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ヨーロッパの言葉


 大都会を歩いていると,突然外国人に何か尋ねられることがある。相手が日本語で話し掛けてくれば,そのまま日本語で返事をするが,英語で話し掛けられることも少なくない。国連の公用語の分類によると,日本は英語国になっているのであるから,日本国では日本語を話しなさいと文句を言ってばかりもいられまい。幸い,突然英語で話し掛けられても,大抵は相手の聞きたいことを教えることが出来るので,特に困ったことはないが,良く考えたら,街を歩いていて突然訊かれるようなことだから,そんな難しいことである筈はない。
 さて,ヨーロッパにいると,かなり事情が異なる。フランスの地方都市の繁華街を歩いていたら,如何にも田舎から出て来たようなフランス人に道を尋ねられることがよくあるが,当然お互いフランス語以外で話すことなど考えられない。もっとも,フランスでは英語が通じないというのは昔の話で,最近パリなどでは,こちらがフランス語で話しているのに相手が英語で話していて,そのまま用が済んでしまうことも珍しくない。まあ,京都のホテルのフロントで,こちらが京都弁で話しているのに,相手が標準語で話しているようなものである。しかし,他の国ではなかなか英語が通じないところも少なくない。
 パリ駐在員というヤクザな商売をしていて,スペインのかなり大きな会社に用があって電話した時のことである。そこは海外との取引が多い会社なのであるが,最初は当然スペイン語で出てくる。
   Do you speak English?
   No.
   Habla usted francese?
 あれ,何かイタリア語とごっちゃになってるなあ,と思いながら,全くもっていい加減なスペイン語で話すと,
   Oui, je parle francais.
   Ah! Tres bien! Je m'apelle Bakeneko, societe Bakeneko. Je voudrai parler a Monsieur X, s'il vous plait.
   Ne quittez pas.
 めでたしめでたし,である。
 今度はイタリアに用があって電話した時のこと。
   Pronto. Mi chiamo Bakeneko. Posso parlare con il Signor Y?
   Mi dispiace, e sortito. Ma tornera fra un ora. Le chiamera subito.
   Bene, grazie.
 そして,1時間後のこと。私が席を外していて別の人間が電話に出ると,さっき電話に出たイタリア人からであった。どうやら彼は,Y氏の帰還が遅れていると電話して来たらしいのであるが,彼は英語もフランス語も出来ないし,こちらで電話に出た人間はイタリア語がさっぱり分からないしで,随分と面白いことになっていたらしいのである。
 一方,ドイツ人は色々な言葉を喋る人が多いが,一応最初はドイツ語で掛けることにしている。
   Hallo! Hier spricht Dr. Bakeneko. Kann ich bitte mit Herrn Dr. Z sprechen?
 ドイツと言えば,この話を思い出す。セールスマンが20人くらい,研修旅行でヨーロッパに来ることになった時のこと,私はフランクフルトの空港で彼らの到着を待っていた。ドイツ人は水代わりにビールを飲むということは聞いていたが,空港の検査官が仕事をしながら,まるでペットボトルのミネラルウォーターを飲むように,缶ビールを飲んでいるのには少々驚いた。当然私も構内の店に入って,
   Ein Pils, bitte.
 やがて日本からの飛行機が到着し,彼らがぞろぞろと出て来た。予め旅行会社が手配してあったバスでホテルに着くと,寝る前にホテルのレストランで軽く飲み食いしようということになった。そのレストランは,実はドイツでも流行のイタリアンで,私はそこのボーイさんが,彼の訛りからイタリア人であることを直感していた。さて,一行の中に旧知の女の子がいて,彼女が独文科出身だということを思い出した私は,彼女の横に座って当たり障りのない話をしながら,例のボーイさんが来るのを待った。
 ボーイさんが来て,注文を取った後,イタリア人なので当然彼女に興味を示して視線を向ける。私は間髪入れず,わざと早口で,
   Sie spricht sehr gut Deutsch, denn sie in Uni Germanistik studirt hat.
   Sie...?
   Ja, in Uni, Germanistik.
 彼女は慌てて,ein bisschenと言っていたが,相当に焦ったようである。相手がイタリア人だと分かっていたから悪戯したのであって,ドイツ人だったら,こんな意地悪はしなかった。だって,こちらがドイツ語を話せると思われたら困るから。しかし,いくら練習してもドイツ語会話というのは上達しないのは何故だろう? (=^^=;;
 20名以上に及ぶ一行はいくつかのテーブルに分かれていたが,最後に勘定を全部まとめてくれと,日本から来た幹事がボーイさんに声を掛けた。
   All together, please.
 すると,ボーイさんは,
   All together. Alles zusammen. Tutto insieme.
 と呟いていた。私は彼に聞こえないように言った。
   Si, tutto insieme, per favore.


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