「こら、春香、いつまで寝てる気なの。早く起きて朝ご飯を食べないと、いつまでも片付かないでしょ!!」 ドア越しに聞こえてきたのは華枝の声だった。 まるで、いつまでも起きてこない娘を叱る母親みたいな言い方をしているけれど、べつに、春香と華枝が親子というわけではない。同じ故郷から出てきて同じ大学に通うために同じマンションの一室に同居しているルームメイトだ。ただ、華枝が家事全般が得意な方だから、いつのまにか料理も洗濯も華枝の担当になって、しかも、朝になってもこうしていつまでもぐずぐずとベッドにもぐりこんでいる春香の目覚まし係までおおせつかってしまったというわけだ。大学は夏休みに入っているから、いつまで寝ていても遅刻する心配はない。だけど、かといって、せっかく用意した朝食を済ませてもらわないと洗い物もできない。ということで、ついつい華枝が声を荒げてしまうのも仕方のないところだった。 そうして、いつもだったら、華枝の喚き声が聞こえた途端、あたふたとベッドから飛び出す春香だった。 けれど、今日は様子が違っていた。 まるで起き出す気配がない。目は覚めているのに、本当にいつまでもベッドの中でぐずぐずしている。 「もう本当にいい加減にしなさいよ。入るわよ」 もういちど叱りつけるように言ったかと思うと、春香の返事も待たないで、華枝はドアを押し開いて部屋に足を踏み入れた。 そのままタオルケットを剥ぎ取ろうとして、でも、春香の顔色を目にした途端、ちょっとあせってしまう。 「ど、どうしたの? その顔色――苦しいの?」 春香は熱に浮かされたように真っ赤な顔をして、どこか焦点の合わないぼんやりした目を華枝に向けた。 「風邪……かな。体がだるいの……」 華枝の顔を目にして、なんだか少し安心したような表情になる。 「いつから?」 「今朝……暑くて眠れなかったからエアコンをかけっぱなしにしてて……そのせいかもしれない」 春香は途切れ途切れに応えるのが精一杯だった。 言われて、華枝も気がついた。部屋の中が、涼しいというよりも、夏の気候に慣れた体にはむしろ寒いくらいだった。 「相変わらずね、春香は。いくら家事に疎くてメカに弱いっていっても限度があるわよ。こんなじゃ、風邪をひいて当然じゃない」 慌ててエアコンの設定温度を変えながら、でも、華枝の表情は少し和らいでいた。悪い病気じゃない、エアコンの設定を間違えたせいで風邪をひいただけなんだとわかると、なんだか春香らしくて妙に納得してしまう。 「華枝のいじわる。病人なんだから、少しはいたわってくれてもいいじゃないよぉ」 拗ねたように春香は頬を膨らませた。華枝がそばにいることで、少し元気になったみたいだ。 「はいはい、わかりました。じゃ、とにかく、熱を計ってみましょう。体温計を取ってくるからちょっと待ってて」 くすっと笑ってそう言うと、華枝は春香の部屋を後にした。 ピピピという小さな電子音が聞こえた。 華枝が無造作に春香の脇の下から体温計を抜き取って目を凝らした。小さなディジタル数字が38.9℃を表示している。 華枝は黙って体温計を春香の目の前に突きつけた。 「ひぇ〜。す、すごい熱」 表示を見るなり、ぐったりした表情になって春香は呻いた。それまでは意外と平気にしていたのが、自分の体温を数字で確認した途端に元気をなくしてしまうというのは割合よくあることだ。 「お薬、あったっけ?」 弱々しい声で春香は呟いた。 「体温計を取ってくる時に薬箱を調べてみたら、お腹の薬や傷薬はあったけど、風邪薬はなかったみたい。買ってこようか?」 体温計をケースにしまいこんで華枝が言った。 「ごめん、お願いできる?」 春香は、すがるような目で華枝の顔を見上げた。 「もうすぐ駅前のドラッグストアが開く頃だものね。お薬の他にもいろいろ買ってくるけど、その間、一人で大丈夫?」 壁にかかった時計にちらと目をやって華枝は言った。 「うん、大丈夫だと思う……」 どこか頼りない口調の春香だった。急に弱気になってしまったみたいだ。 大きな紙袋を抱えた華枝が戻ってきたのは、それから二時間ほど経った頃だった。 後ろ手で玄関のドアを閉めると同時に、廊下の奥の方に座りこんでいる人影に気がついた。 「春香、どうしたの、春香ったら」 紙袋を放り出して、華枝は、廊下にへたりこんでいる春香のそばに駆け寄った。 「あん、華枝ぇ……」 ぐったりした表情で、助けを求めるみたいにのろのろと右手を差し出す春香。 「どうしたの、いったい?」 春香の体を抱きかかえながら華枝は繰り返した。 「おしっこ……」 華枝に抱えられて覚束ない足取りでやっと立ち上がった春香がぽつりと言った。 「おしっこ?」 思わず華枝は訊き返してしまう。 「おしっこしたくなって、でも、一人じゃなかなかベッドから起き上がれないから、華枝が帰ってくるのを待ってたの……恥ずかしいけど、トイレへ連れて行ってもらおうと思って。……でも、華枝、いつまでも帰ってこないから、一人でなんとかベッドから抜け出して……なのに……」 言い訳するみたいな口調で説明しかけた春香の言葉が途切れた。 その時になって、春香がお尻を落としていたあたりの廊下が濡れていることに華枝も気がついた。よくワックスのきいた廊下が水を弾いて、小さな水滴が幾つも転がっている。 春香が着ているパジャマは、上着の方は大丈夫みたいだけれど、パンツの方はぐっしょり濡れて薄いシミになっていた。時おり裾の方から雫が落ちて、春香の足元を濡らしている。 華枝は春香の体を背中から抱くようにして向きを変えさせると、すぐ目の前にあるトイレのドアに両手をつかせた。 「少しの間だけ、そのままにしているのよ。ドアに体重をかけて立っているのよ」 いたわるように言って、華枝は春香のパジャマのパンツに手をかけた。そのまま、おしっこに濡れて春香の肌に貼りついている生地を剥がすようにして手早く引きおろす。そうして、やはりこれもびしょびしょになってしまっているショーツも足首のところまで一気に引きおろしてから、足を片方ずつ少しだけ持ち上げさせて、パンツとショーツを一つに重ねてすっかり脱がせた。それをバスルームの脱衣場にある洗濯機に放りこんで、再び華枝は春香の体を支えた。 「部屋に戻るわよ。ほら、私の体につかまって」 虚ろな目で弱々しく頷く春香の耳元で囁きかけながら、華枝はゆっくり歩き始めた。 廊下の汚れを片付け、洗濯機のスイッチを入れて、華枝は春香のベッドのそばに戻ってきた。 「気分はどう?」 熱に浮かされているのだろう、ぼんやりした目で天井を見上げる春香の額に掌を押し当てて華枝は声をかけた。 「ごめんね、華枝。小っちゃな子供でもないのに、あんなこと……」 恥ずかしそうに目をそらして、春香は力なく言った。 「仕方ないわよ、病気なんだから。でも、本当にすごい熱ね」 華枝は静かに首を振った。 「でしょうね。自分でも、顔がほてってるのがわかるもの。……そのくせ、お尻の方はすーすーしてて、なんだか妙な感じ」 春香は泣き笑いのような表情を浮かべた。華枝の手でパジャマのパンツとショーツを脱がされたままベッドに戻って薄いタオルケットを体にかけただけだから、お尻が冷たくなってくるのも仕方がない。 「あ、ごめん。慌ててたから。すぐ、着替えを持ってくるわね」 ようやく思い出したように華枝は腰を浮かせた。 待つほどもなく、華枝は、廊下に投げ出したままにしていた紙袋を手に提げて戻ってきた。そうして、紙袋をそっと床に置くと、右手を伸ばして小さな包みを取り出す。 「先にお薬を入れちゃいましょう。すぐに済むから、じっとしててよ」 華枝は、紙袋から取り出した包みをベッドの端に置いて、春香の体にかかっているタオルケットを持ち上げた。 「お薬?」 要領を得ない顔で春香は訊き返した。 「そうよ、お薬。――熱冷ましの座薬よ。だから、少しの間だけ体の力を抜いてじっとしててほしいの」 言いながら華枝は、春香の足首を右手でつかむと、そのまま高く差し上げた。春香のお尻がベッドから浮いて、華枝が正面から覗きこむような格好になる。 「ちょっと待って。待ってったら、華枝。そんな、座薬だなんて……」 思ってもいなかったことにうろたえてしまって、華枝は声を震わせた。慌てて体を起こそうとするけれど、華枝が足首を持ち上げているせいで、少し首を上げるだけのことが難しい。 「ちゃんと薬剤師さんと相談して買ってきたのよ。熱が熱だから、飲み薬じゃ効き目が薄いんだって。だから座薬なの。ほら、暴れないで」 意外に強い口調で、華枝はぴしゃりと決めつけた。 薬剤師と相談したと言われれば、それ以上は抵抗のしようがない。渋々のように口を閉ざして、春香は天井を見上げた。 すぐに、なんだか冷たい、ぬめりとした感覚があって、お尻に異物が入ってくる感触が伝わってきた。 「あ……」 天井を見上げたままの春香の口から微かな呻き声が洩れた。 「そう、そのままじっとしてるのよ」 乳白色の座薬を春香のお尻に押し込みながら、華枝は幼児をあやすように言った。 華枝の中指に力が入って、座薬がずぶずぶともぐりこんでゆく。 「はい、いいわよ。よく我慢できたわね」 最後にもう一押しして、華枝は春香の顔を覗きこむようにして言った。 「……」 なんだか気恥ずかしい気分に包まれて、華枝は小さく頷くだけだった。 けれど、そのまま華枝がなかなか足首から手を離そうとしないのを訝しんで、おそるおそる小声で訊いてみる。 「お薬、もういいんだよね? じゃ、脚をおろしてもいいでしょ? このままだと、いつまでもお尻を見られてるみたいで……」 「うん、お薬はもう済んだわよ。でも、下着がまだだから」 華枝はこともなげに応えた。 「下着なら整理タンスの下から二段目の引出しに入ってるから、適当に取ってきてよ。わざわざ脚を持ち上げてもらわなくても自分で穿くから」 なぁんだというような口調で春香。 「でも、ひょっとして、お薬が溶け出してショーツを汚しちゃったら困るでしょう? だから、少しくらいなら汚れてもいい下着を買ってきてあげたの」 春香の足首をつかんだまま、華枝は左手を紙袋に伸ばして、少し嵩の張る包みを取り出した。その包みを左手だけで器用に開いて、春香のお尻の下にすっと滑りこませる。 「え? な、何なの?」 お尻の下の方から伝わってくる少しひんやりした、どことなく絡みついてくるような感触に春香は戸惑った。華枝は下着と言ったけど、普通の下着なんかじゃないことは、首を動かすことも難しいせいで目で確認できないけど、でも、わざわざ見なくてもわかる。 「じきにわかるわよ」 どこか冷たい口調で言いながら華枝は左手を動かし続けて、今度は、なんだか柔らかい布地を何枚も春香のお尻の下に敷きこみ始めた。 「ちょっと待ってよ、華枝。さっきから何をしてるの!?」 とうとう春香は、不安にかられて金切り声をあげた。 「何って、新しい下着を用意してるだけじゃない。お薬で汚れてもいい、それに、さっきみたいな失敗をしないための下着を」 「さっきみたいな失敗をしないための下着ですって? いったい何を言って……あ……」 華枝の手で高く差し上げられたままの両脚の間を柔らかい布がすり抜ける感触に、春香は言葉を飲みこんだ。 「いい子だから、そのままじっとしてなさい。何も怖いことなんてないんだから」 それこそ幼児に言い聞かせるような口調で言って、ようやく華枝は春香の両脚をベッドの上におろした。 やっとのことで自由を取り戻した春香は慌てて体を起こした。熱があるところに急に体を動かしたものだから、ふっと意識が遠のくような目まいを覚えたけれど、華枝が用意した下着というのが気になって仕方がない。 じっと目を凝らして自分の下腹部を見つめた春香は、股間を覆っている布地が何なのかわかった瞬間、頬を真っ赤に染めた。 「体を動かしちゃ駄目よ。おむつがずれちゃうじゃない」 悪戯めいた表情で華枝が言った。 そう、華枝が春香のお尻の下に敷きこんだのは、動物柄の布おむつだった。 「ど、どうしておむつなの? 赤ちゃんじゃないのに、おむつだなんて……」 信じられない思いで春香は声を震わせた。 「だって、これなら少しくらい汚しても大丈夫よ。それに、一人じゃトイレへも行けない子は赤ちゃんと同じじゃない? 現に春香、廊下をおしっこで汚しちゃったのよ。だから、おむつなの。おむつだったら、もうあんなことにはならないんだから。――念のために買ってきておいてよかったわ」 笑顔で華枝は言った。 「でも、でも、おむつだなんて……」 春香は言葉を失った。 華枝の言う通り、春香は廊下を汚してしまった。トイレへ行こうとして、だけど熱のせいで途中で廊下に座りこんで、そのままおしっこを溢れさせてしまった。その時の生温かい感触は今も下腹部に残っている。もうあんな失敗なんてしない。そう言いたいけれど、言いきる自信もない。 「わかったわね? ちゃんと風邪が治るまでは、おむつが春香の下着なのよ」 口ごもる春香に向かって、華枝は笑顔のまま、決めつけるように言った。 「そんな、だって、そんな……」 どう応えていいのかわからないまま、春香は弱々しく首を振った。 「さ、わかったら、横になりなさい。ちょっとだけ膝を立てて、じっとしていればいいのよ」 華枝は春香の肩に手を置いて、そっと後ろに引いた。 華枝の言いなりになるつもりはなかった。けれど、抵抗もできない。なんだか、内腿に残るおもらしの感触が、抵抗する気持ちを萎えさせているみたいだった。おもらし――そうだよね、あれはおもらしだったんだよね。小っちゃい子でもないのに、おもらししちゃったんだよね、私。今更のようにそう思うと、体中から力が抜けてゆく。 春香は枕の上に頭を置いて、ぎゅっと目を閉じた。そうして、華枝に言われるまま、そっと膝を立てる。両脚を動かすたびに、柔らかい布おむつが絡みついてくるみたいだった。その、思いもしなかった柔らかさが春香の羞恥をくすぐる。 「そう、それでいいのよ。あとはみんな私にまかせておけばいいんだから」 そう言って華枝は、少しずれてしまった股当てのおむつを改めて春香の股間を覆うようにあて直した。それから、横当てのおむつをおヘソのすぐ下に重ねて、おむつカバーの横羽根で押さえつける。あとは、おむつカバーの前当てを横羽根に重ねてマジックテープでしっかり留めてから、おむつカバーの裾からはみ出している布おむつをおむつカバーの中に押し込むだけだった。 「はい、できた。ほら春香も自分の目で見てごらん、可愛いいから」 おむつカバーの上からぽんとお尻を叩いて、華枝は春香の背中に手をまわして半ば強引に上半身を引き起こした。 春香の瞼が薄く開いた。自分の恥ずかしい姿をその目で確認するのはためらわれるけれど、どこか怖いもの見たさという気持ちがなくもない。 水玉模様のおむつカバー。 春香のお尻を丸く包みこんでいるおむつカバー。 たくさんの布おむつのせいでぷっくり膨らんだおむつカバー。 体をくねらせるたびに数えきれないシワになって春香の下腹部に絡みついてくるおむつカバー。 春香はごくりと唾を飲みこんだ。 「可愛いいでしょう? 薬局で探してもらったのよ、若い女の子が使うからって言って、お店の中で一番可愛いいのを」 華枝は春香の耳元で囁いた。 「恥ずかしいよ。赤ちゃんじゃないのにおむつだなんて、とっても恥ずかしいよぉ」 顔を真っ赤にして、春香は体を震わせた。 「そうだよね。赤ちゃんじゃないのにおむつだなんて恥ずかしいよね。――じゃ、赤ちゃんになればいいのよ。赤ちゃんだったらおむつなんて恥ずかしくないんだから」 ねっとりした華枝の囁き声。 「な、何を言ってるのよ。赤ちゃんになんてなれるわけないでしょ」 すぐそばにある華枝の顔をちらと見て、春香はおどおどした口調で言った。 「おままごと」 華枝はそれだけ言って、春香の顔を覗きこんだ。 「え?」 わけがわからずに、春香は目をぱちくりさせる。 「子供の頃、よく遊んだじゃない。いつもおままごとだったわよ。憶えてるでしょ?」 華枝は、すっと両目を細めた。 家がお隣さんどうしの華枝と春香は、同い年ということもあって小さい頃から仲が良く、いつも互いの家を行き来しては、時間が経つのも忘れて夢中で遊んだものだった。なかでも春香のお気に入りはおままごとで、何かといえばおままごとをして遊ぶ二人だった。 「うん。そういえば、なんとなく憶えてる」 昔を思い出すような遠い目をして、春香は微かに頷いた。 「春香がいつもお母さん役だったことも憶えてる?」 華枝は重ねて訊いた。 おままごとをする時、体の大きな春香がお母さん役、華枝が子供の役というのがお約束みたいになっていた。本当は華枝も時々はお母さんの役をしたかったのだけれど、体が自分よりも大きくてちょっと我が儘なところのある春香にはなかなか逆らえず、仕方なく子供の役に甘んじていたのだ。 「そういえば、そうだったかな」 「そうだったのよ」 ところが面白いもので、中学生になって成長期に入ると、華枝と春香の体格があっという間に逆転してしまった。もともと体が大きい方だった春香は成長期に入ってもあまり発育せず、どちらかというと小柄だった華枝の方が急に成長しだして、あっという間に、春香よりも頭一つ背が高くなってしまった。ふと、今までの分を取り返してみようかなと華枝は思った。だけど、すぐに思い直した。中学生にもなって、もう、おままごとなんかじゃないんだから。 なんとなく満たされない悶々とした気分のまま時を重ねるうちにもいろんなことがあって、中学生だった二人も高校を卒業した後、故郷から少し離れた街にある同じ大学に通うことになって、二人でマンションの一室を借りて一緒に暮らすようになった。それだけなら、幼なじみの二人がルームメイトになっただけの、わりとよくあるような、そんなに珍しい話じゃない。 けれど、それは、華枝にとっては願ってもないチャンスだった。だって、今度こそ、堂々とおままごとをやり直せるんだから。 もちろん、そんなこと、口にはしなかった。春香には何も言わず、にっと胸の中で笑って、華枝は自分の計画を行動に移すことにした。もっとも、とはいっても、特別なことをするわけではない。洗濯や料理、掃除といった家事全般を華枝一人でこなしながら、朝になってもベッドの中でぐずぐずしている春香を叱りつけるようにして起こして朝食を食べさせる、そんな日常を送るだけのことだった。そうすることで、子供の頃にはさせてもらえなかったおままごとのお母さん役を演じているような気分になることができる、それだけのことだった。――そう、つい最近までは、それで満足していた。 だけど、最近になって、華枝は自分が妙な欲望を胸の中にひめていることに気づいた。母親の役を演じるだけでは満足できず、春香をもっともっと子供扱いしてみたいと思い始めている自分を発見したのだ。ひょっとしたら、自分よりも随分と小柄な春香のことが本当に子供みたいに思えてきたのかもしれない。あるいは、ひょっとしたら、春香のことをもっともっと子供扱いすることで、母親を演じている自分によりいっそうの満足を覚えることができると思ったためかもしれない。理由はどうあれ、華枝の心の中に芽生えた奇妙な欲望は次第に大きく膨れあがり、もう華枝自身にも抑えきれなくなりそうになっていた。 そんなところへ、春香の風邪。すごい熱のために苦しそうだ。熱に浮かされて、自分じゃ食事も難しいかもしれない。それに、まさかとは思うけど、トイレへ行くのだって。 そうよ。春香は、私が面倒をみてあげなきゃ自分じゃ何もできないのよ。まるで小さな子供みたいに。うふふ、これって、私のお願いを神様が叶えてくれたにちがいないわ。うん、絶対に、そう。春香は今から子供になるのよ。可愛いい小っちゃな赤ちゃんに。 勝手に決めつけて、駅前の薬局で薬を買う時、わざわざ可愛いいおむつカバーを探してもらったのだ。本当なら、病人を介護するためだけなら、陳列棚に並んでいるベージュやクリーム色のおむつカバーで充分なのに。ううん、本当のところ、紙おむつを買えばそれですむことだった。それなのにわざわざおむつカバーを買ったのは、華枝の心が奇妙な欲望に支配されてしまったせいだった。ベビー用品の店に足を運んで可愛いい動物柄の布おむつを買ってきたのも、勿論そのせい。 そして、今。華枝が買ってきたおむつにお尻を包まれた春香が目の前にいる。 「今度は、私がお母さんよ。だから、春香は赤ちゃんなの。いつまでもおむつの外れない可愛いい赤ちゃん」 春香の背後から両手を体にまわして、抱きすくめるようにして華枝は囁いた。 「でも、でも……」 自分の下腹部を包みこむ大きなおむつカバーに目を奪われて、何を言い返せばいいのかもわからずに、春香はただおずおずと顔を伏せた。 「そろそろ、お薬が効いてくる頃よ。どう、お熱は?」 困っている春香の顔をおかしそうに覗きこんで、不意に華枝は話題を変えた。 「え? ……うん、そういえば、ちょっと楽になったかな?」 なんとなくほっとしたような表情で春香は微かに頷いた。 「よかった。じゃ、少しお休みなさい。お熱がひいてる間に眠っておくのよ」 華枝は春香の体からそっと手を離した。 「うん……そうする」 のろのろと体をベッドに倒して、春香は顔までタオルケットにもぐりこんだ。寒いわけじゃない、華枝の顔を見るのが恥ずかしいからだ。 「また後で様子を見にくるわ。その間、たっぷり眠っておきなさいね」 華枝はそっと立ち上がってドアのノブに手をかけた。 それから三時間ほどして、華枝は春香の部屋に戻ってきた。 ドアを開け閉めする微かな音が耳に届いたのか、春香が目を開けて華枝の方を見た。 「あ、起こしちゃった?」 小さな声で華枝は言った。 「ううん。さっきから目が覚めてた。ちょっと寝苦しくなってきて……」 春香はぽつりと応えた。 言われてみれば、眠る前には少し落ち着いていた顔色が、今はまた赤くほてっているようだ。座薬の熱冷ましは、即効性はあるものの、あまり長くは効き目が持続しない。そのせいで、また熱がぶり返してきたのかもしれない。 けれど、それにしても、春香の顔の赤さは普通ではなかった。熱のせいばかりでないように思うのは華枝の気のせいだろうか。 「あのね、華枝……」 ベッドに横たわったまま、おそるおそるといった感じで春香は言いかけた。なのに、じきに言葉に詰まってしまう。 「ん? どうしたの?」 気遣わしげに華枝は訊き返した。 「あのね……トイレへ連れて行ってほしいんだけど……」 ようやくのこと、春香は蚊の鳴くような声で言った。 やっとわかった。春香の顔がこんなに赤いのは、本当なら口にするのも憚られるような頼み事をしなきゃいけない恥ずかしさのせいだったんだ。納得した華枝は胸の中で笑みを浮かべた。 「やっぱり、一人じゃ歩けないみたい?」 念を押すみたいに華枝は訊いた。 「うん。……目の前がぼんやりしてて、ベッドから起き上がるのも難しいかもしれない」 華枝は泣き笑いのような表情を浮かべた。 「よかったじゃない」 華枝はベッドのそばで腰をかがめた。 「よかった? 何がよかったっていうの?」 春香は、潤んだ目で華枝の顔を見上げた。 「おむつよ、お・む・つ」 わざと一言一言を区切るように華枝は言った。 「あ……」 自分が何を身に着けているのか、その時になってようやく思い出した春香は、はっとしたような表情を浮かべた。 「わかったわね。だったら、安心でしょう? わざわざトイレまで行くこともないし」 華枝は軽くウインクしてみせた。 「でも、だって、あれは……あれは、トイレに間に合わなかったらいけないからって、念のためなんでしょう? そんな、最初から、あれを使うつもりなんて……」 すがるように春香は言った。 「何を言ってるの。春香は赤ちゃんなのよ。トイレへ行く必要なんてあるわけないじゃない」 華枝はくすっと笑った。 「そんな……そんなの、いやよ。いい、もう華枝には頼まない。トイレくらい一人で行けるもん」 拗ねたような顔で言って、春香はベッドの上でのろのろと体を動かすと、両手を突っ張るような格好で体を起こし始めた。 「駄目よ。熱があるのに動きまわって、今よりも具合が悪くなったらどうするの!?」 ぴしゃりと言って、華枝は春香の体をベッドに抑えつけた。 「離してよ。トイレへ行くんだから離してってば!!」 春香は体をくねらせた。 けれど、もともとが頭一つ華枝よりも小柄な上に、今は熱のせいで体中に力が入らないせいで、どうしても華枝の手から逃げ出せない。 「ほら、おとなしくしなさい。我が儘を言うんじゃないの」 華枝はベッドの上に膝をつくと、いつまでも暴れる春香の体の上に覆いかぶさった。 「だって、だって……」 駄駄っ子みたいに両手を振りまわす春香。 「もう、仕方のない子ね」 呆れたように呟いて、華枝は春香の体を右手で抑えつけたまま、左手だけで自分のブラウスのボタンを外し始めた。 ボタンを三つも外してしまえば、淡いレモン色のブラがあらわになる。華枝がブラのフロントホックも手早く外して体をくねらせると、肩紐のないワイヤーストラップになったブラの片方のカップがずれて、ぷりんと張りのある乳房が春香の目の前に現われた。 つんと上を向いたピンクの乳首に目を奪われて、春香は一瞬、暴れるのをやめた。 と、華枝が左手を春香の首の下にまわして、そのまま抱き上げた。 春香は両手を突っ張って華枝の体を押し返そうとしたけれど、その両手は華枝の右手に絡め取られてしまう。 「ほら、口を開けて」 春香の頭を抱き寄せて、華枝は、自分の乳首をつんと突き出した。 「何なの? 華枝ったら、何をする気なのよ?」 春香は今にも泣き出しそうな声を振り絞った。 「春香こそ何を言ってるのよ。わざわざ説明しなくてもわかるでしょう? ――ほら」 華枝は胸を張って左手に力を入れた。 「む……」 顔を華枝の乳房に埋めた春香は言葉を失った。 息苦しくなってきて思わず開いた唇の隙間を押し開くようにして華枝の乳首が春香の口の中に入ってくる。 舌先に触れた乳首は、汗のせいで少ししょっぱい味がした。ぷりんとして、ちょっとひんやりした感触。 体を退こうとしても、すっかり華枝の手で横抱きにされてしまっていて、僅かに首を巡らせるのが精一杯だ。 「さ、吸ってごらん。私のおっぱいを吸いながら体の力を抜くのよ」 春香の口に自分の乳首をふくませた華枝は、幼児をあやすみたいに囁いた。 言われるまま、春香の唇が微かに動いた。華枝が母親のように振る舞う同居生活が長く続いたため、自分では意識しないまま、心のどこかに、華枝の言うことには逆らえないという思いが芽生えているのかもしれない。あるいは、成長期に入って体格が逆転した時から、それまでの反動のように、春香はどことなく華枝に甘えるようなそぶりをみせることがあったから、それが今も続いているのだろうか。いずれにしても、口では反抗してみせながらも、結局のところは華枝の言いなりになってしまう春香だった。そうでなければ、いくら熱があるといっても、大学生にもなっておむつをあてられられるなんてことには、もっと必死になって抵抗するのが普通なのだから。 おずおずと唇を動かす春香の背中を華枝の右手が優しく撫ぜる。 華枝が左手に力を入れなくても、もう春香の唇は華枝の乳首から離れそうにない。 「ゆっくり体の力を抜いてごらん。意識をみんな私のおっぱいに集めて、他のことは何も考えないようにして。そうよ、私のおっぱいを吸うことだけ考えて、あとのことは忘れちゃうのよ」 春香が口にふくんだ乳房の下に手を入れてそっと持ち上げるようにしながら、ゆったりした口調で華枝は囁きかける。 春香の唇と下の動きが激しくなってきた。 そうして。 突然、春香が華枝の乳首に歯を立てた。 「つ……」 思わず出かかった呻き声を飲みこんで、華枝は春香の下腹部に目をやった。お腹のあたりが小刻みに震えているのがわかる。 春香の顔つきが急にとろんとしてくる。 華枝は、それまで背中を撫ぜていた右手の掌を春香の股間に押し当てた。微かに、本当に微かに、おむつカバーの中におしっこが溢れ出している感触が伝わってくる。弱々しく震えるような、よほど気をつけていないとわからないくらいおむつカバーが内側から膨れてくるみたいな、ちょっと他には例えようのない感触だった。 華枝は視線を戻した。 恥ずかしそうに瞼を閉じて、華枝の目から逃げるように乳房に顔を埋めている春香。 「いいのよ、それで。今、本当に春香は私の赤ちゃんになったのよ。だって、私のおっぱいを飲みながらおしっこでおむつを汚しちゃったんだもの。そうよね?」 華枝は春香の頬を人差指でつんと突いた。 華枝の乳房に顔を埋めたまま、目の下のあたりをほんのり赤くして、春香は小さく頷いた。 「はい、できた。もういいわよ」 ぐっしょり濡れたおむつを新しい布おむつに取り替えて、華枝はおむつカバーの上から春香のお尻をぽんと叩いた。 「どう、新しいおむつは気持ちがいいでしょう?」 言われて、春香は顔を赤らめた。赤ちゃんでもないのにおむつをあてられて、その上、春香のおっぱいに顔を埋めながらおむつを汚してしまったのだ。恥ずかしくないわけがない。しかも、濡れたおむつを華枝に外してもらっただけでなく、新しいおむつに「取り替えて」もらったのだと思うと、胸がどきどきと高鳴るばかりだ。 それでも、ふかふかの新しいおむつの肌触りに、つい思わず頷いてしまう。 「うふふ、おむつが気持ちいいだなんて、すっかり赤ちゃん気分ね、春香は」 恥ずかしそうに頷く春香に、悪戯めいた表情で華枝は言った。 「ち、ちがうもん。おむつが好きなんじゃなくて、濡れたおむつに比べれば新しいおむつが気持ちいいってことだもん」 春香は慌てて訂正した。 「いいわよ、そんなにムキにならなくても。どっちにしても、春香は可愛いい赤ちゃんなんだから」 くすくす笑って華枝は言った。 「華枝のいじわる」 ベッドに横たわったまま、春香はぷいとむこうを向いた。 「拗ねた顔も可愛いいんだから、春香は。はい、そんな可愛いい春香にプレゼントがあります。――だから、ほら、こっち向いてごらん」 そう言うと、華枝は、床の上に置いていたピンクのパジャマを両手で広げて春香の目の前に差し出した。 パジャマといっても、年ごろの女性が着るようなデザインのではなく、小学生くらいの女の子に似合うような、見るからに可愛らしいものだった。全体的な雰囲気は、パジャマというよりも、女児用のおネグみたいな感じがする。しかも、裾や袖先がフリルになっていたり、胸元に飾りレースがたっぷりあしらってあるせいで、余計に幼い感じがする。おネグというよりも、赤ちゃんが着るベビードレスといった方が近いかもしれない。 「可愛いいでしょう? 布おむつを買いに寄ったお店で買ってきたの。ほら、春香に似合うように、手芸屋さんで買ってきたレースも付けてあげたし。私、お裁縫も得意だから」 華枝は、両手で広げたパジャマというか、大きなベビードレスをひらひらと振ってみせた。そのたびに、フリルたっぷりの裾がふわりと広がる。 「それ……私が着るの?」 二度三度とまばたきを繰り返してから、春香は、よく耳をそばだてていないと聞き取れないような声で言った。 「そうよ。わざわざ春香のために買ってきてあげたんだから。サイズは150だけど、春香は体が小っちゃいから窮屈じゃない筈よ」 春香に向かって『体が小っちゃい』と言った時、なんだかとても意地悪な悦びが体中を走り抜けた感じだった。幼い頃、同じ言葉を何度も春香から言われたのを今になってそっくりそのまま言い返すことができる悦びだ。しかも、今は、その上――。 「でも、でも、どうして子供用なの?」 相変わらず春香の声は弱々しい。 「あら、わからない? 子供って大人よりも汗をかきやすいから、吸水性のいい生地を使ってるのよ。現にこのパジャマだって、春香が今着てるのより、ずっと汗を吸い取りやすい生地でできてるのよ。春香、熱のせいで普段よりもたくさん汗をかいてるじゃない。だから、わざわざ買ってきてあげたのに」 言われてみれば、寝汗も加わって、春香のパジャマはかなり湿っぽくなっていた。自分でもそれがわかるから、そんなふうに説明されると、渋々でも納得するしかない。 「じゃ、おむつも取り替えたし、次はパジャマよ。ほら、体を起こして両手を上げて」 華枝は春香の体を抱き起こすと、強引に両手を上げさせた。そうして、春香が着ているパジャマのボタンを上から二つだけ外して、そのまま、頭の上へ引っ張り上げるようにして脱がせてしまう。それは、年ごろの女性を介護しているというよりも、まだ一人では着替えのできない幼い娘を手伝ってやっている母親を見ているような光景だった。 華枝は、新しいパジャマを頭の上からすっぽり春香の体にかぶせると、さっと裾を引きおろして、胸元のボタンを四つ手早く留めてしまった。華枝の言った通り、子供用のパジャマなのに、小柄な春香にはちっとも窮屈なことはない。でも、窮屈じゃないんだけど、意外に丈が短くて、おむつカバーが全部は隠れないで、半分ほど見えてしまっている。裾からおむつカバーを覗かせているせいで、フリルやレースたっぷりの新しいパジャマは、余計にベビードレスみたいな感じに見える。 「うふふ。思った通り、とってもお似合いよ。せっかくだから、髪の毛もまとめちゃいましょう」 自分が買ってきて飾りレースで仕立て直したパジャマがまるで誂えたみたいに春香に似合っていることに気を良くした華枝は、にまぁと笑って、新しいパジャマとお揃いの色のリボンをひらひら振ってみせた。 春香の髪は、肩に届くか届かないかくらいの長さで、ほんのちょっとだけウェーブのかかった軽い癖っ毛だ。そんな春香の髪をそっと掬い上げるようにしながら、華枝は、春香の左耳の真上よりも少し後ろのあたりの髪に右手を差し入れて、無造作に、けれど決して乱暴ではない手つきで、髪の毛を一握りくらいの太さの房に束ねた。そうして、房になった髪の根元を幅の広いピンクのリボンできゅっと結わえてしまう。 「春香の髪、ちょっと癖があるからリボンでくくりやすいわね。さらさらヘアだったら、すぐにリボンが滑っちゃって、まとめるのが大変だけど」 右の方も同じように房にしてリボンを結わえながら、華枝は春香の耳元で囁いた。 華枝の吐息が耳たぶに当たるたびに、思わず春香はぶるっと体を震わせてしまう。ちらと目を動かすと、すぐそこに、華枝の胸がある。その乳房に顔を埋めておむつを濡らしたのかと思うと、今さらながらに気恥ずかしくなってくる。同時に、恥ずかしさのためばかりではない、自分でもどうしてだかわからない胸の高鳴りを感じる。 「はい、できた。やっぱり春香は、フラッパーぽいヘアスタイルより、こういうのが似合うのよ。――見てみる?」 奇妙な胸の高鳴りのために咄嗟には応えられない春香の返事を待つこともなく、華枝はさっと立ち上がると、ドレッサーの上にあった手鏡を春香の目の前に突き出した。 鏡に映っているのは、春香の顔だった。けれど、それが自分なのだとわかるまで少し時間がかかった。頭の左右で二つの房に束ねた髪をピンクのリボンで結わえて、どこかおどおどした目で鏡を覗きこんでいるその顔には、とても大学生とは思えない幼さがあった。熱に浮かされて自分だけではトイレさえ行けない頼りなさと不安が表情になって、余計にそう見えるのかもしれない。 華枝が手鏡を少し後ろに退いた。それまで顔しか映っていなかった鏡に、今度は、胸から上が映った。春香が僅かに首を動かすと、二つの房に結わえた髪がゆっくり揺れて、パジャマの胸元にあしらった飾りレースがふわりと踊る。 「わかったでしょう? これが春香なのよ。可愛いい赤ちゃんになった春香なの。大きな鏡なら体がみんな映るから、春香の可愛いい姿がもっとよくわかるわよ。抱っこしてドレッサーの前へ連れて行ってあげようか?」 鏡に映る自分の姿から恥ずかしそうに目をそらす春香に、華枝は悪戯っぽい口調で言った。 春香には、無言で首を振ることしかできなかった。自分がどんな姿をしているか、その目で確認する勇気はなかった。ベビードレスめいたパジャマの裾からおむつカバーを半分ほど覗かせた恥ずかしい姿は、わざわざ鏡で見なくても、お尻を包みこむ柔らかい布おむつの感触と、新しいパジャマの厚手のコットンの感触で、春香は体中で実感させられているのだから。 「そう? 遠慮しなくてもいいのに。でも、いいわ。春香の可愛らしい格好を自分の目で見る時が絶対に来るから。それよりも、今は風邪を治さなきゃね。――おむつも取り替えてあげたし、パジャマも着替えてあげたし、またゆっくりお眠りなさい。風邪には、とにかく眠るのが一番のお薬よ」 くすっと笑って、華枝は手鏡をドレッサーの上に戻した。 「……眠くない」 ゆっくりと体を後ろに倒して、二つの房に束ねた髪を枕の上におろして、けれど春香は少し困ったようにぽつりと言った。まるで赤ん坊のような格好をさせられた羞恥と、理由のわからない胸の高鳴り。いくら熱があるとはいっても、そうそう簡単に寝つけるわけもない。 「横になって静かに目を閉じてなさい。そのうち眠くなってくるから」 華枝は春香の額に掌を置いて、言い聞かせるように囁いた。 「でも……」 春香は弱々しく首を振った。 「じゃ、一緒に寝てあげる。春香が眠るまで私が一緒にいてあげる」 ベッドの傍らに立って春香の顔を見おろしていた華枝が、そう言うと、不意にタオルケットを捲り上げて春香のすぐ横にもぐりこんだ。 「え……?」 困惑した目で華枝の顔を見る春香の顔に、けれど、どこか安心したような表情が浮かんでくる。 「添い寝してあげるのよ。可愛いい赤ちゃんがちゃんと寝つけるように」 華枝は春香の頭の下に左手を伸ばして、それまで春香が頭を載せていた枕をベッドの外に押しやった。そうしてそのまま、腕枕にした左手で春香の頭を引き寄せる。 その間に、華枝の右手はブラウスのボタンを外して、ブラのフロントホックも外してしまっていた。 「さ、吸っていいのよ。さっきも、私のおっぱいを吸いながらだったら、ちゃんとおしっこできたでしょう? だから今度は、おっぱいを吸いながら眠るといいわ」 「で、でも……」 ゆっくり近づいてくるピンクの乳首に両目を釘付けにしたまま、春香は唇を震わせた。 「ほら」 春香の唇に、弾力のある乳首が触れた。 びくっとして体を退きかけるけれど、華枝はますます力を入れて春香を引き寄せようとする。 華枝の乳首が春香の唇を押し開けるようにして口の中に入ってきた。 華枝が胸を突き出した。 春香の舌がおずおず動いて華枝の乳首に触れた。 「そう、それでいいのよ。さっきみたいに上手に吸ってごらん」 華枝は春香を両手で抱き寄せた。 春香が少し恥ずかしそうに華枝の顔をちらと見上げた。華枝が軽く頷くと、春香はそっと瞼を閉じて、おずおずと唇を動かし始めた。 小さい頃、よく二人で遊んだおままごと。 年齢の割に体の大きかった春香がお母さん役を一人占めしていた。けれど、それは本当は春香が心から望んでのことではなかった。春香にしても、子供の役もしてみたかったし、気ままに遊んでもみたかった。だけど、春香の母親がいつも口癖みたいに「春香は体が大きいんだから、しっかりしなくちゃいけないのよ。遊ぶ時も、何かあったらお友達を守ってあげなきゃいけないのよ」と言い聞かせていたものだから、仕方なく、お母さんの役を引き受けていたのだ。遊ぶ時には、しっかりしなくちゃとか、お友達を守ってあげなきゃなんて、考えたくない。自分の好きなようにしたいし、思った通りに遊びたい。なのに、一人っ子だからって甘やかしませんよと厳しく躾けられて育ったものだから、遊ぶ時も、何かあったらすぐに華枝を庇えるようにと考えてお母さん役を自分から進んで引き受けていた春香だった。もっと母親にも甘えたかったろうし、何も考えずにただ好きなふうに遊びたかったろう。でも、小さい頃から『いい子』に躾けられて育った春香には、それができなかった。 ところが皮肉なもので、中学生になって成長期に入ると、春香と華枝の体格があっという間に逆転してしまった。どちらかというと小柄だった華枝の方が急に成長しだして、もともと体が大きい方だったのに成長期に入ってからはあまり発育しなかった春香は、あっという間に、華枝よりも頭一つ小柄になってしまった。けれど、それで春香がコンプレックスを抱くようなことは決してなかった。むしろ、もういいんだよね。もう、しっかりなんてしなくてもいいんだよねと、なんだかいろいろなことから開放されたような気がして、妙な安堵感さえ覚えた春香だった。そうして、ふと、今までの分を取り返してみようかなと春香は思った。だけど、すぐに思い直した。中学生にもなって、もう、おままごとなんかじゃないんだから。 なんとなく満たされない思いを抱いたまま時を重ねて、二人は、故郷から少し離れた街にある同じ大学に通うためにマンションの一室を借りて一緒に暮らすことになった。それだけなら、幼なじみの二人がルームメイトになっただけの、わりとよくあるような、そんなに珍しい話じゃない。 けれど、それは、華枝にとってそうだったのと同じように、春香にとっても願ってもないチャンスだった。そう、今度こそ、堂々とおままごとをやり直せるんだから。 もちろん、そんなこと、口にはしなかった。華枝には何も言わず、にっと胸の中で笑って、春香は自分の計画を行動に移すことにした。もっとも、とはいっても、特別なことをするわけではない。洗濯や料理、掃除といった家事全般を華枝一人にまかせきりにして、自分は朝になってもベッドの中でぐずぐずしている、そんな日常を送るだけのことだった。そうすることで、子供の頃にはさせてもらえなかったおままごとの子供の役を演じているような気分になることができる、それだけのことだった。――そう、つい最近までは、それで満足していた。 だけど、最近になって、春香は自分が妙な欲望を胸の中にひめていることに気づいた。子供の役を演じるだけでは満足できず、華枝にもっと甘えたがっている自分を発見したのだ。ひょっとしたら、随分と厳しかった母親に思いきり甘えられずにいた満たされない気持ちを華枝に向けているのかもしれない。ひょっとしたら別の理由があるのかもしれない。けれど、理由はどうあれ、心の中に芽生えた奇妙な欲望は次第に大きく膨れあがり、もう春香自身にも抑えきれなくなりそうになっていた。 そんなところへ、この風邪だった。熱に浮かされる春香の心の中に不意に奇妙な計画が浮かび上がってきた。普段なら絶対に思いつきもしないような、熱にうなされながら見る夢の中でしか思いつかないだろう奇妙な計画。――風邪のせいで自分じゃ食事もできないし、トイレへ行くのだって難しいと華枝に思わせたらどうだろう。うん、そうだ。私が華枝に面倒をみてもらわなきゃ何もできない小さな子供なんだって思ってもらえたら。うふふ、この風邪って、私のお願いを神様が叶えてくれるためにひかせてくれたにちがいないわ。うん、絶対に、そう。今度こそ華枝は私のママになってくれる筈だよ。私だけの優しいママに。そうして熱に浮かされるまま、恥ずかしいのも忘れて、廊下でわざとおもらしまでしてしまった春香だった。 でも、まさか、華枝がおむつなんて買ってくるとは思わなかった。それも、介護用の紙おむつじゃなくて、赤ちゃんが使うみたいな動物柄の布おむつに水玉模様のおむつカバーだなんて。しかも、その上、小さな女の子用のパジャマを買ってきてベビー服みたいに仕立て直すだなんて。 こんなの、赤ちゃんみたいで恥ずかしいよぉ。華枝には優しくしてほしかったけど、だけど、こんなことになるなんて思ってなかったんだから。 でも、でも。 それで華枝が本当にママになってくれるなら……。 華枝の乳房に顔を埋めた春香の目がとろんとしてきた。時おり、瞼が力なく閉じかける。そのたびに、はっとしたように華枝の顔を見上げては、乳首をふくんだ唇を動かす春香。 華枝は春香の体をベッドの上で横抱きにしていた右手をそっと離して、腕枕にしている左手を静かに伸ばした。それでも春香は自分から体を丸めるようにして華枝の体にすり寄ってくる。 華枝は春香の背中を優しく撫ぜた。 そうすると、ようやく安心しきったような顔になって春香は瞼を閉じる。やすらかな寝息が聞こえてきた。それでも春香は華枝の乳首を口にふくんだままだった。それこそ、まるで乳飲み子のように、乳房にむしゃぶりついていないと不安で不安でたまらないというふうに。 華枝は左手を春香の腕枕にしたまま、窮屈な姿勢を保った。けれど、それは決して苦痛ではなかった。おむつをあて、ベビードレスに身を包んだ春香が自分の乳房を求めているのだと思うと、たまらないほどの悦びが湧き上がってくる。小さい頃のおままごとの分を取り返すことなど、本当のところはもうどうでもよくなっている。華枝の乳首から母乳が溢れ出る筈がない。それでも、無心に乳首を求める春香の寝顔を見ていると、本当におっぱいをあげているような気がしてくる。 華枝が春香の表情の変化に気づいたのは、それから三十分ほどが経った頃だった。 春香の顔つきが微かにこわばったかと思うと、瞼がぴくぴくと何度か動いて、華枝の乳首を咥えている唇が固くなった。そうして、そのすぐ後、一度はこわばった表情が不意に和らいで、ふわっと小さく唇が開いた。同時に、お腹のあたりがぴくりと震える。 はっと気づいて、華枝は春香のおむつカバーの中に右手を差し入れた。中指と薬指を伸ばしてそっと探ってみると、布おむつが微かに湿っていた。そして、そのまま右手をおむつカバーの中に差し入れていると、布おむつの湿ったところが次第次第に増えてくる。 さっき、やはりこうして華枝の乳首を口にふくんだままおもらしをした時と違って、おしっこが勢いよく溢れ出すことはない。それでも、じわじわとおむつを濡らしているのは確かだった。 「うふふ、春香ったら……」 春香の顔を見おろす華枝の顔に、なんとも言いようのない表情が浮かんだ。 それからまた二時間ほどして目を覚ました春香は、何かを探すみたいにきょときょとと周りを見回した。 そこへ、藤で編んだ大振りのバスケットを手に提げた華枝が戻ってきた。 「あ、目が覚めたのね。ちょうどよかったわ、ミルクを持ってきてあげたの。喉、渇いてるでしょう? 今朝から何も食べてないし、何も飲んでなかったもの」 足早にベッドのそばへやって来た華枝は春香の顔を覗きこんで言った。 「……うん」 とろんとした目で華枝の顔を見上げた春香は小さく頷いた。 「じゃ、これ」 華枝はバスケットから丸い瓶を持ち上げて春香に手渡した。 華枝のごく自然な仕種に、春香も何の疑いもなく、ミルクでいっぱいの丸い瓶を受け取ってしまう。 けれど、すぐに、その瓶が何なのかわかると、戸惑ったような目になった。 「え? これ……」 手渡された丸い瓶をじっと見つめて、春香は弱々しく首を振った。顔には、羞恥の色がありありと浮かんでいる。 「うん、哺乳瓶よ。それがどうかした?」 こともなげに華枝は言った。 「だって、だって、哺乳瓶なんて赤ちゃんが使う物なんじゃ……」 熱のせいばかりではなく、春香の顔が赤らんだ。 「そうよ、赤ちゃんが使う物よ。だから春香にはお似合いなんじゃない。廊下をおしっこでびしょびしょにしちゃって、おむつまで汚しちゃうような赤ちゃんの春香に」 華枝は、春香の手の上から哺乳瓶を軽く握って二度三度と振ってみせた。 「いじわる。華枝のいじわる」 春香は蚊の鳴くような声で言った。けれど、その顔には、満更でもなさそうな表情が浮かんでいる。 「薬局で買い物をしてる時、介護用の吸い口を目にして、それでもいいかなとも思ったのよ。でも、吸い口だとこぼしやすいし、自分じゃ持ちにくいのよね。そのてん、哺乳瓶だったら少しくらい倒してもこぼれないし、春香が自分で持って飲めるもの。だからいいのよ。――私がおむつを取り替えてあげてる間、春香はミルクを飲んでればいいんだから」 哺乳瓶を春香の口に近づけながら華枝はすっと目を細めた。 「……どういうこと?」 春香の睫毛が不安げに震えた。 「いいから、ミルクをお飲みなさい。二度も私のおっぱいを吸ったんだから、哺乳瓶なんて恥ずかしくないでしょう?」 華枝は、春香の哺乳瓶を持っていない方の手を握って半ば強引に哺乳瓶をつかませると、そのまま、ゴムの乳首を唇に押し当てた。 華枝の生の乳首とはまたちがう、それでいて、やはりぷりんと弾力のあるゴムの乳首が春香の舌に触れた。おそるおそる春香が唇を動かすと、ゴムの乳首の小さな穴から生温かいミルクが流れ出して、口の中が甘い匂いでいっぱいになる。 「そうよ、そのまま飲んでるのよ。その間に、おねしょで汚れたおむつを取り替えてあげるから」 華枝は哺乳瓶を支えていた手を離して、床に置いたバスケットから新しい布おむつを取り上げた。 哺乳瓶の乳首に口を塞がれた春香は、はっとしたような目をして華枝の顔を見上げた。春香も、おむつが湿っぽいみたいだということには気がついていた。けれど、それは汗のせいだと思っていた。熱のせいで普段よりもたくさんかく汗が、通気性が良くなくてただでさえ蒸れやすいおむつカバーの内側にこもっておむつを湿らせているんだろうとしか思っていなかった。なのに……。 「びっくりした? でも、本当のことよ。私のおっぱいを吸いながら眠っちゃったことは憶えてるわよね?」 華枝は、春香の体にかかったタオルケットを捲り上げた。 春香は無言で小さく頷いた。 「眠ってから三十分ほど経った頃だったかな、春香ったら、急に顔つきが変わって体が固くなって、で、すぐにまた力が抜けたみたいになって――これは憶えてない?」 タオルケットの下から、寝乱れたパジャマが現われた。ただでさえ丈が短いのに、その上、裾が乱れているものだから、おむつカバーが丸見えになってしまっている。 春香は少し考えて、それから、一度だけ首を横に振った。 「そう。じゃ、教えてあげる。春香の体から力が抜けるのを見て、ぴんときたの。それで、おむつカバーの中の様子を調べてみたの。そしたら――」 華枝は春香の反応を楽しむみたいに言葉を切った。 不安にかられて、春香はミルクを飲むのをやめて華枝の口元を見つめた。 「そしたら、案の定だった。おむつがじわじわ濡れてきたのよ。その時の感触、まだ指に残ってるわ」 言って、華枝は右手の中指と薬指を春香の目の前ですっと伸ばしてみせた。 春香はおずおずと華枝の右手の指から目をそらした。 「おもらしをしてすぐだったから、あまりおしっこが溜ってなかったんでしょうね。だから、おむつも、ぐっしょりってほどじゃないわ。でも、おねしょはおねしょよ。私の乳房に顔を埋めたまま、また春香はおむつを汚しちゃったのよ。今度はおねしょで」 ゆっくり言い聞かせるように説明して、華枝は春香のおむつカバーに指をかけた。マジックテープを剥がす恥ずかしい音が春香の耳に届く。 おねしょでおむつを汚しちゃったのよ。華枝の言葉が春香の頭の中をぐるぐる廻った。おもらしをしてすぐだっから、あまりおしっこは溜ってなかった。だったら、本当なら、おねしょなんてしちゃうわけがない。おしっこがいっぱいになって我慢できなくなっておねしょしちゃうならまだわかるけど、そんなでもないのにおねしょだなんて。 おままごとの続きを楽しむつもりだった。お母さん役からやっと開放されて、今度は自由な子供の役を存分に楽しむつもりだった。それだけのつもりだったのに、なのに、本当に赤ちゃんみたいにおねしょだなんて。それも、華枝のおっぱいを吸いながらおむつを汚して、そのことに気がつかないなんて。私、私――ぞくっとするような不安が春香の心を包みこむ。 「ほら、お口が止まってるわよ。ちゃんとミルクをお飲みなさい。春香が哺乳瓶でミルクを飲んでる間におむつを取り替えてあげるから」 おむつカバーの前当てが両脚の間に広がった。 言われて、春香は瞼をぎゅっと閉じて唇を動かし始めた。激しい不安とおむつを取り替えられる羞恥から逃れるためにミルクに意識を集めようとしたのかもしれない。けれど、本当のところは、それだけではない。春香の心にひそんでいる本当の欲望がそうさせているのだった。しかし、そのことに春香自身もまだ気づいてはいない。ただ、激しい不安という形でぼんやりと感じているだけだ。 「うふふ。春香、本当に赤ちゃんになっちゃったのね。おむつを取り替えてもらいながらおとなしく哺乳瓶でミルクを飲んでるんだもの」 おむつカバーの横羽根を広げながら言った華枝の言葉が春香の羞恥をくすぐる。 けれど、春香は一言も言い返せなかった。激しく羞恥をかき立てる華枝の言葉は、一方で、春香の心の奥の方にひそむ欲望にとっては甘美な蠱惑の囁きかけだったのだから。 春香が哺乳瓶のミルクをすっかり飲んでしまった時には、もうおむつの取り替えも終わっていた。 「上手に飲めたわね」 空になった哺乳瓶を受け取った華枝は悪戯っぽく言った。 「でも、哺乳瓶のゴムの乳首より、私のおっぱいの方がよかったんじゃない?」 「う……ん」 はにかんだような表情で春香は応えた。 応えて、でも、春香は戸惑いを覚えた。まさか自分がそんなふうに応えるなんて、思ってもいなかった。子供の頃に思ったようにできなかったおままごとをやり直しているだけのつもりなのに、そんな、本気で華枝の乳房を求めているような返事をするだなんて。 まるで春香の心の中に忍びこんだ誰かが勝手に応えているみたいな感じだった。だけど、それは確かに春香の声だった。そうして、はにかむように上目遣いで華枝の胸元を見つめているのは確かに春香の瞳だった。 けれど、春香が戸惑いを覚えたのは、ほんの僅かな間だけ。 心の中の誰か――それこそが、春香の心の奥深い所にひそむ奇妙な欲望だった。 おままごとのやり直し。春香は、それだけが自分の心に芽生えた願望だと思っていた。けれど、実際のところはちがっていたのだ。春香が心から願い求めたもの。それは、おままごとなどではなく、本当に子供の頃へ返ることだった。それも、おままごとで渋々お母さん役をしていたあの子供の頃ではなく、春香が気ままに好きなように遊べたかもしれない、実際に生きてきたのとはちがう、もう一つの子供の頃へ。 そう。春香が願ったのは、おままごとのやり直しではなく、子供時代のやり直しだった。躾に厳しい実の母親ではない、もっとべったりと甘えることのできるもう一人の母親との甘い生活だった。 なのに、春香自身も、本当の願いが何だったのかを知らずにいた。まさか実際に子供の頃に返れるわけがないと思い、人生をやり直したいという本当の願望を、おままごとのやり直しでいいんだと思いこんできたのだった。けれど、思いもかけなかったこととはいえ、華枝がおむつを買ってきたばかりか哺乳瓶まで使わせたために、春香は無意識のうちに自分の本当の願望に気づかされたのだった。華枝の手で赤ん坊のように扱われているうちに、早春の湖に張った薄氷のような心の表面を破って、子供の頃に返ってみたいと願う本当の望みが、噴き出るように姿を現したのだ。 春香自身も知らないうちに、春香の心は、その奥深い所にひそんでいた欲望の虜になってしまった。心の中の誰か――それは、だけど、他の誰でもない、心の中にずっと身を隠していた本当の春香自身だったのだ。 「おっぱい……吸ってもいい?」 すっと息を吸いこんで、躊躇うことなく春香は言った。それが春香自身の切ない望みだったのだから。 「もちろん、いいわよ。でも、どうしたの? 急に甘えんぼうさんになっちゃって」 哺乳瓶をバスケットに戻した華枝はベッドに上がって添い寝しながら、からかうみたいに言った。 「だって……」 甘えるような目で春香は華枝の胸元を見上げた。 「うふふ、わかった。おしっこしたいんでしょ? おしっこしたいのに、ベッドに寝たままじゃ出せなくて、それで私のおっぱいを吸いたくなったんでしょ? そうすれば、これまでみたいにおしっこが出るんじゃないかと思って」 言うよりも早く、華枝はブラウスのボタンを外し始めていた。 「いじわる」 身をよじって春香は拗ねてみせた。 「さ、いらっしゃい」 華枝は、これまでと同じように左手を腕枕にして春香を抱き寄せた。 春香の唇が華枝の乳首に触れた。 「我慢することなんてないのよ。おしっこしたくなったらいつでもしちゃえばいいの。したくなってもできないんなら、こうしておっぱいを吸わせてあげる。だから、したくなったらすぐにするのよ」 幼児をあやすみたいに華枝は言った。 華枝の乳房に顔を埋めたまま微かに頷いて、春香は少しずつ体の力を抜いていった。 そんなふうに、おしっこをしたくなるたびに華枝の乳房を求める生活が続いた。 そうして、三日目の朝。 藤のバスケットに新しいおむつと哺乳瓶を入れて部屋に入った華枝は、春香の顔色を見るなり、安心したような表情になった。 「あ、おはよう」 華枝の気配で目を覚ましたのか、瞼をこすりながら言う春香の声は、昨夜までとはちがって張りがある。 「おはよう、春香。だいぶ良くなったみたいね」 華枝が言う通り、春香の顔色は随分と血色が良くなっていた。 「うん。熱も下がったみたい。体も楽になったし」 「そう、よかった。じゃ、お熱を計ってみようか。――あ、でも、その前におむつを取り替えておかなきゃね。その間、はい、これを飲んでてちょうだい」 華枝は優しく微笑んで春香に哺乳瓶を手渡した。 受け取った哺乳瓶を両手で支えて春香がミルクを飲み始める様子をしばらく満足そうに眺めてから、華枝はタオルケットを春香の体の横に滑らせた。それから、ベビードレスの裾を春香のお腹の上に捲り上げて、おむつカバーに指をかける。昨夜も春香は華枝の乳房に顔を埋めたまま眠りについて、そうしておむつを汚してしまっていた。いつのまにか、華枝の乳首を口にふくむとおむつを汚すというのが春香の習い性になってしまったのかもしれない。 ぐっしょり濡れた布おむつを小振りのポリバケツの中に投げ入れて、その代わりにふかふかの新しい新しいおむつを敷きこんだ華枝は、エプロンのポケットから体温計を取り出した。 「あん……」 お尻に思いがけない違和感を覚えた春香が思わず呻き声を洩らす。ひんやりした何か固い物がお尻の穴に突き刺さったみたいな感じだった。 「……何? 何をしたの?」 まさかと思いながら、哺乳瓶の乳首を口から離して春香は訊いた。 「直腸検温」 華枝の返事は一言だった。 「ちょくちょうけんおん?」 咄嗟のことに華枝が何と言ったのかわからなくて、頼りない声で春香は聞き返した。 「春香も知ってるでしょう? 赤ちゃんの体温を計る方法」 華枝に言われて、ようやく春香も思い出した。そういえば、高校の家庭科か保健体育の授業で教えてもらったことがある筈だ。 「そうよ、お尻で体温を計る方法よ。赤ちゃんの体温を計るには、これが一番確かなんだから」 そう言う華枝は、おむつの上にお尻を載せ、そのお尻を体温計に貫かれた春香の姿に、なぜとはなしに妖しい悦びを覚えていた。 「で、でも……」 言いかけて春香が言葉を詰まらせた。 「でも? でも、何なの?」 「……おむつは、風邪が治るまでの間だけだった筈よ? たぶんもう風邪は治ってると思うし、だから、もうおむつは要らないと思うし、だったら、私は赤ちゃんなんかじゃないよ。なのに、こんな恥ずかしい計り方なんて……」 もう私は赤ちゃんじゃないのにと言いたげな春香だった。 けれど、それは本心ではない。華枝にべったりと甘える日が続いて、もう、そんな生活から抜け出すことなど、春香には考えられなくなっている。それでも、それをあからさまに認めるのも躊躇われた。だから、本心を隠して、言い訳めいた口調でそんなことを言ってみただけのこと。 「あら、風邪が治っても春香は赤ちゃんのままよ。赤ちゃんになりたいんじゃなかったの?」 春香の本心を見透かしたように、笑い声で華枝は言った。 「そんな、まさか……」 春香の声は、聞いている華枝がおかしくなりほどにうろたえていた。 「いいのよ、隠さなくても。私にはみんなわかってるんだから。だって、その証拠に、ほら――」 華枝は手早くエプロンを脱ぎ去ると、トレーナーの胸元をはだけた。最初からブラを着けていないのか、もうすっかり見慣れてしまった乳房がこぼれ出る。 胸をはだけた華枝がベッドに上がると、まるで吸い寄せられるみたいに春香が近づきかけて、でも、お尻の穴に刺さった体温計のせいで、びくんと体をこわばらせてしまう。 代わりに華枝の方から近寄って、ぷりんと弾力のある乳房を春香の口先に突き出した。 春香がおずおずとピンクの乳首を口にふくんだ。 「うふふ。赤ちゃんじゃないのに、おっぱいを欲しがるなんておかしいんじゃない? それに、ほら――」 それは、もう、すっかり習い性になってしまっていた。華枝が見守る中、春香の体から力が抜けてゆく。 ピピピ……体温計が小さな電子音を響かせた。 それが合図でもあったかのように、しゅわわわ……という聞き慣れない物音が華枝の耳に届いた。聞き慣れない音なのに、それが何の音なのか、わざわざ目で確認しなくても華枝は知っていた。 羞恥に満ちた表情を浮かべた真っ赤な顔を華枝の乳房に埋める春香。聞き慣れない物音は、その春香の股間から聞こえていた。 それは、おしっこが春香の股間から小さな弧を描いて噴き出す音だった。しゅわわわと微かな音をたてて噴き出したおしっこは僅かに宙を飛んで幾つもの雫に分かれて、たぱたぱたぱと弾けるような音を立てながらお尻の下に敷いたおむつの上に落ちて、そうして、ゆっくり吸い取られてゆく。 「おっぱいを吸いながらおしっこをお洩らししちゃうような子は赤ちゃんなのよ」 ぎゅっと瞼を閉じる春香の頬に華枝は優しいキスをした。 体温計の電子音はいつまでも鳴りやみそうにない。 その体温計をしとどに濡らしながら春香の股間から溢れ出るおしっこもいつまでもやみそうになかった。 それから何日かが経って、春香の風邪も本当にすっかり治ってしまった。 けれど二人の生活は、春香の風邪をきっかけに一変した、そのままだった。 その日も、プラスチック製の白いトレイを抱えた華枝が春香の部屋に入ってきた。 「おはよう、春香」 小さな食器が載ったトレイをサイドテーブルの上に置いて、華枝は優しく声をかけた。 何度かまばたきを繰り返してから目を開けた春香は華枝の姿に気がつくと、ゆっくり体を起こして、あどけない笑みをみせた。 「あ、駄目よ。起っきするのは、おむつを取り替えてから。おねしょでびしょびしょなんでしょ?」 なんだか、おねしょしているのが当たり前というふうな華枝の言い方だった。 「うん……」 僅かな、ほんの僅かな羞じらいの色を浮かべて、春香は小さな声で応えた。 「じゃ、もう一度ねんねなさい。おむつを取り替えてあげるから」 そう言って、華枝はベッドから離れた。 これまでなら、洗濯したおむつはバスケットに入れて一度に使う分ずつ運んできていた。けれど、もう、そんなことをする必要はない。壁際にはパステルピンクに塗ったベビータンスが置いてあって、洗濯の終わったおむつは、まとめてそのベビータンスにしまってあるのだから。 華枝はベビータンスの一番下の引出しから新しい布おむつを何枚か取り上げてベッドのそばに戻ってきた。春香が横になっているベッドも、カバーや毛布は子供向けの可愛らしい柄のに変わっている。それだけではない。カーテンも華枝が見立てた、それこそ子供部屋にお似合いというような物に取り替えてあるし、ヌイグルミやちょっとしたオモチャといったものが無造作に床の上に転がっていた。その上、天井にはサークルメリーまで吊ってある。 アニメキャラクターが描かれたタオルケットを華枝が滑らせると、レモン色のベビードレスに身を包まれた春香の体があらわになった。寝乱れてベビードレスの裾が捲れ上がってしまい、水玉模様のおむつカバーが丸見えになっている。 ベビータンスから取り出した布おむつを一旦タオルケットの上に置いて、サークルメリーのスイッチを入れてから、華枝はおむつカバーに指をかけた。からころと軽やかな音楽が部屋中に広がる中、前当てと横羽根とを留めているマジックテープを外す時、ベリリという意外と大きな音がした。それはまるで、これからおむつカバーを広げるんだよと春香に告げているみたいだった。 おむつカバーの前当てを春香の両脚の間に広げ、左右の横羽根をお尻の横に広げると、おねしょで薄いシミになった動物柄の布おむつが丸見えになる。春香が夜中に眠ったまま粗相をしてしまってからかなりの時間が経つだろうに、体温のためか、ぐっしょり濡れたおむつはまだ生温かだった。ほどよくエアコンの利いたひんやりした空気の中、ひょっとしたら、うっすらと湯気さえ立ち昇ったかもしれない。 華枝は春香の両足の足首を左手でまとめてつかむと、そのまま高く差し上げた。それは、赤ん坊のおむつを取り替える時そのままの姿だった。普通なら、大人の足をそんなふうに軽々と持ち上げられる筈がない。それなのに華枝がそうできるのは、春香も自分から進んで足を上げているからだった。おむつを取り替えてもらう時の、そのいかにも赤ん坊じみた格好に魅せられて、いつのまにか春香の方から両足を揃えて上げるようになっていたのだ。 足首を高く差し上げたために、春香のお尻が僅かに浮いた。その隙間から、華枝は、ぐっしょり濡れたおむつを引き寄せてポリバケツの中に滑らせた。それから、タオルケットの上に置いておいた新しい布おむつを敷きこむ。 もう何度も春香が汚してしまい、そのたびに華枝が洗濯をしてベランダに干した布おむつは、お日様の光をたっぷり浴びてふかふかだった。おむつを取り替えてもらうたび、その柔らかなふかふかした感触に、春香は思わず頬を赤らめてしまう。何度経験しても、他に例えようのないその柔らかさに、なぜとはなしに気恥ずかしさを覚えてしまう春香だった。 柔らかい布おむつが両脚の間をすり抜ける感触があって、それから、華枝の手が横当てのおむつをおヘソのすぐ下に重ねてゆく様子がありありと伝わってくる。そうして、足首がそっとベッドの上に戻されて、おむつカバーの横羽根に続いて前当てがマジックテープでしっかり留められるのがわかる。 「さ、いいわよ。起っきしましょ」 華枝は、はみ出ている布おむつを慣れた手つきでおむつカバーの中に押し入れて春香に声をかけた。 天井で廻っているサークルメリーをちらと見上げてから、くすぐったそうな表情で春香は体を起こした。お腹の上に捲れ上がっていたベビードレスの裾がふわりと舞いおりて、ぷっくり膨らんだおむつカバーを半分だけ覆い隠す。 「おむつも取り替えたから、朝ごはんにしましょうね。今朝は春香の大好きなチキンスープよ」 華枝はサイドテーブルごと白いプラスチックのトレイをベッドのそばへ運んで、幼児用の小さなスープカップを手に取った。 けれど、ふと何かを思い出したようにカップをトレイに戻すと、エプロンのポケットを探って一枚の布地を取り出した。 「いけない。うっかりして、せっかくの可愛いいベビードレスを汚しちゃうところだったわ。ごはんの時はこれをしなきゃね」 華枝がポケットから取り出したのは、吸水性の良さそうな生地でできた、純白のフリルで縁取りした、真ん中あたりにあるワンポイントの刺繍が目を惹く大きなよだれかけだった。 華枝は大きなよだれかけで春香の胸元を覆うと、首と背中、二ケ所を紐で結んでから、あらためてスープのカップを持ち上げた。 「はい、こぼさないように気をつけてね」 華枝は、これもやはりプラスチックのスプーンに掬ったスープを春香の口に近づけた。そうして、春香がスプーンを咥えようとした瞬間、わざとスプーンを傾けた。すると、いかにも春香がスープを上手に飲めなくて唇の端からこぼしてしまったような感じになる。幾つもの雫になった、春香の口からこぼれ出たスープは、頬から顎先を伝って首筋や胸元に滴り落ちた。 「ほらほら、こぼしちゃ駄目でしょ。やっぱり、よだれかけをしておいてよかったわ」 大きなよだれかけに吸い取られてゆくスープの雫を見ながら、華枝はカップをトレイに戻した。そうして、春香の口元をよだれかけの端でいそいそと拭いてやる。おむつを取り替える時もそうだし、こうして、わざと春香に失敗をさせて甲斐甲斐しく世話をやく時、華枝は、疼くような悦びを覚える。春香を自分では何もできない小さな子供に、おしっこもごはんも華枝がいなければ何一つできない赤ん坊に変貌させることができたのを改めて実感できるからだ。 おままごとのやり直しではなく、子供の頃のやり直しを願ったのは、春香だけではなかった。華枝もまた、良家の子女として母親から厳しく躾けられ、出来の良い二人の姉の存在に少なからず無言の圧力を感じながら育ったために、いつしか、自分の思い通りになる存在を探し求めるようになっていた。けれど、子供の頃、数少ない友人の一人である春香からも、おままごとでお母さん役と子供役とに分かれて、華枝はいつも何かを命じられていた。そんなふうに思いを満たされない日々が続いて、今ようやく、華枝は春香を自らの手元に置くことに成功したのだ。 「じゃ、今度はこれよ。野菜のペースト」 春香の口元をよだれかけの端で拭って、華枝は、緑色のベビーフードを盛りつけた小皿を手にした。 それを見た春香が、いやいやをするように首を振る。 「駄目よ。好き嫌いばっかり言ってちゃ、大きくなれないわよ。いつまでも小っちゃな赤ちゃんのままでいいの?」 華枝はベビーフードをスプーンで掬いながら、あやすみたいに言った。 「いいもん」 春香は即座に応えた。 「やれやれ、困った子だこと。そりゃ、私も春香がずっと赤ちゃんでいてくれた方が嬉しいわよ。でも、野菜も食べなきゃ体に良くないの。――いいわ、ちゃんと食べたら、ご褒美におっぱいをあげる。それでどう?」 華枝は自分の胸を突き出してみせた。 「うん。それなら食べる」 途端に春香は顔を輝かせて口を開けた。 「うふふ、勝手な子。じゃ、おっぱいを飲みながら、いつもみたいにちゃんとおしっこをするのよ。我慢してちゃ体に悪いから」 「おむつに?」 ほんのりと頬を染めて春香が訊いた。 「そうよ。春香は赤ちゃんだもの」 くすっと笑って華枝は応えた。 「また洗濯物が増えちゃうわね。でも、いいか。可愛いい春香のおむつなんだから」 華枝はガラス戸越しにベランダを眺めた。そこには、春香を起こす前に洗濯を済ませて干しておいた、たくさんのおむつとおむつカバー、それに、可愛らしいベビードレスや華枝のお手製のロンパースといった洗濯物が、夏の朝の優しい風に揺れていた。そこに、すぐまた何枚ものおむつが増えそうだった。 ――けど、ま、いいか。夏のお日様がすぐに乾かしてくれるんだから。 実際に生きてきたのとはちがう、もう一つの子供時代。おままごとなのか、本当のことなのか、そんなことはもうどうでもいい。 春香と華枝は今、確かにもう一つの昨日を生きている。おそらく、ずっと終わることのない、いつまでも続く昨日を。 二人にとって、今日や明日は意味がなかった。二人はこのまま、永遠に色褪せることのない、黄金に輝く昨日を生き続けるのだから。 |
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