生まれた理由




ほんの、2年前のことだ。シェリルが住む洞窟で、それは起きた。
「師匠〜お願い聞いてくれる??」
「あら、どうかしたの?」
シェリルは、声をかけてきた相手を見る。
そこに居たのは、悪魔の少女、フラインス。人間観算十一歳。
肩までの長さの橙色の髪を持ち、頭には下向きの金色の角が生えている。
背中には黒いこうもりの羽が生えていて、薄い紫のローブを着ている。
「何か、作って欲しいものでもあるの?」
一方のシェリルは、蜜柑色の艶やかな髪を腰まで伸ばし、上級魔族特有の銀の目を持つ。
頭には、三つの宝石がついた、簡素だが特別な力を持つティアラをつけていた。
胸が豊かで、腰もくびれたスタイルのよい体は、黒いスリットドレスがよく似合う。
整った相貌は化粧いらずだが、大人の女性のたしなみとして、紅だけは差している。
「ねぇ、師匠ってもう何百年も生きてるんだよね?」
「んー・・?どうしたのよ、いきなり。」
シェリルは上級魔族。不老不死の彼らの常として、
一定の外見年齢に達するとそれ以上外見は年を取らなくなる。
外見は20歳前後の彼女も、実は数百年もの時を生きてきているのだ。
「あのね、あたいすごく強い友達が欲しいんだ!
最近外の魔物が凶暴で、あたいやメドーじゃ相手出来ないのも出てくるんだよ。
師匠なら、強い奴の一匹や二匹知ってるよね??」
だからどうしても欲しいの〜。と、言って上目遣いにシェリルを見やる。
シェリルは、ふぅ、とため息をついた。
「そうね・・あなたがもう少し腕を上げたら、考えてみてもいいわよ。」
「ほんと?!じゃあ、もっと修行頑張っちゃお〜〜!!」
フラインスの目が、きらきらと輝く。そして、部屋を飛び出していった。

ほの暗い実験室で、シェリルはぼんやりと考え事をしていた。
フラインスに言われて気がついたのだが、ここには、メドーサボールの他に、強い使い魔は居ない。
そのメドーサボール=メドーでさえ、てだれの冒険者に会えば身は危うい。
シェリルの使い魔は、そのほとんどが雑用や偵察、またはお使いをこなしている。
知能こそある程度増してあるものの、戦闘用とは程遠い。
仮にシェリルが一人で外に出向く事はあっても、彼女の力が強大すぎて、皆逃げ出してしまう。
だから、言われるまで必要性を感じていなかったのだ。
「……・」
ちらりと、薬棚と木箱の山を見やる。
その中には、薬やアイテムの材料になるものや、すでに完成したものが入れられている。
ポーションなどの初等的なものから、エリクサーやメテオの珠などの上級アイテムもある。
全て、彼女が『錬金術』で作り出したものだ。
錬金術とは、魔力を用いて様々なアイテムを調合し、別のアイテムを作り出す技術だ。
初等的なものなら、少しの魔力と知識で作り出すことが可能だ。
しかし、極めるとなると人間ではほぼ不可能である。
何故なら、ホムンクルスや賢者の石といったアイテムは、
人間程度の魔力では、材料をつなぎとめる事が出来ないのだ。
また、材料自体が持つ力が強大すぎる。故に、今まで極めたものは皆人間ではない。
そして……シェリルはこの術を極め、あらゆる物を作り出せる存在の一人。
「……あれさえ手に入れば、創ってあげられそうね。」
彼女にとって、生命を創る事はたやすい事だ。
事実、ばあやのキマラ以外の魔物は、全て作られた命。
これらは総じて、「擬似生命」と呼ばれる。
彼女の使い魔のようなものは、「魔道生物」。
作り出したい生き物と同種、もしくは近いものの遺伝子を含む物を使って作り出す。
要は、有機物=生き物から作られるものだ。最も、動かすためには偽の魂を使わねばならないが。
これに対して、ゴーレムなどは同じ擬似生命でも、「ホムンクルス」と呼ばれる。
前者との違いは、無機物を組み合わせて作られる点にある。
故に、偽の魂はあっても心はない場合がほとんどだ。そして、今回彼女はこのホムンクルスを作ろうと考えている。
「今のうちに、レシピ考えておかないとね・・あのままじゃ、ちょっと使い物にはならないし。」
そういって、本棚に挟まっている研究ノートから、一綴りのレシピを取り出す。
古ぼけた羊皮紙にはある名前が刻まれている・・。


―ある日―
フラインスは、四方八方が闇に閉ざされた空間に迷い込んでいた。
「何だろここ〜?変なの〜・・」
行く手も見えぬ闇の中でも、彼女は怯える事も戸惑う事も無い。
闇に属するもの達は、本能的に闇に親近感を抱く。そのため、むしろ落ち着くのだ。
と、その闇の中にキラキラと光る石のようなものを見つけた。
「何だろこれ??良さそうなオーラがじゃんじゃん出てるみたい。」
フラインスは、一つ拾い上げて眺めてみる。
四面体のような結晶は、黒く、澱んだものを含んだ輝きを放つ。
無論、人間などの闇に属さない生き物ならば、負のものと認識するものだ。
悪魔や魔族には、「良い物」としか認識されないが。
「……・師匠にあげたら、喜んでくれるかも。」
そうすれば、約束した強い魔物を創ってくれると思い、そこらじゅうの結晶を袋に詰めた。
それでも、結晶はどんどん湧き出るように発生してくる。
「何だろーこれ?ま、いいか」
気が済むまで集めてしまったので、もうどうでもよくなったようだ。
そして、彼女はシェリルから渡されていたデジョンズの球を使って洞窟に帰った。


「ねーねー師匠〜!」
パタパタと大急ぎで実験室に駆け込む。
そして、息を切らしながら、シェリルに先程見つけた結晶を入れた袋の中を見せる。
それを見ると、彼女はくすりと僅かな笑い声を漏らす。
「これさ、よくわかんない真っ暗なところにあったんだよね。
ねぇ師匠、これ何だか分かる?」
「ええ勿論。そうそう・・これで、この前の約束果たしてあげられるわ。」
「え、本当?!嘘じゃないよね??」
フラインスの表情が、ぱっと輝いた。
「本当よ。さ、今から創るから、悪いけど外に行ってくれる?」
「はーい!」
スキップでも始めそうなほど軽い足取りで、部屋を出て行った。
フラインスが出て行ったのを見届けると、シェリルは早速ホムンクルスの材料を取り出した。

生命力を殺傷力の源とする武器・アルテマウェポン。
錬金術のある事柄の象徴・ウロボロスの蛇。
数多の殺されし魔物達の負の産物・魔物の恨み
邪悪なものらに力を与える・呪いの指輪
心無きものに心を与える・生物の息吹
無機物に知識を得る力をもたらす・賢者の誓い
無で生まれた負の感情の結晶・混沌の結晶

混沌の結晶以外は、すでに彼女が入手、もしくは作り出していたものだ。
本来ならばこれも自分で行けば済むのだが、彼女はあえて弟子に取らせた。
それには、大した意図は無いのだが・・。
「さてと・・始めようかしら。」
まず、ウロボロスの蛇と呪いの指輪を大釜に入れる。
大釜は、すでに大量の魔力が具現化した流体で満たされている。
少し間をおいてから、次に封を取った魔物のを少しだけ入れる。
大釜の中が、一瞬光った。少し落ち着きかけたところで、また入れる。その繰り返しだ。
それから、魔力だけを手のひらから大釜の中に注ぎこんだ。
数回、瞬くような感覚で大釜の中がぼんやりと光りをはなった。
その反応に満足したように微笑むと、さらに調合を進める。
光が消え入ってからしばらく待ち、混ざり切る直前にアルテマウェポンを入れる。
先程とは明らかに違う、鋭い稲妻のような黒い閃光が、音を立ててほとばしっていく。
その真っ只中で、今度は生物の息吹と賢者の誓いを加える。
性質の違う物同士が、大釜の中でせめぎ合い、激しいエネルギーが断続的に放たれている。
ここが潮時だといわんげに、最後に混沌の結晶を二つ、
そして自身の魔力を最後に注ぎ込む。
膨大な魔力が、激流のように一気に、そして断続的に流れ込んでいく。
やがて、大釜の中身がどす黒い色のマーブル模様をなし、球状にまとまった。
それはしばらくの間収縮や変形を繰り返していたが、やがて落ち着いた。
その頃を見計らって球体を大釜から取り出し、実験室の奥の扉に向かう。

―命水の間―
消えないたいまつの赤い火が照らす室内。
洞窟の堅固な土壁で囲まれた、他の部屋とそう変わらない造りの室内。
しかし、違うのは奇妙な水球がいくつも宙に浮かんでいる事だ。
「ここに入れたら、後は様子を見ながら待つだけ・・」
ひときわ大きい水球の前に立ち、シェリルはゆっくりと球体をそこに入れる。
入れる瞬間、表面に波紋が起きた。水は冷たくなく、生き物と同じくらい温かい。
これは、ホムンクルスや魔道生物の元を育てるためのものだ。
これなくして、生命を作り出すことは出来ない。
本によれば、これは母親の胎内の役割をするものだという。
かつては他の生物の体内に魔法で転移させ、育てていたが、それよりこれは効率がいい。
(……擬似魂が宿ったようね。初期段階はクリア・・と。)
黒い球体は、生き物のように脈打ちだした。
ここから、このホムンクルスの命が始まった。


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オメガ製作中。材料はどれもこれも入手や調合が面倒なものばかりという設定。
次は作られている当人視点です。