逃亡奇譚―十六廻目―



紅葉さん(@rion_vir_yume)の女審神者・真宵ちゃんと、彼女の初期刀兼近侍の山姥切国広が登場する小話。
真宵ちゃんの設定→審神者設定(別窓)

「またか。」
うんざりとした様子で、黒髪赤目の小柄な少女が呟いた。
政府が支給する、赤い袴の巫女服を着た彼女の名は真宵。
彼女は現在、非常に気味の悪い状況にある。
何故か本丸そっくりの空間で、良く知るはずの刀剣達から、逃げ回る羽目になっている。
どうしたことか、日頃彼女を慕うはずの彼らは、みな様子がおかしい。
言動が物騒で、誰も彼もが主に異様な執心を示す。
首が欲しい、血が欲しい。全部欲しい。どこに居る。
猟奇的な言葉に、狂気の笑み。背筋が寒いし、肝も冷える。
―まったく。一体いつになったら、この悪趣味なヤンデレ祭りは終わるんだ?―
肩を落としつつも、彼女は今居る部屋を見渡す。
作り付けの本棚と机。どうやら書斎のようだ。本棚に紛れて、大きな洋箪笥が置いてある。
彼女はその扉を開けると、何のためらいもなく体を滑り込ませた。
慣れきった動作だ。だが、それも当然である。
彼女は先程から、脱出を図っては刀剣に見つかり、振り出しに戻されてという流れを、かれこれ15回も繰り返しているのだ。
恐らくは幻術の類か、夢を操るような術か。何にせよ、誰かが作為的に見せている光景には違いない。
条件を達成すれば脱出できる類であることを祈りながら、
彼女は今回も脱出の道を探ることにした。
(……ん?)
タンスの中にメモが落ちていた。物音を立てないように、慎重に拾い上げる。
少し崩し気味の、恐らくは行書に近い書体の几帳面な筆致。
どこかで見た気がする字だが、誰の字であったかは思い出せない。
何しろ、彼女の従える刀剣の数は多い。
おまけにこの状況下だ。精神的に疲れていると、思い出すのも億劫である。
―次の部屋が、9部屋目?そんな馬鹿な……いや、ありうる。―
不思議と文面に対する違和感が消える。
一気に出口に近い場所に行けると解釈すれば、さしておかしくはない。
気配が周囲にないことを確かめ、タンスから這いだす。
そして、いつの間にか部屋に増えた扉をくぐった。

(汚い……こんなに古びた部屋は、知らないぞ。一体どこなんだ。)
紛い物故なのだろうか。彼女の本丸にはあり得ない、古びたほこりっぽい部屋。
ともかく隠れ場所を探そうと、部屋に置かれた大きな箱の蓋をずらした。
その瞬間、とんでもないものが目に入る。
「ひっ……!な、何だこれは……?!」
中から現れたのは、真宵と全く同じ格好の精緻な人形だった。
一瞬、自分のクローンかと見紛うばかりの出来。
異常な状況に慣れてきても、さすがに声がひきつる。
「継ぎ目もない……。」
恐る恐る触れれば、人肌と同じ感触。ないのは体温だけだ。
それだけに、余計に死体じみて気持ちが悪かった。
とてもこの人形がある部屋で隠れる気にはなれない。
そろりと後ずさる真宵の背中が、何かにぶつかった。
「後は魂を入れれば完成だ。」
「――?!」
聞き慣れた近侍の声。
日頃は彼女にとって一番安心する、しかし今はある意味もっとも聞きたくなかった声。
「くに、ひ……ろ……?」
凍り付く彼女の背中から、抱きすくめるように腕が回される。
「これなら永遠に一緒だ。」
思わず振り向いた真宵の目に映ったのは、歪んだ喜びに染まった翠玉の瞳だった。

そして彼女は、また振り出しに戻った。



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元ネタは診断メーカーの「刀剣男士から逃げられるかなー?」
タイトルが16回目となってるのは、落ちになっている国広君が登場する展開になったのが、通し番号で16回目だったから。
試行回数としては、全角半角切り替えて延々挑戦したので、もっと掛かっているという落ち。