満たされた欲求・それから



 けれど、その言葉に羞恥心を煽られたのは千佳だけではなかった。美代子の胸に抱かれて母乳を飲んでいる雅美の胸の中を、美代子が口にした言葉が何度も何度も駆け巡った。
「……」
 おむつと言われて、さすがに千佳も黙り込んでしまう。
「どうしたの、千佳。赤ちゃんになってママのおっぱいを飲むんじゃなかったの?」
 押し黙ったままの千佳に、美代子が、どうだといわんばかりに問い質した。
「……ちか、おねえちゃんだもん。ちか、パンツだもん。ちか、おむつじゃないもん。ときどきおねしょしちゃうけど、でも、ちか、おむつじゃないもん」
 小さな声でそう言う千佳のほっぺが見る間にしぼんでゆく。
「じゃ、おっぱいは早苗と雅美ちゃんだけでいいのね?」
 美代子が念を押した。
「いいもん。おっぱい、あかちゃんのだもん。おっぱい、さなえとまぁみちゃんのだもん。ちか、おねえちゃんだもん」
 ようやく諦めがついたのだろう、どこか寂しそうに千佳は俯いたまま千佳は言った。
「わかってくれてママ嬉しいわ。じゃ、ごほうびに、夕食は千佳が大好きなハンバーグにしてあげる。半熟目玉焼きのオマケ付きで」
 美代子はわざと明るい声で言った。
「ほんとう? ほんとうにオマケつきだからね。わすれちゃダメだからね」
 子供は現金なものだ。大好物が目の前に浮かんでくると、さっきまでの寂しそうな表情が嘘みたいに笑顔に変わる。
「はいはい、忘れませんよ」
 美代子は苦笑まじりに言った。
「わーい、ハンバーグ、ハンバーグぅ。ちか、おねえちゃんだからハンバーグたべられるんだもーん。さなえもまぁみちゃんもあかちゃんだからハンバーグたべられないんだもーん。さなえもまぁみちゃんも、おむつのあかちゃんだもん」
 えへんというふうに千佳は胸を張ってみせた。
 ところが、すぐに、なにか考え込むような顔つきになってしまう。
「どうしたの、何か困ったことがあるの?」
 千佳の表情が変わったことに気づいた美代子は少し首をかしげて尋ねた。
「あのね、ほんとにまぁみちゃん、おむつなの? ママ、さなえもまぁみちゃんもおむつのあかちゃんだっていったけど、ほんとなの? さなえ、おむつがみえてるけど、まぁみちゃん、おようふくしかみえないよ」
 小さな子供には似つかわしくないちょっと疑わしそうな表情を浮かべて千佳が言った。
「なんだ、そんなこと? 本当よ、雅美ちゃんも本当におむつをあててるわよ。ただ、早苗はTシャツの下からおむつカバーが見えてるけど、雅美ちゃんはお洋服に隠れて見えないだけなのよ。――ここ、見てごらん」
 美代子は、雅美に乳首をふくませたまま、千佳に雅美のお尻のあたりがよく見えるように抱き直した。
「ここにボタンが並んでるでしょ? このボタンを外すと、ここが開くようになってるの。お洋服を脱がせるだけなら上のボタンを外せばいいのに、こんなところにもボタンがあるのよ。どうしてだと思う?」
 美代子が指さしたのは、雅美が身に着けているスカート付きロンパースの股間に並ぶボタンだった。
「……どうして? ちか、わかんない」
 しばらくの間、千佳は真剣な顔をして考えていたが、とうとう諦めて母親に説明を求めた。
「このお洋服はロンパースといって、赤ちゃんが遊ぶ時に着せるお洋服なの。千佳も、赤ちゃんの時にお出かけする時には着ていたのよ。それで、このボタンを外してここを開くと、その下におむつカバーがあるのよ。だから、ここを開けば、ロンパースを脱いじゃわなくてもおむつを取り替えることができるの。そのためのボタンなのよ」
 美代子は、雅美のロンパースの股間に並ぶボタンを一つだけ外してみせた。
「ふぅん、まぁみちゃんのおむつ、おようふくでみえないんだ」
 やっと納得したように千佳はこくんと頷いた。
「そうよ、ほら」
 美代子は千佳の細い手首をつかむと、一つだけボタンを外したロンパースの裾から掌を雅美のおむつカバーの中に差し入れさせた。
「ね? おむつでしょ?」
 パンツとはまるで違う防水生地の感触と、ドビー折りの布おむつの柔らかな感触が千佳の指先に触れる。
「ほんとだ、おむつだ。やっぱり、まぁみちゃん、おむつのあかちゃんなんだね。あかちゃんだからママのおっぱいなんだね」
 今度こそ千佳は心の底から納得したようだ。
「そうよ、早苗も雅美ちゃんも赤ちゃんなのよ。だから、おねえちゃんの千佳が可愛がってあげなきゃいけないのよ。できるわね?」
「うん。ちか、さなえもまぁみちゃんもだいすき。さなえもまぁみちゃんもちかがかわいがってあげる」
 千佳は、右手を雅美のおむつカバーの中に差し入れたままなのも忘れて両手を大きく動かした。
 途端に雅美の顔色が変わる。
「あら、どうしたのかしら、雅美ちゃん」
 雅美の顔つきが変わったことに気がついて、美代子は困ったように呟いた。
 その呟きに応えたのは雅美の母親だった。
「たぶん、おしっこが近いんじゃないかしら。雅美、哺乳壜でミルクを飲みながらおむつを汚すことが多いから、今もそうだと思うんだけど」
 雅美の母親が言ったことは事実だった。これまで母親がミルクを飲ませている時も、今日、智恵美の乳房を口にふくんで授乳の真似事をされた時も、雅美は決まっておむつを汚していた。それは、ミルクを飲みながらおむつを汚すことで、自分が赤ちゃんなんだと強く思い込むためだ。そんな雅美だから、美代子に抱かれて本当の母乳を飲まされながらなら尚更おむつを汚すのは間違いない。実際、おしっこではない愛液でおむつはぬるぬるに濡れているし、美代子の乳首を吸いながら激しい尿意を感じてもいた。けれど、見ず知らずの女性に抱かれておむつを汚す勇気がないのも本当だった。だから、いつもからは考えられないほどに雅美はおしっこを我慢していたのだ。なのに、千佳がおむつカバーの中で右手を動かしたものだから、幼児特有の体温の高い温かな掌が内腿の肌を滑って秘部に触れ、これ以上はないくらいに我慢していた雅美の尿意をことさらに刺激してしまった。もう我慢できるかできないかといったところでかろうじて辛抱していた雅美は、その不意の刺激で限界を迎えてしまったのだ。
「つ!」
 急に美代子が声をあげて顔をしかめた。雅美が乳首を噛んだせいだ。
「どうしたの、雅美ちゃん。なにをむずがってるの?」
 痛みをこらえながら、美代子はあやすように言った。
「あ!」
 大声をあげたのは、今度は千佳だった。
「どうしたの、千佳?」
 あまりの大声に、美代子は乳首の痛みも忘れて千佳の方に振り向いた。
「おしっこ。まぁみちゃん、おしっこしてる」
 言いながら、千佳は慌てておむつカバーから右手を引き抜いた。
 指先がじっとり濡れているのが誰の目にも明らかだ。
「あらあら、千佳ちゃんのお手々、雅美のおしっこで濡れちゃったね。ごめんね、許してやってね」
 雅美の母親はバッグから携帯用のウェットティッシュの容器を取り出すと、さっと一枚引き抜いて千佳の指を拭き始めた。
「いいの。あかちゃんのおしっこ、きたなくないもん。さなえのおむつとりかえるとき、ママいってるもん。あかちゃんのおしっこ、きたなくないって」
 雅美の母親に手を拭いてもらいながら、千佳は、なんでもないことのように言った。
「そう、千佳ちゃんのママは、赤ちゃんのおしっこは汚くないって言ってるの。そうね、赤ちゃんのおしっこは汚くなんてないよね。汚いなんて思ったらおむつの交換なんてできないものね。千佳ちゃん、大きくなったらいいお母さんになるわよ」
 雅美の母親は感心したように何度も頷いた。
「ほんと? ちか、いいおかあさんになれる? まぁみちゃんみたいなかわいいあかちゃんのおかあさんになれる?」
 千佳は嬉しそうに言った。
「なれるわよ。千佳ちゃんのママが千佳ちゃんや早苗ちゃんみたいな可愛い子供のお母さんになれたんだもの、千佳ちゃんもなれるわよ。赤ちゃんのおしっこは汚くないんだよって教えてくれるいいママの子供だもの、きっていいお母さんになれますとも」
 千佳の手を拭き終えたティッシュをゴミ袋用のビニール袋に放り込んでから、雅美の母親は千佳の目を正面から見て言った。
「ママ、おばちゃんが、ちか、いいおかあさんになれるって。かわいいあかちゃんのおかあさんになれるって」
 千佳は息を弾ませて自分の母親に報告した。
「そう。よかったわね、千佳。雅美ちゃんみたいな可愛い赤ちゃんを生んでちょうだいね」
 おしっこでおむつを汚しながら尚も乳房にむしゃぶりつく雅美の横顔を見おろしながら美代子は千佳に言った。(こんなに私の乳房から唇を離さないなんて、この子、ずっとずっと母乳の味を求めていたのね。可哀想に、お母さんが母乳の出ない体だから、今までずっと母乳の味を知らずに育って、やっと今になってその味を知ったのね。だから、普通ならおむつが濡れれば気持ち悪がって泣く子が多いのに、そんなことも忘れておっぱいを飲んでいるのね。なんて可哀想な、なんて不憫な子なの。いいわ、たっぷり飲みなさい。お母さんのおっぱいが出なくて我慢していた分、たっぷり飲みなさい)美代子は、膝の上に載せた雅美のお尻をロンパースの上から何度も撫でた。母乳の味も知らずに育った不憫な赤ん坊の心の渇きを癒すみたいに。
 けれど、雅美が美代子の乳房から顔を上げないのは、決して母親が思っているような理由のためではなかった。
 雅美が乳房から顔を離さないのは、もっと母乳を飲みたいからということではなく、恥ずかしさのあまり顔を上げられないからというのが本当の理由だった。今日初めて知り合った美代子の胸に抱かれて授乳されたことも、実は高校生である雅美にとっては他に比べようもない羞恥だったけれど、それよりなにより、本物の母乳を飲みながら、千佳の手が秘部に触れたために尿意を我慢できなくなってとうとうおむつを汚してしまい、しかも、その時に千佳の手までおしっこで濡らしてしまったのだから、その恥ずかしさは表現のしようがない。そのせいで、美代子と目をあわせるのが恥ずかしくてたまらなくて、それで顔を上げられないでいる雅美だった。
 そんな事情を知らない美代子はそれからしばらくの間も雅美に乳房をふませていたものの、もうそろそろおしっこの流れも止まっただろうという頃を見計らって言った。
「さ、もういいでしょう? もうそろそろおむつを取り替えないとお尻が気持ち悪いものね」
 そう囁かれて、それでも雅美は
「や。ぱいぱい、ぱいぱい」
と言って、却って強く乳首を吸った。とてもではないが、美代子の顔を見ることはできない。
「ダメよ。いつまでも汚れたおむつだとおむつかぶれになっちゃうもの」
 口調は優しいものの、どこか母親としての厳しさを感じさせる声で美代子は言った。そうして、半ば強引に雅美の口から乳房を引き離してしまう。
「ぱいぱい、ぱいぱいがいいのぉ」
 顔を上げることもできず、雅美は、遠ざかる乳房に向かって両手を伸ばした。
「ダメよ、雅美ちゃん。そんなに駄々をこねちゃ千佳ちゃんのママが困っちゃうじゃない」
 そう言って横合いから雅美の腕を押さえつけたのは智恵美の大きな手だった。
 智恵美がそう言い、雅美の腕を押さえつけた途端、雅美はびくっとしたような表情になって美代子の乳房に向かって伸ばしかけていた腕をおどおどと引っ込めた。なんだか、いつもの智恵美とはまるで違う雰囲気が漂っていて、それを感じた雅美は、ひどく怯えてしまって、まるで抵抗することなく智恵美の言葉に従ったのだった。それほどに智恵美の声は怒気を含んでいて、雅美の腕を押さえつけた手の動きは荒々しかった。
「……どうしたんですか、智恵美さん」
 智恵美の雰囲気がそれまでと違っているのは美代子にも感じられた。荒々しく雅美の腕を押さえつけた智恵美の手をそっと向こうに押しやって美代子は気遣わしげに声をかけた。
「どうって……なんでもありません」
 智恵美は唇を噛んで自分の手を見つめた。自分でも、口調に棘があって体の動きに荒々しさがあることには気がついている。気がついてはいるけれど、どうしてそんなことをしてしまったかのわからず、自分自身に戸惑っているみたいだということが傍目にもわかる。
「雅美ちゃんのおむつ、私が取り替えましょうか?」
 少し考えて美代子は智恵美を刺激しないよう、おだやかな声で言った。
「好きなようにしてください。雅美は、美代子さん、あなたになついているみたいだから」
 智恵美の言い方は、美代子の口調とは対照的に、ひどくつっけんどんだった。つっけんどんで、少しばかりの怒りと妬みがないまぜになったみたいな、とても寂しそうな声。
「智恵美さん……」
 言いかけて、智恵美の母親は言葉に詰まった。『雅美はあなたになついているみたいだから』という言葉を聞いた瞬間、美代子は、智恵美の胸の内にどんな感情が渦巻いているのか理解したように思った。智恵美は、ちゃんと母乳が出る乳房を持つ美代子に嫉妬を覚えたのだ。そして、そんな美代子の乳房から離れようとしない雅美に怒りを覚えたのだ。雅美が自分よりも美代子になついてしまったように感じられて、それで智恵美は嫉妬と怒りに身を焦がして、そうして、ひどい寂寥感のとりこになってしまったのだ。だから、こんなにつっけんどんで寂しそうな言い方をしてしまうんだと感じて、でも、それを口にするのが憚られて言葉に詰まってしまう美代子だった。
 雅美は実際は智恵美の子供ではないし、ホルモン異常のために異様に発育してしまった赤ん坊でもないし、智恵美は本当はまだ子供を生んだことがないのだから母乳が出ないのが当たり前だ。その意味では、美代子が感じたことは、思い違いもいいところだ。けれど、智恵美の奥底にひそむ感情は、まさに美代子が感じたところそのままだった。同性である雅美に心惹かれてしまい、その想いをずっと胸の中に隠し通してきた智恵美。すっかり赤ん坊に変貌して兄の家から帰ってきた雅美の姿を目にした智恵美は、最初、ひどく驚き戸惑った。けれど、いつしか、自分だけでは何もできない雅美のことを、たまらなくいとおしく感じるようになっていた。雅美のおむつを取り替えてやり、自分の乳房を雅美の口にふくませているうちに、「これで雅美ちゃんを私のものにできるかもしれない」と感じるようになってしまったのは、これまで胸の中に隠し通してきた想いがそうさせたのだろう。けれど、この公園で美代子の胸に顔を埋めて母乳をむさぼる雅美の姿を目の当たりにした瞬間、いとおしさが瞬時に怒りと妬みに変わってしまった。やっと自分のものにできそうになった雅美が知らぬ間に他の女性の乳房を求めて両手を伸ばす姿を目にした瞬間、嫉妬の炎に胸を焼かれるように感じた智恵美だった。
「雅美のおむつは私が取り替えることにしましょうか」
 その場の雰囲気を察した雅美の母親がおだやかな声で言って美代子の手から雅美の体を受け取った。
「じゃ、雅美ちゃんがむずがらないよう、千佳ちゃんがあやしてくれるかな。お口が寂しくないように、これを雅美ちゃんに咥えさせてちょうだい」
 雅美の母親は雅美の体をレジャーシートの上におろすと、バッグのポケットから取り出したオシャブリを千佳に手渡した。
「うん、おばちゃん。ちか、まぁみちゃん、いいこいいこしてあげる」
 オシャブリを受け取って千佳は目を輝かせた。
「はい、まぁみちゃん。おちゃぶりでちゅよ。おくち、あけまちょうね」
 千佳は、レジャーシートの上に横たわった雅美の口にオジャブリを押し当てた。
 この子の指を私はおしっこで濡らしちゃったんだ。おむつを汚す時、この子の手も汚しちゃったんだ。そう思うと、千佳の顔をまともに見ることができない。雅美はぎゅっと瞼を閉じた。なのに、唇が勝手に動いて、千佳が押し当てたオシャブリを咥えてしまう。兄の家にいる間からずっと咥えさせられていたから体がおぼえてしまい、オシャブリが唇に触れると自然に口が動いてしまう。
「ありがとう、千佳ちゃん。雅美ちゃん、嬉しそうにオシャブリを吸っているわね」
 雅美の母親は千佳の頭を優しく撫でた。
「うん。まぁみちゃん、おちゃぶり、だいちゅきなのね」
「そうよ。赤ちゃんはオシャブリが大好きなの。おっぱいを飲めないとお口が寂しいから、ずっと吸ってるのよ。でも、オシャブリを吸ってるとよだれが出ちゃうから、よだれかけが要るのよ。だから、おっぱいの時に着けてあげたよだれかけ、このままにしておきましょうね」
「まぁみちゃん、かわいいね。おちゃぶりで、よだれかけのまぁみちゃん、かわいいね。ね、おばちゃん」
「可愛いって言ってくれてありがとうね、千佳ちゃん。じゃ、今度はガラガラであやしてあげてね。その間におむつを取り替えるから」
 雅美の母親は千佳の手にもういちどガラガラを握らせた。
「はぁい。ほら、まぁみちゃん、ガラガラでちゅよ。おばぁちゃんがおむちゅとりかえてくれるから、ほら、ガラガラ」
 千佳は雅美の目の前でガラガラを振ってみせた。
 千佳がそうしている間に、雅美の母親は手慣れた手つきでロンパースのスカートをお腹の上に捲り上げ、股間に並んだボタンを外して、ロンパースのボトムを広げた。母親は、続けて、レモンイエローの生地でできたおむつカバーの前当てに指をかけると、べりりと音を立ててマジックテープを外し、そのまま、同じようにして横羽根も広げた。
「まぁみちゃん、おむつ、びちょびちょ」
 ガラガラを振りながら興味深そうに雅美の母親の手許を見つめていた千佳が、ぐっしょり濡れた雅美のおむつを目にするなり大声で叫んだ。
 雅美の胸の中で羞恥心が大きく膨れ上がった。そして、おしっこでぐっしょり濡れた布おむつを更に恥ずかしいお汁で濡らしてしまう。
 千佳がじっと見つめる中、雅美の母親は雅美の足首をまとめて高々と差し上げ、雅美の下腹部の肌に貼り付くみたいにまとわりつく布おむつを丁寧に広げて手元に引き寄せると、あらかじめ用意しておいたビニール袋に入れてから、バッグのポケットから取り出した携帯容器のお尻拭きを引っ張り出して雅美の下腹部を丹念に拭き始めた。
「千佳ちゃんも大人になって赤ちゃんができたら、こんなふうにちゃんと拭いてあげてね。おしっこが残っていると、おむつかぶれになりやすいから」
 じっと覗きこんでいる千佳に雅美の母親は笑顔で言った。
「うん。ちか、ちゃんとしてあげる。ちか、おねえちゃんでパンツだからおむちゅかぶれになんないけど、まぁみちゃん、あかちゃんでおむつだからおむつかぶれになっちゃうんだね」
「そうね、いつもいつもおむつにおしっこするからかぶれやすいのよ。はい、次はベビーパウダー。おしっこをちゃんと拭いてからベビーパウダーをぱたぱたしておくと、おむつかぶれになりにくいのよ」
 これも携帯用の小さな容器に入ったベビーパウダーの表面をパフでそっと撫でた母親は、すっかり綺麗に拭きあげた雅美の下腹部にそのパフを押し当てた。
「あん」
 途端に、雅美が呻き声をあげて体をぴくっと震わせた。これまでさんざん味わってきた羞恥と被虐的な悦びに加えて、お尻拭きのひんやりした感触と柔らかなパフの肌触りが続いて下腹部を責めるものだから、とうとう我慢できなくなって漏らしてしまった声だった。
 その、幼児のものとは思えない、妙に大人びた声に、美代子が思わず振り向いて、雅美の下腹部に目をやった。
 すっかり丸裸になった下腹部には一本の飾り毛もなく、つるつるの肌が初秋の日差しを受けて眩いばかりだ。けれど、よくよく目を凝らしてみると、雅美の性器が幼女のとは微妙に違うのがわかる。成熟した女性の性器ではなく、中学生や高校生ほどにも発育していないものの、早苗のとはまるで違っているし、千佳のと比べても、随分と成育しているのが明らかだった。それに、綺麗に拭いた後でベビーパウダーをはたいているのに、さらさらのベビーパウダーが早くも濡れたように少しべとついている部分があった。美代子は一瞬おしっこかなと思ったが、おしっこの濡れ方とは違うことがすぐにわかった。もっと粘りけのある、指に付けて掬い上げると細い糸をひきそうな、ねっとりした濡れ方だった。
(この子、本当に赤ちゃんなのかしら。体はこんなに大きいし、性器だって千佳のより発育してるし、それに、あのベビーパウダーの濡れ方、あれって感じちゃってるんじゃないの?)丸裸になった雅美の下腹部に何気なく目をやった美代子の胸に疑念が渦巻いた。
(でも、まさか、赤ちゃんでもないのに赤ちゃんのふりをするような子がいるわけないし。そうよね。本当に赤ちゃんじゃなかったらおむつを濡らしちゃうわけがないし、だいいち、初めて会った私のおっぱいを飲むわけがないわよね。そうよ、私のおっぱいを飲む時のあどけない顔、あの顔が赤ちゃんじゃない筈ないわ。やだ、私ったら何を疑っていたのかしら。雅美ちゃん、もともと発育のいい家系で、その上ホルモン異常とかで随分と体が大きいものだから、その分、いろんなところの成長も早いんだわ。そうよ、そうに決まってる)一瞬は雅美の正体に気づきかけた美代子も、自分の乳房に顔を埋めて無心におっぱいを飲んでいた雅美の表情を思い出すと、胸の中に抱いた疑念をいとも簡単に拭い去った。兄の家の隣に住む里香の母親は随分と疑っていたが、まだ乳首に残る雅美の唇の感触が美代子に雅美のことを体の大きな赤ん坊なのだとすぐに思い直させたのだった。
 そうして美代子は、雅美の母親の手で新しいおむつをあててもらっている雅美の下腹部から改めて智恵美の方に向き直ると、これ以上はないくらい真剣な表情になって言った。
「智恵美さん、あなたはまだ若いから、母乳が出ないことも雅美ちゃんのホルモン異常のことも、とても苦しんだと思う。私にはそんな経験がないから本当の気持ちはわからないけど、でも、私だって母親の一人よ。だから、母親の先輩として言っておきたいの。きつい言い方になっちゃうけど……」
 美代子はすっと息を飲み込んで言葉を続けた。
「……お母さんであるあなたがそんなに拗ねてどうするの。母乳が出なくて、あなたは悲しんだでしょう。でも、雅美ちゃんは我慢していたのよ。自分の子供の体に異状があると知って、あなたは苦しんだでしょう。でも、雅美ちゃんは精一杯生きているのよ。自分の体を自分の脚で支えてあんよができるよう、あんなに頑張って練習していたのよ。それに、こんなに優しそうな母親としての大先輩であるお母様だっているじゃない。それを、雅美ちゃんが他のお母さんのおっぱいを飲んだからってだけで拗ねててどうするの。お母さんのあなたがそんなじゃ、雅美ちゃんだって辛くなっちゃうのよ。母親なら、そのくらいのことわかってあげなさい!」
 美代子もまだ若い母親だ。それでも、智恵美とは違って、実際に二人の子供を生んで育てている本当の母親だ。新しい生命を産み出した存在・新しい生命を守ってゆく存在として、その若さとおだやかな顔つきからは考えられないような、雅美と千佳が思わず振り返ってしまうほどに厳しい口調だった。
「だって、だって……」
 智恵美は恨めしげな表情で美代子の顔を睨みつけた。雅美ちゃんと私との本当の関係なんて知らないくせに。私がどれだけ雅美ちゃんのことを想い続けてきたかちっとも知らないくせに。智恵美は、美代子の顔を睨みつけながら唇を噛んだ。
 けれど、美代子の言葉が胸の中にじわじわ滲みこんでくるのも事実だった。雅美のことをずっと自分のものにしたいと想い続け、その想いがいつしか雅美を自分の赤ちゃんにしたいという想いに変貌した今、母親として本気で智恵美に接してくれる美代子の言葉が、暖かな流れになって智恵美の胸の中にじわじわと滲み込んでくるのだった。
「だって……」
 智恵美は、同じ言葉を繰り返すことしかできなかった。
「これまで、ずっと辛かったのね。今は実家にいてお母様もいるけど、それまではずっと独りで悩んできたのね。ご主人は仕事に忙しくて、なかなか相談できなかったのね。それは私も同じだから、それだけはわかる。でも、何もかも独りで抱え込むことはないのよ。こうして智恵美さんと私は知り合えたのよ。これからは何かあれば私に話してちょうだい。その代わり、私も愚痴をこぼしたいことがあるたびに智恵美さんに聞いてもらうから。――私たち、いいお友達になれると思うわ。同じように小っちゃな子供を持つ母親どうし」
 美代子は膝立ちになって、自分よりも大柄な智恵美の首筋に両手をまわして体を引き寄せた。
「私、私……」
 美代子の肩に顎を載せた格好になった智恵美の目から突然涙が溢れ出した。
「ほら、お母さんが泣たりしちゃ駄目じゃない。雅美ちゃんが心配するわよ」
 あたたかい声でそう言って、美代子は智恵美の背中をぽんと叩いた。
「そうよ。お母さんはどんなことがあっても泣いちゃ駄目なのよ。これから先、いろんなことから雅美ちゃんを守ってあげなきゃいけないんだから。――ほら、抱っこしてあげなさい」
 雅美の母親が、新しいおむつをあててロンパースのボタンを留め、スカートを元に戻した雅美の体を智恵美の手に抱かせた。
「あ……」
 あらためて感じる雅美の体重と、おむつで大きく膨れたお尻のもこもこした感触。
 智恵美は美代子から離れて、両手で抱いた雅美の顔を見おろした。
 恥ずかしそうに目をそらしかけた雅美だが、じきに、はにかんだような笑みを浮かべて智恵美の顔を見上げた。
 なおも智恵美の目から溢れ出る涙が一つ顎先から滴り落ちて、その滴が雅美の頬を濡らした。
 一瞬、雅美も、なんだか泣きだしそうな顔になる。けれど、ぱちぱちと瞬きを繰り返すと、聞こえるか聞こえないかという小さな声で、どこか気恥ずかしげに言った。
「まま」
「雅……」
 雅美の名前を呼ぼうとして、けれど言葉にできない。智恵美は雅美の体を胸の高さまで引き寄せて、それから、ちょっとだけ迷って、智恵美の頬に自分の頬を押し当てた。
「まま、ままぁ」
 さっきよりはっきりした声で、さっきより甘えた声で、雅美は智恵美の耳元で繰り返した。大きく口を開けたせいで、咥えていたオジャブリがレジャーシートの上に転がり落ちてしまったが、雅美も智恵美も、そんなことにはまるで気がつかない。
「雅美ちゃん――雅美、雅美、ああ、私の雅美。私の、私の……可愛い赤ちゃん」
 今度こそ言葉に詰まることなく雅美の名前を呼びながら、智恵美は何度も何度も頬ずりを繰り返した。雅美の体を抱く腕の力が知らず知らず強くなる。
「駄目よ、智恵美さん。そんなに強く抱いちゃ雅美ちゃんが息をできなくなるじゃない」
 こちらも少し両目を潤ませた美代子が、涙声になりそうなのを我慢して言った。
 すぐそばで雅美と智恵美の様子をじっと見ていた千佳が美代子の顔を見上げて言った。
「まぁみちゃんとおばちゃん、なかなおりしたの?」
 仲直り。二人の様子を言い表すのに、正確な言葉とはいえない。けれど、その場の雰囲気を表現するのに、他にふさわしい言葉はないかもしれない。
「そうよ。雅美ちゃんと雅美ちゃんのおばちゃん、仲直りしたのよ。よかったね」
 美代子は千佳の肩にそっと手を置いた。
「じゃ、なかなおりのごほうび。まぁみちゃんのだいちゅきなおちゃぶり」
 千佳はレジャーシートの上に落ちたオシャブリを拾うと、雅美の唇に押し当てた。
「ありがとう、千佳ちゃん」
 手の甲で涙を拭って、智恵美は千佳の頭を優しく撫でた。
「だって、ちか、いいおかあさんになるんだもん。まぁみちゃんみたいなかわいいあかちゃん、おせわしてあげるんだもん」
 ちょっと照れくさそうに千佳は応えた。
「さ、そろそろオヤツの時間ね。よろしければ、うちに寄っていきません? 何か冷たい物でも飲みましょうよ」
 先に立ち上がりながら、美代子は智恵美にともなく雅美の母親にともなく言った。
「そうね。せっかくお近づきになれたんだし、遠慮なくお言葉に甘えることにしましょうか。――智恵美、車のトランクから雅美ちゃんのベビーバギーを取ってきてちょうだい」
 こちらも身軽に立ち上がりながら、雅美の母親が車のキーを智恵美に手渡した。
「はい、お母さん」
 すっかり自然な口調で『お母さん』と応えた智恵美は、雅美をレジャーシートの上に座らせてから立ち上がった。
「雅美はここで待っててね。すぐに戻ってくるから」
 レジャーシートの上にぺたりとお尻をつけて座らせた雅美にそう言って智恵美は足早に歩き始めた。
 途端に雅美が両手を伸ばして大声を出した。
「まま、ままぁ!」
 せっかく千佳が咥えさせてくれたオシャブリが再び転がり落ちて、雅美の顎先からよだれの細い糸が延び、タオル地のよだれかけを濡らす。
 智恵美は雅美の声に振り返ったけれど、大きく手を振ってみせただけで、そのまま駐車場の方へ歩き続けた。
「まま、ままぁ!」
 もういちど叫んで、雅美は両手と両脚に力を入れて踏ん張った。そうして、驚いたように雅美の母親と美代子が見守る中、今にも倒れそうになりながら、それでも自分の力でその場に立ち上がった。
 雅美が自分だけで立ち上がった姿を目の隅でとらえた智恵美は慌てて立ち止まると、くるりと体の向きを変えた。
「まま、ままぁ!」
 智恵美が歩みを止めて自分の方に振り返ってくれたのを見て、雅美は声を弾ませた。そうして、智恵美の体を求めて更に両手を伸ばすと、かろうじて体のバランスを取りながら、おぼつかない足取りで右足を前に踏み出した。
「ママ、まぁみちゃん、あんよできるようになったよ」
 おむつで大きく膨らんだロンパースのお尻を大きく振りながらよちよち歩きを続ける雅美の姿に、千佳が、まるで自分のことのように嬉しそうな声で言った。
「いらっしゃい、雅美。ここへ――ママのいる所へいらっしゃい。ママの所へひとりで歩いてらっしゃい、雅美」
 智恵美はその場で大きく両手を広げた。
「がんばれ、まぁみちゃん。よんよはじょうずよ、まぁみちゃん」
 いつのまにか千佳は雅美の横に立って声援を送っていた。けれど、雅美には、千佳の方を振り向く余裕もない。家の中で殆ど寝てばかりだったからすっかり筋肉が萎縮してしまった両脚を動かしておぼつかない足取りで歩を進め、本当ならずっと年下の千佳から赤ん坊扱いされる恥ずかしさのために下腹部がじんじん疼いて今にも両脚の力が抜けてしまいそうになるのをこらえて、目の前で両手を広げて待っている智恵美に向かって、よちよちと歩き続けるばかりだ。

 随分と時間が経って、ようやくのこと雅美が智恵美の待つ所にたどりついた。
「まま、まま」
 はぁはぁと息を弾ませて前のめりに倒れそうになる雅美の体を智恵美が抱きしめた。
「頑張ったね。よく頑張ったね、雅美。ちゃんと自分だけでママの所まで来れたね」
 大柄な智恵美はその場にしゃがみ込んで雅美と目の高さを合わせると、左手で雅美の背中を何度も撫で、右手で雅美のロンパースのお尻を優しくぽんぽんと叩いた。
「このぶんじゃ、もうベビーバギーは要らないみたいね。千佳ちゃんのお家までみんなで歩いて行くことにしましょうか」
 雅美のあとに続いて智恵美のそばまでやって来た雅美の母親が顔をほころばせて言った。
「そうですね。もう少し運動をさせてあげた方が、雅美ちゃんもジュースをおいしく飲めるでしょうし」
 雅美の母親のそばで美代子が相槌を打った。
「まぁみちゃんのジュース、ちかがのませてあげる。ほにゅうびんでちかがまぁみちゃんにのませてあげるの」
 千佳が美代子の手を取って言った。
「いいわよ。千佳ちゃんが飲ませてあげてちょうだい。でも、雅美、哺乳壜でジュースを飲みながらおもらししちゃうかもしれないわよ」
 少しおどけた声で智恵美が言った。
「いいもん。おもらししちっゃたら、ちか、まぁみちゃんのおむつ、とりかえてあげるもん。ちか、いいおかぁさんだもん」
 そう言って千佳は胸を張った。
「あらあら、早苗のおむつは取り替えてくれないくせに」
 美代子がころころ笑った。
「だって、まぁみちゃん、たっちもできるし、あんよもできて、ちかといっしょにあそべるあかちゃんだもん。さなえ、まだ、ちかとあそべないもん。だから、ちか、まぁみちゃんのほうがかわいいの」
 胸を張ったまま千佳は言い訳めいた説明をした。
「はいはい、わかりました。でも、早苗がもう少し大きくなって千佳と一緒に遊べるようになったら、その時はちゃんとジュースを飲ませておむつを取り替えてあげるのよ」
 美代子は笑い声で応えた。
 早苗が成長して千佳と一緒に走り回るようになった頃、その時にはもう千佳はおむつ離れしていることだろう。哺乳壜ではなく自分でコップからジュースを飲んで、パンツを濡らす前に母親におしっこを教えているだろう。けれど、その時になっても、雅美は今のままかもしれない。今度は千佳と早苗、二人のおねえちゃんの手で哺乳壜からジュースを飲ませてもらい、二人の手でおむつを取り替えてもらっているかもしれない。雅美は、いつまでもおむつの外れない小さな妹でいつづけるかもしれない。
 それでも、それはそれでかまわない。そうされることを雅美はずっと望んでいたのだから。その時、はじめて雅美の欲求は満たされるのだから。そうして、雅美の欲求が満たされる時が、みんなの願いがかなう時だ。
 我が子の奇妙な欲求を満たしてやりたいと願ってきた雅美の母親。滅多に家にいない夫を頼ることができず、育児の悩みを相談し合える友人を探し続けていた美代子。一緒に遊べる妹をほしがっていた千佳。いずれ自分よりも小さな妹をほしがるだろう早苗。そうして、雅美を自分のものにしたいとずっと想い続けてきた智恵美。
 雅美の欲求が満たされる時、その時こそ、みんなの願いがかなうのだ。
 
 残暑が厳しくても、季節は着実に進んでいる。公園からマンションへ向かうみんなの影は、真夏の頃に比べれば随分と長くなっていた。
 智恵美に手をひかれておぼつかない足取りでよちよち歩きを続ける雅美の影。その影のお尻も、おむつで大きく膨らんでいた。
 お尻が大きく膨らんだ雅美の影が公園の出口を通り過ぎた時、秋の香りを運ぶ一陣の風が吹き抜けて、みんなの髪を優しく揺らした。おだやかな季節はもうすぐ目の前までやって来ているに違いない。

[完]



戻る 目次に戻る 本棚に戻る ホームに戻る