偽りの保育園児



               【二】

「さ、パンツを穿いたら、次はこれを着せてあげなきゃね。エアコンが効いているから、早くしないと風邪をひいちゃうかもしれないし」
 ひとしきり葉月の体を眺め回し、皐月と互いに満足そうな目配せを交わし合った後、園長がそう言って紙袋から取り出したのは、セーラーワンピースよりもいくぶん淡い色合いのパステルピンクの綿素材でできたキャミソールだった。
「いくら夏用の制服は汗を吸いやすい素材でできてるといっても、裸の上に直接着せるわけにはいかないから、下にこれを着せてあげる。ちょっと前まではコットンのシャツかスリップだったのに、近ごろは小っちゃな女の子もお洒落をしたがるみたいで、こういうキャミの子ばかりになっちゃって。そんな中、葉月ちゃんだけシャツだと可哀想だから、ちゃんと用意しておいてあげたのよ」
 園長は、肩紐を両手でさげて持ち、羞恥に身悶えする葉月の肩に押し当ててサイズを確認すると、キャミソールの胸元が葉月によく見えるように両手を上げて悪戯っぽく言った。
「ほら、よく見てごらんなさい。このキャミ、胸のところがちょっと膨らみ気味になっているでしょ? これはね、そろそろお胸が膨らんでくる頃のちょっぴりお姉ちゃん用のキャミなの。保育園に通うような小っちゃな女の子には必要ないんだけど、葉月ちゃん、本当は十八歳だもの、胸が痛くならないよう気をつけてあげないといけないと思って、胸のところが二重生地のカップになっているキャミを選んでおいてあげたのよ。――でも、おかしな話よね。まるでじっとしてないお転婆さんで、なのにパンツも自分で穿けない甘えんぼうさんのくせして、キャミはちょっぴりお姉ちゃん用のが要るなんて」
 園長がそう言うと同時に皐月が葉月の後ろにまわりこみ、肘をつかんで両手を上げさせた。抵抗しようにも、葉月の細っこい腕ではどうすることもできない。
「やめて、そんな女の子みたいな格好させないで!」
 園長がキャミソールを頭の上からかぶせようとするのに対して、葉月はぶるんと首を振って体を固くした。
 しかし、園長の方はまるでお構いなしで、
「女の子みたいな格好だなんて、何を変なこと言ってるの、葉月ちゃん。葉月ちゃんは女の子だもの、女の子の格好をするのは当たり前のことでしょ?」
と、さも当然のごとく言い、さっさとキャミソールを葉月の頭の上からすっぽりかぶせると、続いて肩紐の位置を整え、最後に裾をさっと引きおろした。
 股ぐりのゴムが太腿をきゅっと締めつけるショーツとは違って体の動きを妨げることのないようデザインされたキャミなのだが、園長が用意していたのは百四十〜百五十サイズくらいなのだろう、華奢な体つきの葉月にとっても幾らか窮屈な着心地なのは否めなかった。特に、二重素材のカップになっているという胸元のあたりは少なからず圧迫されるような感じがあって、ショーツと同じような緊縛感を覚えてしまう。しかも、こちらも女児用ショーツと同様にこれまで一度も身に着けたことのない柔らかな肌触りの素材でできているものだから、キャミの裾が首筋から胸元、脇腹を通っておヘソのすぐ下まで体全体を撫でまわされるような気がしてたまらない。
「ふぅん。葉月ちゃん、パンツを穿かせてあげた時と同じだね。パンツの時と同じで、園長先生にキャミを着せてもらいながら、とっても気持ちよさそうな顔してるよ。どうやら、ちょっぴりお姉ちゃん用のキャミが気に入っちゃったみたいね」
 園長が頭の上からキャミをかぶせる時は背後に立って葉月の手を上げさせていた皐月だが、園長が肩紐の位置を合わせ始めた頃には再び前方に戻ってきて、キャミソールの裾の乱れを整える園長の手元と葉月の顔とを交互に見比べてひやかすように言った。
「そんな……そんなことないってば……」
 葉月は弱々しく否定するのだが、柔らかな素材に上半身を包み込まれる奇妙なくすぐったさと、ちょうど乳首のあるあたりを中心にして胸元を圧迫される緊縛感とにペニスが更にいやらしく蠢くのを止められないでいるのは、紛れもない事実だった。

「そう、そんなことないの。ま、いいわ。葉月ちゃんがそう言うんだったら信じてあげる」
 皐月は、ショーツ越しに葉月の下腹部の様子を見透かしてしまいそうな一瞥をじろりとくれながらも、それ以上は追求することもなく静かに口を閉ざすと、キャミソールの裾の乱れを整え終えた園長がこちらに歩み寄るのを待って声を弾ませた。
「それにしても、すっかり可愛い女の子になっちゃいましたね、葉月ちゃん。これなら、遠藤先生のそばにずっといても大丈夫ですよね?」
「そうね。ま、本当の保育園児に比べれば背は高いけど、丸っこい童顔もあどけない感じだし、なで肩だから体に比べて顔が大きく見えて幼児体型ぽいしね。背の高ささえ気にしなければ、うちの保育園で預かっているどの女の子と比べても負けないくらい可愛らしい女の子ね。あとは、あまりお転婆なことをしないようきちんと躾けてあげれば完璧ってとこかしら」
 皐月と並んで葉月の体を頭の先から爪先まで眺め回し、にっと笑って園長は同意してみせてから、セーラーワンピースの方に目を向けると、
「さてと、残りはあの制服だけね。下着類を着せてあげただけでこんなに可愛い女の子になっちゃうんだもの、特製のセーラーワンピを着せてあげたらどれだけ可愛らしくなるのか、とっても楽しみだこと」
と期待に満ちた声で言い、特製の制服がが置いてある執務机に向かって歩き出した。

 セーラーワンピースには飾りリボンが二つあしらってある。一つは背中の方、幼児用の衣類らしくハイウエストになっているウエストラインの高さに縫い付けてあるリボンで、もう一つは、背中のよりも一回り小さな、胸元を彩るリボンだ。こちらのリボンは胸元に縫い付けてあるわけではなく、蝶ネクタイと同じように、襟元のすぐ下で結ぶようになっている。ただ、制服を着てから自分でリボンを結ぶとなると幼児には難しいため、リボンと同じ生地を細長く延ばして一方の襟元から首筋をぐるりとまわし、もう片方の襟元へ出てくるようにしてあって、あらかじめ結んでおいたリボンをその生地の端にホックで留められるような仕組みになっている。このリボンを取ってしまえば、胸元からスカートの裾にかけて縦に五つ並んでいるボタンを外すことによって、セーラーワンピースは前開きになるわけだ。
 体にぴったりしたサイズの制服を頭からすっぽりかぶって着るのは難しい幼児でも、全部のボタンを外してすっかり前開きにしてしまったり、下のボタンだけ外してゆったりした感じで頭からかぶったりと、いろいろな着方が工夫できるから、一人で着たり脱いだりできるようになるのも難しくはない。実際、ひばり保育園に通う園児の内、年中クラスや年長クラスの園児は一人残らず自分で着ることができるし、今年の春に入園した年少クラスの園児でも、夏までには半分くらいの子供が自分で着替えができるようになっていた。



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