同級生



 八月中旬の暑い日の午前十一時前。テーブルの向い側に座っている平田綾子が、それまで動かしていた手を止めて、大きな欠伸をした。
「あー、かったるい。夏休みにこんな宿題を出す学校なんて、今時、無いわよねぇ。由美はどう思う?」手に持っていた編み棒と毛糸を床に投げ出して、柏木由美の方へ顔を向けて言った。
「まぁ、仕方ないんじゃないかな。うちの学校は、試験らしい試験もなしで短大部へ行けるじゃない。数学や英語の宿題を出しても誰もやってこないのは、目に見えてるもの。かといって、何も宿題を出さないんじゃ、私たちが遊びまわるのも、先生は知ってるだろうし。ま、暇つぶしみたいなものよ。」由美もつられて手を止め、綾子をなだめるように返事した。
「そうかもしれないけどさぁ。だから、女子校なんていやだったのよ。それを私のパパったら…」
「今まで通っておいて、今更、何を言ってるの。もう二年生の夏休みも終わるって頃なのよ。」綾子のいつもの口癖が始まった、と思いながら由美は少し微笑んだ。入学以来の友人だけど、彼女の口癖は入学式の時から続いてるんだものねぇ、と妙なことに感心してしまう。そのくせ、ほんとに嫌がってる様子なんて全くない。ぶちぶち言いながら、学校生活を楽しんでいることが、由美にははっきりわかっていた。「ところで綾、何をつくる気なの? この暑い時に太い毛糸なんかで。」
「みんな涼し気なレース作品でもつくるんでしょうけど、私はそんなのイヤだからね。こんな宿題を出した家庭科の先生にあてつけだもん、うんと暑そうなセーターを編んで提出してやるんだわ。」鼻の周りに意地悪そうに見える小皺を寄せて綾子が答える。こんな悪戯っぽいところを由美は気に入っていた。
「それにしても、いつ来ても由美のお家はいいわねぇ。由美の部屋も広いし、特にこんな広い庭のある家なんて、近所には無いんじゃない。」座布団から立ち上がってウーンと背伸びをした綾子は、窓際に立って下の庭を見ながら言った。「芝生もきれいに手入れされてるし。こんな庭に干しとけば、洗濯物にも良くお日様があたって、気持良く乾くでしょうね。」
 由美も綾子の横に立って、庭を見下ろしてみた。綾子の言う通り、生け垣で囲まれた庭には手入れされた芝生が生え揃い、石で囲まれた池には錦鯉の影が見えていた。玄関の横手、少し奥まった所に洗濯物がかかった物干竿が何本か見えている。その洗濯物を見た由美は、自分の鼓動が早まるのを感じた。
「景色を見るのはそれくらいにしといて、続きをやっちゃいましょうよ。もうすぐ、お昼よ。」由美は自分の鼓動が綾子に気付かれませんように、と祈りながらも、なるべくさりげないふうを装って綾子を窓際から遠ざけようとした。
「いいじゃない、まだ二週間も残ってるんだし。今日中にできるなんて、元々思ってないもん。」綾子には由美の心の動きなど知る由もなかった。たまにこの家に来た時にしかできない目の保養だわ、と絨毯のような芝生に目を向けていた。芝生から池、生け垣とゆっくり動いて行く視線が、洗濯物の所で止まった。やがて由美の方に向き直った綾子は、少し戸惑ったように尋ねた。「ねぇ、由美。ここのお家に赤ちゃん、いたっけ?」
「どうしてそう思うの?」綾子が”それ”に気付いたようだ、と観念した由美は、綾子が何を見たのか確認しようとして言った。
「うん。よそのお宅の洗濯物をじっと見るのはお行儀が悪い、ってことは知ってるんだけど、見えちゃったもんだから。」綾子が答えた。「あそこに干してあるの、あれって、オシメだよね。ほら、何かの動物みたいな柄の布、一番奥の竿に干してあるの。」
「…ああ、確かにそうね。」由美は、小さく頷いた。
「でも、由美って末っ子だったよね。こんな言い方失礼だけど、まさか今更、弟か妹ができたんじゃないよね?」
「そうね…」綾子にどう説明しようか考えながら、由美はこの一週間のことを思い出していた。




 元来、由美はオシッコの近い方だった。
 小さい頃、オシッコがしたくなってトイレに行かなければいけない、ということまでは判断できるようになってはいたのだが、トイレまでがどうしても我慢できなかった。尿意を感じるとすぐにオシッコが出てしまうような状態だった。
 そのため、幼稚園の年長組になってもしばしばオモラシを経験していた。年少組や、多くはないものの同じ年長組の中にも何人か、同じようにオモラシしてしまう子がいたために、その当時はあまり恥ずかしさは感じていなかった。しかし、さすがに小学校に通う頃にはなんとか我慢できるようならざるをえなかった。尿意を感じなくても、休憩時間の度にトイレへ行くことが習慣になっていた。
 昼間は自分で気をつけることができたが、問題は夜だった。学校でのプレッシャーがストレスになったのだろうか、オネショは止まらないというより、ひどくなるようだった。そして、一時は離していたオシメを母親が由美に着けさせたのは、小学一年の夏だったように覚えている。
 最初は嫌がっていたオシメだったが、何度かそれを濡らす頃には、オシメに対する信頼感を感じるようになっていた。なんといっても布団を濡らさずにすむことが嬉しかった。地図を描いた布団を庭に干していれば、通りすがりの誰がそれを見るかわからない。同級生に見られるおそれも充分にある。それに比べてオシメなら室内で乾かすことができた。誰かに見られる心配は、まず無い。
 オシメをあてることで、眠る際の無用の緊張をせずにすむようになった由美のオネショは、徐々に治まっていった。次の年の春には殆ど、しくじらなくなっていた。
 それでも、トイレが近い、という体質ばかりはどうしようもなかった。今の女子高に入ってからも、休憩時間の度にトイレへ行く習慣は続けていた。ときおり体育後の着替えに時間を取られ、トイレに行けなかった場合には、恥ずかしさを感じながらもトイレへ行く旨教師に告げて教室を出るようにしていた。

 一週間前、ショッピングに外出した時だった。なんとか手に入れたいと思っていたジャケットが何かの拍子でバーゲンにでているのを見つけた彼女は、早速買い求めた。ついている日というのがあるのか、何週間か探していた或る作家の発行数の少ない新刊を小さな本屋で見つけたり、M屋のホームメイドクッキーがお昼でも売り切れてしまわずに買えたりした。思わず有頂天になった彼女は、デパートでも電車の駅でも、トイレに入ることをきれいに忘れていた。駅の改札口を出て帰り道を歩いている時、不意に尿意を感じた。家まで約一〇分のみちのりだった。
 全身の力と精一杯の精神力で、なんとか彼女は家に辿りついた。靴を脱ぎ、小走りにトイレの前まで来た彼女の心が緩んだ拍子に、トイレのドアに手をかけたままの状態でオシッコを放出してしまった。彼女の走る足音を聞いた母親が、何事かとトイレまでやってきた時、彼女が立っている足元には大きな水溜りができていた。ショーツから足を伝って、ソックスを濡らしながら落ちてくる雫が、その水溜りに小さな音をたてて吸いこまれていった。
 母親が服を脱がせ、新しい下着とスカートを持ってきた時にも、由美は全身を小さく震わせながら泣きじゃくるばかりだった。思わず、由美が幼稚園児だった頃を思い出した母親は、彼女に一言も怒らずに優しい声をかけていた。「もう大丈夫。あとはママがやっといてあげるから、泣かなくていいのよ。久しぶりのことでショックだったろうけど、もう忘れなさいね。」背中を母親の手でさすられながら、彼女は次第に落ち着きを取り戻していた。なんとか新しい下着を身に着けた彼女は、目をまっ赤に泣き腫らしながら、それでも涙は止まったようだ。
 夕飯までベッドで横になってなさい、という母親の言葉に従って自分の部屋に戻った彼女は、パジャマに着替えてからベッドの上に寝ころがった。眠さは感じなかったが、外出の疲れのためか、彼女の瞼が閉じスヤスヤと気持よさそうな寝息が聞こえてくるまでに長い時間は要らなかった。
 やがて目を覚ました彼女は、体にかけていたタオルケットを慌ててはらい落した。お尻にイヤな感触をおぼえ、その原因を確認しようとしたのだ。敷布団にクッキリとついている濡れた跡を見た彼女は、顔から血の気が退くのを感じた。そして、白くなった顔に赤味が戻ると、今度はその赤色が顔全体を覆っていた。顔だけではなく体じゅうが赤く染まるのを感じながら、彼女は右手をお尻に持っていった。右手の掌には、濡れた冷たい感触が感じられた。わざわざ手で確認するまでもなかっただろう、お尻と内腿は、目を覚ました時からその感触をずっと神経に伝えていたのだから。
 昼間の久しぶりのオモラシは、以外と深く彼女の心に影響を与えていたようだ。あのオモラシが引き金になって、オネショまでしてしまった。時間をおいて少し冷静になった彼女は、このことをなんとか自分だけで処理しなければならない、と思った。この年齢になって、濡らした下着の後始末を母親に頼めるわけがなかった。濡れたシーツと下着を紙袋に入れた彼女は、コインランドリーへ行こうと思い、自分の部屋から下の廊下につながる階段を静かに降り始めた。
 階段から廊下に足をおろした所で、母親と鉢合わせしてしまった。彼女の、わざとしたような静かな足音と持っている袋から、母親には大体の察しがついたようだった。もちろんパパには内緒にしておいてあげるから、という母親の言葉に説得されて、シーツと下着の洗濯を母親にまかせることにした。彼女の心に余計な負担を与えないためにだろう、母親は不要な言葉を一切言わずに事務的に処理を済ませていった。
 夕食を口にする気分にはとてもならなかった彼女だったが、お風呂にはなんとかはいった。二度も続いた不意のオモラシを洗い流すのが目的だった。漠然とだったが、お風呂で体を温めておいた方がオネショをしにくいだろう、と考えたことも理由のひとつだった。ゆっくりと体を湯船で温めた彼女は、バスタオルを体に巻きつけて自分の部屋に戻った。なるべく体を冷さないようにと長袖のパジャマを着た後、ベッドに入ろうと掛布団をめくった彼女は、そこに用意されているものを見て、惨めな気持を味わっていた。――敷布団の上に敷かれているのは、ピンクの生地に子猫がプリントされたオネショシーツだった。一〇年ほど前まで彼女が使っていたものを、母親が物置からでも探してきたものだろう。そして、そのオネショシーツの上に厚手のバスタオルが二枚、敷かれていた。自分がひょっとして今夜もオネショしてしまうかもしれない、と思うのと同様、母親もそう考えたのだろう。母親の心配を理解した彼女の心は、更に落ちこんでいった。
 それでも、一〇分ほど後には彼女の考えが変わってきた。確かにオモラシとオネショはしてしまった。だけど、私はもう高校生。こんなことが続く筈がないわ。そうよ、一応念のためにオネショシーツは敷いておくけど、これが濡れなければ、それでいいのよ。
 気を取り直した彼女は、お尻にゴワゴワした感触を覚えながら、ゆっくりと眠りに入っていった。
 目覚まし時計のベルが鳴る三〇分前に、彼女は目を覚ましていた。あまり本気でなかった心配が現実のものになっていた。ピンクのハート柄が描かれているパジャマの股間とお尻をグッショリ濡らしたオネショは、お尻の下に敷かれたバスタオルを通り越して、その下のオネショシーツまで届いていた。幸い敷布団は大丈夫だったものの、彼女の心はオネショと同じように冷たくなっていた。
 どうやって処理しようかと考えていた彼女は、ふいに聞こえてきたノックの音に体をビクッと震わせた。
「どうしたの。早く朝御飯を食べちゃってよ。夏休みだからって、あまりグズグズしないで。パパはもう、会社へ出かけたのよ。」ドア越しに聞こえてきた母親の声に、彼女は決心を固めた。今ごまかしてみても、解決にはならないだろうね。この調子じゃ、オネショがいつまで続くかわからないんだもの、正直にママに相談した方がいいのよ。
 彼女はドアを開け、母親を部屋の中に入れた。ベッドをちら、と見た母親は小さく頷いた。それは、そう、仕方ないわね、でも大丈夫ママに任せておきなさい、と言っているように彼女には思えた。怒るような素振りを少しも見せずに濡れたバスタオルとオネショシーツを手に部屋から出て行った母親の後姿を見送ってから、ジーンズとTシャツに着替えた彼女は、パジャマと下着をもって部屋を出た。
 お昼前、ちょっと買物に出るからお留守番をお願いね、と言って母親は出かけ、彼女は自分のために昼食の準備を始めた。やがてスパゲティだけの簡単な昼食をとった彼女は、自分の部屋に戻ってCDを聴き始めた。バラードっぽい作風のCDを二枚聴き終え、雰囲気を変えて、夏らしいソフトロックのCDをデッキにセットした。やや不安定なドラムスのリズムに合わせて腰を捻っている最中に尿意を感じた彼女は、部屋から出て階段を降り始めた。静かだった足音は、すぐに走り降りるような大きなものに変わっていた。尿意の高まるスピードが普通ではなく、階段の途中で我慢できなくなるのではないか、と思えるほど激しくなっていた。
 トイレの前に立った彼女だったが、その膀胱の筋肉は限界に達していた。前日と同様、トイレのドアを開けようとする姿勢のまま、オモラシをしてしまった。一旦出始めたオシッコを止めることはできず、出終わるまで、彼女にはどうすることもできなかった。永遠に続くのではないか、と彼女が思っているうちに、それでもやがて膀胱の満杯感がなくなっていった。濡れたジーンズは気持悪くお尻に貼りついていたが、ウロがきてしまった彼女の頭には着替えなければいけない、という考えも浮かばず、同じ姿勢のまま体を震わせていた。
 帰ってきた母親が彼女を見つけ、どうしたの、と声をかけると、やっと体を動かして母親に抱きついていった。オモラシで濡れたジーンズが母親のスカートにしみを作ったが、母親は意に介さず、彼女を抱きしめて頭を撫ぜていた。しばらくそうしていた母親は、徐々に彼女の目がいつもの輝きを取り戻してきたことを確認してから、彼女の体から手を離していった。
 廊下で彼女の衣類を全て脱がせ、オモラシの後始末を終えた母親は、全裸の彼女の手を引いて部屋に戻した。母親は整理箪笥から別のTシャツを取り出して彼女に着せたが、下着類を箪笥から取り出す様子は全く見せなかった。その後、ちょっと待っててね、と言って階段を降りて行った母親がもう一度部屋に戻ってきた時に持っていたのは、帰宅した時に持っていた紙袋と、もうひとつの紙袋だった。
「ねぇ、由美。あまり考えたくないことだけど、小さい時の癖が再発しちゃったみたいね。原因はわからないけど、それしか考えられないものね。」床に正座して彼女の目を正面から見ながら、母親は静かに言った。認めたくはないと思いながらも、彼女も小さく頷くしかなかった。頷いた後うつむいてしまった彼女に、母親は言葉を続けた。「それで、これを買ってきたの。見てちょうだい。」紙袋から取り出されたものが、由美の目の前に広げられた。
 なにげなく見た由美の目は大きく開いたまま、目の前のものに釘付けになっていた。そこに置かれたのは、紛れもなくオシメカバーだった。ピンクやレモン色、白地のものなど一〇枚ほどが並べられたもの全てが、そうだった。小花のプリントが施されたり、動物のアップリケがあしらわれ、裾にレースのフリルがついたそれらは、赤ちゃんに似つかわしい可愛らしいデザインだった。しかし、そのサイズは、それが赤ちゃん用のものでないことをハッキリ示していた。そう、オシメをあてた由美のお尻を包むのにちょうどの大きさに見えた。
 由美が顔をまっ赤に染めてオシメカバーに心を奪われている間に、母親は別の袋から数枚の布地を取り出していた。それらの布地にも、水玉や小動物、花や葉が描かれていた。その布地を、母親がオシメカバーの上に広げた。ひとめ見た由美は、その布地が何なのかを知った。輪になったその布地は、彼女が小さい頃、彼女の股間にあてられてオシッコを吸っていたものとそっくりだった。ただ、その頃に使っていたものよりも大きく見えた。
「昨日、あなたがオモラシとオネショを続けてしちゃったでしょ。それで、ひょっとして必要になるかもしれないなと思って、夕方スーパーで布地を買ってきて昨夜のうちに縫っておいたの。赤ちゃん用よりも大きくしておいたから、サイズは合うと思うわ。」一枚のオシメを手に持って、母親が言った。それから、オシメカバーを目で指して言葉を続けた。「薬局で病人用のを買おうかと思ったんだけど、可愛らしいデザインのが無いの。あなたも年頃の女の子だもの、可愛いい方がいいでしょ。だから、前にテレビだか週刊誌だかで見たお店へ行ってみたの。ちょっと恥ずかしかったけど、あなたのためだと思ったら勇気が出たわ。オネショ用なら二枚か三枚で足りるかな、って思ったんだけど、可愛いいからこんなに買っちゃった。でも、オモラシも始まっちゃったんだもの、これでちょうどみたいね。」
 いやだ、と拗ねてみても仕方がなかった。彼女のオモラシが治まらなければ、どうしようもないことだった。その日から彼女は、眠る時もおきている時も、ショーツの変わりにオシメとオシメカバーを着けて暮らすことになった。洗濯したオシメは部屋に干すつもりだったが、数が思った以上に多くなってしまうため、他の洗濯物と一緒に庭に干されることになった。そのために何日か後には父親もその事実を知ったが、彼女の気持を察してか一言もふれなかった。




「私にお姉ちゃんがいるのは、知ってたっけ?」由美は、綾子に尋ねた。
「うん、きいたことがあるよ。確か、お姉さんは早くに結婚して、ちょっと離れた所に住んでたんじゃなかったっけ。」綾子は、思い出したように答えた。「そのお姉さんの下に、兄さんがいるんだよね。京都の大学に行ってるんで、一人で下宿暮らしだ、ってきいた。」
「そうそう、よく覚えてるのね。そのお姉ちゃんが昨日まで、子供をつれて泊まりにきてたの。その子のオシメなのよ。」由美はなんとか思いついた話を綾子に聞かせた。
「ふーん、そうなんだ。でも、赤ちゃんにしたら、枚数が多いみたいねぇ。あんなに汚しちゃうの?」綾子は何気無く思いついたことを口に出しただけだった。しかし、その言葉は由美の心に深くつき刺さった。ありえないことだけど、綾子は本当のことを知ってるんじゃないか、という不安が彼女を襲った。
「お昼よー、平田さんも一緒に召しあがるでしょ。一緒に降りてきてぇ。」階下から、母親の声が聞こえてきた。なんとなくホッとした由美は、綾子を伴って部屋を出た。
 冷し素麺とちらしずしの昼食を食べ終えた三人はお茶を飲みながら、ダイニングルームのテレビを観ていた。綾子がワイドショーに夢中になっているのを確認した由美は、静かに立ち上がった。
「ごめん、先に部屋に戻るから、綾はテレビを観てて。宿題は急がないんだし、そのワイドショーが終わってから始めましょ。」由美は綾子にそう言いながら、母親に目で合図した。――部屋でオシメを取替えるから、その間、綾子を引き止めておいてね。母親が、わかった、と合図を返してきた。
 急いで床にオネショシーツを広げ、その上にお尻を置いた由美は、オシメカバーの腰紐を解き、裾ボタンとマジックテープを外し始めた。オシメカバーの前当てを開くと、グッショリ濡れて冷えたオシメが目に入る。濡れたオシメを剥ぎとって、タオルで股間を拭いた。箪笥から水玉模様のオシメを一組取り出してオシメカバーの上に広げてお尻を置き、腰から腿にかけてベビーパウダーをふった。この暑い時に厚いオシメカバーで包まれたお尻は、ちゃんとしておかなければ、すぐにオムツかぶれができてしまう。
 オシメに包まれたお尻を更にオシメカバーで包み終えた由美は、スカートをはきながら汚れたオシメをどこに隠したものか考えた。普段なら、ビニール袋に入れて洗濯機の所へ持って行くのだが、綾子が来ている今日は、それはできない。いつ見つかるかもしれないんだから。来るなら来る、って前の日にでも電話くれればいいのに。急に来て一緒に宿題やろうなんて、と心の中でぶつぶつ言いながら、とりあえずオネショシーツと濡れたオシメの入った袋をベッドの下に隠した。
 こんなものかな、と周囲の状況を確認し終えた由美は、なにげなく窓際に近づいた。窓から庭を見下ろした彼女は、息の止まるような光景を見た。綾子が洗濯物の近くに立ってオシメをしげしげと観察している。
 由美は慌てて階段を降り、ダイニングルームへ行った。流し台で洗いものをしている母親に向かって、思わずとがった声を出してしまう。「どうして、綾子が庭にいるのよ?」
「だって。観てたワイドショーは終わっちゃうし、部屋へ戻ります、って言うから散歩を勧めたのよ。庭でも散歩して、池の鯉でも見てらっしゃい、って。」母親は、由美の剣幕に少し驚いたように答えた。母親にしても綾子が洗濯物の所へ行っているとは、思ってもみない。母親には責任は無い、とわかっていながら腹を立てた自分に呆れた由美は、なんとか平静を装いつつ綾子に近寄った。彼女の気配に気付いた綾子が振り返った。
「ねぇねぇ、由美。このオシメなんだけどさぁ、だいぶ大きいと思わない?」ちょっと不思議よね、という表情を顔に浮かべた綾子が、何かを指差しながら彼女に同意を求めてきた。「普通、もっと小さかったんじゃなかったっけ?」
 そうだったかしら、と曖昧に答えながら、彼女は息の止まる思いがした。綾子の人差指が指しているのが、オシメではなくオシメカバーだということに気付いたからだ。オシメは庭に干しても、オシメカバーは家の中に干すようにしていた筈が、どれかの洗濯物に紛れて庭に持って来られたのだろう。そして、母親もうっかりと干してしまったようだ。オシメなら多少大きくても、ごまかしようが有るものだが、オシメカバーではそうはいかない。赤ちゃん用と大人用とでは、一目でその違いがわかってしまう。姉の子が遊びに来ていた、というのが嘘だと、綾子にはわかってしまっただろう。
「仕方ないようね、由美。」不意にうしろから、声が聞こえてきた。思わず振り返った由美の目に、母親の顔が映った。由美がダイニングルームからとび出してくる時に一緒についてきていたのだろうが、興奮している彼女にはそれがわからなかったようだ。「平田さんには、本当のことを打ち明けておいた方がいいかもしれないわ。夏休みが終わって通学を始めた時、事情を知ってる友達が一人でもいてくれれば、ずいぶん助かるんじゃないかしら。」
「でも…」と言いかけた由美だったが、思い直した。確かに、学校では一人ではどうしようもない事態が起こるかもしれない。そんな時、助けてくれる人間が全然いないのと、一人でもいるのとでは、全く違った展開になることだろう。それには、綾子は適任かもしれない。「そうみたいね、ママ。私が直接、綾子に説明した方がいいでしょうね。」
 その場で、小一時間もかけて今までのことを説明する間、綾子は黙って聞いていた。由美がオモラシをしてしまうためにオシメが必要だと聞いた時には、心の底から驚いたような顔をしたものの、由美を蔑んだり馬鹿にしたような表情は、最後まで浮かばなかった。そんな綾子の顔を正面から見ていた由美は、正直に説明してよかった、と素直に感じた。綾子なら私の力になってくれる、と強く信じることができた。
 部屋に戻った由美は恥ずかしさを我慢しながら、オネショシーツを床に敷いた。どんなふうにオシメをあててるのか見てみたい、という綾子の言葉に従うためだった。全てを説明した後では、拒否する理由もなかった。いっそ、ありのままを見てもらった方がすっきりするんじゃないだろうか、と思った由美はオネショシーツの上でスカートを脱いだ。覚悟はしていたものの、実際にその姿を同級生の前にさらした由美は、顔が赤く燃え上がるのではないかと思えるほどの羞恥を感じていた。顔をまっ赤に火照らせているのは、綾子も同様だった。羞恥のそれではなかったが、同い年の少女がオシメをあてている姿は、綾子を強く上気させていた。
 綾子は、つい、人差指で由美の部分をオシメカバーの上から押してみた。ビクッと体を震わせた由美は、閉じていた目を更に強く閉じた。由美のその表情が、知らぬまに綾子を興奮させていた。左手で由美のTシャツを首まで捲り上げ、人差指と中指との間で左の乳首を軽くころがすと同時に、右の乳首を口に含んだ。優しく吸った後、舌の上で乳首をころがすように愛撫する。右手は、最初のうちこそオシメカバーの上から部分を刺激していたが、いつかウエストからオシメカバーの中に差し入れられ、その指が最も敏感な処を優しく撫ぜまわしていた。
 由美は喘ぎ声をあげて体を弓のようにしならせ、両手を綾子の背中にまわしていた。その由美の掌が綾子の乳房を覆って揉みしだこうとする頃、綾子の唇と由美の唇は重なっていた。唾液の糸をひきながら綾子の唇が由美の唇から離れようとした時、綾子は右手に、或る感触を感じた。オシメカバーから右手を抜いた綾子が、顔を由美の股間に近付けてみると、小さく小川のせせらぎに似た音が聞こえてきた。

 綾子の手でオシメを取替えられる間、由美はおとなしくしていた。既に、由美にとって綾子は同級生ではなくなっていた。姉か母親に近い存在として、由美には感じられるようになっていた。綾子から見た由美は、同様にクラスメートではなく、自分がいなければ何もできない幼児だった。いや、幼児なら自分でトイレにでも行けるかもしれないが、由美は、排泄さえコントロールできない乳児のように思えた。
 その後、夏休みが終わるまでに綾子は由美の家に三度遊びに立ち寄った。その度に、由美は綾子に甘え、まとわりついていた。そして、オモラシしたことを全く隠さず、綾子に報告した。綾子もそんな由美を邪険に扱わずに、優しくオシメを取替えてやっていた。時には庭の芝生の上にバスタオルを敷いて、その上でオシメを取替えることさえした。由美の母親は、そんな二人を静かに優しく見守っていた。


 やがて夏休みが終わって、二学期が始まった。由美のオモラシが級友逹に知られることもなく、平穏に何日かが過ぎていった。
 そして、家庭科の授業。
「それでは、夏休みの作品を提出して下さい。」四〇歳前の家庭科の教師が、クラス全員に家庭科室の教壇から言った。まだ独身だと噂に聞いたことはあるが、由美は事実を確認したこともない。
 特に決まった順番ではなく、氏名を縫いつけた袋に入れた作品を教壇横の箱に皆が入れ終えた。
「一学期は裁縫を主に行いましたが、今学期は育児を主に扱うことになります。みなさんも、法律の上では結婚が許される年齢になっているのですから、すぐにでも必要になるかもしれません。心して授業に取り組んで下さい。」教師は前説を述べた。どこからか、先生にはまだ必要ないんですか、という声がとんだが、教師はそれを無視した。「うしろの棚に、実習用の人形があります。各班の代表者は、それを持ってきて下さい。」
「先生、待って下さい。」綾子が手を挙げて、教師の言葉を遮った。「人形なんかじゃ本当の育児の勉強なんて、できないと思います。動いてる赤ちゃんで実習してこそ、いろいろとわかるんじゃないでしょうか。」
「えーと、平田さんですね。そう、平田さんの言う通りだとは私も思います。でもね、高校の育児実習に赤ちゃんを貸してくれるようなお家があると思いますか? もしも貸してもらえたとしても、事故を起こしたらどうすることもできないのよ。もう少し、現実を見て下さいね。」教師は、綾子をやんわりとたしなめた。
「先生のおっしゃることはわかります。だから私は、『本当の赤ちゃん』じゃなく『動いてる赤ちゃん』と言ったつもりです。」綾子が反論しながら、由美を意味ありげな目付きで見た。それに気付いた由美は、思わず身震いした。
「それは、どういうことかしら…」教師は明らかに戸惑いの表情を見せて、小首をかしげた。「平田さんの言ってることがわかりにくいんだけど。」
「それじゃ、具体的に言います。私の班の柏木由美さんを赤ちゃんに見立てて、育児の授業を進めて欲しいんです。」綾子は人差指で由美の顔を指した。突然、何を言い出すのだろうと困惑の表情を浮かべたのは、由美と教師のふたりだけだった。他の級友逹は綾子の言葉に賛成するかのように、小さく頷きあっていた。その中の何人かは小声でしゃべり合いながら、どういうつもりか由美の方を指差したりしていた。
「それは…」教師はますます困惑したように、考え考え言った。「そのことは…柏木さんも納得してるの?だいたい、どうして柏木さんなの?」
「柏木さんの気持はまだ確認していませんけど、多分OKしてくれると思います。それに、この意見は私だけのものではなく、クラスみんなのものです。それから、柏木さんを指名した理由ですけど、彼女にはオモラシの癖があって、今もセーラー服の下にはオシメをあてています。そんな彼女だから、赤ちゃんとしてちゃんと振る舞ってくれると思います。」綾子の言葉を聞いた由美は、一瞬何を言っているのか理解できなかった。その後、綾子が自分のことを理解し、庇ってくれるとばかり期待していた由美は、目の前がまっ暗になるような気がした。
「どう、由美? 赤ちゃんの役、やってくれるでしょ。」綾子は、今度は由美に向かって言った。
「好きなようにすればいいじゃない。」どうとでもなれ、と思った由美は何の感情も持たない声で答えた。そんな由美の返事に対して、成り行きにのみこまれた教師は、おやめなさいという声を出すことができなかった。ただ、必要な備品が無い、と言うのが精一杯だった。「あのね、平田さん。例え柏木さんが了承しても、この家庭科室には、そんな大きな赤ちゃん用のオシメも服も無いわ。だから、無理なんじゃないかしら。」
「それなら大丈夫です。オシメは、彼女のバッグに替えのが入ってますし、予備に私が預かってるのも有ります。服は――さきほど提出した夏休みの作品を見て下さい。」綾子は、そう反論した。
 怪訝な顔をしながら綾子の言葉に従った教師は、箱の中からひとつの袋を取り出して封を解いた。口の開いた袋から取り出したものを教壇の上に広げてみて、教師はなんともいえない顔をした。それは、赤ちゃんが遊び着として着るロンパースだった。ベビーピンクの生地でできたそのダルマロンパースの裾と肩紐のまわりにはレースのフリルがあしらわれ、とても可愛らしく仕上がっていた。しかし、そのロンパースには決定的な間違いがあった。どんな赤ちゃんにも、それは大きすぎて着ることができないように見えた。ただ、赤ちゃんの体格が一七歳の女子高生なみなら話は別だ。つまり、そのロンパースは最初から由美に着せる目的で作られた、と考えるしかないものだった。
 教師は、別の作品も見てみた。ベビードレス、カバーオール、よだれかけ、ベビー帽子等のベビー服が全て揃っていた。そのどれもが、由美のサイズに合わせて縫製されていることはハッキリしていた。

 何人かの手でベッドの上に寝かされた由美のセーラー服は、たちまち脱がされた。その下に着けていたブラウスやブラジャー、ソックスは言うに及ばず、オシメとオシメカバーも剥ぎとられて全裸の状態にされていた。別の生徒が教師の手を引いて連れて来、ベッドの横に立たせた。
「さぁ、先生。赤ちゃんが裸で待っています。どうすればいいのか教えて下さい。」綾子が教師を急がせた。覚悟を決めた教師は、テキストに沿って授業を進めることにした。「この赤ちゃんはお風呂からあがったばかりだと仮定しましょう。お風呂のいれ方については、来週の授業ででてきます。さて、先ず体の拭き方ですが……」
 由美は教師の手で、あるいは級友の手で体を拭かれた後、ベビーパウダーを全身にふられた。お尻はオシメとオシメカバーに包まれて、大きく膨れた。その上に、薄い黄色の生地にレモン色の刺繍を施されたカバーオールを着せられ、さくらんぼの刺繍があしらわれたソックスを履かされた。よだれかけを着けられる時には少し抵抗したものの、数人の手におさえられ、ヨチヨチ暴れないでね、と幼児のようにあやされていた。白地に小花の刺繍とフリルがデザインされたベビー帽子の紐が首で結ばれると、由美の格好はどこから見ても一歳そこそこの赤ちゃんだった。
 両手にミトンを着けられた時、終業を知らせるチャイムが鳴った。
「先生、いずれ提出し直しますから、夏休みの作品は一旦返していただきます。そうでないと、この赤ちゃんの着るものが無くって風邪をひいちゃいますから。」綾子が、ベッドの上に寝ている由美を見下ろしながら教師に言った。
「だって、今日の授業は終わったのよ。柏木さんをもとに戻してあげないの?」教師が小さな声で言葉を返した。
「いいんです。このまま、私たちの赤ちゃんとしてずっと育てます。育児でわからないことが出てきたら、尋ねに来ます。その時はよろしくお願いします。――そういう訳で、私たちのクラスの授業では人形は今後も要りませんから。」綾子が教師に説明していた。数十人の学生に囲まれた(しかも、このクラスに理事長の孫娘が居ることを校長から知らされている)教師には、頷くことしかできなかった。綾子が何かを思いついたように言葉を続けた。「そうそう、このベッドをお借りしますね。近いうちにお返ししますから。」
 ベッドの脚に付いているキャスターのロックを外せば、上に由美がのっていても、三人で押して動かせた。階段には多少の難儀があったものの、クラス全員がまとまれば、それも小さな問題だった。ただ、その上に大きな赤ちゃんをのせて動くベッドは通路沿いの教室の注目を集め、野次馬が移動の最大の障害物になっていた。
 家庭科室を出てから二〇分をかけて、そのベッドは教室に入った。普通なら次の授業が始まっているところだったが、幸い、家庭科は四時間目の授業であり、今は昼休みの最中だった。ベッドを教室の一番うしろに据え付けた後、しかし、昼食を食べようとする者はいなかった。皆がベッドの周りにワッと集まった。級友逹にとって、由美はかっこうのおもちゃになっていた。生きているミルク飲み人形であり、生身の着せ替え人形だった。多くの好奇の目に囲まれた由美は、思わず涙をこぼしてしまった。
「ヨチヨチ、大丈夫よ。何も怖くないんですよ。」綾子が由美の枕許に立って、あやし始めた。どこから取り出したのか、おしゃぶりを由美の口にくわえさせ、手にはガラガラを持たせた。おしゃぶりをくわえた由美は、思わずチュウチュウと音を立てて、それを吸ってしまった。それを見た級友逹は由美が泣いている本当の理由をわざと無視して、お腹がすいて泣いているのよ、そうよお昼を過ぎてるもの、などと口々に勝手なことを言い合っていた。誰かが、哺乳瓶に入れたミルクを持ってきて、由美の口にくわえさせた。それまでの騒ぎに喉が乾いていた由美は、それを力一杯飲み始めた。二〇〇 を一気に飲み終えた由美は大きなゲップをし、級友の一人が由美の背中をさすった。それは、教科書通りの育児光景だった。
 やがて始業のチャイムで、五時間目の授業が始まった。若い男性の数学教師が教室を見渡し、柏木さんは欠席ですか、と由美の机を指差してクラス委員に尋ねた。
「柏木さんなら、ほら、あそこです。」クラス委員は立上り、教室のうしろに据えられたベッドを指差して答えた。一瞬怪訝な表情を浮かべた教師だったが、すぐに、ああそうでしたね、と納得したように返事していた。前もって、家庭科の教師から連絡を受けていたのだろう。
 教師が黒板にいくつかの図形を描き終えた時、教室のうしろから小さな電子音が聞こえてきた。プププ……。それが由美のいるベッドからだと教師が気付いた時には、その音はほんの少し大きくなっていた。
 綾子が立ち上がってベッドの横へ行き、手招きで教師を呼んだ。何事か、と教師が綾子の横に立つと同時に、一人の生徒が何かの布地が入ったバスケットをベッドの上に置いていた。
「先生、この音が何かご存じですか?」綾子が尋ねる。
「いや、見当もつかない。ただ、このベッドから聞こえてくるところから判断すると、柏木さんに関係しているのかい?」
「そうです。音の正体は、これ。」綾子はベッドの下に取付けられた箱のようなものを指差して、教師に教えた。「柏木さんにオシメをあてる時、小さなセンサーを一緒に入れておいたんです。軽くて小さなものだから、柏木さんは気付いてないでしょうけど。そのセンサーが一定以上の水を感知すると、この本体から音が出るようになってるんです。つまり、オシメが濡れちゃったことを知らせてくれるようになってるわけです。」
 教師がふとベッドの上を見ると、由美は顔まで掛布団で覆っていた。この装置のためにオモラシをしたことがすぐに級友逹に知られてしまったのだ。しかも、若い男性の教師にまで。由美にしてみれば、布団に隠れてすむような羞恥ではなかった。それでも、そうするより他にできることもなかった。
「ですから、先生。柏木さんのオシメを取替えてあげて欲しいんです。新しいオシメはそのバスケットに入ってますから。」
「いや、しかし。そういうことは、君たちの誰かがしてあげることじゃないのかね。」
「あら、冷たいんですね。例えば、生徒の誰かが怪我をした時も、同じことをおっしゃいますか?」
「…それと、これとは…」
「でも、よろしいんですか? この音は、だんだん大きくなりますよ。この音を止めるには、濡れたオシメを外すしか方法が無いんですよ。それとも、この音で授業が中断されたままでも構わない、とおっしゃるんでしょうか?」そう言った綾子は、一人の生徒の方に顔を向けて言葉を続けた。「ねぇ、里美。数学の先生が『授業を中断させることも仕方ない』っておっしゃってたことを、お爺様に報告しておいてよ。あなたのお爺様は、この学校の理事長だったわよねぇ。」
 それは…、と言い澱んだ教師を強引に由美の足の方に立たせた級友逹は、由美を覆っている掛布団を剥いだ。目を固く閉じ、まっ赤に染まった顔は、今にも泣きだしそうな表情を浮かべていた。なるべくその顔を見ないようにしながら、馴れない手付きで、教師はカバーオールの股ボタンを外し始めた。生徒達の指示に従ってオシメカバーのボタンを外すと、グッショリ濡れたオシメが目に入る。慌てて横を向いたが、水玉模様のオシメは教師の目に焼き付いてしまった。横を向いたままじゃ続きができないでしょ、と声がかかり、仕方なく由美の股間に視線を戻す。濡れたオシメを外し終えた教師はなるべく目を開けないようにしながら、手渡された新しいオシメを由美のお尻の下に敷きこみ、お尻を包んでいった。オシメカバーの腰紐を結んでからカバーオールのボタンを閉じ終えると、周りから大きな拍手が起きた。
 やればできるじゃない、とか、いつ結婚しても大丈夫よ、といったひやかしの声を背中に受けて教師が教壇に戻った時、チャイムが終業を知らせた。

 六時間目の授業とホームルームをなんとか終えた由美は、やっとセーラー服に着替えられると思った。しかし、綾子が用意している物を見た時、由美の心は再び冷たくなっていった。
「準備できたわ。由美ちゃん、これに乗って帰りましょうね。」綾子は、大きなベビーバギーの組立を終えて言った。級友逹の手でベッドから降ろされた由美は、抵抗するまもなく、そのベビーバギーに乗せられていた。三本のベルトは、どう頑張っても自分の力だけではそこから降りることができないように体を固定していた。
 廊下では綾子の手で押され、階段では何人かの級友逹の手に持ち上げられて、由美を乗せたベビーバギーは正門へ進んで行った。その間、それを目にした生徒の口々からはいろいろな言葉が囁かれ、由美の耳にも届いていた。

 正門の前には、一台のワンボックス・ワゴン車が駐まっていた。やっと目を開けた由美がどこかで見たような車だな、と考えていると、ドアを開けて由美の母親が運転席から降りてきた。綾子逹が由美を後部座席に座らせている間に、由美の母親はベビーバギーを折りたたんで、荷物室に積みこんでいた。綾子が由美の隣に座ってドアを閉めると、母親の運転する車は由美の家に向かって静かに走り始めた。
「どういうことなの、ママ? ママは何か知ってるんでしょ。」あまりにもテキパキした母親の行動に、何かを仕組んだか知っている筈だと感じた由美は、運転席の母親に声をかけた。
「詳しいことは、お家に帰ってからにしましょう。それよりも、隣の車を見てごらんなさい。三歳くらいの子が、あなたに手を振ってるわよ。赤ちゃんをあやしてあげよう、って思ったのかしら。」母親の言葉に、由美は隣の車線で並んで信号待ちしている車の方を見た。確かに、三歳くらいの女の子が盛んに手を振っていた。そして、その子を膝の上に抱いた母親らしい女性と、運転席の男性が好奇の目を由美に向けていた。その視線に気付いた由美は、慌ててカーテンをひいて窓に目隠しをした。
 家についた由美は、廊下に置いてあった大きな歩行器の中に座らされた。やや窮屈なそのサイズのため、一旦座ってしまえば、自分では降りることができなかった。歩行器に乗せられたままでリビングルームまで連れて行かれた由美は、母親と綾子から交互に説明を受けた。それは、由美が想像もしなかった内容だった。
「あなたがオシメをあててることを平田さんに打ち明けた次の日ね、あなたに内緒で平田さんと会ったのよ。」先ず説明を始めたのは、母親だった。「いくら平田さんが協力してくださっても、学校のお友逹に内緒で通せるかしら、ってね。」
「私も、それが不安だったわ。」綾子が続ける。「体育の着替えもあるだろうし、いつどんな状況で知られるかもわからないもの。それで、下手に内緒にするよりも、いっそ先にクラスのみんなにばらしちゃったらどうだろうと思ったの。
 由美のオシメ姿を見た時、ちょっとは驚いたけどそれ以上に、なんて可愛いいんだろうって思ったの。ちょっと小柄なあなたが可愛いいオシメカバーを着けてる格好は、抱きしめたくなっちゃうほどだったのよ。だからクラスのみんなにしても、由美のそういう姿を見れば、馬鹿にするんじゃなくて、かわいがってくれると思ったのよ。実際、今日もそうだったでしょ。少しは好奇心いっぱいの子もいたけど、殆どは愛しそうな目だったことに由美は気付かなかった?
 お母様とそういう方向でいくことを決めた後、私はクラスのみんなに電話したの。事情を簡単に説明して、由美のサイズに合わせたベビー服を作っておいてちょうだい、って。夏休みの作品を仕上げてない子が殆どだったから、みんな、それを作品にする、って言ってわ。
 そして、今日それを実行したの。あなたに相談しても、イヤだ、って言われるのが目に見えてたから強引にやっちゃったの。それについては謝るわ。ごめんなさい。」
「…そう、大体わかってきたわ。でも、数学の授業のあれは、どういうつもりだったのよ。わざわざ男の先生に私のオシメを取替えさせることなんて、ないでしょうに。」由美は、ちょっとばかり腹を立てながら尋ねた。
「あれは、ね。一種のショック療法みたいなものなの。クラスのみんなが由美を赤ちゃんみたいにかわいがっても、由美がそれを嫌がっちゃ何にもならないでしょ。それで、強烈なショックを経験させて、由美の心を強引に赤ちゃん返りさせようと思ったのよ。由美にもショックだったろうけど、あの先生にも可哀想なことしちゃったかな、って今になると思うわ。とにかく、悪気はなかったのよ。それはわかってちょうだい。」
「そうよ、由美。ママが頼んで、平田さんに恨まれ役になっていただいたんだから。」母親が、綾子を助けるように言葉を引き継いだ。「由美が赤ちゃんに戻ったら楽しいだろうな、とはママも思ったの。だから、大きなベビーバギーや、今乗ってる歩行器を特注で作ってもらったのよ。明日からも、学校までは車で送ってあげるから、門から中はベビーバギーに乗せてもらってね。」

「そろそろオシメが濡れてる頃でしょ。取替えようね。」綾子はそう言うと、母親と協力して由美を歩行器から降ろした。まぁたくさん出ちゃったのねぇ、と言いながらオシメカバーを開く綾子の顔が母親の顔と重なって見えた。
 自分にはたくさんの母親ができたんだ、という思いが温かい空気のように、由美の胸いっぱいに広がっていった。綾子にオシメを取替えられながらニコニコと笑っている由美の目に、大きな入道雲が映っていた。



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