距離感覚



side:鴇環

私の審神者友達である、火輪の審神者さん。
蘇芳のウェービーヘアをポニーテールにした、背が高いその人は、
凛々しい顔を白い布で隠した打刀・山姥切国広を近侍にしている。
彼女は、鍛刀下手が原因で戦力不足で困っている私に、以前こう言ってくれた。
“短刀ばっかりの部隊でやるなら、あたしの初期刀のこいつが詳しいよ。
色々聞いていいからね。”
ちょっと図々しいかなと思ったけど、私は火輪さんの言葉に甘えることにした。
それだけ、私の本丸は困っていたから。
だから、実際に戦う加州君や青江さんと一緒に、私も国広さんから色々聞いて勉強した。
打刀と脇差が一振りずつしか居ない、短刀ばかりの部隊。
おまけに練度も低い状態で。
そんな部隊で、どうやって昼戦を渡り合うか、彼は親切に教えてくれた。
主の命令だから、というのが理由だろうけれど、とにかく本当に助かった。
国広さんは私にとって、学校の先輩のように頼れる人。
だから、好きか嫌いかといわれたら、間違いなく私は彼を好きだといえる。
それだけお世話になってるんだから、当然そうだった。
火輪さんと一緒に彼が来る日は楽しみにしていたし、待ち遠しいとも思っていた。
けれど、ある日の事。
私は加州君に、こう言われてしまった。

「ねえ、主はあそこの山姥切の気持ちに気付いてる?」

何を言われているのか、とっさに理解できなかった。
「……どういう意味?」
「どういう意味って、そのまんまだよ。
あいつ、主に気があるみたいだよ。青江も、そう見えるって言ってる。」

自分達の言う事が本当か気になるのなら、山姥切に聞いてみればいい。
そう言われてしまうと、確かめないとまずい気がしてくる。
それでも面と向かって聞く勇気は無かったから、
ある日、ちょうど私の本丸の客間で二人きりになった時に、
顔を見ないようにして聞いてみた。
机を挟んで向かい側。
手を伸ばしても微妙に遠い距離が、なけなしの勇気をくれた。
それでも、答えを聞くまでの時間は長かった。
きっと1分もなかったけれど、1時間のように長かった。
何だか少し悔しそうに、彼は言った。
「……そうだ。あんたが好きなんだ。」
恐る恐る振り向くと、彼は顔を真っ赤にしていた。
「……そう、ですか。」
間抜けな返事だなと、自分でも思う。
どんな顔なら失礼じゃないか分からなくて、私はすぐに目をそらしてしまった。
「あんたは、どうなんだ。」
「えっ。」
今度こそ絶句した。
だって、信じていなかったから。こうなるって、思っていなかったから。
けれど、彼が悲しむ顔を見るのは嫌だったから、
私が彼に思う「好き」がどの「好き」か分からなかったけど、
私は少し考えてから、口を開いた。
「『好き』……ですよ。」
我ながら、不誠実な返事だと思う。
自分の気持ちの種類も分かっていないくせに、そんな事を言うなんて。
私はきっと、夢を見たかったんだろう。
いつか覚めると分かっていても、甘い夢を見たかった。
この真面目で優しい人が、恋人になってくれる夢。
これに気付いたのは、この出来事から少し経ってからだったけど。


ともかく、私と彼は『恋人』になった。
まさかこうなると思わなかったから、いくら時間が経っても実感なんてない。
恋人らしい事といっても、実際何をすればいいのかも分からなくて、
私はいつも大した事が出来ずにいる。
お菓子を食べるのは好きだけど、ちゃんと作るのは、バレンタインやハロウィンで友達と集まる時位。
友達と交換する分にはいいけれど、好きな人にあげる自信なんてあるわけなくて。
大体、あんこの甘さと洋菓子の甘さは別物だから。
洋菓子に興味を示してくれる加州君や、短刀のみんなみたいならいいけど、
彼はそうは見えないし。
結局、本丸の皆で食べやすいお土産や、畑で取れたもののおすそ分けになる。
お土産一つとってもこうなんだから、他も考える事だらけで、頭が爆発しそう。
大体、彼が私のどこを好きになったのか分からないから、
余計に気を使わないといけない。
もういっそ、数少ない人並み以上を誇るこの胸に、
全責任を押し付けてもいいなら、そうするけれど。
でもそんな事をしたら、国広さんがただの変態になっちゃうから、それも出来ない。
大体、美人だって三日で飽きるということわざがある。
それなら顔の下半分しか普段は見えない女なんて、
見た目だけだったら一日で飽きるんじゃないだろうか。
だから、見た目以外に何かあるはずなんだけれど、それが分からない。
ああ、せめて彼が私のどこを気に入ってくれたか分かっていたら、
ここまで挙動不審にならなくても良かったかも知れないのに。
少女漫画でも恋愛ゲームでも、
前途多難な恋路が描かれる事があるけれど、まさにそんな気分だった。
恋の甘さを楽しむどころじゃない。
そもそも恋は甘いだけじゃないけれど、限度があると思う。
―こんな事なら、聞かない方が良かったかも……。―
好奇心は猫をも殺す。昔の人の教訓が、しみじみと思い知らされる。
「……どうした?」
「あ、ごめんなさい。
次の登校日の課題に、やり忘れがないかなって考えてて……。」
国広さんに声を掛けられて、はっと我に返る。
忘れていた。今はそう、いわゆるデート中。
デートといっても、万屋のある審神者の町を当てもなく歩き回るような感じだけど。
ああ、どうせ大した事なんて出来るわけがなくたって、
せめてちょっとでもいい時間にする努力だけはしないといけないのに。
頑張ったって報われるわけじゃないけど、
頑張らないともっと酷い事になるのは、20年未満の生涯でも嫌ってほど知っている。
主に、審神者になってからのしばらくで。
「疲れているなら、せめて休養位は……いや、そうも行かない事もあるか。
あんた達は兼業だから、多忙になりがちなんだったな。」
国広さんは、じれったそうにそういった。
火輪さんは、とても忙しいらしい。
運動部に入っていて、普通の高校なら週に2、3日の登校日以外にも練習があるのかもしれない。
練習が厳しい部活だと、宿題も手につかない位くたくたになる事があると、聞いた事がある。
もっとも、現世での職業や立場に触れる質問は、
審神者の規則でも禁じられているタブーだから、詳しく聞いたりはしないけど。
「あー……大丈夫ですよ。
別に、夜ちゃんと眠れてないとか、そういうわけじゃないんで。
私、気になっちゃうとそわそわしちゃって、仕方ないだけですから。」
「そうか。」
どうやら、国広さんはそれで納得してくれたらしい。私は少しほっとした。
誰も彼も綺麗で格好いい刀剣男士。
そんな人に釣り合うはずもない私に、一つ救いがあるとすれば、
いつも暗い顔をしていたとしても、
デートがつまらないとか、そういう風には思われないことだと思う。
というか、私は自分の刀剣の前でも、最近あんまり笑ってないから、
多分彼は、私が昔はもう少しだけ普通に笑ってた事とか、想像もできないに違いない。
本当は絶対に、笑顔が可愛くて、もっと話が上手な楽しい人の方が、
デートしてても素敵だと思うんだけど。
「……寄りたい所がある。付き合ってくれるか?」
「あ、はい。大丈夫です。」
私は主じゃないんだから、そんなに気を使った言い方をしなくてもいいのに。
優しい人だから、ちゃんと聞くのかなと思いながら、私は彼のすぐ後ろをついていく。
横に並んで歩く事はあっても、手は繋がない。
憧れはあるし、今日すれ違った審神者と刀剣のカップルは繋いでいる人も居たけれど、
私にはちょっと、贅沢すぎるから。
今はこれ位でいいと思う。
こんなに暖かい時間は、いつまでも続かないと思うけれど。



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交際中の切国と鴇環の審神者。将来の見通しに関しては、少々温度差がある2人。