虹の黄昏

―2話・天空都市仰ぎし第2の故郷―




―翌朝―
カボックへ旅立つ今日は、すがすがしい快晴だった。
海は穏やかな凪で、風も心地よいすばらしい陽気だ。
「さて、カボックには……。」
東の内陸に位置するカボックは遠いので、歩いていくと何日もかかる。
どうしようかと考えながら町の入り口近くを歩いていると、
威勢のいい男が声をかけてきた。
「おーい、そこのお2人さん!他の町に行くんなら馬車に乗らないかい?」
「馬車?カボックへ行きたいんだけど、いくらで乗せてくれるの?」
知らない間に、新しい商売が始まっていたのだろうか。
もっとも昔はどこへでも歩きで行っていたから、
知らなかっただけかもしれないが。
「カボックまでならお一人様300コールだ。
もうじき出発だが、乗ってくか?」
馬車としては、そう高い値段ではない。
カボックとアコース間の距離を考慮すれば、やや安い方に入るだろう。
資金も潤沢にあるし、少々急ぎたいという気持ちもある。と、なれば選択肢は一つだ。
「乗ろうか?」
「ああ、乗ってこう。」
計600コールのお代を払い、2人は馬車に乗り込んだ。
馬車が向かうカボックは、どんな姿になっているのだろう。
期待と懐かしさを膨らませ、2人は遠いカボックに思いを馳せる。


馬車に揺られること3日。
2人は、とうとう懐かしいカボックにやってきた。
石畳が広がる大きな広場と、赤い屋根の町並み。
駆け回る子供達の笑い声が響く、あの頃と変わらない町だ。
「さぁついたぜ。」
馬車が止まり、客達はぞろぞろと馬車を降りていく。
クレインとリイタも、それに続いて降りていった。
「ありがとう。それじゃ。」
お勘定は払ってあるが、
一応礼儀なのでクレインは馬車屋の主人と御者の方にあいさつをした。
「また乗ってくれよな!」
馬車屋の男はにかっと笑って2人を見送ってから、
彼は次の客を待つ準備に取り掛かる。
それから2人は、久しぶりのカボックをゆっくり歩いて見物し始めた。
何しろ2年ぶりなのだ。
ちょっとでも変わったものがないかと思って、
リイタは看板一つ逃さずチェックしていく。
「ねぇクレイン、カボック……すっかり元通りになったね。」
「そうだな……。」
2年前、大量にゲヘルンと魔物が発生して破壊された町並みは、
元通りどころか以前よりも立派なたたずまいになっている。
色々思い出も蘇らせながら歩いていると、横道から急に声をかけられた。
「あら、懐かしい顔ね。」
『ビオラ!』
横道からちょうど歩いてきたのは、魔法屋の店主・ビオラ。
少々表情が乏しいと思われがちだった彼女であるが、
2年ぶりにあった知人を見たその顔はほんのり笑みを浮かべていた。
最後に見たときよりもずっと大人っぽく、雰囲気も穏やかだ。
「久しぶり。もう2年ぶりになるかな。」
「久しぶり〜!ねぇ、元気にしてた?」
リイタはクレインそっちのけでビオラの方に駆け寄った。
まさか道端で彼女に会うとは思っていなかったから、うれしさは倍増だろう。
「うん。ところでリイタ、お式は済んだ?」
「え……な、何言ってるのよ!まだに決まってるじゃない!!」
リイタの顔が一気にぼっと赤くなった。
どこがどうまだに決まっているのか、あえてビオラは聞かない。
その代わり、彼女は勝ったと言わんばかりににっこり笑った。
「そう。じゃあ私の方が先だね。私は、もう後3ヵ月後にお式があるから。」
「え、ほんとに?!」
「うそー、おめでとう〜!で、で、相手は誰?」
ビオラが結婚するとは思っても居なかった2人にとって、
彼女の「お式」はまさに天地がひっくり返ったような衝撃である。
2年前にリイタとクレインをめぐって争った彼女が、
もう3ヵ月後には白いウェディングドレスに身を包むのだ。
当然、相手の顔は気になる。
「去年から常連だった人。
その人はアバンベリーの技術を研究してる学者なんだけど、
店に来ているうちに私の技術に興味が沸いたみたい。
それでよく話してたんだけど……まぁ、後は半分成り行きだね。」
「な、成り行きって……。」
結婚にいたるまでが成り行きとは何だと、少々リイタはつっこみたくなる。
ビオラらしいといえばビオラらしいのだが。
「気がついたら付き合い始めてたってこと。」
「そ、そう……。まあ、よかったじゃない。」
「うん、ありがと。」
リイタのちょっと歯切れの悪い祝福の言葉に答えたビオラの顔は、
今までに1度見たことがあるかどうかという位幸せそうで。
ああ、彼女は本当に花嫁になるんだと2人は実感した。
「ビオラ〜!」
「あ、ごめん。私買い物の途中なんだ。
時間があったら、また後でお店の方にきて。
そうそう、ノーマンさんのところにも行ってあげてね。」
それだけ早口気味にいって、ビオラは小走りに去っていった。
少し離れたところで、少しやせ気味でのほほんとした男性が待っている。
多分、彼が近い将来ビオラの夫になる人なのだろう。
ちょっと頼りなさげだが、それでもビオラの最愛の人には違いないのだ。
「ビオラが結婚かぁ……何だか、2年前のラブコールが嘘みたい。」
「ラブコールって何だよ……。」
クレインは全然意味がわからず、疑わしげにリイタに尋ねる。
その反応を見た彼女は、うそーっと言わんばかりに顔を引きつらせた。
「まだわかってないの?まぁ、過ぎたことだからいいけど……。
とにかく、今度ビオラのお式には出なきゃね。」
先を越されたのは少し悔しいが、
今までほとんど幸せというものに縁のなかった彼女が、女性としての幸せをつかむのだ。
これを祝ってあげなければ、友達じゃない。
何を贈ろうかなと、ここに来た目的も忘れて考えてしまう。
「そうだな、昔散々世話になったし。あ、先に大聖堂によっていこうか。
カボックの騒ぎのことも聞けるだろうし。」
「大聖堂かぁ……マレッタ居るかな?」
かつて共に戦った仲間の一人、女騎士のマレッタは、
武者修行に出てしまった兄・ベグルの代わりに騎士隊長になった。
今頃、どんな風に過ごしているのだろう。
カボックの騒ぎのことよりも、本当はそちらの方を気にしたいところだ。
「きっと居るさ。いってみよう。」
マレッタに会いに行くため、
2人はアルカヴァーナ騎士団の本拠地・ガーリントン大聖堂に向かった。

―ガーリントン大聖堂―
赤い屋根の建物が並ぶ中、この大聖堂だけは昔から青い屋根が特徴だった。
青と白が騎士団のカラーらしいので、そのせいだろうか。
と、建物の裏から剣がぶつかり合う音と、勇ましい声が聞こえてくる。
何をしているのか気になった2人は、邪魔をしないように静かに裏手に回った。
2人が建物の影からそっとのぞくと、
たくさんのアルカヴァーナ騎士団員達が稽古をしているところだった。
「踏み込みが甘い!私を殺すつもりでこい!」
「は、はい!」
勇ましい女性の容赦ない檄が飛ぶ。
直々に稽古をつけてもらっている若い騎士団員は、
息を切らしながら返事をするのがやっとといった様子だ。
「あ、あそこに居るのって……マレッタ?」
「ほんとだ。うわ、すごい迫力だな……。
……とりあえず、一段落してから声をかけようか。」
「うん、そうしよっか。それにしてもマレッタ……また強くなってるんじゃない?」
稽古でも、実践さながらの気迫で切りかかるマレッタの様子は、
途中で声をかけてさえぎるのは失礼なくらいだ。
急ぎというわけでもないので、少なくとも一戦終わるまで待つのがいいだろう。
「はぁ!」
「ふん!」
マレッタの周りにも、真剣な顔つきで戦う騎士たちがたくさん居る。
剣がぶつかる金属音は、一瞬たりともやむことはない。
どのペアも、いい勝負といったところのようだ。

「よし、ここまでだ。全員しばらく休憩に入れ!」
それから10分足らず。いい頃合いになったので、マレッタは部下に休憩の指示を出した。
ふと建物の方に目を向けると、彼女の目に見知った2人の姿が映る。
「そこにいるのは……クレインとリイタじゃないか!」
声をかけられた2人は、建物の影から出てきてマレッタのそばまでやってきた。
「やあ、久しぶりだな。」
「びっくりしたぞ。いつ帰ってきたんだ?」
前もって連絡してくれれば、迎える準備が出来たのにとマレッタは思う。
何しろしばらくあっていなかったのだから、
ゆっくり出来るように手はずを整えておきたかったのだ。
「今日だよ。ついさっき、馬車でついたばっかりだけど。」
「そうか。それにしても、リイタはすっかりきれいになったな。」
「え、本当?!」
あまりマレッタは容姿にこだわる方ではないが、
それでもリイタはあの頃よりきれいになったと思っている。
何より幸せそうだ。
「もちろんだ。あの頃もかわいかったが、今はもっとかわいくなったぞ。」
「えへへ……ありがと。
マレッタも、もっと美人になったんじゃない?」
ほめられてくすぐったそうにリイタが笑った。
すっかり女性同士の会話になってクレインが話に加われずにいると、
後ろからドカドカと誰か走ってくる音がする。
「おーいマレッタ差し入れ……おわ、お前らいつの間に!?」
クレインとリイタを見たデルサスは、
あわてて急ブレーキをかけてつんのめった。
かろうじて持ってきた差し入れのかごは落とさずに済んだようだが、
再会早々コミカルなことをやらかしてくれる。
「ふふ……ついさっきだそうだ。驚きすぎだぞ、デルサス。」
あまりにデルサスが大げさな反応を返すので、マレッタはくすくすと笑った。
普段は勇ましい女騎士隊長として活躍する彼女も、
笑えばちゃんと年相応の女性に見える。
「驚くなって方が無理だっつーの。笑うなよ。」
「あはははは、アレだけびっくりしてれば、マレッタが笑うのも当然でしょ〜?」
デルサスは格好つかなかったせいかばつが悪そうだが、
容赦がないリイタは腹を抱えんばかりに笑っている。
「おめーなぁ……ったく。
しかしリイタ、お前ずいぶんスタイルがましになったじゃねーか。」
「ちょっとどこ見てんのよ!……あんたらしいけどさ。」
他人の目から見ればそこまで太くはなかったが、
気にしていた足は少しほっそりして、全体的なバランスが前以上に取れている。
クレインも改めて彼女を見直すと、確かにデルサスの言うとおりだと思えた。
いつも一緒に居たから、あまり意識していなかったのだが。
「さてそれはそうと……デルサス、この後何か予定は入っていただろうか?」
せっかく遠くから2人が訪ねてきてくれたのだから、
できればゆっくり話をしたい。
「いんや、なーんにも。あ、でもノルンが来てるんだよな。
とりあえずこれは俺が配っとくから、マレッタはそいつらと先に行っててくれよ。」
「え、ノルンも来てるのか?」
思わずクレインは声を上げた。
偶然とはいえ、まさか彼女までカボックに来ているとは。
「あぁ、あいつは結構ちょくちょく来るぜ。
行きはワープゾーンで来るし、帰りも途中まではいけるだろ?」
「そっか。それならあたし達と違ってすぐ来れるもんね。
じゃ、先に行ってるよー。」
差し入れを配らなければならないデルサスをその場に残し、
2人はマレッタと一緒に大聖堂の裏手にある入り口から中に入っていった。


―隊長の執務室―
マレッタについていってやってきた部屋は、
騎士団をまとめ上げる隊長の部屋にしては意外なほどシンプルだった。
しかしながら、デザインはシンプルでもしっかりとしたつくりの年代物の家具が多く、
深い色合いには威厳さえ漂う。
余計なものはないが必要なものはそろっていて、
きちんと片付けられているので仕事もしやすそうだ。
中ではノルンが一足先に待っていた。
「やっと来たのにゃ〜、マレッタ遅いのにゃ!」
いらいらしているせいか、ノルンのつぶらな瞳は機嫌が悪そうな色を浮かべている。
もう15歳になるはずの彼女だが、
背は伸びても相変わらず小柄で、年よりも幼い印象を受けた。
「待たせてすまなかったな。
でもその代わりに、今日はクレインとリイタも来てるぞ。」
「にゃ?!2人とも久しぶりなのにゃー!会いたかったにゃ〜!」
マレッタの言葉でとたんに機嫌を良くしたノルンは、
彼女の脇をすり抜けるとクレインめがけてジャンプした。
「うわぁっ!」
ノルンに飛びつかれたクレインは、
衝撃を受け止めきれず思わず後ろにひっくり返る。
あまりに見事にひっくり返ったので、リイタもマレッタも吹き出した。
「あはは、クレインかっこわるーい。」
「わ、笑うなよ!」
クレインが憮然として抗議するが、リイタの笑いは止まらない。
そんなに笑うことはないだろうと彼は思ったが、
一度笑い出したものは落ち着くまで放っておくしかない。
「いや、あんまりきれいにひっくり返ったから……すまない。」
どうにかマレッタは笑いをこらえ、2,3度呼吸を整えていつもの表情に戻した。
「あ〜、すっごい笑っちゃった……ごめんね?」
「いいさ……別に。」
いつものことなので、今更クレインはこれ以上怒ることはしなかった。
いちいち怒っていたら神経をすり減らすだけだし、
付き合いも長いのだからこれくらいでどうこうなるわけでもない。
とりあえずノルンがどいたので、クレインは立ち上がった。
「クレイン、痛かったかにゃ?」
ちょっとはしゃぎすぎたかもと反省したノルンは、
申し訳なさそうにクレインを見上げた。
「大丈夫だよ。ところでマレッタ、いきなりだけど聞きたいことがあるんだ。」
本当ならゆっくり他愛のない話でもしたいのだが、今回はそうも行かない。
彼女には聞かなければいけないことがあるのだから。
「何だ?……もしかして、カボックで起きた奇妙な騒ぎのことか?」
「うん、そのこと。カボックで起きて、しかも怪我した人もいたんでしょ?
それで、すごく心配になったから来たの。」
知り合いが巻き込まれていないか心配になるのは、人として当然のことだ。
幸いさっき道で会ったビオラや、マレッタとデルサスは無事なようだが、
それでも何が起きたか知りたい気持ちは変わらない。
するとマレッタは、机の上にある紙にさっと目を通してから口を開いた。
「そうか……じゃあ、事件の詳細を話しておこう。
カボックでその奇妙な事件が起きたのは、つい2週間前のことだ。
事件は夜遅くだったんだが、酒場を出た男性3人が広場で妙な影を見たんだ。」
「妙な影?」
リイタが首をかしげる。夜も遅くとなれば、人通りも少ない。
そんな時間に広場にいるとなれば、確かに妙だ。
「ああ、確かにふわふわ浮いている妖精のような姿が見えたらしい。
酔っていたし、暗いから何かと見間違えたんじゃないかと思ったんだが、
同じ時間に広場を見ていた他の人たちも見たというから、間違いないだろう。
そいつは、広場に積んであった木箱や花かごを、
人が見ているにもかかわらず次々消していったんだそうだ。」
「なんでそんなものを……?」
もしその行動が源素還元だとしても、あれらは木素や水素くらいにしかならない。
そんなにたくさん、しかも人が見ている目の前で消すとはどういう魂胆だろう。
大体、そもそも何故そんな時間にうろついているのかわからない。
「さぁ、そこまでは……。
とにかくそれに驚いた3人が騒いだから、
そいつは彼らに気がついて、枝で出来た矢のようなものを飛ばしてきたんだ。」
「それでけが人が出たのかにゃ〜。」
さぞかしその3人は驚いただろう。
妖精みたいな妙な影が木箱や花かごを消していると思ったら、
いきなり自分達に攻撃してきたのだから。
「ああ。しかし幸い軽傷で済んだし、
そいつは矢を飛ばした後は何もしないで逃げたからまだいいんだが。
ええと……あった。ほら、これが現場に落ちていた枝の矢だ。」
マレッタが、近くの壁にある剣を立てかける場所から、
先端が尖った枝をつかんでクレインたちに見せた。
長さは通常の弓につがえるものよりも短く、
約50cm足らずといったところだ。太さは最大でも1cm弱だろう。
しかし、その姿はまさしく矢としか言いようがない。
「うわっ……本当に矢みたいだ。
こんなのがまともに刺さったら、ただじゃすまないんじゃ……。」
ただ長いだけの枝と言ってはいけない。
見たところかなり硬い木で出来ているようで、しかも先端はキリのように鋭く尖っている。
こんなものが普通の矢と同じ勢いで飛んでくれば、
鎧はともかく丸腰の人間くらいなら簡単に突き抜けてしまいそうだ。
現物を見せられたクレインたちは、
被害者の3人が軽傷で済んだことが奇跡のような気がしてきた。
「こんなのが飛んできたらこわいにゃ〜……。
あ、事件で思い出したにゃ。ノルンはポットの森でも変なことがあったから、
カボックとか他の場所の事件と関係がありそうか聞いてきて欲しいって言われてたのにゃ。」
『え、ポットの森でも?!!』
ノルンを除いた3人の声がダブる。
まさか、あそこでまでカボックや他の場所と似たような事件がおきたのか。
「そうなのにゃ。ミスティックサークルって言う、あの不思議な場所を覚えてるかにゃ?
あそこの柱が何本も、ゼルダリア様の目の前で消えたのにゃ。
まるで源素還元みたいだったって、ゼルダリア様は言ってたにゃ。」
「と……なるとやっぱりあの噂のとおりだね、クレイン。」
リイタがやや声を潜めて、クレインに目配せした。
クレインは真剣な面持ちでうなずく。
「ああ、間違いないな。採掘場、アーレキア洞窟、ポットの森……それに、カボック。」
旅先で聞いた話と、ブレアから聞いた話と、たった今ノルンから聞いた話。
それら全てに共通するのは、突然物が消えるという源素還元に似た奇妙な現象。
特にカボックでは、物を消している妖精に似た奇妙な影が目撃されている。
その者はふわふわ浮いている段階で、すでに人ならざるものである可能性が高い。
「なんだか、不気味だな……。」
今はただあちこちで起きる奇妙な現象ということで、人々の噂となっているに過ぎない。
だが、このまま終わるのだろうか。
一瞬よぎった不吉な予感が、気のせいであって欲しいとマレッタは願った。


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マレッタ・デルサス・ノルンと一気に3人登場です。
まだまだ話自体は序盤。(そりゃ2話じゃね
再会の喜びより頭を悩ませているクレインたちです。