デザイナー



「……というわけで、この少子化傾向はとどまることなく、更にその傾向に拍車がかかるものと予測されております」営業二課の米沢係長は、スクリーンに映し出されているグラフを細い棒で差し示しながら言った。そのグラフは、厚生省から発表された『女性の生涯における出生数の年次変化』というタイトルのついたものだった――ひとりの女性が一生のうちに平均して何人の子供を産んだのか、その数値が過去から現在へとグラフ化されているものだ。最近のその数値は約1.5になっている。つまり、最近では、一人の女性は生涯を通じて子供を二人も産まないことになる。そして、そのグラフは明らかな右下がりの曲線を描いていた。この傾向は更に顕著になるだろう、という米沢の言葉をそれが示していた。
 少子化傾向のため、次第に若者の占める割合が減ってゆき、老人の割合が増加する。そのため、次第に日本の国力が弱くなるだろうという予測がたてられている。但し、それはもう少し未来のことになる筈だ。
 しかし、岩崎千里にとっては、既に切実な問題になっていた。いや、岩崎千里に限らず、この会議室に居るメンバー全てに、少子化傾向は重苦しい雰囲気を味わわせているのだ。
 千里がデザイナーとして勤める『・アーバンキッズ』は、業界で中堅どころの子供服メーカーである。子供服メーカーにとってこの少子化傾向は、そのまま客数の減少を意味していた。そんな中で、利益を確保するにはどんな方法があるだろうか? 現在、商品の材質や縫製技術はどのメーカーも似たりよったりになっていて、その点で他社との差別化を図ることは非常に困難だった。それでも、その困難を乗り越えなければ競争に勝ち残ることができなかった。勝ち残れなければどうなるか――誰でも、その結果をたやすく予想できることだ。
 その困難を打ち破ろうと、ここ何ケ月か、今日のように会議につぐ会議の連続だった。しかし、めぼしい成果は得られなかった。
 会議では次第に、企画課に対する風当たりが強まっていた。理由は簡単だった。少子化傾向への対抗策の方向そのものは、既にわかっていると言ってもいいものだった。売上数が減少したとしても、それを埋め合わせるように単価の高いものを売ればよい。簡単なことだ。それなのに、その単価の高い品目を企画する部門が良いアイディアを出してこない、というのが他の部門の言いぐさだった。
「……で、当社の高級子供服ブランドである『キッズクラブ』の販売促進に営業部門は力を注いできたわけですが、いかんせん、それにも限界があります」米沢の後を受けた田所課長が口を開いていた。そして、企画課のメンバーが座っているあたりに視線を這わせて言った。そこには、明らかに皮肉の色が見られた。「そこで、前々から企画課さんには新商品の企画をお願いしてきたものですが、そろそろ如何ですか? 出し惜しみなさらずに、ぱーっと発表して下さいよ」
 田所の挑発にのるように、企画課長の田宮佳子が立ち上がった。
 嫌味を言われっぱなしのこれまでの会議からは想像もできないほど、今日の彼女は堂々としていた。自信たっぷりの態度で、企画課員に合図を送る。課員は、会議室の全員に資料を配布していった。資料が行き渡ったのを確認した佳子は、静かな声で説明を始めた。
「皆様、お待たせいたしました。田所課長のおっしゃるように、本日、新商品グループを発表いたしたいと思います」事前の根回しも何もせずに、いきなりの宣言だった。それは、佳子の判断だった。事前にこの商品企画を提案していれば、その段階で没になる可能性が大きいことを彼女は知っていた。それほど、これまでに手掛けてきた商品群とは違うコンセプトのものだった。佳子は、室内の雰囲気を感じた後、言葉を続けた。「まず、新商品グループ開発のプロジェクト名ですが、企画課の中では、仮りに『KCA』と呼んでいます。その意味は後ほど説明いたします。そして、その狙いは利益率の高い、即ち、個々の単価を高く設定できる商品グループの開発であることは言うまでもありません。
 ここで、私たちは次のように考えてはどうかと気づきました――単価の高いものは高級品に限らないだろう、と。高級品ではなく、単価を上げることができるものは何か? それは、実用性から離れるものです。実用性を中心コンセプトに据えるかぎりは価格競争にならざるを得ません。そこで、遊び感覚や趣味性といったものがクローズアップされてくるわけです」
 佳子は言葉を中断し、会議室のメンバーの顔をゆっくりと見回した。そのどれもが、明らかに興味深そうな表情を顔に浮かべて彼女の説明に耳を傾けているようだった。
「……具体的な数値は掴んではおりませんが、今から提案する商品の市場は今後、小さくなることはないと予測しております。そういった将来性に、前述の感覚を考え合わせた結果をこれから発表してまいります」佳子が右手を小さく振った。その動きを合図に会議室の照明が消され、同時に、スクリーンにグラフを映し出していたOHPのスイッチも切られた。窓のカーテンが閉じられた会議室は、ほぼ完全な闇に包まれた。
 会議室の中に起きたざわめきを鎮めるように、一条の光がドアを照らし出した。同時に、そのドアが静かに開いた。何事か、と思ったメンバーが一斉にドアを注視する中、一人の女性に押されたベビーバギーがドアから会議室に入って来た。会議室の雰囲気にあまりにそぐわないその光景は、メンバーの心を掴むに充分だった。彼らの心は、無防備にその女性とベビーバギーとを受け入れてしまったようだった。
「発表いたします」佳子の声が会議室に響き渡った。「『KCA』すなわち、『キッズクラブ for Adult−baby』の試作品がこれです」
 照明が点灯した。
 闇に馴れた目が再び明るさに馴れるにしたがって、さきほどドアから入ってきた女性とベビーバギーの様子がはっきりと見えてきた。 その女性は明るい色のトレーナーと、それによく合うキュロットスカートを身に着けている。その服装は、会議室のメンバーには馴染みの深いものだった。『・アーバンキッズ』の中でも高級子供服を扱うブランド『キッズクラブ』の中の商品で、親子で着るペアルックとして宣伝し、おしゃれな雰囲気が好評を博しているものだったからだ。この商品の発売以来、公園や町中をお揃いの服で歩く親子連れがよく目にされるようになったものだ。そのシリーズのデザインをかなりの部分まかされている千里は、そのヒットのおかげでコアデザイナーとしての地位を不動のものにしたものだった。
 更にその女性が押すベビーバギーに視線を移したメンバーは、そのサイズが妙に大きいことに気がついた。双生児用のバギーの場合、二人を一緒に乗せるために幅が広く作られてはいるが、ここに在るバギーはそうではないようだった。赤ちゃんの姿は、バギーの日よけを兼ねた覆いのために脚しか見えなかったが、淡いピンクのレース生地でできている可愛らしいソックスを履いたその足は、一人分しか見えなかった。それに、幅だけが広いのではなく、長さも高さもが全体的に大きく作られているようだった。
 メンバーが見守る中、バギーの覆いが女性の手で静かに開けられた。そうすると、そこに乗っている女の赤ちゃんの姿がよく見えるようになった。純白の生地に小花の刺繍があしらわれたベビー帽子の縁はフリルになっていて、可愛いらしさと上品な感じが微妙に調和している。その帽子の紐が結ばれた顎のすぐ下では、淡いイエローのよだけかけが胸を覆っている。そのよだれかけにはリスのプリントがあって、いかにも楽し気なデザインになっていた。よだれかけの下に着ている服は、ソックスに合わせたように淡いピンクを基調にした色合いのベビードレスだった。肩から手先に向けて優しいカーブでふくらんでゆき、袖口でふんわりと絞りこまれた先と、胸からウエストにかけての部分にはレースのフリルがいっぱいついていて、あどけない優美さを感じさせている。そのドレスの丈は短めに仕上げられていて、その下に着けているおむつカバーが半分ほど見えていた。クリーム色の生地にアニメ調の子象の顔がアップリケされていて、それを見る者の心を和ませるようなおむつカバーだった。おむつカバーに包まれたお尻と股間はもっこりと膨れていて、その中にかなり多くのおむつがあてられていることを示していた。
 その赤ちゃんを見た時、ベビーバギーの妙な大きさの理由がメンバーに理解された。赤ちゃんが、普通のバギーには乗れないほどの体格を持っていたからだった。いや、赤ちゃんとして見るから、その体格が異常に大きく見えるのだが、そこに乗っているのは正確には赤ちゃんではないのだった。
 その顔に、メンバーの多くが見覚えがあった。昨年入社して企画課に配属された内田亜美だった。その亜美が、赤ちゃんとしか見えない格好をして大きなベビーバギーに乗せられているのだった。
 皆の視線が、興味のそれから好奇のそれへと変化していた。その変化を感じたのか、亜美は自分の格好に羞恥を覚えたように顔を赤く染め、身をくねらせた。しかし、亜美をベビーバギーの座席に固定しているベルトは緩もうとはしなかった。
「……現代の日本は、その繁栄を支えるために多くの人々にストレスを与えています。人間関係やテクノストレスは言うに及ばず、家庭においてもリラックスすることなど難しい時代です」佳子が喋り始めた。その内容が、会議室のメンバーの目を釘づけにしている内田亜美の姿を説明することを期待して、皆は耳を傾けた。佳子のプレゼンテーションは大きな効果をあげているといっていいようだった。「そのストレスを解消するために、人々は様々な手段を用いています。飲酒・ギャンブル・暴力、更に、ドラッグ等です。しかし、そのどれもが一時的な効果は期待できるものの、最終的には自分の肉体を傷つける結果になってしまいます。もっと自然にストレスを解消できないでしょうか?
 方法は、あります。子供に戻ってしまうことです。
 子供の頃は、自分では何もせずに、何も考えずに、誰かの庇護の対象になっていればよかった黄金の時代です。ひたすら母親に甘え、回りの人間に自分の欲求をつきつけていれば全てが済んだ楽園の時です。そんな頃に戻ることができれば、ストレスなど蓄積する筈もありません。
 しかし、そんなことは不可能だと思われるでしょう。物理的に肉体が若返ることはできません。ただ、精神的にはどうでしょう? 精神的に幼児に戻ることは、できないことではないでしょう。
 そして、実際にそうしている人々がいるのです。ある種のクラブでは、お金を支払って、そのようなサービスを受けることができます。また、もっと個人的に趣味的にそうしている人もいます。そのような人々が、精神を赤ちゃん返りさせるきっかけになるようなベビー用品を求めているのです。大人の肉体で着ることのできるベビー服や大きなおむつカバーを求めているのです。
 そういった市場に、企画課は目をつけました。そして、『大人の赤ちゃんのためのキッズクラブ』つまり『KCA』を提案するものです。
 本日は、その試作品を実際に見ていただくために、当課の内田亜美に身に着けさせてまいりました。どうぞ、心ゆくまでご覧ください」


 田宮佳子の狙いは的中した。
 これまでのような議事運営では没になったかもしれない『KCA』という大胆な商品グループの承認を、彼女の強引とも思えるプレゼンテーションのためにとりつけることができたのだ。企画課のミーティングルームに課員全員が集まっていた。KCAを試作品の段階から実際の商品のレベルに上げる作業の打合せのためだった。常日頃皮肉や嫌味しか口にしない営業部門の度肝を抜くような課長の提案を受け入れさせたことで、ミーティングルームの中には熱気が渦まいていた。どんなに困難な仕事を命じられてもやってやろうという顔が並んでいた。
 マーケティングの詰めや広報態勢の基本方針、販売経路の決定等、営業部門にまかせてもよいことまで佳子は企画課でやろうとしていた。これまでに営業部門からさんざ言われた皮肉へのお返し、というよりも、『・アーバンキッズ』のイメージを維持するためであった。これまで着実に子供服やベビー服を作ってきたメーカーというイメージを、KCAが壊してしまう恐れがあることは否めなかった。どう説明してみても、今の社会には、KCAをキワモノとして捉えるような雰囲気が強かった。成人した大人が赤ん坊の格好をすることを容認するほどの度量の大きさを、現在の日本社会が持っているわけがなかった。ホモセクシュアルやエイズに対する反応からも、そういったことが充分に予想されてしまう。そんな中でKCAを売り込もうとするなら、『・アーバンキッズ』は白い目で見られてしまうことだろう。だから、そういった作業に、社の顔である営業部門をさしむけることはできない。企画課が基礎作業を行なって軌道がつき、大量販売のメドが立った時点で営業部門が引き継ぐ――それが佳子の考えであり、社の上層部もその方法を内々に提案してきていた。
 いくつかのグループに人員と作業を分担し終え、それらのメンバーがミーティングルームから出て行くと、佳子と千里、それに亜美の三人が残るだけになっていた。
 何人か居るコアデザイナーの殆どが仕掛りの仕事を抱えているため、このプロジェクトに参加できるコアデザイナーは千里だけだった。いや、他のデザイナーがプロジェクト入りを希望したとしても、佳子は断わっただろう。佳子の何気無い思いつきだったKCAを、非公式の場とはいえ相談できたのは、同期入社で妙にウマの合う千里だけだった。他の者に相談したところで、何を馬鹿げたことを、と笑われるだけだと佳子は予感していた。千里に相談する時にも、普段の佳子からは想像もできないほどおずおずとだったのだ。それを熱心に聞き、一緒にやってみようと千里は言ったのだ。そして、他の仕事をこなしながら、今日のプレゼンに間に合うように試作品まで縫いあげてくれた千里以外に、チームを組むデザイナーはいないと決めていた。
 佳子は、亜美には千里のアシスタントを命じた。デザイナーとしての採用ではないものの、時おり見せる閃きから才能を見てとった佳子は、いずれ亜美をデザイナーに転向させたいと思っていた。その修業として、今回は千里と組ませることにしたのだ。そのために、嫌がる亜美に命令して、千里が縫いあげた試作のベビー服を着せてプレゼンに参加させたのだ。どんなものでも、自分の感覚でその感触を味わっておくにこしたことはない。
 三人のおおまかなミーティングが終わった時には、時計は午後一〇時を指していた。せっかくの金曜日だ、プレゼン成功のお祝いをしよう、と千里が言い出した。

 あまりお酒を口にしない亜美だが、今日は違っていた。成人した自分が再び着けることなどない筈のおむつをあてられ、可愛らしいデザインのベビー服まで着せられた姿を多くの人間に見られた羞恥と屈辱、入社以来尊敬と憧れの的だった課長やコアデザイナーと一緒に居られる幸福感、なんのかのと言われながらも自分の所属する課がプロジェクトを産み出した充実感、そういった様々な感情がない混ぜになり、気分がハイになっていた。店の雰囲気にも呑まれ、亜美は、口当たりの良いカクテルのグラスを次々に干していった。途中から佳子と千里が、そろそろやめときなさいよ、と言っていたが、そんな言葉に従う余裕は亜美には無くなっていた。
 佳子と千里は、強引に亜美の手を引いて店から出た。亜美の歩き方は絵に描いたような千鳥足になっていて、誰かが手を引いていなければどこへ行くかしれなかった。何人かの人間と肩をぶつける度に亜美の代わりに謝まりながら、二人は亜美を公園の方へ誘導していった。タクシーやバスに乗れる状態ではない亜美の酔いを、公園で少しでも醒まさせるつもりだった。
 なんとか辿りついた公園の、本来は立入禁止の芝生の上に亜美は座った。ベンチに腰をおろしたところで、いずれは亜美が滑り落ちるだろうことを予想していた二人が、柵を乗り越えて芝生の中に連れて行ったのだ。しかし、亜美は横にはならなかった。これだけ酔えば疲れてしまいそうなものだが、亜美はお喋べり上戸とでも呼べばいいのか、道を歩いていた時と同じようにひたすら言葉を続けていた。
 二人がそろそろうんざりしかけた頃、亜美のお喋べりが急に止まった。こちらが疲れて眠ってしまいそうになっていた佳子と千里だが、その突然の沈黙に、慌てて亜美の顔を見つめた。それまでのへらへらした表情がどこへ行ってしまったのかと思えるほどに、亜美の顔つきは真剣なものに変わっていた。
「どうかしたの?」佳子が尋ねてみたものの、亜美は真剣な顔を佳子の方に向けずに、うつむいてしまった。それにつられて、佳子も下の方に視線を移動せさた。
「内田さん、まさか?」状況を見てとった佳子が、驚いたとも呆れたともつかない声を出した。その声がきっかけになったように、亜美の目から涙があふれ始めた。
「ちょっと、どうしたのよ?」状況がもうひとつのみこめない千里が佳子の耳許で尋ねた。
「……内田さんのね、お尻のあたりをよく見てごらんなさいよ」佳子が千里の耳に囁き返した。
 言われた通りにした千里の、息を飲むような気配が佳子に感じられた。短いスカートの下に亜美が穿いたスキャンティがぐっしょり濡れている様子が見えていた。そして、亜美のお尻の下の芝生も同じように濡れ、街灯の光をきらきらと反射していた。明らかに、オモラシだった。
「……飲み過ぎちゃったようね」佳子が、責めるでもなく慰めるでもなく、亜美に言った。その声に、こっくりと小さく亜美は頷いていた。「どうなの? まさかとは思うけど、着替えなんて持ってるの?」
 亜美は首を小さく横に振った。佳子は、どうしようか?というように千里の顔を見た。千里は亜美に近寄り、彼女のスカートの様子を調べ始めた。
「よし、スカートは大丈夫みたいね。それならなんとかなるわ」座ったままの亜美を立たせ、スカートを見たり触ったりしていた千里が明るい声で言った。「下着だけなら、私が替えのを持ってるわ」
 お酒のためとはいえオモラシしてしまった恥ずかしさは消えないものの、濡れたままの下着で歩かなくてもよいとわかった亜美の顔に、少しばかりの明るさが戻ってきた。
 千里が、自分のバッグから取り出した下着を亜美に見せた。その瞬間、戻っていた亜美の明るい表情は凍りついたようにこわばった。どうしたのか、と思った佳子は、千里が手にしているものを見て納得した。そこには、昼間のプレゼンで亜美が身に着けていたおむつとおむつカバーがあった。仕事熱心な千里のことだ、家に持ち帰ってデザインの続きをするつもりだったのだろう、と佳子は理解した。そして、再びこれを下着の代わりにしなさい、と言われれば、亜美の心が凍ってしまうかもしれないことも理解できた。
 しかし、佳子はすぐに思い直した。これから自分たちが作って売ろうとしているものこそ、このおむつに代表されるものではないか。これらを欲する人たちのために、私たちは頑張ろうとしているのではないか。それを嫌がってどうなるというのか。
「内田さん、濡れたスキャンティを脱いで、おむつを着けなさい」佳子は、わざと乾いた声で言った。「そのままじゃ、風邪をひいちゃうでしょ? そうなれば、ただでさえオーバーワークのみんなに余計な負担までかけることになるのよ。これは命令です」
 亜美はその場に立ったまま、視線を地面に落したままだった。その亜美の様子をしばらく見ていた二人は、やがて実力行使をする決心を固めた。
 二人そろって亜美の体を抱きかかえると、芝生の柵を乗り越えて一つのベンチに近づいた。そのベンチに亜美の体を横たえ、佳子がスキャンティを剥ぎ取った。亜美は必死で抵抗したが、二人の力にはかなわない。それに、表情こそ真剣ではあっても、亜美の体はアルコールのために思うように動けなかったのだから。亜美のお尻の下におむつが敷きこまれた。佳子が亜美の両脚を赤ん坊のように高く持ち上げると、千里がその股間におむつをあててゆく。そして、その上をおむつカバーが包み、腰紐が結ばれた。改めて感じるおむつの柔らかな感触は、亜美の心に、羞恥と同時に遠い昔の甘酢っぱい記憶を運んできた。
 おむつをあてられた亜美は、二人に手を引かれて立ち上がった。そのお尻の膨らみはスカートの上からもはっきりとわかり、ほんの少し下から見上げれば、スカートの中のおむつカバーが丸見えだった。
「内田さんの家は、電車で三〇分ほどかかったっけ?」千里が、自分の姿に泣きそうになっている亜美に声をかけた。それから、頷く亜美を見て言った。「その格好じゃ、電車には乗りにくいわね。私のマンションはタクシーで一五分くらいの所にあるんだけど、どう? もしもあなたさえよければ、うちに来ればいいわ」
 亜美は小さく何度も頷いた。

 なんとか千里の部屋に辿りつき、ほっとした亜美は、失礼とはわかりながらも思わずベッドの上に横になってしまった。一〇分間だけこのままいよう、それから千里さんの下着を借りて自分の家に帰るんだ、と思いながらも、今までの気疲れと酔いのために亜美の瞼は知らぬまに閉じていた。
 キッチンでコーヒーを炒れ終えた千里がカップを持って寝室に戻ってみると、亜美は小さな寝息をたてていた。毛布をその体に掛けようとした千里だったが、その時、頭に閃くものがあった。ゆっくりと自分のコーヒーを飲み干した千里は、仕事場に使っている部屋に向かった。
 しばらくして、千里は大きな紙袋とスケッチブックを持って寝室に戻ってきた。
 ベッドの上に、亜美が目を醒まさないようにそっと立ち、天井に何かを吊り始めた。紙袋から取り出されたそれはプラスチックのようなものでできているようで、嵩のわりにはあまり重そうではないようだった。吊り終えると、中心にある本体に色とりどりのテープや人形が付いていることがわかる――それは、ベビーベッドの上に吊られるサークルメリーだった。
 サークルメリーがしっかり吊られたことを確認した千里は、ベッドの枕許にある小物棚に、ガラガラ等のベビー玩具や哺乳瓶、おしゃぶりといったものを並べていった。それから、床に、どこからか持ってきた白鳥のオマルを置くと、亜美の着ている服を優しく脱がせ始めた。
 一旦眠ってしまった亜美は、その目を開ける気配もなく、千里のなすがままにされていた。上着やスカートを脱がされた後、ブラとソックスも剥ぎ取られた亜美は、おむつカバーだけの姿になっていた。
 亜美の上半身を両手で抱え上げた千里は、バッグから取り出した試作のベビードレスを着せ、よだれかけを胸に着けさせた。更に、ベビー帽子を頭に被り、ソックスを履かされた亜美の姿は会議室でのように、赤ちゃんのそれになっていた。
 赤ちゃんになった亜美を優しくベッドに横たえさせた千里は、サークルメリーのスイッチを入れた。軽やかな音楽が流れ、それに合わせてテープや人形が回り始める。その様子をしばらく眺めてから、千里はスケッチブックを持ってベッドの周囲を歩き始めた。ベビー帽子で覆われた頭上から、大きなよだれかけが目立つ正面から、赤ちゃんの格好に似つかわしくなく発達したバストが目立つ側方から、おむつカバーが丸見えの下方から、と様々なアングルで亜美を観察しつつ、スケッチブックの上に色鉛筆を走らせていた。
 千里が亜美を自分のマンションに誘った理由は、亜美が自分の家に帰りづらいから、ということだけではなかった。久しぶりに佳子とチームを組むことになった千里は、最近では珍しいほどの高揚感を感じていた。そのため、この週末は自分のマンションであらかたのデザインを完成させるつもりになっていた。そのためにも、今、亜美が着ている試作のベビー服やおむつカバーを持ち帰ってきたのだ。佳子からアイディアを聞かされ、一緒にプロジェクトを進めないか、と相談された時に既に決心を固めた千里は、その翌日にはサークルメリーやベビー玩具等を買い揃えた。これまで子供服を主に手掛けてきた自分の気持をベビー服に




 愛用のワープロでフロッピーの整理をしていたら、急に「フロッピー書き込み異常」というメッセージが出て、その後、この小説の後半部分がどうしても読み込めなくなりました。だもので、今回はこんな中途半端な掲載になってしまいました
 暇をみつけてベビーメイト誌から文字を拾って再入力しようかと思っていますので、それまでしばらくお待ちください

……にしても、いつになることやら(汗)



目次に戻る 本棚に戻る ホームに戻る