お嬢様、オシメの時間です




「いらっしゃい。首を長くして待ってたのよ。さあさあ、荷物は私が持ってあげるから、早く上がってらっしゃいな」
 谷口牧子は嬉しそうな声でそう言うと、玄関を入った所に立っている川崎理帆のバッグを手に取って、先に廊下を歩き始めた。
 相変わらずマイペースだこと、と僅かに苦笑しながら、理帆は牧子のあとに従った。理帆にしても、牧子のそんな性格が嫌いではない。むしろ、どちらかというと優柔不断な性格をしている理帆にしてみれば、牧子のやや強引な性格に好意を抱いてもいる――なんといっても、牧子が両親を説得してくれたおかげで、家から遠いS大学への入学が認められたのだから。

 少し事情を説明しておくことにしよう。
 牧子は、理帆からみれば母方の叔母にあたる。理帆の母親の姉になるのだが、十年ほど前に、事業家だった主人を病気で亡くし、子供もいないために、今は広い屋敷で一人暮らしを続けている。
 牧子が住んでいる高級住宅地から少し離れた所にあるのがS大学で、受験雑誌を目にしていてなぜとはなしにその校風とか雰囲気に惹かれた理帆は、高校三年生になった時、両親にS大学を受験したいと申し出た。
 しかし、理帆の家からS大学へは、とても通学できるような距離ではなかった。女の子が一人で下宿することを認めようとしない両親は、S大学への入学は諦めるように理帆に言った。
 そんな理帆の窮状を救ってくれたのが、牧子だった。
 なんだかんだと理由を付けて地元の女子大に理帆を入れようとしていた両親も、
「なんなら私の家に下宿させればいいわ」
という牧子の言葉には折れるしかなかった。
 そういうわけで、憧れの大学に入るために猛勉強にうちこんだ理帆は受験にパスし、一週間後に始まる大学生活のために牧子の家での下宿生活を始めることになったのだ。

「ここが理帆ちゃんの部屋よ。自由に使ってちょうだい」
 どこまで歩くのだろう、と思いながら理帆はついて行ったが、やがて廊下の突き当たり近くのドアの前に立ち止まった牧子が、ノブに手をかけながら言った。
 ドアが内側に開くと、牧子が先に部屋に入って行った。そのあとを理帆が追う。
 その部屋は八畳ほどの洋間になっていて、真新しい机や大きなベッドなどの家具が、毛足の長いカーペットの上に据えられていた。
 理帆は思わず部屋の中をグルーッと見回すと、信じられない、というふうに溜息をついた。それから、作り付けになっているクローゼットの扉の前に理帆のバッグをおろそうとしている牧子に声をかけた。
「あの、この部屋、ほんとに私が使っていいんですか?」
「もちろんよ。そのために家具も新調したんだから」
 牧子はバッグを床におろすと、静かに振り返って答えた。
「でも……。わざわざ家具を新調だなんて、そんなにしてもらわなくても……」
「いいのよ、気にしないでちょうだい――私はずっと一人で生活してたでしょう? それが、理帆ちゃんが来てくれるんで生活に張りができるってものよ。だから、このくらいはお安い御用」
「……そうですか? じゃ、お言葉に甘えることにします。ありがとうございます」
「どういたしまして」
 牧子は右目でウインクをすると、おどけたような口調で応えた。
 初めての屋敷に少し緊張ぎみだった理帆の顔に、明るい笑みが浮かんだ。
 しかし、理帆はじきに暗い表情を浮かべると、伏し目がちになって、聞き取れるかどうかの小さな声で牧子に話しかけた。
「……あの、おばさん。報せておかなきゃいけないことがあるんだけど……」
「いいわよ、話さなくても。妹――理帆ちゃんのママから聞いてるから」
 理帆の言葉を遮るように、牧子が優しい声で言った。そして、理帆の肩に手を置くと、ぽんぽんと軽く叩いてから、いたわるように言葉を続けた。
「だから、理帆ちゃんの口からは言わなくてもいいわ。大丈夫よ、そんなもの。すぐに治から気にしちゃダメよ」
 肩に置かれた牧子の手が随分と暖かく感じられ、口を閉じた理帆は、何度も何度も頷いていた。
 やがて牧子は理帆の肩から手を離すと、理帆の気分を変えようとするかのように明るい声で言った。
「そうそう。先に宅配便で送ってきてた洋服や下着はクローゼットに収納しておいたから、今のうちに確認しておくといいわ。足りないものがありそうなら、早めに買っとかなきゃいけないし」
「ああ、そうですね。じゃ、そうします」
 理帆も努めて明るい声で応えると、クルリと体の向きを変えて、クローゼットの方へ足を踏み出した。
 簡素だが、見ようによってはひどく手のこんだ装飾が施されたクローゼットの扉は、その大きさからは想像もできないほどスムースに開いた。
 理帆はハンガーに掛けられたスーツやブラウスといったものをざっと見渡し、引出を幾つか引き開けて、下着やソックスが入っていることを確認した。
 理帆は小さく頷くと、扉の前に置かれていたバッグのファスナーを静かに引いた。そして、バッグから何やら大きな袋を取り出すと、それをクローゼットの奥の方へ、まるで隠してしまおうとでもするように押しこもうとした。
 その時、不意に背後から牧子の声が聞こえてきた。
「理帆ちゃん、それは要らないわ。捨てちゃっていいわよ」
 突然のことに理帆が体をビクッと震わせて手の動きを止めると、牧子が傍らに立って、理帆が押しこもうとしていた大きな袋を引っ張り出してきた。
 そのナイロン製の袋には、『大人用紙オムツ』という文字が鮮やかなブルーで印刷されていた。
 理帆の顔がカーッと熱くなった。
 しかし、すぐに気を取り直した理帆は、少しでも平静を取り膳おうと努力しながら牧子に対して反論をした。彼女の努力にもかかわらず、その声が僅かに震えているのは仕方のないことだった。
「でも、それがないと……」
「わかってるわよ。あなたにオネショの癖があるのは妹から聞いた、って言ったでしょう? 大学受験のために勉強し過ぎたせいで始まったオネショがまだ治ってない、ってね」
「……そうです。だから……」
「いいのよ。こんな物を使わなくても大丈夫なように、いい物を用意しておいたから」
 理帆が予想もしていなかったような言葉が牧子の口から飛び出した。
 理帆がその言葉の意味を考えているうちに、牧子は紙オムツの袋をクローゼットから引き出すと、無造作に床の上に置いてしまった。
「いい物ってなんですか?」
 床の上に置かれた袋に、ちらと視線を向けた理帆は、おずおずと牧子に訊いた。
「教えてあげるわ――あそこにタンスがあるでしょう。その最下段の引出を開けてごらんなさい」
 牧子は壁際に置いてある整理タンスを指差して言った。
 牧子に促された理帆は要領を得ない表情を浮かべながら、それでも、興味津々といった様子でタンスに近づいて行った。
 タンスのすぐ前に立った理帆は、そのタンスを上から下へと、中に何が入っているのだろう、とでもいうふうにゆっくり見回してから、両脚の膝を床についた。それから、牧子に言われたように、再下段の引出をそっと引いてみる。
 その引出にぎっしりと詰めこまれている布地を見た理帆は、なんともいえないような表情を浮かべると、ぎこちない様子で首を牧子の方に向け、口をぱくぱくと動かした。
「理帆ちゃんのために用意しておいたの。可愛いいでしょう?」
 理帆の言葉にならない問いかけに答えながら、牧子もタンスの前に歩いてきた。そして、その場に固まってしまった理帆の代わりに引出から数枚の布地を取り出すと、床の上に広げ始めた。
 牧子が広げてゆく布地はどれも柔らかそうで、動物柄や水玉模様の可愛いい柄が描かれ、輪のような形に縫製されていた。理帆は一目見た瞬間に、それらの正体に気づいていた――それは、サイズこそ随分と大きく仕上げられているが、紛れもなくオムツだった。
 しかも、牧子が引出から取り出しているのは、オムツだけではなかった。小熊のアップリケが付けられたものや花柄のものなど、様々なデザインのオムツカバーまでもが床に並べられていったのだ。
「どう、気に入ってもらえたかしら?」
 床に並べ終えた色とりどりのオムツやオムツカバーを満足そうに眺めながら、牧子が言った。
「……いい物って、このことですか?」
 やっとの思いで言葉を絞り出した理帆の唇は、ピクピクと痙攣しているように見えた。
「そうよ。これなら、使い捨ての紙オムツと違って経済的だもの。あなたのママから事情を聞かされた後、私と千春さんとで縫っておいたの」
「千春さん……?」
 初めて聞く名前に、理帆は首をかしげた。
「あら、そうだったわ。まだ紹介してなかったわね。ちょっと待っててちょうだい」
 牧子はそう言うと、壁に掛っているインターフォンのボタンを押した。しばらく待つと、スピーカーから若い女性のものらしい声が聞こえてくる。
『お呼びでしょうか?』
「ああ、私よ。今、理帆の部屋にいるんだけど、あなたを紹介しておきたいから、こちらへ来て欲しいの」
『承知いたしました』
 しばらくして部屋にやって来たのは、二四〜五歳くらいの、やや神経質そうな女性だった。
「この人が千春さん。掃除や洗濯をお願いしてるの。何かわからないことや困ったことがあったら、彼女に訊くといいわ」
 牧子の紹介が終わると同時に、千春が理帆に向かって頭を下げて、少しばかり皮肉っぽい口調で言った。
「千春です。これからよろしくお願いします、お嬢様」
 まさか『お嬢様』などと呼ばれるとは思ってもいなかった理帆は、千春の口調に含まれた毒気には気づきもせず、ドギマギしながら慌てて立ち上がると、こちらも頭を下げながら、早口で言葉を返した。
「理帆です。こちらこそ、なにかとお世話をかけると思います。よろしく」
「さあさあ、堅苦しい挨拶はその辺でいいわね」
 牧子が両手をパンパンと小さく鳴らすと、二人の会話に割って入った。それがきっかけになったように、二人が頭を上げる。
 それから、両手を体の前に揃えた千春に牧子が言った。
「じゃ、理帆のオムツの世話は任せるから、よろしくね」
「はい。お任せください」
「ちょっ、ちょっと待ってください」
 千春の返事を遮るように、理帆が甲高い声を出した。
「あら、何でしょうか?」
 千春は理帆に視線を向けると、最初の挨拶の時と同じような口調で言葉を返した。
「だって、そんなの恥ずかしいわ。オムツくらい、自分であてます。それにだいいち、このオムツを使うなんて、私は言った憶えはないし……」
「いいえ。このお屋敷に来られたからには、奥様の指示に従っていただきます。たとえお嬢様でも、我儘はいけません。それに、このオムツは奥様が一枚一枚縫われたものですよ。お嬢様への奥様のお気持を踏みにじるおつもりですか?」
「……」
 そこまで言われては、理帆としても反論の余地はなかった――確かに、千春の言っていることの方が正論なのかもしれない。それに、これから四年間もこの家で生活するなら、ここはヘタに逆らわない方がいいのだろう。
「わかっていただけましたね? じゃ、この紙オムツは私が処分しておきますわ」
 千春は声の調子をガラッと変えると、優しく微笑んで、床の上の袋に手を伸ばしながら言った。

 その後の昼食も、ティータイムも、理帆にとってはあまり楽しい時間ではなかった。
 千春の作る料理やミルクティーは確かにおいしいのだが、夜になってベッドに入る時のことを想像すると、それらの味を楽しんでいるようなゆとりが理帆の心からなくなってゆくのだ。
 自分が持ってきた紙オムツなら慣れてもいるし、それに、それは医療行為のようなものだから、たいした羞恥は感じずにすむ(とはいっても、オネショが続くために初めて紙オムツをあてた時には死んでしまいたいほどの屈辱を感じたものだったが)。それに対して、いろいろな柄の描かれた布オムツとオムツカバーの組み合わせでは、それこそ自分が排泄のコントロールが全くできない幼児に戻ったように思えて、激しい羞恥に襲われるのだ。
 それでも、時間は容赦なく流れてゆく。
 理帆を歓迎するために腕によりをかけて作った、と言われた豪華な夕食の味もわからず、豪華な大理石でできた湯船に感動することもなくバスルームから出てきた理帆は、首をうなだれたまま、ゆっくりドアを開けて自分の部屋に入っていった。
「お待ちしていました」
 理帆が部屋に足を踏み入れると、千春の声が聞こえた。のろのろと頭を上げた理帆の目に、ベッドの上に用意されている動物柄のオムツが映った。
「さ、ズボンとショーツを脱いで、その上にお尻をおろしてください」
 千春が静かな声で促した。
 理帆はパジャマのズボンに手をかけたが、それから先には進めず、しばらくそうしたままだった。いくら病気だとはいえ、大学生にまでなった自分が、赤ん坊のように他人の手でオムツをあてられるのかと思うと、それ以上は手が動かないのだ。
「お嬢様?」
 千春の声が響いた。それは叱責するような、厳しい口調だった。
 母親に叱られた幼児のように、理帆の手が反射的に動き始めた。一旦動き出した手は、それまでが嘘のように、素早くズボンを引きおろし、ショーツを剥ぎ取っていった。
 自らの手で下半身の衣類を脱ぎ終えた理帆は、顔をまっ赤に染めながら、おそるおそるといった様子でオムツの上にお尻をおろしていった。紙オムツとは違う柔らかな布の感触が理帆の羞恥心を改めて刺激し、彼女の顔はますます赤くなっていった。
 千春がオムツをあてている間、理帆はギュッと目を閉じていた。そんな理帆をからかうように、千春は大声で、自分が今何をしているのかを克明に説明していった。
「――さあ、オムツはあて終わったわ。これだけあてておけば、どんなにたくさんのオネショでも洩れる心配はないわね。じゃ、オムツカバーにかかりましょう。まずは、この裾のボタンね。ここをうまくしないと、いくらオムツがちゃんとなってても洩れちゃうかもしれないわね……うん、これでよし。えーと、裾ゴムからオムツがはみ出てるようなことは、と――」
 千春の説明のせいで、目を閉じている理帆にも、自分がどんなことをされているのか、おおよその見当がついていた。そして、現実をハッキリと直視しない分、余計に屈辱的な光景が理帆の心の中に浮かんできて、たまらないほどの羞恥が湧き上がってくるのを抑えることができなくなるのだった。
「さ、できたわ。理帆ちゃんはおとなしくしてて、ほんとにいい子だったわねー」
 理帆にとっては永遠とも感じられる時間が過ぎて、千春が理帆のお尻をオムツカバーの上からぽんぽんと叩きながら、まるで幼児に対するように言った。
 おずおずと開いた理帆の目に、レモン色の生地に小熊のアップリケが付けられたオムツカバーに包まれた自分の下腹部が映った。彼女は不意に立ち上がると、その不様な姿を隠すために慌ててパジャマのズボンを穿こうとした。しかし慌て過ぎたためか、理帆は二度ほど体勢を崩しては倒れそうになるのを危うく持ちこたえつつ、ズボンと格闘していた。
 そんな理帆の姿を見守る千春の顔には、ニヤニヤと馬鹿にしたような笑いが浮かんでいた。
 それでも、なんとかズボンを穿き終えた理帆がこちらを向いた時には、そんな表情は綺麗に消し去って、エプロンのポケットから幾つかの錠剤を取り出すと、いたわるような口調で千春は言った。
「お母様から宅配便で薬が届られています。なんでも、お医者様が新しく処方してくださったとかで、効果があるかもしれないから飲ませるように、と同封のお手紙に書かれていましたわ」




 翌朝、理帆は千春の声で目を醒ました。
「お嬢様、そろそろ朝食の時間です。お疲れでしょうが、起きてくださいませ」
 うーん、と無意識のうちに伸びをしながら開けた理帆の目に、ベッドの傍らに立っている千春の姿がとびこんできた。
「お目醒めですね」
 千春はそう言うと、ニコッと微笑んだ。そして、理帆の体にかかっている羽毛布団を静かに持ち上げながら、言葉を続けた。
「よくお休みでしたわね。やはり、環境が変化して疲れてらしたんでしょう。そのせいかと思いますが、オネショの方も……」
 『オネショ』という言葉を聞いた途端、理帆は上半身をガバッと起こすと、自分の下腹部に視線を遣った。そこには、眠る前に千春にあてられたレモン色のオムツカバーがあった。同時に、なんともいえない不快な感触が股間に感じられた。それは、ジクジクしたような、冷たいとも生暖かいとも思えるような、いやな感触だった。
 理帆が見ている中、掛布団をどけてしまった千春がオムツカバーに手をかけた。理帆に合図をすることもなく、蝶々結びになっている腰紐をほどくと、手を移動させてボタンを外し始める。
 理帆がアッと思った時には、前当てが開き、左右の横羽根もベッドの上に広げられていた。そうなれば、自分が汚してしまったオムツが嫌でも理帆の目にとびこんでくる。
 理帆は首をプイと横に向けると、千春の手の動きを見ないように目を閉じた。閉じた瞼の裏に、一瞬見てしまった水玉模様のオムツの残像がクッキリと浮かび上がってくる。
 あれ?――理帆の胸に、強い違和感が芽生えた――あれ、待てよ。確か、眠る前にあてられたのは動物柄のオムツじゃなかったっけ。なのにどうして、今は水玉模様になってるんだろう?
 一度閉じた目をムリヤリ開くと、理帆は、自分のお尻の下から剥ぎ取られたばかりのオムツをじっと見つめた。
 千春は理帆の視線に気づくと、自分が手にしているぐっしょり濡れたオムツを理帆の目の前に差し出した。そして、肩をすくめてみせてから、ぽつりと言った。
「これで三組目ですよ、お嬢様が昨夜のうちに汚されたオムツは」
 その言葉の意味は、すぐには理帆には理解できなかった。しかしやがて頭の中で言葉が意味を取り始めるにつれ、理帆は顔が熱くなるのを感じた。
 理帆は上目づかいに、目の前に差し出されたオムツを、ちらと見た。
 理帆のそんな様子に千春は小さく頷くと、理帆が耳を覆いたくなるようなことを平然と口にした。
「そうです。お嬢様は、昨夜のうちにオムツを三組も汚したんですわ。お嬢様が眠られてすぐにふと気になった私は、まさかまだ大丈夫だろうと思いながらもこの部屋にやってきたのですが、その時にはもうぐっしょりでした。そうそう、私がズボンを下げてオムツを取替える時にも、お嬢様は気持良さそうに眠ってらっしゃいましたわね。二度目は夜中でしたかしら。やはりこの時も、スヤスヤと眠ってらっしゃいましたわ。ご自分がオムツの中にオネショなさったことにも気づかない御様子で。そして、その時に取替えたオムツもこの通り……」
 千春の言葉を耳にしながら、理帆はガクッと首を落した。
 確かにオネショの癖はあるものの、これほどひどいのは初めてだった。まさか一晩のうちに三度も、と思うと、理帆の体中の力が抜けて行ってしまうようだった。
 だから、
「でも、新しい環境に慣れればすぐに良くなりますわ。さ、着替えて朝食にいたしましょう」
という千春の慰めも、理帆の心を少しもほぐすことはできなかった。
「……わるいけど、食事は要らないわ。少し、一人でいたいの」
 理帆は大きな溜息をつくと、濡れたオムツとオムツカバーを放りこんだバケツを提げて自分を見おろしている千春に視線も向けずに言った。
「……さようですか。じゃ、お腹が空いた時には、いつでもいらしてくださいね。準備いたしますから」
 千春はそう言うと、軽く頭を下げて部屋を出て行った。

 理帆は、上半身だけを起こしたまま、小一時間もベッドの上にそうしていた。
 それでもやがて、のろのろとベッドから立ち上がると、ショーツだけを身に着けて窓の方へ歩いて行った。
 窓の外には春の暖かな日光が溢れ、そろそろ緑が強くなってきた芝生がキラキラと光を反射している。
 そんな穏やかな光景を見ていると、自分がしてしまったことがまるで夢の中でのことのように思え、理帆の心は少しだけ軽くなった。このままずっと夜にならなければいい、とも思った。
 しかし、理帆の心はすぐに現実に引き戻されてしまった。
 庭の一角が物干し場になっているようで、屋敷から出てきた千春が、洗濯を終えたばかりの衣類をロープや竿に掛け始めたのだ。その洗濯物の中には、理帆が汚してしまったオムツやオムツカバーが混ざっていた。
 時おり吹く風にユラユラと揺れるオムツは全部で十五枚ほどもあるようだった――眠る前にあてられた動物柄のものと、さっき外したばかりの水玉模様。それに、赤の金魚柄。どうやら、理帆が夜中に三度もオムツを汚してしまったというのは本当のことらしい。
 いたたまれなくなった理帆は窓際から離れると、クローゼットから取り出したジーンズと上着を身に着け、廊下に足を踏み出した。街中の雑踏に紛れこんで気分転換でもしなければ、このままどうにかなっていまいそうに思えたのだ。




 何日かが過ぎたが、事態は好転しなかった。最初の夜と同じように、一晩のうちに何度もオムツを汚す日が続いていた。

 そして或る朝。
 千春に呼ばれて目を醒まそうとした理帆は、瞼が変に重く感じた。よほど気力をふり絞らなければ、なかなか開かないのだ。
 それだけではない。
 頭が重く、体中の関節にも僅かな痛みを覚える。それに、妙な悪寒。
 風邪をひいちゃったみたいね、と理帆は漠然と考えた。そして、頭の中にカレンダーを思い浮かべてみる――大学の入学式は四日後だ。それまでには治るだろう。
「お嬢様、どうかなさったんですか?」
 なかなか目を開こうとしない理帆にシビレをきらしたように、千春の声が高くなった。
「……ああ、ごめんなさい。どうも風邪をひいたみたいだから、もう少し寝ていたいんだけど」
「まあ、それはいけませんこと。早速、お医者様を手配いたしますわ」
 千春は慌てて部屋から出て行った。
 しばらくして戻ってきた千春の顔には、ホッとしたような表情が浮かんでいた。
「かかりつけのお医者様がすぐに来てくださるそうです。それまでは安静に、ということですわ」
「そう。すみません」
「いいんですよ、こんなことくらい。それよりも、オムツを取替えちゃいましょう。濡れたオムツのままだと、風邪が余計にひどくなりますわ」
 風邪の熱で既に赤く染まっている理帆の頬が更に赤くなった――昨日から千春さんたら、調べもしないで、オムツが濡れてるもんだと決めてかかってるんだから。
 しかし、理帆には反論する余地はなかった。実際にオムツは濡れているのだし、そのままでは体が冷えてしまうだろう。
 すっかり手慣れた様子で理帆のお尻の下から濡れたオムツをどけた千春は、代わりの新しいオムツを敷きこんだ。
 理帆は思わず千春に向かって抗議をしてしまった。
「ねえ、千春さん。私は目を醒ましたから、もうオムツは要らないわ。今敷きこんだの、取ってもらえないかしら」
 その理帆の言葉に、千春はニコッと笑って応えた。
「いいえ、ダメですわ。さっきも言いましたでしょう――安静に、って。その間、トイレへ行くことも控えていただきます。だから、こうしてオムツをあてておかないと」
「そんな……。お願いだから、オムツを外して」
「ダメですよ。我儘言わずにおとなしくしてらっしゃい」
 不意に聞こえてきたのは牧子の声だった。
 突然のことに驚いた理帆が声の聞こえてきた方に目を向けると、ニコッと笑っている牧子の顔が見えた。
「千春さんから聞きました――先生のおっしゃるように、安静にしてなきゃダメですよ。理帆ちゃんの容体が悪くなったりしたら、あなたのママやパパに会わせる顔がなくなっちゃうわ。ここは私のためだと思って、おとなしくしててちょうだい」
 理帆は反論しようとしたが、言葉を途中で飲みこむと、弱々しく頷いた。確かに、自分の容体が悪くなったりすれば、牧子にまで迷惑をかけることになるのだ。
 理帆が静かになったことを確認すると、千春が作業を再開した。
 それまでドアの前にいた牧子が千春に近寄ると、その作業を興味深げにのぞきこんで言った。
「あらまあ、千春さんたら、随分と手際が良くなったわね。これなら安心して任せておけるわ」
「ありがとうございます。でも、最初の頃はずいぶん考えこみましたわ。こんなに大きな赤ちゃんにオムツをあてたことなんて、これまでにありませんでしたもの」
「そりゃそうね。でも、こうして見ると、理帆ちゃんもオムツがお似合いだこと。ほんと、可愛いいわ」
 牧子がからかうように言うと、理帆は体中がカーッと熱くなったように思った。
「それで奥様、ちょっと御相談したいことがあるんですけど」
 理帆にオムツをあて終えると、千春は少し声をひそめた。
「何かしら? いいわよ、ここで言ってごらんなさい」
 牧子は鷹揚に頷いた。
「実は、お嬢様のパジャマのことなんですけど……」
 千春の話というのが自分に関係あるらしいと気づいた理帆は、聞き耳を立てた。それを意識するように、ちらと理帆の顔に視線を遣ってから千春は言葉を続けようとした。
 しかし、何かを思い出したように手を打つと、カプセルに入った薬をポケットから取りだした。
「お嬢様、熱冷ましです。先生がいらっしゃるまで苦しいといけませんから、これをお飲みください」
 不意に自分に向かって言葉をかけられた理帆はビクッと体を震わせると、自分がうろたえてしまっていることをゴマかすように、差し出された薬を一飲みにしてしまった。
 それを確認した後、千春は改めて言葉を続けた。
「今着てらっしゃるようなパジャマだと、オムツを取替える度にズボンを引き下げなければいけません。そうしますと、お嬢様が夜中に目を醒まされる恐れもありますし――正直に言いいますと、二度三度となった場合、私の方の負担も少なくないんです」
「……そうね。考えてみれば、千春さんの言う通りだわ。それで?」
「はい。かと言って、ネグリジェのような形のパジャマですと、捲れ上がってしまってお腹が冷える心配があります。特にこのようにお風邪を召されている時にはお薦めできません」
 牧子は今度は無言で頷いた。
 すると、千春はクルリと牧子に背を向け、壁際のタンスに向かって歩き始めた。なんとなくあっけにとられたような表情で牧子が見守る中、千春は上から二段目の引出を開けると、そこから一枚の衣類を取り出して戻ってきた。
「そこで、こんなものを用意してみたんです。お嬢様にお見せする前に奥様に見ていただいて、御意見を聞かせていただきたいんです」
 千春はそう言うと、手にした衣類を広げるようにして両手で持ち上げた。
 千春の体の前で広げられたその衣類は柔らかそうなピンクのコットン地でできていて、白や淡いピンクの水玉がプリントされている。肩口から優しい曲線で構成されている五分袖の袖口には飾りレースのフリルがあしらわれ、短い襟と相まって可愛らしい優美さを見せている。胸からウエスト、ヒップへは殆ど同じサイズになっていて、特にヒップはカボチャのような形になっているから、オムツカバーの上に着ても窮屈にはならないだろう。更に特筆すべきは、その衣類の股間には五つのボタンが並んでいて、その部分が自由に開閉できるようになっている点だ。これなら、オムツを取替えるのに、わざわざズボンを脱がせる必要はない。しかも、お腹が冷える心配もないようだ。
 その衣類は、乳幼児が着るようなコンビドレスに酷似していた。いや、酷似しているというよりも、赤ん坊のコンビドレスをそのまま大きくしたといった方が適切だろう。
 牧子はしばらくの間唖然としていたが、やがてクスクス笑い始めると、笑い声のまま千春に言った。
「いいわ。とっても可愛いいじゃない。私も気に入ったから、理帆に着せてあげてちょうだい」
 そのベビー服を着せられることに理帆は強く抵抗したが、牧子までがおもしろがって千春の手助けをしたため、遂には抵抗を諦めざるをえなくなった。
 オムツだけでも恥ずかしい思いをしている上に、まるで赤ん坊のような服を着せられた理帆は、拗ねたような表情で掛布団にもぐりこんだ。
 そして、布団の中で体を丸めて屈辱に耐えている間に理帆の瞼が徐々に重くなり、いつしか閉じてしまっていた。

 それから二時間ほどが過ぎて、近くで開業医をしている村田が若い看護婦を伴って理帆の部屋に入ってきた。
 千春に案内された村田は、ベッドサイドの椅子に腰をおろして心配そうに理帆の寝顔を見つめている牧子に挨拶をすると、早速診察にかかった。
「君、掛布団をどけてくれるかな」
 村田が指示すると、看護婦が理帆の体にかかっている布団を持ち上げようとした。それを千春が手伝ってやる。
 布団をベッド脇の床に置いて理帆の体に目を向けた看護婦の顔色が変わった。それも考えてみれば仕方のないことかもしれない。若い女性がパジャマではなく、赤ん坊が着るようなコンビドレス(ご丁寧に、股間にはちゃんとボタンが並んでいる)に身を包まれているのだから。
 それでもじきに職業意識を取り戻した看護婦は往診カバンから体温計を取り出すと、理帆の脇の下に挾もうとした。だが、こんこんと眠り続ける理帆の腕には力が入らず、脇に挾みこんだ体温計をすぐに落してしまう。何度か試した後に諦めた看護婦は仕方なく、直腸で検温することにした。
 看護婦は理帆のお尻の近くに立つと、おそるおそるといった手つきでコンビドレスの股間に並んだボタンを外し始めた。
 開いた布を捲り上げた看護婦は、キャッという小さな悲鳴をあげて口を両手で押えた。
 ショーツが現われることを予想していた看護婦の目にとびこんできたのが、白い生地に動物のイラストが散りばめられたオムツカバーだったのだから、彼女が驚くのもムリのないことだった。
 看護婦は助けを求めるように、周囲をキョロキョロと見回した。
 千春は看護婦と目を合わせると、クスッと笑って、彼女が立ちすくんでいる場所に近づいた。それから小さく頷くと、慣れた手つきで理帆のオムツカバーを開いてゆく。
 看護婦の驚きが、再び大きくなった。
 目の前に現われたオムツがぐっしょりと濡れていることに気がついたからだ。もう堪えられない、と看護婦は思った。彼女は手にしていた体温計をベッドの上に投げ出すと、両手で顔を覆って部屋から逃げ出していった。
 千春は、やれやれと肩をすくめると、濡れたオムツを理帆の肌から剥ぎ取り、露になった肛門に体温計を静かに差しこんでいった。
 さすがに村田は落ち着いた様子で聴診器を理帆の胸に当てながら、呟くような声で牧子に詫びていた。
「看護婦の不始末はお詫びします。なにぶん経験が浅いもので、想像外のことにでくわすと自分を見失ってしまうようでして。あとで叱っておきますから、ここは許してやってください」
「いいえ、気になさらないでくださいな。誰だって、理帆のこんな格好を見れば驚きますよ。……ところで、この子の容体はいかがでしょうか?」
 牧子がとりなすように言った。
「そうですね……寝冷えからきた風邪でしょう。大事を取って、二〜三日は安静になさった方がいいでしょうな」
 聴診器をカバンにしまい、理帆の脈を取り終えた村田は顎をさすりながら言った。
「そうですか。ひどくなくってよかったですわ」
「それでは、お大事に」
と村田が立ち上がったところへ、千春が声をかけた。
「あの、先生……安静というと、このままオムツをあてておいた方がよろしいですわね? その方が楽ですわね?」
「それは……。まあ、その方が楽には違いないでしょうが……」
「承知しました。本日はどうもありがとうございました」
 そう応える千春の声は妙に弾んでいた。そして、牧子の顔をのぞきこむようにして言った。
「やはり、お嬢様には昼間もオムツが必要ですわ。ですから、お嬢様が嫌がっても、奥様から厳しくおっしゃってくださいませね」

 村田を送り出し、玄関のドアを閉めた千春の顔には、会心の笑みがあふれていた。
 全て計画通りだわ――千春の表情は、そう語っているようだ。
 千春の計画――それは、理帆を赤ん坊のようにしてしまうことだった。
 何故そんなことを考えたのか――牧子の愛情が理帆にばかり向けられることを防ぐためだった。
 千春がこの屋敷にメイドとして入ったのは、高校を卒業してすぐだった。一人暮らしの牧子は千春を可愛がり、メイドというよりは、我が子のように扱ったものだ。毎月の給料の他に英会話学校の月謝も負担してやり、時にはレストランや映画にも誘ったりしていた。
 そんな生活を何年も続けている間に、千春の心の一部に、自分はこの屋敷の娘だという錯覚が芽生えてしまった。そんなところへ、牧子が理帆を下宿させる、と言い出したのだ。そうなれば自分に注がれていた牧子の愛情は理帆に向けられる、と思った千春は危機感を抱いた。
 だから、『理帆にはオネショの癖があるから大変だけど、よろしくお願いします』という母親からのメッセージを聞いた千春は、これだ、と目を輝かせた。オネショの癖を利用して、さんざん理帆に恥をかかせてやろうと考えたのだ。恥をかかせた上で理帆を赤ん坊のようにしたたてしまえば、彼女は自分のライバルではなく、素直に言うことをきく妹のような存在になってしまう。
 そのために千春はいろいろなルートに手を回し、強力な睡眠薬と利尿剤を手に入れた。『母親から送られてきた』と言って飲ませたのも、熱冷ましだと偽って飲ませたのも、そういった薬だった。そのおかげで、理帆は一晩に何度もオネショをしてしまう羽目になったのだ。
 あらかじめ用意しておいたベビー服を牧子が気に入ったのも、千春にとっては幸いだった。牧子の了解を取り付けたことで、理帆に文句を言わせずにベビー服を着させることができるようになったのだから。
 もっとも、牧子がベビー服を気に入ったのは決して偶然ではない。子供を生むことなく今まで生活してきた牧子にしてみれば、血のつながった姪が自分と一緒に生活するようになった以上は、彼女を無性に可愛がってみたくなるものだ。その行為の中で、理帆にベビー服を着せてみようかと思いついても、それは不自然なことではない。
 更に、理帆の風邪さえ、千春が仕組んだことだった。夜中に理帆のオムツを取替えるために部屋に入った千春は、理帆がぐっすり眠っていることを確認した上でクーラーのスイッチを入れていたのだ。そして、明け方にスイッチを切る。まだ春も始まったばかりのこの季節にそんなことを数日間も続けていれば、理帆が風邪をひくのは当然だった。
 そう。
 全ては、千春の計画通りだった。


 その日から、理帆は完全に自由を奪われてしまった。
 『安静に』という名目のもとに、自分では何もできなくなってしまったのだ。
 それは屈辱の連続だった。
 トイレへ行くことさえ禁じられた理帆は、オムツへの排泄を強要された。理帆は二人に、トイレに行かせてくれるように何度も懇願した。だが、それはムダなことだった。二人とも決して首を縦に振ろうとはしないのだ。
 眠っている時のオネショと違い、意識がある時にオムツの中にオモラシすることは簡単なことではなかった。寝たままの姿勢でオシッコを出すことがこんなに難しいものだということに、理帆は初めて気がついた。膀胱が膨れ、痛みさえ感じながらも、体が頑として言うことをきかないのだ。
 それでもいつかは膀胱が満杯になり、オシッコが溢れ始める。
 股間から流れ出したオシッコがオムツに沿って広がり、次第にお尻から下腹部全体を濡らしてゆく様子に、理帆は奇妙な陶酔感を覚えた。この歳になってオムツをあてられ、しかもそれを汚しているのだという屈辱感と羞恥が心一杯に広がると同時に、これで苦痛から逃れられるという満足感と開放感。それらが混ざり合い、オムツへの排泄は強い衝撃となって理帆の心の奥に刷りこまれていった。
 食事にしても、理帆にとっては楽しみではなくなっていた。
 『体に負担をかけないために』用意されるのは、歯ごたえのない柔らかな物ばかりだった。野菜をすりつぶした物やどろどろのペーストになった魚、冷めたスープといったものを、千春がスプーンにすくって理帆の口元に運ぶのだ。
 しかも、こぼすといけないからという理由で、理帆の胸には大きなヨダレかけさえ巻き付けられた。純白の吸水生の良さそうな生地でできたヨダレかけはフリルで縁取りされ、リスのアップリケの付いた可愛いいものだった。それがまた理帆の羞恥心を激しく刺激した。
 飲物にしても、ちゃんとコップを渡されるわけではない。ジュースもミルクも、哺乳瓶で飲まされるのだ。せめて吸い飲みにして欲しいという理帆の願いも、「使い慣れないガラスの細い管よりも、この方が飲み易いんです」という千春の言葉に微塵に打ち砕かれてしまった。哺乳瓶の中の白いミルクにぶくぶくと泡がたつのを見ていると、自分がこれまで生きてきた人生の時計が急に反対回りを始めたように思えて、胸の奥が痛くなるのだった。




 そのまま二日間が過ぎ、寝こんでから三日目の朝がやってきた。
 体が軽く感じられた理帆はパッチリと目を醒ましたが、昨日までとは違い、頭の中がとても爽やかだった。
 どうやら、風邪は完治したようだ。
 理帆は上半身を起こすと、両腕を高く伸ばして、大きく深呼吸をしてみた。喉も胸も痛みを感じることなく、久々に新鮮な空気を吸ったような気がした。
 ドアが開き、千春が入ってきた。
 千春は、元気そうな理帆の姿を見ると驚いたようにベッドに駈け寄り、早口で話しかけた。
「お嬢様、もうよろしいんですか?」
「ええ」
 理帆はニコッと微笑むと、明るい声で応えた。
「いろいろとすみませんでした。おかげさまで、気分は最高です」
「……そうですか。それはよろしゅうございました。じゃ、オムツの交換だけ」
 千春はそう言うと、理帆が着ているロンパース(千春が用意していたのはコンビドレスだけではなかった。カバーオールやロンパースまで用意していたのだ。千春がそれらを理帆に着せる度に、牧子も、可愛いい可愛いいと言って喜んだものだ)の股ホックを外し始めた。
 オムツカバーの前当てを開いた千春は意外そうな目をすると、理帆のお尻を包んでいるオムツをじっと見つめた。
 上半身を起こしていた理帆の目に、驚いたような千春の表情が映った。理帆は、嬉しそうな声で言った。
「オムツ、大丈夫でしょう? 濡れた感触も伝わってこないし、風邪と一緒にオネショも治っちゃったみたいよ」
 確かに理帆の言う通りだった。
 村田医師が処方した風邪薬のためなのか、意識がある間もオムツを濡らすという異常な生活が続いたために精神が刺激されたのか、或いは全く別のものなのか、その理由はわからない。だが、理帆のオネショが治ってしまったということだけは事実のようだった。
 千春はガックリと肩を落した――オネショが治ってしまえば、私の計画は水の泡だわ。
 しかしその時、千春の耳に、小川のせせらぎのような音が聞こえてきた。
 ハッと思った千春が顔を上げてみると、目の前で、理帆のオムツにゆっくりとオシッコが広がっているところだった。
 理帆は思わずその様子をまじまじと見つめた後、ふと理帆の顔に視線を移した。
 理帆は照れたような笑いを浮かべながら、千春に言った。
「オネショが治っちゃえば、千春さんに甘えられなくなっちゃうわ。でも理帆、そんなのイヤ。これからもずっと千春さんに甘えていたいの」
 千春の顔には唖然とした表情が浮かんだが、それは一瞬のことだった。千春は静かに立ち上がると、理帆の赤い頬に唇を寄せた。
 チュッという音が聞こえると同時に、理帆の表情が変化した。
 それは、それまでの照れたような笑いではなく、生まれたばかりの赤ちゃんが見せるような、あどけない笑顔だった。


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