満たされた欲求・それから



 夏休みが終わって二週間が過ぎた土曜日。
 千葉市内とはいっても、海側ではないこの地区は極端に都市化しているわけでもなく、昔から続く旧家が散在している。それぞれの家と家との間も、街中の住宅地みたいに塀一枚があるだけといった窮屈なことはなく、立派な生垣と生垣との間は、充分に車が行き来できるような小径で隔てられている。それに、互いの家の生活を覗きこもうとする不躾な住民もいないため(それは、いわゆる都市生活の冷たさ、無関心さといったものともまた別ものなのだが)、雅美の家の広い庭の一角にある物干し場にたくさんの布おむつやおむつカバーが風に揺れていても、それを目にする者は家族だけだ。その家族も、雅美の兄は三重県に居を構えているため、雅美本人以外には父と母がいるだけだ。だから、雅美が赤ちゃん返りしてしまったことを知っているのは、近所には誰もいない。雅美の姿を見かけないことを訝ってそれとなく尋ねる声があっても、母親が「ちょっと体調を崩して静養しているんですよ」とさりげなく応えれば、それですんでしまう。

 九月になっても残暑が厳しくて、朝も十時を過ぎると、太陽の眩しさは真夏の頃と殆ど変わらない。門扉に近づく人物の影が、くっきり黒く地面に浮かび上がる。
 どっしりした造りの門扉の前に立った人物は、慣れた様子でインターフォンのボタンを押した。
『はい、どちら様でしょうか』
 待つほどもなく、スピーカーから雅美の母親の声が流れてきた。
「あ、智恵美です。あの、雅美ちゃん、ずっと学校をお休みだから、どうしたのか気になって来てみました」
 インターフォンに向かって応えた人物は、雅美と同じ高校に通っている北井智恵美だった。家もあまり離れていなくて幼稚園から高校までずっと一緒ということもあって、雅美とは大の仲良しだ。特に高校に入ってからは、一年生の時も二年生になった今も同じクラスだから尚更だった。そんな智恵美だから、クラス担任から詳しい事情も聞かされずに「島崎さんは当分の間、休学することになりました」と告げられただけでは納得もできず、どうしようかと何度も考えたあげく、雅美の家を訪れることにしたのだった。
『あら、わざわざ来てくれたの。――いいわ、入ってちょうだい。鍵はかかってないから』
 ほんの少しだけ何か考えるような間があって、それから母親の声が返ってきた。
「それじゃ、おじゃまします」
 応えて、智恵美は門扉の横のくぐり戸を押し開けた。
 広い庭中にきれいに生え揃った芝生が眩い。
 智恵美が脚を進めるたびに、歩み路に敷きつめた白い小石が心地良い音をたてる。
 門扉から建物まで僅かに湾曲した歩み路の中ほどに差しかかると、それまで建物の向こうになっていた物干し場が見えるようになって、穏やかな風に揺れる洗濯物が智恵美の目にとびこんできた。何気なく洗濯物に目をやった智恵美は不思議な思いにとらわれた。幼稚園の頃から何度も雅美の家を訪れたことがあるけれど、九月の日差しを浴びて風に揺れる洗濯物の大半が、それまで智恵美が目にしたことのないものだったからだ。
 よそのお家の洗濯物をじっと見るなんてお行儀が悪いかなと思いながら、でも、なんとなく気になって、智恵美は目を凝らした。すると、物干し場の細いロープに吊ったパラソルハンガーにかかっている洗濯物が布おむつだということがわかる。それに、たくさんの布おむつがかかったパラソルハンガーの横には、おむつカバーが二枚。それに、よだれかけやオーバーパンツ。
 洗濯物が何なのかわかって、ますます智恵美は不思議そうに首をかしげてしまう。(雅美ちゃんち、赤ちゃんなんていたっけ? 夏休みが始まる前に遊びに来た時も、おば様のお腹は大きくなんてなかったし)智恵美は、首をかしげたまま顎先に人指し指を押し当てて尚も洗濯物をじっと見つめ続けた。
「どうしたの、智恵美ちゃん」
 不意に声が聞こえて、ようやく智恵美は我に返った。
 はっとして振り向いた視線の先に雅美の母親の姿があった。
「なかなか玄関に入ってこないから様子を見に出たらこんな所で立ち止まって何か考えこんでるんだもの、びっくりしちゃうじゃない」
 母親は、人の好さそうな笑顔で智恵美に言った。
「あ、ごめんなさい」
 はにかんだような表情でぺこりと頭を下げた智恵美は、どうしようかなと少しだけ迷ってから、おずおずと言葉を続けた。
「あの、おば様……」
「あら、何かしら。何か気になることでもあるの?」
「……おば様んち、赤ちゃんいましたっけ?」
 そう言って、智恵美はもういちど物干し場に目を向けた。
「ああ、あの洗濯物のことね」
 智恵美と一緒に母親も物干し場の方に顔を向けると、くすっと笑って言った。
「いるのよ、うちに赤ちゃんが。とっても可愛い赤ちゃんなのよ」
「雅美ちゃんの妹なんですか?」
 物干し場で揺れる洗濯物をじっと見て智恵美が言った。
「あら、どうして妹だと思ったの? 男の子だとは思わなかった?」
 少し不思議そうに母親が訊き返す。
「だって、おむつカバーの色がピンクだし、それに、よだれかけの横に干してあるベビー服、ロンパースっていうんですか、あれ、スカートが付いてるみたいだから」
 智恵美は少し考えながら応えた。
「ああ、そうね。確かに、女の子用の物ばかりだものね。――でも、雅美の妹というわけでもないのよ」
 謎々でも楽しむみたいな口調で母親は智恵美に言った。
「どういうことなんですか?」
 要領を得ない顔で問い返す智恵美。
 けれど母親は軽く手を振って
「うふふ、すぐにわかるわよ。さ、いらっしゃい」
と応えただけで、先に立って歩き出してしまった。

 格子の引き戸を開けて玄関に入った智恵美は、雅美の母親の後について長い廊下を歩いて行った。
 そうして、廊下の半ほどよりも少し奥まったところにある部屋の前で母親が立ち止まったのに続いて智恵美も脚を止める。
「ここは?」
 雅美の部屋は確か二階にある筈だ。それなのにどうしてこんな部屋の前なんかで立ち止まったんだろう。少し訝しく思いながら智恵美は母親の背中越しに問いかけた。
「この部屋に赤ちゃんがいるのよ」
 母親の方はこともなげにそう応える。
「あ、でも、私は雅美ちゃんの様子が気になったから来てみたんです。あの、赤ちゃんは今度でもいいです。だから、雅美ちゃんの部屋へ……」
 そう言いかけた智恵美だったけれど、母親が
「いいのよ、ここで。ここに雅美もいるから」
と言ったために、言葉を途中で飲みこんで、
「あ、そうだったんですか。じゃ、雅美ちゃん、赤ちゃんのお守りをしてるんですね。赤ちゃんのお守りをできるくらいなら、そんなに体の具合が悪いわけじゃないんだ。よかったぁ」
と安堵の表情を浮かべた。
 すると、母親は
「うふふ、お守りをしているわけじゃないんだけどね」
と悪戯っぽく囁きかけ、ドアを大きく引き開けて、すぐ後ろに立っている智恵美の背中に腕をまわすようにして部屋の中に押しやった。
 部屋の真ん中あたり置いてある白い木製のベビーベッド。大きな窓にかかった、純白のレースと、アニメキャラクターのプリントが可愛い厚手のと、二重のカーテン。淡いパステルピンクの壁紙。壁に沿って並んでいるベビータンスとオモチャ箱。天井にはメリーサークルが吊ってあるその部屋は、まるで育児雑誌のグラビアページから抜け出してきたみたいな、いかにも育児室という感じの内装に仕立ててあった。
「うわ、かっわいい。こんな可愛いお部屋、どんな赤ちゃんがいるのかしら」
 部屋の様子を目にするなり、智恵美は目を輝かせた。
「赤ちゃんはベッドの上よ。ほら、あそこ」
 母親が指さすと、智恵美は思わずベビーベッドに向かって歩き出していた。
 入り口から五歩くらい歩くと、ベビーベッドはすぐ目の前だ。
 智恵美は腰をかがめてそっとベッドの中を覗き込んだ。
 ほのかに甘いミルクの香りが智恵美の鼻を優しくくすぐる。
 母親が言った通り、ベビーベッドの上で、お腹にタオルケットをかけた赤ん坊がすやすやと寝息をたてていた。ミルクの香りは、その赤ん坊の体から立ちのぼっているらしい。
「すっごく可愛い赤ちゃんだこと。ほっぺがぷにぷにしてて、うふふ、指を吸いながら眠ってる」
 智恵美は思わず笑顔になった。けれど、じきに、笑顔の中に僅かな戸惑いの色が浮かぶ。
「でも、大きな赤ちゃんですね。幼稚園児、ううん、小学生と比べてもいいくらい大きな赤ちゃん。今の子はみんなこんなに発育がいいのかしら」
「今の赤ちゃんがみんなこんなに発育がいいわけじゃないわよ。智恵美ちゃんや雅美の頃に比べると、今は肥満を気にするお母さんが多いから、却って、生まれた時の体重は減っているそうよ」
 智恵美に続いてベビーベッドを覗き込んだ母親が言った。
「じゃ、この子は特別なんですか? でも、変な感じ。顔は雅美ちゃんとそっくりで、雅美ちゃんは普通よりも小柄なのに、雅美ちゃんとよく似たこの子が特別大きな赤ちゃんだなんて」
 すぐ横にある母親の顔にちらと視線を向けて智恵美は言った。それから、急に思い出したように言葉を続ける。
「あ、そういえば、雅美ちゃんはどこなんですか? おば様、雅美ちゃんもこの部屋にいるって言ってたけど」
「あら、雅美はここにいるわよ。智恵美ちゃんの目の前で眠っているじゃない」
 母親は智恵美の方に顔を向け直して言った。
「え……?」
 母親が何を言っているのかわからずに、ぽかんとした顔になってしまう智恵美。
「この赤ちゃんは雅美の妹じゃないわよ。雅美は赤ちゃんのお守りをしているわけでもないの。だって、この子が雅美なんだもの」
 今度は智恵美の顔を正面から覗き込むようにして母親が言った。
「この子が……雅美ちゃん?」
 一度は母親の顔に向けた目を慌ててベビーベッドの方に向け直して、智恵美は赤ん坊の顔をじっと見つめた。
 初めて見た時もそう思ったけれど、そうしてまじまじと見つめても、赤ん坊の顔は雅美にそっくりだった。だけど、それにしても、オシャブリを枕の横に落として、その代わりみたいに自分の親指を吸いながら眠っている赤ん坊が雅美だなんて。(でも、たしかに、こんなに体の大きな赤ちゃんなんていないわよね。そう言われてみれば、顔だけじゃなく、体つきも雅美ちゃんとそっくり。おば様の言ってること、ひょっとしたら本当なのかな。だけど、どうして、私と同い年の雅美ちゃんがこんな格好してベビーベッドで寝てるの? 本当の赤ちゃんみたいな、何の心配もなさそうな顔をして。……やだ、私、この子が本当に雅美ちゃんだって思ってる。まさか、そんなことがあるわけないじゃない。本当は雅美ちゃんの従姉妹かなにかで、それで顔が似てるのよ。それをいいことに、おば様ったら私をからかってんだわ。雅美ちゃんは押入かどこかに隠れてるのよ。そうよ、そうに決まってる。……でも、だけど、ひょっとしたら……)智恵美の胸が、どちらとも決められないもどかしさでいっぱいになってくる。
「さ、雅美ちゃん、ちっちは大丈夫かな」
 困惑しきった智恵美の表情をちらと眺めてから、なんでもないことみたいに母親は言って、雅美のお腹にかかっているタオルケットをそっとどけた。
 すると、ベビードレスふうの丈の短いパジャマと、パジャマの裾から三分の一ほど覗いているピンクのおむつカバーが丸見えになる。
「お、おむつ……?」
 智恵美はそう言ったきり言葉を失った。目の前にいるのが雅美だと、まだ信じたわけではない。それでも、雅美に瓜二つの顔だちをした、雅美そっくりの体つきの赤ん坊のお尻がおむつカバーで包まれているのを目の当たりにすると、それこそ、高校生の雅美がおむつをあてられているとしか思えなくて、自分のことではないのに頬が熱くなってくる。
「そうよ。雅美ちゃんは赤ちゃんだもの。赤ちゃんはおむつに決まっているでしょう?」
 母親はこともなげに言っておむつカバーの中に右手を差し入れると、しばらく様子を探るようにもぞもぞと右手を動かしてから、智恵美にも聞こえるようなはっきりした言葉で言った。
「あらあら、ぐっしょりだわ。でも、雅美ちゃんは赤ちゃんだから、おむつを濡らすのは当たり前よね」
 その言葉に、智恵美の頬がますます赤く染まる。その赤ん坊を雅美だとまだ信じたわけではない。信じたわけではないけれど……。
「夜中にもおむつを取り替えてあげたけど、それだけじゃ足りないのね。だけど、仕方ないわね」
 意味ありげな目つきで智恵美の表情を窺って、母親は雅美が着ているパジャマの裾をお腹の上に捲り上げた。
 雅美のおヘソのすぐ右にある小さなホクロを目にして、智恵美の顔がこわばった。体育の授業で着替える時や身体測定で下着姿になる時、雅美がいつも恥ずかしそうにしていたのを智恵美は思い出した。発育が悪く、背が低いことと胸が殆ど膨らんでいないのに加えて、おヘソのすぐ横にあるホクロを雅美が随分と気にしていたことを智恵美は憶えている。(じゃ、じゃ、やっぱり、この子は雅美ちゃんなの? あの雅美ちゃんが赤ちゃんみたいな格好をして、おむつをあてられてるの? 私の幼なじみで、高校の同級生の雅美ちゃんが)
「あら、どうかしたの?」
 ますます頬を赤くする智恵美の様子に、母親がわざとみたいに驚いて言った。
「あ、あの……本当に雅美ちゃんなんですか? この赤ちゃん、本当に雅美ちゃんなんですか?」
 ごくんと唾を飲み込んで、僅かに震える声で智恵美は訊いた。
「今ごろ何を言ってるのよ、智恵美ちゃん。さっきから私が何度もそうだって言っていたでしょう?」
 ちょっと肩をすくめて、わざとあきれてみせる母親。
「だって……だって、まさか雅美ちゃんが赤ちゃんになっちゃうなんて信じられないんですもの……」
 絞り出すみたいな声で智恵美は言った。
「でも、本当のことよ。本当に雅美は赤ちゃんになって、こうしておむつをおしっこで汚しているのよ。ほら、見てごらんなさい」
 そう言いながら母親は手早く雅美のおむつカバーを開いてみせた。
 ぐっしょり濡れて、体温のせいだろう、微かに湯気をたてている水玉模様の布おむつがあらわになる。
「お、おしっこ……雅美ちゃん、おしっこでおむつを……」
 今にも消え入りそうな声で呟いた智恵美だが、それ以上は言葉にならない。
「うふふ、たくさんしちゃったのね、雅美ちゃん。でも、いいのよ。雅美ちゃんは赤ちゃんだものね」
 ひどい戸惑いと羞恥に包まれる智恵美をよそに、母親の方は、楽しそうに笑って雅美の足首を左手で持ち上げた。言うまでもなくおむつを取り替えるためだが、そんな母親の身のこなしは、雅美が本当は高校生だとまるで思っていないみたいな、本当の赤ん坊にするような自然な振る舞いだった。まるで、生まれたての赤ん坊の育児を楽しむ若い母親のような軽やかな手つきと笑顔だった。そうして、本当に自然な口調でこう言った。
「あ、そうだ。お客様を使って悪いんだけど、ポリバケツを出してくれるかしら、智恵美ちゃん。ベビーベッドの下に置いてあるから」
「あ……あ、はい」
 不意に名前を呼ばれた智恵美は、びくっと体を震わせると、なぜとはなしに母親の言いなりに、雅美が眠っているベビーベッドの下から小振りのポリバケツを引っ張り出した。
「ありがとう。――これ、何に使うバケツかわかる?」
 智恵美が引っ張り出したポリバケツにちらと目を向けて母親は意味ありげに言った。
「え? いいえ、あの……」
 母親の問いかけに思わず言葉を濁してしまう智恵美。
 智恵美にも、実は、それが何に使うバケツなのかわかっている。わかっているけれど、それを口にするのはあまりに恥ずかしかった。自分と同級生の雅美が汚したおむつを入れるためのバケツだと言葉にするのは、あまりにも恥ずかしい。
「そう? ま、わからないなら仕方ないわね。でも、これから私がすることを見ていればすぐにわかるわよ」
 ちょっと首をかしげて微笑んだ母親が雅美の足首をますます高く差し上げたせいで、雅美のお尻が微かに浮いた。
 母親は、ぐっしょり濡れた布おむつを右手で雅美の肌から剥ぎ取ると、微かに浮いたお尻の隙間を使って手前にたぐり寄せ、さっとまとめてポリバケツの中に滑らせた。
「これでわかったわね? 雅美のおむつを入れるためのバケツなのよ。いつもいつもおしっこでおむつを汚しちゃう雅美のために、いつでも使えるようにベッドの下に置いてあるのよ」
 雅美の足首を高く差し上げたまま、母親は小さく頷いてみせた。
「あ、はい……わ、わかりました」
 つられて智恵美もこくんと頷き返してしまう。
「いいわ。じゃ、今度は、タンスの一番下の引き出しを開けて、そこに入っている物を持って来てくれるかしら」
 満足そうに微笑んで、母親は壁際のベビータンスに目を向けた。
「……はい……」
 もういちど微かに頷いて、母親に言われるまま、智恵美はベビータンスの引き出しを引き開けた。母親の喋り方は決して何かを強要しているような口調ではないのに、どういうわかけか智恵美はその言葉に逆らえないでいる。ひょっとすると、母親がこれからしようとしていることに智恵美はいつしか興味を抱くようになって、それで、母親の言いなりになっているのかもしれない。
「こ、これですか? あ、あの……これをそっちに持って行くんですか?」
 智恵美は引き出しの中いっぱいに収納してある布地を一抱え持ち上げて、そうして、その布地が何なのかわかると、どぎまぎしたような表情で顔を真っ赤に染めて母親に問い返した。
「そうよ。いつまでもお尻が裸のままじゃ雅美が風邪をひいちゃうもの。早く、そのおむつを持って来てちょうだい」
 智恵美が抱え上げた一組の布地にちらと目をやって母親は言った。
 そう、智恵美が両手に抱えているのは、ついさっきまで雅美の下腹部を包み込んでいたのと同じ水玉模様の布おむつだった。違うのは、雅美の下腹部を包み込んでいたおむつがぐっしょり濡れていて、智恵美が抱えているおむつがふんわりしている、それだけのことだ。今度はこの新しいおむつが雅美のお尻を包み込むんだということが智恵美にもすぐわかった。(私が持っているこのおむつを雅美ちゃんのお母さんが雅美ちゃんにあてるんだわ。私が持って行くおむつが雅美ちゃんのお尻をくるんじゃうんだわ。わ、私が持っているおむつが)そう思うと、智恵美の胸は無性にどきどきしてくるのだった。(やだ。私がおむつをあてられるわけじゃないのに、どうしてこんなに恥ずかしくて切なくなってくるのかしら。私じゃない、おむつをあてられるのは雅美ちゃんなのに。で、でも、おむつを濡らした雅美ちゃん、とっても可愛かった。新しいおむつをあてられた雅美ちゃんも可愛いに違いない。そうよ、私が持って行ってあげたおむつでお尻を包まれた雅美ちゃん、可愛いに違いない。でも、でも、どうしてこんなに胸がどきどきするんだろう)
 智恵美はゆっくりゆっくり歩を進めた。胸の高鳴りを雅美の母親に気づかれないよう、少しでも胸の高鳴りを鎮めるよう、自分自身を落ち着かせるためにゆっくりゆっくり。
 けれど、そんな智恵美を母親が急かせる。
「早く持って来てくれなきゃ本当に雅美が風邪をひいちゃうわよ。智恵美ちゃんはそれでいいの?」
「そ、そんな……そんなことありません」
 母親の言葉に思わず首を振る智恵美。
「じゃ、早くして。智恵美ちゃんの大好きな雅美が風邪をひかないうちに」
 急かせているのに、決してなじるような口調ではない、おだやかな声で母親が繰り返した。
 智恵美ちゃんの大好きな雅美――母親が口にしたその言葉が智恵美の胸のに中をぐるぐる駆け巡る。
 智恵美の顔がかっと熱くなった。
 言われて、智恵美は自分が抱き続けてきた想いにあらためて気がついた。母親はほんの軽い気持ちで言ったのかもしれない。幼なじみで高校までずっと同じ智恵美と雅美は本当に仲良しだという意味で言っただけかもしれない。けれど、母親にしてみればひょいと口にしたその言葉が、智恵美に自分自身の本当の想いに気づかせたのだ。
 智恵美ちゃんの大好きな雅美。たんに幼なじみというだけではない、もっともっと深い意味で、智恵美は雅美が大好きだ。ずっと一緒だった雅美と智恵美。雅美は智恵美のことを仲のいい友達としか思っていないかもしれない。けれど、智恵美は雅美を愛しているといってもいいくらいに大好きだった。雅美の動作の一つ一つに目を奪われ、雅美を自分のものにしたいとずっとずって願ってきた。
 小柄な雅美とは正反対に、智恵美は高校でも抜きん出て背が高い。雅美の義姉である真理ほどではないにしても、一メートル七十五センチという身長だ。そんな大柄の智恵美が、自分の想いを誰にも気づかれないようにひっそりと胸の内に秘めて、雅美にもそのことを知られないよう細心の注意を払いながらこれまで二人一緒にいたのだ。もしも自分の想いを――智恵美も女の子なのに、やはり女の子である雅美を愛しているといった想いを雅美に気取られたら、雅美が智恵美の前から逃げ出すのは火を見るより明らかだ。だからこそ、大柄の智恵美が、胸の内に秘めた想いを外に漏らすまいとする姿、それこそ背中を丸めるようにして胸を押さえて自分の想いを隠し通してきた姿はいじらしくさえある。なのに、雅美の母親の言葉が、これまでなんとか隠しおおしてきた想いに火をつけて激しく燃え上がらせてしまうきっかけになったのだ。
(私が持って行ってあげるおむつをあてた雅美ちゃん、可愛いだろうな。これまでよりもずっとずっと可愛いに違いない。だって、私が持って行ってあげるおむつなんだもの)さっきよりもずっと意識して智恵美は思った。知らず知らずのうちに、『私が持って行ってあげるおむつ』というところに意識が集まってくる。(高校生なのにおむつをおしっこで汚しちゃう雅美ちゃん。小っちゃな小っちゃな体の雅美ちゃん。おむつを取り替えてもらう間も目を覚まさない雅美ちゃん。こんなに可愛い雅美ちゃんだもの、誰の手にも渡さない。雅美ちゃんは私だけの雅美ちゃんなのよ。これまでずっとそうしたいと思っていた。私だけの雅美ちゃんにしたいと思っていた。その願いがかなうのよ。そうよ、『私が持って行ってあげたおむつ』でお尻を包まれた時、雅美ちゃんは私だけの雅美ちゃんになるんだから)
 顔がほてる。
 けれど、さっきまでみたいな恥ずかしさと戸惑いのためではない。胸の奥底から沸き上がってくる妖しい感覚のために体中が熱く疼くのだ。
「はい、おば様。雅美ちゃんのおむつを持って来ました」
 雅美ちゃんのおむつ。智恵美は母親のすぐ横に立つと、躊躇うことなくきっぱり言った。
「ありがとう。でも、智恵美ちゃん、なんだか急に様子が変わったみたいな感じなんだけど」
 少し驚いたような表情で母親は言った。けれど、すぐにおだやかな笑顔に戻る。なんだか、智恵美の態度が変化したことを喜んでいるみたいな気配さえある。
「いいわ。それよりも、雅美に新しいおむつをあててあげなきゃね」
「あの、おば様。雅美ちゃんにおむつをあてるところ、ここで見ていてもいいですか?」
 新しいおむつを受け取るために手を伸ばした母親の顔を正面から見て智恵美は言った。雅美の母親も決して小柄な女性ではない。むしろ、年齢のわりには大柄な方だ(ただ、雅美の父親が小柄なものだから、雅美と兄は小柄なのだろう)。それでも、学校の中でも一番背の高い智恵美がそうすると、母親を見おろすような格好になってしまう。
「いいわよ。――いいわよっていうより、智恵美ちゃんがそう言ってくれて嬉しいわ。智恵美ちゃんが雅美のことを好きでいてくれて私はとっても嬉しいのよ。だから、雅美におむつをあてるところもちゃんと見ていてほしいの」
 母親は大きく頷いて言うと、智恵美の手から布おむつを一枚つかみ上げた。
「じゃ、よく見ていてね。最初に、横当てのおむつをお尻の下に敷くのよ。ほら、こうして足首を待ち上げるとお尻もベッドから浮くから、その隙間に敷けばいいの。お尻の膨らみをしっかり包めるような場所に敷くのよ」
 説明しながら、母親は横当ての布おむつを雅美のお尻の下に広げた。それから、残りのおむつをまとめてつかみ上げると、右手だけでさっと広げて、そのまま雅美のお尻の下に敷き込んだ。
「次は股当てのおむつよ。枚数が足りないとおしっこをちゃんと吸い取ってくれないし、多すぎると、おむつカバーの裾を広げちゃって横漏れすることもあるから気をつけてね」
 母親は、雅美のお尻の下に敷き込んだ股当てのおむつを軽く引っ張ってシワをのばした。
「これで準備ができたんだけど、このままおむつをあてちゃいけないのよ。おむつをあてる前にベビーパウダーをはたいておくの。本当の赤ちゃんに比べれば肌は丈夫だけど、でも、いつもいつもおむつだとすぐに蒸れておむつかぶれになっちゃうから」
 母親は、オシャブリが転がっている枕元に手を伸ばして、枕のすぐ向こうに置いてあるベビーパウダーの容器を持ち上げた。それから、ふと思いついたように智恵美の方に振り向いて言った。
「智恵美ちゃん、やってみる?」
 思いがけない言葉に智恵美の胸がどきんと高鳴った。けれど、迷いはしない。
「はい。私にやらせてください」
 智恵美は母親の手からからベビーパウダーの容器を受け取った。
「蓋の裏側にパフが入っているから、それを使って。パウダーを軽くこすりつけてからはたけばいいわ」
 微かに震える智恵美の手に自分の右手をそっと添えて母親は優しく言った。
「あ、はい」
 短く応えて、智恵美は母親に言われた通りパフを右手で持ち上げると、ベビーパウダーの表面をそっと撫でた。
 目に見えない小さな粉が空気に混ざって、甘い香りが漂い昇る。
 幼い頃の記憶を呼び起こすみたいなその香りを嗅ぐと、智恵美の心が少しだけ落ち着いた。
「ぱたぱたしようね、雅美ちゃん。おむつかぶれにならないように、ちゃんとぱたぱたしておこうね」
 自分に言い聞かせるように囁いて、智恵美はパフを雅美の肌に押し当てた。
「たっぷりはたいてあげてね。雅美がおむつかぶれにならないように。はい、お尻の方から」
 母親は雅美の足首をそれまでよりもいっそう高く差し上げた。
 雅美のお尻が持ち上がって、お尻の穴まで見えるくらいになる。
「軽く叩きつけるようにしながらパフを滑らせるのよ。パウダーを延ばすみたいにして」
 母親は智恵美の手に添えた自分の右手をゆっくり動かした。
 最初はぎこちなかった智恵美の動作も、何度かパフをベビーパウダーの表面に叩きつけ、雅美のお尻の上を滑らせているうちに滑らかになってくる。
「お尻の方はそのくらいでいいわね。じゃ、あとは前の方だけど、もう一人でできるわね?」
 やがて母親は右手を智恵美の手から離して、雅美の足首を差し上げている左手を元の高さに戻した。雅美のお尻がおむつの上に載って、雅美の一番敏感な部分が智恵美と正面から向き合う格好になった。
 思わず息を飲み込んで雅美のその部分を見つめてしまう智恵美。
 雅美のそんなところをこんなふうにまじまじと見つめるのは初めてのことだった。目の前にあるのが本当の赤ん坊の股間なら、大陰唇が見えるわけもなく、ぷっくりした割れ目があるだけの筈だ。けれど、智恵美の目の前にあるのは、僅かながら大陰唇もクリトリスも見える性器だった。智恵美の年齢相応に発育した性器とまではいかないものの、どう見ても赤ん坊のじゃない。
(雅美ちゃんなのね。やっぱり、赤ちゃんじゃない、私と同い年の雅美ちゃんなのね。でも、可愛い。私のに比べればずっとすべすべしていて、高校生っていうより、小っちゃな子供みたい。本当の赤ちゃんじゃないけど、これなら、ショーツよりもおむつの方が似合いそうだわ。待っててね、雅美ちゃん。ぱたぱたが終わったらすぐにおむつをあててあげるからね)
 智恵美は胸の中で囁きかけて、今度は一人でパフを動かし始めた。
「そうそう、それでいいのよ。だいぶ慣れてきたじゃない」
 雅美の下腹部の肌に沿ってパフを滑らせる智恵美の手つきを見守っていた母親が満足そうに頷いた。
「そうですか? そう言ってもらえて嬉しいです」
 智恵美は雅美の下腹部に目を凝らしたままパフを動かし続ける。
 と、その手が雅美の敏感な部分に触れた。意識してやったわけではないが、ついつい雅美の秘部に見とれているうちに無意識のまま右手が動いてパフを押しつけ、こすりつけてしまっていた。



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