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発音の話


 よく、外国語の読み書きは出来るが、会話は苦手と言う人がいる。概して生真面目か融通の利かない人に多いのであるが、要するに意思疎通するために必要なこととどうでもいいことの切り分けが出来ていないのである。主語と述語、肯定か否定かが一応分かるように単語を並べるだけで、大抵の言語で一応の意思疎通が出来るであろう。
 さて、ある程度会話が出来るようになったかならないかくらいで、多くの日本人が突き当たるのが、発音の問題である。アメリカ人を相手に、ゆっくりと「ディス・イズ・ア・ペン。」とカタカナ通りに読んでも通じるはずである。しかし、アメリカ人みたいな綺麗な発音(?)で喋りたいと思うあたりからおかしくなってくる。挙句の果てに、喋りながら舌があちこち動き回って、アメリカの下層階級のお行儀の悪い人間のような発音になってしまって非常に聞き苦しいのに、当の本人は上手に喋っているつもりだったりして可哀想になるのである。
 しかしながら、発音はネイティヴの人に近いほうがいいに決まっている。では、発音を練習するときに、どのような点に注意すればよいのであろうか。以下に4つに分けて解説する。

1.文字と発音の正確な対応
 当たり前のことであるが、その文字で表される言葉が、発音記号で書くとどうなるのかを分かっていなければ話にならない。英語のように綴り字と発音が一定していない特殊な言語では特に問題になるし、中国語では1つの漢字に意味によって複数の発音がある場合などもあるので注意しなければならない。また、フランス語でも稀に特殊な発音や2種類の可能性が考えられる綴り字があるし、ドイツ語の長い単語では、切り方を間違えると頓珍漢な発音になってしまう恐れもある。
 何れにせよ、新しい単語を覚えたら、文字や意味だけでなく、発音も同時に正しく覚える習慣を付けることが必要である。

2.イントネーション
 日本語とは実に不思議な言葉である。何が不思議かと言うと、方言によって見事にイントネーションが異なるのである。関西と関東でアクセントが完全に反対になる言葉が少なくないし、地方へ行くと意外なイントネーションに出会って驚くことが少なくない。日本語は、もしかしたら神代の昔には文字だけが存在し、その後歌に歌うようになって、飛鳥時代辺りから各地で通常の会話にも用いられるようになったのかも知れない。(爆)
 さて、そのような日本語を話す我々は、ついイントネーションに関していい加減になりがちである。これは中国語を話すときには致命的になるが、ヨーロッパ語でもかなり問題である。
 ヨーロッパ語の会話では、寧ろ後に述べる個々の発音の正確さよりも、イントネーションのほうが余程大事である場合が少なくない。明治の横浜の車夫が、英米人が What's the matter ? と発音するのと全く同じイントネーションで、「ほすめら」と言っていて、それで常に完全に通じていたという話がある。これでいいのである。
 みなさんは歌を覚えるとき、リズムとメロディーを覚えるはずである。ところが、歌詞だけ正しく覚えておいて、勝手に自分の好きな歌のメロディーで歌ったらどうなるか? 日本語式のイントネーションで英語を喋るというのはそういうことなのですぞ。

3.個々の発音の正確さ
 英語を習い始めるとき、lとrの発音の違いを練習したり、thの発音を練習して舌を噛んだりという経験のある方もいらっしゃるであろう。日本語にはない音や日本人には同じように聞こえる音を、しっかりと区別できるように練習するのは当然必要なことである。中国語でも有気音と無気音の区別、あるいはchの音とqの音の区別は明確にしなければならない。大体、この辺で嫌になって投げ出してしまう人が多いようである。
 しかし、本当にその言葉らしく発音するためには、一見同じ音の発音が言語によって微妙に異なることを意識しなければならない。例えば英語のtの音は、日本語のタ行とは明らかに異なる音である。どちらの言語にも類似した音がないので、そのままでも一応は通じるのであるが、相手が違和感を覚えることは避けられない。ところで、日本語と英語のこのような発音の違いをマスターした人が、今度はフランス語を習うとおかしなことになる。フランス語のtは、寧ろ日本語のタ行にそっくりの発音なのである。フランス語のtiは「ティ」よりも寧ろ「チ」に聞こえるくらいである。
 どうせならsも綺麗に発音したいものである。フランス語のsが極めて特殊な発音であることは良く知られている。ところがイタリア語になると、みんないい加減に発音してしまう。イタリア語のsは、イタリア人が丁寧に発音すると、「ス」と「シュ」の中間の音に聞こえる。昔の日本語のサ行も恐らく類似した音であったのであろう。
 ドイツ語のjaはドイツ人が丁寧に発音すると「ヤ」と「ジャ」の中間の音に聞こえる。こういう発音は中欧によくあるもので、「マジャール」語の「ジャ」の音はもう少し舌の位置が下がり、「ジャ」と「ギャ」の中間に少し「ヤ」が入ったような音になっている。チェコ語にも似た音がある。ドボルザークをドボルジャークと書く人もいるが、この「ザ」とも「ジャ」とも付かない音がそれである。
 さて、このような違いを完璧に区別できれば、実に綺麗な発音になる。しかし、ここで注意しなければならないことは、発音だけをあまり練習しすぎないことである。というのは、相手が、こいつは完璧に喋れると思って早口で難しいことを話し掛けて来られると困るからである。(笑)

4.発声法
 外国語を話すとき、一つ一つの発音もイントネーションも完璧であるのに、何故かそれらしく聞こえない人がいる。このような場合、発声法に問題があることが少なくない。例えば、中国の人が中国語を話している声を思い浮かべてみよう。日本人の話し方に比べて甲高い声で話しているような印象がある。実際、中国人の標準的な発声法は、日本人に比べて甲高い声を出すものなのである。したがって、中国の人が早口で日本語を話すと軽薄に聞こえるし、逆に日本人が中国語を話しても上手に聞こえないものなのである。
 日本語の中でも地方によって発声法が異なる。例えば、関西の芸人の話し方を思い浮かべると、比較的甲高い声を出している印象がある。これは所謂こてこての大阪弁がそのような発声法を用いるからであるが、京都や神戸では全く異なっている。また、大阪市内で生まれ育った女性の発声法は少し鼻に掛かった感じがあるが、これを上手く真似ないと、関東の人がいくら大阪弁のイントネーションを真似ても、全然それらしく聞こえないのである。ちなみに神戸から東播にかけての女性の発声法も少しこれに似ているようである。
 さて、日本人が英語などの外国語を話すと何となくみすぼらしく感じられるのも、発声法の違いによるところが大きい。西洋人の発声法は、一言で言えばベルカント唱法である。腹式呼吸で体全体に響かせる、演劇のような発声法になっているのである。英語を朗読するとき、日本語で普通に話すような発声ではなく、舞台俳優になったつもりで腹の底に力を入れて、ちょっと気取って読んでみよう。実に英語らしく聞こえるはずである。この発声法は喉を傷めないし、慣れれば楽に大きな声を出せるので便利である。
 数年前、口先だけで商売していた頃の話である。ちょっと風邪を引いてしまい、喉が痛かったのだが、午後から講演がある。午前中に美人事務長と話があったのだが、喉を傷めないように西洋風の発声で話しかけた。
 「化け猫さん、どうしたんですか。気持ち悪い。」
 「いや、喉が痛いので、この発声だと楽なんです。」
 「なんだか、ムーミンパパみたい。」



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