ちょっとあぶない夏休み

ちょっとあぶない夏休み



「――だから、まず、関数fそのものを変数とみなしてfについて微分方程式を解くのよ。そのあとで、fに含まれる変数xを……こらこら、何をぽけーっとしてるのよ。ここ、大事なとこなのに」
 気が遠くなるような長い数式をさらさらとノートに書きつけながら淀みなく説明を続けていた香山昌美が、すぐ横でぼんやりしている斎藤久美のおでこを鉛筆でぴんと叩いた。
「あ……」
 それで我に返った久美は、慌ててノートに目をやった。
「どうしたのかしらね、優等生の久美ちゃんが私の説明を知らんぷりでぼんやりしてるなんて?」
 さっきまでの堅い声とはうってかわって、昌美は久美の耳に唇を寄せてねっとり絡みつくように言った。
「わかってるわよ。――しちゃったんでしょう?」
 昌美が耳元でくすっと笑った。
 久美は顔を赤くして小さく頷いた。
「やれやれ。高校生にもなって恥ずかしくないの? それも、学校じゃ優等生でとおってる久美ちゃんが」
 昌美はからかうような口調で言った。
「先生のいじわる」
 久美は拗ねたように言ってプイと横を向いた。けれど、その顔には満更でもなさそうな表情が浮かんでいる。
「それじゃ、少し早いけど休憩にしましょう。このままじゃ勉強にも身が入らないでしょうからね」
 昌美は久美の耳元から口を離して、正面から顔を覗きこんだ。
「うん……」
 久美は、はにかんだような表情で頷いた。
 久美の返事を聞いた昌美はすぐに立ち上がって、床の上に大きなタオルを広げた。それを横目で見ていた久美が恥ずかしそうな、だけど、どことなくうっとりしたような表情でますます頬を赤くする。
「いいわよ、横になってちょうだい」
 タオルのシワを広げてから、昌美は久美を呼んだ。
 久美は、教科書やノートが広がっている座卓の前から離れて、昌美が準備したタオルの上におずおずとお尻をおろすと、座布団を枕にして体をゆっくり倒した。膝上ン十センチというミニのスカートが僅かに広がって、中の下着が見えそうになっている。
「始めるわよ」
 昌美は久美の両脚を少し広げさせてその間に膝をつくと、スカートの裾を持ち上げて、そのままお腹の上まで捲り上げた。
 スカートの中から現れたのは、高校生の女の子が好んで穿くような可愛いいショーツなんかじゃなく、淡いピンクの生地に子熊のアップリケをあしらった、赤ん坊のお尻を包むようなおむつカバーだった。もちろん、高校生の久美のお尻を包みこんでいるのだから赤ん坊のおむつカバーではないけれど、大きささえ気にしなければ、赤ん坊が使うおむつカバーそのままだった。
「いつ見ても可愛いいわね、久美ちゃんのおむつ姿は」
 昌美が悪戯っぽく言った。
 久美は目の周りをほんのりピンクに染めて、瞼をぎゅっと閉じた。
 昌美はすっと目を細めると、久美のおむつカバーに指をかけてマジックテープを剥がし始めた。ベリリッと意外に大きな音が耳に届いて、久美をますます恥ずかしくさせる。

 おむつカバーの前当てが久美の両脚の間に広がって、横羽根に押えられた水玉模様の布おむつが見えた。微かに黄色に染まって、久美の股間を覆い隠している。
 昌美は、マジックテープで留められている横羽根を外してから、ぐっしょり濡れた布おむつの端を持ち上げた。久美の白い肌にべっとり貼り付いていたおむつがおむつカバーの上に重そうに広がった。
 昌美は久美の足首をつかんで高く持ち上げた。久美のお尻が僅かに床から浮いた。昌美は濡れたおむつを手早くどけると、くるくる丸めてタオルの隅に押しやった。それから、座卓の下に置いてある衣装篭を引き寄せて、その中にきっちり折りたたんで重ねてある布おむつを一枚ずつつかみ上げては、久美のお尻とタオルの間に丁寧に敷きこんでいく。柔らかい布おむつが敷きこまれるたびに久美は僅かに体を震わせて、掌をぎゅっと握りしめた。
 おむつを六枚、久美のお尻の下に敷きこんでから、昌美はそれまで高く持ち上げていた足首をそっとおろして新しいおむつを両脚の間に通すと、左右に広がった横当てをおヘソの下に重ねた。それから、おむつカバーのマジックテープを丁寧に留めていく。
「いいわ、できたわよ」
 赤ん坊にするように、おむつで膨れた久美のお尻をぽんと優しく叩いてから、昌美はスカートの乱れを直してやった。
 短いスカートの裾からおむつカバーのピンクの生地がほんの少し覗いているのが可愛らしく思える。
 のろのろと体を起こした久美は、おむつのせいで不自然に膨らんだスカートの裾を盛んに下の方に引っ張っては、もうおむつカバーが見えてないかどうか何度も何度も確かめるように目をきょときょとさせた。
「大丈夫よ、久美ちゃん。だいいち、ここには久美ちゃんと私しかいないんだから、少しくらい見えててもいいじゃない」
 久美の様子を眺めていた昌美がおかしそうにくっくっと笑って言った。
「だって、恥ずかしいじゃないですか。赤ちゃんじゃないのにおむつなんて……」
「そうよね、私もそう思うわ。赤ちゃんでもないのにおむつをあてて、しかも、そのおむつを濡らしちゃうなんて、とっても恥ずかしいでしょうね。――うふふ。そんなに恥ずかしいのなら、おむつを外しちゃおうか?」
 昌美は笑いながら、わざと意地悪そうに言った。
「そんな……」
 恥ずかしいと言いながら、外しちゃいなさいよと言われると久美も困ってしまう。病気というわけでもないし、行こうと思えばちゃんとトイレへも行けるんだけど、おむつを外すというのは……。
「そうよね、久美ちゃんはおむつが好きなんだものね。赤ちゃんみたいにおしっこでおむつを濡らすのが大好きだから、おむつを外すなんてイヤよね?」
 昌美は、あらためてにっと笑いかけた。
「で、でも……こんなことになっちゃったのは先生のせいなんですからね」
 言いながら、真っ赤な顔でうつむく久美だった。
 そう。久美がおむつを外せないでいるのは、久美自身がおむつを好きになってしまったからだった。そして、高校二年生の久美がおむつを好きになってしまったのは昌美のせいだった。

 それは、三週間前のこと――。




 ピッポッパ。久美の指が電話のプッシュボタンをリズミカルに押していく。
 トゥルルル。トゥルルル……。
 五回めの呼び出し音の後で相手が出た。
『はい、香山です』
 受話器から昌美の声が聞こえてくる。
「あ、先生。斎藤です――斎藤久美」
『ああ、斎藤さん。どうしたの、授業でわからないことでもあったの?』
 昌美は有名私大の三年生で、久美が高校に入学した時から久美の家庭教師をつとめている。週に三日、久美の家へやってきて英語と数学を教えているのだが、授業でわからないことがあれば指定の日以外でも気軽に電話で教えてくれるので、久美も随分と助かっている。
「うん、そうなんですけど……英語と数学以外のことでもかまいません?」
 久美はちょっと言いにくそうに応えた。
『いいわよ。私にわかることなら、なんなりと。古文? それとも政治経済?』
「それが……家庭科なんです」
『家庭科?』
 昌美は少し驚いたような声で訊き返した。
「うん、家庭科。家庭科の中の保育のことでちょっと……」
『でも、大学受験には家庭科なんて関係ないわよ?』
「ええ、それはわかっています。わかってるけど、一つでも苦手な科目があるのはイヤだから……」
 そこまで言って久美は口ごもった。小さい頃から負けず嫌いな性格で、久美は小学校の頃から少しでも苦手な科目があると苛々して、友達と遊ぶ約束をしたことも忘れて勉強机に向かうことも少なくないような子供だった。そのため、友人からは「久美は優等生だからね」と皮肉っぽい声をかけられることも珍しくない。そんな言い方をされるのがイヤで、久美は自分の性格をうっとおしく思うことも多かったのだが、今更どうすることもできない。
『うふふ。そうね、斎藤さんはそういう子だものね。――で、保育の授業で何がわからないの?』
 そんな久美の性格をよく知っている昌美は、ちょっと笑って言った。
「あの、わからないっていうか……教科書を読めばちゃんと説明も書いてあるし、理屈ではよくわかるんですけど……」
『……どういうこと?』
「あの、だから……実技がうまくできないんです。教科書の説明図を見てわかったつもりになっても、いざ実際にモデルの人形を相手にすると手順も何もこんがらがっちゃって……」
『実技?』
「はい。――家庭科で、二周間ほど前から保育関係の授業が始まったんです。最初のうちは教科書が中心の授業で、それなら私も得意だったんですけど、赤ちゃんの人形を相手にする実技もだんだん入ってきて、あの、抱き方とかお風呂の入れ方くらいならどうにかなったんです。でも、おむつのあて方とかになると、男の子と女の子とでも違うし、月齢によっても少しずつ変えなきゃいけないしで、それは理屈としてはわかるんだけど、どうしてもうまくできなくて……」
 日頃の久美に似合わず、少しばかりしどろもどろになりながらの説明だった。よほど、保育実技が苦手なんだろう。
 いつも冷静な久美がどんな困った顔をして人形の相手をしているのかふと想像して、昌美はくすっと笑ってしまった。
『いいわ、わかった。でも、実技となると、いくら電話で説明してもわかってもらえないかもしれないわね。――明後日でよければ、私にできる範囲で教えてあげられるけど』
「でも、明後日は日曜日ですよ。先生だっていろいろスケジュールがあるんじゃないんですか?」
『いいわよ、そんなこと。可愛いい教え子のためなんだから。それよりも、いつもみたいに私が斎藤さんのお家へ行けばいいんだけど、ちょっと準備しておく物があるから私のマンションへ来てもらえる? 午前の十時頃でどうかしら』
「わかりました。それじゃ、明後日の十時ごろに行きます」
『じゃ、待ってるわ』
 そう言って昌美は受話器を置いた。

 翌々日、約束の時間よりも少しだけ遅れて久美は昌美のマンションへやって来た。
 昌美は久美を招き入れて、ダイニングを兼ねたリビングルームへ案内した。
「あ……」
 リビングルームに足を踏み入れた久美は、ソファの上に寝転がっている人形を目敏く見つけて、すぐに側へ駆け寄った。
「先生、こんな人形持ってたんですか?」
「ううん。大学の家政科の友達に頼んで備品を借りてきてもらったの。本当はすぐにでも教えてあげたかったんだけど、この人形なんかを準備しなきゃいけなかったから今日になっちゃったのよ」
 後からリビングルームへ入ってきた昌美は、久美の横に並んで言った。
「すみません、わざわざ。私、無理なお願いしちゃったんじゃありません?」
「いいのよ、気にしなくても。苦手な科目が一つでもあるのはイヤだっていう斎藤さんの気持ち、私にもよくわかるから。私も高校までは斎藤さんみたいだったからね」
 昌美は穏やかな声で言った。
「そんなことよりも、さ、始めましょう。とりあえず、おむつのあて方ね?」
「あ、はい」
 久美はこくんと頷いた。
「私もあまり詳しくはないんだけど、家政科の友達にいろいろ教えてもらったから、なんとかなると思うわ。――まず、男の子の場合ね」
 昌美は座卓を室の隅に動かしてから、ソファの上の人形を抱いて床におろした。関節が人間そっくりに曲がるようになっていて、重さも本当の赤ん坊に合わせて作ってあるため、人形のくせに妙にリアリティーがあった。男の子用の青いベビー服を着た姿は、昌美のマンションへやって来るまでに街中で久美が何人も見かけた赤ん坊そのままだった。
 久美がじっと見守る中、少しぎこちない手つきで昌美が人形の着ているロンパースの股間のホックを外し始めた。人形の足首をつかんで高く持ち上げ、ホックを外してからロンパースの股間の布地をたくし上げると、おむつカバーが丸見えになった。
 昌美は人形の足首を高く持ち上げたまま、もう一方の手でおむつカバーのマジックテープを剥がしていった。おむつカバーが人形のお尻の下に広がって、布おむつが見えた。
「いい? これが、赤ちゃんの中でも小さな、新生児から数ケ月くらいの子供のおむつのあて方よ。布おむつを二枚、縦に折って、赤ちゃんの脚の間に通すの」
 そう言いながら昌美は、人形の股間を隠しているおむつをそっと外した。可愛いいおちんちんが見えた。
「気をつけなきゃいけないのは、おちんちんをこんなふうに下に向けてあげること。上を向いてると腰まわりからおしっこが洩れる心配があるし、おヘソにおしっこがかかることもあるから」
「おしっこがおヘソにかかるとダメなんですか?」
 人形を横から見る場所に膝をついた久美が真剣な表情で訊いた。
「そうよ。おヘソの周りは汚れが溜りやすいところだし、皮膚も薄いのよ。そこへおしっこがかかるとかぶれやすいの。――友達からの受け売りだけどね」
 昌美は悪戯っぽく笑ってみせた。
 久美の方は真剣な面持ちで小さく頷いた。
「じゃ、やってごらんなさい。ただし、今度はもう少し大きな赤ちゃんのあて方でね」
 人形の下半身をすっかり裸にしてしまってから昌美が言った。
「もう少し大きな赤ちゃん?」
 久美はちょっと戸惑ったように言った。
「そうよ。生まれて一年少しくらいの赤ちゃんだと思っておむつをあててごらんなさい。新生児との違いはわかるわね?」
「あ、はい。えと……おしっこが多いから、おむつの枚数を増やすんですよね?」
「そうよ」
 昌美は笑顔で頷いた。
 久美も頷き返すと、昌美と場所を入れ替わって、人形の足先に膝をついた。
「はい、これ」
 昌美は、ソファのすぐ下に置いてあった衣装篭から真新しいおむつを三枚つかみ上げて久美に手渡した。
「あ、すみません」
 久美は、受け取ったおむつを重ねたまま二つに折った。
 それを見た昌美が
「ダメよ」
とぴしゃりと言った。
「え?」
 久美はおむつを折りたたむ手を止めて昌美の顔を見た。
「二枚くらいなら、重ねたまま折ってもいいわよ。でも、三枚になると、折り目の方と反対側とでは厚みがかなりちがってくるの。そのせいで、股のところからおしっこが洩れ出す心配があるのよ。だから、一枚ずつ二つに折って、折り目と反対側とを交互に重ね合わせるようにしなきゃ」
 昌美は衣装篭から別のおむつをつかみ上げて実際にやってみせた。
「あ、そうか……」
 感心したように呟いて、久美は自分の手元にあるおむつを同じように重ねていった。それから、昌美がしていたように人形の足首を持ち上げて、僅かに浮いた人形のお尻の下に、二つに折ったおむつを慣れない手つきで敷きこんだ。
「えと、それから……」
 授業で習ったことを思い出すようにぽつりと呟いて、久美は再び手を動かし始めた。お尻の下に敷いたおむつを人形の両脚の間を通して前へまわしてくると、おちんちんを軽く下側へ押さえるようにして、おむつをおヘソの方へ引っ張った。
 おむつの端がおヘソを越えて、ぷっくり膨れたお腹まで届きそうだった。
「ああ、それは下に折り返すのよ。おヘソにおむつが触れないようにして、折り返したおむつをおちんちんの上に重ねるの。そうすればおヘソは濡れないし、おちんちんから出たおしっこが吸収しやすくなるから」
 ちよっと困ったような顔になった久美に、昌美が助け船を出した。
 言われたとおり、久美はおむつの余ったところを折り返してから、おむつカバーの横羽根で留めた。
「そう、それでいいわ。男の子におむつをあてる時は、そうやって前の方を厚くしてあげるのよ。女の子の時は、それが逆になるの。いいわね?」
「はい、先生」
 いくらかほっとしたような表情を浮かべて、久美はおむつカバーの前当てをマジックテープで留めていった。
「最後は、おむつカバーからはみ出てるおむつをきちんと中に押し込むこと。少しでもはみ出ていると、そこから洩れ出すからね」
 昌美の言葉に頷いて、久美は、おむつカバーの裾から見えているおむつを指先でそっと押し込んだ。
 あとは、ロンパースのホックを留めればおしまいだった。

「思ったよりも上手だったわよ。ゆっくり手順を思い出しながらやれば、なにも難しいことじゃないでしょう?」
 床の上に寝ている人形を見おろして、昌美が目を細めて言った。
「でも、今みたいに横からアドバイスしてもらえればなんとかなるんですけど、実習室だとそうもいかないんですよね」
 久美はちょっとだけ困ったような顔になった。
「じゃ、私に言われなくてもきちんとできるように覚えておかきゃね。さ、今度は女の子のおむつのあて方よ」
「はい。――あ、でも、人形は?」
 久美は返事をしてから、すぐに昌美に訊き返した。きょろきょろ見回してみても、室には人形は一体しか見当らない。
「ああ、それはいいのよ。今度はお人形は使わないから」
 昌美はどういうわけか、にっと笑ってみせた。
「え、モデルなしですか? ちゃんと覚えられるかなぁ」
 久美は自信なさそうに呟いた。
「あら、モデルなしだとは言ってないわよ」
 久美の呟きを耳にして、昌美は面白そうに言った。
「え? だって、人形は一つしかないんでしょう? あ、ひょっとして、この人形のおちんちんを取っちゃうんですか?」
 久美はきょとんとした目で人形を眺めた。
「ちがうわよ。この人形じゃないわ。でも、モデルはいるのよ」
 昌美は、意味ありげに久美の顔を覗きこんだ。
「……?」
「うふふ、わからない? ま、いいわ。すぐにわかるから」
 昌美は謎かけを楽しむように言って、衣装篭を手元に引き寄せた。
「それじゃ、先におむつを用意しちゃいましょう。今度は女の子で、かなり大きな子ということにするわね。えーと、おむつは縦に折らなくてもいいわ。それと、おしっこの量もかなり多くなるから、おむつをTの字の形に組み合わせて横洩れを防ぐようにしないといけないわね。できる?」
「あ、はい。教科書にもそういうあて方は載っていましたから。えと、最初に横当てを用意するんでしたよね?」
 疑問が消えたわけでもないけれど、昌美に言われて、久美は新しいおむつの準備を始めた。
「そう、最初は横当てね。――あ、だめだめ。端が少し重なるようにしておむつを二枚使ってちょうだい。一枚じゃ足りないわ」
 準備を始めた久美の手元を見て、昌美が首を振った。
「え、でも、おむつを二枚も使っちゃ、横当てが随分と長くなっちゃいますよ。赤ちゃんのお尻を二重に包んじゃうんですか?」
「いいから、言うとおりにしてみなさい。理由はすぐにわかるから」
 昌美は久美の言うことには取り合わず、もういちど軽く首を振った。
 久美はもう逆らわず、昌美の言うとおりにおむつを重ねた。それから、股当てのおむつを三枚、横当てのおむつと直角に広げる。
「あ、そこのところは五枚にしておいて。それと、横に二つに折ったおむつをお尻が当たる前あたりに余分に置いてちょうだい。女の子は、そのあたりが一番よく濡れるから」
「え、五枚もですか? それに、その上にまだ一枚、半分に折ったのを?」
「そうよ。何かおかしい?」
 昌美は逆に訊き返した。
「だって……いくらなんでも、これじゃ多すぎませんか?」
「いいのよ、それで。それから、おむつカバーの上にそのおむつを重ねてちょうだい」
 昌美はそう言って、衣装篭からおむつカバーを取り出した。
「え……?」
 久美は目を見張った。
 昌美が手にしているのは、これまでに久美が見たこともないような大きさのおむつカバーだった。
「何をしてるの? さ、おむつを重ねて」
 久美の驚きに気がついているのかいないのか、昌美はおむつカバーを床に広げてこともなげに言った。
「で、でも……」
 久美は大きく目を見開いたまま言葉をなくした。
「そんなことじゃ、家庭科でいい点数が取れないわよ」
 やれやれとでもいうように昌美は肩をすくめて、久美に代っておむつに手をかけた。もう準備は殆どできている。あとは、おむつカバーの上におむつを重ねるだけだ。
「うん、できた。――じゃ、斎藤さん。ジーンズとショーツを脱いで、この上にお尻を載せてちょうだい」
 大きなおむつカバーの用意を終えた昌美は、当たり前のことを言うような口調で久美に指示をした。
「え……」
 久美はきょとんとした顔になった。
「ほらほら、早く。せっかく教えてあげるんだから、早くしましょうよ。ぐずぐずしてると、すぐにお昼になっちゃうわよ?」
「でも……」
「だから、おむつのあて方を教えてあげるのよ。絶対に忘れないように、斎藤さん自身の体をモデルにして教えてあげるの」
 昌美は白い歯を見せて笑った。
「……」
 昌美が何を言っているのか、ようやく久美は理解した。だけど、それはあまりにも思いがけない言葉だった。
「どうしたの? 一つでも苦手な科目があるのはイヤなんでしょう? 誰からもアドバイスを受けなくてもできるように、きちんとおむつのあて方を覚えたいんでしょう? それとも、家庭科くらいは赤点でもかまわないのかしら?」
「そんな……」
「だって、そういうことになるでしょ? ――でも、かまわないわよね。斎藤さんは優等生で成績抜群なんだもの、赤点の一つくらいあったって。お友達から『やっぱり、成績のいい子は余裕よね。受験に関係のない科目は赤点でも澄ました顔だもの』って言われても気にすることはないものね」
 昌美はわざとのような意地の悪い言い方をした。
「……」
「じゃ、今日はこれでおしまいにしまょう。家庭科はこれくらいにしておいて、明日からはまた、数学と英語を頑張りましょうね。なんたって、主要科目なんだから」
「……」
「家庭科の先生は寂しいでしょうねぇ。自分が教えている科目を校内でも有名な優等生の斎藤さんに無視されちゃうんだもの。だけど、仕方ないわね。受験に必要な主要科目じゃないもの」
「そんな……」
 たまりかねて、久美はおずおずと口を開いた。
「あ、もう帰ってもいいのよ。これ以上は私から教えてあげられることもないんだし」
「あの、私……」
「数学は来週から新しい内容が始まって難しくなるわよ。覚悟しておいてね」
 昌美は久美の声をわざと無視した。
 突然、久美が立ち上がった。
 立ち上がって、ジーンズのファスナーをのろのろと引き下げる。
「どうしたの?」
 しれっとした顔で、昌美は久美の顔を見上げた。
「……おむつのあて方、教えてください」
 頬をほのかなピンクに染めて、久美はジーンズを脱いでしまった。
「あら、ムリしなくてもいいのよ。嫌々教わっても身につくものじゃないし」
「ムリなんてしてません。教えてほしいから教えてほしいって言ってるんです」
 ジーンズに続いて、久美はショーツに手をかけた。
「本当に?」
「本当です」
 久美は意地になったみたいに言い返して、自分の気持ちが変わらないうちにとでもいうふうに、ショーツをさっと足元へ引きおろした。
「いいわ、わかった。教えてあげる」
 昌美は目を細めて言った。
 足元に絡みつくショーツをそっとどけて、久美は股間を両手で覆い隠したまま、自分で準備したおむつの上におずおずとお尻をおろした。ふわりと柔らかな、これまで経験したことのない感触がお尻の下に広がる。
 久美はごくんと唾を飲みこんだ。
 知らない間に、両脚が小刻みに震え始めていた。
「じゃ、そのまま体を倒してちょうだい」
 二つに折った座布団を久美の頭の下に置いて昌美が言った。
 久美は内腿を擦り合わせるようにして両脚を閉じたまま、のろのろと体を倒した。
 昌美が、固く股間を抑えている久美の両手をつかんで体の横へ移動させた。きれいに生え揃った意外に豊かなアンダーヘアがあらわになって、久美の荒い息づかいが聞こえてくる。
「それでいいわ。そのままじっとしていてちょうだいね」
 そう言って、昌美は股当てのおむつを持ち上げた。
 お尻の下に広がっていた柔らかい布地が股間から下腹部を包みこむ感触に激しい羞恥を覚えて、久美は思わず目を閉じた。
 途端に、
「ダメよ。どうやっておむつをあてるのか、ちゃんと見ておくのよ」
と、厳しく叱りつけるような昌美の声が飛んできた。
 久美はおそるおそる瞼を開けて、座布団に載せた頭を僅かにかしげた。
「そうよ、そのままちゃんと見ておきなさい。いいわね?」
 昌美が念を押すように言った。
 久美が見守る中、昌美はあらためて両手を動かし始めた。
「人形の時はおむつを縦に二つに折って使ったわよね。でも、子供が大きくなると、それじゃ幅が足りないの。だから、折らずに使うこと」
 昌美は、股当ての端をおヘソのすぐ下にあてた。人形とはちがって、長さが余るようなことはない。
「それと、小さな赤ちゃんなら股当てだけで充分なんだけど、大きな子供だとおしっこが多くなるから、いくら枚数を増やしても、それだけじゃ心配なの。だから横洩れを防ぐために、こうして横当ても使うのよ」
 昌美は、久美のお尻の左右に広がっている横当てのおむつを股当ての上に重ねた。
「それから、おむつカバーの右と左の横羽根をお互いにマジックテープで留める。この時にちゃんとしておかないと、子供がちょっと動いただけでおむつがずれるから気をつけること」
 昌美は、横当てのおむつの上におむつカバーの横羽根を重ねてしっかり留めた。
「あとは、おむつカバーの前当てね。おむつカバーの種類はいろいろあるんだけど、マジックテープで留めるようになってるタイプが多いと思うわ。これだと、ウエストも股回りも子供の体の大きさに合わせて微妙な調節ができるから便利なの」
 昌美は、前当てがシワにならないように隅を左右に引っ張りながらマジックテープを留めていった。腰や腿のあたりからおしっこが洩れないように隙間をなくして、その上、久美が窮屈がらないように慎重に。
「最後は、はみ出たおむつの処理。人形の時を思い出すといいわ」
 昌美が、おむつカバーの裾からはみ出ているおむつを人差指と中指の先でそっと押しこんだ。内腿に昌美の指が觝れて、久美の顔が赤くなる。
「はい、これでいいわ。――どう、おむつの感触は?」
 昌美は、おむつカバーの上から久美のお尻をぽんと叩いた。
「どうって言われても……」
 磁石にでも吸い付けられるみたいに自分のおむつカバー姿に目を惹きつけられたまま、久美は言葉を濁した。
「うふふ。いつも穿いてるショーツよりも気持ちいいと思わない?」
 昌美は冗談めかして言った。
「まさか……」
 久美は慌てて首を振った。
「あら、そうかしら?」
 昌美は意味ありげに久美の顔を覗きこんだ。それから、にこっと笑って言った。
「ま、いいわ。ついでだから、授乳の方法も教えておいてあげるわね」
「それよりも、先に私のおむつを外してもらえません? いつまでもこんな格好、恥ずかしくて……」
 『私のおむつ』という言葉を口にする時に恥ずかしさで顔を真っ赤にして、久美がおどおどした声で言った。
「せっかくなんだから、そんなに急がなくてもいいじゃない。――それよりも、これを見てちょうだい」
 久美の言葉を軽くいなして、昌美は人形を抱き上げた。
 不意に、人形の唇が動き出す。
「え?」
 突然のことに驚いて、久美は思わず体を起こすと、人形の顔をまじまじと見つめた。
「体の中にモーターや電池が入ってるのよ。それで、本当の赤ちゃんみたいに唇を動かすようにできてるの。ちょっと見てて」
 久美のびっくり顔に少し笑ってみせて、昌美が言った。そうして、ミルクが入った哺乳瓶を衣装篭からつかみ上げて人形の口に押し当てた。
 人形の唇がゴムの乳首を咥えると、哺乳瓶の中のミルクが少しずつ流れ出した。時おり、哺乳瓶の中にぷくぷくと小さな泡ができている。
「よくできてるでしょう? それに、ほら、こうすると――」
 昌美は人形の抱き方を少し変えた。それまで頭の後ろを支えていた手をちょっと動かして、首筋を支えるような格好にする。人形の頭が僅かに下がって、首の曲がり方が大きくなった。
 すると、人形はこれまで通り唇を動かしているのに、哺乳瓶のミルクの流れが止まってしまう。
「食道と気管が不自然に曲がったせいよ。本当の赤ちゃんなら、むせて咳こんでるでしょうね。授乳の時に赤ちゃんをどんなふうに抱けばいいのか、実際に体験できるようになってるの。家政科ご自慢の人形なのよ」
 昌美は人形を抱き直した。同時に、哺乳瓶のミルクが再び人形の口の中に流れ出す。
「へーえ」
 いつのまにか、久美は昌美のすぐ横に座っていた。
「仕掛けはこれだけじゃないのよ。斎藤さん、人形のおむつカバーの中に手を入れてごらんなさい」
 人形にミルクを与えながら、昌美はどういうわけかくすくす笑って言った。
「え? あ、はい」
 久美は少し戸惑ったけれど、すぐに昌美の言葉に従って、人形のおむつカバーの裾から掌をそっと差し入れてみた。
「どう?」
 昌美は笑い声で久美に訊いた。
「あの……おむつが濡れてます。もう、びしょびしょ」
 おむつカバーから引き戻した掌をじっと見つめて、久美は呆れたように応えた。
「オモチャのミルク飲み人形と同じだから、これは簡単なことなのよ。でも、実際に濡れたおむつを見ることで、どんな濡れ方をするのかはっきりわかるわよね。それで、どのあたりのおむつを厚くしておかなきゃいけないか、きちんと理解できるようになってるの」
 昌美は哺乳瓶を人形の唇から離した。そして、それまで人形が口にふくんでいたゴムの乳首を久美の唇に押し当てて体を押さえつけた。
「さ、今度は斎藤さんの番よ。そろそろ喉が渇いた頃でしょう?」
 突然のことに、久美は昌美に膝枕をされた格好で床に倒れこんでしまった。
「む……」
 哺乳瓶の乳首を口にふくんだまま、久美は昌美から逃げようとして両手を振りまわした。けれど昌美は、床に横たわった姿勢のために力が入らない久美の手をこともなげに振り払ってしまう。
「人形は暴れなかったわよ。それに、本当の赤ちゃんだって、ミルクを飲ませてもらう時はおとなしくしているものよ。だから、斎藤さんもいい子でミルクにしましょうね」
 昌美は背中を曲げて、膝の上に載せている久美の耳元であやすように言った。
 久美は激しく首を振った。
「あら、どうして? ミルクは嫌い?」
 昌美は少し首をかしげて、久美の唇から哺乳瓶を離した。
「ちがいます。ミルクが嫌いとかそういうんじゃなくて……」
 やっとのことで唇の自由を取り戻した久美は、すぐ目の前の昌美に訴えかけるように言った。
「赤ちゃんでもないのにおむつをあてられて、そのうえ今度は哺乳瓶でミルクだなんて、そんなの恥ずかしくて……」
「そうね、とても恥ずかしいでしょうね」
 昌美は久美の言葉に頷いてみせた。だけど、そのあとに続いたのは、久美が予想もしていなかったような言葉だった。
「でも、斎藤さんは、そうされることがイヤかしら? おむつをあてられて哺乳瓶でミルクを飲のむ――そういうの、本当にイヤ?」
「どういうことですか……?」
 昌美が何を言おうとしているのかわからなくて、久美は小さな声で訊き返した。
「おむつは恥ずかしい。哺乳瓶も恥ずかしい。それはそうでしょうね。でも、恥ずかしいこととイヤなことは同じかしら?」
 昌美は、心の奥底まで見透かそうとでもするように、久美の目をじっと覗きこんだ。
「あ、あたりまえじゃないですか。恥ずかしいことはイヤなことです。そんなの、決まりきったことです」
 昌美にじっと見つめられて、なぜとはなしに声を震わせて久美は言った。
「そうかしら?」
「……そうに決まってます」
 久美は一瞬、迷った後に応えた。
「本当に?」
 念を押すみたいに昌美は訊いた。
 訊いて、久美の頭を膝の上から静かに抱き上げた。
「え……?」
 久美は怪訝な表情で昌美の顔を見上げた。
 けれど昌美は何も応えずに、そっと静かに久美の頭を持ち上げるだけ。
 すぐ目の前に昌美の胸の膨らみが近づいてきた。
 どくん。
 突然、昌美の心臓の鼓動が久美の耳に届いた。昌美は、自分の胸に久美の耳たぶを押しつけるような姿勢で久美の頭を抱きしめていた。
 どくん。
 人の心臓の鼓動がこんなにも温かい音だということを、久美は初めて知った。
 どくん。
 初めて知った? ううん、そうじゃない。胸の中で久美は呟いた。
 どくん。
 自分が赤ん坊だった頃のことなんて覚えている筈がない。筈がないのに、久美は、母親の胸の鼓動を思い出していた。母親の胸に抱かれて聞いた鼓動。そして、母親のお腹の中にいた時には全身を包みこんでくれた音。
 どくん。
 口の中に、柔らかくぷるぷるした感触が入ってきた。何も考えずに唇に力を入れると、淡い甘さが口の中いっぱいに広がった。
「それでいいのよ、斎藤さん――ううん、久美ちゃん」
 昌美の声が聞こえた。
「私がちゃんと抱いていてあげる。だから、安心してミルクを飲むといいわ。恥ずかしいなんてこと、ちっとも気にしなくていいんだから」
 もう、久美は首を振らなかった。
 昌美の心臓の鼓動を耳にして、それが随分と温かい音だと気がついた途端、久美は、そうして昌美に抱かれていることがとても心地好いことだと知った。昌美が大きな繭のように自分を包みこんで全てのことから守ってくれていると感じて、これまでに経験したことのないゆったりした気持ちになれた。全てを昌美の手に委ねて、自分はただここにいるだけでいいんだと、言葉ではなく感じられる。
 昌美が哺乳瓶でミルクを飲ませようとするなら、久美はただそれを飲めばいい。
 そして……。
「ミルクを飲みながら、お人形みたいにおしっこを出しちゃってもいいのよ。おむつをあててるんだから、なにも心配することはないのよ」
 久美の頭と哺乳瓶をしっかり支えて、昌美が甘い声で囁いた。
 テストで満点が取れなかったといってヒステリーを起こす必要もない。ここにこうして私がいる――それだけで充分だと感じられる。久美はとろんとした表情で頷いて、ゆっくりゆっくり体から力を抜いていった。

 哺乳瓶が空になった。
 昌美は久美の頭をそっと床に置いて、哺乳瓶を衣装篭に戻した。
「さ、おしっこも出ちゃったかな」
 昌美はそっと場所を移し、久美の両脚の間に膝をついて、おむつカバーの前当てに手をかけてマジックテープを剥がした。横羽根を外すと、ぐっしょり濡れたおむつが現れた。
「うふふ、たくさん出ちゃったのね」
 昌美は笑いながら久美に話しかけた。
 その時になってあらためて恥ずかしさを思い出したのか、とろんとしていた久美の顔が赤く染まった。久美は両手で顔を覆った。
「いいのよ、今ごろになってそんなことをしなくても。私が抱いてあげた時、久美ちゃんは確かに赤ちゃんに戻ったんだから」
 昌美は、おしっこを吸ってすっかり重くなったおむつを久美の下腹部からどけながら笑顔で言った。
 応える代わりに、久美は弱々しく首を振った。
「今だから言うけど、私はずっと久美ちゃんのことが心配でたまらなかったの。久美ちゃんは素直でとてもいい子よ。成績もいいしね。でも、それが却って落とし穴になることもあるのよ」
 どこからか取り出した大きなビニール袋に濡れたおむつしまいこんで、昌美は新しいおむつで久美の下腹部を拭き始めた。
「苦手な科目が一つでもあるのがイヤで、どんなことにでも真正面から取り組む。それは素敵なことよ。でもね、いつもそんなことをしていたら、最後の最後でダメになっちゃうことが多いの。ずっと気持ちを張りつめてたら、ぎりぎりまで張ったギターの弦がぷっつり切れちゃうみたいに、体や心がまいっちゃうのよ。大学に入るまでは私もそんなだったから、久美ちゃんの気持ちはよくわかる。わかるから、久美ちゃんを助けてあげたいの」
 すっかり綺麗に下腹部を拭きあげて、昌美は久美にショーツを穿かせてやった。
「小っちゃな子供だった頃のことを思い出してごらんなさい。子供の頃は、何があっても泣いていればよかったわよね。母親の胸にとびこんで、温かい手に守られて、大きな体にただ包んでもらっていればよかった。なのに、今の久美ちゃんはそうじゃない。朝から夜まで(ひょっとしたら、眠っている間も)勉強に追いたてられて、気の休まる暇もなくて。優等生でい続けるってことは、並大抵のことじゃないわよね。でも、もういいのよ。私にたっぷり甘えてごらんなさい。泣きたくなったら泣けばいい。我が儘を言いたくなったら言えばいい。いつでも、私は両手を広げて待っているのよ」
 ジーンズを穿かせるのには少し手間取ったものの、もう久美は、昌美のマンションへやって来た時と同じ姿に戻っていた。
「いつもいつも私は、久美ちゃんを助けてあげられる日が来るのを待っていた。今日みたいな日が来るのを待っていたのよ。私が或る人に助けてもらったように、今度は久美ちゃんを私が助けてあげるために」
「先生が誰かに助けてもらった……?」
 ゆっくり体を起こしながら、久美が小さな声で訊いた。
「そう、助けてもらったの。いつか詳しく話してあげるわね。――今日のところはこれでお家にお帰りなさい」
 昌美は静かな声で応えた。
「わかりました。明日からまたよろしくお願いします」
 久美は晴れ晴れした顔で立ち上がった。そして、はにかんだような笑みを浮かべておずおずと昌美に言った。
「あの、明日からは私の家じゃなくて、ここで勉強を教えてもらいたいんですけど……かまいません?」
「そりゃ、私はかまわないわよ。でも、どうして?」
「だって……私の家じゃ、思いきり先生に甘えられないもん。おむつの洗濯もできないし……」
 久美は体の前で手の指をもじもじと絡ませながら言った。
「いいわ、わかった。でも、私の部屋にいる間はずっとおむつをあてているのよ。それでいいなら私もおっけーだわ」
「……うん、わかった。先生と一緒の時はずっとおむつする」
 少し考えるそぶりをして、でも久美はきっぱり言った。
「あらあら、すっかりおむつが好きになっちゃったのね」
 昌美がくすっと笑った。
「先生のいじわる」
 久美の赤い頬がぷっと膨れた。
 二人の笑い声が部屋中に溢れた。




 ――というようなことがあったのが三周間前。



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