虹の黄昏

―1話・竜が見守る港町―



トリスメギストスを解放してから2年。
最近エスビオール地方の各都市・村で妙な騒ぎが起きているらしい。
旅先でそれを風の噂で聞いたクレインとリイタは、
かつての知人達が心配になって久しぶりにアコースへやってきた。
他の大陸から、はるばる船で2週間という長い船旅である。

筋骨隆々のたくましい海の男達が、忙しく駆け回る。
大勢の外国の客を乗せた大きな帆船が、港に到着したのだ。
船からは大勢の客が次々と降りてくる。
その中に、かつてトリスメギストスを救った6人の若者のうちの2人、クレインとリイタは居た。
「ついたな。……もう、2年か。」
「そうだね、なつかしいな……この風。」
港に漂う潮のにおい。石でできた建物が連なる町並み。
2年前よりも活気にあふれ、市場では多くの品々が売られている。
しばらく露店を眺めていた2人は、昔世話になっていたある店を思い出した。
「そうだ、ブレアの店に行ってみないか?」
「あ、いいね〜♪」
かつてクレインたちは旅の途中、
ブレアからオーナーに認められたのでパーラーを開くと聞いた覚えがある。
2年もたったのだ。どんな風に変わっているか興味がある。
かつてはよく通った道。石の階段を駆け上がると、人だかりが出来た店があった。
看板には、「パン&スイート こけもも」と書いてある。
間違いない、彼女の店だ。さりげなくスイートと追加されているのがポイントだ。
「うっわ〜、すっごい人〜……。入れるかなぁ?」
それにしても、ものすごい人だかりである。
最後尾と書かれた札を持って立っている人が居なければ、
どこが最後尾だかわからないくらい列が蛇行している。
「待たなきゃだめそうだな。せっかくここまできたんだし、ブレアに会うために並ぼうか。」
「うん、これくらい我慢しなきゃね。
お店が混んでるのは繁盛してる証拠だし。」
そう言って並んだ2人は、
ブレアの店の人気は半端ではないことを身をもって思い知る羽目になった。

―「こけもも」店内―
待たされること1時間と少し。いい加減待ちくたびれたころ。
「や、やっと入れた〜……。」
2人はほとんどよれよれになりながら、どうにか順番が回ってきて店内に入れた。
しかし中も人でいっぱいだ。押すな押すなの大騒ぎ。
壁を見れば、「お客様感謝祭・本日10%OFF」とでかでかと張り紙が張ってある。
「道理で混むはずだよ……。」
クレインは苦笑いをしながらも、
リイタとはぐれないようにしっかり彼女の腕を捕まえている。
「え〜っと、ブレアは……あ、居た!」
「どんな様子だ?って……聞くまでもないか。」
リイタがさしている方向では、
新しく雇ったらしい店員の少女たち3人と共に忙しく動き回るブレアの姿があった。
窯の様子をのぞいたかと思えば、
寝かせてある生地の様子をチェックしたりと、とにかく動く。
「これじゃあ、全然話せそうもないね。
せっかく来たのに、話せないんじゃな〜……。」
残念そうにリイタが言った。
確かに、2年ぶりに合うのにちっとも話が出来ないのではつまらないしさびしいだろう。
クレインは少し考えて、彼女にこう提案した。
「それなら、店が閉まるころになってからもう一度来ないか?
そうすれば少しは人も少ないだろうし。」
「じゃあ、そうしよっか。先に宿屋探しに行こうよ。」
まだずいぶん日が高いが、今から探せばいい宿屋も空いているだろう。
品物を買って出て行く人の波にまぎれた2人は、
いったん店から出て少し早い宿探しに出かけていった。


―夕方―
昼間は特売ということもあり、あれほど込んでいた店も今は客が居ない。
閉店間際のこの時間は、夕食の支度などと重なるのでもともと客がそれほど来ないのだ。
客も居ないので、5分ほど早いがもう今日は閉店でいいだろう。
「それじゃ、今日はもうこの辺で上がってよろしいですわよ。
お疲れ様、明日もよろしくお願いしますわ。」
入り口に「CLOSED」と書かれた札を下げた。
これで少なくとも、昼間の仕事はおしまいだ。
「それじゃ、お先に失礼します。」
「明日も頑張りましょうね、店長!」
「失礼します。それじゃ、また明日。」
店員である3人の少女たちは、それぞれブレアに挨拶して帰っていった。
彼女達が出て行ってからすぐにブレアはドアに施錠する。
店員の少女達は、クレインたちがこの地方から旅立ってから、
一人では店を切り盛りすることが難しくなって雇ったのだ。
3人ともブレアと同じくらい若いが、店員としての腕はよいので評判はいい。
中には彼女達目当てに店に来る男性の常連客も居るくらいだ。
「今日は書き入れ時ですわね。ふう……書ききれるかしら?」
出納簿と売り上げメモを並べながら、ブレアは軽く息をつく。
文字通り書き入れ時となった今日の売り上げは、
10%値引きしているとはいえこれだけで4日分の稼ぎとなった。
いつもなら必ず少しは売れ残りが出るので店員の3人に配ったりするのだが、
今日はパンのかけら一つ残らなかった。
補充も追いつかなくなりそうな勢いで売れていったので、まぁ当たり前なのだが。
「焼きたてパンが熱いまま売れていってしまいましたものねー……。」
とんとんと肩をたたきながら、ブレアはこっそり笑った。
今日はいつもに増してパン生地をこね回していたので、さすがに肩が痛い。
もちろんそれだけの報いはあったから、うれしい悲鳴だ。
と、入り口からコンコンとドアをたたく音が聞こえてきた。
「あら、どなたかしら?もう店は閉まっていますのに。」
少し首をかしげながらも、とりあえずドアの方に歩いていく。
「どなたですの?」
「おれだよ、クレイン。」
ブレアの耳に入ったのは、少し大人びた2年前の常連の声。
エスビオール地方から旅立っていった2人が帰ってきたのだとわかって、
ブレアは驚きと喜びでいっぱいになる。
「まぁ!今鍵を開けますから、どうぞお入りになって。」
カウンターの上においてある鍵をとり、カチャリという音と共にドアの施錠を解く。
キィッとわずかにきしんだ音を立てて、ドアが開いた。
「久しぶり〜!元気だった?」
クレインの横で、満面の笑みを浮かべたリイタが手を振っている。
恋人を得たからだろうか、2年前よりきれいになった。
「本当にお久しぶりになりますわね。
ちょっと待っててくださいませ、今お茶を用意いたしますから。
あ、お夕食は済まされました?もしよろしければ、今から作りますけど。」
急な来客でも、ブレアはあわてずに頭の中で幾通りかのおもてなしプランを組み立てた。
たった10秒かその位のうちに、
先日ヴィラからもらった外国産の紅茶があったということまで思い出している。
「そんなに気を使ってくれなくていいよ。夕飯は早めに済ませたから。」
「あら、そうですの?それじゃあ、お茶だけ用意いたしますわ。
本当はパンも添えたいのですけど、今日は全部売切れてしまいましたから。」
店を閉める少し前、休憩のお茶用に沸かしておいた湯がまだやかんに残っているので、
少し水を足して火にかける。
一度沸かしてから間がないから、すぐに湯が沸くだろう。
「昼間見たよ。すごかったもんねー、大繁盛じゃない。」
「え、昼間もいらしていたんですの?気がつきませんでしたわ。」
ブレアは、思わず茶葉の缶を開ける手を止めてしまう。
「まぁ、あの人だかりだったし……仕方ないさ。」
本当に身動きが取れなくなりそうなくらいの混みようだったから、
人並みの背丈しかないクレインは埋もれかけていた。
おまけにブレアは3人の店員達と共にてんてこ舞いだったのだから、
気がつくほうが奇跡というものだ。
「まぁ、それもそうですけど……。」
そんなたわいのない会話を5分ばかり続けていると、
やかんがシュウシュウと湯気を上げ始めた。
あわてて火からやかんを下ろし、ティーポットに湯を注ぐ。
1分ほどポットで蒸らしてから、3つ並べたカップにたっぷり注いだ。
白い器に、ガーネットかルビーのように美しい紅茶がよく映える。
「お待たせいたしました。これはヴィラからいただいたお茶なんですの。」
「わぁ、きれい〜!」
リイタが目を輝かせる。
テーブルの上に並べられた紅茶は、レモンを入れたわけでもないのに色が鮮やかだ。
こんなにきれいな色のお茶は、そうめったにお目にかかれない。
ましてや、旅の身である2人には。
「うん。いい香りだし……おいしいな。」
長い船旅で疲れた体に、じんわりと染み入るようだ。
「うふふ、いいお茶をさらに良くする私の腕のおかげですわよ。」
今でこそ庶民的な暮らしだが、
かつては名門だったブレアの家はこういうたしなみは当たり前。
お茶の一つくらい、おいしく淹れられなければ半人前とみなされる。
「ところでさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」
リイタは新しい話題をブレアに振りながら、
砂糖壷から山盛りの砂糖をすくって紅茶に溶かす。
超甘党の彼女は、ブレアが添えてくれた角砂糖一粒では満足できないらしい。
「あら、何でしょう?」
「あたし達旅先で、最近この地方に変なことが起こってるって聞いたんだけど……。
ねぇ、それって本と?」
今まで再会の喜びで半分忘れていたが、当初の目的はその噂の確認だ。
ガセならガセでいいのだが、何か深刻な騒動ではないかと心配で仕方がない。
「変なこと……そうですわね、
アコースは幸いまだ被害はありませんけど、確かに最近色々起きていますわ。
幸い死者が出たとかそういうことではありませんけど。
たとえば採掘場はボーリング装置の大きな滑車がいきなりなくなって、
それはもう大騒ぎになってますのよ。」
「え?なんで、滑車が……?」
少々記憶があやふやだが、あの滑車は大分大きかったと思う。
「それがさっぱりわからないって、ヒュッテがこぼしてましたわ。
あんなもの持っていったって役に立ちませんし、
他の部分も分解しないと外せない仕組みらしいですの。
技術のことはわたくしはわかりませんけど、
人がやったとは思えないのは確かだそうですわ。」
「じゃあ、他のところを全然さわんないで外してあったの?」
リイタもブレア同様機械の仕組みは全然わからない。
しかし、さすがにあの複雑な装置の滑車だけを外すのは困難そうだということはわかる。
「ええ、そうらしいですわ。とても不思議だと思いません?」
「確かにそんなことは人間には出来ないよな……。
錬金術士が源素還元でもしない限り、ありえないだろ。」
クレインもそうだが、錬金術士は日ごろから源素を補充するために源素還元を行っている。
しかし、普通の錬金術士はわざわざそんな機械を源素還元したりしないだろう。
「で、他のところはどんな感じなの?」
「そうですわねぇ……アーレキア洞窟で突然道の大岩が消えてみたり、
カボックでは物が消えた上にけが人も出たと聞きますわ。」
『カボックで?!』
アコースに被害が出ていなかったことはうれしかったが、
カボックの方は知人がもっとたくさん住んでいるのだ。
けが人がどのくらい出たとか、一体誰が被害にあったのか気になって仕方ない。
「被害はどのくらいとか……伝わってきてないかな?」
「えーっと……2,3人だそうですわ。
物が消えるとき、巻き添えにあったらしいんですけど……詳しくはちょっと。
気になるのでしたら、行った方がよろしいのでは?」
さすがに誰が被害にあったのかまでは、
港町という場所柄で古今東西の噂が行きかうこの町でもわからないようだ。
「うん、もともとそのつもりだけどね。
それじゃ、明日はもうここを出るし……いこっか、クレイン。」
「ああ、そうしようか。それじゃブレア、お茶をありがとう。
また今度来るよ。」
リイタに言われて、クレインは席を立った。
白いカップの中に注いであった紅茶は、2人ともすっかり空になっている。
「あら、もう行ってしまうのですか?
ちょっと残念ですけど……また来る日をお待ちしておりますわ。
ごきげんよう、気をつけて。」
「またね〜。」
名残惜しいが、夜に人の家に長居をするのは良くない。
ブレアの店を後にした2人は、昼間とった宿屋に戻ることにした。
酒場から聞こえてくる人の声と波の音だけが、2人の歩く夜道に響く。
空から町を照らす白い月は、冬でもないのにひどく冷ややかだった。


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イリスのアトリエの連載物です。……自作長編もあるのに。
もうアレはある意味では頭数に入れてませんけどね。
これはアトリエ系攻略サイト・「錬金術の館」という所の小説投稿掲示板に投稿した物です。
小説が乏しいこのサイトで再利用しない手はないので、再利用しました(笑
3羽くらいまでは確実に出ない予定ですが、途中からオリキャラが登場します。
ゲーム中には出ていない場所も出てきますよ。ついでに舞台はゲーム中より範囲が広いです。