生まれた理由




水球に入れられてから、2日後。
暖かく、心地よい浮遊感を持つ空間。
まどろむ意識は、やがて確固たる意思となった。
“……・?”
今だ黒いマーブル状のホムンクルスが、目覚めたのだ。
と、同時に現れた3つの目が開く。
2つは、刃のように細い縦長の瞳孔をした血赤の眼。
その目の上にある3つ目の眼は、横たわる三日月のような瞳孔の冷たい青の眼。
辺りを見回すと、美しい妙齢の女性が目に入る。シェリルだ。
しかし、ホムンクルスには彼女の名は分からない。ただ、漠然と感じているだけだ。
彼女が、自分の「母」。すなわち、生み出したものだと。
「おはよう。もう意識が宿ったのね。どう?私の顔は見えるかしら。」
“……見える・・お母さん……”
ホムンクルスは目を細める。まるで、甘えるように。
「お母さん……ね。それでもいいけど、『ご主人様』って呼んで欲しいわね。
私は、あなたを使い魔として創りだしたのよ。」
使い魔。ホムンクルスの無垢な心の壁面に、言葉がすっと溶ける。
そして、おぼろげながら意味を理解する事が出来た。
どういう理屈かは分からないが、そんな事はどうでも良かった。
“……ご主人様……。”
「いい子ね。まだ動けなくて退屈だろうから、また後で様子を見にきてあげるわ。
それじゃあ、後でね。」
優しく水球の表面をなでられると、それは水の動きとなってホムンクルスに伝わる。
僅かに感じられる氣からは、優しく包み込むようなものを感じ取れた。
“・・眠い。”
まだまだ未熟なためだろうか、急に眠くなったホムンクルスは眠りについた。


― 一週間後 ―
“……早く来ないかな・・?”
あれから一週間ほど経ち、ホムンクルスの体も大分出来上がってきた。
マーブル状だった体は、深い闇色のエネルギー体の様になり、
体の周囲には、黒い塊がいくつか浮かんでいる。
「ごめんね、待たせてしまったわね。」
“・・平気・・”
あれから色々話を聞かされるうちに、そこそこ会話が成り立つようになった。
いまでは、シェリルが話してくれる昔話が、唯一にして最高の楽しみである。
「今日は、何が聞きたい?暗い海の底の物語?
それとも、変わり者の悪魔の話がいいかしら?」
“……一番、長い話。”
母親のような慈愛に満ちた声を、少しでも長く聞きたい。
故に、長い話を好む。愛情を欲する様は、様々な種の幼児が望む事と大差はない。
ただ、形が少し違うかもしれない。それだけだ。
彼女もそれを知っている。だから、いつも長めの話しか用意していない。
勿論、まだ幼い彼が聞き疲れしない程度にだ。
その辺の気遣いは、まだ気がつけないが。
「じゃあ……海の話にしてあげるわ。」
暗い海の底の物語。彼女の父が治める、魔界に古くから伝わる物語。
「はるか昔の事……広い魔界の海に、一匹の蒼い海蛇が居た。
彼はいつも仲間はずれ。それは仲間と一つだけ違うところがあったから。」
この話の粗筋はこうだ。その海蛇は、とても臆病な海蛇だった。
魔界の海蛇は魔物も恐れるほど獰猛で、一度喰いついたら骨まで喰らうといわれる程だ。
彼はそれ故臆病者と罵られ、いつしかその群れで居場所をなくしていた。
仕方なく、彼は勇気を振り絞り見知らぬ世界へと旅立つ事にしたのだ。
魔界中の海の底を泳ぎまわり、居場所を探し続けた。
勿論、生半可な旅ではない。幾多の戦いを越え、幾多の危機を越えたのだ。
だが、それでも彼のような変わり者を受け入れるところはなかった。
仕方なく、彼は魔界のどこかにあるという他の世界への道を探すことにした。
そこは、よく魔界を出て行く変わり者が使うという。
ありとあらゆる種族が集うといわれる人界に行くのが、彼の望みだった。
だが、海を離れることが出来ない彼には行くことが出来ない。
それなら、強くなろうと彼は思った。何者にも負けぬ力を手に入れれば、誰にも馬鹿にされないと信じたのだ。
彼はひたすら修行し続けた。気が付くと、海で彼に勝てるものはほとんど居なくなっていた。
また、修行の成果か、彼の姿はすっかり変貌していたのだ。
ただの海蛇から、竜のように大きく威厳ある姿へ変貌したのである。
自ら戦いを仕掛けることを好まぬ彼は、以後魔界の海で彼はこう呼ばれた。
「温厚なる海竜」と。
「……おしまい。」
パタンと音を立て、本が閉じられる。
“これ……何か、伝説?”
不思議そうに問いかける。すると、その問いかけが出来るようになったことが嬉しいのだろうか。
彼女はくすりと微笑んだ。
「ええ。魔界の海でも数少ない……大人しい海竜たちの発祥といわれる物語よ。
彼らの正式名称は、また別にあるけれどね。」
話としては単純だが、描写の書き込みなどが多いため結構長い話である。
ホムンクルスは、眠そうな半眼になっていた。
「眠いの?そう……じゃあ、おやすみなさい。また明日、着てあげるからね。」
そう呼びかけられたのを聞き届けると、ホムンクルスは深い眠りについた。

それからさらに2週間。とうとうホムンクルスは、水球から出られる日になった。
ぱしゃんと言う音を立て、静かに水球から出る。
深い闇色のエネルギー体は四方に放射状に広がっている。
周りに浮かんでいた黒い塊は、黒曜石のように鋭く、菱形に近い形の結晶となった。
そして、並ならぬ力を手に入れていた。
すっかり一人前の姿になった彼の周りを、先輩である他の使い魔達が囲んでいる。
「おめでとにゃ〜!これでにゃー達みたいに外にもいけるにゃよ。」
幾匹ものゲイラキャット達が、飛び回って祝福している。
「メド、メド。」
メドーサボールのメドーも、彼なりに祝福しているらしい。
触手を一本使って、彼の額に当たる部分をなでている。
“????”
戸惑う彼の前に、シェリルの二代目のばあやであるキマラが現れた。
彼女は、珍しい草食動物のパーツのみで作られたキマイラである。
「戸惑うことはありませんわよ。
お前は、今日から姫様の使い魔の一人として、私たちのように姫様にお仕えするのです。
いいです事?しばらくは他の使い魔達から色々教えてもらいなさい。
勿論わたくしにも、分からないことが合ったらなんでも聞いてかまいませんわ。」
その後延々と続くキマラの説明に頭が混乱してきた頃、シェリルがフラインスを連れてやってきた。
「師匠〜、あたいに見せたいものって、これ??」
目を瞬かせ、ホムンクルスをまじまじと見る。
「そうよ。この間、強い使い魔が欲しいって言っていたでしょう?」
フラインスが、近づいてじっと目を見つめる。
ホムンクルスは、意味が分からず困ったような表情を見せた。
「確かにすごく強い力を感じるなあ・・。
でも師匠〜……これって、名前なんていうの?」
どうやら、観察していたようだ。
分からないでいる彼女に、面白そうな声音で彼女は告げる。
「オ・メ・ガよ。知っているわよね、名前くらい。」
「は、はい。て、ええええええーーーーー?!!」
フラインスは思わず絶叫した。
オメガ。超古代の最終兵器と謳われる、究極の殺戮機械。
本来は自我を持たず、命令のままに破壊活動だけを繰り返すものだ。
このホムンクルスはそれとは外見がかけ離れているが、
その力はまさしくオメガである。まだ幼いから薄いものの、破壊衝動も持っている。
“オメガ……それ・・自分、名前?”
腰を抜かしたフラインスを不思議そうに眺めながら、シェリルに問う。
「そうよ。それがあなたの名前。」
彼は、フラインスをちょんちょんとつついた。
“よろしく……”
それでやっと我に返った彼女は、引きつった顔から何とか笑顔を作る。
「う、うん。よろしくね、オメガ!」
こうして、洞窟に新しい使い魔が増えた。
やがて彼は、フラインスとともにあちらこちらをうろつき回ることとなる。
そのうちにまた一段と成長するであろう。だが、それはまた別の物語だ。


―完―  ―前へ―  ―戻る―

出来立てオメガ。そのうち大きくなるような代物の模様。
そう長い事完成までに時間はかかりませんが、小さいのでまだコメガとかそう呼びたくなる大きさです。