恋歌(10代)



題知らず

はかなくてあひ見し人の袖の香をめでて乱るゝ我ならなくに

夢ならば覚めざらましと思ひしをむげにもさめしあかつきのゆめ

いくたびも恋しき人を夢に見る夜の衣も返へさざりしを

ただ一夜恋しき人を見ざりしかば泣く泣く夜の衣を返へす

恋ひしさに夜の衣は返へしゝも枕はいかに定むべきにや

なげきつゝ夜の衣を返へしゝを夢の夢だに人はつれなし

むばたまの夢の夢だにたのめねば頼みにするは夢の夢の夢

なげきつゝひとり寝ぬるは十日だに百年経ぬる心地こそすれ

昨日こそ待ち侘びてしか桜花咲きぬと見ればはや散りにけり

雨ふりて少し流るゝ水無川したにかよへる流れをや知る

いとせめて燃ゆるおもひに夏虫の身をいたづらになさむとすなり

夏の夜の蛍な照りそ消え返へり物思ふ我をあはれと思はば

七夕の久しきほどに待ち過ぐしひとたびあはばよにわかるまじ

ひととせをえ待たざればいぬかひの涙は今宵雨と降るらむ

秋風もそよがぬものをなにゆゑに限りも知らず乱るゝ心

秋の夜はながしといへど鳴く虫の音をひとり聞きはやふけにけり

くれなゐに木の葉を染むる秋雨は袖より溢るゝ我が涙なり

物を思ひ衣片敷く枕辺にななきそ秋の夜のきりぎりす

枕辺に虫よななきそひとり寝の夜には我こそなかまほしけれ

こころには思はむ人のあればこそひとり寝る夜はわびしかりけれ

秋の夜にうちながめにし月かげを思ひやりつつ寝るぞ悲しき

いとせめて虫鳴く秋の夕暮れに人も物をぞ思ふべらなる

冬近し風さへ寒くなりぬるを桜の花の見ゆるものかは

物を思ひ冬の夜空をながむれば月は秋とは限らぬものなり

玉の緒の絶ゆることさへあるとても思ふ心のたゆることなし

ひとがものと知れどもさはれ美しき花をとどめむしばしわが手に

こひに病みつれなき人をえ見ずして思ひも告げずつひにゆく道

ながらへてなほしのびたるわが恋は色に出づれど人はつれなし

世の中は風をまつほの浦なれやあはやなみたてりなき名にあらねば

月かげに我が身をかへむと思ひしを更科山の月となりけり

あしひきの山郭公心あらば黄泉の宿へ我を連れ行け

天雲の別るゝ定めと知りしかば乱れて物を思はざりしを

天雲の遥か彼方へ別るとも風吹くたびに帰らむと思ふ





題知らず

かきけづりあやなす君が黒髪に乱れてものを思ひそめしか

返し

黒髪の乱るゝ思ひをかきけづり夜を綴りて君を待つかな

返し

我待つと言ひし人こそ頼まるれまさる思ひにわが身ぞ焼くる




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