幼児への誘い・4



 雅美が美智子の家にやって来て三週間近くが経った、八月上旬の或る日の昼さがり。
 雅美は、にぎやかな話し声のために目を覚ました。美智子の家に来てからは耳にしたことのない若い女性の話し声だが、決して初めて聞くのではない、聞き憶えのある慣れ親しんだ声だった。
 身を固くしながら、雅美はおそるおそる瞼を開いた。
「あ、おねえちゃん、目が覚めたんだ。すっごーい、伯母様の言った通りだわ」
 雅美が瞼を開くと同時に、歓声が耳にとびこんできた。
 はっとしたように見開いた雅美の目に映ったのは、下の妹・真澄の顔だった。
「でも、どうして? どうして伯母様は、おねえちゃんが目を覚ます頃だってわかったの?」
 雅美の顔をじっと覗き込んだ真澄は、しばらくそうした後、ぱっと美智子の方に振り向いて尋ねた。
「これよ、この機械が教えてくれたの。もうすぐ雅美ちゃんがお昼寝からおっきしそうだって」
 美智子は、雅美のおむつが濡れたことを知らせる受信機を真澄に見せた。
「それ、何の機械なんですか?」
 掌に小さな受信機を載せた美智子に横合いからそう訊く、真澄とはまた違う若い女性の声に、雅美はますます体を固くした。それは、上の妹・香奈の声に間違いない。
「これ? これはね……」
 説明しかけて、美智子は意味ありげに雅美の顔をちらと見て少し間を置いてから言った。
「これは、雅美ちゃんのおむつが濡れたことを知らせてくれる機械なのよ。雅美ちゃんのおむつが濡れるとアラームで教えてくれるの。雅美ちゃん、お昼寝の間におねしょしちゃうと、それから十分も経たないうちに目を覚ますのよ。だから、この機械が鳴ると、雅美ちゃんがそろそろおっきするんだってわかるの」
「ふーん、そうなんだ」
 少し感心したように言ったのは香奈だった。
「じゃ、おねえちゃん、本当におむつあててるの? 赤ちゃんみたいにおむつあててるの? 伯母様が送ってきてくれた写真みたいに?」
 一方、真澄の方は、興味津々といったふうに目を輝かせてそう言った。
(写真? 写真って何のこと? 伯母様が送った写真ですって?)
 けれど、雅美には、真澄が何を言っているのかまるでわからない。
「あらあら、雅美ちゃん、きょとんとした顔しちゃって。でも、そうよね。雅美ちゃんは私が埼玉のお家に手紙を送ったことを知らないんだもの、仕方ないわよね」
 身を固くして困惑の表情を浮かべる雅美の様子を面白そうに見おろして美智子は言った。
「あのね、おねえちゃん。一週間ほど前に伯母様からお母さんにお手紙が届いたの。それで、お手紙と一緒に何枚か写真が入っていたんだけど、その写真には、赤ちゃんの格好をしたおねえちゃんが写ってたの。ベビー服を着て気持ちよさそうに寝てるおねえちゃんとか、お昼寝の最中かな、寝相が悪くておむつカバーが丸見えになったまま寝てるおねえちゃんとかの写真。だから、ここに来てお昼寝してるおねえちゃんを見てもびっくりしなかったんだよ。赤ちゃんのお部屋でベビーベッドでお昼寝してるおねえちゃんを見ても、そのことを先に知ってたからびっくりしなかったんだよ」
 大きなベビーベッドのサイドレールに手をかけた真澄が美智子の言葉を継いで言った。
「伯母様からのお手紙を読んだお母さんは最初、とても驚いていたわよ。だって、おねえちゃんが赤ちゃん返りしちゃったって書いてあったんですもの。それが冗談なんかじゃないのは、一緒に入っていた写真を見ればすぐにわかったし。でも、お手紙を読み進むうちに、お母さん、何度も何度も頷いてた。頷きながら涙ぐんでた。私と真澄は、そんなお母さんの様子が不思議で尋ねてみたの。どうしてお母さんが伯母様のお手紙を読んで泣いたりするのって」
 香奈も真澄のすぐ横に立ってベビーベッドの中を覗き込んだ。
「この子たちの言う通りよ。私が手紙で美佐江に伝えたの。雅美ちゃんが家へ来た日にお風呂で話したことをそのまま。雅美ちゃんが赤ちゃんになりたがっていることや、私がご褒美として雅美ちゃんのそんな願いをかなえてあげるつもりだってことを。あの日から雅美ちゃん、本当に赤ちゃんみたいになってくれたから、その可愛い様子を撮った写真も添えてね。もっとも、おっきしてる時にカメラを向けると意識しちゃって自然な様子を撮ることができないから、雅美ちゃんがおねむの時に写した写真ばかりだけどね」
 美智子が、香奈と真澄の間に割って入った。
「でね、お母さん、私たちにお手紙の内容を教えてくれて、それから、私たちにこう言ったの。『ごめんね、雅美が不憫で思わず泣いちゃったの。華奈も真澄も憶えてないだろうけど、雅美おねえちゃんがあなたたちの面倒をみてくれたのよ。お父さんも私も忙しくて、代わりに雅美おねえちゃんがちゃんと面倒みてくれたの。でも、そのせいで、雅美おねえちゃんは小さい頃から私に甘えることもできなかったの。なのに、そのことに愚痴めいたことも言わずに、自分の勉強もきちんとこなしてきたのよ。母親の私からみても、しっかりしたいい子よ、雅美おねえちゃんは。だけど、姉さんの手紙を読んで、やっぱり、誰かに甘えたくて仕方ないんだってわかった。だから、クラブ活動がお休みになったら、あなたたちは美智子伯母さんのお家に行きなさい。伯母さんのお家で雅美おねえちゃんの面倒をみてあげなさい。あなたたちが小さい頃に面倒をみてもらったお返しに、今度は、赤ちゃん返りしちゃった雅美おねえちゃんの面倒をみてあげなさい』って。それで、今日から私も真澄もクラブ活動がお休みになったから朝早くから新幹線に乗ってきたのよ」
 華奈の説明で、どうして妹たちがここにいるのか、ようやく雅美にもわかった。それはわかったものの、赤ん坊そのままの格好を妹たちに見られるのは……。
 けれど、真澄は雅美の羞恥などまるでおかまいなしに、さっきと同じ言葉を繰り返す。
「ね、伯母様。おねえちゃん、本当におむつなの? 写真だけじゃ信じられな〜い」
「じゃ、信じさせてあげる。ほら、これを見てごらん」
 真澄の言葉に、美智子がすっと手を伸ばして、雅美の体にかけたタオルケットをぱっと引き剥がした。
 あっと思ってタオルケットを押さえようとした雅美だが、夜といわず昼寝の時といわず眠る時には決まって着けさせられるミトンのせいで、タオルケットの端をつかむこともできない。
「やだ、可愛い〜い。おねえちゃん、本当に赤ちゃんみたい」
 真澄が目を輝かせて歓声をあげた。
 気温が下がって寝冷えしやすい夜とはちがって、昼寝の時は、カバーオールではなく、ベビードレスみたいなパジャマを着せられている雅美だ。眠っている間に丈の短いスカートが捲れ上がって水玉模様のおむつカバーが丸見えになってしまっている姿は、真澄の言う通り、本当に赤ん坊そのまま、あどけなく可愛らしい。
「や! 見ちゃダメ!」
 真澄は慌てて手でおむつカバーを隠そうとするものの、ミトンを着けているために大きく開くことができない掌では、おむつカバーのほんの一部しか覆い隠すことができない。
「あらあら、せっかく真澄ちゃんが可愛いって言ってくれてるんだから、おむつカバーを隠しちゃったらダメじゃない。――ほら、真澄ちゃん、ちょっと手を伸ばしてごらんなさい」
 おむつカバーを隠そうとする雅美の掌をさっと振り払うと、美智子は真澄の右手の手首をつかんで、丸見えになっているおむつカバーに近づけさせた。
「や、そんなことしちゃ、やだったら」
 美智子が何をしようとしているのか気づいた美智子は身をよじって盛んに両手を振り回すのだが、そこへ紀子の右手が伸びてきて、雅美の両腕を押さえつけてしまう。
「さ、指を伸ばして、おむつカバーの中に入れてごらんなさい。機械は雅美ちゃんのおむつが濡れてるって教えてくれたけど、本当に濡れているのかどうか、真澄ちゃんの手で調べてあげるのよ。それが、雅美ちゃんのお世話をしてあげる最初のお仕事なんだから」
 美智子は右手でつかんだ真澄の指を左手でそっと引っ張った。
「わ、私が? 私がおねえちゃんの……おむつが濡れているかどうか調べるんですか?」
 さっきまでの歓声とはうって変わって、どこかどぎまぎしたような声で真澄が聞き返した。興味津々といった様子で雅美の姿を眺めているだけならまだしも、いざ実際に姉のおむつの濡れ具合を自分の手で確認してみなさいと言われると、いいようのない羞恥を覚えてしまう。
「そうよ。機械は機械、間違うこともあるから、もういちどちゃんと調べないとね。おむつカバーの裾から手を差し入れて中の様子を調べてあげて」
 美智子はそう言って、顔に戸惑いの色を浮かべる真澄の手を強引に雅美のおむつカバーの中に差し入れさせた。
「どう?」
 最初はおずおずと右手を動かしていた真澄だが、いつしか、美智子に言われるまま、おむつカバーの中の様子を探ってもぞもぞ動かすようになる。そんな真澄の様子を見て、確認するみたいに美智子が声をかけた。
「濡れてます。おねえちゃんのおむつ、ぐっしょりです」
 自分のことでもないのに、まるで自分がおむつをおしっこで汚してしまったかのように頬を赤らめて真澄は応えた。
「そう、やっぱり濡れているのね。じゃ、早く取り替えてあげないといけないわね。調べるのは真澄ちゃんにやってもらったから、おむつの交換は香奈ちゃんにお願いしようかしら。濡れたおむつのままじゃ可哀想だもの、できるわね、香奈ちゃん?」
 ようやくのこと真澄の手を離して、美智子は今度は香奈の方に振り向いて言った。
「あ、はい……一応、人形で練習してきたから、できると思います」
 真澄と同様、いざとなるとさすがに戸惑ってしまうが、それでも意を決したように香奈は小さく頷いた。
「あら、練習してきたの?」
「はい。あの、おねえちゃんが赤ちゃんになっちゃったって伯母様のお手紙に書いてあったから、それを読んだお母さん、家庭科の育児実習で使うのと同じ人形を買ってきて、それで私と真澄におむつの交換のしかたやミルクの飲ませ方なんかを教えてくれたんです。私たちがおねえちゃんの面倒をみなきゃいけないんだからって言って」
 香奈は、心臓の高鳴りを鎮めるみたいに胸に掌を押し当てて応えた。
「そう。なら、話は早いわね」
 美智子は香奈の体をそっとベビーベッドの方へ押しやった。
「いや! 香奈におむつを取り替えてもらうなんて、そんなの絶対にいや!」
 ベビーベッドのすぐそばに立った妹の姿を目にして、雅美は激しく首を振った。
「あらあら、どうしちゃったのかな、雅美ちゃんは。私や紀子さんがおむつを取り替える時はおとなしくていい子にしてるのに。哺乳壜でミルクを飲ませてあげる時もいい子にしてるのに。どうして急におむつの交換を嫌がったりするのかしら」
 美智子はわざと不思議そうな顔をして言った。
 美智子の家にやって来て三週間近くになる間に、雅美は美智子と紀子の手によって徐々に赤ちゃん返りさせられていた。もともと雅美の胸の奥底に赤ちゃんの頃に戻りたいという思いがひそんでいたためもあるし、(雅美がそんな思いを隠し持っていることを知ってか知らずかはわからないものの)あらかじめ用意しておいた特別注文のベビーベッドや雅美の体に合わせて縫製したベビー服といったものを利用して美智子と紀子が周到に進めた『幼児化調教』の結果、雅美はすっかり赤ちゃん返りしてしまって、おむつを取り替えてもらうのも、哺乳壜でミルクやジュースを飲まされるのも、浴室で美智子に抱っこされておしっこさせてもらうのも、いつのまにか、それが当たり前のことみたいに思うようになっていた。けれど、それは、美智子と紀子の前に限ってのことだ。いくら赤ちゃん返りした雅美といっても、実の妹の手でおむつを取り替えられるのかと思うと、あまりの羞恥のために、たちまちのうちに意識が大学生に戻ってしまう。実際、香奈と真澄の話し声を耳にしただけで身を固くしてしまった雅美だった。
「いや! いやだったら、いやなんだから……」
 今にも泣きだしそうな表情で雅美は繰り返すばかりだった。
「大丈夫でちゅよ。香奈ちゃんも真澄ちゃんもお人形で練習してきたから、雅美ちゃんのおむつ、ちゃんと取り替えてくれまちゅよ。だから、そんなに駄々をこねなちゃダメでちゅよ」
 美智子はサークルメリーのスイッチになっている紐を引っ張って、雅美のお腹をパジャマの上からぽんぽんと優しく叩きながら言った。
 途端に、それまで激しく首を振っていた雅美がおとなしくなる。美智子は、睡眠薬を混入したミルクを飲ませながらサークルメリーのメロディと子守唄を聞かせて雅美のお腹をぽんぽんと叩いて雅美を寝かしつけるといったことを毎日、夜も昼も繰り返し続けてきた。そのせいで、十日ほど前からは、睡眠薬を混入したミルクを飲ませなくても、サークルメリーをまわしてお腹を優しく叩いてやれば、それだけで雅美は眠りにつくのが習い性になっていた。だから、今も、昼寝から覚めたばかりだから眠ってしまうまではゆかないものの、妙に落ち着いた気分に包まれて、知らず知らずのうちにおとなしくなってしまう雅美だった。
「そうよ、それでいいのよ。ちょっとの間だけでいいからおとなしくしてまちょうね。その間に香奈ちゃんがおむつを取り替えてくれまちゅからね。――いいわよ、香奈ちゃん」
 実際に眠ってしまうわけではないけれど、雅美の目がとろんとしてくるのを確認して、美智子は香奈に声をかけた。
「あ……はい」
 美智子に促された香奈は、どぎまぎした様子で両手を伸ばすと、丈の短いベビードレスふうのパジャマの裾をあらためて雅美のお腹の上に捲り上げた。
「できるわね?」
 美智子が念を押すみたいに雅美に言う。
「できると思います。お人形を使ってお母さんが教えてくれたのと同じおむつカバーだし……」
 少しばかり自信なげに、それでも自分自身を励ますように頷いて香奈は言って、おむつカバーの前当てと横羽根とを留めているマジックテープに指をかけた。
 べりりというマジックテープを剥がす音が思ったよりも大きく部屋中に響き渡って、香奈の手元をじっと見つめる真澄がごくんと唾を飲み込んだ。
 香奈はぎこちない手つきでおむつカバーの前当てを雅美の両脚の間に広げてから、左右の横羽根を互いに留めているマジックテープも引き剥がして、雅美のお尻の右と左に広げた。
 動物柄の布おむつが丸見えになった途端、香奈と真澄は揃って頬をピンクに染めた。ひどい羞恥のせいもあるけれど、おしっこを吸ってぐっしょり濡れた姉のおむつを目の当たりにして、いいようのない加虐的な好奇が胸の中に渦巻いたせいもある。いくら小柄でも、雅美は香奈と真澄の姉だ。実の姉がぐっしょり濡れた布おむつに下腹部を包み込まれた姿は、思春期のただ中にあって性への目覚めを迎えた二人にとって、ひどく感情を高ぶらせる光景だった。   
 香奈は、内腿といわず股間といわず雅美の肌にべっとり貼り付くようにまとわりついている布おむつをおそるおそる剥ぎ取ると、まとめて手元に引き寄せた。そこへ、紀子が小振りのポリバケツを差し出す。
 香奈は紀子の顔と自分の手元を何度か見比べてから、雅美の下腹部からたぐり寄せた布おむつを両手で捧げ持つみたいにしてポリバケツの中に滑らせた。
 たっぷりおしっこを吸って重くなった布おむつを受け止めたポリバケツを床に置いた紀子は、その代わりに、香奈に向かって新しい布おむつを広げて恭しく差し出した。
 香奈は、紀子から受け取った何枚もの布おむつを雅美の足元で丁寧に重ねると、右手で雅美の足首をつかんで高く差し上げ、おむつカバーの上に僅かに浮いたお尻の下に敷き込んだ。
 途端に、それまでとろんとしていた雅美の目が、新しい布おむつのふっくらと柔らかな感触にあらためて羞恥心を刺激されのか、不意にはっと大きく見開いた。
「いや! いやだったら、いやなの!」
 我に返った雅美は再び幼児がいやいやをするみたいに首を振って、香奈に足首をつかまれている両脚をばたつかせた。
 ただでさえ大柄で一年生ながらバスケット部のレギュラーに選ばれた香奈だから、少しくらい雅美が暴れても右手が足首から離れてしまうことはない。それでも、このまま雅美が暴れ続けては新しいおむつをあてることができない。
 しばらくは困ったような顔で雅美の様子を見守っていた香奈だが、不意に意を決したようにすっと息を吸い込むと、雅美の足首から手を離して、そのまま雅美の体を横抱きに抱き上げた。
「な、なに……」
 突然のことに、怯えた表情を浮かべる雅美。
「お母さん言ってた。おねえちゃんは私たちのお世話をしながら、ちゃんとしつけもしてくれたのよって。悪いことは悪いこと、しちゃいけないことはしちゃいけないことって、お母さんの代わりに叱ってくれたって。それでも私たちが聞き分けよくしなかったらお仕置きしてくれたって。そのおかげで二人とも素直ないい子になってくれたんだって、お母さん嬉しそうに話してくれた。私、そのお礼をする。今度はおねえちゃんをちゃんとしつけてあげる。赤ちゃんのおねえちゃんがいい子になるよう、ちゃんと叱ってあげる。聞き分けの悪いおねえちゃんにはお仕置きしてあげる」
 香奈は雅美を抱いたまま床に正座して、それまで仰向けの状態で横抱きにしていた雅美の体を俯せにし、雅美のお腹よりも少し下のあたりが自分の太腿の上に載るよう抱き直した。こうすると、雅美の上半身は左手で支える必要があるけれど下半身は太腿に載せていればいいから、右手が空く。
「いつまでも駄々をこねてちゃダメでしょ、おねえちゃん。そんな悪い子にはお仕置きよ」
 香奈は、空いた右手を高々と振り上げ、そのまま雅美のお尻に向かって振りおろした。
 ぴしゃん! 香奈の大きな掌が雅美のお尻をぶつ音が部屋の空気を震わせた。
「やだ、やめてよ、香奈」
 びくんと体を震わせて雅美は喚いた。
 けれど、香奈は何も応えなかった。無言で何度も右手を振り上げては、雅美のお尻をぶつ。
 ぴしゃん!
 ぴしゃん!
「や……やめてよぉ、香奈ってばぁ……」
 さっきは大声で喚いた雅美なのに、何度もお尻をぶたれているうちに、次第に弱々しい声になってきた。弱々しい、それこそ懇願するみたいな声。香奈の大きな手で力まかせにお尻をぶたれる痛みもさることながら、それこそ本当の幼児みたいに香奈の膝の上に腹這いにさせられてお尻をぶたれる屈辱と羞恥とに包み込まれて自らの無力さを思い知らされる雅美だった。
「じゃ、いい子になるのね?」
 振り上げた手を止めて真澄が言った。
「……」
 けれど、あらためてそう聞かれると、急に押し黙ってしまう雅美。さすがに、『いい子』という、いかにも幼児めいた言葉に頷くのは躊躇われる。
「ちゃんと答えなきゃダメでしょ」
 いったんは止めた手を真澄はあらためて振りおろして、さっきまでよりずっと強く雅美のお尻をぶった。
「いい子になる……いい子になるから、もうぶたないで……お願いだから……」
 とうとう雅美はしゃくりあげ始めた。ひっくひっくとしゃくりあげながら涙声で許しを乞う。 
「約束よ。いい子になるって、ちゃんと約束できるのね?」
 それまで腹這いにさせていた雅美の体をもういちど仰向けに抱き直して、香奈は雅美の顔を正面から覗き込んで言った。
「いい子になる。私、いい子になるから、もうぶたないで」
 雅美の頬を涙が一粒つっと流れ落ちた。
「いいわ。じゃ、もう、お仕置きはおしまいにしてあげる。最初から聞き分けのいい子にしてたらお仕置きなんてしなくてもよかったのよ。これからはずっといい子にしましょうね」
 まるで幼い妹に言い聞かせるような香奈の口調だった。
 言われて、雅美は力なく頷いた。
 横合いから真澄の驚いたような声が聞こえたのはそのすぐ後のことだった。
「ね、ね、香奈おねえちゃん。おねえちゃんのジーパンの膝のところ、濡れてるよ。ひょっとしたら雅美おねえちゃん、おもらししちゃったんじゃない?」
 言われて、香奈は自分が穿いているジーンズに目を向けた。
 真澄が言った通り、膝から太腿のあたりが濡れていた。
 香奈はじっと目を凝らして濡れ具合を確認してから、そっと指先で触れてみた。
「ちがうわよ、真澄。これ、おしっこで濡れてるんじゃないわ」 
 香奈は意味ありげな笑みを浮かべて言った。
「じゃ、何? 近くには、こぼれるようなお水も無いのに」
 きょとんとした顔で真澄が訊き返した。
「真澄も中学生だし、そろそろわかるかな。あのさ、真澄。あんた、エッチなこと考えることってあるでしょう?」
 少し考えてから、香奈は意味ありげな笑顔のまま言った。
「な、なによ、急に。……そりゃ、あるわよ、エッチなこと考えたりすること。でも、それとこれと、どう関係あるのよ?」
 思ってもいなかった香奈の問いかけに真澄は顔を赤くして応えた。
「じゃ、エッチなこと考えた時、真澄のあそこ、どんなふうになる?」
 香奈は続けて言った。
「あそこって……あそこのこと? ほんと、急に何なのよ、おねえちゃんてば」
 さすがに真澄は言い淀んでしまう。
「いいから、答えなさいよ」
 真澄の困惑も気にするふうもなく先を促す香奈。
「……濡れてくる。なんだかよくわからないけど、ぬるぬるになって濡れてくるよ。おしっこをおもらししちゃったわけじゃないのに、べとべとに濡れてくるよ」
 伏し目がちに真澄は言った。
「だよね。私も一緒だよ、真澄と。エッチなことを考えると、あそこが濡れてくるの。でも、それは変なことじゃないのよ。それが自然なの。――雅美おねえちゃんのあそこを見てごらん」
 香奈は真澄に頷いてから、雅美の下腹部を目で指し示した。
「え……ええ?」
 香奈に言われるまま雅美の下腹部に目をやった真澄は、雅美の秘部がぬるぬる濡れていることに気がついて驚きの声をあげた。おしっこで濡れているのとはまるで違う濡れ方だというのは一目でわかる。
「それじゃ、それじゃ……」
 真澄は慌てて雅美の下腹部から香奈のジーンズに視線を移した。
「そうよ。これは、雅美おねえちゃんのエッチなおつゆで濡れちゃったのよ。お仕置きする時、エッチなおつゆでぬるぬるになった雅美おねえちゃんのあそこ、ジーパンのこのへんに当たっていたから」
 くすっと笑って香奈は頷いた。
「で、でも、どうして? どうして雅美おねえちゃんのあそこ、香奈おねえちゃんにお尻をぶたれてる間にそんなにぬるぬるになっちゃったの?」
 驚いたような呆れたような顔で真澄は香奈に言った。
「そんなの、エッチな気分になっちゃったからに決まってるじゃない。真澄も、さっき、そう言ったでしょ?」
 香奈は、すぐそばに立っている真澄の顔を見上げた。
「だって、雅美おねえちゃん、香奈おねえちゃんにお尻をぶたれてたんだよ。そんな時にどうしてエッチな気分になっちゃうのよ?」
 真澄は重ねて訊いた。
「それは……」
 香奈は説明しようとして口を開いた。けれど、性に対する知識もあり、自慰の経験もある自分とは違う、まだ中学生になったばかりの真澄にわかるよう説明する言葉が咄嗟には思いつかなくて、一度は開いた口をすぐに閉ざしてしまった。



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