乙女の陰謀は甘い香り

〜モテ男を巡る争い〜



例のごとく、冬の某月14日。
この日は、ご存知のようにむさくるしき男たちがありもしない幻想を思い描き、
女たちが計算高く動き回る日である。特に、ここバロンでは。

バロンにおけるバレンタインデーとは、
女性が唯一告白やプロポーズができる日だった。
最近では大分薄れたが、昔は女性の側から告白するのは大変はしたないとされ、
いかに男の側をその気にさせるかで大変だった女性も多かったらしい。
だが、この日だけはそんな決まりもお休み。
数々のドラマを生んだこの日は、今では告白やプロポーズのみならず、
恋人が愛を深めたりラブレターの特大版みたいな意味もある。勿論、お愛想な義理も。
ちなみに贈るのはチョコでなくても良いので、チョコが苦手な男性も安心。

―バロン兵学校―
「おいセシル、明日だな。」
カレンダーを前に、深刻な面持ちでつぶやくカイン。
「あ、そうだね……。明日、だね。」
寒気すら覚えながら、セシルはうなずいた。
「何だよお前らいきなりシリアスになってよ。」
不気味なんだよといいながら、2人の悪友3人がやってきた。
ロビン・ジャック・ディベスト。3人一組の問題児だ。
「なんか、深刻な事でもあったんすか?」
3人の中では一番まともなディベストが、
心配そうにセシルに言った。
「いや……明日さ、何の日か覚えてるよね。」
「あたぼーよ。バレンタインだろ?
いいよなお前ら2人は。おれらは人間にもらえないから、
チョコボ舎のチョコボからギサールでももらってくるけど。」
「そーそー。♪ロビンのぉ〜ヤローがぁ〜チョコボにお情けかけてもらえなきゃ、
おっれたっち・毎年ぃ〜バレンタイン難民〜!」
ジャックがほうき片手に妙な歌をワンフレーズ歌った。
と、いうか、ほうきはギターじゃないのだが。
『何がいいもんか!!!』
「な、何だよお前ら!」
「毎年毎年女に追い回される身にもなってみろ!」
目をハートにして追いかけてくる女の子の群れ。
寮の部屋の前に山と積まれた菓子の山。あれを見るたびにこの上なくブルーになる。
『そのセリフ、学校中の野郎どもに聞かせてみろよ。』
ここがモテル男とモテナイ男の深い溝。
必死の訴えは、チョコをもらえない男たちには理解してもらえなかったのだった。


―翌日―
「さーてと、お菓子も出来たし……。
ラッピングしてセシルとカインに渡さなきゃ。
親戚のおじ様達には、今夜の晩餐で渡せばいいからこのままでっと。」
おいしそうに焼きあがった様々なお菓子が、宝石のように調理台に並んでいる。
ガトーショコラにチョコクッキー、白いムースに
そして、他の菓子から少し離れたところにグラスに入ったチョコプリンとボンボン。
チョコプリンはセシルに。ボンボンはカインに送るためのものだ。
「う〜ん、我ながらいい出来v」
口の中でとろけるチョコプリンで、セシルの心もとろけさせられたら。
などと乙女の妄想全開でしばしピンクの世界に浸った。
ちなみに当のチョコプリンは高さ5cmで、ガラスのカップに入っている。
そこまではいいが、その上に散りばめられたゼラチンコーティングの果物は何だろうか。
木苺類やキャメットはともかく、見た事の無い斑点入りのカットフルーツがのっかっている。
あまりにも上にデコレーションしすぎて、重みでプリンが少々へこんでいた。
これもセシルに対する愛の重みか。柔らかいプリンにはさぞかしこたえるだろう。
「うふふふ……めくるめく甘〜いひと時が見えるよう・・vv」
ガラスのカップにふたをして、柔らかな紙で包んでいく。
それと同時に妄想が、もやもやもや……・

“ありがとうローザ。これ、とってもおいしいよ。
これは君の愛のエッセンスの味かな?”
“やだもうセシルったら……。恥ずかしいわ。”

「きゃ〜〜〜っvvもう私ったら、何考えてるのよ♪」
ガンガンガンガン激しく叩かれる調理台が、
哀れにも抵抗するすべがなく暴挙に耐え続けている。
そもそも愛のエッセンスに味があるんだろうか。
「って、こんな事してる場合じゃないわ!」
けっこう赤くなってる利き手に見向きもせず、
ぐっとそれを握り締める。
「待っててセシル!今これをあなたの元に届けるわ〜〜!!!」
ドアを開けっ放しのまま、マッハでローザは飛び出していった。
ラッピングしたカインの分は置いてけぼりである。
と、ローザと入れ替わるように、彼女の母がキッチンに現れた。
「全く、あの子ったら。お客様にお出しする分をほったらかしていっちゃって……。
帰ったらきつく言っておかないと!」
何も知らないローザの母は、ぷりぷり怒りながら皿にふたをかぶせていた。
よく高級な料理にかぶさっているあれだ。
こうして、残されたお菓子はほこりの恐怖から免れたのである。

「っと……まずは、セシルの居場所を突き止めなくちゃ。」
マッハの速度で走行して、ラッピングされたチョコプリンは大丈夫なのだろうか。
さすがにローザもそれは心配だったが、
せっかくラッピングした物を今更はずして見るわけには行かない。
ここはプリンを信じて乗り切るしかないと判断して、
とりあえずセシルが通う士官学校を目指した。
セシルに思いを寄せるどんな女よりも早く、自分の贈り物を届けなければいけないのだから。

―士官学校・中庭の掘っ立て小屋―
早くも女生徒に追い回されていたセシルは、カイン共々中庭の小屋に逃げ込んでいた。
おんぼろな小屋で、中にはろくにガラクタも入っていない代物だが、
おかげで男2人はいるだけの余裕がある。
「はぁ……はぁ……。ふ、普段の訓練の何倍もきついね、これは。」
「ある意味戦場だな、全く。おい、間違っても壁に寄りかかるなよ。」
ぜいぜいと息を切らして、2人は床に座り込んだ。
「何で?」
「崩れるぞ。」
「え?そういうことは早く言ってよ。」
「って、お前!!」
ドッシャーン!!!
まるでカインが言い終わるのを待っていたように、あっけなく壁が崩壊した。
周りには、こちらを通過途中の女生徒達。
『……。』
一瞬の沈黙。
『キャ〜!セシルく〜んvv』
『カイン様〜vv』
悪夢再来。しかも周りを取り囲まれているので、もう逃げられない。
あれよあれよという間に、わらわらと女生徒達が集まってきた。
「うわーーー!!!」
「セシル、生きて帰ってこい。」
「って、裏切ったなカイン!!ジャンプなんて卑怯だ〜〜〜!!」
(すまんセシル……。
たとえ親友でも、俺は我が身が可愛い男なのかも知れない。)
実はここから、カインの裏切りの歴史は始まっていたのかもしれない。
とはいえ、状況的に彼の行動を責められない事もまた事実だった。
これだけの女性に囲まれて平気なほどの余裕もないし、
それよりなにより、小屋を壊して居場所をバラしたのはセシルだ。

「セシルく〜ん、あたしのマドレーヌ受け取って〜vv」
「こいつのマドレーヌより先に、わたしのチョコを〜!」
「いえいえ、わたしのレミントンこそ受け取って〜v」
じりじりと、四方八方から迫り来る女の子の群れ。
ああ、このままボクは圧死するのだろうか。
「セシルーーー!!」
そこに救いの女神、もといローザが現れた。
後光が差しているように見えるのは、切羽詰ったセシルの幻影なのかローザのオーラなのか。
「ロ、ローザ!?」
弓につがえられた矢が、キリキリキリと音を立てている。
勿論セシルへの贈り物は安全な場所へ退避済み。
一方彼を取り囲む女生徒達は、矢を向けられて真っ青になった。
「きゃー!ファレル家のローザよ〜!!」
「狙われたらおしまいじゃないーー!」
「何でこんなところに居るの〜〜?!」
「みんなー、ここは一時撤収よーーー!!」
実は指揮官付きの団体行動だったらしい女生徒ご一行は、
地鳴りと共に去っていった。
黄色い声の軍団が行ってしまうと、嵐が過ぎ去ったかのように静かになる。
「あ、ありがとうローザ……たすかったよ。」
「いいのよセシル、お礼なんていらないわ。
だって、セシルがピンチなら助けるのが私の役目ですものvv」
ほぅっと熱いため息をついて、ローザは瞬間的に妄想の世界にトリップした。
「あ、そうだいけない。私、セシルにプレゼントがあるの。」
そして、次の瞬間には現実に帰って来た。
ごそごそと腰の袋をあさる。
「もしかして、作ってくれてたのかい?」
「当然よ!え〜っと、確かここに……あったわ♪
セシル、受け取ってくれる?」
可愛くラッピングされた箱は、ローザの渾身の力作。
実は中身とラッピングの値段はタメを張っているという噂。
「当たり前じゃないか。だって、君からのプレゼントだよ?」
さり気無く殺し文句を言っている辺り、セシルは天然だった。
「セシル……v」
「開けてもいいかな?」
どことなく照れくさそうに、セシルはローザに尋ねた。
「ええ、もちろん!!」
パカっとふたを開けると、
そこには、あの騒ぎでも崩れる事がなかったチョコプリンだった。
ちゃんとスプーンも入っている。
「じゃ、こんなところでなんだけど……いただきます。」
謎の斑点入りフルーツと、チョコプリンをすくって口に放り込む。
甘酸っぱいような、苦いような。
そしてこの苦味は、新年会で飲まされた「ある物」に似ているような気がした。
が、セシルの思考回路が回ったのはそこまでだ。
「あ、頭がぐるぐるす……。」
バタッ。
「キャーーーー、セシルーーーーー!!!??」
「上から見張ってて、正解だった……。」
学校の屋上からセシルをこっそり見張っていたカインは、
疲れきった様子でつぶやいた。

セシルが食べさせられたものは、植物図鑑にこう書かれていた。

「アルコールボム」
甘酸っぱいが、絞っただけで強烈な酒として飲むことが出来る果物。
一口食べただけで子供や下戸がぶっ倒れてしまうほど強いため、
モンスターのボムに例えてこの名がついた。
酒飲みの間では大人気で、酒場の裏手で育てていることも多い。
この木が生えている森に行くと、たびたび酔っ払った魔物や野生動物が見られる。
調理する際は、そのままでもいいがカクテルにしてもおいしい。
また、肉や魚の臭みけしにも便利である。ただし、この場合は少量が望ましい。
温帯から亜熱帯の地域の森林に分布している。
開花期は秋で、翌年の春に収穫できる。花は赤く小さい。実は黒紫色の地に白い斑点がある。


翌日セシルが二日酔いで学校を休む羽目になったのは、言うまでもない。
―完―  ―ホワイトデー編へ―  ―戻る―

やっちまった系です。しかも植物の名前そのまんまですし。
ギャグのローザはセシルへの愛が空回りして、
得体の知れないものを料理に入れてしまう癖があるという設定です。
彼の手助けになるようなものをと考えた末の結果ですが。セシル合掌。