俺がしゃぶるっつってんだろ 2 −続・骨の髄までしゃぶってやる−
朝の満員電車内で目的の広告を見つけ、越野は胸中でにんまり笑った。いや、腹の中でと言うべきか。
仙道が雑誌の表紙を飾り、中吊りに登場したことは何度かあったが、自分の男が性的な意味合い満載の写真でもって、朝っぱらから世間にお披露目されるのは初めてだった。
上半身裸の仙道が、目を眇めあらぬ方向を見やっている。
『どこ見てんだ。マヌケな面しやがって』
うっかり素の顔が出そうになり、越野は慌てて手元の新聞に目を落とした。
昼になり、常ならばカフェテリアで丼でもかっ食らうのだが、今日は気が変わってコンビニに向かった。満員御礼のエレベーターを二度やり過ごしたのち、ようやくエントランスへ降り立つ。ジャケットに財布とケータイだけつっこみ、肩で風をきるように飛び出した。
一番近いコンビニには、もうさすがに食べたいものが残っていなかった。チッと舌打ちしながら、去り際に雑誌コーナーを通る。
――あった。
すでに何冊か出ているようだった。
仕方なしに二軒目のコンビニに向かう。
少し考え駅とは反対方向のコンビニに入った。まあまあ美味そうなしょうが焼き弁当を手に取る。先刻と同様、雑誌コーナーを横目に通りすぎる。
こちらの方が少なくなっていた。残り一冊。
コンビニ袋片手にブラブラ自席に戻る。社内のベンディングマシーンで、濃い目の緑茶も持ってきた。
別段、今日の発売日について何か話したということはない。発売日と、仙道の手元に雑誌が届くことだけは聞いていたが。だがその仙道も、昨日まで愛知に行っていたのだから。
ランチタイムの部署はがらんとしていた。斜め後ろの女同期の周りに数人の後輩女性社員が集い、手作り弁当だのコンビニ飯だのを広げていた。
社内メールにぼんやり目を通しながら、しょうが焼きと米を一緒にほおばる。あくびをかみ殺す。知らず左の腰に手を当てていた。昨夜馬鹿力でつかまれたところだ。早くこの仕返しをしてやらなきゃならない。
斜め後ろの一団が妙にはしゃいでいる。そちらに視線をやる者もいたが、我関せずと残りの肉をかっこんだ。あぁ、みそ汁食いてぇ。キャーだのワーだの、騒ぎが更に激しくなる。モニターを見つる眼差しが意識せず険しくなった。
しかし、「ねぇ」とか「ちょっと」とか、いったいなんなんだ。
「越野」
やっぱりみそ汁買いに行こう。
「越野ってば!」
「んあ?」
席を立った瞬間、自分が呼ばれていたことに気づく。振り返れば女同期が少々眉をひそめて立っていた。
「何度も呼んでんのに、なにやってんの」
「わりぃ。で、なに」
呼ばれて彼女の席へ向かう。みそ汁は諦めた。
「越野、バスケやってたよね? 趣味はバスケだよね?」
着けば視線の集中砲火を浴びる。居心地の悪さにイライラとネクタイの首元を緩めた。
「……は? なんで知ってんの?」
「今月の社内報」
怪訝な顔で聞き返せば、机上の社内報をビシ、とつきたてた。そうだ。今月のスポット部署だったせいで、越野も顔写真付で載っていたのだ。確かに趣味も書いた気がする。バスケサークルでした、とも。
「……まぁ」
仙道相手には絶対しないような曖昧な返事をする。答えるやいなや、彼女たちがいっせいにどよめいた。
「仙道選手、知ってる?」
ビシリ。またしても小気味いい音をたてて突き出されたのは、例の雑誌だった。途中から勘付いてはいたが。
仙道のセミヌード写真。示されたページは、ジーパンだけはき、美しい筋肉ののった上半身を惜しげもなく晒した仙道だった。顔は横に向け、整った鼻梁がはえる。ヘアスタイルはいつものままだった。
無言で受け取る。自らページをめくるより先に、彼女の手がのびてきて特集のカバーページを開いた。
「あーうん、知ってる」
「ギャー!」
「ちょーかっこいいですよね!」
「視線がむちゃくちゃセクシーですよね!」
「越野さん、知り合いじゃありませんか?」
「それはありえないでしょ。でもバスケ選手って、かっこいい人多いんですか?」
「越野とタメだよね? じゃあ会ったことあるよね? 昔からかっこ良かった?」
最後のセリフはくだんの同期だ。なんでこいつはさっきから語尾が一緒なんだ。
「知り合いなわけねーだろ。そうだな、昔から天才天才って騒がれてたよ」
答えながらページをめくっていく。
ボクサーパンツ一枚でベッドに横たわる姿。尻まで写した背中のヌード。
――どれもこれも綺麗に跡形もなく修正されていた。掘りの深い端正な顔は、微笑んでいるんだかセクシーに写そうとしているのか、いまいち判別がつかなかった。こんなんでセクシーなんてぬかすなよ。
半ばまで見たところで雑誌を返す。
「仙道、知ってたのか?」
「知らなかったわよ! 朝電車で見て衝動買いよ!」
あーこんなかっこいい人見逃してたなんてー。
まだ何か言いたそうな女性陣に背を向け、やはり越野はみそ汁を買いに行くことにした。
舌打ちしつつもほくそえみながら。
滞りなく。いつもの忙しさであっという間に定時を過ぎ、いつもの残業もこなしたあとで、更に会議を二時間、さてもう少し残業しようかとノートパソコンを小脇に抱えたところで、
「ちょっと、ちょっと越野」
先ほどの同期に呼び止められた。会議室を出ようとする人波に逆らい、戻る。
「仙道選手ってすごい人なのね! もうもう、この大人の男っぷりがたまらない!」
今ごろ知ったか。興奮気味の彼女につっこんだが、そんなことはおくびにも出さない。
ネットでいろいろ調べてたの、と前おいてから、また雑誌を押し付けてくる。
「お前、今日一日なにしてたんだよ。働け」
「ほら、ここ!」
越野のツッコミをまる無視して指されたページは、ボクサーパンツ一枚どころか、脱いだバスローブで隠しただけの仙道が、ベッドヘッドに背をあずけ、こっちに向かい足を組んでいる写真だった。
「ここ、ここ見て!」
ゴールドのラメに彩られた指先が指したのは、
「ネットで見たんだけどね、足組んだとこの奥、右足の太ももの裏側、よーっく見て。これって、キスマークじゃない!?」
バスローブと太ももの陰になった分かりにくいところに、言われてみればうっすらと、痣のようなものが見える。
「ネットで大騒ぎになってるの! どう思う?」
「どうって……どうだろうな」
「女かな。こんなにかっこよかったら彼女くらいいるよねぇ」
「いるんじゃねぇの?」
即答した。そしてニヤリ、意地の悪い笑みを浮かべ、
「じゃ、俺まだメール片付けなきゃなんないから」
えー飲みに行こうよー。
追ってきた言葉に聞こえないフリをし、越野はプライベートのケータイを取り出した。あの男は今ごろ、テレビに向かってうつらうつらしているに違いない。そういえばあいつの手元にはとっくに雑誌がきてるんじゃないのか? おおかた遠征前後にもらってどこかに放り投げたか、荷物の底か。いずれにせよ、見ていないに決まってる。
メールを送信しながら、自席に戻る足を速める。会議資料は無造作にファイルに突っ込んだ。
足音荒くフロアに踏み込めば、まだ半分くらいの人間が残っていた。
パソコンをデスクに置いたとたん、転寝中だったはずの男からのメールで、胸ポケットが震えた。早くてよろしい。
『今、すげー獰猛な気分なんだけど』
『奇遇だな、俺もだ。付き合うぜ』
返信に一瞬だけ満足げに唇を吊り上げると、越野はファイルを放り投げ、バッグをひったくるようにつかんだ。あの男は自分がつけた痕が写っていることに気づいているのだろうか。そんなはずない。なにせあいつの正体は、呑気でぼんやりしてるくせに、油断すれば骨までしゃぶりつくされてしまうほど獰猛な肉食獣なのだから。
メールには続きがあった。
『早くしゃぶらせろよ』
『俺がしゃぶるっつってんだろ』
片手でメールを打つ。仙道にオスの目をさせることができるのは、俺だけだ。
←Back
|