もういちど、三人で



「ど、どうしよう、朱美。こんな時、どうすればいいの?」
 姪っ子がぐずって泣きやまない。
 それでどうしたらいいのかわからなくなって、リビングルームで妹(私のことです、はい)に助けを求めているのは、私のすぐ上の姉。久美お姉ちゃん。

 と書いても、読んでいる人にはなんのことやらさっぱりだと思う。
 だから、まず、状況を説明しておこう。とりあえず、自己紹介から始めればいいのかな。
 私、斎木朱美。16歳の高校生。
 久美お姉ちゃん。当たり前だけど名字はやっぱり斎木で、斎木久美。私より二つ上の18歳で、私と同じ学校に通う高校生。しかも、家にいる時の様子からは想像もつかないんだけど、生徒会長だったりする。
 で、久美お姉ちゃんの上にもう一人お姉ちゃんがいて、名前は佳美。ただし、結婚して名字は早坂に変わっている。早坂佳美。私たちとはだいぶ年が離れていて、今は確か29だったかな。
 あ、冒頭で書いた、ぐずって泣きやまない姪っ子というのは、佳美お姉ちゃんの娘で、早坂早苗。3歳。
 家族はもう一人いて、私たちの母親、斎木美保。実の娘のお情けで、年齢は伏せておいてあげよう。
 あ、そうだった。家族はまだもう一人いるんだった。私たちの父親、斎木康正。ただ、お父さんは総合商社に勤めていて天然資源の買い付けとかで世界中を飛び回っていてちっとも家にいないから、ついつい忘れられがち。国のためにもなる立派なお仕事をしてお給料を貰って私たちを養ってくれているのに、影の薄い可哀想な人。
 ん、お父さんのことを紹介したんだったら、この人のことも紹介しといた方がいいのかな。佳美お姉ちゃんの旦那さんで、早坂弘治さん。この弘治さん、お父さんの職場の部下で、一緒に世界中を飛び回っているうちにすっかり意気投合しちゃって、たまに日本に帰ってきた時は決まってうちへ遊びに来るようになって、それで、佳美お姉ちゃんを見初めて結婚しちゃったと。
 お父さんも、(お父さんの直属の部下なんだから当たり前のことなんだけど)弘治さんも、外国のどこか一カ所にじっくり腰を据えて資源採掘を管理するとかの仕事じゃなく、アフリカのどこかで金の鉱脈がみつかったとかいう噂話を聞きつけちゃアフリカまで飛んで行って、南極の近くに海底鉱脈があるらしいとかいう噂話を耳にしちゃ南極のすぐ近くまで飛んで行くというようなことをしているから、とてもじゃないけど家族を呼び寄せての生活なんてできるわけがない。
 というわけで、私たちは母子家庭みたいな感じで生活してきて、せっかく結婚したっていうのに、佳美お姉ちゃんも結局んとこ、早苗ちゃんと母子家庭状態。
 だけど、そんな忙しい弘治さんも、愛おしい奥さんが待っている日本に帰ってきた時は愛の営みに明け暮れているんだろう、佳美お姉ちゃん、めでたく二人目をご懐妊。
 という事情があって、佳美お姉ちゃんは里帰り出産で我が家に帰ってきていて、今日は定期検診の日。
  大事を取ってお母さんが車で病院へ連れて行っている。いつもだったら病院へ行く日は早苗ちゃんも連れて行ってるんだけど、久美お姉ちゃんと私が夏休みに入って、遊んでくれる人がいるってテンション上がっちゃった早苗ちゃん、病院へついて行くのを拒否って家に残ったってわけだ。
 それはいい。
 久美お姉ちゃんも私も子供が大好きで、それも、血のつながった可愛い姪っ子ってわけで、こっちも浮き浮きした気分で遊んであげていたんだけど、いろいろあってぐずっちゃって。
 で、冒頭のシーンというわけだったりする。

「そんなこと、私だってわかんないよ」
「え、わかんない? なんでわかんないのよ? あんたの部活、服飾文化研究部とかいうとこでしょ? おおげさな名前だけど、つまり、家庭科部みたいなとこなんでしょ? だったら、育児のことも詳しいんじゃないの?」
 お姉ちゃん、訳わかんないことを言い出した。
 そりゃ、お姉ちゃんのいう通り、私は服飾文化研究部という、もっともらしい名前の文化部に入っている。でも、お姉ちゃんは勘違いしている。うちの部は、家庭科部の仲間なんかじゃない。正直に言って、ちゃんとした文化部扱いしてもらっているのが申し訳ないような活動をしている部だったりする。だって、うちの部って、要するに、みんなでコスプレを楽しんじゃおうぜぃ的な活動をしているところなんだから。
「なによ、それ!? もっとちゃんとした部だと思ってて、それにあんたも所属してるから、予算会議でも会長権限で優遇してあげてたのに。もう知らない。そんなでたらめな部活、今度の会議で同好会に格下げしてあげるから、そのつもりでいなさい!」
 私の説明を耳にした途端、お姉ちゃん、頬っぺを膨らませて私の顔を睨みつけた。
 でも、そんな顔がまた可っ愛いんだよ、久美お姉ちゃんは。うふふ。眼福だよ。思わず涎じゅるじゅるだよ。
 ――あ、いや。今はそんなことやっている場合じゃない。
「それはまたいつか話し合うとして、とりあえず今は脇に置いといて、と。それより、早苗ちゃんがどうしたって? 私がトイレから帰ってきたらぎゃん泣きしちゃってるし、どうなったの?」
「あ、そうそう、そのことだった。あんたがトイレへ行ってすぐ、顔を真っ赤にしちゃって、もじもじしちゃってさ、あ、これはしくじっちゃったなと思って、おむつ取り替えてあげようかって言ったら急に泣き出しちゃって。でもそのままだったら気持ち悪いでしょ、ほら、叔母ちゃんがおむつ取り替えてあげるからごろんしてって言ったら余計に泣いちゃって。早苗ちゃんがこのまま泣きやんでくれなかったら、病院から帰ってきたお姉ちゃんに叱られちゃうよぉ。やだよぉ、お姉ちゃんに嫌われたくないよ〜」
 早苗ちゃんと一緒に久美お姉ちゃんまで泣き出しそうになって。
 んなことしてる場合じゃないっつうの。
 生徒会長でございますって学校じゃしっかり者で通っているお姉ちゃんだけど、家の中じゃこんなだもんな、私がしっかりしなきゃな、うん。それに、早苗ちゃんを泣きやませることができたら、同好会格下げの件だって、うまくいけば。

 自己紹介に続いて、ここで、私たち三人姉妹の関係性なんてものも説明しておくと。
 佳美お姉ちゃんが11歳の時に久美お姉ちゃんが生まれたもんだから、佳美お姉ちゃん、大興奮。もうとにかく、可愛い可愛い、妹可愛い。私の妹より可愛い子なんているわけないとかいう調子で、可愛がりまくりの、面倒みまくりの、お世話やきまくり。お母さんが久美お姉ちゃんのお世話したのって、おっぱいあげる時くらいしかなかったんじゃなかろうかってくらい。もしも佳美お姉ちゃんがおっぱいの出る体質だったら、お母さん、久美お姉ちゃんのこと一度もさわれなかったかもしれないくらいの勢いだったらしい(後日の母:談)。で、可愛がる方がそんなだから、可愛がられる方も当然のこと、佳美お姉ちゃん大好きっ子の佳美お姉ちゃんべったりっ子に、久美お姉ちゃん育ちましたとさ。
 しかも、二人のそんな関係は、久美お姉ちゃんが幼稚園に上がっても小学校に上がっても中学校に上がっても変わりませんでした。というのも、うちのお母さん、中学ん時からバーレーボールやっていて背が高いんだけど、血は争えないわねぇの典型で、佳美お姉ちゃんも背が高い。たしか、お母さんから聞いた話だと、佳美お姉ちゃん、中学校を卒業する前にお母さんの身長を追い越していたらしい。で、久美お姉ちゃんはっていうと、これが真逆。うちのお父さん、体格はがっしりしているんだけど、背は低い。こっちもある意味、あらあら血は争えませんことの典型で、お父さんの血をひいたんだろう、子供の頃から小柄なままで、高校三年生の今になっても久美お姉ちゃんの身長、140センチちょっとしかない。そんなだから、いつまで経っても、佳美お姉ちゃんは久美お姉ちゃんのこと可愛がりまくりで、久美お姉ちゃんは佳美お姉ちゃんに甘えまくり状態だった。
 ――だったんだけど、お父さんが弘治さんを家に連れてきたのがきっかけでとんとん拍子に結婚が決まって、さあ大変。弘治さんが遊びに来るようになってしばらくの間は久美お姉ちゃんもお兄ちゃんができたみたいに喜んでいたんだけど、佳美お姉ちゃんと弘治さんがおつきあいしていることを知ってからは、弘治さんのこと、大好きなお姉ちゃんを攫いにきた大悪党扱いで、もう、ぶんむくれ。その頃はもう私も小学校の高学年で人間関係なんてものをきちんと把握できるようになっていたんだけど、久美お姉ちゃんぷんすか、弘治さんわちゃわちゃ、佳美お姉ちゃんおろおろだったのを今でもおぼえている。
 それで、ここで正直に言っちゃうんだけど。佳美お姉ちゃんと久美お姉ちゃんの仲がこじれるのを見て、私は喜んでいた。だってさ、私だって、久美お姉ちゃんのこと大好きだったんだよ。私より二つ上だけど童顔で小っちゃくて幼児体型のお姉ちゃん、可愛くてしかたなかったんだよ。あ、書き忘れていたけど、実は私もお母さんの血なのか、背が高い。たぶん、今はもう佳美お姉ちゃんより高いくらいで、子供の時からとっても背が高かった。それに、顔も、久美お姉ちゃんは丸っこい童顔だけど、佳美お姉ちゃんと私は細めの大人っぽい顔つきをしていた。そんな私から見たら、久美お姉ちゃん、お姉ちゃんって感じがちっともしない。もう、なんていうか、やだ、なに、この可愛い生き物は?くらいの感じ。それか、妹かな? ううん、妹どころか、姪っ子って感じ? うん、そうだ、昔から私、今の早苗ちゃんを見るような目で久美お姉ちゃんを見ていたかもしれない。だから、久美お姉ちゃんが佳美お姉ちゃんと仲がわるくなって私になついてくれたらなぁとかずっと考えていて。
 要するに、姉妹どうしの三角関係だったわけだ、私たちは。それも、シスコンを拗らせまくった三人の。そして、相思相愛の佳美お姉ちゃんと久美お姉ちゃんの間に私が割って入る格好の、私にとっては最悪の。
 そんなだから、私、子供ながらにいろいろ策なんてものを講じちゃって。久美お姉ちゃんの勉強に必要なノートとかをわざとお姉ちゃんの手が届かない高い棚の上に(ついうっかり?)隠しちゃって、お姉ちゃんが困っているところに出て行って恩着せがましく取ってあげたり、ちょっと注力散漫なところのあるお姉ちゃんがお皿を割っちゃったら私がやったことにして代わりにお母さんに叱られて庇ってあげたり、とにかくチャンスがあったらそんなことを繰り返して、なにかあるたびにお姉ちゃんが私を頼るように仕向けていた(早苗ちゃんが泣きやまないからなんとかしてよって久美お姉ちゃんが私に言ってきたのも、その時の、んーと、おおげさに言えば、なんだろ、洗脳みたいな?やつの名残りのせいだ、たぶん、ううん、きっと)。
 で、弘治さんと結婚して佳美お姉ちゃんが家を出てった後、久美お姉ちゃんは寂しがって寂しがって、その時、久美お姉ちゃんは中学の二年生だったっけ、なのに、とてもじゃないけど中学生とは思えないくらい、まるで小っちゃい子が駄々をこねるみたいな感じで泣いてばかりで。そんで、私が久美お姉ちゃんを胸元に抱き寄せて、佳美お姉ちゃんはもういないんだよ、私じゃ佳美お姉ちゃんの代わりになれないの?って言ったら、それで、そう、久美お姉ちゃんは初めて私の存在に気がついたみたいな顔をして、少しの間だけぽかんとして、でも、すぐに私の胸に顔を埋めてわんわん泣き出しちゃったっけ。あの時、私、決めたんだよ。久美お姉ちゃんは私が守ってあげるって。絶対に、どんなことがあっても、私が守ってあげるって。
 だけど、私が佳美お姉ちゃんの代わりになれたのは、一年間だけだった。
 佳美お姉ちゃんが結婚して一年ほどして早苗ちゃんが生まれて。この時、私、嬉しくてたまらなかった。もちろん、初めての姪っ子ができてすっごく嬉しかったこともあるけど、それよりも、これで久美お姉ちゃんはずっと私のものだって思って、それですごく嬉しかったというのが本当のところ。だって、これで、佳美お姉ちゃんは早苗ちゃんにかかりきりになるんだから。早苗ちゃんのお世話で手一杯で、早苗ちゃんに向ける愛情で胸一杯で、早苗ちゃんの面倒をみることで精一杯で。だから、久美お姉ちゃんにかまっている余裕なんてあるわけがないんだから。これで久美お姉ちゃんはずっとずっと私のもの。私がそう思っても仕方ないよね。
 でも、違った。
 今度のお産もそうだけど、早苗ちゃんのお産の時も佳美お姉ちゃん、里帰り出産で、うちに帰ってきていた。うちから病院へ通って、うちから入院して、うちへ早苗ちゃんを連れて退院してきた。そしたら久美お姉ちゃん、片時も早苗ちゃんから離れなくなって。久美お姉ちゃんが生まれた時の佳美お姉ちゃんはこんなだったんだろうなって目に浮かぶみたいな、そんな感じで久美お姉ちゃん、早苗ちゃんを可愛がりまくって。それを見て、なんとなくわかったんだ。最初はね、佳美お姉ちゃんと一緒に早苗ちゃんを可愛がることで、久美お姉ちゃん、自分を佳美お姉ちゃんと重ね合わせて見ているんじゃないかって、佳美お姉ちゃんと自分を同一視しているんじゃないかって、そうやって、大好きな佳美お姉ちゃんと一緒にいることを実感して満足しているんじゃないかって。――でも、それからまだずっと久美お姉ちゃんのことを見ていて、そんなじゃないってわかった。そんなじゃなくって、久美お姉ちゃんが自分自身に重ね合わせて見ているのは、佳美お姉ちゃんじゃない、早苗ちゃんの方なんだってわかった。機嫌がよくて早苗ちゃんが笑顔になったら久美お姉ちゃんもはにかみ笑いの表情を浮かべるし、おむつが濡れて早苗ちゃんが泣き出したら久美お姉ちゃんも涙目になるし。久美お姉ちゃん、早苗ちゃんと自分を重ね合わせて、早苗ちゃんに向けられている佳美お姉ちゃんの愛情を自分に向けられている愛情なんだと思い込むようにしているんだってことがわかった。そんなふうにして佳美お姉ちゃんの愛情を早苗ちゃんと仲良く半分こしようとしているんだってことがわかった。そんな久美お姉ちゃんの気持ちがわかっちゃって。
 結局、早苗ちゃんが生まれても何も変わらなかった。ううん、むしろ、早苗ちゃんが生まれることで、早苗ちゃんを通して、久美お姉ちゃん、前みたいに佳美お姉ちゃんのところへ帰っていっちゃった。それまでの一年間、あんなに私が久美お姉ちゃんのこと可愛がってあげたのに。あんなに抱きしめて頭を撫でてよしよししてあげたのに。あんなに私の胸に顔を埋めさせてあげたのに。あんなに私がいなきゃ何もできないように仕向けてあげたのに。なのに、やっぱり、私より久美お姉ちゃんの方がいいんだ。それが、痛いほどわかった。
 それに、早苗ちゃんと自分自身を心の中で一体化することで気持ちも落ち着いてきたのか、受験勉強にも身が入るようになって第一志望の高校に入学して、佳美お姉ちゃんに褒めてもらえるよう頑張ったのか、高校の成績もよくて、とうとう生徒会長にまでなっちゃって。
 私がいなくてもちっとも困らない久美お姉ちゃんなんて大嫌い。
 もういちど、絶対に、私の方に振り返らせてみせる。
 もういちど、絶対に、私の胸に抱き寄せてみせる。
 そうやって、もういちど、大好きになってあげる。

 あ、ごめん。三人の関係をさらっと説明しておくだけのつもりだったのに、気がついたらテンション上がっちゃってた。やだね。夢中になって自分語りするような子って痛いよね、んとにね。
 話を元に戻すね。
 早苗ちゃんがどうしても泣きやまないってことはわかったんだけど、それで、どうしたらいいんだろう。
 だいいち、泣きやまない理由ってなんなんだろう。
 うーん、何か心当たりは……あ、ひょっとして。
 早苗ちゃん、佳美お姉ちゃんと暮らしている早坂の家にいる時は保育園に通っているんだけど、早苗ちゃんを連れて佳美お姉ちゃんが里帰り出産で帰ってきた日、夕飯を食べながら、早苗ちゃんが保育園でどんな様子なのかっていう話になったんだった。その時、佳美お姉ちゃんも早苗ちゃん自身も保育園で起きたことをおもしろおかしく話して聞かせてくれたんだけど、その中に、おむつ離れしている子供の割合がどうとかっていう話題があって、確か早苗ちゃんの年少さんクラスだと、三分の一ほどの子供がまだおむつ離れできていないとか。でも、そのくらいの年齢でおむつ離れできていないなんてのは当たり前のことで、保育士さんも親御さんたちもちっとも気にしていないらしい。もちろん、佳美お姉ちゃんもだ。ただ、周りの大人たちはそれでいいんだけど、当の子供たちの中には気にする子もちらほらいるみたい。週末までおむつだった子が週明けにはパンツになっていて、どや顔してみたり(ああ、小っちゃい子のどや顔。どんなにか尊いことだろう)、いったんパンツになったのにその後しくじることが続いてやっぱりおむつかなって言われて泣き出しちゃう子がいたり。で、もともと早苗ちゃんはそんなこと気にかけるような子じゃなかったんだけど、佳美お姉ちゃんが妊娠したことを早苗ちゃんに教えて、もうすぐ早苗もお姉ちゃんだねって言ったその日から、急に、自分がまだパンツじゃないことを気にするようになったらしい。どうやら早苗ちゃんの頭の中で『お姉ちゃんはパンツ 〜 自分はパンツじゃない 〜 自分はお姉ちゃんになれない 〜 赤ちゃん、ママの腹から出てこれない 〜 赤ちゃん可哀想』というふうな図式ができあがっちゃったらしく、それまではおむつが濡れると笑顔で保育士さんに報告して進んでおむつを取り替えてもらうような子だったのに、その日からは、失敗しちゃっても隠し通そうとするようになって保育士さんが定期的におむつカバーの股ぐりに指を差し入れておむつが濡れてないかどうか調べなきゃいけなくなって、おむつが濡れているから取り替えようねと言われると保育士さんの手から逃げ出すような困ったちゃんになっちゃったって。
 ただ、それまで全く手のかからない子だったのが急にそんなふうになっちゃったものだから保育士さんも佳美お姉ちゃんもやれやれどうしましょう状態だったんだけど、世の中というのはうまくできているらしく、困ったちゃんの早苗ちゃんがもういちど手のかからない子に戻るのに、あまり時間はかからなかったとか。というのも、同じクラスで早苗ちゃんと大の仲良しの女の子がいるんだけど、或る日のオヤツの時間、早苗ちゃんがその子に、ママお腹に赤ちゃんがいるんだよ、早苗もうすぐお姉ちゃんになるんだよって話していたら、その子から、うちはもう赤ちゃんがいるよ、六月に妹ができたんだよって言われて、いいないいな、もうお姉ちゃんになってるんだって羨ましがっていたんだけど、子供心にふと気づいたことがあって。で、気づいたことというのは、仲良しのその子もまだおむつ離れしていないという事実。それが早苗ちゃんの思い違いなんかじゃないのは確実。だって、オヤツの寸前、お昼寝から起きてすぐ、二人揃っておねしょのおむつを取り替えてもらった仲だから。そんなことがあって、早苗ちゃんの頭の中の図式も『自分はおむつ 〜 でも、パンツじゃなくてもお姉ちゃんになれる 〜 赤ちゃん、ママのお腹から出てこれる』というふうに修正されたみたいだ、それで、よかったよかったってとこでその話題は終了したんだけど(あ、ちなみに。早苗ちゃんが通っている保育園では、紙おむつじゃなく布おむつを使っているらしい。布おむつの方がおむつ離れが早くなるとか、布おむつの方が環境に優しいとか、いろいろ説はあるみたいだけど、そんなの、わりと前に、あまりそんなこと関係ないよねということで決着ついた筈なんだけど、ま、園の方針って言われたら仕方ない。うちのお母さん、物持ちが良くて、まだ布おむつがよく使われていた頃に生まれた佳美お姉ちゃんに使い始めて私まで使いまわしていた布おむつを、なんだか子供たちの成長の記念みたいに思えて処分できなかったとかで捨てずにいて、早苗ちゃんが生まれた時に佳美お姉ちゃんちに送っていたらしく、縫う手間がかからなかったから、佳美お姉ちゃんとしちゃ、紙でも布でもどっちでもよかったらしい)。
 あ、ひょっとしてと私が思いついたのは、そのことだった。
 仲のいい子もおむつだという理由で早苗ちゃん、おむつを気にしなくなったんだけど、早苗ちゃんが佳美お姉ちゃんと一緒に我が家へやって来て、もうすぐ一ヶ月になる。つまり、その仲良しちゃんと一ヶ月も顔を会わせていないわけだ。小っちゃい子の記憶なんてあやふやなもので、自分がおむつなせいで赤ちゃんがママのお腹から出てこれないという衝撃的な解釈はトラウマみたいな感じで子供心に強く刻みこまれたけど、仲良しちゃんもおむつだから安心という部分は、あまり衝撃的じゃないこともあって、時間が経つにつれて早苗ちゃんの記憶の中から薄れかけているんじゃなかろうか。母親である佳美お姉ちゃんが一緒にいる間は、ママと暮らしているおうちの記憶が思い浮かんで、それで保育園での記憶も連想されていたのが、我が家にやって来てすっかり環境が変わっちゃって記憶が薄れていく中、たとえば今日みたにママがお出かけしちゃって、目の前には(若くてとびきり美人の)叔母ちゃん二人しかいないとしたら、トラウマ化した衝撃的な記憶しか思い起こされなくなっちゃうんじゃなかろうか。だとしたら、いつもはママにおとなしくおむつを取り替えてもらうんだけど、そのママがいない間にしくじっちゃって、遊び相手ではあるけれど、普段はそんなことしてもらったことのない叔母ちゃんから急におむつ取り替えようかなんて言われたりしたら――。

「すごいすごい、よくわかったね。うん、そうよね、そういうことよね。よし、これで佳美お姉ちゃんに叱られずにすむぞ」
 私が思いついたことを話し終えた途端、久美お姉ちゃんの顔がぱっと明るくなった。
 いやいや、まだ早いっつうの。
 まだ、原因がわかっただけだよ? それも、私がそうなんじゃないかなって思いついただけで、それが本当の原因かどうか、まだわからないんだよ?
 でも、ま、いいや。私の思いついたことが本当は原因じゃないとしても、今まで準備していた計画を実行に移すのに、これ以上はないくらいとびっきりの口実にはなる。準備を進めてきて、さてどうやって切り出そうかと思いあぐねていた計画を始めるための、最高のきっかけにはなるんだから。
「で、これからどうすればいいの? 佳美お姉ちゃんに叱られなくてすむなら、私、どんなことでもしちゃう。だから、どうすればいいのか早く教えなさいよ」
 はいはい、教えますよ。でも、今言ったこと忘れないでよね。お姉ちゃん、どんなことでもしちゃうって言ったよね? そのこと、絶対に忘れないでよね。
「だったらさ、早苗ちゃんと仲良しさんのその女の子の役目をしてくれる子がここにいたら、それでいいんじゃないかな? その女の子と同じ立ち位置の子っていうか、その女の子の代役になつてくれそうな子がいたら、それで解決しそうな気がするんだけど?」
「ああ、まだおむつ離れできてないけどちゃんと妹が生まれてお姉ちゃんになったよっていってた子のこと? でも、その子を連れてくるなんて無理だし……」
「だから、『代役』って言ってるでしょ!? 人の話、ちゃんと聞いてる?」
 お偉い生徒会長ともあろうお方なのに、佳美お姉ちゃんに嫌われたくないってことしか頭の中にないんだろうな、見事なぽんこつぶりを発揮する久美お姉ちゃん。私は溜息つきながら、代役っていう部分を強調してもういちど説明した。
「あ、ああ、うん、代役ね。そっか、代役でいいんだよね。……で、どこにいるの、その代役の子。あんた、心当たりあるんでしょうね?」
 ええい、いちいち私に頼るんじゃな〜い! けど、ま、お姉ちゃんのこういう性格、私にも責任がないわけじゃないから仕方ない。それに、計画がうまく進めば、お姉ちゃんのこの性格が逆に可愛らしく思えてくることになる筈なんだし、今は我慢我慢。
「大丈夫。心当たりはちゃんとあるから、私にまかせといて」
 私は自信満々に答えて、お姉ちゃんの傍らで泣きじゃくっている早苗ちゃんの方に向き直った。もうこれから先は早苗ちゃんと直接交渉。その方が捗る。
「ね、早苗ちゃん。早苗ちゃんの仲良しさんで、六月に妹が生まれた女の子がいるよね? その子の名前、朱美おばちゃんに教えてくれないかな」
 早苗ちゃんの肩をそっと抱いて、私は優しい声で言った。
「え? うん、あのね、妹ができたのは、由香ちゃん。伊藤由香ちゃんだよ」
 最初は警戒心ありありの早苗ちゃんだったけど、おむつの話題じゃない、仲良しの友達の話題なんだってわかると、やっとのこと泣きやんで答えてくれた。そうして、
「早苗、由香ちゃんのこと大好き。由香ちゃんも、早苗のこと大好きなんだよ」
と、ちょっぴり照れくさそうに続ける早苗ちゃん。
「二人で一緒にどんなことしてるの?」
「あのね、オヤツを食べるのも、お昼ご飯を食べるのも、ずっと一緒。それにね、駆けっこの時も体操の時もお遊戯の時も、ずっと一緒」
 丸っこい指を折りながら思い出すように言う早苗ちゃん、もう天使。
「じゃ、お昼寝の時も由香ちゃんと一緒なのかな?」
「うん、一緒だよ。それでね、この前のお昼寝の時、早苗も由香ちゃんもおねしょで、一緒におむつ……あ、ううん、おむつじゃないの、おむつじゃなくて、え〜と……」 
 あくどい大人の誘導尋問にのってまんまと口を割っちゃって困った顔であたふたする早苗ちゃん、反則級に可愛い。
 それに、自分からおむつって言っちゃったけど、この時は泣き出さなかった。よし、ビンゴ!
 それに気を良くして、私は早苗ちゃんに念押ししてみた。
「早苗ちゃん、今、おむつって言ったよね。久美おばちゃんからおむつのこと言われたら泣いちゃったけど、今は泣いてないよね。それって、由香ちゃんのこと思い出したからかな。由香ちゃんと一緒におむつ取り替えてもらったの思い出したからかな。仲良しの由香ちゃんと一緒だったら、おむつ取り替えてもらっても平気なのかな」

「うん! 早苗、由香ちゃんと一緒で、由香ちゃんとお手々つないでたら、おむつ取り替えるの大丈夫!」
 いよいよ由香ちゃんの顔をはっきり思い出したんだろう、早苗ちゃんは屈託のない笑顔に戻った。それはもう、この世のものとは思えない、見る者全てを幼女愛にいざなわんばかりのとびきりの笑顔だった。
「由香ちゃんと一緒だったら、おむつ取り替えるの平気だったんだよね。だけど、ここには由香ちゃんがいない。由香ちゃんがいないから、久美おばちゃんにおむつ取り替えようって言われて泣いちゃったんだよね」
 私は早苗ちゃんの耳元に唇を寄せて囁きかけた。うわ、ピンクの耳たぶ、もっちもちじゃん。
 それから、久美お姉ちゃんの顔を横目でちらと見ながら、ちょっと媚びを売るような口調で甘く囁いた(幼女相手に何やってんだというお叱りも、ここは甘んじて受けようじゃないか)。
「でも、由香ちゃんの代わりの子がいれば大丈夫だよね? 由香ちゃんみたいな子がいて、その子と一緒だったら、おむつ取り替えるの平気だよね?」
「うん、大丈夫だよ。でも、ここに、そんな子、いるの?」
「いるのよ、ここに、そんな子が。その子、妹がいるんだけど、おむつで。その子、早苗ちゃんのことが大好きで。それに、早苗ちゃんもその子のことが大好きな筈だよ。すぐに紹介してあげる。約束するから、ちょっとだけ待っててね」
 くすっと笑って言って、それから、お姉ちゃんの方に向き直って
「ちょっと準備してくるから、早苗ちゃんをお願いね」
と言った私は、胸の中でほくそ笑みながらリビングルームをあとにするのだった。

               *

 しばらくしてリビングルームに戻った私は、手にさげた大ぶりの衣装籠を床に置くと、衣装籠から取り出したバスタオルを早苗ちゃんの目の前に敷いた。それから、バスタオルをもう一枚、こちらは久美お姉ちゃんの目の前に広げる。
「さ、できた。じゃ、早苗ちゃん、バスタオルの上にごろんしようか」
 早苗ちゃん、コバルトブルーのサマードレスを着ているんだけど、おしっこの重さのせいでおむつがちょっとずり下がっちゃって、おむつカバーが三分の一ほどサマードレスの裾から見えている。
 私はそんな早苗ちゃんの手を引いて、バスタオルの上にそっと寝かせた。それから、もう一枚のバスタオルに近い方の右手をそっと伸ばさせる。
「ね、由香ちゃんの代わりの子は? 朱美おばちゃん言ったよね。由香ちゃんみたいな子紹介してあげるって約束したよね?」
 ちょっぴり不安そうな顔になって早苗ちゃん、私のほうをじっと見上げてる。
 そうだよ、約束したよ。大好きな早苗ちゃんとの約束、私が破るわけないじゃん。そんな心配そうな顔、いつまでも早苗ちゃんにさせとくわけないじゃん。
「ほら、早苗ちゃんはもうごろんしてるよ。だから、お姉ちゃんも、さっさとジーパンを脱いで、ここにごろんしてちょうだい」
 早苗ちゃんの言葉に胸の中で大きく頷きながら、私は久美お姉ちゃんの顔をじっとみつめて、お姉ちゃんの目の前に敷いたバスタオルをぽんぽんと掌で叩いた。
「え? え……? な、なんなの、いったい……?」
 お姉ちゃん、おろおろ。
「早苗ちゃんみたいな小っちゃい子がちゃんとしてるのに、お手本になんなきゃいけないお姉ちゃんが何ぼやぼやしてるのよ。ほら、さっさとなさい」
 私はお姉ちゃんの目の前に立ちはだかった。立ちはだかって、右腕をお姉ちゃんの体に絡ませて自由を奪い、左手でお姉ちゃんが穿いているジーパンのファスナーを引きおろしてしまう。170センチを超える身長の私と、140センチちょっとしかないお姉ちゃん。簡単なことだ。
「さ、ファスナーはおろしてあげたわよ。あとは自分で脱げるかな」
 まるで小っちゃい子に言うみたな口調で私はお姉ちゃんの耳元に囁きかけた。
 うわ、お姉ちゃんの耳たぶも早苗ちゃんに負けないくらいもっちもち。今すぐにでも食べちゃいたい。
「ど、どういう……」
 お姉ちゃん、私の腕の中で身をすくめて体をぶるぶる震わせるだけ。
「ふぅん、自分じゃジーパンも脱げないんだ、お姉ちゃん。そんなの、まるで小っちゃい子と同じじゃん。あ、そうか、小っちゃい子と同じだから、毎晩おねしょしちゃうんだ、久美お姉ちゃん」
「……!」
 私が囁きかけた言葉を聞いた瞬間、お姉ちゃん、体をびくっとさせて、私の顔をおそるおそる見上げた。
「知らないとでも思ってた?」
 知らないわけがない。久美お姉ちゃんのことで私が知らないことなんて、一つもあるわけがない。大好きな久美お姉ちゃんのことで私が知らないことがあるなんて、そんなの、絶対に許されない。
 そう、私は、お姉ちゃんが毎晩しくじっちゃってることを知っている。
 いつから始まったのか、それは知らない。だけど、お姉ちゃんがしくじるようになって、あまり日にちが経たないうちに私は気がついた筈だ。どうやってわかったのかって? だって、私は物心ついた頃からずっとずっと久美お姉ちゃんだけを見てきたんだよ? どんな食べ物が好きでどんな花が好きでどんな景色が好きで、それに、どんなに佳美お姉ちゃんのことが好きなのかってこともよぉく知っている。どんな時にどんな表情を浮かべるのか、どんな場面でどんな仕草をするのか、どんな面白いことがあったらどんな笑い方をするのか、私はじっと見ていた。だから、朝ご飯で顔を会わせた時にいつもと比べてちょっぴり表情が沈んでいることに気がついたり、登校前にお母さんとひそひそ話をしているところを見たり、夕飯の時にあまりお茶を飲まないように気遣っているようにみえたり、そんな、本当なら誰も気にしないような些細なことも私は見逃さなかった。
 お姉ちゃんのおねしょがいつから始まったのか、それは知らない。だけど、およその見当はつく。里帰り出産で帰ってきていた佳美お姉ちゃんが早苗ちゃんを連れて早坂の家へ戻っちゃったあの日の夜から、久美お姉ちゃんのおねしょは始まったに違いない。それまでは佳美お姉ちゃんの愛情を早苗ちゃんと半分こしていた久美お姉ちゃんだけど、あの日、佳美お姉ちゃんも早苗ちゃんも自分の前からいなくなっちゃって、愛情を注いでくれるお姉ちゃんも、愛情をわけてくれる早苗ちゃんも家の中からいなくなっちゃって、久美お姉ちゃんはどうしたらいいのかわからなくなっちゃったんだ。最愛の人も、そして、自分の分身として最愛の人からの愛を受けている人も、ふっと自分の目の前から消えちゃって。だから、久美お姉ちゃん、佳美お姉ちゃんと早苗ちゃんを呼び戻すために、おねしょしちゃうようになったんだ。ねえ、佳美お姉ちゃん。私は佳美お姉ちゃんに面倒をみてもらわなきゃ何もできない小っちゃい子と同じなんだよ。ねえ、早苗ちゃん。久美おばちゃん、早苗ちゃんと同じなんだよ。早苗ちゃんのママがいないと何もできない、早苗ちゃんと同じ小っちゃい子なんだよ。懸命にそう呼びかけてもういちど二人に帰ってきてもらうために。久美お姉ちゃんの胸の中を覗き見ることなんてできるわけがない。でも、私にはわかる。久美お姉ちゃんが胸の中で泣きじゃくって、両手を突き出して、二人の名前を何度も何度も繰り返し呼び続けていたことが。
 だから、あの日の夜、久美お姉ちゃんはしくじっちゃったに違いない。佳美お姉ちゃんが結婚で家からいなくなった時には、私が慰めてあげた。でも、あの日からは、私じゃ駄目になっちゃったんだ。早苗ちゃんがどんなふうにして佳美お姉ちゃんの愛情を受け止めているのか、その様子をずって見ていて、佳美お姉ちゃんに愛してもらうための、これまでとはまるで違うやり方をおぼえちゃったから。佳美お姉ちゃんのおっぱいにむしゃぶりつく早苗ちゃんの姿を見て、佳美お姉ちゃんの手でおむつを取り替えてもらう早苗ちゃんの姿を見て、ああ、こんなふうにして佳美お姉ちゃんに愛してもらえるんだって知っちゃって。
 だから、あの日の夜、久美お姉ちゃんはパジャマとお布団をびしょびしょにしちゃったに違いない。私にも早苗ちゃんみたいに佳美お姉ちゃんのおっぱいをちょうだいよ。私も早苗ちゃんみたいにおむつしてないとお布団を汚しちゃうんだよ。だから、戻ってきてよ。今はもう遠い所にいる二人に向かってそんなふうに訴えかけるために。

「いいわ。自分で脱げないんだったら、私が脱がせてあげる」
 私は久美お姉ちゃんが穿いているジーパンのウエストに指をかけて、そのまま力任せに引きおろした。ちょっと乱暴だけど、ちっとも気にしない。だって、お姉ちゃんがいけないんだから。こんなにお姉ちゃんを好きな私の気持ちに応えてくれないお姉ちゃんがいけないんだから。
 それから、強引に、ショーツも脱がせちゃう。
 そうして、甘く切ない、めくるめく姉妹百合の世界へといざなわれる二人(いや、それは微妙に違う。違うと思う。違うんじゃないかな。ま、ちと覚悟は)
 で、ショーツも剥ぎ取られちゃったお姉ちゃんのお股はというと。
「うっわ、お姉ちゃんのここ、すっごく綺麗。ちっとも黒ずんでないし、綺麗なサーモンピンクで、それに」
「見ちゃいや! 見るんじゃないってば! こら、だめ、やだ、そんなにじろじろ見ちゃやだってば……」
「毛が一本も生えてないつるつるのお肌で、ほんと、おねしょさんにお似合いのお子ちゃまな割れ目ちゃんだこと」
 私はお姉ちゃんの股間に顔を近づけてまじまじと眺めてからふっと息を吹きかけてあげた。
 お姉ちゃん、両脚をきゅっと擦り合わせる。
 お姉ちゃんのお股に恥毛がないのが、もともとなのか、それとも、(おねしょの雫が残って肌が荒れないようにと)お手入れしているからなのか、それは知らない。知らないけど、つるつるのお肌で綺麗な割れ目ちゃんがひくひくしてるの、とっても可愛い。これだったら、早苗ちゃんと並んでごろんさせてあげても見劣りしない。だから。
「え!? や、やだ、何する気なの!? 離して、私の体から手を離してよ!」
 私がお姉ちゃんの体をひょいと抱え上げた途端、お姉ちゃん、手足をばたばたさせて暴れ出す。
 でも、弱っちいお姉ちゃんの反抗なんて、ちっとも反抗にならない。ぐずって暴れる早苗ちゃんの方がよほど厄介なくらいだ。
 私は、ジーパンとショーツを脱いで(脱がされて)トレーナーだけの姿になったお姉ちゃんをバスタオルの上に寝かせてから、お姉ちゃんの手首をつかんで強引に左手を伸ばさせ、こちらに向かって伸びている早苗ちゃんの右手と、掌どうしを合わさせた。
 おずおずと早苗ちゃんがお姉ちゃんの手を握る。
 たぶん、早苗ちゃん、私が何をしようとしているのか、子供心ながらに直感したんだろう。
 ううん、私の狙いがわかったのは早苗ちゃんだけじゃなかった。お姉ちゃんも察しがついたみたいで、
「どうして? どうして私なのよ!? どうして私が由香ちゃんの代わりなの!? 高校生の私が年少さんの子の代わりだなんて、どうしてそんな……」
とか叫びながら起き上がろうとするんだけど、私に肩を押さえられて身動き取れなくなっちゃう。
 でも、いつまでも肩を押さえているのも面倒だから、魔法の呪文でお姉ちゃんをおとなしくさせることにした。
 呪文のキーワードは『おむつ』
「おねしょさんだけど、お布団を汚さないように紙おむつを使ってるお利口さんなんだよね、お姉ちゃんは」
「……!!」
「そうだよ。おねしょのことだけじゃなく、おむつのことも知ってるんだよ、私。おねしょのこと、いつまでも隠し通すのは無理って考えて、せめて私だけにはばれないよう、こっそりお母さんに相談したんだよね? で、お布団やパジャマが濡れなきゃ私にはわからないだろうってことになって、私たちが学校へ行ってる間に、お母さんが買ってきてくれたんだよね? うふふ。知らないと思ってた?」
「……」
「お姉ちゃんに関係することで私に隠し事をするなんて、絶対に無理だよ。あ、そうそう。お姉ちゃんが使ってる紙おむつ、これだよね? お姉ちゃん、大人用を使うには体が小っちゃすぎるから、子供用のを使ってるんだよね? ほら、ここを見てごらん。『スーパービッグ 女の子用 体重25kg以上のお子様の強い味方』なんて書いてあるよ」
 真っ青な顔になって浅い呼吸を繰り返しているお姉ちゃんの目の前にスマホを突きつけて、少し前に撮った写真を見せてあげた。写っているのは、濡れていることを示す黄色のおしっこサインがくっきりの紙おむつ。たっぷりおしっこを吸ったんだろう、ぷっくり膨らんでいる。
 その写真をお姉ちゃんにじっくり見せてから、画面をフリックすると、日にちを遡りながら、いろんなブランドの紙おむつの写真が何枚も表示される。でも、おしっこを吸ってぷっくりなのは、どれも一緒。「どれが自分に合うのか、いろいろ試してたんだね。それで、結局、いまのやつに落ち着いたってとこかな。よかったね、自分にぴったりの紙おむつがみつかって。それも、こんなに可愛いイラストがついた子供用の紙おむつで。大人向けの介護用紙おむつなんて、ちっとも可愛くないもんね」
「……」
「お姉ちゃんてさ、ちょっぴり天然っていうか、まわりのことが見えてないとこがあるよね。使っちゃった紙おむつを人目を避けて捨てに行くんだったら、もう少し用心しなきゃ。いくら早い時間だっていっても、どこから見られてるかわからないんだよ? 現にほら、こうやって私に見られて、しかも写真まで撮られちゃってるんだから」
「……」
「今見せてあげたのは、お姉ちゃんがゴミステーションに捨てた後、ゴミ袋の口を開けて撮った写真ばっかだけど、紙おむつで膨れたゴミ袋を持ってお姉ちゃんが歩いてるシーンとか、まわりをきょろきょろ見回しながらお姉ちゃんがゴミ袋をゴミステーションに捨ててるシーンとかもあるよ。せっかくの記念写真だし、見せてあげようか?」
 お姉ちゃんがおねしょしちゃうようになったらしいことがわかって、しばらくの間、ちょっと不思議だったんだよね。雰囲気じゃ毎晩しくじっちゃってるみたいなのに、洗濯物が増えている様子もないし、お母さんが布団をベランダに干す回数が増えた様子もないし、どうなってるんだろって考えてて、で、テレビに紙おむつのCMが流れるのを見て、これだって気がついて。その後は簡単なことだった。ゴミ収集日に朝早く起きて写真を撮るだけのことなんだから。あ、そりゃ、気をつけなきゃいけないこともあったよ。お姉ちゃんのあとをつけたりしたら気づかれるかもしれないから、お姉ちゃんよりもずっと早く起きて早朝ジョギングで走ってるふうな感じで様子を見ていて、お姉ちゃんがゴミステーションに近づいてきたら物陰に隠れてスマホを構えたりとか、紙おむつを捨てて先に家に帰ったお姉ちゃんに気づかれないよう用心しながら自分の部屋に戻ったりとか。でも、たとえば、お姉ちゃんがもっと用心深い子で、ずっと離れた場所にあるゴミスーションまで紙おむつを捨てに行っていたりしたらどうしようもなかった筈。なのに、何かにつけちょっぴり抜けたところのある久美お姉ちゃんはそんなことまで気がまわらなかったから、ちっとも大変じゃなかった。もっとも、もう何度も書いたことの繰り返しになるけど、そんなお姉ちゃんが可愛くて仕方ないんだ、私は。そんなお姉ちゃんをもっともっと可愛くしてあげる。早苗ちゃんよりもずっと可愛くしてあげる。だから、おとなしくしてようね。
「……」
 お姉ちゃん、バスタオルの上に寝転がったまま、早苗ちゃんがいる方とは反対方向にぷいって顔をそむけちゃった。私の顔を見てられるわけがないし、早苗ちゃんと顔を合わせるわけにもいかない。お姉ちゃんには、そうするしかなかった。私はもっとお姉ちゃんの顔を見ていたかったのに。困って困って泣き出しそうになるお姉ちゃんの顔をずっと見ていたかったのに。
 でも、ま、いいや。
 そろそろ、お姉ちゃんの質問に答えてあげることにしましょう。ほら、さっきお姉ちゃんが言ってた、どうして私(この私って、お姉ちゃんのことね)が由香ちゃんの代わりなのよっていう質問に。
「早苗ちゃんには説明してあげたんだけど、その時の説明、お姉ちゃんにも聞こえてたと思うんだ。でも、念のためにきちんと説明しておいてあげるね。あのさ、由香ちゃんの代わりになるには、四つの条件をクリアしてなきゃいけないんだよ。一つ目の条件、妹がいてお姉ちゃんなのに、まだおむつ離れできてない女の子であること。二つ目の条件、早苗ちゃんのことを大好きな女の子であること。三つ目の条件、早苗ちゃんがその子のことを大好きであること。四つ目の条件、すぐ近くにいる子であること。――この四つの条件をクリアできる子っていったら、お姉ちゃんしかいないじゃん。だから、お姉ちゃんが由香ちゃんの代役なの。由香ちゃんの代わりに、早苗ちゃんとお手々をつないで、早苗ちゃんと一緒におむつをあててもらう子になるんだよ、久美お姉ちゃんが」
 私はゆっくり場所を変え、お姉ちゃんの顔のすぐ真ん前で膝を折って答えてあげた。
 なのに、お姉ちゃんたら、
「そ、そんな屁理屈、そんな無理矢理の屁理屈なんて認めない。私、由香ちゃんの代わりなんて絶対しない!」
なんて我儘言い出す。
 だったら仕方ない、お姉ちゃんをおとなしくさせる魔法の呪文・第二節を唱えてみよう。
「私、同じクラスに大の仲良しの友達がいて、その子、新聞部に入ってるんだけど、このごろ、ちっとも特ダネがなくて困ってるんだって。それで、私にも何かネタになりそうな出来事があったら教えてねっていつも言っててさ。そんなこと言われても、困っちゃうよね。特ダネなんて、そこいらじゅうに転がってるわけないんだから」
 ここまでが、お姉ちゃんをおとなしくさせる魔法の呪文・第二節・前の句。それから少し間を置いて、私は呪文・第二節・後の句を詠唱した。
「あら、やだ、私ったらすっかり忘れてたみたい。私が撮ったこの写真、ひょっとしたら、ちょっとしたスクープなんじゃないかしら。――あの聡明な生徒会長に隠し子か? わが新聞部が独自のルートで調査した結果、ゴミ収集日ごとに紙おむつを捨てている生徒会長の姿を激写した写真を入手。すわ、生徒会長に隠し子かと色めきたった記者であるが、その後の追加調査で、思わぬ事実が判明。紙おむつは体重25kg以上の子供が使うスーパービッグサイズであることがわかった。では、子供がそんなに大きくなるまで、生徒会長はどのようにして隠しおおせたのか。はたまた、あるいは、紙おむつを使っているのは、子供ではないのか。その場合、この紙おむつを使っている人物とは誰なのか? 更なる調査結果は、校内新聞次回発行日を待て。なんてことになりそうなスクープネタなのかもね?」

「……ったわよ。……いいんでしょ」
 呪文の詠唱が終わってから短い沈黙があって、それからお姉ちゃんは小っちゃな声で言った。
「え、なんだって? よく聞こえなかったから、もういちど言ってよ。よく聞こえるように、もういちど」
 私はそう言って、お姉ちゃんに向かって軽く首をかしげてみせた。
 でも、嘘だ。本当はちゃんと聞こえていた。聞こえていたけど、計画が着々と進行していることを再確認したくて、聞こえなかったふりをした。
「わかったわよ。やればいいんでしょ。その由香っていう子の代わりを私がやればいいんでしょ」
 さすが、魔法の呪文の第一節と第二節の時間差詠唱。
 こうかはばつぐんだ!
「それでいいのよ。この大切な役をこなせるのはお姉ちゃんしかいない。お姉ちゃんも、早苗ちゃんをいつまでも濡れたおむつのままでいさせるのは可哀想で忍びないでしょ? だから、お願いね」
 私は(胸の中でくすくす笑いながら)わざとらしくいたわるような声でお姉ちゃんに言ってからもういちど場所を変え、バスタオルの上にごろんしている早苗ちゃんの足元で膝立ちになって、早苗ちゃんが右手でお姉ちゃんの左手をぎゅっと握っているのを確認した後、優しく声をかけた。
「これでいいでしょ? 朱美おばちゃんが由香ちゃんの代わりになってくれるって。だから、おむつを取り替えても平気だよね? お尻、気持ち悪かったでしょ。すぐに取り替えてあげるね」
 でも、早苗ちゃんは首を横に振る。
 首を横に振って、
「ううん、早苗、平気だよ。お尻、気持ち悪いけど、我慢できるよ。だから、先に久美おばちゃんにおむつあててあげて。久美おばちゃん、ズボンもパンツも穿いてないよ。そのままじゃ寒くて風邪ひいちゃう。だから、先に久美おばちゃんにおむつあててあげて」
とか、健気なことを言っちゃう。
 うわ〜、マジもんの天使様のご降臨や。
 天使様の御言葉に私ごとき下界の者が異を唱えられるわけがない。
 私は膝立ちのまま、いったん床に置いておいた衣装籠を手にさげて、早苗ちゃんの足元からお姉ちゃんの足元へまたまた場所を移った。
「……!?」  
 今ごろになって何かとんでもないことに気がついたように、お姉ちゃんは唾をぐびりと飲み込んで、目をきょろきょろさせて私の顔をおそるおそる見上げた。
 この様子じゃお姉ちゃん、自分がどんな状況に置かれているのか、本当のことをわかってなかったな、さては。多分お姉ちゃんとしちゃ、(下半身裸なのは恥ずかしいけど、それさえ我慢して)早苗ちゃんと並んで寝転がって、早苗ちゃんを安心させるために手を繋いであげて、早苗ちゃんが私におむつを取り替えてもらったら、それでお役御免、解放してもらえるとか都合のいい解釈をしていたみたいだ。それが、早苗ちゃんに「先に久美おばちゃんにおむつをあててあげて」と言われて、やっとのこと自分の本当の役割に気がついたんだろう。やっぱり、お姉ちゃんはどっか抜けてる。そんな生ぬるい役割のために、誰がわざわざジーパンとショーツを脱がせたりするもんか。
「……う、嘘よね? 早苗ちゃんの目の前でおむつをあてられるだなんて、そんなの嘘よね?」
 お姉ちゃん、自分で口にした『おむつ』という言葉に顔を赤く染めながら助けを求めるみたいな声で言うんだけど、私が
「本当のことだよ。お姉ちゃんは由香ちゃんの代わりなの。保育園で由香ちゃんは早苗ちゃんと一緒におむつを取り替えてもらっているんだから、お姉ちゃんがおむつをあてられるの、当り前でしょ。しかも早苗ちゃん、自分もお尻が気持ち悪いのを我慢してお姉ちゃんのこと気遣って先におむつをあててあげてって言ってくれてるんだよ。姪っ子の好意を無駄にするなんて、そんな人でなしの叔母ちゃんなんているわけないよね?」
と、わざとらしく大げさに首を振ってみせると、
「い、いや! そんなの、いや!」
って悲鳴をあげて、体を起こそうとする。
 だけど、もう、お姉ちゃんの肩をバスタオルに押しつけて体の自由を奪うだなんて乱暴なことをする必要はない。
 私はおもむろに
「だったら、仕方ないわね。お姉ちゃんがそんなに聞き分けがわるいんだったら、新聞部の友達にスクープを提供しちゃおうかな。私のスマホに入ってるスクープを。さ、どっちを選ぶ? お姉ちゃんのおねしょとおむつのこと、校内新聞で学校のみんなに知ってもらうのがいい? それとも、私と早苗ちゃんしかいなくて秘密が守られるここでおむつをあててもらう方がいい? お姉ちゃん自身に決めさせてあ・げ・る♪」
とお姉ちゃんの耳元に囁きかけるだけでよかった。
 どっちにするか決めさせてあげるとは言ったものの、どっちを選ぶかなんて、最初から答えは決まっている。全校生徒に知られる方を取るか、身内の二人にしか知られない方を取るか、そんなの、選択肢が一つしかないのと同じだ。
「……みたい……てもらう。……んでしょ」
 さっき、魔法の呪文の時間差詠唱でおとなしくなった時と同じく、ちょっとだけ迷ってから、お姉ちゃんが小さな声で言った。
「え、なんだって? よく聞こえなかったから、もういちど言ってよ。よく聞こえるように、もういちど」
 これもさっきと同じく、私はそう言って、お姉ちゃんに向かって軽く首をかしげてみせた。
 でも、さっきと違う点が一つだけある。それは、さっきのが、計画が順調に進んでいることを再確認するためだったのに対して、今回は、ずっと胸の中で温めていた計画がいよいよ成就しようとしている、その悦びを堪能するためという点だ。
 そう、本当に本当に長い間にわたって内容を吟味し続け、計画を実行するために服飾文化研究部なんていうオタクっぽい部に入って慣れない裁縫技術を身に付け、実行に移す時期をたんたんとうかがっていた計画のいよいよの成就の悦びを堪能するために。
「私、由香ちゃんの代わりだから、由香ちゃんみたいにおむつをあててもらう。早苗ちゃんがおむつを取り替えてもらう前に私がおむつをあててもらう。……それでいいんでしょ」
 顔を真っ赤に染めて肩をぶるぶる震わせて弱々しい声でそう言うお姉ちゃん、早苗ちゃんにも負けないくらい可愛い。
 でも、多分、お姉ちゃん、まだ勘違いしている。
 お姉ちゃん、これから、自分が毎晩お世話になっている紙おむつを早苗ちゃんの目の前であてられちゃうんだと思っているに違いない。
 でも、これからお姉ちゃんのお尻を包むのは、紙おむつなんかじゃないんだよ。

「これ、何だかわかる?」
 衣装籠から取り出した厚手の下着(みたいなもの)を目の前に差し出して私がそう尋ねると、お姉ちゃんは
「……おむつカバー?」
と、曖昧な口調で答えた。
 ぴんぽ〜ん、大正解。
 私が衣装籠から取り出したのは普通の下着なんかじゃなく、おむつカバーだった。それも、早苗ちゃんのサマードレスの裾から見えているのとお揃いの、ピンクのチェック柄のおむつカバー。
 でも、早苗ちゃんが身に着けているおむつカバーとは明らかに違うところがある。
 それは、大きさだ。私が手にしているのは、早苗ちゃんのおむつカバーを二回りほども大きくしたサイズに仕立てた、大きなおむつカバーだった。
「こんなに大きなおむつカバーをどうして私が持ってるのか、不思議? でも、ちっとも不思議なことなんてないんだよ。だって、これ、私のお手製なんだから。あのね、私が所属している服飾文化研究部(別名・コスプレ部)は二つのグループに分かれてるんだ。一つは、いろんな衣装を身に着けていろんなキャラになりきることを楽しんでる人たちのグループで、もう一つは、コスプレ衣装の製作に情熱を燃やす人たちのグループ。もちろん、両方を楽しんでいる人たちもいるけど、そういう人でも、やっぱり、どっちかの比重がかなり高いみたい。で、私は衣装製作グループの方なんだけど、こっちのグループは、自分んとこの部員に着てもらう衣装だけじゃなく、たとえば演劇部とか映像研究部とかから、舞台用の衣装や撮影用の衣装とかの注文を受けて、それで、手数料を貰って衣装を作ってあげることもあるわけ。それぞれの部にも衣装を担当する人はいるけど、やっぱり人数が限られるから、どうしても、うちの部の制作グループに注文しなきゃ間に合わなくなることがあるのよ。でもって、そんな注文の中には、時々、びっくりするような依頼が混ざってることもあってね」
 私はそこまで説明した後、どう反応していいのかわからず戸惑いの表情を浮かべるお姉ちゃんの顔を眺めながら続けた。
「この大きなおむつカバーもそう。実は、映像研究部が秋の文化祭に向けて、怪しげな性風俗に焦点を当てたドキュメンタリー風のビデオを作ることにしたそうで、そのビデオを撮影する時に使う、大柄な男の人向けのセーラー服とか、ビニール素材のナース服とか、背中がぱっくり開いたメイド服とかと一緒に、大人でも使えるような大きなおむつカバーの制作を依頼してきたの。ほんと、どんだけ怪しいビデオを作る気なのかしらね、映像研は。ま、それはいいとして。それで、大人用なんかじゃなくてちゃんとした子供用のだけど、実際に布おむつのお世話になっている早苗ちゃんっていうモデルが身近にいる私がおむつカバーの制作を引き受けて、部活の時間だけじゃ間に合わないかもしれないから、家に持って帰って、いろいろ試行錯誤しながら頑張ってて、今私が持っているのは、そんな中の一枚ってわけ」
 というのが、私の説明の全部。
 ちょっと聞いただけじゃ、それっぽく、もっともらしく聞こえるでしょ?
 でも、こんなの、出鱈目もいいとこ。
 あ、服飾文化研究部が他の部活の衣装製作をお金を貰って手伝っているってのは本当だよ。コスプレ用の衣装を作るには特殊な生地や素材が必要になることもあって、予想以上に費用がかかっちゃうんだ。だから、よその部を手伝って手数料を貰って、なんとか凌いでいるのが実情。ただ、映像研が怪しげなビデオを撮影するために怪しげなコスチュームの制作を依頼してきたってのは真っ赤な嘘。そんなことをして、そんなビデオを文化祭で上映なんかしたら、映像研も服飾文化研究部も、揃って活動停止処分をくらっちゃう。本当なら、冷静に考えれば、こんなの、すぐにわかること。でも、今のお姉ちゃんはいつものお姉ちゃんじゃない。実の妹の手で下半身を丸裸に剥かれて、無毛の下腹部を曝け出して、おねしょの秘密を新聞部に売り渡されそうになっているんだから、平静を保てるわけがないし、冷静な判断をくだせる筈がない。そう、今のお姉ちゃんをだまくらかして、この大っきなおむつカバーの存在を受け入れさせるなんて、簡単なことだ。
 え? だったら、なんで私がこんな大っきなおむつカバーを持っているのかって?
 映像研からはそんな依頼なんて来ていないのに、どうしてわざわざこんな大っきなおむつカバーを作ったりしたのかって?
 みなさんの疑問はもっともだ。
 その理由、お・し・え・て・あ・げ・る♪
 私が久美お姉ちゃんのことを大好きなのは、みんなも知っての通り。なのに佳美お姉ちゃんと久美お姉ちゃんがいちゃラブなのも知っての通り。で、嫉妬の念に駆られながら、私はいろいろ考えたわけよ。どうして私が除け者なんだよ?って。どうやったら二人の間に割って入って久美お姉ちゃんを私だけのものにできるんだよ?って。
 で、得た結論。佳美お姉ちゃん、久美お姉ちゃんが生まれた時からずっと面倒をみていたよね。それに比べて、私は後から遅れてやってきた子。まさに、そのつきあいの長さが佳美お姉ちゃんと久美お姉ちゃんを強く結びつけているんじゃなかろうか。ううん、単純に『時間的なつきあいの長さ』ってだけじゃない。もっとこう、なんていうんだろう、うまく説明できる言葉があったような気がするんだけど、ええと――あ、そうそう、『インプリンティング/刷り込み』だ。
 鳥の赤ちゃん、卵から出てきた時に最初に見た動く物を親鳥だと認識するよう遺伝的にプログラムされているんだってね。割と有名な実験なんだけど、そろそろ孵化しそうな卵の近くで羽根箒を揺らしていると、孵化して卵から出てきた雛鳥、最初に羽根箒を目にするよね。しかも、そいつはふらふら揺れている。となると、こいつが自分の親鳥なんだって雛鳥は意識に刷り込まれちゃって、その羽根箒を移動させると、雛鳥はそれについて行っちゃうとか。それと同じような感じで(いや、いくら天然なところがある久美お姉ちゃんだって、雛鳥と全く同じレベルだとは言わないよ。さすがにそうじゃないとしても、いろんな要因が絡み合って、原理的には同じような心理作用が働いて)とにかく久美お姉ちゃんは本能的に佳美お姉ちゃんになついちゃって、一方、11歳という多感な年ごろの少女だった佳美お姉ちゃんの方は、生まれたばかりでそれこそ何もできない久美お姉ちゃんが自分にひしとくっついてくるもんだから胸の奥底から湧いて出る精神的な昂ぶりを抑えられなくなって、で、二人は互いに互いを惹き合う仲になっちゃったんじゃなかろうかと。
 そうやって得た結論から、じゃ、私が久美お姉ちゃんを佳美お姉ちゃんから奪っちゃうにはどうすればいいのかって問題に対する答えを導き出すのは、わりと簡単なこと。要するに、久美お姉ちゃんが私に依存するように仕向ければいいんだよね、つまり。で、久美お姉ちゃんをどうやって私に依存させればいいのか。それも、実は、佳美お姉ちゃんと久美お姉ちゃんとの関係を考えれば、すぐに解答が見えてくる。
 さ、みんなもわかったかな?
 そう、リインプリンティング/再刷り込み。つまり、刷り込み現象をもういちど起こせばいいってわけ。
 久美お姉ちゃんの精神状態を生まれたての赤ちゃんの頃に戻して、そこに私が現れ、保護者然としてあれこれとお世話をやいてあげる。要するに、久美お姉ちゃんの精神をリセットして、まっさらな心へフォーマットし直して、私への依存心をインストールしちゃうってわけ。
 いつからか、そんなふうに私は、久美お姉ちゃんの精神状態をリセットする、つまり、久美お姉ちゃんを『赤ちゃん返り』させることばかりを考えるようになっていた。そして、そのための道具を用意するために、私は服飾文化研究部に入った。特殊な生地や素材を扱うことも少なくないコスプレ衣装を製作することを通して、様々な裁縫技術を習得するために。それに加えて、コスプレ用の衣装をたくさん作ることを通して、ちょっと特殊なデザインセンスを養うために。あ、特殊なデザインセンスというのが何を意味しているのか、ちょっと説明しといた方がいいかな。ええと、たとえば、大柄でがっしりした体型の男性が女装するためのドレスを作ることになったと仮定してみよう。この場合、女性用のドレスを男性の身長に合わせて単純にサイズを大きくしても、ちゃんとしたものはできない。がっしりした体型ということは、腹筋ばきばきで、ウェストが女性みたいにはくびれてないってことだよね。それに、肩幅だって広いだろう。こんな体型の人を女性らしく見せるには、ちょっとやり過ぎなんじゃないかって思うくらいに、胸元とお尻まわりを強調するように仕立てることがデザインの肝になる。わざとおおげさにバストとヒップを強調することで、肩幅の広さを目立たなくして、ウェストにくびれがあるように錯視させるさせるってわけ。簡単に言っちゃうと、こういう、どんなふうにデフォルメしてみせればいいかを判断するセンスこそが、ちょっと特殊なデザインセンスってこと。
 で、そうやって身に着けた裁縫技術とデザインセンスで私が作ったのは、久美お姉ちゃんに身に着けさせるためのベビー服とか、よだれかけとか、おむつカバーとかだった。うん、そう。私は久美お姉ちゃんの体型にぴったりのベビーグッズを作り揃えたってわけ。
 そんな物を作ってどうするのかって?
 やだな〜、これ以上は説明しなくてもわかるでしょ?
 私お手製のベビー服を久美お姉ちゃんに着せて、私お手製のよだれかけで久美お姉ちゃんの胸元を覆って哺乳瓶でミルクを飲ませて、私お手製のおむつカバーで久美お姉ちゃんのお尻を包んであげるために決まってるじゃない。そんなふうに(無理やりにでも)赤ちゃんの格好をさせて、(絶対に逃げられないようにして)赤ちゃん扱いしていれば、そのうちに身も心も赤ちゃん返りしちゃうに決まってる。そうしておいて、私が久美お姉ちゃんのお世話をしてあげる親鳥なんだよって、久美お姉ちゃんの真っ白な心に刷り込むために。
 これで、私が大っきなおむつカバーを持っている理由がわかったでしょ?
 そう。これは、久美お姉ちゃんを赤ちゃん返りさせるために前もって用意しておいた大切な道具だ。佳美お姉ちゃんに連れられて早苗ちゃんが我が家にやって来た日に、荷物の整理を手伝いながらしっかり目に焼き付けておいた早苗ちゃんのおむつカバーのデザインを元に、久美お姉ちゃんの体に合うようデフォルメして作ってあげた、私お手製のおむつカバーだ。そんな本当の理由を知られないために、映像研から依頼されたって誤魔化したってわけ。

「ほら、こんなに大っきなおむつカバーだもん、ちっとも窮屈なんかじゃないよ。それに、ほら、早苗ちゃんとお揃いのおむつカバーだよ。嬉しいでしょ? 想像してみてよ。年少さんの早苗ちゃんとお揃いのおむつカバーでお尻を包まれたお姉ちゃん。きっととっても可愛いよ」
「い、いや……お、おむつカバーだなんて、そんなの……」
 見れば、お姉ちゃん、顔面蒼白になっている。
 でも、今更どうすることもできない。だって、私から
「さっきリビングルームから出てって、この衣装籠を持って戻ってきてからずっと、スマホの録音機能がオンになってるんだよね。もちろん、お姉ちゃんが言った『由香ちゃんみたいにおむつをあててもらう。早苗ちゃんがおむつを取り替えてもらう前に私がおむつをあててもらう』ってとこもばっちり録れてると思うよ。てへ、これって、スクープ第二弾ってやつ?」
とか言われちゃったら、どうにもできないっしょ。
「それで、おむつカバーの中にあてるのが、これ。ね、なつかしいでしょ? 佳美お姉ちゃんが生まれた時から私が赤ちゃんの時まで使ってて、今は早苗ちゃんが使ってる布おむつ。久美お姉ちゃんも使ってたんだから、なつかしいでしょ? でも、あ、そうか。赤ちゃんの頃の話だもん、おぼえてる訳ないか。そうだよね、私ったら、つい、うっかりしちゃって」
 私はおかしそうにそう言いながら、おむつカバーをお姉ちゃんの足元で広げて、更に何枚か衣装籠から取り出した布おむつをおむつカバーの上に敷き重ねてみせる。
 不安とも怯えともつかない、なんとも表現のしようのない色をたたえたお姉ちゃんの大きな瞳がきょときょとしながら、私の手の動きを追いかける。
「早苗ちゃんは小っちゃいからおむつは三枚でいいんだけど、お姉ちゃんは大っきいから(ま、早苗ちゃんと比べれば大っきい。私から見ればどっちもどっちだけど)倍の六枚ににしとこうか。ううん、大丈夫だよ。赤ちゃん用の布おむつでも、ちゃんとあてられるって。赤ちゃんに使う時は、おしっこが出るところが厚くなるように折りたたんであてるんだけど、それを折りたたまなきゃ、大人にも使えちゃう長さになってるんだよ。あ、でも、そっか、おしっこが出るところを厚めにしとかなきいけないんだから、もう一枚増やして、これを二つに折りたたんで、こうやって組み合わせて、と。うん、これで大丈夫」
 お姉ちゃんの視線を意識しながらわざとゆっくり布おむつをおむつカバーに敷き重ねてから、別の布おむつを一枚だけ衣装籠から取り出し、お姉ちゃんの目の前でさっと広げて、隅のあたりを指でなぞってみせた。そこには、保育園で他の子供のおむつと取り違えられないように、『はやさかさなえ』と、早苗ちゃんの名前が平仮名で書いてある。
「もともとは私たち姉妹が使っていたおむつだけど、今は早苗ちゃんのおむつ。だから、こんなふうに早苗ちゃんの名前が書いてある。うふふ。わかる? お姉ちゃん、早苗ちゃんのおむつをあてられちゃうんだよ。お姉ちゃんよりもうんとずっと年下の早苗ちゃんのお下がりのおむつをあてられちゃうんだよ。でも、いいよね。大の仲良しさんの早苗ちゃんのお下がりのおむつだん、嬉しくてしようがないよね」
 私は、『早苗ちゃんのお下がりのおむつ』という部分をわざと強調しながら言って、お姉ちゃんの左右の足首をまとめて掴み、そのまま高々と差し上げた。
 お姉ちゃんのお尻がバスタオルから少しだけ持ち上がる。
「いや! そんなの、いや! おむつなんていやだったら!」
 その姿勢が、早苗ちゃんがおむつを取り替えてもらう時の姿勢そのままだってことに気づいて、久美お姉ちゃんはバスタオルの上で激しく首を横に振って、足をばたつかせる。
 でも、そんなことで、まるで体の大きさが違う私の手を振りほどけるわけがない。却って、小っちゃな子が駄々をこねているみたいで、可愛らしさ倍増だ。
「ほら、早苗ちゃんのお手本にならなきゃいけないんだから、そんなに暴れないの」
 私は、バスタオルから持ち上げられたお姉ちゃんのお尻の下に、布おむつを重ね敷いたおむつカバーをすっと差し入れた。
「いや……!」
 お姉ちゃんの下半身が大きくびくっと震えて、一瞬だけど息が止まるのがわかった。
 想像を絶する恥ずかしさに、それまで蒼白だったお姉ちゃんの顔が真っ赤に染まる。
 布おむつがこんなに柔らかなものだなんて、お姉ちゃんは思ってもみなかったよね?
 下腹部の肌に触れる布地の例えようのない柔らかな感触が、心の安らぎよりも、むしろ、限りない羞恥を掻きたてるものだなんて思ってもみなかったよね?。
 私には、お姉ちゃんの胸の内が自分のことのように感じ取れた。
 正直に告白しておこう。
 実は私、一度だけ自分でおむつをあててみたことがある。久美お姉ちゃんの体に合わせて初めておむつカバーを作ってみた時、おむつをあてられるってどんな感じなのか、興味がわいてきて止められなかった。それで、早苗ちゃんの布おむつをこっそり借りて。お姉ちゃんのために作ったおむつカバーだけど、中にあてる布おむつの枚数を減らしたり、実際におもらしするわけじゃないからマジックテープの留め方を緩くしたりといろいろ工夫したら、それほど窮屈じゃなかった。窮屈じゃなかったけど、でも、その恥ずかしさは、想像を絶していた。おむつカバーの上に重ね敷いた布おむつの上にそろっとお尻をおろした瞬間に感じた、布おむつの柔らかさ。私たち姉妹だけでなく早苗ちゃんが何度も汚してそのたびに洗濯して使い込んだ布おむつの柔らかな肌触りに、こんなにも恥ずかしさを煽られるなんて思ってもみなかった。そうして、股あての布おむつを両脚の間を通す時に感じた、太股の内側をそっと撫でられる、心をざわつかせずにいられない、くすぐったくて少しいやらしい、言いようのない感触。それだけじゃない。おむつカバーの左右の横羽根の端を持ち上げ、おへそのすぐ下の所で重ねて、股あての布おむつがずれないように横羽根どうしをマジックテープで留め合わせて調整する際の緊縛感。最後に、おむつカバーの前当てを両足の間に通す時の、おむつカバーの表面の撥水生地が太股に擦れる、少しすべすべした感触。ああ、違う。まだ最後じゃなかった。おしっこがおむつカバーの股ぐりから漏れ出すのを防ぐために、おむつカバーの裾からはみ出ている布おむつをおむつカバーの中にしっかり押し入れなきゃいけないんだけど、そうすると、おむつカバーの裾を縁取る幅広のバイアステープが太股をきゅっと締め付ける、ぞくぞくする感触が伝わってきたんだ。自分の手でおむつをあてているだけで、私の顔は上気して、息が荒くなっていた。更に、おむつをあて終わった後、立ち上がろうとして脚をゆっくり動かした途端、感じやすい秘部が柔らかな布おむつに撫でさすられて、下腹部からへなへなって力が抜けちゃって、そのままどうすることもできなくて、荒い呼吸を繰り返しながら、ただ呆然としていたんだっけ。それで、時間が経って心臓のどきどきがちょっとだけ鎮まるのを待って、このままじゃどうにかなっちゃう、私このままじゃ変になっちゃうって直感して、慌てておむつを外したんだった。その時、私の秘部に触れていたあたりのおむつがいやらしくねっとり湿っていることに気がついて、それで、自分のお股が恥ずかしいおつゆでぬるぬるになっていることに気がついて、私は悟った。もう二度と絶対、おむつなんてあてない。今度またこんなことをしたら、私、もう二度と元に戻れなくなる。確信めいて、私はそう直感していた。結局、その後、いやらしいおつゆで汚しちゃったおむつは、早苗ちゃんがおしっこで汚したおむつを入れておく蓋付きのペールに紛れ込ませて、他のおむつと一緒に佳美お姉ちゃんに洗濯させちゃったんだった。
 一度だけとはいえ、そんな経験があるから、私には久美お姉ちゃんの恥ずかしさが、それこそ自分のことのように感じ取れた。あの時の、虜になってしまいそうになるのをすんでのところで免れた、羞恥と屈辱がない混ぜになった粘っこい蜜を、被虐という名の甘ったるい果実にたっぷり注ぎかけてできた、蠱惑それそのもののような味わいの禁断のキャンデー。久美お姉ちゃんは今、そんなキャンデーのとろけるような甘さに夢中になっているに違いない。
 だけど、それだけじゃまだ完成じゃない。そのキャンデーには、特別な粉砂糖をまだ振りかけていない。
「柔らかでしょ? ふわふわもこもこの布おむつは、他に比べられるものがないくらい柔らかでしょ? 何度も何度も優しい手で洗濯してもらうたびに、布おむつはいくらでも柔らかく優しくなってくんだよ。そんな布おむつをもっともっと優しくしてくれる魔法の粉をぱたぱたしようね」
 言いながら私は右手でお姉ちゃんの足首を差し上げまま、左手だけで衣装籠からベビーパウダーの容器をたぐり寄せ、親指で蓋を外して、容器から真っ白のパフを取り出した。
 途端に、どこか懐かしさを感じさせる甘い香りが鼻をくすぐる。
「さ、おむつかぶれにならないように、ほら、ぱたぱた」
 お姉ちゃんの下腹部にベビーパウダーのパフをぽんぽんと優しく押し当て、無毛の股間からお尻にかけて、うっすらと白化粧を施してあげる。
 それから、ちょっぴり意地悪に手を動かして、お姉ちゃんの感じやすいところを柔らかなパフでつっと撫でてみる。
「や……!」
 お姉ちゃんの口をついて、小さな声が漏れ出る。童顔のお姉ちゃんにはまるで似つかわしくない、呻き声とも喘ぎ声ともつかない、とってもいやらしい声。
「おむつかぶれになってお医者様にみてもらわなきゃいけなくなったら可哀想だから、ほら、もっとぱたぱた」
 私は、お姉ちゃんの秘部をパフで撫でる手を止めてあげない。
 ベビーパウダーでうっすら白く染まった無毛のお股が、いつのまにか、ねっとりぬめぬめ濡れてくる。
 実は、ベビーパウダーというのは、あまりたくさん付けすぎると逆効果になる。通気性の良くない布おむつとおむつカバーに包まれてどうしても湿っぽくなってしまう赤ちゃんのお肌をさらさらの状態に保つのがベビーパウダーの役目なんだけど、こまめにおむつカバーを開いて湿気を逃がしてやらないと、湿気を吸ったベビーパウダーそれ自体が赤ちゃんの敏感なお肌に悪さを働くことがある。そして、それは、ベビーパウダーの量が多くなるほど、より顕著になるらしい。
 つまり、「おむつかぶれになったら可哀想だから」という口実でお姉ちゃんの無毛のお肌にベビーパウダーをたっぷりなすりつけている私の行為は、却って、お姉ちゃんの綺麗なお股がおむつかぶれで赤く腫れあがる結果を招く行為なのかもしれない。
 だけど、それで構わない。
 ちっとも私になついてくれないお姉ちゃんがいけないんだ。
 それに、こまめにおむつを取り替えてもらうことをお姉ちゃんがいやがりさえしなければ、その心配はないんだ。もしもおむつを取り替えられるのをいやがっておむつかぶれになったとしても、赤く腫れて一本の恥毛もないお肌におむつかぶれの薬を塗ってあげるという楽しみが待っている。実の妹の手でおむつかぶれの薬を塗ってもらう時、お姉ちゃんはどんな顔をするんだろう。無毛の下腹部をしげしげとみつめられ、おむつの交換をいやがった罰として、おむつかぶれの薬を掬い取った指で感じやすいところのまわりをまさぐられる時、お姉ちゃんはどんな声をあげるんだろう。
 柔らかな布おむつで下腹部を包まれるのとはまた違う、まるで想像なんてできない、この世のものとは思えない恥辱なんだろうな。

「さ、できた。じゃ、おむつをあてようね。いつまでもこのままじゃ風邪をひいちゃう」
 お姉ちゃんの下腹部にベビーパウダーをたっぷりつけてあげた私は、それから、お姉ちゃんのお尻の下に敷いてある股あてのおむつの先を左手で掴み上げ、そのまま、お姉ちゃんの両脚の間を通して、端がおへそにかかるかかからないかのところになるよう調節した。
 太股の内側を撫でる柔らかな感触に、お姉ちゃんの顔がますます赤くなる。
 試しに自分でおむつをあててみた時の光景が鮮やかによみがえる。目に見えた光景だけじゃなく、その時にかいだ匂いも、その時に聞こえた物音も、そうして、その時の身悶えするような恥ずかしさも、一気によみがえってくる。
 自分であてたおむつがあんなに恥ずかしかったんだ。それが、妹の手で、しかも姪っ子の目の前でおむつをあてられるなんて、どんなだろう。今、お姉ちゃんはどんなふうに感じているんだろう。
 私は胸の中でほくそ笑みながら、高々と差し上げていたお姉ちゃんの足首をバスタオルの上におろして、左右の脚をいくぶん開き気味にさせたまま、軽く膝を立てさせた。
 そうしておいて、お姉ちゃんのお尻の下から左右両側に広がっているおむつカバーの横羽根を持ち上げて、おへそのすぐ下のところで重ね合わせてマジックテープで留めた後、おむつカバーの前当てを、股あてのおむつと同じように両脚の間を通しておへその下までもっていって、横羽根に重ねてマジックテープで固定する。そうしておいて、おむつカバーの裾からはみ出ているおむつを、おむつカバーの二重ギャザーの内側にしっかり押し入れてやって、それでおしまい。

               *

「さ、できた。おとなしくしてて、本当に早苗ちゃんはお利口さんだったね」
 お姉ちゃんにおむつをあててあげた後、早苗ちゃんのおむつを取り替えてあげたんだけど、こっちは、久美お姉ちゃんにおむつを取り替えようかと言われた時の泣きじゃくりようが嘘みたいな、ちょっと拍子抜けしてしまうほどの手間いらずだった。
 ひょっとしたら、自分のすぐ隣に寝転がっておむつをあててもらう久美お姉ちゃんのことが、単なる代役なんかじゃなく、大の仲良しである由香ちゃんと同じように思えてきているのかもしれない。
 そういえば、おむつカバーに布おむつを敷き重ねたりベビーパウダーをはたいたりしながらちらちら早苗ちゃんの様子を窺っていて気がついたんだけど、久美お姉ちゃんにおむつをあててあげている間、お姉ちゃんがおむつをいやがって足をばたつかせたり大きく首を振ったりするたびに、早苗ちゃん、久美お姉ちゃんと手を繋いでいる右手にぎゅっと力を入れてお姉ちゃんの左手を強く握ってあげたり、心配そうな目でお姉ちゃんの様子を見ていたっけ。
 うふふ。これじゃ、どっちが年上かわかったもんじゃないよね。

「さ、もう体を起こしていいよ。ほら、よいしょっと」
 おむつカバーの裾からおむつがはみ出ていないかもういちど確認してから、私は早苗ちゃんの右手をお姉ちゃんの左手から離させ、両手を引っ張って、上半身を起こすのを手伝ってあげた。
 おむつを取り替える間お腹の上に捲り上げておいたサマードレスの裾がはらりと滑り落ちて、チェック柄のおむつカバーを殆ど見えなくする(さっきまではおしっこの重さでおむつがずり下がってしまって、おむつカバーが三分の一ほど見えていたんだけど、それが解消したから、サマードレスがおむつカバーを隠してくれるようになったんだね)。
「早苗ちゃん、私が久美おばちゃんにおむつをあててあげてる間、久美おばちゃのこと、励ましてくれてたよね。仲良しさんの由香ちゃんにも、そんなふうにしてあげてるの?」
 私は、早苗ちゃんが久美お姉ちゃんの手をぎゅっと握ってあげている光景を思い出しながら、そんなふうに訊いてみた。
「ううん。あのね、反対なの。保育園じゃ、由香ちゃんが早苗のお手々ぎゅっしてくれるの。早苗、もうすぐお姉ちゃんなのに、まだおむつで、おむつが恥ずかしくて、先生におむつ取り替えてもらう時、泣いちゃいそうになるの。そしたら、由香ちゃん、早苗のお手々ぎゅっしてくれるの」
 早苗ちゃんははにかんだ様子で、恥ずかしそうに応えた。でも、すぐその後、ぱっと笑顔になって元気よく続ける。
「それでね、久美おばちゃん、いやいやしたり、足をばたばたさせたりしてたでしょ。だから、由香ちゃんがしてくれるみたいに、今度は早苗がしてあげたの。大丈夫だよ、おむつ恥ずかしくないよ。早苗とお揃いのおむつ可愛いよって、久美おばちゃんのお手々ぎゅっしてあげたの」
 笑顔の中にちょっぴり誇らしげな様子を浮かべた早苗ちゃん、しっかり者のお姉ちゃんの顔をしていた。
「そっか、そうだったんだ。いつもは由香ちゃんに励ましてもらってたんだ。でも、今は久美おばちゃんのこと励ましてくれたんだ。大丈夫、きっといいお姉ちゃんになれるよ、早苗ちゃんは」
 私は、バスタオルの上にぺたんとお尻をつけて座っている早苗ちゃんの体を抱き寄せ、頬ずりしながら言った。幼児特有の高い体温が心地いい。
「ほんと? ほんとに早苗、いいお姉ちゃんになれる? ……でも、早苗、さっき、大っきな声で泣いちゃったよ。泣き虫さんなのに、お姉ちゃんになれるかな……」
 早苗ちゃん、最初の方は元気よかったのに、だんだん元気がなくなってく。
 私は心の中でにまっと笑って、こんなふうに提案してみた。
「じゃあさ、練習しようよ。いいお姉ちゃんになるための練習だよ。ママのお腹の中にいる赤ちゃんがうまれてくるまで、練習しようよ。自分より小っちゃい子を可愛がってあげる練習をして、とってもとってもしっかり者の、うんとうんといいお姉ちゃんになろうよ」
 私の提案を聞いて、早苗ちゃんの顔がみるみる明るくなる。
「うん、練習する。早苗、いいお姉ちゃんになる練習する!」
 早苗ちゃん、目をきらきらさせて大きく頷いた。
「よし、みんなで練習しよう〜!」
 私は早苗ちゃんの体から手を離し、拗ねたような表情でバスタオルの上に寝転がったままのお姉ちゃんの顔をじっと見ながら、わざとらしくはしゃいだ声で言った。
 お姉ちゃんは私と目を合わすまいとして、ぷいと横を向く。
 だけど、そうはさせない。
「みんなで早苗ちゃんの練習を手伝うのよ。早苗ちゃんは今、いいお姉ちゃんになるために、自分の胸の中にひっきりなしに湧きあがってくる不安な気持ちと戦っている。そんな時に助けてあげないで、何がおばちゃんよ。そんな時に手伝ってあげなくて、何が身内なもんですか」
 私は両手の掌でお姉ちゃんの頬を包み込むようにして力づくでこちらへ顔を向けさせ、胸の内に秘めた本当の目的に気づかれないよう用心しながら、少しばかり芝居がかった口調で諭した。
 それから、お姉ちゃんの顔と早苗ちゃんの顔を交互に見比べた後、お姉ちゃんの顔を正面から見据えて、早苗ちゃんの耳にもはっきり届くようきっぱりした口調で言って聞かせる。
「今から久美お姉ちゃんは早苗ちゃんの妹になるのよ。早苗ちゃんが妹の面倒をみる練習の相手役になるの。ううん、役なんかじゃない。早苗ちゃんは、もうすぐ生まれてくる赤ちゃんのために、懸命に練習するに違いない。だから、久美お姉ちゃんは今から、早苗ちゃんの妹になりきるのよ。わかったわね!?」
 それから私はもういちど早苗ちゃんの顔を見て、穏やかな口調で言った。
「ほら、早苗ちゃん。新しい妹がお姉ちゃんに名前を呼んで欲しそうにして待ってるよ。いつまでも待たせたら寂しくて泣いちゃうかもしれないから、さ、名前を呼んであげなさい。そうよ、早苗ちゃんの新しい妹の名前は久美ちゃんよ。ほら、お姉ちゃんはここだよ、久美ちゃん。寂しくなんてないよ。だから泣かなくていいんだよ、久美ちゃん。そんなふうに呼んであげるのよ」
 でも、早苗ちゃんはきょとんとした表情を浮かべるばかりで、
「でも、久美おばちゃん、早苗よりも大っきいよ。大っきくて年上なのに、妹なの?」
と訊き返してくる。
 そりゃ、ま、自分よりもずっと年上の叔母のことを妹扱いしてごらんと言われても、戸惑うのが当り前だ。
 それなら。
「じゃ、お姉ちゃんの方から早苗ちゃんを呼んであげなよ。久美、早苗お姉ちゃんにお手々繋いでもらってなくて寂しいから、早苗お姉ちゃん、こっちに来てよ。久美のお手々ぎゅってしてよ。ねぇ、早苗お姉ちゃん。――ほら、こんなふうに」
 ぎゅっと目を閉じて唇を噛みしめている久美お姉ちゃんの耳元に囁きかけた。もちろん、その後で、言いつけに従えないならスマホに入っている写真や音声データを新聞部の友人に提供しちゃうよって付け加えることを忘れずに。
 お姉ちゃんの瞼がうっすら開いて、私の顔を恨めしげに見上げる。
 でも、叱られて拗ねた小っちゃい子が上目遣いで睨みつけているみたいで、ちっとも怖くない。
「さ、どうするの?」
 私は、お姉ちゃんの目の前でスマホをこれみよがしに振ってみせた。
 お姉ちゃんの顔に、諦めと屈辱がない混ぜになった表情が浮かぶ。
 お姉ちゃんは私の顔を弱々しくちらと見てから、浅く息を吸って
「……く、久美、さな…早苗…お姉ちゃんに、お、おて、お手々繋いでもらってなくて、さ、寂しいから、早苗お……姉ちゃん、えっ……!?」
と、唇を震わせ絞り出すようにして私に教えられた通り言いかけたんだけど、言葉が途中で止まっちゃう。
 途中で言葉を飲み込んだ久美お姉ちゃんは、びっくりした顔をして、自分の左手に顔を向けていた。
 そこには、両手で久美お姉ちゃんの左手をぎゅっと握って心配そうな顔をする早苗ちゃんの姿。
「お姉ちゃん、ここにいるよ。久美ちゃんのお手々、お姉ちゃんがぎゅっしてあげる。だから、大丈夫だよ」 
 早苗ちゃんは、久美お姉ちゃんのことを『久美おばちゃん』じゃなく『久美ちゃんと』呼んで、にこっと微笑みかけた。
 途端に、久美お姉ちゃんの顔つきがちょっぴり変わった。
 それまでの諦めと屈辱がない混ぜになった表情に、なんだか切なそうな様子が混ざっているのを私は見逃さなかった。
 私には、その理由も想像がついた。

 三年前、佳美が最初の里帰り出産を終えて早苗と一緒に斎木家からいなくなった日、久美は、大好きな佳美だけでなく、大好きな佳美の愛情を仲良く分け合っていた早苗の姿が不意に目の前から消えて、途方にくれていた。途方にくれて、おねしょが始まってしまった。
 その早苗が、今こうして目の前にいる。目の前にいて、『大丈夫だよ、久美ちゃん』と呼びかけて手を握ってくれている。
 早苗が再び目に前にいる。
 久美は不意にそのことに気がついた。どうしてもっと早くそのことに気がつかなかったのだろう。一ヶ月ほど前、二人目の里帰り出産のために佳美が斎木家に帰ってきた日。その日から、いちどは離れ離れになってしまった早苗が再び目の前にいるようになった。なのに、どうしてそのことに気がつかなかったんだろう。
 違う。本当はそのことに気がついていた。気がついていたくせに、気がついていないふりをしていたのだ。いつの日か、早苗はまたもや佳美と共に目の前から姿を消してしまう。その事実を知っていたから、気がつかないふりをしていた。最初から早苗がいなければ、別離の辛さに胸を焼かれずにすむから。同じ屋根の下にいるのが早苗だと思わなければ、いつかくるその日のまたもやの別れの辛さを知らずにすむから。
 だから、早苗が目の前にいることに気がつかないふりをした。そこにいるのが別の少女だと思い込むことにした。血のつながりがあるから、そこにいる少女を愛おしく感じ、世話をやき、一緒に風呂に入り、楽しく遊び、まだ慣れないお箸でご飯を食べる手助けもしてやった。それでも、その少女は早苗などではない。そんなふうに無意識のうちに自分に言い聞かせ続けた。
 けれど、気がつかないふりをし通すことはできなかった。
 こちらの手をぎゅっと握ってくれるその少女の手の感触。こちらに向かって『久美ちゃん』と呼んでくれるその少女の声。こちらに向かって暖かな眼差しを向けてくれるその少女の瞳の輝き。そのどれもが、その少女が早苗であることを、これ以上ないくらい声高に告げていた。
 手を握ってもらい、『久美ちゃん』と呼んでもらったその瞬間、その少女が早苗以外の何者でもないことを認めざるを得なくなった。
 その少女を早苗だと認めた瞬間、目の前に早苗がいることに改めて気がついた瞬間、その瞬間の久美の目に、早苗はどれほど頼もしげな存在として映ったことだろう。かつて知っていた赤ん坊の頃の早苗ではなく、久美の意識のフィルターを突き破って不意に現れたかのような三歳の早苗は、どれほど大きな存在として久美の目に映ったことだろう。
 翻って久美自身は、妹のなすがままおむつをあてられ、バスタオルの上に寝転がっているだけの、かつての赤ん坊の頃の里苗と同様の頼りなげな存在におとしめられてしまっている。ただ自らの置かれた状況に戸惑うだけの無力な存在でしかないのだ。
 かつて久美は、佳美の愛情を求め、愛情の受け手である赤ん坊だった早苗に自分自身を重ね見ていた。その時の久美の意識は、今もそのままちっとも変わっていない。離れ離れになっている間も、無意識のうちに久美は自身と早苗を同一視し続けていた。――赤ん坊の頃の早苗と自分とを。
 そのせいで、今になって目の前に現れた早苗と自分を同一視することを、久美の無意識中の意識は強く拒絶する。佳美の愛情を得るべく第二の自我とも呼べるほどに自らと同一視してきた赤ん坊の頃の早苗を、もはや消し去ることなどできるわけがない。しかし、かといって、目の前に突きつけられた現実それ自体を否定することもかなわない。
 だから、心の巻き戻しが起こるのは必然だった。
 自分が同一視してきた赤ん坊の頃の早苗がもういないことを思い知らされ、現在の自分があまりに無力なことを自覚させられた久美は、拠って立つ所を失い、自分の有り様を自ら否定するしかなかった。三歳に育った早苗の存在を受け入れるには、その代償として、自らの心の時間を遡るしかなかった。自分が同一視していた早苗と自分自身を重ね合わせることができる、十八年前まで。

「早苗ちゃん? 早苗――お姉ちゃん?」
 久美お姉ちゃんの顔から、諦めと屈辱の表情がみるみる薄れてく。
「早苗お姉ちゃん、どこへ行ってたの? 私――久美、寂しかったんだよ。ずっとずっと寂しかったんだよ。お姉ちゃんがいなくて、久美、ずっと寂しかったんだよ」
 久美お姉ちゃんはのろのろと上半身を起こすと、自分の左手を握ってくれている早苗ちゃんの手をそっと押しやり、両手を伸ばして早苗ちゃんに抱きついて、胸元に顔を埋めた。
 一瞬だけきょとんとした顔になった早苗ちゃんも、まるで、そうすべきだということを最初から知っていたとでもいうふうに、久美お姉ちゃんの体を両手でかき抱き、右手の掌で何度も背中を撫でさすってあげている。
「もうどこにも行っちゃやだよ、早苗お姉ちゃん。久美、いい子にする。いい子にするから、ずっとずっと久美のそばにいてよ。お願いだから、早苗お姉ちゃん」
 久美お姉ちゃんは尚も強く自分の顔を早苗ちゃんの胸元にこすりつけた。
 久美お姉ちゃんの唇が何かを求めて繰り返し動いていることに私は気がついた。
「よかったね、早苗ちゃん。これで、久美おばちゃんは、もう、早苗ちゃんの妹だよ。久美おばちゃんは、久美ちゃんになったんだよ。ママのお腹の赤ちゃんが生まれるまで、たっぷり可愛がってあげてね」
 私はさりげなく二人の間に割って入り、久美お姉ちゃんの体を抱いている早苗ちゃんの手をそっと離させてから、久美お姉ちゃんの顔を優しく上げさせた。
 そのまま放っておいたら、久美お姉ちゃんが早苗ちゃんのまだ小さな乳首をサマードレスの生地越しにちゅぱちゅぱ吸っていたに違いない。そして、早苗ちゃんの方も、それを拒まず、ひょっとしたら、サマードレスの肩紐を自分で外して諸肌脱ぎになり、生の乳首を久美お姉ちゃんに吸わせることさえしていたかもしれない。さすがに、それを許すことはできない。久美お姉ちゃんを赤ちゃん返りさせるためにいろいろと策略を練ってきたけ私としても、二人にこれ以上の行為をさせるわけにはいかなかった。

「早苗ちゃんが久美おばちゃん――久美ちゃんのお姉ちゃんになったお祝いに、私からプレゼントがあります。どんなプレゼントなのか、見てみたくない?」
 二人の行為がそれ以上に進まないよう、興味をこちらに惹きつける目的もあって、私は思わせぶりな声で言った。
「プレゼント!? うん、早く見たい。どんなプレゼントなのかな。ね、久美ちゃんも見たいよね?」
 早苗ちゃんはぱっと顔を輝かせて、興味津々といった様子で瞳をきらきらさせる。
 久美お姉ちゃんはまだ名残惜しそうに唇をちゅぱちゅぱさせながら、でも、こくりと頷いた。
「はい、これが、二人が仲良し姉妹になったお祝いのプレゼントだよ。気に入ってくれたら嬉しいな」
 衣装籠に両手を突っ込んだ私は、黄色の生地で仕立てたワンピースを取り出し、肩口を持って、さっと広げてみせた。
 向日葵を連想させる黄色の生地に小さなサクランボの模様がいくつも散りばめてあって、スカート裾と袖口に純白のフリルをあしらった、襟幅の広い可愛らしいワンピースだ。
「はい、これが早苗ちゃんの。うん、サイズもぴったりみたいだね」
 私はワンピースの肩口を持ったまま早苗ちゃんの体に押し当てて頷いた。
「それから、これが久美ちゃんの。うん、こっちも大丈夫みたいね」
 ワンピースは大小二着用意しておいた。もちろん一着は早苗ちゃんので、もう一着は久美お姉ちゃんの。サイズは違うけど、同じ生地で、同じデザインに仕立てた、お揃いの二着だ。
「早苗、早く着たい。可愛いワンピース、早く着てみたい!」
 ちょっとお姉ちゃんぶってみせても、子供は子供。早苗ちゃんが、もう我慢できないとでもいうふうに、小鼻を膨らませながら声を弾ませた。
「わかった。じゃ、今すぐ着せてあげる。おむつを取り替えてもらう順番を我慢したり、久美ちゃんのお手々をぎゅっしてくれたり、いいお姉ちゃんになったご褒美に、久美ちゃんとお揃いのワンピース、すぐに着せてあげる」
 実際の仕上がり具合をきちんと確認したいということもあって、私は大きく頷いた。

               *

「かっわい〜い!」
 浴室の脱衣場から運んできた大きな姿見の鏡(あ、移動に便利なようにキャスターが付いているから、リビングルームまで運んで来るのは、ちっとも大変じゃなかったよ)に写る自分たちの姿を見るなり、早苗ちゃんが嬌声をあげた。
 ワンピースを作った当人である私が言うのもどうかと思うけど、確かに、双子コーデに身を包んだ二人は、お世辞抜きに可愛い。
 肩よりも少し長い髪を小さな飾りの付いたキャラゴムでツインテールにまとめ、私お手製のワンピースを着て、くるぶしの少し上までの長さのソックスを履いた二人は、キッズファッションのカタログ写真から抜け出してきたと言ってもいいほど可愛らしかった。
 しかも、久美お姉ちゃんは、佳美お姉ちゃんや私とは違って丸っこい顔つきをしているんだけど、母親に似ないで早苗ちゃんも丸っこい顔をしている上、ぱっと見では気づきにくいものの、血筋のなせるわざなのか、髪をツインテールにまとめて横顔がよく見えるようにすると、目や鼻や口といった顔のパーツがどれもびっくりするくらい似通っていて、背の高さや顔の大きさなんかを考えなければ、双子、それも一卵性双生児といってもいいくらいのそっくりさんになっている。そんな二人が髪飾りからソックスまでお揃いにしているんだから、可愛くないわけがない。
 ただ、見た目はそっくりでも、一人一人の雰囲気がそれとなく異なっているのも事実だった。
 もっとも、それにはそれなりの理由があって、その理由の大きな要因は、私が二人のワンピースのデザインを微妙に変えておいたことにあった。
 二人が着ているワンピースは、生地や基本的なラインは同じなんだけど、胸元のあたりのラインが少し違っている。早苗ちゃんのワンピースは、肩口の高さから胸元にかけて、前に向かって少し張りが出るようにして、胸元よりも少し下のところでいったん軽く絞り込み、そこから下は幼児特有のぽっちゃりお腹の体型に沿うようなラインを裾まで流した仕立てになっている。一方、久美お姉ちゃんのワンピースは、肩口から胸元まで体型の線をそのままなぞるようにしておいて、胸元から下を、トップバストから裾まで、ほぼ真っ直ぐおりるようなラインに仕立ててある(ただ、トップバストから裾にかけては、本当に真っ直ぐなラインだと堅苦しいシルエットになってしまうので、こころもち裾広がりかなという程度に自然に流して、シルエットを柔らくまとめるといった工夫もしておいた)。
 デザインにこういった差をつけておいたせいで、二人を見る人は、早苗ちゃんからは、子供ながらちょっぴりバストを強調したおしゃまな印象を受け、久美お姉ちゃんからは、胸板が薄く、アンダーバストより下がぽっちゃりした、いかにも幼児らしい印象を受けることになる。
 それに加えて私は、早苗ちゃんのワンピースは膝頭が隠れるか隠れないかのミディ丈に、久美お姉ちゃんのワンピースは膝上10センチ弱のショート丈に仕立てておいた。だから、早苗ちゃんはおむつカバーがスカートの中にちょうど隠れるんだけど、久美お姉ちゃんは、おむつカバーがワンピースの裾から見え隠れしている。これも、久美お姉ちゃんの方が幼児めいた雰囲気になっている理由だ。
 私がわざとそんなふうに二人のワンピースのデザインを細かく変えておいたせいで、本当は年下の早苗ちゃんの方がおしゃまな雰囲気、本当はずっと年上の久美お姉ちゃんの方があどけない雰囲気になっているってわけ。
 なんのためにそんなふうにデザインを変えたのかって? そんなの、二人の見た目の年齢を逆転させるために決まってる。そう、久美お姉ちゃんに、今から久美ちゃんは早苗お姉ちゃんの妹になるんだよって、見た目でわからせるために。そうやって久美お姉ちゃんをどんどん赤ちゃん返りさせるために。
 ただ、むやみに久美お姉ちゃんを赤ちゃん返りさせるのもちょっと危ないかなと今になって思い始めてもいるんだ、実は。二人にお揃いのワンピースを着せる直前、久美お姉ちゃんが早苗ちゃんのおっぱいを吸いそうになって、早苗ちゃんも、久美お姉ちゃんにおっぱいを吸わせたそうな仕草をしていた。そのことに気がついた私は慌てて(でも、さりげないふうに)二人を止めたんだけど、もしもそんなことになっていたら、たぶん、久美お姉ちゃんの赤ちゃん返りが一気に進んでいたと思う。赤ちゃん返りが進むことについては私の狙い通りだし、それはそれでいいんだけど、でも、あの時に赤ちゃん返りしていたとすると、目の前にいるのは早苗ちゃんということになる。そうすると、そこで、早苗ちゃんを親鳥に見立てたインプリンティング/刷り込みが行われていたかもしれない。それは困る。久美お姉ちゃんが赤ちゃん返りして心がリセットされた時に目の前にいるのは私じゃなきゃいけない。私を親鳥に見立てたインプリンティング/刷り込みじゃなきゃいけない。そうするために私は計画をたててきたんだから。
 そんなことがあったから、久美お姉ちゃんの赤ちゃん返りはもう少し慎重に進めなきゃいけないかなと思い始めているってわけ。
 でも、ま、今は、いろいろ面倒くさいことを考えるのはやめて、目の前の光景を存分に楽しむことにしましょ。
 ついさっき私は二人のことを『双子コーデ』と表現した。でも、実際は、私が二人のワンピースを少しずつ違ったデザインにしておいたから、『姉妹コーデ』と表現するのが正しい。それも、年下の早苗ちゃんがお姉ちゃんで、うんと年上の久美お姉ちゃんが妹の、ちょっと倒錯的な姉妹コーデ。
 早苗ちゃんは可愛い。ほんっとに可愛い。でも、私お手製のワンピースの裾からピンクのチェック柄のおむつカバーを見え隠れさせて、困った顔で鏡の前に立ちすくんでいる久美お姉ちゃんの方が、私には、もっと可愛く見える。やっぱり私、久美お姉ちゃんのことが大好きなんだ。
 だから、大好きなお姉ちゃんの姿、ちゃんと写真に残しとかなきゃね。そんで、可愛いその写真をスマホの待ち受け画面にしとかなきゃね。そうしとけば、何かあった時、スクープネタとして新聞部の友達にあげることもできるしね。

 私は、お姉ちゃんに(無理矢理)自分の親指を咥えさせ、衣装籠に入れて持ってきたパンダのぬいぐるみを(強引に)抱かせてから、スマホを構えた。
 そうして、
「良いよお姉ちゃん、その調子。それなら18歳には見えないから、オムツしてても恥ずかしくないよ」
と声をかけて、撮影ボタンを押した。
 お姉ちゃんのことを『久美お姉ちゃん』と呼ぶのは、これが最後になるだろう。
 これからお姉ちゃんは、スカートの裾から僅かに見えるおむつカバーの中の布おむつをおしっこで濡らして、大きなよだれかけに白い滲みをつけながら哺乳瓶のミルクを早苗ちゃんに飲ませてもらって、ガラガラの音を聞きながら早苗ちゃんにお腹をぽんぽんされて寝かしつけてもらう毎日を送ることになる。そんな、早苗ちゃんがいなきゃ何もできない赤ちゃんが『久美お姉ちゃん』なんて変だもん。これからは私も、早苗ちゃんと同じように、『久美ちゃん』て呼ぶことにする。
 これまでずっと呼んできた『久美お姉ちゃん』とは、これでさようなら。
 だから、胸の中でもういちどだけ呼んであげる。 

 良いよ久美お姉ちゃん、その調子。それなら18歳には見えないから、オムツしてても恥ずかしくないよ。
  



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