきに掃除や洗濯など、いろいろな雑事をやってもらいます。制服のままじゃ、汚れてしまいますからね。
それに、寒さに負けない強い体を作るため、
中等部児童は体操着で生活してもらうことになってます。さっ、着替えて…。」
 サエはそのように説明すると、笑いながらうながした。由美がまわりを見回すと、すでに大半の女生徒たちが、この体操着に着替え終わっている。由美は、いやいやブルマーに足を通さねばならなかった。
 実際に穿いてみると、この体操着が見た目以上に、由美が慣れ親しんできたハーフパンツと異なることに気づいた。
 とにかく丈が長いのである。普通に穿いても、おへそを簡単に覆ってしまう長さなのだ。しかもウエスト部分には、3段式のゴムが由美の大人っぽくくびれた腰を締め付け、裾の部分にもゴムが通っていてしぼってあるため、太ももにぴったり貼りつく。またブルマーの裏地は発汗性を考慮したのか、厚みのあるタオル地でできていた。しかも動きやすいよう、かなりだぶつき気味に生地をとってあるため、身につけると由美の均整のとれたヒップまでもが、ぶざまに包み隠されてしまうのである。
 そのため、ほっそりした由美のボディラインと対照的に、ウエストとヒップの部分だけが、まるでカボチャのようにブカブカとふくれあがってしまった。あまりに不細工な姿に、由美は耐えられず哀願をくりかえす。
「お願いです。わたし、体育用にハーフパンツ持ってきています。それを使わして下さい。」
「わがままは許しませんよ。それに、これくらい大きくないと、ウエストからお下穿きのズロースがはみ出しちゃうわ。」
 中等部の校則に従い、由美はおしゃれなショーツを取り上げられ、代わりに不格好なズロースを穿かされていた。この恥ずかしい下着も、股上がへその上まであるため、ふつうのショートパンツではウエストからはみ出してしまう。だからブルマー着用はやむを得ないのよ、とサエに説明されると、由美も諦めるしかなかった。
 そのくせ、このブルマーには運動性の配慮からか、股下がとても短くなっているだけでなく、裾ゴムまで通っていた。そのため、大腿部の付け根で裾がしぼられ、由美の太股はむき出しになってしまった。おまけに股下が短いため、いくらゴムが大腿をしめていても、下穿きのズロースの裾がみっともなく、はみ出してきそうなのである。
 ほかの中学生たちがどんな穿きざまをしているのか、由美は周りの様子もうかがってみたが、まだ精神年齢がこどもなのだろうか、あまり気にしていない女生徒が大半だった。それどころか何人かの生徒は、ブルマーからはみ出したズロースを引っ張り合って、キャッキャ騒いでいる。
 一方、さすがに、これには恥ずかしさを感じる子もいるようで、そういう子は校則で定められたタイツを脱がずに、その上からブルマーを穿いていた。どうしても寒い場合は、それでも構わない、という規則があるからだ。
タイツは肌色の厚ぼったいウール製のため、ズロースがブルマーからはみ出しても、透けることがなかったからである。
 だがブルマーの裾から、みっともなくズロースをはみ出させるのも、ぶ厚い肌色タイツの上にブルマー姿も、18才にもなる女性の身だしなみではなかった。由美はさんざん迷ったが、結局、タイツの上にブルマーを重ね履きすることにした。もう大人の由美にとっては、下着をはみ出させたままの寮生活は、あまりに耐え難かったからである。
(こんなみっともない姿で、生活しなければならないなんて……。)
あげくに、規則で丸首シャツのすそをブルマーの中にしまうよう命じられると、由美の下腹部からウエストは、大きな巾着袋ですっぽりと覆われたような容姿となり、ますます滑稽さをかもし出していた。
「フフッ、この体操着着せるとホント、児童っていう感じがするわ。」
「いっ、言わないで……。」
今日、これまでにいったい何度、顔を朱色に染めたことであろう。由美はくやしさと惨めさに唇を噛みしめ、自分と同じブルマー姿の女生徒たちを見つめていた。彼女たちと同じ恰好をさせられているのかと思うと、情けなさが込み上げてくる。
(あぁ…、これじゃあ、外出もできない。)
もう由美は消え入りたい思いだった。無理もない。まだ、子供っぽくても丸襟ブラウスに吊りスカートの制服姿のほうが、どれだけましであろう。
 だが、そう思わせるのも、教師たちのねらいだったのである。この恰好ならば年頃の女の子など、恥ずかしくて外も出歩けまい。すわわち、生徒がむやみに外出できないようにする措置だったのである。
 とりわけこの体操服着用は、由美のように更正カリキュラムの目的で、中学1年生に編入させられた女性には、逃走防止という目的もあった。もちろん寮では、届けさえ出せば、夕食前までは自由に外出もできる。とは言え、冬も近いこの時期に、こんな恰好で出歩くだけで目立ってしかたがない。それに子どもならいざしらず、いい歳をした若き女性が、半袖の体操シャツにブルマー姿で街中を歩けるわけがない。しかもシャツの前と後ろには、自分の名前が大書きされているのである。
 しかし、由美の与えられたタンスに用意された衣類は、それだけだった。あとは寝る時のパジャマくらいか。
 一番上の引き出しには、寮生活を送る上で最低限必要な生活用品と学用品が入っていた。聖愛女子学園では、生活と勉強に必要なものはすべて、学園の方で支給することになっている。とりわけ、はじめて寮にきた中等部の生徒は、入寮の時点ですべての私物を取り上げられる。また同時に体操着や制服に着替えさせられ、家から身につけてきた私服や下着のいっさいも、学園が預かる。これら私物や私服は、高等部に進学の時点で、はじめて返してもらえるのだ。
 中等部に在学の間は、徹底した集団生活を送らねばならない。そして集団生活の尊さと規律を叩き込まれた生徒だけが、高等部に進学でき、はじめて自由な学園生活を送ることができるのだ。
「なんども言うようだけど、由美ちゃんに中学1年生へ編入してもらったのも、中等部でしか学べない集団生活の規律と精神を、身につけてもらうためですからね。」
サエはまた、由美の私物もすべて高等部編入
の許可がおりるまで預かることも告げた。だが、由美はとまどいの色を隠せなかった。
「でも岩松先生、せめて私のバックだけでも、返していただけませんか。あの中には私の財布や携帯電話とか大切なものが入っているんです。」
「由美ちゃん、まだそんなこと言ってるの?。
寮内では外部との連絡は禁じられています。だいたい携帯電話なんて、大人の持つものですよ。中学1年生のくせに携帯なぞ、持ってのほかです。」
 これは確かに学園の方針であった。家族の声を聞いて、余計な里心がつかないようにする目的もあってのことである。当然、寮内には公衆電話も設置されていない。生徒がどうしても家庭と連絡を取らねばならない時は、寮長のサエに申告し、寮長室の電話を借りるしかないのである。もちろん電話の会話も、サエに聞かれている。
 だがこれらの措置も、実をいうと別の目的があったのだ。それは、この学園の実体が生徒の口から、外に漏れないようにするためである。しかし寮に連れてこられたばかりの由美に、このような本当の目的があろうとは、気づけるはずもない。
「それから財布は必要ありません。必要な学用品や生活用品は、一階の寮長室に申告すればすべて支給しますからね。」
これも本当の目的は、由美のような更正カリキュラムを受ける生徒が、学園から逃亡できないようにするためのものであった。
 しかし、そのような目的があることなどおくびにも出さず、サエはそう告げ終えると、引き出しをパタンと閉めてしまった。

 こうして由美は、衣類や化粧品だけでなく、持ってきた私物すべてを取り上げられてしまった。もっともその時の由美は、学園長の山村女史やサエの手により、衣類もなにもかもがすでに処分された後だったとは、知るよしもなかったのだが……。
 その後、部屋や廊下の掃除、自習の時間と、寮での決められた日課を、由美はこなさねばならなかった。だが中学1年生の女生徒と混じっての生活は、由美にとって、とてもすんなり溶け込められるものではなかった。
 ふさぎこむ由美に、梨花ら1年生の女生徒たちが気晴らしに散歩に誘うが、ブルマー姿での外出など耐えられず、彼女はかたくなに断った。
 やがて夕食の時間となり、由美は大食堂に案内された。しかし昼食の時と同様、中学生に混じっての食事など、とてもではないが喉がとおらなかった。そんな由美の様子が報告されたのだろうか、ふたたび保険医の相原さゆりが食堂に姿を現した。さゆりは食事に手をつけようとしない由美の姿を見つけると、やさしく声をかけた。
「まっ、今日は初めてだから疲れもあるだろうし、大目にみてあげるわ。でもなにか栄養とらないと体に毒だから、このジュースでもお飲みなさい。これくらいなら入るでしょ。」
 さゆりが持ってきたのは、搾りたての果物ばかりで作られたフレッシュジュースだった。ほのかなハーブの香りと口当たりの良さで、食欲もない由美でも思わず、ひといきに飲めてしまうほどであった。
 唇のまわりに残り汁をつけて、コクコクと無心にジュースを飲み込む由美を、さゆりは満足げに見つめていた。が、少しきびしく表情を作り直すと、由美に注意を与えた。
「由美ちゃん。中等部の食事は各児童の健康状態も考えて、ひとりひとりに合った献立を組んでいます。明日からは出された献立は全部残さずに食べるように…。お約束できますね。」
幼児をたしなめる口調に、由美と同席していた中学生の中から失笑がおこり、再び由美は顔を赤らめねばならなかった。

 夕食が終わった後、就寝時刻の午後10時までは短い自由時間だった。せめてもの気晴らしにテレビでも見ようと、由美は中等部生徒専用の娯楽室に足を運んだ。規則のきびしい中等部だが、この時間帯だけは、生徒たちは部屋や娯楽室でトランプやテレビなど、自由に余暇をすごすことが許されていた。
 しかし、ここでもまた由美は驚かされた。テレビを見ようとチャンネルを変えようとしたが、切り替わらないのだ。それもそのはずで、テレビで流されている番組はニュースをのぞけば、教育番組か幼児向けのアニメくらいで、それもすべてビデオだったのである。
テレビのチャンネルは、生徒たちが好き勝手に変えられないよう、固定されていた。
 すなわちこの学園寮では、生徒が見ることのできる番組も、かなり制限されていたのである。由美は来春のファッション情報番組を見たかったのだが、それもかなわず、ガッカリしてテレビの前を離れた。それでも中等部の女生徒たちはキャッキャ笑いながら、楽しそうに幼児向けアニメに見入っている。
 どうもこの学園の女生徒たちは、ふつうの中学生と比べて子どもっぽい、と由美は感じていたが、それは制服のせいだけではなく、学園の方針によるものも大きいのではないか。なぜかこの学園は、中学生たちを意識的にこどもとして扱おうとしているのではないか。女生徒たちを大人に目覚めるような情報から、わざと遠ざけようとしているのではないか。由美はなんとなく、そう感じ始めていた。
 その証拠はテレビだけに限らなかった。娯楽室には、たくさんのぬいぐるみやお人形が置いてあった。いずれも学園から生徒たちに支給されたものであるが、小学生児童に混じって人形遊びに興じる女子中学生を見ると、思わず精神年齢を疑りたくなる。
 いつまでも少女らしさを忘れないように、という学園の配慮らしかったが、この光景に由美はげんなりして娯楽室を出ていった。それでなくても、小学生の女子児童たちが由美の姿を、物珍しげにじろじろながめているからである。
 所在なげに図書室で時間をつぶすうちに、午後10時の消灯の時間となった。由美たち中学生は、校章の入った薄緑色のパジャマに着替えさせられると、見回りに来た風紀委員たちの号令で、各自のベットわきに整列させられた。刑務所のような点呼が行われ、部屋の電気が消されると、
「手はふとんの上に出しておくこと。」
と言い残して、風紀委員は部屋を出ていった。
由美はなぜそのようなことを命ぜられたか、わからなかったが深く考えず、目を閉じた。
 まもなく部屋には、スースーと女生徒たちのかわいらしい寝息がたちこめ始めた。しかし目は閉じたものの、由美はなかなか眠れなかった。無理もない。こどもならいざ知らず、本来なら大人の仲間入りをする年齢の由美が、こんな早い時間に眠れるはずがないのである。以前の由美なら、オートバイの背にまたがり、爆走していた時間だ。
 眠れなくなればなるほど、今日一日のできごとが走馬燈のように、由美の脳裏によみがえり始めた。
(あぁ、こんなはずじゃなかったのになぁ。)
由美は布団の中で深々と溜め息をつき、今朝から自分の身に起こったことを、ひとつひとつ思い出していた。
 今朝、由美は希望に燃えて、この聖愛女子学園を訪れたはずだった。高校3年に編入するつもりで。だが保健室で恥ずかしい身体検査を受けた後、由美が告げられたのは高校3年ではなく、更正カリキュラムという中学1年生への一時編入だった。
 あこがれていた高等部の制服も着せてもらえず、おしゃれな下着も衣服も、持ち物いっさいを取り上げられてしまった。代わりに着せられたのは、ダサい下着に、こどもっぽい中等部の制服だった。由美ご自慢の美しい髪も、パーマもカラーリングも直され、少女っぽい三つ編みにされた。長かった前髪は幼児みたいに、眉のはるか上で、まっすぐに切り揃えられてしまった。
(鏡に写された時は、ホント涙出たなぁ…。)
由美の胸の中に、あの時の屈辱感が思い起こされ、ますます頭が冴えてしまう。
その後、食堂で全中学生の前でさせられた挨拶、中学1年生のクラスで受けた初めての授業、県立校の女子高生に笑われた集団下校……。
 今日一日だけで、一生分の羞恥をいっぺんに味わったような気持ちだ。
(明日も……あさっても……、こんな恥ずかしい思いをしなければならないのかしら……。あぁ、早く高校3年の生活にもどりたい。本当に、一週間でカリキュラムを終えること、できるのかしら……。確か、いちばん早い子で、四日で高校へ編入できた、て岩松先生言ってたけど……。)
由美は不安な気持ちを、今は少年院にいる恋人の健也のことを思い出すことで、まぎらわそうとした。健也は由美とともに暴走族の乱闘に巻き込まれ、警察沙汰となって逮捕されてしまったのだ。そして由美はK女子校を退学となり、健也は少年院送りとなった。
(健也のやつ、こどもみたいな恰好させられてる私を見たら、びっくりするだろうな。)
由美は寂しげに、フフッと笑った。だが、すぐにその笑いを打ち消すかのように、あわてて首をふった。
(由美、なに言ってるの。健也だって今、少年院の中で頑張ってるんじゃない。あと4ヶ月したら、健也も少年院から出てこれるのよ。そしたら、また二人の生活がはじめられるんじゃないの。4ヶ月の辛抱よ。)
 そうだ。とにかく4ヶ月我慢して、高校卒業の資格を取ったら東京に戻るんだ。誰がこんな学園の短大になんか行くものか。由美は自分の決心を確認するかのように、手のこぶしをふとんの上で、ギュッとにぎりしめた。
 由美の両親は彼女に、エスカレーター式に上がれる聖愛女子学園の短大入学を、しきりにすすめていた。だがそれには、元暴走族の健也から由美を遠ざけるための、もくろみもあってのことだった。地方の寮付き女子短大に入れてしまえば、健也も由美には近づけまい、と両親は考えたのである。
 もちろん由美も両親の思わくには気づいていたし、そんな両親を憎々しく思っていた。
それゆえ、かたくなに短大行きを拒否し、東京に戻ることを心に決めていたのである。
 それに由美は、野性的な美貌とスタイルのよさで、バイク仲間の男性たちの中でも一目置かれる存在だった。いつも男性に囲まれてきた彼女にとっては、聖愛女子学園のような同性ばかりの生活など馴染めぬどころか、気持ち悪いばかりで嫌悪感すら感じていた。だからこの学園への編入を決心した時も、修道院に入いるような心境だったのだ。もっともこれも、4ヶ月間の我慢で高卒の資格が取れるから、と割り切った上でのことだ。
(女ばかりの短大なんてまっぴらだわ。こんな学園とは、あと4ヶ月でおさらばよ。)
心の中でにつぶやき目を閉じると、再び恋人の顔が脳裏をよぎりはじめる。
(あぁ、早く健也に会いたい。)
由美は再び、大きな溜め息をついた。そして、逮捕される前日、最後にお互いの愛を確かめ合った夜を思い出した。
 あの日の健也は、とりわけ何かに取り憑かれたように激しかった。今思えば、虫の知らせとでも言うか…、健也は二人が離れ離れになってしまうことを、もしかして予感していたのではないか。そんな気持ちが、彼を激しい営みに駆り立てたのではないか。由美はふと、そう思った。
 そしてあの日、健也と同じように、由美も燃えつきるまで燃えた。うなじにかかる健也の熱い吐息……、由美の果実のような胸を撫で上げる、たくましい健也の腕……。
(……健…也……)
恋人と最後にすごした夜の情景が、まざまざと思い起こされるにつれ、由美の体は内側からじんじん疼くような、奇妙な感触につつまれていった。なぜか、不思議なくらい体が熱く、火照ったような気がする。
(あぁ、あたし……どうしちゃったんだろう……。)
 ふとんの上にあったはずの右腕が、無意識のうちに秘密の花園に向かって伸びていく。そして左手の親指と中指も、いつのまにかパジャマのボタンにかかっていた。
 右手をそっとパジャマのズボンの中にすべりこませる。ズボンの下は、昼間、強制的に穿かされたズロースだった。綿独特の厚ぼったい生地が、由美の指に触れる。
(あたし、ズロース穿かされてたんだ。)
こんな子どもみたいな下着、穿いてるの見たら、健也なんて言うだろうなぁ…。そう思いながらも、由美の手は秘密の花園に向かって伸びていく。
 人差し指と中指を添え、指の腹の部分を使って、由美は彼女自身のもっとも敏感な部分をそっと押さえつけた。そして、おへその方に向かって、ゆっくりゆっくり摺りあげていく。何度もその行為を繰り返すうち、なんともせつない感覚が、由美の脳天にまで突き上げるくるのだ。
 右手に呼応するかのように、無意識のうちに左手も、パジャマの第二ボタンをはずしていた。ボタンがはずされたことで、パジャマの胸元がわずかに浮き上がり、すきまから由美の豊かな二つの果実が見え隠れする。それは18才とは思えない、成熟した果実であった。右側の果実に向かって、少しずつ由美の左手が伸びてゆく。やがて左手が到達すると、あたたかい手のひらが下から持ち上げるように、果実をもてあそび始めた。
(あぁぁ……、これが健也の手だったら……)
由美の体はますます疼く。なんだか、自分の体が理性のコントロールから離れて、勝手に暴走しそうな不安に由美は襲われた。
(……あたしの体…、…どうしちゃったの……)
 その時である。ウゥーンとうなりながら、隣ベットの一年生の梨花が、由美の方に寝返りをうった。由美はハッとして指の動きを止める。だが梨花は熟睡しているらしく、ふたたびスースーとあどけない寝息が由美の耳に届いた。
(この子なんて、まだ女の喜び…、知らないんだろうなぁ……。)
 由美はホッとすると同時に、今日の昼間、保健室でかわした相原さゆりの言葉を思い出した。
『……オナニーは淑女がぜったいにしてはいけない、ふしだらな行為なの。だから聖愛女子学園では、オナニー禁止を校則として定めているの……。』
そして由美は、オナニーをしないことを誓わされたのだった。
 しかし、由美は納得いかなかった。校則で女生徒にオナニーを禁止させるなんて……。
(そんなの、人権侵害よ……。)
いったい誰に、女の喜びをとやかく言う権利などあろう。
 それに由美には、どうにも信じられないことがあった。
『それに由美ちゃん、尿道のところに軽い炎症おこしてるわよ。』
そう告げられ、炎症止めの注射までされた。突然のことで由美は拒否する間もなく、注射を打たれてしまったのだが、自覚症状もない由美にはピンとこない。でも注射までされたのだから、もう炎症の心配はしないでもよかろう。それに中学生たちは寝入っているようだし、どうせ気づきはしまい。それに蒲団もかぶっているし……。
 そんな安心感が、由美の指の動きに拍車をかけたのだろうか。
(女の気持ちを、校則なんかで縛れるはずがないわ。)
由美は心の中でつぶやきながら、今度は指を密壷に向けてそわしていった。すでに由美の可憐な花びらは、淫らにぬらぬらと濡れそぼっていた。その花びらを、自分自身で愛おしむかのように、親指と人差し指でつまんで軽く引っぱる。花びらが一瞬いびつに歪み、痛みとはちがった不思議な感覚が、由美の体を突き抜ける。ほほ同時に蜜壺から、なまあたたかい樹液があふれ出て、由美の指にネチョっと絡まる。
 由美はたまらなくなり、自分自身をじらすかのように少しずつ少しずつ、蜜壺に中指を挿入していく。
(あぁぁ、あたし…いけないことしてるぅ。)
喉まで出かかった甘美なせつない溜め息を、由美はすんでのところでこらえねばならなかった。いくら布団をかぶっていて見えないとは言え、声はあげられない。
 だが蒲団に隠されているという安心感が、由美の指の動きを少し大胆にした。それはあたかも、健也の心が由美の指に乗り移ったかのようであった。豊かな乳房に添えられた左手は、先ほどまでの揉みしだくような愛撫に加えて、ピンク色に色づいた乳首をまるでいたぶるかのように、責めはじめた。
 蜜壺に埋没した中指は、まるで意志を持った生き物のように、悩ましげな動きを繰り返す。その中指の動きとともなって、ねっとりした花蜜が由美の体内からあふれ出てくる。
(あぁぁ…、健也だったらきっと…こんなふうにしてくれたのに……)
由美は恋人との最後の夜の営みを、由美自身の指で再現しようとしていた。それがいけない行為だと知りながら……。
 しかし由美はそうしないではおれなかったのである。18才の大人としてのプライドをすべて取り上げられてしまった今、由美の心のよりどころは、健也だけだったのである。
いくら子どもっぽい服を着せられても、少女みたいな髪型にされても、中学1年生として
扱われても、由美の成熟した体が、女として反応してしまうことまでは止められまい。
(あたしは……私は……、おとなの女よ…。)
 この聖愛女子学園でどんなつらいことや恥ずかしい思いをさせられようとも、健也のことさえ思っていれば、どんな苦難でも乗り越えられるような気がした。どんな子ども扱いを受けようとも、大人としてのプライドを失うことはない気がした。
(あと4ヶ月したら、東京でまた二人の新しい生活が始まるんだ。)
由美には将来への希望があった。少なくともその時の由美には、恋人と愛の営みをかわす機会が二度と訪れたりしない、という残酷な運命が自分を待ちかまえているなど、想像すらできなかった。
 由美は自らの体を慰めながら、ようやく安らかな気持ちに包まれた。そしていつしか、吸い込まれるように眠りの世界へと入っていった。大きな罠が仕掛けられているということも知らずに……。

12 反 省 会

 翌朝も由美は集団登校で、学校に向かわねばならなかった。中学生の可愛らしい制服を身につけ、1年生に混じっての登校は、もう大人に手のとどく由美にとっては苦痛以外のなにものでもなかった。しかし幸いなことに、今朝にかぎっては、意地悪な県立校の女子高生たちに出会うこともなかった。子どもっぽい容姿を町の人に笑われることもなく、中等部の校舎に到着した由美は、ホッと胸をなでおろした。
(早く高等部の編入許可もらえるよう、頑張らなくちゃあ……。)
早い子なら四日くらいで更正カリキュラムを終えられる、と語った教諭たちの言葉を由美は思い出していた。
 ところが由美が1年2組の教室に入り、ひと息ついた頃、校内放送が流れた。
『今朝の修身の時間は、山村学園長から中等部の児童の皆さんへ、直々のお話があります。よってクラスごとでなく、体育館にて全学年合同で行います。中等部児童は今すぐ、体育館への移動を開始するように。』
“修身の時間“とは、ふつうの学校でいう道徳の時間にあたる。この時間に中等部の生徒たちは、聖愛女子学園の校則や規律をたたきこまれるのである。
 放送が終わると同時に、調子のいい行進曲が流れ始める。全員で移動の時は行進曲に合わせ、全員足踏みしながら進むのだ。由美以外の中学生たちは、曲が流れ出すと条件反射のように廊下にならび、隊列を整え始める。
「由美ちゃん、遅れると学園長の雷がおちるわよ。」
由美は一年生の梨花にうながされ、しぶしぶ
列に加わわった。いい歳をした若き女性が中学1年生たちに混じって、子どものように行進させられる図は実にさまにならない。
 由美たちが体育館に入ると、すでに中等部の3年生や2年生のクラスは整列を終えていた。学園長の山村女史をはじめ、各学級担任の教師たちも集まっていた。岩松サエの姿も見える。どの学級担任も女性ばかりだ。由美は、初めてこの学園を訪れた時に山村女史から聞いた、うちの学園は教職員にいたるまで全員女性ですの、という言葉を思い出していた。
「あなたたちのクラスは、いつも遅いわね。」
由美たち1年2組が体育館に入ったとたん、岩松サエの叱責がとんだ。由美の周りの1年生たちは小さくなって、サエの顔色をうかがっている。寮長だけでなく、学校内では生活指導の担当でもある岩松サエは、中等部の女生徒にとってかなり恐ろしい存在のようだ。
 サエは生徒たちを見回しながら、おもむろに切り出した。
「全員そろいましたね。では山村学園長のお話の前に、いつもの児童手帳の復唱をはじめます。今日は生活信条のページから。では先導の声出しは、集合が一番遅かった1年2組の児童にやってもらいましょう。」
 聖愛女子学園の中等部には様々な規則や心得があり、すべて児童手帳に記されている。その規則を全員で、しかも大声で復唱するのが修身の時間で、毎朝行われる日課なのである。合わせて勉強や生活態度の反省も、この時間に行われる。
「では1年2組を代表して、林梨花さん。声出しの先導をお願いします。ほかの児童は林さんに続いて、大きな声を出すように。では始め!。」
サエが号令をかけると、由美の横に並んでいた梨花はハイッと大きな返事をして、前に歩み出た。そして児童手帳を右手に、生徒たちの列の方に向き直る。
「では児童手帳の19ページ、生活信条、食事の心得からはじめます。」
少女特有の甲高い声が、体育館に響き渡る。
「ひとーつ、好き嫌いを無くそう!」
すると、その言葉を追いかけるように、他の女生徒が同じように復唱し始めた。
「好き嫌いを無くそう!」
ふたたび梨花の声が響く。
「ひとーつ、出された食事は残さず食べよう!」
「出された食事は残さず食べよう!」
オウム返しに女生徒たちの声が響く。
(ちょっとなによー、これ……)
由美は少しビックリした。しかし由美の驚きに関係なく、復唱は続く。
「ひとーつ、私たち一人一人が健康優良児をめざそう。」
「私たち一人一人が健康優良児をめざそう。」
「ひとーつ、決められた時間以外の間食はしないようにしよう。」
「決められた時間以外の間食はしないようにしよう。」
由美は半ば、あきれ顔だった。
(小学生じゃあるまいし、バカみたい…)
いくら中学1年生に編入させられたとは言え、由美は心も体も18才の若き女性である。とてもではないが、照れくさくて中学生たちに混じっての復唱なぞできなかった。当然のことながら口も、ボソボソつぶやくような動かし方になってしまう。その時であった。
「こらぁ、そこの一年。声出してるか!。」
クラス担任の佐々木佳江の怒号が、由美に向かってとんだ。復唱は中断され、体育館内は静まり返った。なにごとが起こったのかと、梨花や女生徒たちの視線が一斉に由美に集まる。
「梓由美さん、あなたもう18よ。体だって中学生より大きいんだから、誰よりも声が出てもいいはずよ。」
「すっ、すみません……。」
由美は冷や汗をかきながら頭を下げた。
「なんですか、さっきから蚊の鳴くような声ばかし出して…。こんなことじゃぁ、いつまでたっても中学1年生のまんまですよ。」
その言葉に由美はドキリとした。
(まさか…、冗談だろう。)
いい歳をして、いつまでも中学一年生だなんて……。由美は考えたくもなかった。
 だが由美は、気づいていなかったのである。佳江のその言葉が、先の由美の運命を暗示していたということを……。その時の由美には佳江のその言葉を、単なるからかいか、脅し文句としか思っていなかった。
 こどもみたいに叱られている由美の姿に、女生徒たちの間からクスクスと笑い声が漏れれ、由美は顔を赤らめながらうつむいた。しかしそれは、由美に科せられる屈辱の、ほんの序奏にすぎなかったのである。
「では児童手帳の19ページは林さんに先導してもらいましたから、次のページからは梓さん、あなたが読み上げなさい。さっ、いそいで!。」
大勢の女生徒が見守るなか、由美は大勢の前に出された。丸襟ブラウスに紺色の吊りスカートという中学生スタイルの由美に、女生徒の列からふたたび嘲笑が聞こえてくる。
「それでは頭髪の心得から、先導始め!。」
佳江の語気に押され、由美はつばをゴクンと飲み込んだ。
「ひっ、ひとつ…、かっ…髪は常に…せっ…清潔を保ち、中学生らしく…みっ三つ編みに……。」
「声が小さい!。もう一度!」
「ひとつ、髪は常に…清潔を保ち、中学生らしく…三つ編みに……。」
「ダメダメ…。ちゃんと声出さないと、なんどでもやり直しさせるわよ。」
由美は必死に声をふりしぼる。
「ひとーつ、髪は常に清潔を保ち、中学生らしく三つ編みに結ぼう。」
「よし、次!」
「ひとーつ、前髪は眉より3センチ上で、横一直線に切り揃えよう。」
なんでこんなことを言わされねばならないのか。由美は恥ずかしさより、ばかばかしさと、いい大人が完全に中学生として扱われている惨めさで、いっぱいだった。
 あまりの情けなさに、こみ上げてきそうな涙をこらえながらも懸命に読みあげていくうちに、次のページまでさしかかった。ところがページをめくったとたん、由美の声が突然、途切れたのだ。
 なにごとか起こったのかと、女生徒たちが由美の顔をうかがうと、彼女の気品ある口元がかすかに震えていることがわかった。よく見ると、手帳を持った両手まで震えているではないか。
「由美さん、どうしたの。」
佳江が由美の顔をのぞき込む。由美は困ったような顔をして、もじもじしている。様子から察するに、次の言葉を切り出せないでいるようだ。
「まさかあなた、次の言葉の漢字が読めないんじゃないでしょうね。」
「そっ、そんなわけじゃありません。」
「それじゃあ、読み上げを続けなさい。だれがやめろ、といいましたか?。」
「でっ…、でも……」
由美はますます困惑顔になった。よく見ると顔まで赤く染まっている。どうやら、懸命に大きな声を出し続けたせいだけではないようだ。
「由美さん、この児童手帳は中等部の児童が読めるように書かれています。ですからこの文章が読めないということは、語学力も無いと見なされます。中学生なみの語学力もそなわってないようじゃあ、中等部でのカリキュラムを終えさせるわけにもいかないわよね?。」
美雪の冷ややかな一言に、由美はあわてた。
「いっ、いえ…ちがうんです。そうではなくて……。」
「読めるんなら始めなさい。」
佳江はそう言い捨てると、プイっと教諭たちの列にもどっていった。
 由美は大勢の女生徒の前に、ひとりポツンと取り残された。教諭たちも中等部の女生徒たちも沈黙したまま、由美の読み上げを待っている。体育館に思い沈黙のひとときが流れた。そのひとときは、実際はほんの数十秒だったかもしれない。しかし由美にとっては、果てしなく長い時間に感じられた。
 やがて由美も、このままではいつまでたっても終わらない、ということを悟ったのだろう。観念したように、震える唇が動いた。由美が深く息を吸い込む音が、体育館の屋根に響いた。
「児童手帳の 21ページ、生活信条・はっ……は…い……の心得……。」
「聞こえない!。」
「……は…い…べ…ん…の心得……。」
「もっとしっかり声を出す!。もう一度、はじめから!。」
教諭の列の中から再び叱責がとぶ。今度は岩松サエの声のようだ。
 由美は意を決して、声をふり絞った。
「生活信条!、排便の心得!……」
声に出した瞬間、由美の頭の中は真っ白になった。それは、これまで由美がたった一度でも、口にしたことのない語句であった。いや、分別ある大人の女性なら、まず口にできない言葉である。だが由美は、大勢の前で、その言葉を口にしなければならなかった。それも大きな声で……。
 しかし、どんな恥ずかしい言葉だろうと、“ 修身”という授業の中では読み上げを拒否することなど、生徒の立場では許されないことである。しかも、読まなければ中学生の語学力無しと判断され、中等部でのカリキュラムを終えることさえできないのだ。そう告げられてしまうと、由美は拒否する勇気も萎えてしまった。
「よろしい。その声の大きさで続けて…。」
今度は佐々木佳江の指示がとぶ。由美は決心したように、言葉を続けた。
「ひとつ!、排便は規則正しい時間にするよう心がけよう。」
すると、どうだろう。間髪入れず、女生徒たちの復唱が返ってくるではないか。
「ひとつ!、排便は規則正しい時間にするよう心がけよう。」
甲高い女子中学生たちのトーンが、体育館の屋根にこだまする。自分の言葉に、てっきり笑う生徒がいると思っていた由美にとっては、意外だった。
「続けなさい。」
きょとんとしてしまった由美だったが、佐々木佳江にうながされ、あわてて次の心得を口にする。
「ひとつ!、排便がうまくいかないときは、ぜんぶ出そうと考えず、出るにまかせよう。」
「排便がうまく行かないときは、ぜんぶ出そうと考えず、出るにまかせよう。」
再び復唱する女生徒たち。読み上げの先導をさせられている由美は、もう、あまりの恥ずかしさで頭がクラクラしていた。だが読まないと更正カリキュラムは終わらない、と告げられると由美は続けるしかなかった。
「ひとつ!、二日以上うんちが出ないときは、すみやかに各学級の保健委員に報告しよう。」
「二日以上うんちが出ないときは、すみやかに各学級の保健委員に報告しよう。」
復唱はつづく。
(……もう、いや!。なんでこんなこと読まされるの……。)
由美は今すぐにでも、体育館を飛び出したい思いだった。
 だが由美は、不思議なことに気づいた。女性にとってもっとも疎ましい、排泄という行為を口にさせられているのに、この学園の女生徒たちにはだれ一人とて、動揺している様子が見られないのだ。
(この子たち、こんなの読まされて恥ずかしくないのかしら…。)
由美は羞恥を感じない女生徒たちが、理解できなかった。
 どの生徒もほっぺたを真っ赤にして、排泄についての心得を復唱している。だが、その頬の赤さは羞恥からではなく、ひたすら大声を出しているためであるのが由美にもわかった。どの生徒もあどけない表情で、一心不乱に心得を読み上げているのだ。由美など口にもできないような排泄にまつわる言葉も、彼女たちはぜんぜん気にならないようだ。しかも幼児や小学生ならいざ知らず、中学1年生から3年生までの、すべての女生徒がである。中学生といえば、もう十分に恥じらいを感じるはずの年頃である。これが不思議と言わず、なんであろうか。
(この学園の子たち、感覚が麻痺してるんじゃないかしら?)
由美は女生徒たちに、言いしれぬ不気味さを感じた。
 だがその不気味さは、児童手帳のページをもう一枚めくった時、さらに大きくなった。
「児童手帳の22ページ、生活信条!、オ………………」
 やっと排泄についての記述が終わり、ホッと胸を撫で下ろした由美は、次のページの冒頭見出しを読みかけたとたん、絶句した!。
 彼女の顔は、先ほどの困惑の表情をも超越し、まるでなにか信じられないものを見ているかのような表情に変化していた。その証拠に彼女の目は大きく見開かれ、手帳を持った手だけでなく、幼児っぽいベージュの綿タイツを履かされた足までもが、震えているのがよくわかる。
 由美は救いを求めるかのように、教諭たちの列を向き直った。だが、佳江もサエも先を読むように目配せするだけだ。由美は、いやいやするみたいに、力なくかぶりをふる。どうやら原因は、児童手帳の文章にあるようだった。
 30秒ほど沈黙が流れた。しかし、いつまでたっても読み上げをはじめない由美に、生徒たちがざわめき始めた。
「由美さん、困ったわね。そんな態度じゃあ…。」
今度は佳江に代わって、サエが由美に近づいてきた。佳江では任しておけない、とでもおもったのであろうか。
「由美さんはカタカナも読めないの?」
「…………」
由美はうつむいたまま、だまって首をふる。
「じゃあ、読んでご覧なさい。」
「……お願い……堪忍して下さい……。」
由美はもう涙声だった。いまにも火を噴かんばかりに、顔面を朱色に染めている。
「ふーん、そう……。ということは、由美ちゃんはカタカナも読めない子なんだ。そういう子は中学1年生どころか、小学1年生からやり直しね。」
サエのおどけた言い回しに、女生徒たちの列からドッと笑いが起こった。由美は必死に弁解する。
「ちがうんです、ちがうんです……。そうじゃなくって……、こんな、はしたない…恥ずかしい言葉……、あたし口にできない……。」
「恥ずかしいとか、そういう問題じゃないの。これから読んでもらう心得は、とても大切なことなのよ。それを自覚してもらう為の修身の授業なのに……」
「でも、何も口に出さなくたって、自覚はできると思います。」
由美はむきになって反論した。もし普通の子なら、ここまで教師に諭されれば従うところである。だがここで由美が屈しなかったのは、やはり持ち前の気の強さもあったのかもしりない。またそれだけでなく、由美の大人としてのプライドが許さなかったのであろう。いくら子どもっぽい丸襟ブラウスや吊りスカートを着せらようと、お下げ髪にされようとも、由美の気持ちは大人なのだ。
 しかし由美の予想外の反論も、サエの憐れみや同情を引くことはできなかった。それどころか、かえってサエの心の中で、由美への憎悪を煮えたたせる結果をもたらしてしまったのである。
「ふぅーん…。由美さん、そういうことおっしゃっていいのかしら?。」
サエは苦笑しながら、フッと溜め息をついた。その態度には、曰わくありげな自信のようなものが感じられた。そして表情ひとつ変えることなく彼女ににじり寄ると、他の生徒たちに聞こえぬよう、耳元でささやいた。それは、由美にとって想像だにしないことだった。
「じゃあ聞くけど、あなたが昨晩、おふとんの中でしていた行為はなんだったのかしら。」
「! ! ! ! ! 」
由美は驚きのあまり絶句した。サエは唖然とする由美に、意地悪げな笑みを投げかけている。
 由美はうろあえながら、やっとのことで口を開いた。
「えっ…、なっ、なんのことですか?。」
「あら、自分でしたこと忘れちゃったのかしら。それとも、おとぼけかしら?。」
「そっ……、それは……あのぅ……なっ、なんかのまちがいです……。その……ごっ、誤解なんですぅ……。」
由美はしどろもどろになった。だがサエは満面の笑みを浮かべると、ゆっくり大きく首を振った。それはあたかも、あなたのことはすべてお見通しよ、と言わんばかりであった。
二人の会話が聞こえない女生徒たちは、何事が起こったのかと、じっと聞き耳をたてている。
「それでもあなたは、このページの心得を自覚している、とおっしゃるのかしら?。」
「…………。」
由美は何も答えられず、うつむいたまま、首を小さく横に振り続けるだけだ。
「あらっ、今度はだんまりさんになっちゃったの。まっ、いいわ。あなたに反省の気持ちがあるのなら、22ページからの心得の続きを、大きな声で読み上げなさい。」
「…そ……そんな……」
由美は再び困惑顔にもどった。だがサエはそれだけ言い残すと、教諭の列にもどってしまった。
 由美はまた一人ポツンと、中学生たちの前に取り残されてしまった。
「お願い……堪忍して……。」
由美は力なくつぶやいた。だが、今度はだれも声をかけなかった。女生徒たちも教諭たちも由美の口が開かれるのを今か今かと、ただじっと待っているだけだ。
 再び体育館に静寂がもどり、外の銀杏の木が秋風にそよぐ音だけが聞こえる。これだけ大勢の中学生たちがいるのに物音一つしない静寂さも、かえって不気味なものだ。しかし一分近く過ぎ、その静寂は観念したような由美の涙声で、ようやく打ち消された。
「生活信条!、オ………」
だが由美は言葉に詰まり、もう一度深々と息を吸い込んだ。
「生活信条!、オ………オナ………オナニー…………」
「もっとはっきり!」
檄が教諭の中からとぶ。
「……オナ……オナニー自制の心得…。」
ここで由美は、ふたたび息を吸い込んだ。羞恥で胸がバクバク高鳴っているのがわかる。
「つづけて!」
「ひとつ!、オナニーは淑女がしてはならない、もっとも卑しい行為である。」
間髪入れず、女生徒たちの復唱が、由美の耳に届く。
「オナニーは淑女がしてはならない、もっとも卑しい行為である。」
だがその女生徒たちの声も、あまりの羞恥に思考が朦朧としてきた由美にとっては、夢うつつのように響くだけだった。
「ひとつ!、いつ何時たりとも、オナニーをするのはよそう。」
「オナニーをしたくなったら、勉強かスポーツに打ち込み、したくなる気持ちを忘れよう。」
「オナニーを押さえるためにも、高等部を卒業するまで男女交際は慎み、同性の友達をふやすことに努めよう。」
めくるめく羞恥にあえぎながら、由美はオナニーについての心得を読み上げなければならなかった。
(あたし、なんてことを口にしているんだろう…。)
惨めさと情けなさに、由美の心はボロボロになりそうであった。しかし同時に、由美の中で昨日から感じていた疑問が、徐々に徐々に頭をもたげていった。
 昨日、性器検査を受けたとき由美は、オナニーが校則で禁止されていることを保険医の相原さゆりから聞かされた。その時は本当にそんな校則があるのか、信じられない気持ちだった。確かにオナニーは、はしたない行為かもしれない。しかし、修道院じゃあるまいし、そんなことまで校則で規制する自体が由美には理解できなかった。
 それゆえ全校生徒が一同に会して、オナニー禁止の心得を、それも声を張り上げて復唱するなど、異様な光景以外のなにものでもなかった。
(この学校、なんかおかしい……)
女生徒たちの復唱が続く中、由美は朦朧とした頭の中で、まだ形がはっきり見えない疑問をなんども、なんどもつぶやいた。
(この学校、なんかへんだ…。それにこんなことを言わされて、なぜみんな平気でいられるの?……恥ずかしくないの?……)
あどけない顔で、無心に復唱を続ける女生徒たちを前に、由美はなんとも言い表しようのない恐ろしさを感じた。
 同じページを3回も読み返しさせられたあげく、やっと復唱が終わったのは、由美たちが体育館に入ってから30分近くが過ぎたころだった。由美はもう気づいていた。昨夜、ついベットでしてしまった、はしたない行為の罰として、この心得を大声で読まされたということを……。
 なぜサエが由美の指の悪戯を知っていたのかが疑問だったが、とにかく読み上げから解放された由美はホッとした。これで恥ずかしい戒めが終わった、と思ったからである。
 しかし、彼女は知らなかったのだ。この戒めがまだ、ほんの序の口に過ぎなかったということを…。

 岩松サエは由美に列に戻るよう命じると、女生徒たちに号令をかけた。
「今日の反省の時間は、山村学園長の訓示です。全員、キヲツケ!。」
女生徒たちは一斉に直立不動の姿勢をとる。女生徒が見守る中、学園長の山村女史がゆっくりと演台に進み出た。
 女史はかなり不機嫌そうだった。女史はゆっくり演台のマイク前に立つと、おもむろに切り出した。
「ここのところ、中等部の風紀の乱れが目立ちます。」
物静かな口調だった。だがどの生徒も知っていた。学園長が説教の時、静かに語りだした後には必ず雷が落ちることを。だからどの女生徒も、おどおどしながら女史の訓辞を聞いている。
「五日前には、2年1組の部屋からチョコレートの空き箱がみつかりました。おやつは決められた時間に、決められた場所で、という規則があるのを皆さんは忘れたのですか?。」
山村女史は、壇上から2年生のあたりを見据えた。どの女生徒も小さくなっている。
 成長期の中学生たちである。お腹がすいて、つい間食してしまったのだろう。聖愛女子学園では、ただのつまみ食いが風紀の乱れとして取りざたされるのである。由美は少しあきれてしまった。
 だが、女史の訓辞は続いた。
「そして、おととい3年3組の二人の児童が、集団下校の時、制帽をかぶっていないのが目撃されています。」
 中等部の女生徒は髪を三つ編みにするだけでなく、登下校時には制帽である赤いベレー帽もかぶらねばならない。しかし顎紐までついたこの制帽は、年頃の中学生がかぶるにはあまりに可愛らしすぎた。それでなくとも丸襟のブラウスや吊りスカートなど、制服だけでもじゅうぶんに子どもっぽいのである。注意された二人の女生徒も下校中、他の学校の生徒に笑われて、恥ずかしさからつい脱いでしまったのだろう。昨日、県立校の女子高生たちに、子どもっぽい姿を散々からかわれた由美は、彼女たちの気持ちが痛いほどよくわかった。
 とつぜん、女史の語気が強まった。
「私や先生方が怒っているのは、中等部の規則を守れなかった、ということではないのです!。」
2年生や3年生の女生徒たちは女史の雰囲気にただならぬものを感じたのか、固唾をのんで聞いている。
「人間、一度は過ちを犯しそうになることだってあります。問題はその時のまわりのフォローです。2年1組のみなさん、どうして何人かのお友達がつまみ食いをした時、だれも注意しようとしなかったのですか?。3年3組の児童の皆さん、どうして二人のお友達が制帽を脱ごうとした時、誰も止めようとしなかったのですか。集団下校の際ですから、みんなそばにいたはずです。そういう皆さんの、見て見ぬ振りの態度に憤りを感じるのです!。」
ますます強まる女史の語気に、どの生徒もシュンとしてうなだれている。いや、本当は叱られてしょんぼりしているのではないのだ。その次に言い渡される処罰が恐ろしくて、どの生徒も戦々恐々としているのだ。
 急に山村女史の語り口が、不気味なほどおだやかになった。
「まぁ、幸いなことに、どちらのクラスも今回は初犯です。大目にみてあげましょう。」
その言葉に、生徒たちの中から安堵の溜め息がもれた。よほど心配だったのであろう。だが、それもつかの間だった。
「ただし、今申し上げたように規則違反を犯した児童だけが悪いのではないのです。それより問題は注意しようとしなかったあなたがた全員です。よって今回の処罰は、クラス全体の連帯責任とします。」
山村女史は噛んで含めるように、言い渡した。
女生徒たちの中から思わず、失望の声が漏れる。女史の“大目にみてあげる”とは、処罰を免除するということではなく、罰を少し軽くしてあげる、程度の意味合いだったのである。
 このように生徒をいちど安心させた後、いきなり処罰を言い渡すのは、女史が好んで使う方法であった。なぜなら単に罰を言い渡すより、この方が生徒に与えるショックが大きいということを、彼女は長年の教員経験から知っていたのである。
 女史はがっかりする生徒の表情を楽しむかのように、壇上から見渡している。
「2年1組の児童はこれから1ヶ月間、おやつは抜きです。それから3年3組の児童のみなさん……。」
そこまで話すと、山村女史はスーツの胸元から黄色い帽子を取りだした。女生徒たちの間から、アッという声が起こる。
「これがなんだかお分かりですね。これは当学園の附属小学校の学童帽です。今日の下校時から1ヶ月間、3年3組の皆さんはこの学童帽をかぶって登下校すること!。」
女史のその言葉に、3組の女生徒たちは騒然となった。無理もない。中学生とはいえ、彼女たちはもう少しで高等部に進学する年頃なのである。それなのに、このあご紐のついた、チューリップ型の黄色い学童帽を着用せねばならないのである。ただでさえ子どもっぽい制服にお下げ髪で、恥ずかしさを感じる年頃なのにその上、小学生の通学帽なんて……。想像しただけでも滑稽な姿に、涙ぐむ女生徒もいた。
「静かになさい。当面、この帽子をかぶって通学すれば、中等部の制帽のありがたさがよく分かるでしょう。」
そう言い渡すと、女史は女生徒たちに向かってにこやかに微笑んだ。
 中学3年生へ下されたこの処罰に、由美は
昨日の下校の時、1年生の梨花が、
『由美ちゃん、寮に着くまで、ぜったい制帽は脱いじゃだめ。』
と耳打ちした理由がわかった。
『風紀委員のおねえさまに見つかると、たいへんな罰が待ってるわよ。』
と梨花は口にしていたが、それはこのことだったのだ。そう言えば通学路の所々に、風紀委員の腕章をつけた高等部の生徒が立っていた。
 由美は気づいた。この学園ではちょっとした校則違反も、高等部の風紀委員に見つかると、すぐ報告されてしまうということに…。また違反した生徒には、必ず恥ずかしい罰則が課せられるということも…。
 まさにその通りで、聖愛女子学園の中等部は、はなやかで自由な高等部とは対照的に、きびしい校則と罰則で秩序が保たれているのである。そしてその中で生徒たちは、目上の者に対する服従と集団生活の規律を、徹底的に叩き込まれるのである。同時に学園独自の淑女教育も受けさせられる。
 しかしこの教育のおかげで、高等部に進学した生徒たちは、自由な校風とは言えど羽目をはずすことなく、非行に走ることもなく、淑女として成長していけるのである。これこそ聖愛女子学園の教育方針であることが、由美にもおぼろげながらわかってきた。
 それにしても先ほどの復唱の時、岩松サエに昨夜の秘め事を咎められたことも、由美には大きなショックだった。なぜ、岩松サエは由美の自慰行為を知り得たのだろう。由美は不思議でならなかった。
 確かに昨夜、自分ははどうかしていたかもしれない、と由美は思った。あまりにもいろいろなことがありすぎて、気持ちが高ぶっていたのかもしれない。初めての土地にきた不安もあったのかもしれない。そして恋人の健也のことを思い出しているうち、なんか無性に切なくなってしまい、つい指が秘苑に伸びて……、思わずいけないことをしてしまった。
(でもなぜ、岩松先生がそのことをしっているんだろう。)
蒲団の中でのことだし、他人に知れるはずがないのに…。由美は腑に落ちなかった。

 しかし彼女の素朴な疑問も、山村女史の次の言葉で明らかにされたのである。それは驚くべき事実であった。
「さて、みなさん……。」
問題のあったクラスへの処罰を言い渡すと、山村女史は再び全生徒の注目を集めるかのように、ゆっくりと呼びかけた。この口調から、生徒たちは女史の説教がまだ終わっていないことを感じ取り、緊張した面もちになる。
「先ほどから申し上げている風紀の乱れですが、昨夜、とても残念な風紀違反が見つかりました。」
ここで女史は、一呼吸おいた。中学生たちは、次はどのクラスが処罰を受けるのか、おどおどしながら耳を傾けている。山村女史は生徒たちの緊張感を高めるため、わざと話の間を置いたのだ。
 女生徒たちの視線が自分に集まったのを感じると、女史は威厳に満ちた、重々しい口調で切り出した。
「1年2組、梓由美っ!。あなたは昨日、保険医の相原先生にあれほど注意を受けたにかかわらず、あやまちをくりかえしましたね。」
「…………」
由美は突然の名指しに、言葉を失った。
(あやまちって……、いったいなんのこと?)
由美は一瞬、なにを叱責されているのかわからなかった。
 他の女生徒たちの好奇に満ちた目が、いっせいに由美に集まる。生徒たちも、由美がなぜ女史に叱られているのか分からず、ヒソヒソと隣どおしで理由をさぐり合っている。
(まっ、まさか……昨夜の、あのことを……)
由美は息を呑んだ。心臓がバクバク高鳴っているのが、胸に手をふれずとも分かる。
(……うっ、うそぉ……。まさか、あのことを……みんなの前で叱るつもりじゃあ……)
不安がみるみる膨らんでいった、その時である。
「梓由美!、前に出なさい。」
再び女史の声が由美の耳にとどいた。その声には、有無を言わせない響きがあった。
 由美は困惑の表情を浮かべ、モジモジしていたが、担任の佐々木佳江にこづかれ学園長の前に連れ出された。今度は先ほどの復唱の時と違い、女子中学生たちの注目を浴びながら、由美は女史の立つ演台前に起立させられた。
 もう大人になろうという、いい歳をした女性が教師の前で小さくなっている姿は、滑稽なものであった。今度は先ほどの復唱の時と違い、背中を生徒側に向けて立たされる恰好となった。そのため、可愛らしい吊りスカートのバンドが背中でクロスし、大きなばってんを作っている後ろ姿が、いやでも女生徒たちの目にとびこんでくる。しかも赤いリボンで、リングをつくるように耳元で結ばれたお下げ髪は、由美をまるで少女のように演出していた。後ろ姿を見るかぎりは、とても18才の誕生日をすぎた女性とは思えない。あまりにあどけない姿に、女子中学生の列からクスクス嘲笑が聞こえてくる。
 演台の前で、叱られた児童のように小さくなっている由美に、山村女史はさとすように質問した。
「では聞きますが、梓さん。先ほどあなたが生活心得のページを読まされた理由は、もうおわかりですね?。」
「…………」
いきなり図星を指すような山村女史の質問に、由美はなにも答えられなかった。
「梓さん、黙っていてもわかりませんよ。」
先ほどと打って変わり、物静かな口調だ。
「……いっ、いぇっ……、ちがうんです…。ちょっと痒かっただけなんです。それが、あんなふうに見えただけなんですぅ。ほんとなんですぅ……。」
自分で撒いた種とは言え、大勢の中学生の前で、昨夜のはしたない行為を反省させられる恥ずかしさに、由美はどぎまぎしながら、つい思いもよらない弁明を口走ってしまった。だがそれは、女史にとってまさに思うつぼだった。
「ふぅーん…、これでもあなたはそう言い張るおつもり?。」
我意を得たりとばかりに女史は微笑むと、ポケットからなにやら取り出した。それはリモコンだった。
 女史は自分の背後の壁に向かって、リモコンを向けた。するとどうだろう。背後の壁にかかっていたカーテンがスルスルと開かれ、大型スクリーンが現れたのである。
 続けて女史は、リモコンを体育館の天井に据えられた投影機に向けた。同時にスクリーンに画像が映し出される。
 その画像を目にして、由美はアッと驚きの声をあげた。ほかでもない。スクリーンに映し出されたのは、梓由美、本人であったからである。
「……こっ、これは!……。」
その後はまったく声にならなかった。というのも、スクリーンに映し出された光景は、なんと、昨夜の由美の寝姿だったのである。
 画像が昨夜、撮影されたものであるのは間違いなかった。なぜなら由美の左右には、林梨花ら女生徒たちのあどけない寝顔も、いっしょに映っていたからだ。それに画像の中のベットやたんすなどの調度品は、撮影場所が学園寮の1年2組の部屋であることを、はっきりと証明していた。
 また、画像はかなりオレンジ色を帯びていたが、これは消灯後の部屋の中の様子を、赤外線による暗視カメラによって撮影されたからである。しかし、単に由美たちの寝姿が映っているだけなら、なにも驚くには足らない。
 由美が狼狽したのは、ただの寝姿ではなかったからである。なんとスクリーンには、由美が自分の指を使って、自分自身を慰めている姿が、赤裸々に映し出されているではないか。
 いったい、いつ?… どうやって?… 撮影されたというのであろう。由美は仰天して、思わず顔を手で覆った。そして次の瞬間、体育館から走り去りたいという衝動にかられた。だが、それは実行できなかった。なぜなら、いつのまにか演台横に上がってきたサエに、しっかり手首をつかまれていたからである。
「逃げ出そうなんて、卑怯ですよ。」
「あぁ…、ゆっ、許して…許して、お願い。」
由美は必死に哀願する。だが、サエは冷たく首を振るばかりだ。
「由美さん、自分の姿をしっかり見つめなさい。」
「いやぁぁ…、お願いです。止めて…、テープを止めて下さい。」
「これでも由美さんは、何もしていなかったと言い張るんですか!。」
山村女史の問い詰めるような声が、体育館内に響く。
「ごっ、ごめんなさい……。お願い、許して下さい。テープを止めて下さい。」
だが由美の哀願を無視するかのように、スクリーンには昨夜の由美の姿態が、刻々と映し続けられる。
 スクリーンの中の由美は、布団をはだけて仰向けに横たわっていた。画面右端に撮影時刻を示すカウンターが秒単位で表示されていた。それによると、深夜の3時半頃の撮影時刻のようだ。時間的には、由美が深い眠りについていた時刻である。おそらく無意識のうちに、布団も剥いでしまったのだろう。
(いったい、誰が撮影したの?)
由美は混乱した頭の中で、一生懸命、部屋の様子を思い出そうとした。そして、ようやく部屋の天井隅に1台のカメラが設置されていたことを思い出した。まさか、あのカメラで?……。そういえば、画像も由美のほぼ斜め上からねらったようなカメラアングルだ。つじつまが合う。
 だが、まさか自分の寝姿を撮られていようとは……。
(それにしても、どうして…、こんな姿が……)
身に覚えのない自分の振る舞いに、由美は茫然とした。そして、昨夜のことを一生懸命、思い出そうとした。
 昨夜、由美は布団の中で恋人健也のことを思い浮かべながら、つい指先の悪戯に走ってしまった。そして、いつのまにか眠りについて……。当然そのあとのことは、覚えているわけがない。だが、もしかしたら夢の中で、健也と過ごした最後の晩の情景を、垣間見たような気もしないではない。それにしても無意識のまま、体だけが、自分自身を慰め続けていたなんて……。
 由美は信じたくなかった。だが、そうとしか説明のしようがなかったのである。その証拠に、スクリーンの中の由美の表情は、どうみても眠っている様子だった。にもかかわらず手と指先は、無意識に動いているようなのである。
 スクリーンに映された自分自身の指の動きに、由美は顔から火が出そうだった。右手の人差し指と中指は、由美のもっとも敏感な部分に置かれていた。画面の最初の方では、パジャマのズボンの上から二本の指が敏感な箇所を押さえつけ、ゆっくりと摺りあげていく様子が映し出されていた。そして左手は、パジャマの胸元から差し入れられ、右側の果実を愛撫するかのようにさすり上げている。甘美な夢でもみているのか、由美の顔も心なしか恍惚とした表情だ。おまけに次の画面では、股を開いた寝姿で、右手がパジャマのズボンの中に入っていくところまで描かれていた。
 由美が何をしていたかは、誰の目からも一目瞭然であった。ほかの中学生たちも固唾をのんで、スクリーンに見入っている。彼女たちもスクリーンの中の人物が何をしているのかは理解できたようで、驚きや軽蔑の入り混じったざわめきが、体育館の中に広がっていった。
「あの画面の子、梓さんよ。」
「右手、パンツの中に入れてるわ。」
「やだぁ、なにしてるのかしら。」
「もしかして…オナニーじゃない?」
「うっそぉー、私たちが寝ている横で…。」
「ほんとだ。まじにオナニーしてるぅ。」
「信じらんなーい。」
「不潔よ。」
「しかも見てェー、片方の手でオッパイまでいじっくってるぅ。」
「いやらしい!。」
「なに考えながらオナってたのかしら。」
「どうせ、男のことでも想像してたんじゃない?」
「最低よ。超最低!」
女生徒たちのありとあらゆる罵詈雑言が、由美の耳にとびこんでくる。中には泣き出す生徒もいた。
「聖愛の児童の資格ないわ。」
「あんな人と同じ学校だなんて……」
など由美を痛烈に非難する声も、中学生たちの列のあちこちからあがる。
 騒然となっていく体育館の中で、由美はあまりの恥ずかしさと動揺に、もはや立つことすらできず、へなへなと演台前にしゃがみこんでしまった。そして顔をあげることもままならず、両手を顔に押し当て、じっとうつむいている。リボンで結ばれたお下げ髪が小刻みにふるえているのが、生徒の列の後方からでもよくわかった。
 自分のもっとも人に見られたくない姿が、全校生徒の前で、しかも映像で公開されるなんて、想像すらできないことであった。由美は今、体育館で起こっていることが夢であってほしいと思った。だが今、起こっていることが現実であると強調せんばかりに、投影機はジーという無情な響きをたてながら、なおも昨夜の由美の秘め事を映しつづけている。
「さあ、みなさん、静粛に!。今ご覧になっているのが、梓由美さんの本性よ。」
勝ち誇ったような山村女史の声が、体育館にこだまする。
「これは風紀の乱れと言った段階ではなく、不祥事です!。我が学園寮において、このような不祥事が発覚したことをとても残念に思います。」
そこまで述べると山村女史は、演台前に力なくしゃがみこんだ由美に、冷ややかな視線を落とした。その目は、これから由美にどんな処罰を与えようか、思案しているようであった。
「由美さん、立ちなさい。」
女史は静かに、由美に声をかけた。それはまるで、犯罪者に判決を言い渡す裁判官のような威厳をただよわせていた。
「この期に及んで、まだ申し開きはありますか?」
「……ごっ…ごめんなさい……。もう……二度といたしませんから……、お願いです。ビデオを止めて下さい。」
由美は、半べそをかいていた。気の強い由美も、あまりに強烈な羞恥を与えられ、牙を抜かれてしまったような恰好だ。それになによりも由美は、恥ずかしい映像をこれ以上、中学生たちに見られるのが耐えられなかったのだ。
 だが山村女史は、首を縦にふらなかった。
「あなたの謝罪は信用できません。昨日も由美さんは、保険の相原先生にオナニーの注意を受けた上、もうしません、と誓いまでたてたそうじゃないの。」
「すっ、すみません……。」
「あなたは校則を破って、オナニーという淑女として絶対してはならないことをしただけでなく、相原先生や私たち教職員との約束まで破ったのですよ。」
「……申し訳なかったと思っています。」
「本当に申し訳なかったと思っていますか?。」
 山村女史は不気味な笑顔を浮かべながら、由美に質問した。
「はっ…はい、もう、二度といたしません。ですからお願いです。もうビデオを止めて……。」
由美は必死の哀願を繰り返す。とにかく由美は、一刻も早く、あの恥ずかしい映像を止めてほしかったのだ。女史はそんな由美の気持ちを見透かしていたかのように、命じた。
「わかりました。では昨晩のはしたない行為と、私たち教職員との約束を破ったことを、由美さんが本当に反省する気持ちがあるのなら、このあと風紀指導室で風紀委員による処罰を受けてもらいます。わかりましたね。」
女史のその命令に中学生たちの中から、最悪ぅ〜、とか可哀相に……、といった言葉が漏れ聞こえた。
 女生徒たちのこのざわめきと風紀指導室という言葉に、由美は言い知れぬ不安を覚えたが、なによりもビデオを止めてもらうことが先決だった。
「……はい…、罰を……処罰を…受けます…。」
しばしの沈黙の後、蚊の鳴くような小さな声で、由美は答えた。
 だがこのあと、待ち受けている処罰がいかなるものであるのか、由美には分からなかった。それが、彼女の想像を絶するものであることも……。
 やがて修身の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。再び校内放送のマーチが流れ、女生徒たちは行進しながら教室に戻っていった。由美もいったん教室に戻ることを許された。

 すべての生徒が体育館から去ったあと、学園長の山村女史と岩松サエ、そして保険医の相原さゆりの3人の姿だけが残った。山村女史は先ほどと打って変わり、えらく上機嫌であった。
「ホッホッホ…、相原先生の調合した薬があんなに効果あるとは思いませんでしたわ。」
「そうですとも。あんなに由美が乱れるなんて……。」
サエもすかさず、合いの手を入れた。
「これで由美も中学生の前で、面目まるつぶれですわね。」
相原さゆりは薄ら笑いを浮かべながら、話を続けた。
「昨夜、夕食の時に由美のジュースに混ぜたのは、新しい漢方系の催淫剤ですの。本来は不感症の女性に処方する薬です。それだけでも十分に効果あるんですが、念のために向精神剤も少し加えておいたのが、よかったのかもしれませんね。」
「でもあの子、おかしいと気づかないかしら?。」
サエは少し心配になり、さゆりに尋ねた。
「あら、その心配は無用です。ハーブに似た香りですから、ジュースとかに溶かしても違和感ありませんし……。それに、あの薬はただ局部に、快感をもたらすタイプではないんです。」
「というと?」
「あの薬は局部よりも、大脳皮質の方に刺激を与えるタイプなので、オナニー経験者は自然にオナニーしたくなってしまうんです。まさか、薬のせいなんて思わないでしょう。きっと由美も、自分の淫乱な性格のせいかと思ってすわ。」
「ほんと、私たちの思うつぼってことね。」
三人の女性の高笑いが、いつまでも体育館のフロアに響き渡っていた。


13 淑女教育

 いったん教室に戻ることを許された由美だったが、体育館を出る際に岩松サエから告げられた一言が、彼女の心に不安の影を落とした。
「3時限目が終わったら、高等部校舎2階の風紀指導室に顔を出すように。4時限目は体育だから、由美さんは無理に出ることもないでしょうし…。」
その言葉に、由美の不安は暗雲がたちこめるように広がっていった。
 教室に戻ってからというものの、どの中学生も由美と口をきこうとしなかった。隣机の梨花すら、由美が声をかけても思い詰めたように口を閉ざしている。どの女生徒も、由美の昨夜の行ないに軽蔑の眼差しをのぞかせていた。
 はしたない姿をみんなに知られてしまった由美は、休み時間、ひとりポツンと机に座っていた。教室のあちこちから、由美を蔑む会話がヒソヒソと、彼女の耳にも届いてくる。
「やよね、大人って……。」
「あの人、うちの学園に来る前から毎晩あんな、いやらしいことしてたのかしら。」
「あんな子と同じクラスだなんて……。」
「そうそう、まっぴらよね。」
18才にもなるいい大人の女性が、中学1年生から蔑まされている姿は、なんとも哀れであった。
 由美のそんな気持ちをよそに、別のグループからは、こんな会話が漏れ聞こえてくる。
「あの子、まだ自分が大人だと思ってるんじゃない?。」
「あたしたちと同じ恰好させられてるくせに、生意気よね。」
「いちど高等部のおねえさま方に、こっぴどく叱られた方がいいのよ。」
「そうよ。一度あの処罰受けたら、大人であることを忘れるみたいだし……。」
「でも、4時限目に風紀指導室に呼ばれてるらしいよ。」
「それって、まじ?、ホント?」
「ホントみたいよ。さっき岩松先生に言われてたもん、あの子…。」
「どんな罰受けるのか、楽しみね…。」
「ウフフ……」
「ハハハハ……。」
屈託のない笑い声が教室に響き渡る。中学生たちがこの会話を、わざと由美にも聞かせようとしているのは、明らかだった。生徒らは、高等部の風紀委員による処罰の恐ろしさを、それとなしに由美の耳にも入れ、彼女が困惑する顔を楽しもうとしていたのである。そのもくろみは、みごと図に当たった。
 6才も年下からの侮蔑の言葉に耐えられず、由美は生徒らの会話を聞かないようにしていた。だがつい、しゃべっている声が耳に入ってきてしまう。彼女もどんな処罰が待ちうけているのか、心配だったからだ。だから、そんな生徒らの話を耳にすると、ますます不安の色を隠せなくなってしまった。とくに一人の生徒が口にした、『あの処罰受けたら、大人であることを忘れるみたいだし…』という言葉に、不吉なものを感じていた。
(大人であることを忘れさせるような処罰って、いったい何のことだろう……)
由美には皆目、検討がつかなかった。そんな処罰が、はたしてあるのだろうか?。
(由美、だいじょうぶよ。どんな処罰が待ってようと、あなたの心と体は18才の大人よ。それは誰にも変えられないわ。そんな気弱なことでどうするの!)
由美は、不安な気持ちを、自分自身を励ますことで奮い立たせようとした。そのうち、なんとなく落ち着かぬ気分のまま、3時限目の授業が終わった。

 終わりを告げるチャイムが鳴りやみ、どことなくあか抜けない英語の女教師が出ていくと、にわかに教室内はにぎやかになった。風紀指導室に行かねばならない時刻である。しかし、どんな処罰が待ちかまえているのか不安な由美は、腰が重かった。その時である。
「あっ、おねえさま方だ。」
梨花の声が教室中に響き渡った。中等部の生徒は、自分より目上の中学生を“先輩”、高等部の先輩のことを“おねえさま”と呼ぶ。
 由美が戸口の方を振り返ると、おしゃれな制服に身をつつんだ高等部の生徒が教室に入ってきた。緑色の腕章を巻いているので、すぐに風紀委員とわかる。
 二人の風紀委員は由美のところに歩み寄った。
「さっ、由美さん。行きましょう。」
彼女らは、風紀委員長の今井美雪に命ぜられ由美を迎えにきたのだ。美雪は、由美が指導室に行くのをためらっていることを、じゅうぶん予想していたのである。
 二人の風紀委員は、いやがる由美を両側からはさみながら、由美を教室の外に連れ出した。他の中学生たちは、好奇と冷ややかさの入り混じった目で、その様子を追っている。
両側を風紀委員にはさまれ、指導室に連れていかれる由美の姿は、さながら犯罪者が連行されているみたいだった。
 渡り廊下をとおって高等部の校舎に入ると、中学生の恰好をさせられた由美の姿はひときわ目立った。おりしも休み時間のため、廊下では大勢の女生徒たちが立ち話しているところだった。みんなの視線が、一斉に由美に注がれる。
「あら、きのう転校してきた子よ。」
「みてみてっ、中等部の制服着せられてる。」
「ホントだぁ…、カッコわりぃぃ!」
「きのうはあんなにおしゃれな服、着てたのに……。」
「あたまだって、中一スタイルじゃん…。」
 左右のお下げ髪をたらさずに耳元までもっていき、輪のように結ぶのが中等部1年生に定められたヘアスタイルである。ちなみに、左右のお下げ髪の先っぽを、背中の真ん中で結び合わせるのが2年生、中等部の3年生になって初めて、三つ編みをふつうに下げることが許されのだ。これは、どの生徒が何学年であるかを、一目に区別できるようにするためであった。おかげで誰の目からも、由美が中等部1年生であることがはっきりと分かってしまった。
 昨日、同じ廊下を歩いた時は、黒い革ジャケットにスリムなデニムパンツ姿の由美に、
女生徒たちも羨望の眼差しだった。落ち着いたライトブラウンの、ソバージュのかかった由美のロングヘアに、自分たちには無い大人っぽい雰囲気を感じる生徒も少なくなかった。それゆえ、あまりの由美の変わりように、高等部の廊下はにわかに沸きかえった。
「あらまっ、どんくさい頭にされちゃって……」
「化粧落とすと、やっぱ、ちょいブスいよね。」
「もしかしたら、例のカリキュラムやらされてるんじゃない?。」
「ってことは、中学1年生のクラスに入れられちゃったってわけ?……。」
「あの子、ほんとは高3のはずよ。」
「キャッ、超カワイソ……。」
「いつまで中学1年生させられるのかしら?。」
 つい先ほどまでは教室で、6才も年下の中学1年生にばかにされ、今度は自分と同年代の女生徒たちに、歯に衣を着せぬ嘲りを浴びせられ、由美は惨めさに消え入りたい思いだった。
 だが、不恰好な姿を笑われるだけならまだいい。由美のもっとも気にしていたことが、生徒たちの口からついて出た。
「ちょっとちょっと……、あの子よっ。昨夜、オナニーしてて見つかったの……」
「うっそぉー、マジぃ?」
「はははっ…、最低!。それで指導室に連れていかれるところななんだ。」
「フフ…、どんな処罰受けさせられるのかしら。」
由美のオナニーのうわさは、すでに高等部にまで広がっているようだ。自分と同い歳の生徒たちに笑われながら、由美は風紀指導室へ連れていかれた。

 2階の風紀指導室は、廊下の奥まったところにあった。部屋の中には2脚の長机とパイプイスが10個ほど、そして部屋の隅には背もたれの無い、ビニール張りベンチが置かれていた。壁に貼られた制服の着こなしの写真、中等部生徒のヘアスタイルを示した写真が、指導室らしさを演出している。
「梓さんを連れてきました。」
部屋の中に招き入れられた由美は、背後でカチッ、と扉に鍵がかかる音に胸騒ぎを覚えた。
部屋の中には今井美雪をはじめ6人の風紀委員、そして岩松サエがいた。寮長であるサエは、学校内では生活指導係を担当している。
「中等部の制服もずいぶん板についてきたじゃない。こちらの方が似合っているんじゃない?。」
美雪は微笑みを浮かべながら切り出した。今日の美雪はミニ丈のチェック柄スカートに、ダンガリーのポロシャツをざくっと着こなしていた。シャツに重ねたニットのベストに、紺色のハイソックスというトラディッシュな組み合わせが、美雪を大人っぽく見せている。
 それに引きかえ、大きな名札が縫い込まれた丸襟ブラウス、紺色の吊りスカート姿の由美に、昨日までのシックな大人の面影はなかった。せっかくの高校生には見えない脚線美も、肌色の厚ぼったい綿タイツに白い三つ折りソックスまで重ね履きしていては、台無しである。おまけにつま先を赤く塗られたバンドバレーシューズが、子どもっぽさを強調している。
 まわりの同年代の生徒たちも、カジュアルな今ふうの制服だから、なおのこと由美の姿は滑稽に写る。これでは先ほど廊下で笑われたのも無理はない。あまりの落差に、由美はくやしげに唇を噛みしめた。
「由美さん、あなたがここに連れてこられた理由は分かっているわね。」
美雪は彼女をいすに座らせると、いきなり分かりきった質問を切り出した。それは由美に、自分の恥ずかしい行為を口にさせるためであった。
「…………」
「黙っててもわからないでしょう!。」
答えられない由美に美雪の叱責がとぶ。
「……お……オナニー……したからです……。」
由美はうつむき、今にも消え入りそうな声で答えた。
「由美さん。あなたは昨日、保険の相原先生からあれほどオナニーはやってはならないと注意され、誓いまでたてたのに守れませんでしたね。どうしてだか分かる?。」
しばしの沈黙の後、由美の消え入りそうな言葉が聞こえた。
「……そ…そんなつもり……ぜんぜんなかったんです。…なのに……」
睡眠中に無意識のうちにしてしまったのだから、どうしようもないではないか。由美はそこのところを分かってほしかった。
 美雪はそんな由美の気持ちを察するように、今度はさとすような、優しい口調に変わった。
「あなたの言いたいことは大体わかるわ。眠っている間に、知らず知らずやっちゃったことだから許してよ、て言いたいんでしょう。」
「…………」
由美は顔を赤らめながらも、無言のまま小さくうなづく。
「ご安心なさい。風紀委員会としても、由美さんが無意識にオナニーした行為については、処罰しないことにします。」
「本当ですか?。」
由美の顔に少し、ホッとしたような安堵との表情が浮かんだ。修身の時間に受けた山村女史の剣幕からすると、かなりきびしい処罰を与えられるかと思っていたからである。だが由美の喜びも、それつかの間だった。
「けれども風紀委員会としては、無意識のオナニーを許した由美さんのたるんだ精神に、処罰を下します。」
「えぇっ…、どういうことですか?。」
由美の顔は少し青ざめていた。
「たるんでいる、なんて……。そんなこと、絶対にありません。私、一日も早く高等部の編入が認められるよう、頑張っているのに……。」
だが美雪は、由美の弁明をさえぎるように、大きく首を横に振った。
「由美さんの一番大きな間違いは、せっかく中学1年生にまで戻って更正カリキュラムを受けているのに、心の中に変な大人のプライドを持ち続けていることです。由美さん、あなたどういう目的で更正カリキュラムを受けさせられてるのか、分かってる?。」
「……ですから、心身ともに中学1年生の時に戻って……、これまで忘れていたものを思い出すための……。」
由美がそこまで言いかけたところで、美雪は急に微笑み、さとすように質問した。
「ねぇ、由美さん…。心身ともに中学1年生にもどったはずの子が、無意識とはいえオナニーなんてするかしら?。」
「……そっ、それは……。」
そう尋ねられると、由美は言葉に詰まってしまう。
「あなたの理屈が正しければ、同い歳の私たちだって、寝てる間にオナニーしちゃっても不思議じゃないよね。でも、うちの学園の子でそんなことする子、ひとりもいないよ。」
「…………」
美雪の言葉には妙に説得力があった。由美はいつのまにか、返す言葉を失っていた。
「あなた、さっき高等部の編入が認められるよう頑張っている、て言ってたよね。でも、ぜんぜんそんなふうに見えないよ。どうしてだか分かる?。あなたの心が、まだ純粋だったはずの中学1年生のころに戻っていないからよ。由美さんの心の中に残っている汚れた大人のプライドが、あなたの更正を邪魔しているの。」
「……そっ、そんなこと言われても……。あたしだってもう18だし……、急に中学生の時にもどれと言われても……。」
由美は戸惑いを隠せず、弱々しくかぶりを振る。だが美雪は、なおも続けた。
「きのうお教室で、担任の佐々木先生からも、お話があったでしょ?。更正カリキュラムは終わるのは、由美さんが完全に中学1年生の時の精神と態度にもどった、と判断されるまでだと…。」
「たしかにそう、うかがいました。…でも、4、5日から一週間でカリキュラムは終えられるって…、そしたら高校に編入できるって…。岩松先生だって、確かそうおっしゃってましたよね!。」
 だがこの由美の反論に口に開いたのは、意外にも二人のやりとりをだまって聞いていた岩松サエ、本人であった。そしてサエの口からは、恐るべき事実が語られたのである。それは由美にとって、あまりに信じがたいことであった。
「そうね、そろそろ由美さんにも知っておいてもらった方がいいわね。」
サエは冷たい視線を由美に投げかけながら、椅子に座る由美を見下すように、横に立った。
「じゃあ教えてあげる。由美さんが更正カリキュラムを終えて高等部に編入できるのは、私と風紀委員全員、そしてあなたが編入した1年2組の3/4の児童たちが、由美さんは完全に中学一年生に戻った、と判断するまでです。」
「なんですって!」
由美は唖然とした。
「ホホホ……、分かった?。みんながそう判断してくれるまでは、由美さんはずぅーっと中学一年生の児童のままよ。」
「…そっ、そんな! ……ばかなことが!。」
由美は思わず叫んだ。彼女はすっかり動転していた。だが、サエの話はなおも続いた。
「それから、学年末になっても皆からの判断がもらえなかったら、中学一年生のまま留年してもらいますからね。」
「めちゃくちゃですぅ!。そんなこと、あり得ません……。あたしはもう、18才だというのに……。」
 由美は顔面蒼白だった。ブラウスの可愛らしい丸襟まで小刻みにふるえているのが、由美の動転ぶりを如実にあらわしている。だが、それでもサエは表情ひとつ変える気配なく、
一枚の紙切れを差し出した。
「由美さん、これ覚えているでしょう。」
紙切れを目にして由美は、アァッ、と声をあげた。それは昨日、聖愛女子学園を訪れた時に彼女がサインした、編入同意書であった。その最後の一節には、次のように記されていた。
────────────────────
5 私が卒業時点までに更正や精神的成長に 於いていちじるしい遅れがあると判断さ れた場合は、素直に認め、留年し同学園の教育方針に沿って人間形成に努めます。
────────────────────

「思い出したでしょ。あなたも認めたはずよ。まっ、せいぜい留年しないように頑張ることね。ホホホ……。」
サエは紙切れをしまいながら、由美の心を逆なでするように笑った。
 茫然とする由美に、ふたたび今井美雪が言い寄った。
「さっ、由美ちゃん。そうならないように頑張りましょう。それにはあなたが持っている大人のプライドをいちど、完全に捨て去ることよ。大人に背伸びしたがる気持ちがあるから暴走族仲間とバイクかっとばしたり、未青年のくせに男とつき合ってエッチしたりするんです。しかも、あげくにそれを思い出してのオナニーですからね。まずは、自分はまだまだ子どもなんだ、という認識を植えつけるところから始めないと、由美ちゃんの場合はダメみたいね。」
 いつのまにか、美雪の由美に対する呼び方は“由美ちゃん”に変わっていた。そして由美が気づかないうち、彼女のまわりを同い歳の風紀委員たちが取り囲んでいた。
「とりあえず、由美さんには自分がした行為の反省をしてもらいます。その為には、悪さしたところを懲らしめないとね。」
 美雪はそういうと、膝に上に組まれた由美の右手を、そっととった。由美はおびえるように、思わず手をふりほどこうとするが、風紀委員たちにしっかり両腕をつかまれてしまった。
「ヨーロッパの戒律のきびしい修道院ではね、オナニーをやめられない修道女の指を切り落としたそうよ。」
「やだっ!、いやぁぁ……。」
「冗談よ。まさか、指を切断するわけにもいかないでしょ。でもしばらくの間、へんなオイタしないように、悪い指は使えなくしましょうね。」
あらがう由美を椅子に押さえつけたまま、風紀委員たちは由美の両腕を後ろにねじりあげた。
「痛ぁーい!。」
思わず顔をゆがめる由美。だが、声をあげると同時に、両手首になにかが通されるのを、由美は感じた。
(なんだろう?)
それはとてもやわらかい肌触りのものだった。それをつかもうとすると、ずいぶんモコモコした生地のようだ。それにかなりの厚みを感じる。由美は気になり後ろを振り向こうとしたが、腕をねじられているため、痛くて振りかえれない。
「ちょっと待っててね。これがすんだら見せてあげるから。」
美雪はそういうと、由美の両手にとおしたものを、なにやら今度は手首あたりで締め上げている。カチッと鍵がかかるような音がして、美雪の声が響いた。
「ほらっ、できあがり。」
後ろにまわされた腕を急に離され、由美はおもむろに自分の両腕を見やって驚いた。なんと、両手にはめられたのは、ピンク色の手袋であった。手袋といっても大人がするような指が独立したものではなく、五本の指をすっぽり覆うミトン型のものであった。しかし生地がかなり厚いため、これでは物をつかむことも取ることもできない。ミトンの中にまとめらけた指は窮屈ではないが、多少曲げたり伸ばせる程度の余裕しかない。
 つまりこのミトンは、大人の防寒を目的としたものではないのだ。生まれたての赤ん坊が、むずがって自分の顔を引っ掻いたりしないよう、ガードするのが主な目的である。その証拠に、ベビーピンクの柔らかな素材で作られたこのミトンは、手の甲の部分にうさぎのアップリケがあしらわれ、明らかに乳幼児用のデザインだ。ただ、大きさだけは明らかに大人用のものであった。こんな大きさのベビー用ミトンが、ふつう売られているものだろうか。
「不思議でしょう。これはね、うちの短大の保育科の学生が実習でつくったものなのよ。」
「お願いです、はずして下さい。これじゃあ、何もできないじゃないですか。」
 由美は困惑顔で抗議する。これでは教科書もめくれないし、箸も持てない。服の着替えもできず、不自由なこときわまりない。由美はミトンをはずそうと試みたが、両手とも厚い綿のような生地でくるまれているから、はずそうにもつかみようがないのだ。
 しかし仮につかめたとしても、はずすことは無理であろう。というのもミトンの袖口には、なんと透明のピアノ線が通されていたのだ。そしてピアノ線の両端は差込錠によってつなげられ、ミトンの袖口を締めあげているため着脱もできない。もちろん鍵をまわさないと錠ははずせないし、ピアノ線ゆえ、ハサミで切ることすらできないのだ。もっとも細くて透明なため目立たず、知らない人の目から見れば、可愛らしい赤ちゃん用ミトンとしか映らないだろう。
「あら、なにもできなくていいのよ。由美ちゃんのお手ての面倒は、一年二組のおともだちにやってもらうから。」
「じょっ…、冗談はやめて下さい。あんな6才も年下の子どもなんかに……。」
「由美ちゃんは、中学一年生の児童に面倒みてもらわないとなにもできない、小さな子どもになるのよ。」
「ふざけるのも ほどほどにして下さい。無理やりこんなものあてがっといて……。はずして下さい。」
由美は必死の哀願をくり返す。
「フフフ…、そうはいかないわ。このミトンわね、由美ちゃんのようなオイタした悪い指を、懲らしめるためのものなのよ。だからそう簡単には、はずせないようになってるの。」
美雪の言葉は嘘ではなかった。その証拠にミトンの鍵を所持しているのは、石井美雪と岩松サエだけなのである。どちらかが差込錠の鍵を解かないかぎり、由美のほっそりした手首はベビー用ミトンで覆われたままなのだ。
「ひっ…、ひどい……。」
由美はくやしそうに美雪をにらんだ。
「あら、まぁ…、すごい剣幕なこと。さすが暴走族あがりだわ。あなた、東京ではバイク男たちのあこがれのまとだったらしいわね。でもこの学園にいる間は、女も捨ててもらうわ。今日からは徹底的に、子どもとして扱いますからね。」
そう告げるなり、美雪はいきなり由美の背後から、吊りスカートのバンドを肩から引き落とした。
「なにするの!」
由美はあわててバンドを押さえようとするが、美雪の方が早かった。立ち上がろうとする由美を、ひとりが後ろから羽交い締めにする。由美がおどろいて抵抗しようとしているすきに、別の生徒が吊りスカートの裾をつかみ、一気に引き下ろす。一瞬にして、厚ぼったい肌色の綿タイツに包まれた下半身が向き出しなる。
「ギャハハ……ダセぇ〜。」
「ガキみたい。」
風紀委員たちのあざけりに、由美の自尊心はズタズタになりそうであった。
「やめてェェ…、なにすんのよぉ……。」
由美は必死に抵抗する。
「岩松先生、お願いです。みんなを止めさせて!、お願いですぅぅ……。」
由美はサエに助けを求めた。いくらなんでも教員が、生徒のこんな破廉恥行為を許すわけがない、と思ったからである。
 だがサエの口から出たのは、意外な言葉だった。
「由美ちゃん、暴れちゃダメ。あなたの大事なところを、悪い指から守ってあげようとしてるんだから。」
由美はサエの言ってる意味が、ぜんぜん分からなかった。風紀委員たちは由美の下半身を、
ひん剥こうとしているのだ。それなのに、悪い指から守ってあげる、とはどういう意味なのか?。
「悪い指とは由美ちゃんの指のことよ。だけどミトンだけじゃ防ぎきれないから、大事なところもガードしてあげてるの。」
だがサエの説明とは裏腹に、美雪は由美のタイツに手をかけ、ゆっくりと引き下ろそうとしているではないか。これではガードどころではない。
「うそぉー、うそぉぉ!」
由美は叫んで必死に足をバタつかせるが、両足とも押さえつけられ、上半身は羽交い締めにされていて身動きできない。
 タイツがおろされるにつれ、由美の小麦色のほっそりした脚があらわれる。やがて、彼女の体温でぬくぬくしたタイツは、三つ折りソックスごと足首から抜かれてしまった。由美のスリムな素足は、東北地方の冷たい空気に触れて、鳥肌を浮かべていた。
 今や由美の下半身がまとっているのは、おへその上まで丈のある、くすんだクリーム色のズロースだけとなってしまった。これも中等部の児童下着として、無理やり穿かされたものである。由美が持参したおしゃれなショーツは取り上げられてしまっていた。
「まっ、かわいいお子さまパンツなこと。」
「ハハハ、あなた…こんな幼児みたいな下着穿かされて、よくオナニーなんかする気になれるわね。」
女児が履くようなダボッとした、厚ぼったい木綿の下着に失笑がおこる。
「いやぁっ、見ないで……。」
由美は恥ずかしさとみじめさに、顔すら上げられない。なにしろこの下着は、彼女ご自慢の豊かなヒップラインを不恰好に包み隠しているだけでなく、ぶかぶかした生地のせいで、大人っぽい由美のボディラインを幼児体型のように見せているからだ。
 だが、ここで美雪は、意外なことを由美に告げたのである。
「由美ちゃん、恥ずかしがらなくてもいいのよ。こんな子どもパンツや幼児が履くみたいなタイツ、いやだったでしょう。もう当分の間、着なくてもいいからね。」
 しかし由美はもう、美雪の言葉を素直に信じる気にはなれなかった。これまでサエや保険医のさゆり、そして美雪に何度、期待を裏切られてきたことか。そう言ったからとて、自分が東京から持ってきた衣類を返してくれるわけではないだろう。彼女たちがそういう言い方をする時は、必ずそのあとに何倍もの恥ずかしい仕打ちが待っている、ということに由美も薄々気づいていた。
 では、ズロースもタイツも穿かなくてよいというのなら、代わりに何を身につけさせるつもりなのだろう。由美は、再び不吉な予感におそわれた。
 由美は美雪の言葉に何も答えず、そっとまわりを見回してみた。だが誰も、代わりの衣装を持っている様子はない。
(いったい私に、何を着せようというの?)
由美は、美雪たちの真意が理解できなかった。

 しかし一つ、奇妙なことに由美は気づいた。先ほどから風紀指導室の中に一人だけ、風紀委員らと行動をともにしていない女生徒がいたのである。
 その生徒は、つい今しがたの由美の衣服脱がしにも、ほかの仲間が由美の子どもっぽい下着に歓声をあげている間も、興味をまったく示す様子もなく、部屋の隅に置かれたベンチの上に、ひとり黙々となにかの用意をしていた。よく見ると、風紀委員たちが緑色の腕章をしているのに、その生徒だけ青い腕章をしている。
(あの子は何をしているんだろう?)
由美は不思議に思った。腕章の文字を読みとろうとしたが、かすれているせいか判読できない。
(あの子が私の衣装を用意してくれてるのだろうか?)
だが由美が目にしたかぎり、腕章の生徒は衣類を準備している様子には見えないのである。
 というのも、その女生徒が手にしていたのは、小さく折りたたまれた白い布地のようなものだった。それを、背もたれのついていないベンチの端に何枚も積み重ねて、何かの準備をしているようなのだ。
(寝具の用意でもしているのかな?)
由美は最初、そう思った。白っぽい布地がシーツを連想させたのである。しかし保健室でもないのに、それに授業中の時間帯なのに、寝る準備などする必要などあるだろうか。
 それに、もしシーツなら一枚でこと足りるはずだ。なのに、ベンチの上には同じような布地が、7枚か8枚は重ねられているのである。
 続いて腕章の女生徒は、ベンチのもう一方の端に、レモン色をしたカバーのようなものを広げ出した。
(枕カバーかしら?)
由美は最初、そう思った。幅が枕カバーと同じくらいだし、長さも80センチほどある。サイズ的には、大きめの枕を包むのに手頃である。
 だが、どうもそうではないような気もする。カバーの光沢の感じからすると、ビニール製のようだ。ビニール製の枕カバーというのは、あまり寝心地が良いとは思えない。だいいち、中に入れる枕が見あたらない。
 それに枕カバーにしては、形が少し不自然なようだ。とりわけ由美が奇異に感じたことに、ちょうどカバーの真ん中部分だけが細く、くびれているのである。それゆえ、カバー全体は砂時計のような形をしているのだ。枕カバーにしては、形がいびつすぎる。
(なんのカバーだろう、あれは……)
由美はさらに目をこらそうとしたが、離れているせいもあってか、よくわからない。
 続いて女生徒は、カバーのくびれた部分から上半分に手をかけると、羽を伸ばすように左右に広げたのである。広げられた部分はベンチの横幅におさまらず、ダランとベンチから床にたれ下がっている。そしてカバーを広げ終えると、今度はその上に重ねるように、先ほど用意していた白っぽい布地を、一枚ずつ広げ始めた。
 その時になってはじめて由美は、この白い布地がシーツではないことに気づいた。なぜならば、この布地は広げた時の長さが1メートルほどしかなく、シーツとして使うには短すぎた。それにだいいち、シーツのように横幅がない。大きめのバスタオルほどしかないのだ。
 さらにもっとおかしなことを由美は発見した。それは腕章の生徒が、折りたたまれていた布地を広げた時、一枚の生地と思っていた布が一瞬、二枚に割れたのである。つまりこの布は、リング状に二枚合わせで織られていたのである。
 明らかにこの布地は寝具ではない。しかし、とても衣類にも思えなかった。
(あの子、いったい何をやってるんだろう。)由美は腑に落ちなかった。
 腕章の女生徒の奇妙な行動は、まだまだ続いた。布をカバーの上に重ねるように広げ終えると、その上に2枚め布きれも同じように重ねていった。さらに残りの布きれを、今度は先に敷いた布とTの字に交差するように横に重ねた。幾重にも幾重にも……。
 ベンチの幅が狭いため、横に重ねられた布きれも両端がはみ出し、カバーに重なりながら床にたれ下がっている。
 由美はますます分からなくなっていた。そこに突然、美雪の声が部屋中に響き渡った。
「久美子さん、ちがうの違うの…。今日は梓さんのオナニー防止のために準備してもらってるんだから、もっと前を厚めにしてもらわなくちゃあ困るのよねぇ……。」
「えっ、そうだったんですか?。」
久美子と呼ばれた女生徒は驚いて、あわてたように答えた。そして何を思ったのか、いちばん上に横置きした布きれを取っ払ってしまった。
 けれども、女生徒以上に驚いたのは由美である。なにせ彼女は、女生徒が何をしているのかはおろか、まさか自分のために“なにか”
を準備していたことさえ、思い当たらなかったのだから。だから美雪の今の言葉は、由美にとって実に意外だったのである。
 やはり腕章の女生徒は、由美のために“なにか”を準備をしていたのだ。それも美雪と生徒の会話によると、由美にオナニーさせないのが目的であるらしい。
しかし、一体どうやって?
(……オナニー防止のためにって……、前を厚くって?……、いったい、何のことなの?。)
由美には未だ、美雪たちの考えていること、
もくろみが見えてこなかった。
 だが、美雪に注意された女生徒が次に起こした行動を見て、由美の脳裏に一抹の不安がよぎり出した。
 というのも、その女生徒はいちばん上の布きれを取っ払った後、今度はそれを縦に置き換えのである。さらに1メートル近くある布きれを伸ばさす、三つ折りくらいに折りたたみ、砂時計状にくびれたカバーの下半分に重ね置いたのである。ここで初めて由美は、これと似たような光景を、以前どこかで目にしたような気がした。
(あれ?、あの子がやってること、どっかで見たことある……)
だがそれがいつ、どこで見たのか、懸命に記憶の糸をたぐろうとするのだが思い出せない。その時、ふたたび由美の耳に美雪の声が届いた。
「まっ、これでいいかっ……。」
美雪は満足げにつぶやくと、由美の方を振り返った。
「さっ、由美ちゃん。準備できたわ。お立ちなさい。」
だが由美は動けなかった。これから自分の身に何が起こるのか想像もつかない今、とてもではないが素直に美雪の命令には従えなかったのである。しかし由美のこの態度が、美雪の激憤を買った。
「なにモタモタしてんの。いつまでお子様パンツのまんまでいるつもりよ!。」
美雪は突然、由美の左右のお下げ髪をつかみ、上に引っ張り上げた。耳元でリングに結ぶ一年生のヘアスタイルはほどけてしまい、しっとりした由美のお下げ髪は、美雪の手の中でたずなのように握られている。
「痛ぁぁーいぃ……ヒッ、立ちますぅ……。お願い、髪を引っ張らないで …… 抜けちゃうぅ……。」
顔を引きつらせて、許しを乞う由美。自慢の髪を引っ張る美雪の腕をつかもうとするが、
手にベビーミトンをはめられているため、それすらままならない。
 美雪のなすにされるがまま、由美がよろよろっと立ち上がったその時である。
「そうよ。オナニー娘に中等部の児童下着なんて、もったいないわよ。」
美雪の横に立っていた風紀委員が、由美のズロースに手をかけるやいなや、乱暴に引き下げた。
 アッ、と思ったときはもう遅かった。由美の手は、髪を引っ張る美雪の腕に伸びていたため、完全に下半身が無防備だったのである。もっともミトンをあてがわれた手では、なんの防御もできないのではあるが…。
 せめてもの抵抗に、大腿を閉じあわそうとする由美だったが、多勢の風紀委員たちの手によって、お子さまズロースは踵のあたりまで引きずり降ろされてしまった。
 今や由美の下半身は何も覆いへだてるものなく、丸襟ブラウスの裾からは、18才とは思えない艶めかしいヒップラインと、脚線美がむき出しにされてしまった。
「フフフっ、由美ちゃんは本当にイロっぽいわね。」
「東京じゃあこの体で相当、男をたぶらかしたんでしょう?。」
「たぶん、その時のこと思い出してオナニーしてたのよ、きっと……。」
「まっ、呆れた。更正カリキュラムの最中だというのに……。」
風紀委員たちは由美の心を逆なでするような言葉を、情け容赦なく投げかける。
 だがそんな心ない言葉よりも、由美にとって耐えられないこと…。それは、同性の前で自分の裸体をさらすことであった。
「いやぁぁ、見ないで……。お願い、なにか着せて下さい……。」
無遠慮な同性たちの視線に耐えられず、由美はせめてミトンをはめられた手で前を隠しながら、哀願する。
「はいはい、だいじょうぶでチュよ。今から由美ちゃんの恥ずかしいところを隠してあげまチュからね。ついでにオナニーもできないようにしましょうね。」
美雪は幼児にしゃべるような口調で小馬鹿にしたようにあしらうと、由美のお下げ髪を引っぱりながら、部屋の隅にあるベンチシートまで連れていった。踵にまとわりついたズロースのため転びそうになりながら、幼児のようなよちよち歩きしている由美の姿に、風紀委員の女生徒の間から失笑がおこる。
 ベンチのところまで連れてこられ、初めて由美は、腕章の女生徒が準備していたものを間近に見ることができた。ここで由美は気づいた。
(これ、枕カバーじゃない……)
レモン色のカバーの上に幾重にも敷かれた布切れを由美も当初、バスタオルかと思っていた。だがこの布切れは、そばで見るとバスタオル以上にとても柔らかそうな触感なのだ。なんか、フワッと自分を包み込んでくれそうな、不思議な感触を由美は感じた。だが、枕カバーでないとしたら、目の前に広げられたビニールカバーとたくさんの布切れはいったい、なんなのだろう。
 さらに由美にとって意外だったのは、最初は白い無地と思っていた布切れも、そばでよく見てみると、淡い色彩で絵柄がデザインされていたことであった。白地に水色で描かれていたためあまり目立たないのだが、どの布切れにも、アヒルの親子が歩く図柄が細かくデザインされているのである。
「久美子さん、ご苦労様。この当番もだいぶ板についてきたみたいね。」
美雪は青い腕章の生徒に、にこやかに声をかけた。
「こんなデザインのでよかったでしょうか。更正カリキュラム中の児童に“あてる”とうかがったので、なるべく大人であることを忘れられるようなのがいいかな、と思って選んでみたんですけどぉ……。」
腕章の生徒の言葉に、由美の胸の中に不安が暗雲のようにたちこめていった。
(更正カリキュラムの児童…って、あたしのこと?…… それに“あてる”って、いったいなんのこと?……この子、いったい何の当番?……)
由美の頭の中は、様々な疑問で埋め尽くされていった。
「あらっ、いいんじゃないの。こんな絵柄の布に包まれたら、この子もオナニーみたいな悪さしなくても、いい夢みれるんじゃないかしら。ねっ、由美ちゃん。」
「えっ?。」
 突然、美雪にたずねられた由美は言葉がなかった。
「これが今日から由美ちゃんに身につけてもらうお下穿きよ。」
「……えっ、下着なんてどこにもないじゃないですか。」
確かに由美の前にあるのは、アヒルの絵柄の入った布切れだけだ。
「だから言ったでしょ。もう恥ずかしい中等部の児童下着は穿かなくていいって。そのために当番の久美子さんに、特別に授業休んでもらって来てもらったのよ。」
「当番って、いったいなんの……?」
由美は久美子という子が腕に巻いている腕章に目を向けたが、他の生徒の影になって読みとれなかった。
 その時である。
「由美ちゃん、まだわかんないかしら。」
背後から聞こえたサエの声に、由美はハッとした。目の前のカバーと布切れ……、以前これと似たようなものを、どこかで見たような気が……。ついさっきまでは、どこで見たのか思い出せなかった。だがサエの言葉をきっかけに、由美の脳裏にあの時の記憶が、鮮明によみがえったのである。どうして、今まで思い出せなかったのだろう。

 それは今から2年ほど前の秋頃、由美が退学になったK女子校時代のことであった。まだ高校一年生だった由美は、学校の授業のひとつとして体験ボランティアに参加した。別に好きで参加したわけではない。K女子校では社会奉仕の精神を養う目的で、1年生は学校が定めたボランティア活動に、いやでも参加せねばならなかったからである。
 由美が参加したのは、老人ホームでのボランティア活動だった。体の不自由なお年寄りの介護を体験させるという、学校側の教育方針もあったからだが、そこで由美は初めて、
お年寄りがおむつを替えられる現場を目の当たりにした。しかし赤ちゃんならいざしらず大人の粗相の始末など、まだ高校一年の女生徒にとっては、ましてや介護などしたことのない由美にとっては嫌悪の対象以外の何ものでもなかった。結局おむつ替えもやらず、見学だけして、逃げるように老人ホームを去っていったのを覚えている。だが由美はその時はじめて、大人用のおむつというものを目にしたのであった。

 そして今、自分のために用意されたというビニールカバーと、その上に幾重にも置かれた布切れに、あの日の哀れなお年寄りの姿が由美の心の中で思わず重なったのである。由美はふるえる声でつぶやいた。
「……これは……、これは……。」
だが、そのあと言葉にならなかった。由美はゴクンと唾を飲み込んで、目の前に置かれた、自分のために用意された衣装を見つめながら、恐る恐るつぶやいた。
「……これは……、……お…む…つ……。」
だが、すぐに今の自分の言葉をうち消すかのように、ゆっくりとかぶりを振った。
「うそ……、ちがうよね。……高校3年の私が……、まさか……」
 由美の目はかわいそうなくらい、うつろだった。
「そんな……そんなぁ……、冗談よね……、ねっ、そうでしょ。」
由美は岩松サエや美雪ら風紀委員たちに、あたかも同意を求めるかのように、おどおどした表情で見渡した。だが、どの女生徒たちも含み笑いを浮かべるだけで、だれも由美の問いに答えようとする者はいなかった。それはあたかも、由美のうろたえぶりを楽しんでいるかのようであった。
 由美は、先ほどから気になっていた青い腕章の女生徒を、もう一度見つめた。確か美雪が、久美子と呼んでいた。今度は彼女の右腕に巻かれた腕章の文字を、さえぎられることなく、はっきり見てとることができた。だがその文字が目に入った瞬間、由美の顔からみるみる血の気が引いていったのである。なぜならば、その腕章には
“おむつ当番”
という五つの文字が、太書きで記されていたからである。
 同性の前で下半身を剥きだしにされ、羞恥で赤く染まっていた由美の顔が、今度は逆に蒼白に変わっていった。それは、人間はこれほど短時間の間に、顔の表情を変えることができるのか、と思わせるくらいの変わり様であった。
 由美は混乱する頭の中で、必死に疑問を整理しようとしていた。しかし考えれば考えるほど、ますます分からなくなっていく。
“おむつ当番”??……
まず由美は、腕章が意味するもの自体が理解できなかった。それになぜ…、今…、ここで…、おむつとそれを包むためのカバーが用意されているのか。由美には理解できなかった。
 しかし、このことだけは間違いないことを、由美も悟った。それは、目の前のおむつとおむつカバーが、由美のために用意されたものであることだ。
「……えっっ、……どうしてなの?」
その後に続く言葉を、由美は見つけることはできなかった。
「……どっ、どういう……、どういうことなの……。」
由美は完全に我を失っていた。
 そこに、はじめて美雪の声が響いた。
「あらっ、由美ちゃん、どうしたの?。顔色悪いわよ。」
「…だっ、だって…、だってぇ……。」
由美の膝は、ガクガクふるえていた。だが美雪は、パニック寸前の由美をなおも弄ぶかのように、やさしく声をかける。
「由美ちゃん、いつまで恥ずかしい恰好のまんまでいるつもりなの。もう、あなたのイロっぽいお尻なんて、見たくないんだけど……。」
「そうよ、そうよ…。オナニー娘のやらしいところなんか、見たくもないわ。」
ほかの風紀委員たちも、美雪に同調する。そう…、下半身を剥きだしにされた由美は、少しでも秘部を隠そうと両腿をすり寄せ、ベビーミトンをはめられた両手で股間を押さえるという、実にぶざまなスタイルだった。
 由美は自分の情けない姿に気づき、あわてて踵まで引きずり降ろされたズロースを引っぱり上げようとする。だが、ベビーミトンに包まれた両手では、ズロースの淵をつかむことさえままならない。今の由美は、下着一枚、自分で身につけることさえできないのだ。
「あらっ、由美ちゃん、なにやってんの。昨日はあれほど駄々をこねてたじゃない。こんなガキっぽい下着、嫌だって…。もう、今日からは穿かなくてもいいのよ。」
そう告げると、美雪は由美の肩をトンと突いた。踵にまとわりついたズロースのおかげで、由美はバランスを崩し、ベンチの上に尻もちをつくような恰好で倒れ込んだ。おりしも由美が尻もちをついたところには、ちょうど布おむつが幾重にも敷かれた上であるため、痛みは感じなかった。だが、倒れ込んで両足が宙に浮いた瞬間に、足首にまとわりついていたズロースは、美雪の手によってすばやく引き抜いてしまった。
 由美がアッと思った時はもう遅かった。今や由美の下半身を覆うものは、なに一つ無くなってしまったのである。しかしそれだけでは終わらなかった。あわてて起きあがろうとする由美の上半身を、何人もの風紀委員たちの手が、ベンチの上に仰向けのまま押さえつけようとする。
「ひっ、ひどいっ!、なにするの!。」
驚いて、そうはされまいと暴れる由美。
「だいじょうぶ、おとなしくしててね。これから由美ちゃんの大事なところを、悪い指がオイタできないように、おむつをあててあげますからね。」
「……ちょっ、ちょっと待って下さい。なんで、私がおむつをされなきゃいけないんですか。赤ちゃんじゃあるまいし……。」
由美は狼狽しながら抵抗しようとした。だが、ベンチに仰向けの状態で押さえつけられては、体力のある由美もさすがに力が入らない。
「おっ、お願いです。中等部の生徒用でかまいませんから、下着を穿かしてください。」
「まぁまぁ、勝手な子ね。昨日まではこんなの穿きたくない、とか散々わめきちらしてたくせに。」
そのサエの言葉に、風紀委員たちも次々に声をそろえる。
「こういう身のほど知らずの子にはこの際、自分は何もできない子どもなんだ、ということを徹底的に分からせないといけませんわ。」
「そうですとも……。そのためにも、おむつはもってこいですね。じゃあ、おむつ当番の高橋さん、お願いね。」
無情な風紀委員たちの言葉が続く。
「いやぁぁっ、いやぁっ、おむつなんて…いやぁぁっ……。」
由美はベンチに仰向けにされたまま、両足をバタつかせ、おむつをされるのをなんとか阻止しようとする。だが、それもはかない抵抗であった。
 突然、由美の足元に激痛が走った。
「ギャぁぁ!」
由美の悲鳴がこぼれる。
二人の風紀委員のスニーカーが、由美が足を動かせぬよう、左右の足の甲を思い切り踏んづけたのである。
「痛っっ!、痛ぁぁぁ……。」
苦痛にあえぐ由美。
「痛くしてほしくなかったら、じたばたするのはやめな。」
一人の大柄な風紀委員の叱責に、
「ひっ…、わっ、わかりました。乱暴はしないでェ……」
あまりの激痛に、由美は涙目でうったえる。
 靴でまともに甲を踏まれた痛みに、由美は抵抗する気力も萎えたまま、ベンチの上に仰向けに寝かされた。背もたれがないため、ちょうどベンチプレスをする時のように、両足はベンチをはさむような恰好だ。両足の甲を踏んづけられているため、足を動かすことも閉じ合わすことすらできない。それどころか、奥行き自体が50センチほどの幅広ベンチのため、その寸法の分だけ両足も開いたまま、由美は仰向けに寝かされている。
 開脚状態にされた上、彼女の秘苑を覆うものは、もはや何もなかった。
「あぁ、いやぁぁ……、見ないでっ……。」
今、自分の身におこっている現実を受け入れまいとしているのだろうか。由美は目を閉じたまま、顔をそむけようとする。そこに美雪が、ゆっくりと歩み寄った。
「うふふ…、由美ちゃんって意外と毛深いのね。」
「……いっ、言わないで……」
「さっ、いつまで由美ちゃんのいやらしいところ、私たちに見せつける気かしら?。」
「やっ、やめてぇ……見ないで、お願い……。下着を穿かせて下さい。」
由美は顔を朱色に染め、涙ながらに哀願をくりかえす。だが、美雪は首を横に振ると、噛んで含めるようにゆっくりと告げた。
「今日から由美ちゃんに許された下着はね……。あなたのお尻の下に敷かれているものだけよ。」
その言葉に、由美は絶望的な表情になった。
「あぁ、いや……、いやです。おむつなんて……。どうして18才にもなって、おむつをしなくちゃならないんですか…。そんなの……無茶苦茶です。」
由美は今にも泣きそうな顔になった。
 はじめて見せた由美の弱気な物腰に、風紀委員長の今井美雪は由美の頬にそっと手をあてながら、やさしく言い寄った。
「由美ちゃん、あたしたち、あなたを憎くていじめてるんじゃないのよ。由美ちゃんがオナニーをするような悪い子になってほしくないから、心を鬼にしておむつをあててるのよ。分かってね。」
それは、これまで美雪が由美の前で垣間見せたことのない、優しさにあふれる表情だった。そして、いやいやする由美の顔にハンカチをあてると、足を踏まれた痛みに思わずこぼれた涙を、そっと拭ってやるのだった。その仕草は、オイタをして叱られた幼児を優しくたしなめる母親の姿を、見ている者に思い起こさせた。
 だが、とても由美は納得できなかった。
「でも、おむつなんて…、あんまりです。もう二度とオナニーはしませんから……、おむつだけは許して下さい。普通の下着を穿かせて下さい。」
 まさかこの歳になって、おむつをあてられることになろうとは、由美は想像すらできなかった。由美としては、なんとしてでもそんな状況だけは回避しなければならなかった。
 しかしそんな由美の望みも、生活指導の担当教諭である岩松サエによって、あっさり断ち切られてしまった。サエは、それまで由美と美雪ら風紀委員のやりとりを黙って聞いていたが、何を思ったのか、おもむろに二人の間に入ってきたのである。
「由美ちゃんには、どうしておむつをあてるのか、理由を話しておいた方がいいわね。」
サエはそう告げると、じっと由美を見つめながらゆっくりと語りだした。
「聖愛女子学園はね。淑女を育てる学校なの。
この学園にいる間は、余計な大人のプライドは捨ててもらいますが、その代わりに淑女のたしなみは徹底的に覚えてもらいます。」
そこでサエは一呼吸おいた。
「由美ちゃん。あなたは、もうしないと誓ったはずのオナニーを昨晩もしてしまいましたよね。誓いまでたてといて、それを破るとは、あまりに淑女たろんとする気持ちが弱すぎるんじゃないかしら。」
「…………。」
そう言われると、由美は返す言葉がない。たしかに間違いとは言えない。
「困るわね、そんな意志薄弱なことじゃ…。やはり由美ちゃんは、まず淑女精神から叩き込まないとダメみたいね。」
「……だからって、おむつはひどすぎますぅ。あたし…、赤ちゃんじゃありません。だいいち、それとおむつと、いったい何の関係があるというのですか!」
 由美は必死に懇願する。だが、そんな由美の気持ちを無視するように、ゆっくりと首を振りながらも、サエは話を続ける。
「中世ヨーロッパのいい家の淑女はね。オナニーや浮気のような不道徳なふるまいをすると、そんな行為そのものを物理的にできなくしてしまうような枷を、女性自身にとりつけられたの。その枷のことを貞操帯というのよ。
もちろん今の時代、そんなものを教育に用いたりはしないわ。でもね、そんな伝統あるヨーロッパの淑女教育を、そのまま当学園では採用しているの。わかった?、貞操帯の代わりがおむつというわけよ。」
 たしかに貞操帯については、由美も何かの雑誌で読んだことがあった。しかしまさか、おむつを貞操帯代わりに用いようとは……。
 サエが一気に話した後、風紀指導室に一瞬の沈黙が訪れた。その沈黙を破るように美雪の声が響いた。
「由美ちゃん、わかったかしら?。じゃあ久美子さん、お願いするわね。」
「あぁぁ、まっ、待ってぇ……」
あわててベンチから身を起こそうとする由美だったが、ふたたび風紀委員たちの手が上半身をおさえつける。
「由美ちゃん、いい子だからおとなしくしててね。おねえさんたちもね、可愛い由美ちゃんに、本当はこんな乱暴したくないの。」
美雪は由美と同い歳なのに、わざと自分たちのことを“おねえさん”と口にした。それは、由美を年下の子どもと見なしてのことだった。
「……でもっ、でもっ…、おむつはいやぁぁ……。」
「由美ちゃん、今日は由美ちゃんが生まれ変わる記念すべき日なのよ。」
「……お願いですぅ。ふつうの…、ふつうの下着を穿かせて……。」
「あらっ、この下着のことかしら。」
美雪は仰向けに押さえられている由美の鼻先に、つい先ほどまで由美が身に着けていた中等部の児童下着をつきだした。
 野暮ったいデザインに、由美があれほど嫌った不細工なズロースも、今はとてもいとおしかった。どんなに子どもっぽい下着でも、おむつに比べたら、どれだけマシなことだろう。
「あぁ…もう、わがまま言いません。この下着で構いませんから履かせて下さい。」
だが美雪は冷ややかに微笑んだ。
「フフフ…残念だけど、この下着は由美ちゃんがいい子になるまで、しばらくおあずけね。この下着とともに由美ちゃんも、大人のプライドも捨て去るといいんだわ。」
 そう言い終えると、美雪は由美の目前につきつけたズロースを、ゆっくりとゴミ箱の中に落とした。由美の体のぬくもりが残っていたズロースは、かすかな音をたてながらゴミ箱の底に沈んでいった。あとに残されたのは、絶望的な表情を浮かべた哀れな由美、そして彼女の体の下に敷かれた羞恥の下着だけだった。
「さっ、これで由美ちゃんも諦めがついたでしょう。じゃあ、久美子おねえさまに新しい下着をあててもらいましょうね。」
 どうやら、その言葉が合図のようでもあった。腰の方で、かすかに衣擦れする音が由美の耳に届いた。ほぼ同時に、由美の股間におぞましい感触がはしった。
「あっ、いやっ!」
由美は驚いて、抗いの声をあげた。由美のお尻の下に敷き込まれたオムツが、久美子の手で引っ張られて、股間を通されたのである。
 敏感な股間にやわらかなオムツ地が擦りつれられるおぞましさに、ゾクっとする感覚が由美の脳髄まで伝わる。あわてて由美は久美子の手をガードしようとするが、ベビーミトンをはめられた手ではどうにもならない。
「由美ちゃん、ダメでしょう。せっかく久美子おねえさまにオムツあてていただいてるのに、邪魔なんかしちゃあ……。」
意地悪な風紀委員たちに両手を押さえられてしまった。
 久美子は股間にとおしたオムツを真上にいったん引っ張ると、そのまま由美の下腹部を包むように、オムツの布地をおへその方までまわした。
「ヒィっ!。」
由美はかすかな悲鳴をあげた。久美子の手で強めに引っ張られたったオムツ地が、由美の股間に食い込んできたからである。それは由美にとって、初めての感触であった。いや、正確には15〜16年ぶりの感触と申した方が適切であろう。だがこんな感触を、まさか高校卒業を間近に控えた年齢になって、味わうことになろうとは……。
 それは、なんともたとえようのない感触であった。不思議なことに、股間を締めつけるように食い込んでいるにかかわらず、思いのほか痛みが伴わないのである。
「由美ちゃん、どう?。意外と痛くないでしょ?。」
美雪が微笑みながら声をかけた。
「うちの学園ではね。おむつの生地にネルを使ってるの。だから、ごわごわした感じがしないのよ。気に入ってくれたかしら?。」
 そうは言われても、股間を締めつけられる不快感に変わりはない。
「……いやですぅ。おむつなんてェ……。」
由美の抗いは止まらない。その証拠に、まとわりつくオムツ地をはずそうと、無意識のうち腰を浮かしたり横に振ったりしている。両足も上半身も押さえつけられているため、由美ができる抵抗はそれくらいしかなかったのだ。
「あらぁ、由美ちゃん…イヤイヤしてるのかな?。」
しきりに腰を動かそうとする由美に気づき、美雪は彼女の顔をのぞきこんだ。
「ネル地だから、すごく皮膚にもやさしい感触のはずなんですけどね。」
おむつをあてる久美子も、いぶかしげな表情を浮かべた。
「まぁ今日が初めてのおむつだから、まだ違和感があるのかもしれませんね。由美ちゃん、じきに慣れるからがまんしててね。」
久美子はやさしく声をかけると、気を取り直してさらに重ねるように、幾枚ものおむつを由美の股間にとおしていく。
「あんまり腰を動かさないでね。おむつがずれちゃったりしたら、後で恥ずかしい思いをするのは由美ちゃんですよ。」
久美子のその言葉が、何を意味しているかは由美にもわかった。
「…そっ、そんなぁ……あたし、赤ちゃんじゃありません。……おむつなんかしなくたって、だいじょうぶですぅ。」
だが、美雪の叱責がとんだ。
「由美ちゃん?、何のためにオムツされるかわかってんの。由美ちゃんがオナニーしないように、いやらしいところをガードするためでしょ。」
「あぁ……もう…、もうオナニーはしませんからぁ……、おむつは許して……。」
 先ほどまで蒼白だった由美の顔は、いつのまにか、火がでるほど真っ赤に染まっていた。
だが由美の必死の訴えにも、久美子の手は止まる様子を見せなかった。彼女の手は、幾枚ものオムツ地をお尻から股間、股間からおへそへと、手際よく縦に包みこんでいった。それにつれて、ふわっとしたオムツのやわらかい感触が、由美の下腹部に広がっていく。
(……あたし……ほんとうに……おむつを……あてられている……。)
由美が昨日まで身につけていたショーツなど、大人の下着とはまったく異なる肌触りに、由美は本当におむつ姿にされていることを実感せざるを得なかった。
「オナニー防止のためということですから、前を厚めになるように布を増やしましたけど、これでよかったでしょうか?。」
久美子が美雪にたずねた。
「そうね、これくらい多いほうが、いかにもおむつって感じで可愛いわ。」
「ここまで前を厚くするんでしたら、カバーも股おむつ用の方がよかったかもしれませんね?。」
「あらっ、いいのよ…久美子さん。由美ちゃんにとっては初めてのおむつだから、今日のところはおへそまで隠せるヒモ付きタイプの方が無難だと思うし……。」
「たしかにそうですね。もし初めてのおむつということなら、股おむつだと恥ずかしさから、自分でとりはずしちゃう児童もいますからね。」
由美は小さくイヤイヤしながら、うつろな目で二人の会話をだまって聞くしかなかった。
 久美子は美雪と軽く言葉を交わしながら、続いてT字の形に敷いた布おむつの、横に敷かれた方を手にとった。そして由美のお尻から、ちょうど羽を広げたように横置きされたおむつを、今度はお尻の左右から下腹部にかけて、くるんでいった。これによって、18才とは思えない艶めかしい由美のヒップラインも、ぶざまなにオムツ地によって、骨盤の上あたりまですっぽりと覆われてしまった。
「由美ちゃんは大きなお尻だから、おむつでくるむと、ますます大きく見えるわね。」
「でも、ここまでデカイと、なんかしまりが無くない?。」
「多少しまりがない方が、幼児体型っぽく見えて可愛らしいかもよ。」
「ギャハハハ……、同感!」
大人の様相がだんだん消されていく由美の姿に、風紀委員たちの嘲りの言葉が、ますます彼女の羞恥心を逆なでする。
「……いやぁ、…いやぁーん、……」
由美は顔をそむけ、うなされたように、なんども何度もつぶやく。
「ふふふ……、セクシーなヒップで男たちを魅了してた由美ちゃんも、おむつ姿にされたらどうにもならないわね。」
「東京にいるバイク仲間の男たちに、あなたのオムツにくるまれたお尻見せたら、さぞ仰天することでしょう。」
「さっ、これで由美ちゃんも大人のプライド、未練なく捨てられるんじゃない?。」
「ハハハ……。」
由美ができることは唇を噛みしめ、風紀委員たちの侮蔑の言葉を耐え忍ぶことだけであった。しかし由美の屈辱は、これで済んだわけではなかった。
「あら、由美ちゃん。お顔、真っ赤だぁ!。」
とつぜん、一人の女生徒が驚きの声をあげる。
「そりゃそうよ。18才にもなるのに、赤ちゃんみたいにオムツあてられてんだよ。」
美雪のその言葉が、由美をますます羞恥の極みに追いやっていった。
「……あたし……赤ちゃんじゃなぃ……、……あたし……赤ちゃんなんかじゃなぃ……。」
由美は目に涙を浮かべ、熱にうかされたようにくり返す。
「はいはい…。由美ちゃんは赤ちゃんじゃないでチュよ。わかってまチュよ。」
「そうそう、おむつのとれない中学一年生なんだよね、由美ちゃんは……。」
「ほらほら、泣いたりすると、可愛い由美ちゃんのお顔が台無しでチュよぉ。」
幾人かの風紀委員がおどけたように言うと、由美の顔の前でベロベロバーをする。それは、まるで泣きやまない赤ん坊のご機嫌をとろうとする母親と、まったく同じ仕草だった。
 嗚呼、彼女たちはいったいどこまで、由美に屈辱を与えれば、気が済むのだろうか。
「久美子さん、由美ちゃんオムツ見られるのイヤイヤしてるみたいだから、早く見えなくしてあげたらどうかしら。」
「あら、そうでしたね。あまりに可愛いらしいんで、つい私も見とれちゃいましたわ。」
久美子はおっとりした笑顔を由美の顔に近づけると、
「由美ちゃん、ゴメンね。今、おむつを見えないように包んであげるからね。」
と、ささやいた。
 久美子の表情には不思議な雰囲気があった。他の風紀委員たちのような意地悪さが、彼女にはまったく感じられないのだ。お育ちもいいのかもしれないが、彼女の笑顔は人の心をホッとさせるような、優しさを感じさせるのである。髪も後ろでひとつに束ね、他の生徒みたいに化粧もしていないので地味ではあるが、彼女のぱっちりした瞳で見つめられると、それだけで安心して身を預けられるような気持ちになるのである。どちらかというと、幼稚園の保母さんによく見かけるタイプかもしれない。
「さっ、由美ちゃん。ちょっと動かないでね。」
久美子はやさしく声をかけると、これまで腰を動かしたり体をくねらせたり、なにかと無意識の抵抗を示していた由美も静かになった。もちろんそれには、あきらめの気持ちもあったであろう。だが久美子に声をかけられると、由美もどういうわけか、意地悪をされているという気持ちになれなかったのである。
 久美子は布オムツの下に敷かれていた、レモン色をしたビニールカバーに手をのばした。さすがの由美もこの段階までくると、それがおむつカバーであるということに気がついていた。
「ほーら、これでおむちゅ、見えなくなりますからね。」
久美子はベンチから床にたれ下がっていた、オムツカバーの横羽の部分を持ち上げると、由美の方に向けた。仰向けにベンチに押さえつけられた由美の目に、久美子が手にしたカバーの裏の部分が映った。
「うちの学園で使うカバーは、蒸れないように裏地がネット加工してあるから、安心よ。」
そう言うと由美の顔を見つめ、微笑んだ。
 だがそうは言われても、由美の恥ずかしさに変わりはなかった。彼女にとってみれば素肌にあてがわれた布おむつも、それを包むおむつカバーも、うとましいものには変わりがない。
「……お願いです。せめて、ふつうの下着を穿かせて下さい。なんでもかまいませんから……。」
「だめだめ、ちゃんとおむつ専用のカバーしないと、中でおむつがずれちゃいますからね。」
「……でも……おむつカバーなんて……18にもなって……。」
だが、二人の間に美雪が割って入ってきた。
「由美ちゃん、いつまでも久美子おねえさまに甘えるんじゃありませんよ。お姉さまも困った顔してまチュよ。」
「だけどぉ……。」
「由美ちゃん、わがままは許しませんよ。」
美雪は冷たい視線で、じっと由美をにらみつける。由美は悲しげな表情で、目に涙を浮かべうつむいた。その姿に、由美が観念したと思ったのだろうか、美雪は無言のまま久美子に目配せした。
 久美子はうなづくと、由美に見せるために持ち上げたおむつカバーの横羽の部分を、今度はお尻の横から下腹部全体を包み込むようにあてがった。そして手早く、由美の股下に広げられていた前当てをおへその上まで一気に引き上げた。それとともに、ふわりとくるんでいたオムツが、由美の腰から股間までをぎゅうっと締めつける。それは通常の下着では絶対に味わうことのない感触であった。
 由美は思わず、アッという声をあげた。久美子の手を止めさせようと、思わず両手を下に運ぼうするが、風紀委員たちに腕をつかまれてしまった。
「……いやぁぁぁ……。」
目を固く閉ざしたまま、由美は喘ぎながらつぶやいた。
「もうちょっとの辛抱ですチュからねぇ。がまんしててね。」
厚いおむつ地をとおして、久美子の手のひらから、あたたかな体温が由美の股間に伝わってくる。どうやら久美子が、由美のおむつカバーの上に手をあてがっているらしい。
(なにをやっているのだろう?)
由美は混乱した頭の中で、ふと思った。答えはすぐにわかった。プチン……パチン……という乾いた音が聞こえてきたからである。それは、おむつカバーのホックをとめる音であった。
 プチン……パチン……。その音は、なにか懐かしさを思いおこさせる響きを持っていた。20年近く前、まだ由美が純真無垢な、この世に生まれ出たころの、懐かしい光景がよみがえってくる。もちろんその時の記憶など、由美にあろうはずがない。だがこの音に、なにか懐かしさと哀愁を覚えるのはなぜであろう。きっと由美の本能……もしくは体が、遠いあの日の感触を覚えていたからかもしれない。
 ホックをとめる都度、久美子の指先が由美の肌を押す感触が厚いおむつ地をとおして、かすかに伝わってくる。その指先も、大腿の付け根あたりから左右の骨盤に沿って、少しずつ上に向かっているようだ。それは、久美子がおむつカバーのホックを、下から順番にとめていっていることを意味していた。
 プチン……パチン……。
 乾いた音が、風紀指導室の中に流れる。
(……あぁ…、あたし……。お・む・つ……、あてられてるぅ……。)
 由美は体を残して、自分の精神だけが、幼き日々に戻っていくような錯覚におそわれた。
(ダメよ、由美!。あなたは大人よ。高校を卒業したら、健也と共に東京で暮らすはずじゃなかったの?。しっかりなさい!。)
もう一人の由美が、懸命に励ます。由美はハッとして、思い出したようにつぶやいた。
「いやっ…、おむつなんて……。」
だが、その声は弱々しかった。
 プチン……パチン……。
由美のささやかな抗いをあざ笑うかのように、ホックをとめていく音は止むことなく、少しずつ由美の骨盤に沿って、おへそのあたりに近づいていく。やがて久美子の指先は骨盤の上も通り過ぎ、おへその右側のホック、続いて左側のホックを押す感触が、おむつ地をとおして由美の肌に伝わってきた。
 プチン……パチン……。
最後のホックがとめられる音が、由美の耳にも届いた。結局、左右4つずつ、合計8つのホックによっておむつカバーの前当てがとめられた。

「由美ちゃん。おむつ、きれいに包めたわよ。」
風紀委員の一人が由美に声をかけた。けれども由美は、放心したようにベンチに横になったまま、起きあがれなかった。それほど彼女にとって、おむつをあてられたショックは大きかったのだ。だが起きあがれないのには、もう一つ理由があった。由美は、オムツカバーにくるまれた自分自身の姿を見るのが、恐ろしかったのである。
 由美の脳裏には、いつか老人ホームで目にした、おむつをあてられたお年寄りの姿が焼きついていた。たしかあの時も自分がされたのと同じ、レモン色のおむつカバーだった。
(わたしもあんな姿をしてしているのかしら?……。)
由美は無意識のうちに、哀れなお年寄りの姿に自分自身の姿を重ね合わせていた。
 事故や病気のため介護の必要な体になってしまったというのなら、まだ諦めもつく。けれども由美は健康な大人なのである。それも18才の誕生日もとうに過ぎた、うら若き女性などである。そんな年齢の女性に、おむつほど不似合いな衣装がほかにあるだろうか。
ましてや、この学園に来るまでは革ジャンパーに身を包み、長い髪をなびかせバイクを疾走させていた由美。そんなスポーティあふれる彼女におむつのような衣装など、あまりにも滑稽すぎるのではないだろうか。
 それほどおむつは、由美にとって、彼女の生き様や人格すべてをことごとく否定してしまう、いまわしい衣装にほかならなかった。だから、とてもではないがオムツカバーにくるまれた我が姿なぞ、直視できる勇気は由美になかったのである。

 しかし由美はひとつ、勘違いしていることに気づかなかった。彼女は、老人ホームでのボランティアの記憶から、自分があてられたオムツカバーも、介護で使われるような成人用のものと思いこんでいたのである。彼女自身、肉体的にはじゅうぶんに大人の身体であるゆえ、そう思うのも当然であった。
 しかしそれが思い違いであることを、由美はまもなく気づかされた。というのも、おむつカバーの前当てホックを全部とめ終わった後も、久美子の手は休む間もなく動き続けていたからである。
(えっ、この子なにやってるの?)
由美の疑問はすぐに解けた。
 久美子はホックをとめ終えると、今度はウエスト部にとおされた腰ヒモを引っぱり、前面で結び始めたのである。ほどなくしてオムツカバーの前面は、腰ヒモによるリボンのような蝶々結びで飾られた。続いて太ももの付け根をしぼられるような感覚を、由美は覚えた。アッと思った瞬間、久美子の声が下から聞こえた。
「由美ちゃん、今おむちゅカバーのすそのところも、ヒモで結んであげてるからね。きつかったら言うのよ。」
久美子の言葉に由美は、自分のあてられたオムツカバーが、老人ホームで見たものと少し違うらしいということに気づいた。老人ホームで使用されていたオムツカバーは、腰ヒモ紐やすそヒモなどついていなかった。ホックタイプもあったが、ほとんどはマジックテープでとめるタイプだったからだ。そういえば先ほど美雪が、由美のおむつカバーはヒモ付きタイプだと口にしたのを思い出した。
 その時、耳元で美雪の声がした。
「ヒモで結ぶタイプはめんどうなんだけど、おもらししちゃった時しっかりガードしてくれるから安心なの。由美ちゃん向きかもね。」
美雪の言葉に由美はムッとした。
(あたし、赤ちゃんじゃない!)
由美は、美雪がなにげなく口にした“おもらししちゃった時…”という言葉に憤りを感じたからだ。
(なに言ってるのかしら。おもらしなんてするはずないじゃない。18にもなって……。)
由美は不満げに心の中でつぶやいた。

「さっ、右足の方は終わったわ。あとは左のすそだけだからね。」
美雪に言葉に憤りを隠せない様子の由美に、久美子はやさしく微笑むと、左足がとおる裾部分にもヒモを結んでいく。
「ヒモ付きのおむつカバーって珍しいでしょう。ふつうの大人用だと介護されてるみたいで嫌でしょうし、味気ないでしょ。だからうちの短大の方で、夢を感じるようなおむつカバーを、保育科の学生たちに創らせているの。」
 由美も聖愛女子学園に、短大があることやその中に保育科という学部があることは、事前に案内書などで知ってはいた。しかしまさか、そんなものを造っていたとは……。由美は驚きの色を隠せなかった。
「おむつカバーだけでなく、いろいろなデザインおむつも保育科では造っているから、由美ちゃんも楽しむといいわ。」
久美子の説明に由美は、おむつをあてられた自分の姿にますます不安を感じていた。もしかすると、今あてられているオムツカバーも
自分の思っているイメージと違うかもしれない。
(……あたし…いったい……、どんな恰好してるの……。)
 つい先ほどまでは、自身のおむつをあてた姿など見たくもなかった。しかし今は一刻も早くベンチから身を起こし、自分の下腹部を覆っているおむつカバーを確かめたい衝動にかられた。しかし上半身を風紀委員たちに押さえられているため、それもままならない。
「お待ちなさい。着替えが終わったらゆっくりおむつ姿、見せてあげるから…。その前にだれか由美ちゃんの足元、どうにかしてあげて。」
考えてみれば由美はおむつ以外、下半身になにも身につけていなかったのだ。
 美雪にせき立てられ、二人の風紀委員の女生徒が、脱がされてクシャクシャになった由美の衣装を整えはじめた。
「あらあら由美ちゃん、セクシーなあんよが鳥肌たててるわ。どうしちゃったのかなぁ?。」
そう言いながら、二人の生徒が由美の足元にしゃがみ込む。
「寒いのかしら?、無理もないわよね。ずぅーとスッポンポンだったもんねぇ。あったかいお靴下、履きましょうね。」
「でも由美ちゃん、大きなおむちゅでお尻のまわり膨れちゃったから、もうタイツは履けないでしゅねぇ。」
二人は由美を、完全に幼児扱いだ。由美はそっぽを向いたまま、くやしげに唇を噛みしめた。しかし由美のことなどお構いなしに、二人の風紀委員はなにやら用意をしている。
「残念なんだけど由美ちゃん、当分の間、タイツはあきらめてね。おむつでおなかのところ、窮屈になっちゃったからねぇ。」
「そのかわり由美ちゃんに、可愛らしいお靴下、履かせてあげまチュよ。」
 ベンチをはさむように両足を開いたまま、由美は仰向けに寝かされていたが、その足元になにか通されるのを感じた。どうやら靴下らしい。だがその靴下が、みるみる上にたくし上げられるのを由美は感じた。ストッキングかな、とも思ったが間違いであることにすぐ気づいた。なぜなら、ナイロンの柔らかな肌触りが感じられなかったからである。
 由美が履かされたのは、女性の足を美しく飾るストッキングとはほど遠いシロものだった。彼女が履かされたのは、太もも丈の肌色の長靴下だった。木綿のかなり分厚い生地のせいか、ごわごわした履き心地だ。
「懐かしいでしょう。小さい時履いたことなかった? ……長靴下よ。」
中等部の生徒は本来、肌色のタイツを着用しなければならない。だがオムツを当てられてしまうとタイツは無理なため、代わりに大腿丈の長靴下を履かされるのだ。
「ずってこないように、とめましょうね。」
両足首に赤い靴下止めがとおされた。由美のスレンダーな太ももの付け根を、靴下止めのバンドがキュっと締め付ける。
 続いて、先ほど脱がされた白い三つ折りソックスを、肌色の長靴下に重ね履きさせられると、由美ご自慢の艶めかしい足のラインはすっぽり覆い隠されてしまった。そればかりか、やぼったい肌色の長靴下がスリムなはずの由美の足を太めに見せ、おまけに上履きのバンドバレーシューズがより一層、幼児っぽい雰囲気をかもし出している。
 しかも美雪はなにをしているかと思えば、三つ編みにされた由美のお下げ髪を手にとり、その先っぽを耳元で結わえ始めた。いやがる由美をおむつ替えベンチに連れていく時、耳元で輪をつくるように留められていたお下げ髪が、はずれてしまったからである。
「さっきは、由美ちゃんのお下げ髪、ひっぱったりして悪かったわね。あなたも逆らうからよ。可愛く直してあげる。」
美雪は妖しく微笑みながら、輪になるように赤いリボンでお下げ髪を耳元に留めていく。
前髪を眉のはるか上のところで一直線に切り揃えられたため、それだけでも幼い感じなのに、耳元でリングをつくるように結ばれたお下げ髪は、由美をまるで、おてんば娘のような印象にしてしまっていた。
 もうじゅうぶん大人の、うら若き女性がオムツにくるまれ、同い歳の同性の手によって、幼児のようなヘアスタイルと身だしなみにされつつある姿は、実に異様な光景であった。
「フフッ、こんなお下げ髪に長靴下だと、ピッピって感じね。」
「おむつ娘には、タイツより長靴下がお似合いよ。」
 相変わらず風紀委員たちの侮蔑の言葉が続く。しかし、もうこの頃になると、由美はすっかり抵抗する気力をなくしていた。いくら逆らったところで、おむつを許してもらえるわけではない。それに今の由美には、おむつ以外に穿かせてもらえる下着はない。それは由美にも十分わかっていた。もはや由美は、風紀委員たちのされるがままであった。
「……あぁ……いや……、こんな恥ずかしい恰好……。」
時おり、あきらめにも似た抗いの言葉を力なく口にすることが由美に唯一、許された抵抗であった。

 風紀委員たちが由美の身だしなみを整えている間に、久美子の手によって、おむつカバーのすそヒモもしっかり結び終えられていた。
「さぁ由美ちゃん、おまちどおさま。終わったわよ。」
サエの屈託のない声が部屋中に響いた。
「どう、おむつをあてられたご気分は?。スカート履く前に、ご自分のおむつ姿をご覧になっておくといいわ。あなたも見たかったでしょう。」
サエは意地悪げに微笑むと、美雪ら風紀委員に目配せした。
 車輪をきしませながら等身大の姿見が、ベンチに横たわる由美の足元に運ばれてきた。
「さぁ、由美ちゃん、いつまで寝てるつもり?。起きなさい。今日から当分の間、あなたが着用する下着よ。」
 先ほどまで由美を押さえつけていた風紀委員たちの手が、今度は由美の上半身を起こそうと、ベビーミトンをはめられた彼女の腕を乱暴に引っぱる。そのため由美は、背もたれの無いベンチにまたがるような姿勢で起きあがる恰好となった。その正面には待ちかまえていたかのように、大きな姿見が据えられている。由美の目に、ベンチにまたがるように座っている我が身がとびこんできた。
「!!!!!!」
その瞬間、由美は絶句した。そしてベビーミトンで覆われた両手を顔に当てたまま、鏡の中の我が姿を、信じられないような面もちで見つめていた。
 なんの言葉も発せずにいる由美に、サエが意地悪く言い寄った。
「どう?、気に入ってもらえた?。可愛らしいでしょう。」
由美はなにも答えなかった。いや、鏡の中のあまりに滑稽な自分の姿に、言葉が出なかったのだろう。彼女は自分の身に起こっていることを、現実として受け入れられないでいるみたいだった。
 だが、しばしの沈黙の後、頭をゆっくりと何回も横に振りながら、由美はうなされるようにつぶやいた。
「……やっ、……やだっ。……こんなのっ、やだっ……。」
由美の唇は可哀相なくらい震えていた。そして大きく息を吸い込むと、すべてを吐き出すかのように、力いっぱい叫んだ。
「……こっ、こんなのっッ……、やだァァぁぁ!!」
 由美は今、自分が大きな思い違いをしていたことに、はっきりと気づいた。自分があてられたオムツカバーが、ふつうの大人のためのものではないということを……。
 彼女はてっきり、介護のための成人用おむつカバーをされたと思っていた。彼女はもう十分に成熟した大人であるから、そう思うのも当然である。しかし由美にあてられたオムツカバーは、成人用のものではなかった。いや、その表現は正しくない。なぜならサイズ自体は、由美の成熟した身体にも合うのだから、その意味では成人用である。問題はそのデザインだった。
 まず由美が度肝を抜かされたのは、おむつカバーの前当ての部分に大きく描かれた、アニメふうのクマの顔であった。しかも前当て以外のところには、チューリップ柄の花模様がレモン色のビニール地いっぱいに散りばめられていた。
 おむつをあてられる時、由美の目線からはおむつカバーの裏地しか見えなかった。だからまさか、カバーのおもて側にこんなデザインがあしらわれているとは、思ってもみなかったのである。
 由美はこんなオムツをいつしか、いとこの乳飲み子があてられていたのを思い出した。
そのオムツも動物柄のもので、由美のものと同じく腰ヒモが結ばれていた。
「こんなヒモ付きのって、今じゃ珍しいんだけどね。田舎のおばあちゃんが孫のためにってわざわざ送ってくれたもんだから、使わないと悪くて……。」
そのようなことを、いとこの母親が話していた。
 それから考えると今、自分があてられたオムツは、その時の乳幼児のものをそのまま拡大しただけのものではないか。しかも由美の姿をぶざまに見せているのは、その幼児っぽいデザインのせいだけではなかった。
 由美を包んでいるおむつカバーがたくさんの布おむつをくるんでいるため、腰からヒップにかけての女性的なラインが、すっかり覆い隠されてしまっているのである。そればかりか、ほっそりした由美の身体と対照的に、おむつをあてられた腰から下だけが、ちょうちんを膨らませたような、おかしな恰好にされてしまっていた。
 おむつカバーがこれだけみっともなく膨らんでしまうと、たしかにタイツなど履けない。大腿までの長靴下をあてがわれても、文句は言えなかった。だが、分厚い肌色の長靴下までもが、スリムな由美の足をやぼったく太めに演出し、自慢の脚線美を台無しにしている。
「どう、すてきでしょう。短大の保育科の学生が作ったものよ。とってもお似合いよ。」
サエの言葉が耳元で響く。もう大人の女性として十分に通用する由美の体に、合うようなベビーおむつなどあるはずもない。そこで学園長の山村女史は、保育科の実習の一つとして、学生たちに布おむつやおむつカバーを作らせておいたのである。
「どう、布おむつがアヒルさんの柄だったから、カバーの方はクマさんにしてみたの。」
「……はっ、はずして下さい!。これじゃあまるで、赤ちゃんのおむつじゃないですか!。」
「あらあら…、ものすごい剣幕なこと。由美ちゃんみたいな若くてきれいな子に、お年寄りの介護おむつなんて似合わないと思って、可愛らしいのを久美子さんに選んでもらったのに……。」
サエは憎々しげに微笑む。だが、今度は由美も必死だった。
「あっ、あたし……赤ちゃんじゃありません。はずして下さい!。」
「さっき説明したでしょ。なにも由美ちゃんを赤ちゃんにしようとして、おむつをあててるんじゃないわ。あなたの更正を邪魔している大人のプライドを忘れるためなのよ。」
「だからって……、なにもこんなことしなくたっていいんじゃないですか?。」
「あなたがオナニーさえしなければ、こんなことにならなかったはずでしょ。このおむつは貞操帯も兼ねてるの。今日からは下着の代わりにおむつで、しばらく学園生活を送るのよ。」
サエが冷ややかに告げた後、しばしの沈黙が風紀指導室に流れた。その静寂をうち破ったのは、由美の絶叫であった。
「……ヤダァァぁぁぁ!!」
由美はついにいたたまれなくなり、やにわに立ち上がった。そして狂ったように、おむつを取り外しにかかった。いや、取り外すというよりもむしり取る、と言ったほうがよいかもしれない。それはまるで、自分の体にまとわりついた汚らわしいものを、一刻も早く遠ざけようとしているかのようだった。
 しかし不思議なことに、由美がこれほど取り乱しているに関わらず、サエも風紀委員らだれひとりとして、彼女をなだめようとも取り押さえようとする者はいなかった。由美の雄叫びが部屋中に響き渡ろうとも、いっこうに動じる気配もなく、由美がおむつと格闘している様子を面白そうに見守っている。
 彼女らが妙に落ち着き払っている理由はすぐにわかった。手にベビーミトンをはめられている由美はおむつを取り外そうにも、おむつを掴むことさえできないからである。ミトンで両手を覆われてしまえば、おむつの前当てのホックに触れることさえできない。それに気づくと、今度は前当て部分をなんとか掴んで、そのまま引き剥がそうと由美は試みた。しかしベビーミトンをはめられた手では、なんとか前当て部分の端に触れられても思うように掴めない。
「あぁ…、とって……とってよぉ……。」
必死に前当てをはずそうとする由美だったが、ミトンの表面が滑りやすい化学繊維のため、なんとか掴むところまではできても、引っぱるとツルリとすり抜けてしまうのである。
 けっきょく由美ができたのは、蝶々結びにされた腰ヒモを両手で挟み、なんとか解いたところまでであった。だが、由美が腰ヒモをほどいても、風紀委員たちは誰一人として彼女を制しようともしなかった。あいかわらず、にやにやと由美がおむつと格闘している様子を眺めるだけだ。それもそのはずで、由美のおむつには悪魔のような仕掛けが施されていたのである。
「……こっ、これは?!!」
額に汗までにじませながら、いまわしい衣装を身から遠ざけようと焦る由美の顔に、驚きと絶望の色が走った。というのも、ふつうのオムツには無い装着物が仕掛けられていることに気づいたからである。その仕掛けとは、なんと由美が両手にはめられたベビーミトンと同じ、ピアノ線でできた締め具であった。
ベビーミトンには、手首に差込錠のついたピアノ線が巻かれ、ミトンを自分ではずせないようになっていた。なんと、おむつカバーにも同じ仕掛けが施されていたのである。
 ミトンと違うところは、ピアノ線がおむつの腰ヒモといっしょに、由美のくびれたウエストに巻かれていたことである。そもそも腰ヒモの役割は、オムツがずり下がるのを防ぐためのものである。けれども、おむつを嫌がる若い女性なぞ、すぐに腰ヒモや前当てのホックを解き、おむつをはずしてしまうだろう。
 そのため腰ヒモだけでなく、ピアノ線でウエストを締めあげて、おむつをずり下ろすことができないようにしてあるのだ。そればかりか、腰ヒモとともにまわされたピアノ線は、おむつの前当てにも通され、おへその真上あたりで差込錠でしっかりロックされていた。そのため、仮にフロントホックをすべて取りはずせたとしても、前当てをはずすことはできないのだ。むしろ由美があてられたオムツの場合、腰ヒモはピアノ線を隠すための飾りに過ぎない。しかもピアノ線は透明のため、ほとんど目立たず、はた目にはふつうの幼児用おむつとなんら変わりない。
「なんなのよっ、これは!……」
由美は唇をふるわせ、ミトンをはめられた両手でなんとかピアノ線を掴み、ひきちぎろうとするが、ピアノ線はビクともしない。
「いやっ! とってよ!。」
由美は顔を紅潮させ、おむつ上部にとおされたピアノ線を引っぱるが、引けば引くほど股間に布おむつが食い込んでいく。
「由美ちゃん、あきらめなさい。このピアノ線は100キロの重さにも耐えられるのよ。」
突然、サエの声がした。
「さっ、由美ちゃん、気が済んだかしら。いくら引っぱっても、お股が痛くなるだけよ。」
「お願い!、ピアノ線をはずしてっ!。」
「そうはいかないわ。こんなに騒ぐんだから、腰ヒモといっしょにピアノ線も通しておいたの、正解だったわね。」
サエは美雪に同意を求めた。この言葉で、おむつを当て終えて腰ヒモが結ばれた時にピアノ線も通されていたことが、由美にもわかった。
「ほんと、そのとおりですわ。急にはずそうと暴れ出すんですから、この子は…。これでは両手のミトンも、当分ははずせませんね。」
「まっ、もっとも両手が使えても、おむつの錠ははずせないけどね。」
二人は笑いながら、首から下げた小さな鍵を由美に見せた。
「由美ちゃん、あなたのおむつとお手てのミトンの鍵は、私たちが預かっていますからね。」
「これからは暴れたりしないで、いい子になるんでしゅよ。じゃないと、いつまでたっても、おむつもミトンもはずれませんよ。」
「…………。」
由美は今やもう、すっかり抵抗する気力を無くしてしまっていた。唇を噛みしめながら、意地悪げな二人の言葉をじっと聞くしか、なすすべはなかった。
 そんな由美に、二人は追い打ちをかけるように、なおも続けた。
「由美ちゃんはもう、卒業間近の高校3年生じゃないの。お手ても上手に使えない、おむつをした幼児なの。わかった?。」
サエに続いて、美雪も
「おむつをすれば、オナニーなんてしたくてもできないし、自分が大人であることも忘れられるわ。今日からは余計な大人のプライドも捨てて、童心に戻って中学1年生からやり直しなさい。そうしないと、いつまでたっても更正カリキュラムは終わりませんからね。」
そう言い終えると、美雪は久美子の方を振り返った。
「久美子さん。この子、おむつの腰ヒモほどいちゃったわ。直してあげて。」
そう命じられても久美子は嫌な顔ひとつせず、放心状態で立ちつくす由美の正面に膝をついて、中腰になった。そして、だらんとたれ下がった腰ヒモの両端を手に取ると、すばやく蝶々の形に結んでいく。
 ほどなく由美のおむつは、元通りの可愛らしい形に整えられた。クマの顔が描かれた前当てのところで、白い腰紐がリボンのように大きく結ばれ、より一層あどけなさをかもし出している。またその結び目が、ピアノ線をロックしている差込錠もうまく隠していた。
腰ヒモが絞められるとオムツはかぼちゃのように膨らんでしまい、スリムなボディラインと対照的に、ますます不恰好な様相となった。
由美はもう抵抗する気力もなく、されるがままだ。
「はい、できたっと…。もう、へんなオイタしちゃダメよ。」
久美子は、由美のおむつをお腹のあたりを軽くポンポンたたきながら、由美に笑顔をおくった。その仕草は、まるでイタズラした幼児を、母親が優しくたしなめている図とまるで同じであった。
 久美子の笑顔には、サエや美雪たちから伝わってくる意地悪さは、微塵も感じられなかった。彼女の手にかかると、由美でさえも、まるで母親に守られている幼児のような気持ちになってしまう。しかし、そうされることで、由美はますます自分が大人の世界から引き離されていくことを、実感せざるを得なかった。同時に、寂しさとみじめさと諦めの入り混じった、なんとも言いようのない敗北感がこみあげてきた。
「……うっ、うぅぅ……。」
由美の目からついに一粒の涙がこぼれ、頬をつたった。それは、由美が聖愛女子学園に連れてこられてから二度目に流した涙だった。
たしか最初の涙は昨日、高等部でなく中等部の制服をとつぜん着せられた時だった。その時、由美ははじめて、自分が大人であることを否定される屈辱を味わった。
 あの時も悲しかった。おしゃれをしたい年頃の女性が化粧をすべて落とされ、中学1年生の恰好をさせられ、ヘアスタイルまでお下げ髪にされたのだから。それくらい、こどもと同等の扱いを受けることは、由美のプライドが許さないことであった。
 けれども昨日の場合、外見でどんなにみじめな姿にされようとも心の支えがあった。いかに子どもっぽいスタイルにされようとも、彼女の気持ちは大人のままだし、それに一週間もしたら高等部3年に編入できるという希望もあった。
 それが今や、おむつという羞恥の衣装によって、由美は外見ばかりか女性としてのプライドまでも、ズタズタに切り裂かれてしまった。しかも、美しい女性でありたいという、大人なら誰でも抱く欲求すら認められないばかりか、心の中まで子どものように感化されようとしているのだ。それは、子ども扱いが何よりも嫌いな由美にとって、もはや拷問のようなものであった。
 おむつ……。健康な若き女性にとって、これほど不似合いな衣装がほかにあるだろうか?。これほど屈辱的な衣装が、ほかにあるだろうか?。だが、このおむつを受け入れない限り、由美は高等部への編入も認められないのだ。
「…うぅぅ……、うっ…ウっ…ウっ……」
昨日と違い、由美の涙は一粒では終わらなかった。止めどもなくポロポロと、後から後から込み上げてくる。ヒクヒクと、彼女のしゃくり上げるようなすすり泣きが、風紀指導室にいつまでも、いつまでも聞こえていた。それは梓由美が、風紀指導係の岩松サエ、そして今井美雪たち風紀委員の前ではじめて見せた、敗北の瞬間でもあった。
 だがこの敗北が、今日からはじまる屈辱の学園生活の、ほんの序章にすぎないということを、この時の由美は知るよしもなかった。

《第5章に続く》

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